さて、唐突ではあるが、『ラブホテル』と聞いてキミはどのようなイメージを持つだろうか。  
 もしも、建物に入るやいなや発情期の猫の鳴き声風BGMに迎えられて、どぎつい蛍光ピンクの内壁と  
安っぽさを自己申告するミラーボールが設置された空間で、体は枯れているのに心のアッチの部分だけ  
真っ盛りなオババに調律前のヴァイオリンに似た声で『ヒィーヒッヒッヒ。若いモンはいいねぇ』とか  
カビでも生えそうな年代物のフレーズで冷やかされる光景を想像されたとしたら、キミの経験と知識は  
ハルヒの頭ン中に匹敵するほどの著しい偏向を来していると言わざるをえない。つまり、俺の経験と  
知識はつい1分前、常識レベルへと改善されたわけだ。実にめでた……いや、あまりめでたくない。  
 それはさておき。  
 建物に入ってすぐに目に付いたのは、会社の応接室にありそうな背の高い観葉植物だった。それが  
狛犬のように左右に置いてある他、ロビーの角々に配置されている。それらを繋ぐようにして清潔感  
溢れるパールホワイトの壁が奥まで続き、床には大理石模様の黒タイルが一面に敷き詰められていた。  
雰囲気としては、中学卒業記念と称して国木田達と行ったカラオケの待合室によく似ている。その店との  
違いは、真正面10メートル程先の壁に固定されているパネルと、角を挟んで右横にある受付ぐらいか。  
銀縁で四角く囲まれたパネルは所々灯りが点灯していて、それが空き部屋である事を示しているようだ。  
受付はお互いの顔が見えないように擦りガラスで囲まれ、手を通す場所のみ小さく口を開いており、  
その手前にはベル等を置いたでっぱりがある。  
 俺がゲリラ兵鎮圧に赴いたグリンベレー並の用心深さで周囲に視線を巡らせていると、俺の上官である  
サー・ハルヒは近所のコンビニにでも立ち寄るかのような気軽な足取りで受付に向かっていく。そして、  
顔を横にしてその中を覗き込みながら、  
「ねぇちょっと、泊まりたいんだけど部屋開いてる? あ、一泊ね」  
 その時俺は、自分の財布の中から「天は人の上に人を作らず云云」言っていた嘘吐きが俺を嘲り笑い  
ながら走り去る光景を思い浮かべていた。  
 
 受付係の話では部屋の準備に5分程掛かるとの事で、ひとまず番号札を受け取り、建物の外でコートを  
親の仇のように絞り上げたっぷりと吸収した水分を吐き出させた。ついでに家に電話し、電話に出た  
妹に「今日は友達の家に泊まる」「晩飯はいらない」とだけ伝え電話を切った。あまり話を長引かせると  
「あたしも泊まるー」とか吐かし始めそうだからな。まして、俺の進路に日々胸を痛めている母親に  
替わられたら殊更厄介だ。すまぬ母上。不肖の息子をもう少しだけ温かく見守っていてくれ。  
 それから、ロビーの一角にある2人分に区分けされた小部屋で呼ばれるのを待つことにした。暖房は  
効いているようだが体の芯まで暖めるには程遠く、肌に密着してくるジーパンが冷たくて実に不快だ。  
震えも止まらん。歯の奥がガチガチと耳障りな音を立てている。畜生、冬なんて嫌いだ。  
 俺が椅子を濡らしちゃ悪いと思って立ったままでいると、椅子を濡らしても悪いと思わないハルヒが  
、  
「こういうとこってさ、やっぱ宿泊客の自殺した部屋があると思わない?」  
 思わない。思いたくもない。  
「それか、痴情のもつれで殺人事件が起こった部屋とかでもいいわ」  
 よくない。  
「いっそ、このホテル建てる前、この辺一帯墓場か処刑場だったとか」  
 アホか。  
「これから泊まる、トコに、不吉な影を、落そうとすんな」  
「だって、受付係の人、あたしの顔見たら慌てて目を逸らしたのよ。あれは宿泊客に対して何か  
 後ろ暗い事があるからに違いないわ。あたしの勘は良く当たるのよ。ほら、夏合宿の時なんてあたし  
 はじめから多丸さんが怪しいって睨んでたのよ。結局新川さんも森さんもグルだったわけだし」  
 それならお前の勘は真っ先に古泉を疑わなきゃならなかったんじゃないか? 少しは俺を見習え。  
俺はアイツの胡散臭さ満載の安売りスマイルには、常日頃から疑いの目を向けていたんだからな。  
それと、受付の人が目を逸らしたのには他意は無いだろう。本来客の手以外出入りしない隙間から  
取調室で前科者に事情聴取する鬼刑事のようなお前の眼光で覗き見られたら誰だって目を逸らすさ。  
 
