部室のドアを正面に見据え、俺は今の状況について黙考する。まずい。非常にまずい状況だ。
今度ばっかりは恨むぜ、長門。
俺は今、長門の指定席に座っている。わざわざ上履きを脱いで椅子の上であぐらをかき、
そこにはシャミセン二号が……そう、これはシャミセン二号だ……丸くなって寝息を立てている。
他にはだれもいない。もしも誰かがいたらその時点でゲームオーバーだ。
今、俺がすべき事を考えてみよう。
まず、ハルヒに出会ってはならない。
そのために、「シャミセン二号」と共に部室を脱出、ハルヒに見つからないどこか……と言って
とっさに思いつかんのが情けないが、アイツの感の鋭さは誰より良く知っている。それをどうにか
やり過ごして、どこかに潜伏、長門の帰りを待つ。
そういえば、長門はいつ帰るかを言わなかったな。あいつらしい不親切ではあるが、状況から考えて
一時間や二時間はみなければならないだろう。
さて。考えもまとまった事だし、さっそく行動に移ろう……
なんてことが出来たら、悩んではいない。
俺は視線を下ろし、寝息を立てているシャミセン二号……何度も言うぞ、シャミセン二号だ……
を見る。そいつの真っ白い足は意図的に目に入れないようにしつつ、めったに見れない寝顔を見て、
その頭を撫でようとして……やめた。
そんな事をした瞬間に、ハルヒが飛んでくるような予感がしたのだ。何せ、導火線にして
そこに点いた火種でもあり、さらに爆発する炸薬でもある人間時限爆弾みたいなアイツの事だ。
お得意の超パワーでこの事態も察知しているかもしれない。それを思うとますます胃が痛く
なるのだが、俺の尻は瞬間接着剤で貼り付けられたように椅子から動こうとはしなかった。
非常に危険ではあるが……もう一度最初から回想してみようか。
事の起こりは、言わずもがな、ハルヒだった。
「みんな、緊急会議よ!」
その体と同じ体積のマグネシウムを発光させたようなまぶしすぎる笑顔でSOS団アジト扉を開けた
ハルヒは、団長席にずんずん進みながら、俺が何か言って返すより先に続きを言った。
「ついに!不思議事件が発生したのよ!しかもこの学校で!」
どっかと腰を下ろし、全員そろった団員を、気合が十二分に入った双眸で見やる。
さっきから団員以外の生物がいるのが気にかかっているのだが、そのことを古泉に尋ねる前に
ハルヒが入ってきたので訊きそびれた。
帰ってきたのは静寂だった。……相変わらず、ハルヒへの対応は俺に丸投げか。
「何だ、不思議事件って」
あからさまにやる気のない俺の声も、ハルヒには機嫌を損ねることなく、
まってました、みたいな顔で
「猫よ」
何だそりゃ。猫がなんだって?
「学校の近くに猫がたむろしてるのよ。十匹はいたそうよ」
……それの何が不思議だ。
「その猫集団が、いつの間にか消えうせたの」
猫好きが幻覚でも見たんじゃないか?
「そんなわけないでしょ、バカね。目撃者は二十をくだらないのよ?」
先に言えよ。っていうかもう調べてきてるんじゃないか。
「当たり前でしょ!団長の務めよ」
猫と言えば、そこにいるシャミセン二号は何だ?
