長門有希の恋心  
 
 翌日、いつも通り目覚まし時計の音では起きれず、徒歩で登校可能な  
 ギリギリの時間に目が覚めた。なので、また  
「おはよう、長門さん。 昨日はちゃんとあったかくして眠った?」  
「………うん」  
 朝倉涼子と出会い、一緒に登校。  
「そう言えば、昨日………」  
 彼女は、またいつもの様に笑顔で私に話し掛けに来る。  
 今日の話は、昨日部室に入ってきた彼の話だった。  
 彼女が言うには、彼女が教室に入った時、彼に  
『なぜ、お前がここに居る』  
 といきなり問い詰められたらしい。  
 問い詰められる理由もわからない彼女(その周りの人達全員もだけど)は  
 終始?マークが飛び交っていたようだ。  
「…昨日、私の所にも来た」  
「え? そうなの?」  
 こくん。  
「文芸部の部室で。いきなりでびっくりした」  
「文芸部の部室…か。彼、今までそんなとこ行った事無かったのにね」  
 数秒の間の後、私は首を縦に振った。  
「あ、そんなとこってそういう意味じゃないわよ?」  
「…いい。気にしてないから」  
 今日の朝の話は、ここでお終い。この時に丁度、校舎に辿り着いた。  
「じゃ、今日もここで」  
「……うん」  
 朝倉涼子と別れた後、少し立ち止まり、周りを見回す。  
「…………はぁ」  
 やはり、彼の姿は無かった。  
 
―――キーンコーンカーンコーン。  
 今日も一日の授業が終わり、今から部活動の時間となった。  
 彼、今日も部室に来るのかな。  
 教室を出る前、ふとそんな考えが頭をよぎった。  
 そして、あっという間に部室の前。  
 何故か一瞬、部室のドアを開けるのを躊躇ってしまった。  
「…………」  
がちゃ。  
 静かに開けて中をのぞいてみても、そこはいつもと同じ、こじんまりとした文芸部部室だった。  
 落胆と安堵が同時に訪れ、少し混乱しつつも自分の椅子へ。  
 後はいつもと同じ。読みかけの本を開いて、文字の海の中へ潜っていくだけ。  
 一度本を読み始めれば、周りの音はもう何も聞こえなくなっていた。―――が  
コンコン。  
 ドアをノックする音。その音で現実の世界に帰って来た。  
「……はい」  
がちゃ、ばたん。  
「よ」  
 彼だった。私は、普段通りを装うように、本に目を戻した。  
「また来てよかったか」  
 こくん。いつものように少しだけ首を縦に振る。  
 彼は、鞄を置き、部室の本棚に目を向けていた。  
 顔は本の方を向いているが、目線と頭は彼の方に釘付けだった。  
「これは、全部お前の本か?」  
 彼の純粋な疑問。それに私はすぐ答えた。  
「前から置いてあったのもある。でも、これは図書館で借りた本」  
 そう言って、今私が読んでいる本の表紙を彼に見せる。  
「小説、自分で書いたりはしないのか」  
 彼にそう聞かれ、ドキッとなり、パソコンの方を見る。  
 昨日、確かに『あのフォルダ』は隠した。大丈夫、彼はまだ見ていない。  
 
「読むだけ」  
 私のその言葉に納得したのか、彼はまた本棚の方に目を戻した。  
 そして、一冊の本を抜き、パラパラとめくり始めた。  
 彼の興味を引く本があったらしい。その事が少し嬉しく、彼も本を読んでいるのなら、  
 ということで私も本に戻る事にした。  
 数分後、彼は私に何か細長い紙切れを持ってきた。  
 そこには、誰かの字で何か書かれているようだった。  
「これは、お前が書いたのか?」  
「確かに似ている。でも、私は知らない」  
「そうか……」  
 少し落胆したようだった。が、何か気付いたのか、すぐにいつもの顔に戻った。  
 そして、近くの椅子に座り込み、何か考え始めた。   
 私は、また読書にもどった。  
 
