ハルヒがやけに騒がしい。それもそのハズ。  
今日は3/13。明日は以前の俺ならお袋に適当なお菓子の詰め合わせを。  
妹に飴玉を上げるだけで終了するイベントなんだが今年はそうもいかない。  
なにせあの朝比奈さんに、あの長門に、ついでにハルヒにチョコを貰ったからな。  
しっかし…俺はお返しなんか始めてだからどんなものをあげればいいのか検討もつかん。  
あまり気合の入った物もアレだしかといってショボすぎるのも駄目だ。  
そんなこんなを考えながらボーっとしてたらいつの間にか放課後になっていた。  
こんなんだから俺は赤点スレスレなのかね。しかしハルヒも似たようなもんだ。  
あいつがノートを写してるとこなんか見たこと無い。  
力を与える相手を間違っちゃいませんか神様よ。  
 
「世界を自らの意思で創ったり壊したりできる存在。  
 人間はそのような存在の事を神と定義しています。」  
 
古泉の言葉が響く頭を押さえながら俺は部室へと向かった。  
 
軽くノック。  
…にしてもあの愛らしい未来人は鍵をかける、ということをいつ覚えてくれるんだろうね。  
もしかして未来に鍵なんて存在しない…訳ないか。  
 
「どうぞ」  
 
…。古泉か。可愛らしい声が返ってくると思いきや。テンションがドン底だ。  
 
「おや、あなたですか。中々入ってこないからピンポンダッシュかと疑ってたところです。  
 …ノックダッシュですかね?」  
 
ハハ、とハンサムスマイルを見せ付けながら俺を中に入るように促す。  
どうやら部室にはコイツだけのようだ。  
…正直、帰りたい。  
 
にやけながら一人チェスに夢中な古泉を放置してホワイトデーのお返しに頭を悩ます俺。  
 
「お悩みでしたら相談に乗りますよ?」  
 
なんでわかるのかね。そんなに顔に出てるのか?俺は。  
ま、こいつは俺と違ってホワイトデーというイベントに慣れてそうだから聞いてみるか。  
 
「なぁ、明日は何日か知ってるか。」  
「…なるほど。あなたにこれだけ悩んで貰えてあの3人も幸せですね。少し羨ましいです。」  
何が羨ましいんだ何が。  
「チョコのお返しはマシュマロ…。とどこかで聞いた覚えはありますね。」  
マシュマロか…。なんかショボくないか?  
曲がりなりにも手作りチョコなんだからもうちょっとグレードの高い奴がいいな。  
 
「お前は何を返すんだ?」  
「禁則事項です。」  
 
即答。しかもウィンクのおまけ付だ。おまえにされても嬉しくもなんとも無い。むしろ腹立つぞ。  
 
「別に隠すこと無いだろう?」  
「あなたには僕の意見など参考にしないで自分で見つけて欲しいんですよ。  
 一体何を渡すのか興味もありますしね」  
 
と見事なスマイルで返される。  
しかしそこまで隠されると余計知りたくなるのが人間の性。  
しばらく教えろ教えないの問答をして、  
 
「それなら、これで決めませんか?」  
と、さっきまでいじくってたチェス盤を指差す。  
 
いい度胸だ。今までの俺との戦績を理解して無いみたいだな。  
 
「いいだろう。やってやろうじゃねぇか。」  
 
 
 
「チェックメイトです。」  
 
んなアホな。これは何かの間違いだ。でなきゃ夢かなんかだ。  
 
「間違いなく現実ですよ。頬でもつねってあげましょうか?」  
 
いらん。  
 
 
「やっほー!遅くなってごめんごめん!岡部がうるさくてさぁ。」  
「こんにちは。あっすぐお茶いれますね」  
「…」  
 
3人娘のご登場。さすがにこの場でホワイトデーの話をすることも出来ず  
渋々チェス盤を片付けた。  
 
その後はいつものようにダラダラと過ごし、長門が本を閉じると同時に解散。  
朝比奈さんが着替え終わるまで部室の外で副団長殿と待機だ。  
 
「買うチャンスは今日しかないですよね?付き合いましょうか?」  
 
いらん。何が悲しくて男2人で買い物しなきゃならんのだ。  
 
「そうですか…。いや、残念です。あなたが何を選ぶのか興味があったんですがね」  
 
お前には絶対教えん。俺にチェスで勝った報いだ。  
 
古泉が理不尽ですよとか言いながら肩をすくめたのと同時に扉が開き下校となった。  
 
家に帰って着替えたあと、ママチャリに乗って商店街へ。  
 
ただでさえ部活で遅くなってるのにあれやこれやと悩んでるうちに店がどんどん閉まっていく。  
これはマズい。とりあえず閉店間際の本屋に飛び込んで長門が好きそうなSF本を確保。  
しかしこの時点でほとんどの店が閉店。なんてこった。  
こんな時間に開いてるのなんかゲーセンぐらいしかねぇぞ。  
ん。ゲーセン?…そうか!アレがあった。  
 