 ……なんて事はひとまず心の中で呟くだけにする。正直、今の俺にはそんなどーでもいいツッコミを  
入れるだけの余裕は、ない。精神的にも、肉体的にもだ。  
 だが、いつものように俺の沈黙を同意と勝手に解釈して、満足げに頷いたハルヒは  
「きっと、夜な夜なすすり泣く幽霊の一匹や二匹うろついているのよ。ワクワクするわね」  
と、顎に手を当て、強敵(とも)との勝負に胸を踊らす少年誌の主人公のような不敵な笑みを浮かべる。  
そのうち両手から連続エネルギー弾でも飛ばしそうな無茶な勢いだ。  
 そんな勢いとは対照的に  
「ワクワク、という、か。俺は、ゾクゾク、してるんだが」  
震えて掠れそうな声が俺の喉奥から漏れ、自分の体を抱くようにして二の腕を掴む。寒気が抜けない。  
どんどん酷くなっていく。きっと俺の顔は山小屋で救助隊の到着を待つ遭難者並に真っ青なことだろう。  
そういえば最近、似たような体験はしたばかりだったな。  
 小首をかしげ、ハルヒは俺を見上げた。  
「あんた霊感が強いんだっけ? それとも幽霊が恐いの?」  
 この野郎。分っててわざと言ってんじゃないだろうな。分ってなくても、それはそれで腹が立つが。  
「心配しなくても大丈夫。こーゆう時襲われるのは何も知らない幸せなカップルってのが相場だから。  
 あたし達には当て嵌まらないわ。それどころか、もしかしたらお友達になれるかも。楽しみだわ」  
 最早ツッコミを考える気力すら無くし、俺があらゆる意味で全ての思考をシャットダウンしかけた時、  
「13番の番号札でお待ちのお客様ー」との声が響き、ハルヒの手の中にあった縁起でもない番号の  
ついた楕円形の白いプラスチック片が俺の視界を隅っこを通り過ぎていった。  
 
 ルームキーを受け取り、鍵にくっ付いていた縦長のホルダーに記された番号の部屋「503号室」へ  
向かうため、受付の正面にあるエレベータに乗り込む。ふと、廊下を濡らして怒られないだろうかと  
思ったが、受付の中の人は何も言わなかったので黙殺した。もしかしたら、俺達同様にずぶ濡れの客が  
いたのかも知れない。それなら今更一組二組増えても大差無いのだろう。いずれにしても後でモップを  
かけなければならないのは変わらないが。中の人も大変だな。  
 
 ぽーん。5階に到着。ロビーと同じ柄の廊下。そして夕陽が沈みきった直後の海のような色のドアが  
等間隔に並ぶ。ハルヒがルームナンバーとキーナンバーを見比べて、  
「キョン! ここよここっ!」  
とジャングルで新種の植物でも見つけたかのように俺に指し示した。俺は何の感想も抱かず早くも  
部屋に入り込んだハルヒに追従してドアをくぐる。  
 入り口で靴と靴下を脱いだ後、ハルヒの脱ぎ散らかしたブーツを横目で見ながら、畳半分程度の短い  
廊下を抜けて、またもや待ち受けるドアのノブを回し――割と、驚いた。  
 言ってしまえば、普通のホテルの一室だった。   
 シャンデリアが瞬いているわけでもなく、回転式の丸いベッドが部屋の中央に鎮座しているわけでも  
ない。内装だっていたって普通だ。クロゼットに化粧台、ガラステーブルに椅子。普通、どれも普通。  
何故か奥に電子レンジがあったり、クロゼットの隣のテレビがやたらでかいのが少し気になるくらい。  
普通な事にある種違和感を覚えてしまうのは、俺が普通じゃない日常に慣れてしまったためだろうか。  
 とは言えやはりそこはラブホらしく、ベッドは一つしかない。当然と言えば当然か。この状況から  
考えれば、今夜はハルヒと二人でこのベッドの中で寝ることになるのだろうが、部屋面積の半分近くを  
占めるキングサイズのベッドだから、十分距離を開けておけば過ちを犯してしまう心配は無さそうだ。  
尤も、安眠できるかどうかは別問題だけどな。ハルヒのいびきや寝相とかで。  
 俺が女性陣寝姿ランキングで、あどけない朝比奈さんとしどけないハルヒと微動だにしない長門とを  
上下に入れ替えたりしていると、横からひょっこり現れたハルヒが、  
「何難しい表情してんの? そんな顔してると本当にアホみたいよ」  
 ぐあ。誰にでもだが、特にお前には言われたくねぇ。考えていたことはアホそのものだったけど。  
「あんたがアホでも何でもいいけど、早くお風呂入ったら?」  
 言われてはたと気づく。コイツ、部屋に入って真っ先にバスルームに向かっていたのか。  
「あ……でも、先に、いいのか?」  
「いいからさっさと入れ!」  
 何で怒るんだよ。  
 
