例の彼と同じクラスになった。もちろん、涼宮さんも同じクラス。  
 
情報統合思念体は、彼をイレギュラー因子って定義してたけど、ごく普通な感じ。  
ただの男子高校生。何かの間違いじゃないかと思ったくらい。  
 
涼宮さんと仲がいいようにも見えない。と言うか、涼宮さんが傍若無人すぎるのよね。  
あの調子で、あの二人に接点なんてできるのかな。  
彼が涼宮さんに何か話しかけても、まったく相手にしてないようだし。  
でも、まあいい。観察を継続しよう。  
 
涼宮さんの印象は、奇矯な行動と、あの性格を除けば、非の打ち所がないって感じ。  
ただ、あの性格は、こちらにとって都合がいいかも知れない。  
あれじゃ誰も近付けないだろうし。  
 
わたしが話しかけても、いつも邪険な態度。  
宇宙人に会いたかったんじゃないの? と思わず口走りそうになる。でもそこは我慢。  
クラス委員長になったのが、よくなかったのかな。  
でも、涼宮さんは、男女問わず、誰にでも邪険な態度をとるから関係ないんだろうな。  
 
例の彼は、特に何もなし。本当にただの男子高校生。  
不良でもないし、優等生ってわけでもない。スポーツができるわけでもなさそう。  
ただ、誰と話すときも自然な感じ。その点は結構、好感かも。  
 
彼がわたしに興味を持ってくれると嬉しいんだけど、そんな気配もない。  
結構、わたしって魅力的に設定されていると思うんだけどなぁ。  
 
そんな感じで四月を過ごし、せっかく三年続いた退屈な待機モードから抜けたって言うのに、  
何も起こることもなく、五月になった。  
 
連休明けのある日、朝のホームルーム前、突然、教室に涼宮さんの声が響いた。  
「そっちのほうが面白いじゃないの!」  
振り向くと、あの彼が、涼宮さんと何か話をしているらしかった。  
どうやら、彼と彼女の間に何か接点が生まれつつあるらしい。彼が涼宮さんに何か言っている。  
「だからよ! だからあたしはこうして一生懸命」  
涼宮さんが、イスを倒して立ち上がり、続けて何か言いかけたとき、岡部先生が入ってきた。  
一瞬、空気が止まり、またすぐ、動き始める。  
涼宮さんは、無言でそのまま席に着き、ホームルームが始まった。  
 
彼女があんな物言をするのは初めてだ。  
彼は、何か、涼宮さんの琴線に触れるようなことを言ったに違いない。  
それはなんだろう。知りたい。  
 
休み時間、谷口くんが彼に、驚天動地だ、とか言っていた。  
涼宮さんが誰かと話しているということは、彼女と同じ中学だった谷口くんにも、  
意外なことだったらしい。なるほど。  
 
わたしも彼に訊いてみることにした。  
どうしたら涼宮さんが話すようになるのか、そう訊ねてみる。  
 
彼は、イスに座ったままでこちらを見上げ、困ったような表情で、  
「解らん」  
とだけ言った。本当に心当たりはないらしい。そうだろうなぁ。仕方ないか。  
「ふーん、でも安心した。涼宮さん、何時までもクラスで孤立したままじゃ困るもんね」  
一人でも友達ができたことは、いいことよね、と続けて、今後、涼宮さんへ伝えるような  
ことがあれば、彼を通して伝えてもらうようにお願いするから、と、そう伝えた。  
彼は不満そうな顔をしていたが、両手を合わせて、  
「おねがい」  
と、少し甘えた感じで言ったら、渋々ながら頷いた。  
 
わたしは、クラスの委員長だし、このような発言も不自然じゃないと思う。  
彼には、わたしの印象をよくしておきたい。わたしを意識して欲しいから。  
彼と仲良くなれれば、彼や涼宮さんに関する正確な情報を得られそうだし、  
そもそも、それが、わたしの役割の一つなんだから。  
 
谷口くんが変な顔をしてたけど、大丈夫だろう。妙な印象は与えていないはず。  
ま、谷口くんや国木田くんが、どう思おうと関係ないんだけどね。  
そう思いながら、わたしは、クラスメイトの輪に戻った。  
 
涼宮さんが、彼と何やら画策しているらしい。  
そう気が付いたのは、英語の授業中に、彼女が何かを叫んだときだった。  
大きな音がして振り向くと、彼が後頭部に手をあて、涼宮さんに文句を言っていた。  
「何しやがる!」  
涼宮さんは、その言葉を無視すると、  
「気が付いた!」  
と叫んだ。何に気が付いたのかと思ってたら、どうも部活の件で何か思いついたらしい。  
彼女の輝くような笑顔。初めて見たような気がする。  
 
涼宮さんは、彼も、驚いている生徒も先生も、その場の空気も、全てを無視して、  
そのまま席に着くと、何かを考えていた。しばらくそのまま突っ立っていた彼は、  
やがて先生に向かうと両手を広げて肩を竦め、教室は、いつもの雰囲気へと戻っていった。  
 
部活? 一体何をするつもりなんだろう。  
気になって、わたしも以降の授業は、あまり聞いていなかった。  
わたしの知らないところで、何かが進捗している感じ。これは問題ね。  
 
涼宮さんの笑顔と彼への言葉。あれは、彼と一緒に何かを始めようとしているのだと思う。  
それは、彼女が彼を完全に気に入ったということなのだろう。  
彼を、友人、いや、同じ仲間だと思えるほどに。  
ついに、涼宮さんと彼の間に接点が生まれたのだ。  
 
想定外の話ではない。と言うより、そう想定していたのだから、問題はない。  
しかし、一体、彼のどこが気に入ったのかが解らない。  
彼は、とても涼宮さんが興味を持つ対象とは思えなかった。  
 
その後、休み時間になると涼宮さんは彼を連れてどこかに行ってしまった。  
彼に涼宮さんが何をしようとしているのか訊こうと思ったけど、やめておく。  
あまり頻繁に、涼宮さんのこと聞くのも、妙な印象を与えるかも知れない。  
おせっかいな奴だと思われるのは、避けたかった。  
 
そのうち解るだろう、そう思うことにした。腹立たしいけど。  
 
それから何日か経った放課後、校門で、二人のバニーガールを見かけた。  
よく見ると涼宮さんだ。それともう一人。たしか、朝比奈みくる。  
別の時間平面から来た上級生。言ってみれば、未来人。  
 
何をしているのかと思って近付くと、ビラを渡された。  
SOS団結団に伴う所信表明、そう書いてある。SOS団?  
 