  二時間くらいたっただろうか。  
 私は、顔は本の方に向けたまま、目だけで彼の方を見てみた。  
 彼もこっちをじっと見ていた。  
 その事に気付いた途端、顔が少し熱くなった。  
 一度その事に気付いてしまったら、もう本に集中する事は出来なかった。  
 段々、顔が熱くなっていく。きっと今私の顔は苺とまでは行かないが、  
 それくらい赤く染まっている事だろう。  
 少しずつ、胸が苦しくなり、鼻だけで呼吸をするのは厳しくなってきた。  
 何もしていないのに、息切れなんて、一体どうしてしまったのだろう。  
 
 さらに時間が過ぎ、彼が、  
「もう帰るよ」  
 と言った。  
「そう」  
 なら、私も帰ろう。時間も早くは無いけど、遅くも無いいい時間だし。  
 そして、部室を出てすぐに彼が私に聞いてきた。  
「なあ長門」  
「なに?」  
「お前、一人暮らしだっけ」  
「………そう」  
 なぜ、知っているのだろう。まだ、彼と話すようになって一日しか経っていないのに。  
 校舎を出るまで、彼がネコの話などしてくれた。  
「ペット禁止」  
 そう私は言って、少し後悔した。  
 せっかく、話題を振ってくれたのに。  
 少し考えた後、私は決心した。  
「来る?」  
「どこへ?」  
「……私の家」  
「……いいのか?」  
 こくん。首を少し振った。  
「いい」  
 誘った。  
 彼を私の家に誘ってしまった。  
 今日の私はどこかおかしい。いつもはこんなこと出来ないのに。  
 彼の顔を見ると意識してしまうので、顔を見ない先頭を歩く事に。  
 彼は『やれやれ』と言う意味(だと思う)溜息と苦笑(私は見ていないけど)をしていた。  
 
 学校から私の家までは、二人とも無言だった。  
 私は、いつも自分から話し掛けにいくタイプではないし、彼を意識してしまい、  
 何を話していいかもわからなかったから。  
 もくもくと歩き続け、すぐに私の家に到着。  
 いつものように番号入力、鍵が開くのを確認してから中に。  
 彼を無言で促して、エレベーターに乗り自分の部屋のある7階に。  
 そして、私の部屋に入ると、彼が突然私に襲いかかり―――  
 ということも無く、しげしげと部屋の間取りなどを見ていた。  
 そして、一つの部屋の前で止まり、  
「ここ、見せてもらってもいいか?」  
 と聞いてきた。  
 別に何も置いてない、ただの空き部屋だったので、断る理由も無かった。  
「どうぞ」  
「ちょっと失礼する」  
 彼は、ふすまを開き、中に入って隅々まで見渡した後、少し落胆して出てきた。  
 ………一体何を期待していたのだろうか。  
 
 居間に二人向かい合って座り、彼にお茶を注いだ。  
 二杯目のお茶を入れたとき、私は彼に話を持ち出した。  
「私は、あなたと学校外であったことがある」  
 と。今まで話をしていないのに、いきなりこんな話をされては彼も驚くだろう。  
 思ったとおり、少し面食らった顔になりつつも、私に  
「どこでだ」  
 と、場所を尋ねてきた。いつもなら私はここで  
『図書館』  
 と、一言で話を終わらせていただろう。しかし、今回は自分から振った話。  
 それで話を切ってしまっては何のために話し掛けたのか解らない。なので、  
「覚えてる?」  
 と、遠まわしに言ってみた。少しは長引き、さらに彼の思い出になっているかどうかも  
 確認できる、まさに一石二鳥の質問だと思った。  
「何を?」  
 だけど、彼は私に聞いてきた。それは、つまり何のことだか解らないという事―――  
 少し悲しくなりながらも、初めから彼に説明することに。  
 