「餅は餅屋!猫の事は猫に聞くのが一番よ!古泉君に頼んで連れてきてもらったわ」
古泉もご苦労な事だ。うちのシャミセンではまあ、協力はしないだろうしな。
ばん、と団長机を叩いて、ハルヒが立ち上がる。
「これよりSOS団は『集団猫消失事件』の真相究明にあたります!」
……と、いつものように会議ですらない意見表明を一方的に放り投げ、しかし
結局全員が付き合うことになった。これもまたいつもの事だな。
最初はくだらない事件だと思っていた俺たちだったが、調べてみると意外や意外、
確かに謎めいていた。
まず、猫の足跡や糞から、確かに集団と呼べる数の猫はいた。足跡は集まっていた
ところにしかなく、他に痕跡を発見することは出来なかった。
まあ地面が硬いのだからたまたま砂の積もったところに猫が足を置かない限り
足跡なんてつかないのだが、まるでミステリーサークルのように足跡や糞がひとところに
集まっている様は確かに不思議事件と言って差し支えない。
ハルヒは久しぶりに「名探偵」の腕章をつけて虫眼鏡まで持ち出してあたりを
這いつくばりはじめた。後ろからその姿を見ないように目をそむけると、
「…………」
長門がシャミセン二号を抱えて立ち尽くしていた。さすがにこの件は長門の出番はないよな。
「そうでもない」
……おいおい、犬の次は猫か?また宇宙生物なのか?
「それは少々困りましたね」
呼んでもないのに古泉がしゃしゃり出てきた。嬉しそうだぞお前。
ミステリの次はSFにも興味が出たか?SF好きは長門一人で十分だ。
「で、今度はどんなものなのですか?前回は珪素構造生命体共生型情報生命素子でしたね」
そんな事を良くおぼえているものだ。
「前回のものと類似する」
なに?また同じやつか?
「少し、違う。おそらく、」
言葉を選んでいるような間。
「情報統合思念体の意思が介在する」
「それは……本当なのですか?」
さすがの古泉も少々色をなくした様子だった。そりゃそうだろうな。一気に物騒になりやがった。
少しあごを引く長門式うなづきサイン。そして、
「心配ない」
と言った。どういうこった?お前の親玉が絡んでるんだろ?
「おそらく穏健派の仕業。直接的な攻撃はない」
穏健派なのにハルヒにちょっかい出すのか?と言う疑問には、古泉が答えた。
「恐らく、派閥の内部にさらに意見の相違が出てきたのでしょう。
長門さんが心配ないという以上、確かに心配はないのでしょうね。
それどころか、我々にとっても有益ですらあります。何せ涼宮さんの
暇つぶし相手を買って出てくれているわけですから」
確かに、これまでとは別の意味で「名探偵」役に夢中になってるからな。
で、長門、お前はどうするんだ?
「放置しても害はない。しかし、警告はしておく」
警告って。何するつもりなんだ。
「何もしない。涼宮ハルヒにうかつに接触しないよう発言するだけ」
なぜか長門は、信じてくれと訴えかけてくるような眼をした。そんな眼をされたら
信じないわけにはいかないな。
長門はうなづいて、
「ついてきて」
言うなり歩き出した。
長門に従うままに歩くと、SOS団アジトに到着した。
ここで何をするつもりなんだ?
「穏健派は直接ではなく珪素構造生命体共生型情報生命素子に涼宮ハルヒの
能力をモニタするためのマクロを組み込んで調べようとしている」
言い方は難しかったが、それってつまり、実際に行動してるのは珪素何とか
って奴だけなのか?
「そう」
俺の理解が早かったのに気を良くしたのかどうかは解らないが、ちょっと早口で説明を続けた。
「珪素構造生命体共生型情報生命素子を統合するユニットに直接接触して警告メッセージを送る」
ほうほう。どうやって?
「シャミセン二号の体を借りる。その間、このインターフェースはシャミセン二号が制御する事になる」
……は?
「シャミセン二号と私の意識を交換する」
何でそんな事をする必要があるんだ?
「情報統合思念体と常につながっている私を避けるようにマクロが組まれていると予測される」
つまり、長門がいる前では猫は現れないから、相手に気づかれないようにシャミセン二号の体を借りるって事か。
「そう」
でもよ、長門。意識を交換するって事は、お前の体にシャミセン二号が入るんだよな?ハルヒに見られたら事だぞ。
「……それは、」
俺の目をじっと見つめて言った。
「あなたに任せる」
いや、そう言ってくれるのは嬉しいけどな。
「意識を交換している間、情報統合思念体とのリンクは切断されるため、通常の猫と同じ方法で捜索する事になる。
同様に、シャミセン二号に負荷を掛けないようにこのインターフェイスの能力も一時的に封印する」
うーむ。なんか俺、責任重大じゃないか?