涼宮さんは、彼だけじゃなく朝比奈さんを含む何人かで、同好会のようなものを立ち上げたようだ。  
ビラには、不思議なことを募集しているとか、書いてある。  
状況が理解できず、何となくそのまま彼女らを見ていると、ばたばたと、先生方がやってきて、  
二人を連れて行った。  
あれは、生徒指導室行きだろうなぁ、気の毒に。一体何をしてるんだろう。  
彼女の行動の意味が解らない。  
 
涼宮さんの周りで、何かが始まったことだけは確かだ。しかし、それが解らない。  
仕方がない。このままでは、状況が把握できないままだし、長門さんに訊くことにしよう。  
そう考えて、その日の夜、長門さんの家を訪ねた。  
今日のことを話し、知っていることを訊くために。  
 
長門さんとは、情報リンクを介することで、観念的な情報交換が可能だ。  
わたしは、緊急時や会話に齟齬が発生しないかぎり、言語を使用する方が好きなんだけど、  
長門さんは、会話が苦手なので、彼女と情報交換する際には、情報リンクを確立する。  
 
情報リンクによる情報伝達には、自覚的な虚偽情報を含めることができないから、  
妙な情報を、連想付帯情報として一緒に送出してしまわないように注意しなければならない。  
その点が、面倒だ。  
 
いつものように制服姿の長門さんは、表情を固定したままで、  
涼宮さんが、文芸部の部室を拠点として、生徒会非公認の、  
不思議なことを探す同好会のような団体を立ち上げたと伝えてきた。  
それには、長門さんも含まれている。  
 
軽い驚きを感じていると、彼女が少し時間を置いて、再び伝えてきた。  
――涼宮ハルヒとイレギュラー因子の動向を観察する良い機会。  
長門さんは観察が役割なはず。観察する側が対象に干渉する場に紛れ込むなんて問題ないのかな。  
――大丈夫。  
そう答えて、一瞬、視線を和室の襖に向け、わたしの顔を正面から見据えて、続けた。  
――イレギュラー因子には、全てを話す。  
驚いた。  
全てって、わたしたちの存在理由や情報統合思念体の目的を?  
彼女は肯定し、わたしの疑問に、あなたのことは話さない。許可は得ている。と、そう伝えてきた。  
 
長門さんは、彼に、本当のことを打ち明けるつもりらしい。  
そのことに情報統合思念体も許可を与えたらしい。  
 
ということは、長門さんの文芸部入部と涼宮さんの同好会は、シナリオ通りってことなのね。  
なるほど。そうならそうと教えてくれればよかったのに。  
――派閥が違う。あなたが同意しない可能性が高い。  
それはそうね。わたしは、今でも反対だわ。あなたが涼宮さんや彼と接触するなんて。  
それに、彼に、インタフェイスであることを知らせるなんて。  
 
そう思いながら、そのシナリオに沿って長門さんが動いているなら、  
その邪魔はできないのだということも、理解していた。  
 
わたしは、ため息を付き、何気なく和室の襖に目を向けた。  
そう言えば、彼女は、いつもこの部屋を気にしている。  
――その疑問に答えることはできない。それ以上の質問や詮索は無意味。  
そう伝えてくると、彼女は、情報リンクを切断した。  
 
なぜ、今、情報リンクを切断したのだろう、そう疑問に思いながらも、わたしは口を開いた。  
まだ、伝えたいことがある。  
 
「彼への接近は、うまく行きそうにないの。わたしには、あまり興味がないみたい」  
「…………」  
「涼宮さんと彼の間に接点ができた以上、彼への接触は必須事項だと思う」  
「…………」  
「だから次は、ちょっとした事故を装って、彼の情欲を煽るような接触を試みようと思うんだけど」  
「不要」  
 
否定された。それも、強く否定されたような気がする。  
 
「でも、彼と特別な関係を築ければ、涼宮さんの制御が可能になるかも知れない」  
「予測不能。不確定要因が多い」  
「試してみる価値はあると思う。それにわたしも彼に興味があるし。協力して欲しいの」  
そう言ったとき、長門さんの視線が揺れた気がした。  
 
少しの沈黙の後、彼女が口を開いた。  
「それが、あなたの派の意向なのであれば、否定すべきではなかった。すまない」  
そして、しばらく黙り込んだ後、言葉を続ける。  
「しかし、あなたの彼に対する行動を検出した場合、わたしはその行動を阻止する」  
 
彼女の視線は眼鏡越しでも強く、わたしは睨まれていると感じた。  
 
なぜ、何の能力も持っていない、ただの人間にそこまで拘るのだろう。  
情報操作でも記憶改変でも実施して、彼をこちらの都合の良いように行動させたほうが  
色々と手っ取り早いと思うのだけど。  
確かに今は、彼に対する情報操作や記憶改変は許可されていない。  
でも、だからと言って、色情的なアプローチまで禁止されているわけではない。  
 
長門さんは、わたしの話にどこか苛ついている感じ。はっきりとは解らないけど。  
どうも、長門さんは、涼宮さんだけじゃなく、彼にも興味を持っているようだ。  
何となく、観察対象に対する興味とは違うような気がする。  
でも、明確には感じられない。  
 
黙ったまま動かない長門さんの様子は、この話は、ここで終わりだと言っているようだった。  
でも、彼に対する色情的アプローチに難色を示すとは思わなかったな。  
 
「ふーん、何か気に入らないなぁ。でも、わたしは、いつでも長門さんの味方。  
派閥はあまり関係ないの。何でも長門さんに話しているのよ。  
だから、わたしには何でも話して欲しいの」  
 
そう言いながら、わたしは、立ち上がり、長門さんの横に座りなおした。  
長門さんの身体が少しだけ強張る。かわいい、そう思いながら長門さんの肩をそっと抱く。  
 
「イレギュラー因子の彼に、わたしたちのことを話しても、きっと信じてもらえないわ」  
彼は、ここの常識に囚われているもの、そう考えながら、彼女を軽く抱きしめる。  
彼女が無表情な目を、わたしに向けた。眼鏡の奥で睫が少し震えているように見えた。  
 
彼女の耳元に口を近付け、息がかかるように、  
「彼に変な人って思われたら、長門さん、傷つくんじゃないかしら」  
そう呟き、片腕で彼女の肩を抱いたまま、もう片方の手を彼女の胸に当てる。  
ぴくっと彼女の身体が反応する。彼女の胸は大きく無いけど、敏感そう。  
 
制服の下から手を差し入れたい気持ちを抑えて、  
「わたしは、長門さんが傷つくのを見たくないの」  
そう言いながら、わたしを見ている彼女の唇に、自分の唇を近づける。  
 
「だから、その前に、彼を篭絡しちゃえば……」  
そして、軽く唇を重ねる。  
そのまま押し倒そうとしたとき、長門さんが、わたしの腕を払いのけ、立ち上がった。  
そして、わたしを見下ろす。  
 
「やっぱり、だめかな」  
「…………」  
彼女は黙ったまま。  
 
身体の中心にじんわりと熱を感じる。  
長門さんに迫ったのは、わたしの考えを知ってもらうための思いつきだったんだけど、  
あのまま続けたときのことを想像して、わたしは、少し興奮していた。  
 
情報操作で、彼女の身体動作を固定できないか、そう考えて、首を振る。  
現状では、わたしの情報操作は、実行した瞬間、長門さんに無効化されるだろう。  
それをするには、遅延コードを含めたプログラムを用意しておく必要がある。  
それでも、それほど時間をかけずに、長門さんはプログラムを無効化するだろうけど。  
 
わたしは一つため息をつき、立ち上がって言った。  
 
「ごめんなさい。今日はもう部屋に戻るわ」  
そして、彼女の部屋を出た。彼女は最後まで何も言わなかった。  
 
今まで、彼女に何かして、明確に拒否されたことはなかった。迫ったことはなかったけど。  
でも、今回は、明確に拒否された。  
 
次の日、休み時間に教室で谷口くんと国木田くんが、彼と何か話していた。  
昨日のバニーガールの件だろう、そう思い、彼に近付いた。  
彼は、苦りきった顔で床に視線を落としていた。朝比奈さんは学校を休んだらしい。  
 
そりゃ、あんな格好させられて、生徒指導室で注意を受けたら、休みたくもなる。  
少しだけ同情。でも、彼女も涼宮さんに接触しているくらいだから、それなりの覚悟はしているはず。  
ただ、長門さんにだけは、あんなことさせたくない。そんな状況だけは阻止しなければ。  
 
その日は特に何事もなく、あまり遅くならない時間に帰宅した。  
 
状況が進展しない。わたしは、徐々に焦燥を感じ始めていた。  
例の彼への接触は、ほとんど進展していない。  
涼宮さんとも接触できていない。と言うか、涼宮さんとは、まともな会話すらできていない。  
 