「…………」  
 私の説明が終わり、彼の言葉を待つ。  
 もう私には話す事もない。後は彼が覚えているかどうかだけ。  
「…………」  
 無言のまま、時間だけが過ぎていく。  
 彼の言葉を待っていると、指先から振るえがやってきた。  
 やはり、私何かの、ことは、覚えて、いなかったのだろうか。  
「…………」  
 それでも時間は過ぎていく。あまりにも長い時間が過ぎたような気がしたけど、  
 実際に時計を見てみると、まだ数分しか経っていなかった。  
 彼の方を盗み見してみる。  
 本当のことを言うか、それとも……  
 そんな風に、悩んでいるように私には見えた。  
 私の視線に気付いたのだろう。顔をふと上げ、目が合う。  
 顔が少し熱くなり、俯く。  
 忘れてくれていてもいい、今はただ、このこう着状態から抜け出したい―――  
 そう思うようになる程、時間が過ぎていった。  
   
 実際の時間にして、およそ15分くらいたったころ、彼が、  
「俺の記憶では……」  
 と、何か決意した表情で、恐る恐ると言った感じに話し始めた。  
「確かに図書館でお前にカードを作ってやった。それは同じだ」  
 その言葉を聞いて、彼が覚えていてくれていた喜びを感じる。  
 きっと、今私は少し微笑んでいる事だろう。  
 そんな私の顔を見て、少し顔色が曇った彼は続けて  
「だが、やっぱりお前の記憶とは少し違うんだ」  
 私は、聞いた。  
「どう、ちがうの?」  
「……俺は、お前と、図書館に行った」  
「…………」  
 私は唖然となった。あの時、私は確かに一人で図書館に向かった。  
 でも、彼は私と行ったと言っている。  
 一体どちらが正しいのだろう。でも、その事よりも……  
「私と、図書館に……?」  
「ああ。俺がお前を連れて行ったんだ」  
 彼のいう事が本当だとしたのなら、その時私は…  
「で、デートしていたの?」  
 デート、という単語に顔が赤くなる。  
「い、いや…そうじゃなかったけど…」  
 けど、何なのだろう。  
「二人きりで行ったのは確かだ」  
 彼はそう、はっきりと言い切った。  
 
「…………」  
 また、沈黙が部屋を包み込んだ。  
 でも、この沈黙は、さっきのとは違い、あまり、嫌ではなかった―――  
 何か聞こう。そう思ったけど、言葉に出来ない。どうすればいいかと悩んでいると、  
「長門」  
「?」  
 いきなり名前を呼ばれ、少し驚く。  
「俺は、多分だけど…」  
「何?」  
 そこで彼の言葉が途切れる。この後、何て言葉が続くのだろうか。  
「お前の事が………好きだ、と思う」  
「…………」  
 三度目の沈黙。  
 彼の言い方はあやふやで、違ったとも気のせいだったとも言いなおせる言い方だ。  
 でも、それでも私は、彼に告白されたのだ。  
「お前は、俺のことが、嫌いか?」  
「…………」  
ふるふる。  
 言葉に出来そうに無かったので、首を振って返事。  
「俺は、お前の言葉で聞きたい」  
「…………」  
 顔が熱い。きっと真っ赤に染まっているのだろう。  
 
 この場から逃げ出したい。でも…今逃げると全てが台無しになってしまう。  
「………好き」  
 声になっているかなっていないか。そんな微妙な声しか出なかった。  
 それでも、彼は満足したようで…  
「…長門!」  
「きゃ!?」  
 私を強く抱きしめてきた。少し息苦しい。でも全然嫌ではなかった。  
とくん。とくん。   
 心臓の音がいつもより大きく聞こえる。  
とくん、とくん。  
 耳を澄ませば、彼の鼓動も聞こえてくる、そんな気もした―――  
 