「必要ならば古泉一樹や朝比奈みくるに助力を仰いでもいい」
そうだな。……朝比奈さんには逆に知らせない方がいいかも知れんが。速攻で感付かれそうだ。
長門はうなづくと、シャミセン二号と額をあわせた。その手からぽとりとシャミセン二号が離れ、俺を一瞥して
「にゃあ」
と鳴いた。本当に入れ替わったのか?と思って長門のほうを見ると、
「…………」
沈黙していたのだがこれではいつもの長門と変わりない。
「長門、なのか?」
「私はシャミセン二号と呼ばれている」
喋った。……言葉もない、とはこのことだな。俺がリアクションに困っていると、
「座って」
視線をさまよわせていた長門が……いやシャミセン二号か?とにかく長門の指定席を指差して言った。
訳もわからずに言われたままにする。
「靴を脱いで、あぐらをかいて」
何で長門と同じ口調なんだよ。入れ替わったかどうか、いまいち信じられん。
しかし、やっぱり言われたとおりにしてしまう。この姿と口調で言われるとどうにも逆らえないな。
「眠い」
言うなり、長門も上履きを脱いで、俺の膝の上で丸くなった。
……何だ、この状況は。
さて。一通り回想を終えて、案の定時間を無駄にしただけだと悟った俺は、いい加減行動に移る事にした。
まず膝の上のシャミセン二号を起こすか。
「起きてくれ。お前が退かん事には身動きが取れん」
肩をゆすってみる。ん、と吐息を漏らして、それ以上の反応はない。
もう少し強く。今度はむずがる様に体をよじった。さらに俺の太ももあたりに頬をすりよせ、
「ん〜」
なんて鳴きやがる。くそ。これはかなり……かわいいじゃないか。
しかしそんな事を言っている場合じゃない。次は、ふ、不本意ながら、ほっぺたをかるーく叩いてみようか。
見た目以上にやわらかく、ひんやりと冷たく、弾力のある肌触りだった。
「ほれ、起きろ」
ふんっ、と猫のように……って当たり前か……鼻から息を吐いて、パッチリと眼を開ける。
そのまま俺を見上げて、
「なに」
長門みたいな反応だな。
「この場に留まるのはまずいんだ。俺と一緒にどこか、ハルヒに見つからない場所に移動したい」
「それならこの体の持ち主の住居がいいだろう」
長門の家か?いや、でもな……
「ハルヒは解散の合図を出すときに全員集めるかもしれんし、猫になった長門がすぐに戻れるように
学校内に居たいな」
……となると……保健室あたりか?図書室でもいいかもな。猫と関係のない場所がいい。
「わかった」
膝の上に丸まった長門(の姿をした……って、めんどくさいからシャミセン二号で通そう)
との会話はちょっと惜しかったが、とにかく俺たちは部室を出て、結局一階にある(窓から逃げられる)
保健室に行く事になった。
向かう途中、シャミセン二号は、猫背で自分を抱くようにして歩いていた。
どうした?調子でも悪いのか?