 脱衣室で体に張り付いていた衣類を何とか引き剥がして傍らにあった籠に突っ込み、バスルームへと  
移動して、漸くその事に気がついた。  
「お湯が……」  
 蛇口から勢い良く噴出した先で既に湯船に踝ほどまで溜まっていて、温かな蒸気が昇っている。  
 中々に気が利いたサービスじゃないか。一体、誰が……なんて考えるまでも無い。  
 ハルヒしかいないだろ。信じられんけど……けど……。  
 疑問はひとまず置いておき、シャワーのコックを捻る。適温になったのを確認してから、壁の金具に  
引っ掛け、温いお湯を全身に浴びせた。  
 麻痺していた神経がお湯を当てた先から徐々に覚醒していく。心地よい痺れが肌の奥まで広がる。  
「っくぅ〜」  
 人心地ついた所でひとまずシャワーを止め、半分近くまでお湯の張った湯船に、温もりかけた体を  
爪先から少しずつ沈めていった。腰の位置をずらし無理矢理肩まで浸かって、  
「っくぅぅぅ〜〜〜〜」  
 唸るね。唸らなきゃ嘘だ。収縮していた筋肉が弛緩してゆき、毛細血管に再び血液が送り込まれる。  
長らく俺の体を支配していた寒気が「チクショウ覚えてろ!」と捨てゼリフを吐いて逃げ去っていく。  
気を抜いたら魂まで一緒に連れ去られて、このまま昇天しちまいそうだ。  
 あー、極楽極楽。  
 ちょっと姿勢は窮屈だが、蛇口は順調にお湯を吐き出し続けてくれているので、もう少し待てば  
ゆったりと入れそうだ。  
 
『キョン、入るわよ』  
 
 ったく、だから、もう少し待てないのかって。そうすればゆったりと入…………何? 入る?   
 誰が? ハルヒが? 何に? バスルーム? 湯船? 何故? いつ? 今すぐ? 誰と? 俺と?  
 俺の思考が気性の荒い猫に絡まった毛糸のように何が何だかまとまりがつかないでいるうちに、  
 がらがらがらっ。  
 バスルームの戸が、勢い良く開けられた。  
   