 どれくらい抱きしめられていただろう。  
 ふいに、彼が私を解放した。  
「悪い。急に抱きしめたりして」  
「気にしなくてもいい。……私も、嫌じゃなかったから」  
 比較的無表情な(朝倉涼子によく言われる)私に出来る、精一杯の微笑み。  
 彼の顔が少しずつ、朱に染まっているような…  
「キス、してもいいか…」  
こくん。  
「んん…」  
 唇を重ねるだけの軽いキス。それでも、身体が少しずつ火照っていくのを感じる。  
「ぷは」  
 少し、息苦しかった。  
「はは、悪い」  
「どうして笑うの?」  
「いや、すげえ可愛いなぁって」  
「…///」  
 少し俯いて、照れる。  
 今、彼とまともに目を合わせられない。こんな顔、見せたくないから。  
 そう言って、頭をなでる、彼。  
 くしゃくしゃと、少し髪型が崩れてしまった。  
 まぁ、いつも特にセットなどしてはいないのだけれど。  
「長門。眼鏡、外してもらってもいいか?」  
 少し悩む。眼鏡くらい外しても何の問題もない。  
 けれど…。私は極度の近眼なため、  
 眼鏡を外すと彼の顔が全くと言っていいほど見えなくなってしまう。  
 …それでも彼が望むなら。眼鏡を外そう。  
 別に一生見えなくなるわけでもないのだし。  
 少し躊躇したあと、眼鏡を外し、コタツの上へ。  
「うん、やっぱり眼鏡が無い方がいいな」  
 
「…そうなの?」  
「ああ。俺には眼鏡っ娘属性はないからな…っと、これは聞き逃しておいてくれ」  
「…眼鏡っ娘属性?」  
 なら、今度コンタクトに変えてみよう。  
 それなら、眼鏡をかけずに彼の顔も見れるし。   
 不意に、彼は私に再度キスをした。  
 この距離なら、彼の顔もはっきりと見える。  
「顔、すごいまっか」  
「う、うるさい! そういう長門も真っ赤だぞ」  
「「…………」」  
 急に二人共無言に。  
 そしてどちらからとも無く  
「…くす」  
「…はは」  
 笑い出してしまった。  
   
 十分に笑い終わったあと、彼は、私の後ろに回りこんで抱きしめに来た。  
 私は、それを拒まずに受け入れた。  
 抱かれる側としても、気持ちよかったから。  
「長門って、抱き心地いいんだな」  
「…………」  
 つい最近も、その言葉を聞いた気がする。  
 少し考えている間に、彼は、あくまで自然に、私が触られるまで気付かなかったほど自然に、  
 私の胸を揉み始めた。  
「んん!」  
 いきなりの感触に私は驚いて声が出てしまった。  
「うん、ここの感触も最高だ。柔らかくてとてもきもちいいよ」  
「………///」  
 触られているこっちの側としては、何とも言いがたい、言葉だった。  
 
 数分間、彼は私の胸を揉み続けていた。  
「長門って、あったかいな」  
「…人並みだと思う」  
「髪、いい匂いするし」  
「…毎日、きちんと洗ってるから」  
 彼は、思った事全部きちんと声に出しているようだった。  
「こういう事されるの、実は嫌いじゃないだろ」  
「…………」  
 言い辛い事には無言。  
「…なぁ、長門。無言ってのはな、肯定と一緒なんだぞ」  
 図星だった。  
「…………」  
 なぜ彼はそういう事までわかってしまうのだろうか。  
 そう考えていた時だった。  
 彼の右手が私の制服の中に入ってきて、直に私の胸を揉み始めていた。  
「きゃ!?」  
「悪い、びっくりしたか?」  
 彼は謝りつつも手の動きは止めなかった。  
「む、制服の上からじゃ解らなかったが…」  
「なに?」  
「長門って、着やせするタイプだったんだな」  
 …喜んでいいのだろうか。  
 それとも悲しむべきなのだろうか。  
「ん? どうした、そんな顔して」  
 私の顔色が曇ったのがわかったのだろう。彼はそう尋ねてきた。  
「一応褒めたつもりだったんだが」  
「…褒められてたの?」  
 一種の嫌味にしか聞こえなかったけど。  
「そう取れなかったのなら悪かった。言い換えよう。長門って、結構胸、あったんだな」  
「……あまり、変わってないと思う」  
 