「寒い」
顔を覗き込んでしばし固まった。眉根を寄せて確かに「寒い」と言った表情をしている。
そりゃそうだ。コイツが無表情だったのはあの長門が入っていたからで、猫だってそれなりに表情豊かなのだ。
ほんの少しの間長門のしかめっ面に見惚れてから、保健室のベッドにはいればそれなりに暖かくなるだろう、
と歩調を速めた。
保健室には、非常に都合のよいことに誰もいなかった。ずさんな管理に感謝しつつ、一応誰もいない事を
よく確かめてから中に入り、鍵を閉めた。
これで後は、長門の帰りを待つだけか。
シャミセン二号を見ると、既にベッドに潜り込んでいた。掛け布団……と言うかシーツが、こんもりと丸くなっている。
その中の様子を想像して俺がほのぼのとしていると、
「寒い」
首だけニュッと突き出して言うもんだから、俺はとっさに吹き出しそうになるのを我慢しなければならなかった。
心配ないって。じっとしてればすぐ暖かくなるさ。
「寒い」
いや、だからさ。
「暖めて欲しい」
…………。えー……
「さっきはしてくれた」
いや、あれはだな、思考が混乱していたところに、
「いや?」
不安そうな表情。眼だけでなく、顔全体の表情だ。おまけに眼がうるんでやがると来たもんだ。
誘惑に屈した俺を責めないでもらいたいね。
「人間の体は寒い。毛が少なすぎる」
ベッドの周りのカーテンを見つつ、俺は今の状況について黙考する。まずい。非常にまずい状況だ。
……なんかついさっきもそんなことを考えなかったか?
俺はベッドの上にあぐらをかいている。上履きと、ブレザーを脱いでいた。
「この体も、ごく一部にしか生えていない。頭と、ま」それ以上言うな。
シャミセン二号は俺にじゃれていた。と言うか俺の体温を少しでも奪おうとしていた。
最初は膝の上で丸くなるだけだったのが、ふと俺の足首に触れて、素肌の温かさに気づいたらしく、
今は後ろからおんぶしているような体制で俺の首筋の体温を自分の頬に移そうとうにゃうにゃやっている。
ついでに言うならシャミセン二号も上着は抜いでいて、つまり、その、背中にははっきりと
二つの、特に柔らかい部分が、
いかん。思考がかなりよろしくない方に向かっている。
ここで俺はあえて目を閉じて瞑想に入ることにより煩悩を克服する事にした。
「背中が寒い」
聞こえないったら聞こえない。
体の前から体重がかかる。いやかかってない。何もない。あるのは闇と俺のみ。
腕を引っ張られ、体の前にある柔らかい重みをシートベルトのように包まされる。
手のひらのやわらかい感触は、これはお腹か……いやそんなわけはない。そもそも
体の前には何もない。あるのは闇と俺のみ。
「おっかしーわねー。シャミツー!なんか感じない?」
うわっ!
と、声に出さなかったのは我ながら上出来だろう。ハルヒの声だった。
意味もなくきょろきょろしてみる。見えるのは天井とカーテンだけだ。
心臓が早鐘を打ち、こめかみあたりの血管がぴくぴくしているのがわかる。
おちけつ!いや落ち着け!俺たちがこんなところにいるなんて判りっこない……!
「ねーこさーんねーこさーんでーておーいでー!はいっ、みくるちゃんも!」
「ふえっ!?」
俺が固唾を呑んで息を潜めていると、やがて声は遠ざかった。かと、思ったら
「キョン!サボってないで手伝いなさい!」
心臓が飛び出るかと思ったね。どうする?いったん俺だけでもハルヒの前に
姿を現さないと、捜索対象を俺に変更されそうだ……
ハイここまで。だからほんとにやばいんだよ。わかってるよな俺?
ひまわりっ!とか見てる場合じゃないんだよ俺!?
俺がハルヒの呼び出しに応じるかどうか迷っていると、両手が引っ張られて
やわらかいものに触れさせられたのに気づいた。……って、これは!?