 
「くそっ案外難しいな…。取れないように出来てるんじゃないかコレ」  
 
そこには必死こいてUFOキャッチャーと格闘する男が一人。  
ずいぶん滑稽な姿だったろうな。なんせいい年こいた男の獲物はクマのヌイグルミだ。  
カップルの視線が痛い。  
そして挑戦すること数十回。やっとの思い獲物をしとめた。  
店員さんに何度も取りやすそうな場所に移動させて貰ったのは秘密だ。  
これで朝比奈さんの分も確保…っと。あとはハルヒか。  
 
「…おいおい…マジかよ…。」  
 
財布の中身を見て愕然とした。小銭すらほとんど残っちゃいねぇ。  
UFOキャッチャーにムキになりすぎた。一体いくらあの機械に吸い込まれたんだ。  
しかしこれはマズい事態になったな。…と言ってもどうしようもない。  
こんなことなら古泉連れてくればよかったな。金ぐらい貸してくれるだろうに。  
 
散々迷いながらコンビニで飴玉を3つ購入。こんなんでも今の全財産の6割はあるぜ。  
 
とりあえずお袋、妹、ハルヒ…。いや、お袋と妹は大丈夫だろうが問題は…。  
しかし今更どうしようもない。なんか適当な冗談を加えつつ後日ちゃんとしたものを買ってやろう。  
うん。それしかない。  
 
すっかり奴隷根性が染み付いた自分を自嘲しつつ家路に着いた。  
 
 
いつかのハルヒよりもメランコリーな気分で登校し、放課後までの時間を過ごす。  
後ろのヤツがちょっかい出してくるだびにさらに憂鬱になる。  
 
 
そして放課後。  
 
「はぁい」  
 
ノックに返ってくる返事が微笑み君じゃなくてホッとする。  
やっぱりこの舌っ足らずな朝比奈ボイスじゃなきゃ駄目だな。  
 
「今お茶入れますね」  
そういう朝比奈さんの手にはリボンの付いたお菓子の詰め合わせが握られている。  
ふと長門の方を見ると膝の上にも、ふんぞりかえる団長様の机にも同じものが置かれている。  
 
無難なのを選んだな。つーかわざわざ隠すほどのもんでもないじゃねぇか。  
古泉に視線を向けると軽くウィンクを貰い さ、どうぞあなたも と目が語りかけてくる。  
確かに朝比奈さんとハルヒは何か期待したような顔してるし  
長門も心なしかこっちをチラチラ見てるような気がしないでもない…うん気のせいだなきっと。  
 
しっかしどう切り出したらいいもんかと悩んでたら痺れを切らしたようにハルヒが  
「ねぇキョン?何か忘れてない?  
 ほら、私たちに渡すものがあるでしょ?とってもいい感じのものよ!」  
 