「むぅ…ま、まあ、俺としてはいい事だと思うぞ」  
 それでも、まだ彼の手は止まらなかった。  
「んん…はぁ」  
 …少し、声が出てしまった。  
「気持ちいいのか?」  
「…………」  
 また無言。それを彼は、  
「そっか、気持ちいいか」  
 と、肯定していると思ったようだ。  
 …否定は出来ないけど。  
 
 段々と、彼にスイッチが入っていったのだろう。  
 彼は、私の制服を脱がそうとした。  
 でも、私はそれをやんわりと制した。  
「長門?」  
 彼は、そんな私の行為に不安になったのだろう。  
 恐る恐ると言った感じに聞いてきた。  
「嫌ならやめるぞ」  
 と、少し残念そうにいう彼。  
ふるふる。  
 私はゆっくりと首を横に振る。  
「……脱がされるのは、恥ずかしい」  
 と、小さな声で彼にそう答えた。  
「…自分で、脱いできてもいい?」  
 寝室を指差しながら私は彼に問った。  
「あ、ああ。もちろん、いいぞ」  
 と、彼はずざざざざ、という効果音が聞こえそうなくらいの勢いで後退していった。  
 私は立ち上がり、寝室の戸の前に立つと  
「…覗かない?」  
「もちろんだ。この命にかえても」  
 
「…くす」  
 安心して部屋に入る。  
 
 取り合えず、一休憩。学校からずっと、彼と一緒に居るので気を張っていたのだろう。  
 ベッドに座ると、自然と溜息がでた。  
 少しずつ、服を脱ごう。  
 上下共、制服を脱ぎ、ハンガーに掛ける。  
 下着姿になり、下着はどうすればいいか少し悩む。  
 下着を脱いでいけば、彼にとっては手っ取り早くていいだろう。  
 でも、そのためには全裸になって彼の前まで行かなくてはならない。  
 残念ながら、この部屋には裸の私を包み隠してくれるようなものは、何一つ置いてなかったから。  
 なら、答えは一つ。  
 下着姿のままでいよう。  
 さて、脱衣も終わった。後は彼のところへ行くだけ。  
 でも、まだ心の準備は終わっていなかった。  
 ベットの縁へ腰掛け、少し落ち着く事に。  
すー、はー。すー、はー。  
 胸に手を当て、大きく深呼吸。それを数回繰り返す。  
 何故か深呼吸をすればするほど、私の鼓動は高まっていった。  
 取り合えず、状況確認をしなおそう。  
 今、私は彼と二人っきりで自分の家に居る。  
 そう言えば、昨日まで、話した事もなかったのに…  
 今では、彼に抱かれようとしている。  
 何か、都合が良過ぎるような気もするけど…その事を考えると、胸がさらに熱くなった。  
 このままだと、彼のところに行けそうにもない。  
 仕方ないので、彼をこの部屋に呼ぼう。  
 部屋の戸から顔だけを出し、彼の方へ向き、  
「…入って」  
 と、彼を呼んだ。  
 
「…いいのか?」  
「うん」  
 眼鏡を掛けていなくても、彼の顔が赤く染まっているのが確認できた。  
「じゃあ、入るぞ」  
 律儀にドアの前でそう確認を取る彼。  
「…どうぞ」  
「それじゃあ失礼して…」  
 彼は、部屋に入ってすぐ、固まった。  
「「…………」」  
 その視線は、私の身体に向いているようだった。  
 まさか、本当に制服を脱いで、下着姿で座っているとは思っていなかったのだろうか。  
「やっぱり、結構胸あるんだな」  
「…………それはもういい」  
「だろうな。悪かった」  
 彼は私の隣に腰を下ろした。  
 そして、どちらからと無くキスをした。  
「んん…んむぅ」  
 それは、さっきまでのとは違い、舌もからめる、深い、愛情のこもったキスだった。  
 彼の舌は、私が想像していたものよりも暖かく、柔らかかった。  
 まるで、違う生物のように私の口内を動き回っていた。  
「んむ…あふ……はふぅ」  
 彼の唇が離れても、私はその感触を忘れる事が出来ずにぼーっとしていた。  
「……くすぐったい」  
 いつの間にか、彼の口は私の首筋まで下がっていて、  
 首筋に、無数のキスの嵐を浴びせていた。  
「んん…」  
 彼の左手が私の右胸に触れる。  
 それも、直に。  
「ひゃ!?」  
 いきなりの強い刺激に驚いてしまった。  
 