どちらも、長門さんが接触しているので、大きな問題ではない。  
でも、そもそも、対象に接触するのは、長門さんの役割ではなかったはず。  
与えられた役割を果たせないのは、わたしの存在意義に関わる。  
なんとかしないといけない。でも、どうしたらいいのだろう。何も考え付かない。  
 
ため息をついて、部屋着のまま、ベッドに寝転ぶ。  
何となく、昨日、長門さんに迫ったときのことを思い出した。  
長門さんの胸や唇、やわらかかった。そう思うと、何かたまらない感じになる。  
 
わたしは、長門さんが好き。  
彼女を守りたい。彼女を抱きしめ、一緒に喜びを感じたい。  
 
わたしと長門さんは、互いに正体を知っている、唯一のインタフェイス。  
他に配置されたインタフェイスのことは知らされてないけど、わたしたちは互いを知っている。  
わたしは、もっと長門さんのことを知りたい。そして、わたしのことも知って欲しい。  
そして、長門さんに信頼される存在になりたいと思っている。  
この世界で、わたしが知る、わたしの仲間は長門さんだけなのだから。  
 
そして、彼女と深く強く触れ合いたい。彼女を抱きしめたい。愛し、そして愛されたい。  
 
彼女の乱れた姿を思い浮かべ、わたしは、自分の胸に触れ、太腿の間に手を伸ばす。  
そこは薄らと湿り気を帯びている。枕に顔を埋めて、彼女の痴態を想像する。  
 
彼女が乱れるなんてことはあるのだろうか。いつも冷静な彼女。  
無表情な白い顔。眼鏡の奥の冷静な瞳。その顔が快感で歪み、細い身体を震わせる。  
微かな喘ぎ声。潤む瞳。湿る下着。濡れ広がる秘裂。  
乱れさせたい。その感覚を知って欲しい。知らせたい。  
 
掌全体で胸を揉みながら、指先を胸の突起にあて、転がすように弄り、押しつぶす。  
下着を脱ぎ、指を差し入れ、秘裂にそって上下に擦る。  
既に湿っていたそこは、指先を飲み込み、濡れた襞が指先に絡む。  
うつぶせのまま軽く膝を立て、粘膜を指先で刺激する。そこが広がり、そして捻れる。  
 
頭が痺れ、何も考えられなくなる。小さく喘ぎ声が漏れる。息苦しい。  
髪が乱れて広がる。勝手に身体が揺れ、胸の突起がシーツで擦れる。  
 
両足を大きく広げ、両手で、濡れそぼったそこを弄る。  
陰唇が引っ張られ、秘芯の突起が露出する。淫液が掌にまで垂れてくる。  
シーツが汚れてしまう、そうぼんやりと思う。  
 
濡れた指先で秘芯に触れ、擦り上げる。思わず、叫び声を上げそうになり、唇を噛む。  
何かがこみ上げてくる。彼女の姿を思い、彼女の名前を呼ぶ。  
その瞬間、わたしの背が反り返り、短く痙攣した。  
 
息が整うまで、しばらく時間が必要だった。  
 
この世界では、同性同士でのそのような行為は、倫理的に推奨されていない。  
でも、わたしたちは人ではない。そう、人とは違う価値観や倫理観を持っている。  
だから、彼女と、そのような行為に及んでも、何も問題はない。  
そう何も問題はないのだ。  
そう考え、ぼんやりした頭で、ある情報状態を制御する因子をプログラムした。気紛れに。  
 
しばらくして、心地よい脱力状態のまま寝返りを打ち、思考を、涼宮さんへ向ける。  
 
情報統合思念体の一部に気になる考えがあった。制限されているはずの方法。  
それは、思念体を代表する意思とは思えない。でも思念体は統一的な見解を持ってはいないのだ。  
だから、それについて考えることはできる。  
 
わたしは、考え始めた。  
 
 
翌日、教室で涼宮さんが彼に謎の転校生がどうのとか興奮気味に話しているのを聞いた。  
 
転校生? そういえば、九組に転校生が来るって職員室で誰かが話していたような。  
涼宮さんが興味を持つ転校生。謎の転校生ね。彼女の自己紹介を思い出しながら考える。  
宇宙人と未来人は既にいる。ということは、異世界人か超能力者かな。  
 
その夜、転校生のことを確認するために長門さんの家に向かった。  
長門さんは、情報収集能力が大幅に強化されているので、対象が多少遠隔に存在していても  
正確な状況把握ができる。きっと、例の転校生の素性も知っているだろう。  
わたしは、長門さんより汎用的に設定されているので、情報収集能力は長門さんほどではない。  
ただ、基本的な情報操作能力は同じなはずだ。  
わたしは、長門さんのバックアップも兼ねているのだから。  
 
長門さんは、ここ何日か夕方にどこかへ出かけているようだったが、今日は在宅していた。  
 
わたしを部屋に迎えた後、長門さんは、テーブルに向かい、制服のままで正座した。  
いつもと違う雰囲気。制服のままなのは、いつもと同じなのに。  
何かあったのかな。  
 
情報リンクの確立要求が拒否される。どうしたのだろう。  
知られたくない情報があって、その扱いを制御できないのだろうか。  
そうなら、それは珍しいことだ。  
 
何があったのか口頭で聞くと、彼女は、ぽつりと言った。  
「ない」  
それにしては様子がおかしい。でも、機能不全などではないようだ。  
 
長門さんが問題ないと言っているのに、心配していても仕方がないので、  
とりあえず、例の転校生について訊いた。  
「涼宮ハルヒの情報干渉空間に介入できる能力者」  
涼宮さんに文芸部に連れてこられ、そのまま彼女の同好会に入ったらしい。  
 
例の機関のメンバーということ? そう訊ねると、小さく頷いた。  
なるほど、いわゆる超能力者ってやつね。  
じゃ、当初の想定とは若干違うけど、涼宮さんは自分の望む環境を整えたってことね。  
 
長門さんは黙ってテーブルに視線を当てたまま、動かない。  
 
やはり何か変だ。長門さんの様子がいつもと微妙に違う。そう思いながら話を続けた。  
「そういえば彼も涼宮さんに巻き込まれているみたいね。何か苛ついていたみたい」  
長門さんが反応した。ゆっくり顔を上げる。  
 
転校生の話には反応が薄かったのに、彼の話には反応するのね。  
そう思いながら、話を続けた。  
 
彼は危険だと思う。涼宮さんは、とても彼を気に入っているみたいだけど、  
彼は、その状態を良しとしていないようだ。  
そのうち、彼は、彼女に想定以上の精神的ダメージを、無自覚に与える可能性がある。  
それは危険だと思う。  
 
「その可能性は検討済み。だから、彼には、全てを知らせた」  
「そうだったわね。で、どうなったの?」  
わたしは、長門さんの試みは、うまく行かないだろうと踏んでいた。  
「…………」  
彼女は答えないが、やはり、あまりうまくは行かなかったようだ。  
 
彼は、彼の信じる常識に凝り固まっているのよ。  
だから、素直に全てを話しても、信じてくれなかったでしょ。  
 
「確定したわけではない」  
そう言った彼女は、明らかに寂しそうに見えた。  
 
「そうね」  
そう言って、わたしは、自分の予測が正しかったと思った。  
 
長門さんは、彼に本当のことを教え、彼はそれを信じなかった。  
その事実に、彼女はひどく落ち込んでいるようだ。  
なぜ、彼女が落ち込むのかが、よく理解できないけど。  
人間に何かを期待するなんて、どうかしている。  
 
