「キョン!ほら何やってるのキリキリ歩く!」
なんでこいつはこんなにスタミナがあるんだ?
普通の人間じゃありえない。S2機関でも積んでるんじゃないのか。
今日はSOS団恒例のパトロール。しかしいつもと違うのは参加者は俺とこいつの2人だけ。
古泉は何か機関の集まりとやらに出席。長門と朝比奈さんも用事があるんだとさ。
「なぁハルヒ。いつも言ってると思うんだが不思議なんてそこら辺に転がってないだろ」
「だからよ!私達がそう思ってると不思議さんが油断してるかも知れないでしょ?
そこをガバッと捕まえるのよ!」
さいですか。もう何も言う気も起きんね。
…にしてもこいつと二人っきりともなるとあまり話題が続かないな。
最初に出会ったときもつまらない会話にならないように気を使って話しかけたっけ。
たまには普通の高校生らしい会話でも振ってみるか。
「なぁ、ハルヒ。お前TVドラマとかあんまり見ないのか?」
「そうねぇ。あまり面白くないし。展開が在り来たりなのよね。
もっとこう私の予想の斜め上を行くような物は出てこないかしら」
無いだろうな。お前の予想の斜め上を行く脚本家がいたら是非俺に連絡をくれ。
こいつを紹介してやる。ついでに俺もどんな物か見てみたい。
「あ、でも」
「ん?」
「小さいころに見たドラマが面白かった記憶があるわ。あまり記憶に無いけど
ヒロインが悪の組織にさらわれてそれをヒーローが助ける〜っていうありきたりな
物語なんだけど当時の私にとってはすごく面白かったわ。タイトルももう覚えてないけどね」
ハルヒにもそんな定番みたいな物でも楽しめる時代があったんだな。
「ね。次はどこ行く?図書館辺りが怪しいと思うんだけど」
「はいはい。付いていきますよ団長様」
満足げに俺の3歩程前を歩くハルヒ。
しかし俺は無理矢理にでも俺の横を歩かせるべきだった。
「きゃっ!?」
あの悪夢のデジャブが俺の頭をよぎる。
あのワンボックス。あの男と女。あの手口。
唖然とする俺からぐんぐん離れていく車。目の前にいたハルヒはもういない。
「な…あ…!」
マズイ。追いかけないと。
空気の入ってないママチャリで必死に追いかける。
普通追いつくどころか引き離されるハズなのになんとか見失わずに追跡できた。
まるで俺を誘い込むように。
罠だろうがなんだろうがそんなもん知るか。ハルヒが誘拐されたんだ。
死んでも見失うわけないだろ。
やがて車は廃墟に。それを追って俺も中に入る。
そこにはあの朝比奈さんを連れ去ったやつらが居た。やっぱりか。
「ハァッ…ハァッ…ハル…ヒを返せっ…!」
「…まったく無様だね。僕にはここまで出来ないよ」
「この子もそろそろ目を覚ますわよ」
手と足を縛られているが怪我は無いようだ。
「なんでハルヒを攫った!」
「…朝倉涼子って覚えてる?」
忘れるはずないだろう。2回も襲われてうち一回は殺されかけたんだ。
長門がいなけりゃ今ここに俺は居ない。
「彼女と同じ。最近涼宮ハルヒがおとなしすぎてね。ここでいっちょイベントを起こして
反応を見てみようって事さ」
「ん…。」
「ハルヒ!大丈夫か!」
「キョン…。キョン。助けて…」
ここまで弱気で小さいハルヒを初めて見た。
しかし次の瞬間俺の視界にはハルヒの変わりにあの嫌味な未来人がアップで映っていた。
「ここまで来てお姫様の心配?言ったろ、僕達は朝倉涼子と同じだって」
膝蹴りが鳩尾にクリーンヒットする。
「キョン!キョン!!」
やば…息が…
「僕は[規定事項]ってのを覆したいんだ。君がここで死ねばどうなるのか…。ってのをね」
「私は朝倉涼子と同じ。涼宮ハルヒに何か変化を与えたい。利害が一致してるから組んでるって訳」
「まだ何も変化は起きないわね。…この子も可愛がってあげようかな?」
女がハルヒのセーラー服を脱がしにかかる。
「お前…っ!ガッ!」
今度はミドルキックが直撃する。
「邪魔させる訳ないだろ?お姫様も守れないようじゃ騎士失格だね?ククッ」
悪古泉みたいな笑い方で笑いやがる。古泉の笑い方もムカつくがお前はもっとムカつくんだよ!