「ん……」
シャミセン二号の着ている白いシャツが大きく膨らんで、俺の手が透けて見える。
そこにある光景は触覚にたがわず、
「なっ、何してんだ!」
胸だった。俺に胸を、じかに触らせている。俺の指が先端のポッチを弄ぶたび、
シャミセン二号は吐息を漏らした。
汗が噴きだす。頭に血が上る。
「こうすると、とても暖かくなる」
そういう問題じゃねえだろ。心臓がバクバク鳴ってきた。鏡を見れば、耳まで真っ赤になっているのが
わかったろう。
「お、落ち着け。な。俺は今からハルヒのところに行かなきゃならない。その間、一人でここで待っててくれるか?」
俺の膝の上で背中をあずけながら、顔を覗き込んでくる。その顔が、
長門の形をしたその顔が、上気して、うっとりと俺の目をのぞきこんでくる。
もしも理性が紐の形をしているとすれば、それをナイフで撫でられている気分だ。
「さっきから、性器が……んっ、あつい。いま、は、発情期ではない、のに」
言葉が途切れ途切れなのは、俺の指を使って乳首をつまんだり回したりしているからだ。
指が動かない。……いや、正直な話、抵抗する気が起きない。どころか、長門の姿をしたものが
乱れる様を脳みその深いところに刻み込もうと、眼がギンギンに血走っている。
シャミセン二号が立ち上がって、あぐらをかいた俺を見下ろす。俺の目の前に、
ほのかに赤くなった細い太ももが飛び込んでくる。
「人間の性行動は良くわからないから、あなたが、して」
短いスカートのすそを持ち上げ、俺に見せ付ける。真っ白い、何の柄もない下着。
やめろ。シャレにならんぞ。目の前にいるのはシャミセン二号なんだぞ。長門にどう顔向けする気だ。
頭の中でガンガン警鐘がなっている。それ以上に俺の心音と血流がごうごうなっていて、
おずおずと手を伸ばした。
「っ!」
触れると、水音がする。その温かさに感動を覚えつつ、軽く撫でてみる。水音が粘着質になった。
もう少し大胆に、揉み解すように動かすと、
「ああっ!」
心地よい声が返ってくる。
もっと、この感触を味わいたい。香りと湿り気の中心に、ゆっくりゆっくりと顔が近づいてゆく……
ガタタッ!
「あれ?保健室しまってるの?だーれかー!いませんかー!」
ドンドンドン!
あまりの衝撃に心臓発作で死ぬかと思ったが、こんなかっこ悪い死に様はさすがにごめんだ。
なんて事を思う余裕もなく、大丈夫なはずなのに俺はシャミセン二号を掴んで押し倒した。
気が動転してたんだよ。
「あ、みくるちゃん。……うん、保健室しまってるみたいなのよね。……でも今、なんか
聞こえたような気がするんだけど。無理やり開けて調べてみよっか?……え?分かってるわよ!
そんな事しないって!こんなところに猫なんていないわよ!……まあキョンならここでサボってるってこともあるかもね。
あ!我ながらさえてる!キョーーン!そこにいるんでしょ!?出てこーい!」
ドンドンドンドンドンドン!
シザーマンかお前は。怖すぎるぞ。しかしハルヒもまさかドアを壊しはすまい……
「もっと……」
シャミセン二号はこの状況に全く動じていないらしく、この場に似つかわしくないほど
すばやい動きで、俺の手をショーツの中に導いた。
その温かさ、やわらかさが今度は直接手に伝わり、俺の理性をチェーンソーでぶった切ろうとする。
ドンドンドンドンドンドンドン!