ただ、長門さんが悲しんでいるようなのは、確かで、その原因となった彼には、憤りを感じる。  
でも、それは、彼をわたしたちと同じように扱おうとした、長門さんの考え違いが発端だ。  
 
長門さんを慰めたい、そう思って、これは、チャンスだと気が付いた。  
そう、彼女を慰めよう。そして、結局、この世界では、わたしたちだけが  
仲間であり、よって、信頼関係を結べるのだと思い出して貰おう。  
人間に何かを期待しても、裏切られるだけなのだから。  
 
たとえ彼女がわたしを拒否しようとしても、今なら反応は遅れるに違いない。  
そして、わたしを知ってしまえば、状況を正しく理解してくれるはずだ。  
 
わたしは、静かに顔を伏せると、情報操作を開始した。長門さんにとっては不意打ちだろう。  
昨日、気紛れで用意したプログラムを実行し、複数の受動的遅延コードを有効にする。  
これで、長門さんが情報操作を行っても、即時性を失うはず。  
この部屋は長門さんの部屋。彼女の空間。だから十分に注意しなければならない。  
 
そして、ゆっくり立ち上り、長門さんに近付く。  
彼女の視線が、わたしを追い、途中で止まる。  
 
うまく実行できているようだ。  
そう思い、彼女の後ろに膝を折って座る。両膝で彼女を挟むように。  
「長門さん、悲しむことはないの。わたしが慰めてあげる。そして思い出させてあげるわ」  
 
正座したままの長門さんを、後ろから抱きしめ、プログラムした情報因子を展開する。  
後ろから彼女の両腕をとって、背中に回し、彼女の腰に彼女の両手の甲が当たるようにする。  
わたしたちの周囲に遮蔽フィールドを展開し、再度、環境情報を設定する。  
自律行動の阻止。体勢の維持。感覚制御、感情制御の凍結。  
 
長門さんは、彼女自身が対抗処置を実行するまでの時間、自律的な行動は不可能になるはず。  
でも、彼女が対抗処置を実行するまで、それほど時間が掛からないだろう。  
だから、すぐに行動。わたしを受け入れてくれれば、対抗処置は解除されるだろうから。  
 
今、彼女は、自分の意思で身体を動かせない。生きている人形だ。  
 
右手を長門さんの制服の下から入れ、右胸に掌を当てる。  
そのまま指先の構成変更を実施。それぞれの指を伸ばし、  
伸ばした親指を、彼女の口腔に差し入れる。  
若干の抵抗があったけど、そのままわたしの親指が、彼女の口腔を蹂躙する。  
「……っ」  
そして、左手を背中に入れ、ブラのホックを外す。  
伸ばした指先を、ブラの下から差し入れ、彼女の左胸に触る。突起を中指と薬指で挟む。  
残った人差し指と小指、そして掌の形状を変え、右の乳房を掴む。  
 
彼女の耳元に息を吹きかけ、囁く。  
「少しの間、我慢して。すぐに気持ちよくなるから」  
そして、右手の掌を浮かし、ブラをたくし上げて、直接、掌で彼女の乳房に触れる。  
乳首を転がすように掌を動かす。  
 
「長門さん、いいことを教えてあげる」  
そう言ったわたしの言葉に、彼女は苦しそうに息を吐く。  
ここで止めるわけにはいかない。制服がはだける姿が情動的だ。  
彼女の短い髪が揺れて、わたしの頬をあたる。くすぐったい。  
 
左腕を伸ばし、彼女の両膝の間に入れる。短いスカートがまくれる。  
 
「わたし、長門さんが好きなの。だから、わたしのものにしたい」  
そう呟いて、左手の指先を再構成し、伸ばした親指と小指で、彼女の両膝を押し広げる。  
そのまま、残りの指も伸ばし、下着の上から、秘裂にそってなぞりあげる。  
 
「……っ、はっ」  
口を大きく広げて、吐息を漏らす彼女。その口に差し入れている親指を、そのまま膨張させる。  
「ぅ、う……むっ」  
口を塞がれて、彼女の顔が少し上を向く。親指で彼女の顔の向きを少しだけ調整。  
彼女の唾液が、口の周りから滲み出る。そんな顔も、やっぱり、かわいい。  
顔を横から近付け、彼女の口元から溢れた唾液をなめ取る。  
 
彼女の両膝の間に差し込んだ左手。  
その人差し指が、下着の上から彼女の陰核のあたりを捕らえ、彼女がぴくっと反応する。  
中指と薬指を、湿り気を帯びた下着の隙間から、彼女の中へ侵入させる。  
指先で陰唇を弄り、そこを広げる。湿った粘膜の感触。  
彼女の呼吸が速くなり、眼鏡の奥で睫が震える。  
 
わたしの下着も湿っている。彼女に触れてもらいたい。でも、今はまだ我慢しないと。  
彼女が受け入れてくれるまで、そんなに時間は掛からないだろう。  
でも、やっぱり辛い。しかたがない。  
わたしは、彼女を挟むようにしていた自分の両膝を一杯に広げると、  
彼女の腰に下半身を押し付けた。後ろに回した彼女の指が、わたしのそこに触れるように。  
 
彼女の膣前庭や小陰唇を責めながら、同時に人差し指で陰核を撫で上げ、刺激する。  
陰液が滲みでて、指を動かすたびに、そこは微かに淫猥な音を出す。  
わたしの右手は、彼女の胸を変形させ、胸の突起の大きさを掌に感じる。  
 
制服姿で、正座したまま、大きく膝を開いて、わたしの指に蹂躙される彼女。  
 
「んっ」  
その瞬間、目を見開いた彼女の身体が跳ねるように痙攣する。  
広がった陰唇に、溢れた粘液が纏わり付く。  
彼女の膝を開いている指に力を感じた。無自覚に、膝を閉じようとしたのだろう。  
それは許さない。そして、彼女の胸を弄りながら、彼女を後ろから支える。  
彼女の背中がわたしの胸をつぶし、膨らんだ乳首を擦る。気持ちがよくて、声がでそう。  
 
「どんな気持ち?」  
そう彼女の耳元で呟いて、彼女の指がわたしの秘裂にあたるように、腰を動かす。  
刺激は弱いけど、彼女の指を感じる。下着を脱いでから始めればよかった。  
自分の下着が濡れているのがわかる。  
もうわたしの陰唇も開いて、秘芯も膨らんでいるに違いない。  
 
彼女の膝を開いていた親指と小指を外し、一度、元の形態に戻した左手を、  
再び、彼女の下着の下に滑らせる。下着がずれ、秘裂が露になる。  
そこはすでに開かれているので、人差し指と中指は、ほとんど抵抗なしに呑まれていく。  
指に粘液が纏わり付き、濡れた小陰唇と絡んで、再び、淫らな音を発する。  
 
膣口に指を進める。そのままだと、指一本分しか入らない感じ。  
二本の指を細くして膣口に侵入させ、膣壁を撫で回しながら、その指を少しづつ膨張させる。  
でも、膣口では細いまま。余計な痛みは感じて欲しくないから。  
 
彼女は敏感になっている。すぐに登りつめそうだ。  
半開きの目で、苦しそうに、胸を上下に動かしている。  
 
膣内の指先を一気に膨張させる。  
 
彼女の指に力が入り、押し付けているわたしの陰唇の形を変える。思わず、声が出そうになる。  
彼女の口腔に差し入れている親指にも圧力を感じ、彼女の対抗処置が有効化しつつあることを知る。  
開かれた両膝も徐々に閉じようとしているようだ。  
 