 その時の俺は、親に叱られて部屋の隅っこで不貞腐れている子供のような格好で、ハルヒに背中を  
晒していた。反射的にそんな姿勢をとってしまったが、これでは今までお湯に浸かっていた上半身が  
また冷えてしまう。いや、そんな事気にしていられる精神状態ではなかったけどな。  
 元々は戸がすぐに見える体勢で湯船に入っていたのだが、咄嗟に俺は折角のお湯を撒き散らしながら  
慌てて反対側を向いてしまったのだ。そりゃ、油断しきった逸物を見られたくないというチャチな  
プライドも無きにしも非ずだが、寧ろハルヒの身体を直視する度胸が無かった事の方が大きいだろな。  
割合にしたら9:1ぐらいで。我ながら爆笑したくなるほどのチキン具合。情けなー。  
 そして、臆病な犬ほどよく吠えるものなのだ。  
「なっ、何考えてんだっ、こっ、このバカ! お前は痴女か! ふざけるなっ!」  
 もうちょい気の利いた言葉は出ないものなのか。我ながらあまりのアドリブの弱さに愕然とするね。  
また一つ、軽いトラウマになりそうだよ。心臓は狂ったメトロノームのような鼓動を繰り返している。  
 そんな純情を絵に描いたようなリアクションをとった俺に、  
「失礼ね。別にあんたの貧相な身体にはこれっぽっちも興味ないから。それとあたし服着てるから  
 今はこっち向いてもいいわよ」  
 さりげなく精神的苦痛を更に抉るようなことを口走りながら、ハルヒは湯船の脇にしゃがみこんだ。  
 恐る恐る顔を上げ、ハルヒの姿を横目にちらりと見た。  
 確かに。  
 Tシャツにフレアスカート。服は着ている。ちょっと残念。ただ、雨に濡れたシャツは所々透けて  
いるんだが。やっぱり視線を外してしまう俺。ある意味、これは紳士的対応なんじゃないか?  
 それに気づいているのかいないのか、ハルヒは手に持った何かをヒュンヒュン振り回しながら、  
「ま、別にいいけどね」と漏らした。何となく、むかつく。  
 それより、俺の裸を拝むのでも自分の裸を披露するのでもないのなら一体何の用だ。日頃の感謝の  
気持ちを込めて俺の背中を流そうっていうのか?   
「あたしだって寒いから早くシャワー浴びたいのよ」  
 ならさっさと浴びりゃいい。俺はまだ風呂からあがる気は無いけどな。  
「そう言うと思って、はい、これ」  
 
 そうだな。  
 あれからまだ一ヶ月ぐらいしか経ってないんだな。  
 何の因果かお前と出会って以来俺が失った『平穏な日々』をプッツンした長門が取り戻してくれて、  
で、それを今度は俺が自分の意志でまた放棄しちまったあの事件から。  
 俺さ、あの時気づいたんだよ。いや、本当はもっと前からなのかもしれない。認めたくなかっただけ  
かもな。長門に選択権を委ねられて初めて自覚したんだ。  
 お前が引き起こす頓珍漢で突拍子も無い出来事に巻き込まれることも、理不尽で出鱈目な現象に右往  
左往する事も、俺はそれなりに、いや、滅茶苦茶楽しんでたんだって事に。  
 まあ、その全てがいい思い出かって言うとそうでもないが、少なくとも、お前と出会う以前の15年  
なんて、昔田舎のじーさんが見せてくれた戦前のお札ぐらいに色褪せちまった。  
 それに、お前と出会わなければ、長門とも、朝比奈さんとも、古泉とも出会う事は無かっただろう。  
それぞれがそれぞれに妙ちきりんなプロフとキャラクターを持ったオモシロトリオにな。  
 そして、そんな世界を、俺は俺なりに受け入れちまったんだ。それ以外ありえないってくらいに。  
 だから、俺は――  
 
――俺は、こんな事になるために世界を再生しようとしたんじゃないっつーの。  
 
「何か言ったキョン?」  
 俺の心の嘆きにどういう仕組みか触れたらしいハルヒの声が、暗闇に響く。  
『ベクブクビク』  
 俺の「別に」という呟きは、湯船の中で泡となり、湯面で弾けて揺れる蒸気へと霧散した。  
 いつの間にか、お湯は肩の高さを越え達し、いまや溢れるほどに湯船を満たしている。  
 俺は相変わらず膝を抱えたまま湯船の真ん中で丸くなっていた。その両目を覆うようにしてハルヒの  
手によってきつく巻かれたタオルが俺の視界を完全に奪っている。真っ暗。  
 そしてすぐ隣では、鼻歌交じりにシャワーを浴びるハルヒ。多分、裸。真っ裸。すっぽんぽん。  
 なんだこの、ローマ教皇に破門されたハインリッヒ四世にすら後ろ指さされて笑い転げられそうな  
屈辱的状況は。もしや、これが、風の噂に聞いた事がある「放置プレイ」というヤツなのだろうか。  
 
