きっかけはハルにゃんのこの一言だった。
「もしあんたたちが勝ったら、この娘をコンピュータ研に進呈するわ!」
と言って指差した先にいたのは、不揃いな髪がなんともいえない神秘さを醸し出し
ふつうの人間より明らかに回数の少ないまばたきが眠気を誘うとクラスの話題を独占し
まぶたの下には、主にキョンくん用に表情を使い分ける役目を持つ瞳を隠していて
本来の食べる飲む息を吸うという用途に使われる比重の高い、かわいい口を持ち
部室の片隅で物静かに本を読む仕草が、たまらなく愛好家の心をくすぐる
面白い人からAマイナー評価を受けているわたし、長門有希でした、最後のは不服だけど、って嘘っ!?
この今つまんでいるCDにわたしの命運がかかっているなんて、そんな、そんなあ。
こうして、どうでもいい余興になるはずだったコンピュータ研とのゲーム対決は
ハルにゃんの策謀により、わたしをキョンくんから引き離さんとする悲劇の幕開けとなってしまった。
前後の話は全然聞いてなかったけど、そういうことにちがいないわ。
……ハルにゃん、ついにわたしのことをキョンくんとラブラブになる上での障害だと認知したのね!
やってやる、やってやるわ。受けて立とうじゃないハルにゃん!
そして勝ったあかつきには、晴れてキョンくんとわたしはSOS団公認のカップルになり
情報統合思念体のおっさん?が仲人になってくれて、幸せな家庭を築き上げるのよ。
そのためにも、絶対勝たなきゃ!
わたしはその日、ノートパソコンとゲームを家に持ち帰って、必死で解析した。
でも、しばらくして拍子抜け。結局、原始的な情報システムを活用してる時点で
わたしの敵じゃないのよね、全然。マニュアルに目を通して、ちょっと触ってみただけで
最高難易度もあっさり撃破できてしまい、もうやることがなくなっちゃった。
これなら楽勝、らっくしょー。色々心配して損しちゃった。
ハルにゃんも、わたしの実力を舐めてたみたいね。キョンくん、幸せになろうね!
翌日の部室。キョンくんがわたしに話しかけてきたと思ったら、インチキはするなとのこと。
でもね、キョンくん。わたし、そんなのは最初からする気なかったわ。
卑怯な手でハルにゃんに勝っても、キョンくんを勝ち取ったことにならないもの。
まあ、昨日の感触だと、たぶん楽勝だけどねー。
……甘かった。一人プレイじゃなくて、これ団体プレイだった。
というかなんなの? ハルにゃん特攻して自滅してるじゃん。
みくるんは全然役に立ってないし、なにこの状況。もしかしてわたし嫌われてる?
ゲームを通じて、有希なんかいなくなっちゃえばいいのよ、っていう電波が届いてくる気さえした。
キョンくんといっちーだけだよ、ちゃんとやってくれてるの。下手だけど。
わたしがいくらがんばっても、初級レベルを勝つのがやっとだなんて、どうしよう。
うう、胃が痛い、痛いよー。キョンくんと離れ離れになりたくなーいー。
そして一週間後。対決の日。
ぜんっぜん上達しませんでした。特にみくるん。
今回はさすがにテンション上げられないわ。最初から見通し絶望。
少しはマシになったことと言えば、キョンくんといっちーがハルにゃんを諭してくれたことかなあ。
特攻を自重してくれることになって、旗艦の自滅で負けちゃいましたってことはなさそう。
いくらわたしでも怒るよ、わざと負けられてコンピ研に引き渡されたら。
それでも、戦力差はどうしようもなくて、相手のレベルをかなり低く見積もっても
勝率はそんなに高くなかった。はぁ。
頭を抱えているうちに、ゲームが始まってしまった。
……やるしかない! ここにわたしの全能力を出し切って見せるわ!
機動力を生かして、主任務の索敵を始める。
あれ? なんかおかしい。そろそろ相手の索敵部隊とすれ違ってもいいのに、全然いない。なんで?