膨張させた指を、子宮口まで伸ばし、指先でそれを叩いた。  
 
「っ!!」  
再び、彼女が目を見開き、身体を後ろに反らそうとする。  
首が後ろに折れ、紅潮した顔が上を向き、眼鏡がずれる。  
それを全身で受け止める。彼女の全身が細かく痙攣し、膣内の指に圧力を感じる。  
そして、彼女の指が動き、下着の上からわたしの陰核を強く擦った。  
「あっ……だ、だめ、くっ」  
思わず喘ぎ、腰を彼女に強く押し付けた。  
反射的に力が入ったわたしの指が、彼女を、再び短く痙攣させる。  
わたしは、自分の下着の中に、じんわりと陰液が溢れ出していることを自覚した。  
わたしのそこも粘液にまみれているに違いない。  
 
少し呼吸を整えてから、言った。  
「感じた? わたしも軽くいっちゃった」  
 
彼女は、反応せず、うつろな視線を天井に向けて、胸を大きく上下させている。  
その乳首を強く刺激する。彼女は首を振ろうとして、わたしの親指がそれを抑える。  
その口元からは、再び唾液が滲み出してくる。  
彼女の膣壁から湧き出した陰液が、わたしの掌にまで滴り落ちる。  
彼女の大腿や上体が不定期に震える。まだ不随意な筋肉の収縮が治まらないようだ。  
 
わたしは、わたしの肩に後頭部を乗せている彼女の耳元に口を寄せ、囁く。  
「まだ、これからよ。もっと新しい世界を体験させてあげる」  
 
彼女の視線がぎこちなく動き、あの和室に向いた。  
それは、わたしの思考を捻じ曲げる。  
休む暇を与えず、もう一度。  
 
彼女の身体は、今、異常な状態になっているはず。  
この状態では、情報操作を継続することは困難だろう。  
だからもう一度。それで、わたしを受け入れてくれるだろう。  
 
彼女に集中するために、押し付けていた下半身を浮かせ、彼女の指から離す。  
そして、上体で彼女を支え、右手の掌を捻るように動かす。  
彼女の胸が変形する。彼女の喉の奥から、うめき声のような声を聞く。  
その後、右手を彼女の胸から離し、口を蹂躙していた親指も、引き戻す。  
 
彼女は、口を開いたまま肩で呼吸し、息を少し整えた後、言った。  
「……この行為の意味は……」  
自由になった彼女の口から出る言葉を無視して、両膝の間に右腕を伸ばす。  
閉じかけていた両膝を、再度、大きく広げ、膣内の指はそのままに、  
残った指先全てで、露出している尿道口や膣前庭、小陰唇などを同時に責め立てる。  
その動きで、彼女の陰核を露出させるように。  
 
「うっ」  
うめき声を上げ、彼女は、唇を噛んで、下を向く。  
両腿が短く痙攣したようだ。彼女の腰が揺れる。  
 
薬指と小指の構成を変更し、会陰を刺激しつつ、徐々に後ろに進める。  
彼女の荒い息遣いを聞いて、彼女はまたすぐに絶頂に達する、そう確信する。  
 
膣内の指を細くしてから、再び、膨張させ、一杯まで膨張させた指を、  
一定の間隔で振動させながら、また子宮口を突付く。  
同時に、露出した陰核を指先で強く捏ねる。  
 
「あっ……くっ!」  
彼女の身体が三度目の絶頂を感じ、首を振って、大きな喘ぎ声を出す。彼女の痙攣が止まらない。  
膣壁がさざめくように波打ち、強い圧力でわたしの指を締め付ける。  
熱い陰液がとめどなく溢れ、わたしの指に、そして、掌に絡みつく。まるで洪水のよう。  
彼女は息も絶え絶えで、目を瞑り、口を半開きにしている。  
下を向いた顔の、その口元から、吐息と共にゆっくりと涎が垂れる。  
 
もう大丈夫かな。  
 
「もう何も考えられないでしょ」  
そう囁いて、彼女の上体を揺らし、反動で上を向いた彼女の頭を肩に乗せる。  
「うっ……っ」  
少し動かしただけで、彼女の身体が短く震える。  
 
そして、上を向いた彼女の顔に唇を近づけ、彼女の涎を舐め、  
彼女の唇をわたしの唇で塞ぎ、舌を絡ませつつ、舌で彼女の口腔を蹂躙する。  
吐息が、また再び激しい息遣いに変わっていく。  
両手指の動作を再開し、彼女の会陰に這わせた指を、もう一つの秘所に伸ばそうとした。  
 
その瞬間、わたしの身体が硬直した。彼女の対抗措置が発動されたらしい。  
わたしの身体は動かなかった。  
あの状態で、連続して三回も登りつめた後で、対抗処置を実行するなんて、信じられない。  
 
支えを失った長門さんの身体が、ふらっと前に倒れる。  
「うっ……あっ」  
そういって、彼女は、また短く痙攣した。  
倒れたときに、彼女の中でわたしの指がどこかに強く当たったらしい。  
膣壁の圧力を指に感じ、両掌に、新たに溢れてくる熱い液体を感じた。  
 
長門さんは、しばらく正座したまま前のめりにテーブルに頭を乗せた格好で、身体を震わせていた。  
テーブルの上に、彼女の唾液が垂れ、小さな溜りを作る。  
彼女の両腕はまだちゃんと動かないようだ。  
 
その後、肩で息をしながら、上体を起こし、ぎこちなく両手で、わたしの指先を外し始める。  
わたしの両手が、初期設定に戻っていく。彼女の中で律動していた指が細くなる。  
彼女は、ゆっくりわたしの左腕を取ると、膣内からわたしの指を引き抜いた。  
 
その瞬間、また身体を反らせ、半開きに開いた口から喘ぎ声を漏らした。  
そして、そのまま上体をわたしに預け、しばらくそのまま呼吸を整えていた。  
その後、ゆっくりと立ち上がり、わたしから離れると、言った。  
 
「これはなに?」  
 
ずれた眼鏡。上気した表情のない顔。どこかうつろな瞳。半開きの口。  
口元を唾液でぬらし、制服の胸元とスカートには涎の跡。乱れた制服。  
短いスカートから下に伸びる大腿には白っぽい粘液が幾筋か見える。  
それは、扇情的で、幻想的な光景。  
 
まだ乱れている呼吸が、彼女の胸を大きく上下に動かし、膝が少し震えている。  
 
彼女は、言葉を続けた。  
「このような行為の必然性がわからない」  
 
そう言うと、眼鏡のずれを直し、何度か躊躇した後、ぎこちない動作で、再び正座した。  
座ったあとも、腰や肩の辺りが不随意に震え、顔は上気したままだ。  
膝が少し開いていて、短いスカートの下に、ずれた下着と歪んだ秘裂が少しだけ覗く。  
そこには、また濁った雫が幾つか見える。  
少し痙攣が残っているようで、たまに膝が揺れる。両膝を合わせることができないのだろう。  
 
連続して何度も絶頂を感じたのだから、全身に強い違和感や倦怠感があるはずだ。  
特に下半身は、まだ、異常に敏感な状態になっているに違いない。  
制服の乱れや、下着のずれを直すこともしないのは、思考が追いついていないか、  
どんな形であれ、刺激を与えたくないからかも知れない。  
 
もう必要な身体修復は開始しているはずだが、まだ、感覚制御は戻っていないようだ。  
 
わたしは、両膝を折り、限界まで太腿を開いた形のままで、固定されていた。  
スカートが捲くれあがり、濡れそぼった下着が外気に晒されている。  
彼女に見られている。そう思うと、またじんわりと粘液が滲み出すような気がした。  
 