「悪い、びっくりしたか?」  
 こんな時でも気遣ってくれた。  
「ううん、だいじょうぶ」  
 その言葉を聞いて安心したのか、彼はまた行為を再会した。  
 いつの間にかブラを外されていた私は、彼の頭を子供をあやす母親のような気持ちでなでた。  
「なんか、変な感じだな」  
「…そう?」  
 私はそうはおもわないけど。  
「そうされるとさ。とても落ち着くんだ」  
「それは私も同じ。こうすると、とても落ち着く」  
 少しの間、そうしていると、彼はまるで本当の子供のように私の胸を吸い始めた。  
 最初、舌で軽く舐めたあとに口に含んで甘噛み、最後は音を立てて吸う。  
 この3つの動作を繰り返していた。  
ぺちゃぺちゃ、あむあむ、ちゅぅぅ。  
ぺちゃぺちゃ、あむあむ、ちゅぅぅ………  
「あ、はぁ、ひゃ、んん、や…」  
 一つ一つの行為ごとに律儀に声が出た。  
 今、彼は私の左胸を吸ったりしながら、右胸を左手で弄っている。  
 つまり、両胸を刺激されているわけで、私にはもう彼の頭をなでる余裕はなかった。  
「…長門って、胸、弱いんだな」  
「言わないで…」  
 また、どこかで聞いたような台詞。  
 でも、それも考える暇も無く。  
「や、ああ、はぁ、ん…」  
 彼の私の胸に対する愛撫は止まらない。  
 完全に私のスイッチが入ってしまった。もう、ここでやめることなんて出来ない。  
「…胸だけじゃ、いやぁ」  
 と、あまり呂律の回らない声でそう彼に訴えた。  
 その言葉を待っていたかのように、彼はすぐに胸への刺激を止め、  
 
 私の下腹部へ向かっていった。  
「すげぇべとべとだ」  
「/////」  
 私のあ、あそこ…はショーツの上からでもわかるくらいに濡れていた。  
「そんなに気持ちよかったんだな」  
「はずかしい…」  
 身体は彼の下にあって身動き取れないので、首だけ彼からそむける。  
 もちろん、顔は真っ赤に染まっている事だろう。  
 まぁ、そんな行動をしても何の解決にもなっていないけど。  
「………」  
 不意に彼が無言になった。  
「?」  
 不思議に思って彼の方を見てみる。  
「隙あり」  
「あ……」  
 その瞬間。彼は、もう何度目かわからないキスを私にした。  
   
「そんなに緊張しなくても大丈夫だ」  
 彼は、いつもと同じ位(それ以上かもしれない)優しい声で言ってくれた。  
 今、私達は二人共衣服を全て脱ぎ去っている。つまり全裸と言うこと。  
 その状態で抱き合っている。その状態では、誰でも緊張はすると思う。  
「………うん」  
 でも、彼に優しく言われてしまったら、もう緊張なんてする余裕は無かった。  
 さっきまでの胸への愛撫。それだけで、もう私の準備は十分だった。  
「じゃあ、入れるぞ」  
「…………」  
こく。  
「くうぅ…」       
 彼のモノが、少しずつ膣内(なか)に入ってくる。  
 身体の力を出来るだけ…出来るだけ抜く。  
 