「涼宮さ〜ん……こんなところにキョン君はいませんよう……」
「ちぇ、ハズレか」
ノックの音がなければ、一瞬でノックアウトしていただろう。俺は、少し唇を伸ばせば触れ合える距離にある
妖艶な瞳に向かって言った。
「すまんが、限界だ。ハルヒに気づかれんうちに、俺一人で脱出する。」
「いやぁ……もっと」
長門ボイスで色っぽくおねだりせんでくれ。決意が簡単に崩壊しそうだ。シャミセン二号は、俺を逃すまいと
さらに体を寄せ、俺の耳に舌を這わせた。全身に電気が走ったかのような快感。これだけでもう射精しそうだ。
このまま攻められれば、長くは持たない。
「ちょっ、……分かった、分かったから」
何が分かったのかと、普段と比べれば氷酢酸位に熱のこもった潤んだ瞳で覗き込んでくる。
ええい、ままよ。俺は充血しきった肉の芽と、ひくついて熱を持った肉壷に指を伸ばした。
「〜!」
声ならぬ声を上げ、背中を仰け反らせる。焼けただれるかと思うほどに熱くなった膣の中を指先で味わいながら囁いた。
「ここをいじると気持ちよくなるんだ。分かったな?」
かくかくとうなずく。この顔は……今ので達したのか?
じっと見ていると魅入られそうだったので、この隙に俺は体を離し、ベッドを離れた。ブレザーもひじに引っ掛ける。
手で掴んで愛液まみれになったら困るからな。
離れた俺を見て、シャミセン二号はお気に入りのおもちゃを取られた幼児のような顔をした。
「俺は行くが、ここを動くなよ。……その……一人で、しててくれ」
どんなプレイだ、これは。
とにかく脱出した俺は、一人になってまず、両手にべったりついた愛液をなめてみた。
まだ生暖かく、しょっぱい味がした。
さて、長門を探さないと……
いや。待てよ。まずくないか、この状況は?今の長門はただの猫だと言う事は、
俺がさっきまで長門の体にしていたことは知らないはずだ。このまま長門が仕事を終えて、
シャミセン二号のもとに……その……ナニをしているところに出くわしたら……
いくら長門と言えど、ぶち切れるんじゃないか?
だからって俺がその場にいたら、今度こそ最後まで行ってしまうかもしれない。
いや、絶対やる。こうして先のことを考えて暗たんとしている今でさえ俺の息子は
目いっぱい背伸びしているのだ。またあの艶姿を見せられたら、今度は自分から襲い掛かりかねない。
くそ。とりあえずハルヒに顔を見せに行かないと……
騒ぎながら校内を練り歩く人間なんてのはハルヒ以外にはランニングをする野球部しかいないので
俺はハルヒを難なく見つけることが出来た。
っと、その前に念入りに手を洗わないとな。臭いであっさりばれちまう。この濃厚な……やべ、
また思い出しちまった。
まだ水が冷たく、俺の手は赤くなってゆく。しばらく洗うと、もう石鹸のにおいしかしなくなった。
ちょっともったいない、なんて事はもちろん考えなかったぞ。
「ハルヒー!」
精一杯の何気なさを装い、ハルヒに声をかけた俺を待っていたのは、予想通りハルヒの怒鳴り声だった。
「このバカキョン!どこでサボってたのよ!もう終わったわよ!」
あ?終わった?
「そーよ。シャミツーのお手柄だったんだから!」
朝比奈さんの腕の中、VIP席で物静かに丸くなっているシャミセン二号がいる。……どっちだ?
「学校の裏手の、茂みの奥に、」ハルヒは腕を広げて、「こーんなでっぶい猫がいたのよ。
漫画みたいなでかさだったわ。でね、そのデカ猫にシャミツーが近づいて『にゃあ』って鳴くとね、」
少々長くなるので要点を述べると、シャミセン二号とでかい猫はしばらくにらみ合い、
デカ猫が返事のようになくと周りから猫がわさわさでてきて、そいつらは集団で去って行ったらしい。
さすが長門。鮮やかな手並みだ……
なんて感心してる場合じゃない。それじゃあ長門の体はどうする? 今まさに絶賛発情中のアイツを
どうごまかしゃあいいんだ?
「でさ、キョン。あんた有希見なかった?」
ピンポイントだな。こういうときばっかり勘が鋭いのは、勘弁して欲しいぜ。そんな思いを読み取ったか、
「なんか知ってるわね?」
いきなり尋問ムードだ。
「しらねえよ。居ないってんなら、探して来ようか?」
「誤魔化すとためにならないわよ!はきなさい!」
そういってハルヒは掴みかかってきた。こら、外でそんな真似をするな!危ないだろ!