もう少しだったのに。わたしは、残念な思いを噛み締めていた。  
やはり、長門さんは、一筋縄ではいかない。  
 
「わたしは、あなたが好きなの。あなたが悲しんでいるのを見て、慰めたかった」  
わたしはそう言うと、歯止めが利かなくなって話し続けた。  
 
あなたが、あの和室にどんな秘密を持っているかは知らないわ。  
でも、何かしらの形で彼に関係していることは、接続している思念体から聞いているの。  
あなたは、その和室をいつも気にしている。なぜ、彼を、彼に関連することを気にするの?  
彼は、人間で、あなたの期待を裏切ったのよ。彼は、あなたの話を信じなかった。  
あなたは、それで傷ついているじゃない。  
あなたには、わたしがいる。わたしが彼を篭絡してしまえば、あなたの役割も楽になる。  
あなたとわたしは同類。人間を信頼する必要はないのよ。  
だから、あなたに知って欲しかった。わたしの気持ちを知って欲しかった。  
 
わたしは、それだけ言うと、彼女の顔を見た。  
 
「この世界では、同性同士のこのような行為は推奨されていない」  
「わたしたちに、性別は意味を持たないじゃない」  
「わたしは、このような行為を望んでいない」  
「なぜ? わたしは、わたしの全てを長門さんに知って欲しい。そして長門さんの全てを知りたい」  
「…………」  
 
わたしたちは、生物学的に、人間と同じ身体構造を持っている。神経系も同じ。  
だから、食欲や睡眠欲、性欲も、人間と同じように持ってる。長門さんも感じるでしょ?  
ただ、わたしたちは、子孫を残す必要はない。だから、性愛は、異性に限定する必要はない。  
純粋に、お互いの行為で、身体反応を楽しむだけなら、同性でも問題ないはずよ。  
それに、わたしたちは、倫理観が人間とまったく違う。  
だから、わたしたちが人間と恋愛関係を結んだり、互いに愛欲を感じることはないと思う。  
人間がそれに耐えられるとは思えないから。  
わたしは、あなたを愛している。だから、あなたに愛欲を感じるの。  
 
長門さんは、しばらく黙った後、言った。  
「わたしは愛欲を感じたことはない」  
 
嘘だ。そう思った。今はなくても、何れ、芽生えるはず。  
異性間の強い信頼関係は、愛欲に発展する場合がある。  
 
「じゃあ、わたしの性欲を満足させて。愛してくれなくてもいいから」  
「わたしはこのような行為には不慣れ」  
「もう、長門さんが望まない限り、さっきのようなことはしない」  
そして、少し考えて、話を続けた。  
「でも、たまには、わたしの身体を満足させて欲しいの。身体反応を楽しむだけだから」  
そう、一緒にじゃれあって、性欲を解消するだけ。長門さんだって、欲望はあるはず。  
徐々に自覚して貰えればいい。  
 
「…………」  
長門さんは、黙ったままだ。  
 
ふと、身体が自由になる。  
両膝を揃え、捲くれたスカートを直す。濡れた下着に違和感を感じる。  
そこに手をあてたいと言う思いを、辛うじて抑える。  
 
「あなたの気持ちは理解した。ある程度なら希望に副えると思う」  
そして何かを確かめるように、身体を揺らすと、言葉を続けた。  
 
「この身体が回復するまで、まだ多少の時間が必要。今日は帰って」  
 
とりあえず、完全に拒否されているわけではないようだ。  
安堵感が身体を包む。  
 
「わかったわ」  
そう言って立ち上がる。  
 
彼女は、まだ立ち上がれないようだ。少しやりすぎたかも。  
 
「今日は、ごめんなさい」  
そう言って頭を下げ、スカートの皺を伸ばしてから、玄関に向かった。  
 
玄関ドアを閉めるとき、部屋の中から、人が倒れるような音を聞いた。  
本当に、ごめんなさい。  
 
自分の部屋に戻ったわたしは、行為中の長門さんの姿と反応を思い返し、  
着ていた服を乱暴に脱ぐと、リビングで、我を忘れて行為にのめりこんだ。  
最初はいつものようにしていたんだけど、そのうち我慢できなくなって、  
情報操作で再構成した自分の指で、長門さんへの行為を自分の身体で体験し、  
彼女の意思の強さを実感した。  
 
自慰で、情報操作能力を使用したのは初めて。思念体も呆れているに違いない。  
 
でも、いいの。  
 
 
その夜、長門さんの家に行くと、長門さんは分厚い本を読んでいるところだった。  
やはり情報リンクが確立できないので、言語による会話が基本になる。  
 
「どうしたの、その本」  
「借りた」  
「誰から?」  
「図書館」  
 
聞くと、涼宮さんの同好会の活動で、初めて図書館に行ったらしい。  
何となく嬉しそうな雰囲気を感じる。ふと見ると、テーブルの上にカードのようなものが置かれていた。  
 
長門さんは、わたしの視線に気が付くと、すばやくそのカードを手にとって、  
制服のポケットに大事そうに仕舞った。貸し出しカードかな。  
「それ貸し出しカード?」  
「そう」  
そして、何となく嬉しそうな雰囲気を漂わせながら、続けた。  
「彼に作って貰った。彼は信じてくれると思う」  
 
その言葉を聞いた瞬間、わたしは、思考がぶれるのを自覚し、思わず言った。  
「彼は、人間よ。わたしたちが人間と信頼関係を結ぶことはできないわ」  
 
わたしは一体何を言っているのだろう。  
彼女は、ただ、彼が涼宮さんに、不用意に刺激を与えないようにするために、  
彼に話をしただけなのに。  
そして、その話を信じていなかった彼が、信じるかも知れないようになった。  
ただ、それだけの話だ。何も問題はない。何も問題はないはずだ。  
 
しかし、長門さんが、眼鏡を光らせて、無表情なまま視線をわたしに向けたとき、  
わたしは、さらに大きな不安に襲われた。  
 
彼女は、彼と、互いに信頼できる関係を結びたがっている。わたしは、そう確信した。  
そう判断する根拠はない。そう考えるのだが、不安は去らない。  
 
突然、情報リンク確立要求を感じた。長門さん? リンクを確立する。  
 
――わたしは、彼を信頼している。彼は、まだわたしを信頼していない。  
――彼の信頼を得たい。涼宮ハルヒの観察を継続するために。  
――しかし、能動的な行動を取るつもりはない。  
――時間経過とともに、状況は、彼によって決定されるだろう。  
 
長門さんの考えが流れ込んでくる。でも、わたしの心配は消えない。  
 
――これは、恋愛感情ではない。  
――男女間の強い信頼関係が、恋愛感情に発展することは理解できる。  
――しかし、厳密な意味で、わたしは女ではない。わたしは人間ではない。  
 
しかし、生物学的には、わたしたちは人間と異なる点はない。  
そのように作られている。違う点は、体内に分布する情報操作因子と、  
情報統合思念体と接続していること。  
思念体との接続を解除し、情報操作を行わなければ、基本的に、わたしたちは、  
普通の人間と同じだ。  
 
――価値観が違う。倫理観も違う。それは、人とは決定的に違う。  
 
でもそれは、人間に合わせることができる。  
 
――わたしたちが人間と恋愛関係を持てないと言及したのは、あなた。  
 
そうよ、でも……。  
そう、わたしは一体、何に不安を感じているのいだろう。  
 
そのとき、彼女からの送出情報が、急に混乱し、そのまま情報リンクが切断された。  
その直後、わたしは、愕然とした顔をしていたかも知れない。  
 
彼女からの混乱した送出情報。  
それは、彼と一緒にいたいという想いだった。  
彼女は、それを、涼宮ハルヒの存在や自身が人間でないことで、強く否定しようとしていた。  
でもそれは、否定しきれていないように思えた。  
十分、愛欲に発展し得る、その想い。  
 