…ついに来たか。えぇいままよ。  
 
鞄から若干キレイに包装された本を取り出す。  
 
「ありがとな長門。「譲渡」なんてお前らしいな。」  
「…ありがとう」  
 
こいつのありがとうを聞いたのはこれで2回目か。うん、悪くないな。  
 
そして今度はクマを取り出す。出したときにうわぁっと言う朝比奈さんの嬌声が聞こえる。  
 
「ありがとうございます朝比奈さん。おいしかったですよ。」  
「うわぁいいんですか?嬉しいですっ」  
 
とギュっとヌイグルミを抱きしめる。変わってくれんかねヌイグルミ君。  
 
そして問題のコイツ――――――  
 
なぁ、頼むからそんなかつて無いほどいい顔をしないでくれ。  
 
「あっとな…ハルヒ…。」  
 
満面の笑み。…これは…怖いな。後が。  
 
「目を閉じてくれないか?」  
 
「ん」  
 
ここで抱き寄せてプレゼントはオ・レ みたいなのも昨晩考えたが一瞬で却下された。  
んなアホみたいな事できるか。  
 
「んで、手を出してくれ」  
 
「…。」  
 
若干顔が紅潮してやがる。あぁこの場から逃げ出したい。  
そして…。そぉっとその手の上に飴玉を乗せてやる。  
 
「…目を開けてくれ」  
 
うん。時間が止まったね。これは。DIO様がいらっしゃったのかと思ったよ。  
 
手の上の飴玉を凝視しながら微動だにしないハルヒ。  
よし、ここからが本番だ。徹夜で考えたジョークでこの場を切り抜けろ!がんばれ俺!  
 
「あのな、ハル…!」  
 
顔を上げたあいつの大きな目には溢れんばかりの涙が溜まってた。  
…反則だろ、そんな顔。  
 
さらに止まる時間。…どうすりゃいいんだ俺。  
 
「………バカッ!!!」  
 
涙声でそう叫ぶと手の上の飴玉を俺に投げつけて走り去っていった。  
ジョークの出番は無かったな。お疲れ昨日の俺。  
 
部室を見回す。じ…っと非難の色を映した目で俺を見つめる長門。  
たまにしか見たこと無い真剣な顔で俺を見る古泉。  
 
そして―――――  
 
パンッ!  
 
部室に乾いた音が響く。  
 
「ひっ酷いですよ!こんなの…涼宮さんずっと今日を楽しみにしてっ…」  
 
朝比奈さんも目に涙を溜めている。  
 
パチン。  
携帯を閉める音。  
 
「閉鎖空間がかなりの速度で規模を広げています。かつてない程にね。  
 このままでは世界を覆いつくすのも時間の問題です。」  
 
「…すまん」  
 
「謝る暇があるのなら早急にこの問題を解決して頂きたいですね」  
 
「…すまん」  
 
肩をすくめる古泉についに泣き崩れてしまった朝比奈さん。じっと俺を見続ける長門。  
 
無意識のうちに俺は部室を飛び出てハルヒを追いかけていた。  
さすが陸上部に熱心に歓迎されるだけはあるな。早い。早すぎる。  
しかし今日の俺は自分でも驚くほど早く走れた。火事場のバカ力ってやつか?  
やがて追いつきハルヒの手首を掴む。  
 
「っ…!離しなさいよ!」  
 
「いーや、離さん!いいから俺の話を聞け!」  
 
「聞きたくなんかないわよっ!」  
 
暴れまくるハルヒ。腹に何発もパンチと蹴りが入る。  
こいつ格闘技やらせたらいい線いくんじゃないか?  
 
「離せっ…離せったら…!」  
 
くそっ。このままじゃいずれ逃げられる。  
そう思った瞬間、体が勝手に動いた。  
 
「ちょっ…むっ…!」  
 
…これで2回目か。相変わらず柔らかいなこいつの唇。  
 
しばらく暴れてたハルヒもおとなしくなる。  
 
「…落ち着いたか?」  
「………」  
「まぁいい。とりあえず聞け」  
 
 
俺はやっと事情を説明することが出来た。  
たっぷり1時間ほどかかったけどな。  
 
「な?そういう訳だから。アテが出来たら好きなもん買ってやるから。」  
「…明日。」  
「ん?」  
「明日買って。明日SOS団でパトロールするから。その時に買って」  
「で、でもペアになるとは限らないし…」  
「そんなもんイカサマで何とかなるわ。」  
 
 
次の日  
 
 
「おっそいわねぇ。みくるちゃん達。もう10分もオーバーよ!再集合は4時って言ってたのに!」  
 
無事ペアとなった俺達が残りの3人を集合場所で待つ。  
不機嫌そうな声を出しながらも笑みは消せないらしい。  
光り輝くような笑みだ。  
 
 
「あっ、来た来た!それじゃ喫茶店行きましょ!もっちろんキョンの奢りね!」  
 
肩をすくめながら財布の中身を確認する。これ以上軽くするつもりか。  
もうすぐ春だってのに俺の懐は寒くなるばかりだぞ。  
 
そして喫茶店の中で当然ながら朝比奈さんと古泉に質問されまくった。  
ん?質問の内容?そりゃあ当然、  
 
俺がお袋から前借りした小遣い3ヶ月分をあっさり飲み込んだ  
こいつの左手で光る小さな指輪について――――  
 

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