しかし悔しいがこいつ強い。俺じゃまるで歯が立たない。
視界の端にハルヒが映る。既に下着姿のハルヒは半泣き状態で俺を見つめてる。
「キョン…も、もういいから…。キョン…」
アホか。何がもういいだ。お前が本気で嫌がっても俺はこいつに挑み続けるぞ。
「ウッ!」
腕を絡め取られる。腕ひしぎってやつだったか。柔道の授業ちゃんと受けときゃよかったな。
「逃げられたら困るんでね。こっちはアンタの殺害が目的なんだ」
ギリギリとゆっくり、楽しむように捻っていく。
やべ…折れる…。
そう思った瞬間ふっと体が楽になる。
「僕が付いていながらこんな事になるとは…。始末書じゃ済まないかもしれませんね」
いつものニヤケ顔。しかし目は笑ってない。初めてこいつの笑顔が怖いと思った。
「キャッ!?」
ハルヒを押さえてた女が手に持ってたスタンガンらしき物が砂となって崩れ落ちていく。
「…」
いつもの無表情。しかし体からオーラが出るぐらい怒ってるのは俺にもわかる。
「キョン君!大丈夫!?」
2人とは対照的に心配そうな顔をしながら俺に駆け寄ってくる。
「チッ…。」
あの嫌味な未来人が床に這いつくばっていた。
「一応僕も3年間機関で訓練を積んでますからね。普通の人間には大抵負けませんよ」
あの女の方も長門の前で動けないようだ。
「規定事項は破れない…ってことか?クソッ」
物凄い速度で走っていく。勝ち目が無いと踏んだみたいだ。
女の方もいつの間にかいないようだ。
「あの二人は森さんと新川さんに任せてありますよ。安心してください」
「キョン…キョン…ごめんね…。」
「なんでお前が謝るんだよ…。」
「私、こうなればいいなって思ってたの…。言ったでしょ?
ああいうドラマが好きだったって…。」
あぁ、そういやこいつが望んだことは大抵叶うんだっけ。古泉曰く神様だからなこいつは。
で、たまたまその場にいた俺がヒーロー役になった…って訳か。
「たまたまじゃないみたいですよ」
いつものハンサムスマイルに戻った古泉が囁く。
どうでもいいが顔が近いぞ。
「キョンに…キョンに助けて欲しかったから…」
「なんでまた俺にそんな大役押し付けるんだ?
ここに映画の主演男優様がいらっしゃるじゃないか」
「キョンがよかったから…。私、キョンが…」
「キョンが好きだからっ!」
…悪い、俺の耳か頭がどうかしちまったらしい。もう一度言ってくれ。
「何度も言わせるなっ!私はキョンが好きっ!大好き!」
長門がいつもの無表情で。朝比奈さんは顔を真っ赤にして。古泉はいつもの3割増しニヤニヤ顔で。
俺を見つめる。
「…やれやれ」
頭を抱える。
「…俺もだよハルヒ」
「キョン!ほら何やってるの!キリキリ歩く」
どっからこんな元気が沸いて出るんだこいつは。
S2機関でも…。あれ?デジャブか?
今日もハルヒと町を探索。しかしいつもと違うのはこれはSOS団パトロールじゃないからだ。
…これじゃいつもと同じだけどな。
「ほら!次は服屋!早く!」
満面の笑み。そんな顔されたらどうしようもねぇよ。
「早く!キョン!」
このお転婆なお姫様を守らなきゃな。いつまたあんな事が起きるかわからん。
騎士…って柄じゃないけど。
「こーらキョン!次もキョンの奢りだからねー!」
前言撤回。女王様と奴隷だなこりゃ。