 そう意識していても、自然と全身に力が入ってしまう。  
 力が入れば入るほど、痛みが大きくなる。  
「はぁ…はぁ…」  
 まだ…入って来るの?  
 そう思ったときだった。  
ぶちぶちぶちっ  
「っ!!」  
 彼が、私の膜を破った。  
「長門、今、完全に入ったぞ」  
「はぁ、はぁ、はぁ…………」  
 あまりの痛みに、答える余裕も、首を振る事さえも出来なかった。  
「長門…」  
 彼は、私を優しく、包み込むように抱きしめてくれた。  
「はぁ、はふ、ふぅ…」  
 彼の暖かさを感じる。そう思っただけで、自然と息が整っていった。  
「長門、大丈夫だったか」  
「………うん、ぜんぜんへーき」  
 口で言うのは簡単だった。  
「無理だったら、すぐに言うんだぞ」  
「わかってる」  
 彼の細かい気配りが、すごい嬉しかった。  
「っ! んく…は、うぅ」  
 まだ、痛かった。流石にそんなすぐに痛くなくならないらしい。  
「く……」  
 それは、彼も同じだったようで。  
 私はまだ、力を抜く事が出来ていない。きっと、痛いくらいに締め付けているのだろう。  
 そう思った瞬間、考えるよりも先に  
「私のなか、きもちいい?」  
 と、聞いてしまっていた。  
「ああ…最高だ」  
 
 と、彼は微笑みながら言ってくれた。  
 その表情を見れば、きっと誰でもわかるだろう。  
 その言葉は、本当なのだと―――  
「…嬉しい」  
 心の底から、この言葉が出てきた。  
 彼は、何故かバツが悪そうに頬をかいている。  
 ……どうしたのだろう。私が何か変な事でも言ったのだろうか。  
「どうしたの?」  
「いや…ちょっとした罪悪感が」  
「なぜ?」  
「………のかなって」  
「…聞こえない」  
「ま、まあいいじゃないか、そんなこと」  
「気になる」  
 一度言っているなら、何度言っても同じ事だと思う。  
「気にするな。俺はもう何も言う事はない」  
 開き直ってしまった。絶対に聞き出す。そう決意する前に  
「ひゃう! んんん…」  
 彼は、腰を動かし始めた。  
 何故か、もう痛みはあまり感じなくなっており、8割快感、残りはじんわりとした痛みだった。  
 しかし、そのゆるい痛みが余計に感じさせているような気がする。  
「長門? 感じてるのか?」  
「あ、んん、ひゃ、くぅ……」  
 返事は、出来ない。そんな余裕なんて私にはなかったから。  
「や、ああ、は、ん……」  
 彼の腰の動きもゆっくりと優しかったものから、徐々に速く激しいものに変わってきていた。  
「!! あ、あ、あ、んん、や、ちょ、はや…」  
 もう意味のある言葉を出す事も難しかった。  
 
「長門、むちゃくちゃかわいいぞ…」  
「や、じ、じっく、りぃ、み、みなぁ…!」  
 彼の腰の動きがまた速くなる。  
「長門、長門!」  
「な、名、前で…よ、んでぇ」  
「有希ぃ!」  
「んんんんん〜〜〜〜」  
びくびくびくっ  
 身体が痙攣を起こした。第三者的に言えば、私は達したのだろう。  
 それと同時に、おなかの中が暖かい液体に満たされていく……  
「「はぁ、はぁ……」」  
 二人して、息を整える。  
 息が整った後、彼は私のなかから、彼の肉棒を引っ張りぬいた。  
 今、初めてじっくりと見たけど、あんなものが私のなかに入っていたの?  
 次に自分の下腹部を見る。  
 ピンク色の半液体の物質が私の太腿を流れていた。  
 それを見て、初めて、  
―――ああ、今、彼と一線を越えてしまったのか。  
 ということを実感した。  
   
 数分後、私は自分の下腹部の処理(と言ってもティッシュで拭くだけなのだけど)を  
 終え、ぼーっと座って彼の方を見ていた。  
 彼は、一仕事を終え一服しているサラリーマンのようにくてっっとなっていた。  
「くすっ」  
 その姿を見ると、なぜか笑いがこみ上げてきた。  
「何だ? 何がおかしかったんだ?」  
 身体を起こして、彼が私に問い掛けてきた。  
「ないしょ」  
 私はそう言って、ベッドから立ち上がった。  
「そっか、ならしょうがないな」  
 