そのまま地面に押し倒されるのも覚悟していたが、ハルヒは俺に顔を寄せると、一瞬眉を寄せて
怪訝な顔をしたが、すぐに開放した。
「…………」
押し黙るハルヒ。今までにないパターンだぞ、これは。言い知れぬ不気味さを感じる。
にらみ合いになりかけた空気を破ったのは、朝比奈さんだった。
「あっ、シャミセン二号さん! 待ってください!」
腕の中から逃げた猫を追って、とてとてと走り出す。今の俺には、一人と一匹の走り去る軌跡が
導火線に引火した火種に見える。
長門の助け舟だとは思うが、お前に行かせるのも非常にまずいんだよ。
「朝比奈さん! 俺が追いかけますから!」
ハルヒと、結局一言もしゃべらなかった古泉が、後から続いた。
548 名前:名無しさん@ピンキー 投稿日:2006/06/07(水) 23:31:47 ID:8a8ZJDdE
くそっ!やっぱ猫の走りには追いつけん!それにどうやら長門は、体が保健室にあると
分かっているようだ。
十三段を上ったときの死刑囚の気持ちが少し分かるような気がして、保健室前にたどり着くと、
ドアの前で猫が鎮座していた。
開ければ長門の目にとんでもないものをさらす事になる。
だが、開けなければ後から皆がやってくる。選択の余地はなかった。
もうどうにでもなれとばかりドアに手をかけて、開け放つ。鍵がかかってないと言う事は、
シャミセン二号が開けたのだろう。放置プレイの緊張度を上げるとはかなりの豪の者だ。
俺が心の中だけで泣きながらベッドの周りのカーテンを引くと、ありがたい事に
シャミセン二号は就寝中だった。……ありがたくないことに、かけてあるシーツの上に
長門のショーツが、しみつきで放置されていたが。
それでも現場を目の当たりにするよりはましとばかり、俺は長門を手招きした。
「急いで元に戻ってくれ!」
猫の姿をした長門は、俊敏にベッドの上に登り、
きっかり二秒固まって、
自分の体と額をあわせた。ぱちり、と長門のまぶたが上がる。
そのまま身じろぎもせずに俺を見るその視線が、断罪の槍もかくやという鋭さを持っているのは
気のせいではないだろう。
俺は全身から脂汗が噴きだすのを自覚しつつ、目を合わせずに長門に言った。
「そ、外で待ってるから」
勘弁してくれ。これで精一杯だったんだ。
言ったとおり外で待っていると、三十秒もしないうちに長門が出てきた。筆舌に尽くしがたい気まずさを伴って。
「は、ハルヒたちが待ってるから、行こうぜ」
もう目を合わせる勇気もない。終わりだ。俺はもうおしまいだ。
その日はその後すぐに、何故か不機嫌な調子のハルヒが解散を宣言し、その場で解散となった。
ずんずんと先に帰っていくハルヒと、それを追うともなしに追う古泉やら朝比奈さんやらを
棒立ちのまま見送って、俺は背後の気配のせいでその場に釘づけにされていた。
今言っておくべきだ。弁解のチャンスは今しかないぞ。
内なる声がいくら声高に叫ぼうと、俺はもう完璧にくじけきっていた。どうやってこの場から逃げ出そうかと
もっともダメな思考に傾きかけた瞬間、後ろから
袖をつままれた。
振り返りたくないという意思と振り向かねばならないという意思がせめぎあって、結局きしむ音が出そうなほど
力んで振り向くと、俺を見上げる長門と目が合って、俺は
「寒い」
死んだ。
「暖めて」
しばらく俺の反応を待った後、ノーリアクションを悟ってか長門は歩き去った。
膝から落ちた。