 ふざけるな、と言いたい。  
 こんな戯けたこと平気でやるハルヒにも、それを何でか知らんが受け入れてしまった俺にも。  
 流され体質ここに極まれりだ。ここ最近は一皮剥けてきたって評判だったのに。(どこら辺での評判か  
なんて俺も知らんけどな。)つまり、皮なんざ何枚剥いても結局芯は一緒って事か?   
 今すぐこの「良心」とか書いてありそうな目隠しを剥ぎ取ってハルヒに投げつけてやりたいのだが、  
そんなことして、もしハルヒがいきなり泣きじゃくり始めたら、心身ともにケダモノに成り果てた俺が  
全裸のハルヒに襲い掛かることは想像に難くない。3分と待たずに鬼畜野郎の一丁上がりだ。もしくは、  
タオルを外すや否や殺人術に長けたハルヒに瞬殺されるかってとこか。どちらかと言うと、こちらの方が  
確率が高いだろうな。  
 いずれにせよ、ハルヒの体と俺の将来とじゃ割りにあわないぜ。俺の一人損だ。せめて朝比奈さんか  
長門をオプションでつけてくれ。できれば両方がいいのは言うまでもないな。  
「あー気持ちいー♪」  
 そりゃーよーござんしたね。  
 絶対聴覚にでも目覚めたのか、俺の耳は雨音やシャワーの音のほかに、ハルヒの吐息やシャコンシャコン  
という音を拾っていた。これは多分足元にあったボディーソープのノズルを押す音だ。ちくしょうめ。  
 俺の意志とは無関係に日々進化するイマジネーションが、淡く上気したハルヒの柔肌に半透明の泡を  
塗していく。特に、程よく張り出た胸元とかお臍の下辺りとか。そうだな、その辺は大事だ。念入りに  
綺麗にしておくがいい。ああ、ダメだダメだスポンジなんか使っちゃ。傷ものにでもなったらどうする  
つもりだ。指でやれ指で。そうそう、その細い指先で丁寧に丹念に触れるようになぞるように擦るように  
労わるように愛でるように抓るようにこねるように弾くように引っ掻くように弄り回すように………。  
 
 ……哀しいかな、人間の情報収集能力のうち80%を占めると言われる視覚を奪われている現状では、  
その全てが一皮剥けば裏側にデカデカと「妄想です」と書いてあるわけだが、男齢16にして妄想の虜と  
なるのは寧ろ健全な精神であると俺はここに断言する。そして健全な精神は健全な肉体に宿っており、  
従って、俺が胎児のように丸まったまま動けなくなってしまったのも俺が健全な青年男性ゆえの道理  
なのである。完璧な理論だ。どうだ、参ったか。……って何言ってるんだろね俺。  
 湯面から顔を上げ、ハルヒのいるらしき方向に向ける。  
「なあハルヒ」  
「目隠し外しちゃダメだからね。外したら士道不覚悟につき切腹よ」  
 言いたい事はそうじゃないし、生憎、俺は京の町を守る心意気も持ってない。  
「俺が今考えている事、あててみろ」  
「うーん、そうね。煩悩まみれ泡まみれのいかがわしい妄想ってとこじゃない?」  
 ケラケラといっそ清清しいくらいに応えやがる。  
「それが分ってて、何故こんなシチュエーションを作るんだ? 俺だって男なんだぜ?」  
 赤頭巾ちゃんだって狼が化けていると分っていたら、お婆さんの家には入らなかったさ。自分から  
まな板の上に乗る鯉も俺はまだ見た事が無い。そして、目の前にいる鯉の面も今は拝めない。  
「知りたい?」  
 どこか揶揄するような響き。   
「……ああ」と俺。  
 間。そして。耳元で囁くように温い吐息が。咽返る様なシャンプーの香りが。  
   
「……アンタに、妄想を実行する度胸なんて無いからよ」  
 
 なんだとこの野郎!  
 
 思わず立ち上が……れなかった。  
 ナニがナニだっただけに。そして、ハルヒの言葉が図星だっただけに。  
 
「……意気地なし」  
   
 とどめの一言に魂が半分ほど抜けた俺を残して、ハルヒはスタスタとバスルームから出て行く。  
 ……そして、俺の意識は、暗闇に閉じ込められたまま、身体ごと湯船の底に沈んでいたのだった。  
 
 ぶくぶくぶくぶく……。  
 
 
                                          (続く)  
 

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