彼女が、何かを望んでいる。その存在理由から、何かを望むことはあり得ないのに。  
 
しばらく黙り込んでから、長門さんがぽつりと言った。  
「彼は鍵。涼宮ハルヒの鍵」  
いかにも、彼への興味は、観察対象に対する興味でしかない、そう言うように。  
 
わたしは、呆然としたまま、呟いた。  
「長門さん、あなた、彼が……」  
「違う」  
強い否定。でも、それは、彼女が自分自身に言い聞かせたもののように思う。  
 
わたしは、立ち上がり、長門さんに言った。  
「わたしはあなたを愛している。わたしはあなたのものよ。愛して欲しいとは言わない。  
でも、たとえあなたが誰かを愛しても、わたしはあなたのもの」  
「インタフェイスを所有しているのは、情報統合思念体。わたしでもあなたでもない」  
 
「長門さんは、彼に何かしらの感情を持っている」  
「彼は涼宮ハルヒの鍵。観察と保全の対象」  
「ちがう。長門さんの対象は、涼宮さんだけなはずよ」  
「…………」  
 
「もし、あなたが彼、いえ、誰かを大切に思ったとしても、わたしとあなたの関係は変わらない」  
「…………」  
 
「わたしたちは、どちらかが連結解除されるまで、何があっても仲間なのよ!」  
「それは否定しない」  
 
脱力感に襲われる。視線が定まらない。  
わたしは、彼女に愛して欲しいと思っている。  
彼女にその気がなくても、時間をかければそうなると思っていた。  
彼女が他の誰か、まして人間と関係を結びたいと、こんなに早く自覚し始めるとは、  
思ってもいなかった。  
彼女が他に性愛の対象を見つけたら、わたしへの関心を失うような気がする。  
 
しかし、彼女は、それを否定している。彼女の意思は強い。  
だから、彼女が自身の望みを自覚し、それを肯定するまでには、多少の時間が掛かるだろう。  
それは多少の安心を誘う考えだ。でも、不安は残る。  
 
わたしは、不安感に囚われたまま、口を開いた。  
「彼が涼宮さんの鍵である理由は、涼宮さんが、彼を気に入っているからよ。だから、  
彼女が他の人を気に入れば、状況は変わる」  
「その際の影響は予測できない」  
「今はまだ、彼は涼宮さんにとって、決定的な存在ではないわ。  
だから、今の段階で、彼に全てを話す必要はなかったはず。なぜ、彼に拘るの?」  
 
「…………」  
長門さんは、黙りこくったまま視線をテーブルに落とした。表情に変化は見えない。しかし。  
 
長門さんは、彼が何か特別な意味を持つことを知っているのだ。  
彼女は、時系列上の未来の彼女と同期することができる。それで知ったのかも知れない。  
彼は、彼女にとって、重要な意味を持つのだ。だから彼に拘っている。  
それは、先程の混乱した送出情報。切断された情報リンク。  
 
そんなことはさせない。  
わたしは、立ち上がると、長門さんの側に寄った。  
「わたしは、あなたのものよ。それを確認したいの」  
 
顔を寄せる。彼女は拒否しない。ゆっくりと唇を合わせ、舌先で、彼女の唇を舐める。  
そして、彼女の肩を抱き、舌を彼女の口内へ侵入させた。  
舌を絡ませ、同時に、彼女の胸に手を這わせる。彼女の身体が反応し、わたしの息が  
荒くなる。そして、唇を離すと、彼女の眼鏡を取って、言った。  
「おねがい、抱いて。抱いて欲しいの」  
 
彼女は、表情を変えずに、  
「すまない」  
とだけ、言った。  
 
一瞬、何を言われたのか解らなかった。彼女は、わたしの希望に応えると言ったはず。  
 
「希望には応えたい。でも、今日は許して欲しい」  
 
わたしは唖然としていたに違いない。彼女が驚いたような目でわたしを見る。  
彼女の姿がぼやける。そして、頬を何かが伝っているのを感じた。涙だ。  
わたしは泣いていた。理由はわからない。ただ、感情が抑えきれない。  
顔を伏せ、感情を抑えようとした。肩が震える。わたしは裏切られたような気持ちだった。  
 
「わたしたちは仲間。同じ価値観を共有している」  
唐突に、彼女が、そう言った。  
そう、わたしたちは仲間。その言葉で、少しだけ気持ちが落ち着いてくる。  
 
「今日はすまない。でも、行為を拒否するわけではない」  
わたしは顔を上げた。何となく、すまなそうな響きを声に感じる。  
 
「わかった。今日は諦める」  
そう言って、彼女の肩から手を上げ、立ち上がった。  
彼女の言葉に嘘はない。でも、彼がいる限り、何れそれは反故になる。  
そう確信があった。  
 
彼女から少し離れた場所に座り、口を開いた。思考が乱れ、普通じゃなかった。  
「彼が涼宮ハルヒの前から、永遠に消えたら、どうなるかしら」  
 
長門さんの反応は大きかった。  
わたしの周りに、情報遮断シールドが展開されるのを感じる。過剰反応としか思えない。  
それを打ち消し、保護シールドを展開して、言葉を続けた。  
 
「彼の存在は涼宮さんにとって、まだ決定的じゃない。それに、人間の気持ちは変わるもの」  
一拍置いて、続ける。  
「人間は、男も女もたくさんいるのだから、時間と共に思人が変わるのは、当たり前じゃない?」  
そして、立ち上がって、  
「もう帰るわ。そんなに怖い顔しなくても大丈夫よ」  
そう言って、玄関に向かった。  
 
長門さんの情報操作は、すぐに全て解除され、  
「彼へのアプローチは、許可されない」  
そう言う長門さんの声を聞いた。  
 
そうでしょうね。そう思いながら、彼女の部屋を出た。  
 
 
自分の部屋に戻り、わたしは考え続けていた。  
このままでは、ジリ貧だ。  
わたしは長門さんを失い、涼宮さんの能力を観察する機会も少なくなる。  
もし、彼と涼宮さんが互いに関係を持ったら、どうなるのだろう。  
 
長門さんはショックを受けるだろうか。それとも、わたしと関係を持つようになるだろうか。  
いや、長門さんが自身の想いを自覚したら、彼が涼宮さんと恋仲になっても、  
彼を見つめ続けるような気がする。その場合、わたしや他のインタフェイスを含めて、  
他の人とは、よほどのことがなければ、関係を持とうとはしないだろう。  
なぜなら、彼が常識的な人間だからだ。  
彼は、長門さんが誰かと関係を持っていることを知ったら、長門さんと距離を置こうとするはずだ。  
それを長門さんは望まないはず。  
彼が涼宮さんと付き合う限り、長門さんは、それほど彼と距離を置く必要はない。  
同じ同好会にいるのだから。  
 
では、そうなったとして、わたしは耐えられるだろうか。  
長門さんが誰かを愛し、わたしを振り向くことはない、そうなったら。  
それには耐えられそうにない。わたしは、彼女を愛しているから。  
 
彼が消えたら?  
涼宮さんは、荒れるかも知れない。しかし、こちらにとっては、彼女さえ居ればいい。  
彼女の情報フレアによって、情報改変が行われても、彼女さえ居れば問題はない。  
あまり大規模な世界再構築が行われると、わたしたちも消えるかも知れないけど、  
涼宮さんは、まだ、彼にそれほどの執着を持っていないだろう。  
 