「なぬ?」
疑問に思いつつも前面の敵艦隊と交戦していると、キョンくんが声を上げた。
へ? そこさっきわたしが索敵したけど、なんもいなかったよ?
しかもキョンくんが応戦しようとしたら、あっさり逃げて、今度は別の
わたしが索敵し終わっていた地点から、キョンくんに襲い掛かった。怪しい……怪しすぎる。
前面の敵艦隊をあしらいつつ、インチキにならない程度に干渉し始める。
ネットワークを介して、相手のデスクトップに侵入、ゲームのシステム設定を閲覧。
――ひどっ! 索敵システムオフにワープ機能ですって!?
ただでさえ戦力差があるのに、こんなのつけられてたら勝てるわけないじゃない!
……ふっふっふ、ハルにゃん、どうしてもわたしをコンピ研に押し付けたいようね。
わたしの中で、ハルにゃんと部長が手を組んでわたしを陥れる構図が出来ていた。
そっちがその気なら、とことんやってやるわ!
わたしは必殺コマンドを解放した――
一気に分裂するわたしの艦隊。わたしを怒らせたらどうなるか思い知るがいい!
「おい、長門!」
キョンくんがなにか言ってきた。いくらキョンくんでも今のわたしは止められないわ。
「なに」
普段よりちょっと感情がこもった声だったかもしれない、キョンくんちょっと驚いてたから。
「インチキすんなって言ってただろ」
むかっ。これはちゃんと説明書に書いてある仕様ですよーだ。わたしよりむしろ、
「インチキと呼ばれる行為をしているのは相手のほう」
「なに?」
言ってやった言ってやった。フェアじゃないもんね。
そうだ、どうせならこのままこっちのペースに持ち込んでやれ。
相手のインチキを帳消しにしてペナルティを課すぐらいで丁度フェアよね?
わたしはキョンくんのほうに顔を向け、目をじっとみつめながら、
「課せられた範囲内で相手への対抗措置を施したい。許可を」
キョンくん、お願い。
わたしのいつになく真剣な顔に、キョンくんは首を縦に振ってくれた。
勝ったーっ! 大逆転!
インチキなんかするからこんなことになるのよ!
しっかし危なかった。正攻法で来られてたら、まず負けてたわ。
やっぱ神様は見てくれてるのね。わたしのキョンくんへの愛を。
ハルにゃんもらしくなかったわね。恋は人を盲目にさせるのかしら。
しばらくして、コンピ研の部長さん以下略が部屋を訪れた。
ハルにゃんはいかにも部長さんとあたしは敵対関係です、みたいな態度をとってたけど
わたしの目はごまかせないわ。裏でこそこそしてたくせにっ。
すると、部長さんがわたしとコンピ研に勧誘し始めた。
ははーん。ハルにゃん、負けたときのために予防線を張ってたわね?
少しでもわたしをキョンくんから引き離そうとするなんて、どこまで策略家なのかしら。
どんな手を使おうとも、わたしとキョンくんの絆は深く刻まれているんだから!
そうよね、キョンくん?
「……」
わたしはじっ、とキョンくんに視線を送った。
『長門をコンピ研になんてやるわけないだろ。お前は俺のものなんだからな』
そう言ってくれることを期待して。
しばらくして、キョンくんは言ってくれた。
「お前の好きにしろ。パソコンいじりは楽しかったか? なら、お前の気が向いたときでいい、
お隣さんに行って、コンピュータをいじらせてもらえ。自主制作ゲームのバグ鳥でもしてやったら
感謝されるぞ。きっとこれよりも高性能な遊び道具が揃ってるだろうし」
がーん。
そ、そんなあ……
「……そう」
キョンくん、ひどい……ひどすぎるよ……
もうなんかどうでもよくなった。キョンくんがあっちいけって言うなら、行ってやるわよ!
「たまになら」
あれだけがんばったのに、なによなによなによなによ!
わかってくれないキョンくんにストレスがたまりっぱなしのわたしだった。
うう、どうにかなっちゃいそう。
(おわり)