長門さんは、まだ、彼への想いを自覚していない。  
彼が消えても、諦めるのではないだろうか。仮に、彼の存在が、彼女の未来に影響を  
及ぼすものだったとしても、未来は、変えられるのだから。  
 
思いつきだったけど、それほど悪くない考えに思える。  
何といっても、涼宮さんの能力発現を直に観察できる可能性があるのだから。  
 
少し考えて、思念体と意識の一部を共有し、計画を申請した。  
それが、許可されたことに、少しだけ驚きを感じた。  
 
 
週明け、クラスで、涼宮さんと彼をそれとなく観察する。涼宮さんは不機嫌そうだ。  
ならば、今、彼が消えても、大規模な世界再構築は行われないかも知れない。  
小規模な情報爆発。いや、中規模かな。  
 
よし。明日、決行しよう。  
ノートを切り取って、その切れ端に、呼び出し文を書く。  
無視されたくないから、女の子と解るように書く。彼も男の子だ。  
女の子からの呼び出しは、気になるだろう。  
 
わたしの名前を記入するか少し迷ったけど、記入しないことにする。  
わたしは、彼とあまり親しくない。  
だから、わたしの名前を出すと、彼が疑念を覚えるかも知れない。  
これでも、わたし、男子に結構人気あるし。  
 
彼が帰宅したことを確認して、彼の下駄箱に呼び出し文を入れる。  
これで準備完了ね。  
 
これだけ、痕跡を残しているのだから、きっと、長門さんは気が付くだろう。  
そのときが少しだけ楽しみ。  
 
翌日の放課後、誰もいなくなった教室に入り、空間閉鎖の準備を始めた。  
情報因子をプログラムして、遮蔽フィールドや対抗因子を準備する。  
 
約束は五時だ。しかし、時間がすぎても、彼は現れない。  
どうしたんだろう。長門さんが気付いて、彼を連れ出したのだろうか。  
いや、気が付いていれば、彼の変わりに、長門さんがここにくるはず。  
 
彼女が気が付くのは、わたしが情報操作を始めたときになると思う。  
そんなことを考えていたら、彼がきた。  
 
「遅いよ」  
そう声をかける。彼は驚いているようだ。それはそうだろう。  
クラスでも人気のあるわたしが、彼を呼び出したのだから。  
告白されるのでは、と、そう思うのも無理はない。  
 
「お前か……」  
「そ。意外でしょ」  
 
彼は教室に入ってくると、わたしの前に立った。  
本当に、なぜ、涼宮さんや長門さんは、こんな男に執着するのだろう。  
 
この前から考えていたことを、彼に伝える。  
彼は適当なことを言いながら、視線を回し、キョロキョロしている。  
何か可笑しい。その様子に、微笑みが出る。  
そして、本題を告げた。  
 
「あなたを殺して、涼宮ハルヒの出方を見る」  
 
彼が呆然と立ち尽くしていた。  
 
ふふ、少しは楽しませてね。そう思って、ナイフで彼に切りかかる。  
彼は、後ろに下がろうとして、しりもちをつき、最初の一撃は空を切った。  
ま、この辺は、お遊びだ。  
すぐに消去してしまってもいいけど、長門さんの出方を知りたい。  
 
「冗談はやめろ!」  
そう叫んで、彼が逃げ回る。  
それを追いかけながら、情報操作を開始する。これで、長門さんも気が付くはず。  
長門さんが来なければ、彼を消去してしまえばよい。そうでなければ……。  
 
彼の消去は、思念体を代表する意思ではないが、思念体がそれを望んでいないわけ  
でもない。長門さんが十分に冷静であれば、彼を消去することに同意するはず。  
彼を本当に殺す必要はないのだから。そう涼宮ハルヒに信じこませればよいだけ。  
 
その意味で、彼の消去は、茶番と言えば茶番。  
 
情報操作により、物質構造が改変される実態を彼に見せた後、彼を追い詰める。  
長門さんは、そろそろ現れるだろう。  
彼の身体の自由を奪い、ナイフを振り上げた。  
 
そのとき、天井から長門さんが現れ、わたしのナイフを握った。  
情報リンクの確立を要求する。しかし、拒否された。  
 
驚いた。彼女は、本当にわたしが彼を殺すと思っているのだろうか。  
その気であれば、とっくに殺している。  
彼女がこの空間に侵入するために無駄にした時間は、彼女が一番知っているはずだ。  
 
「邪魔する気?」  
そう訊いて、彼女の様子を見る。  
 
「独断専行は許可されていない。わたしに従うべき」  
「いやだと言ったら?」  
「情報結合を解除する」  
どうやら本気らしい。  
 
そう言うことか。どうやら、わたしが引いたくじはハズレだった。  
長門さんは、彼に対する如何なる行動も、一切許さないみたい。  
どうやら、ここまでね。  
 
彼女から離れ、これからどうするか考える。  
 
長門さん、彼があなたを信頼するには、彼自身が、わたしたちの能力を知ることが  
必要なのよ。そして、あなたが彼を助けること。そうすれば、彼はあなたを信頼する。  
気付いている?  
 
わたしは、あなたを愛している。  
わたしの望みが叶わないのなら、せめて、あなたの望みは叶えてあげたい。  
そして、どうせ連結解除されるなら、あなたの手で連結解除されたい。  
 
情報操作因子を全て活性化させ、わたしは、長門さんと彼に向け、攻撃を開始した。  
そう、キョンくん、君はこの現実を理解しなければならないのよ。  
悪い宇宙人が、君を殺そうとしていることを。  
良い宇宙人が、君を助けようとしていることを。  
 
わたしの攻撃に、長門さんが苦戦しているように見えた。  
おかしい。長門さんは、もっと強い情報操作能力を持っているはずだ。  
 
でも、何れ彼女の反撃が始まるだろう。そう考えて、彼女への攻撃を続けた。  
そして、彼女の身体に、損傷を与えていく。  
でも、彼女ならそれほどのダメージでもないだろう。頭部を大幅に損傷しない限り。  
 
ふと、先日の長門さんの乱れた姿を思い出す。  
あのようにすればよかったかな。彼の前で、彼に見られながら、全てを晒して果てる彼女。  
きっと、ものすごく興奮するだろうな。  
 
そう考えたところで、彼女の反撃が始まったらしい。  
 
「情報連結解除、開始」  
 
その一言で、わたしの空間が解放されていく。やはり、長門さんね。  
部分的な解除ではなく、全てを一斉に連結解除。  
 
わたしは、笑顔を彼らに向け、負けを認めた。  
 
「わたしの負け」  
 
そして最後の一言を言おうとしたとき、情報リンクの確立を感じた。  
すぐに、わたしの想いを送出する。長門さん、頑張ってね。  
 
「それまで、涼宮さんとお幸せに。じゃあね」  
 
――キョンくん、次に長門さんを悲しませたら、今度こそ、君を殺してあげる。  
 
 
今日は節分。  
わたしは、涼宮ハルヒ、朝比奈みくると共に購入した豆菓子を手に取った。  
付録の紙製の赤鬼の面。それは去年の五月のことを思い出させる。  
朝倉涼子を情報連結解除したときのことを。  
 
あの時点で、朝倉涼子が彼を襲うことは知っていた。情報統合思念体の急進派。  
しかし、彼女の攻撃は不自然だった。そして最後の送出情報。  
 
泣いた赤鬼。でも、本当に泣いているのは青鬼。  
わたしは赤鬼の面を頭に付け、彼女の泣き顔を思い出していた。  
 
―おわり―  
 

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