「……意外と潔い」  
「意外は余計だ」  
 私と彼の距離が近づいていく。そしてまたキスを―――  
 交わそうとした時だった。  
―――ピンポーン。  
「「!!?」」  
 いきなり、インターホンが鳴り響いた。  
 私は、近くに落ちていた服を羽織ってインターホンの受話器の方へ。  
「ゆ、有希!!」  
 彼が何か言っている。  
 でも、取り合えず客を待たせるのはまずいと思ったので先に応対をすることに。  
「はい」  
「あ。わたし。朝倉です」  
 それは、同じマンションに住んでいる同級生だった。  
「今日もお夕食持ってきたわよ」  
「いまはちょっと…」  
 今、この部屋に入られるのはまずい。たとえそれが親しい仲の友人だったとしても。  
「何? 誰か部屋に来ているの?」  
「…………」  
 何て返せばいいのだろう。少し悩んでいると  
「そう。でも大丈夫。あなたの知り合いならわたしとも知り合いの可能性だってあるんだし」  
「でも………」  
「それってわたしの知り合い?」  
「うん」  
 これは本当。  
「やっぱり誰かいるんだ」  
 あ。しまった。私はまだ誰か来ているなんて一言も言っていないんだった。  
「ならいいじゃない。いっしょに夕食食べれば」  
「…………」  
 
 少し考える。  
 確かに彼女が来れば、まだ彼と一緒に居られる時間が増える可能性が高かった。  
「待ってて」  
 取り合えず、入るだけ入ってもらおう。そういう結論に到った。  
『長門! ……長門さ〜ん。おーーい』  
 彼が呼んでいるみたいだけど……もう玄関にいるので、先に彼女に入ってもらおう。  
かちゃ。  
 鍵を外し、扉を開く。  
「よいしょ……っと。ふぅ〜。さすがにお鍋丸ごとは重かったわ」  
 そう言いながら、部屋の中に入ってくる、朝倉涼子。  
「こんばんわ〜………あなた!? 何でそんな格好をしてるの!?」  
 彼女が私を見てすぐ、そう叫んだ。  
 私は、彼女が言い終わった後すぐに自分の服装を確認。  
「あ………しまった」  
 私は、気が動転していたのだろう。  
 今の私の格好は、北校の男子の制服(上のブレザーのみ)という格好だった。  
 もちろん、下着は何もつけていない。  
 この服は彼のものなので、袖はぶかぶか、手も指の先しか出ない、服の裾も長く、  
 ブレザーしかないのに膝上まであった。  
『だからずっと呼んでたのに……』  
 彼の悲しそうな声が部屋の奥から聞こえていた。  
 
 
「さて、どこから説明してもらいましょうか」  
 朝倉涼子は、両手に抱えていた鍋をコンロの上に置き、  
 居間に私達を集めてそう言った。  
「えーと、つまりこれはだな…」  
 彼が説明をし始めた。  
「かくかくしかじか…というわけなんだが」  
「あのね…本当にかくかくしかじかで通じると思っているの?」  
「…やっぱりダメか?」  
 何故かとても残念そうだった。  
「当たり前じゃない! ……もういいわ。長門さん、あなたから教えて」  
「…………というわけ」  
「………なるほど。って言うとも思ってる?」  
「…やっぱりだめ?」  
「はぁ…。『……というわけ』、だけじゃ解らないわよ……」  
 何故か心底疲れているようだった。  
「あなた、彼に毒されてきてるわよ」  
「その言い方はないだろう。…というよりも、あの長門が冗談を……」  
「あなたがしこんだんじゃないの?」  
 二人の目がこっちを見る。  
「………?」  
 それに首をかしげて返す私。  
「「…………はぁ」」  
 何故か二人して溜息。  
「もう一度だけ聞くわね。どうしてこうなったのかしら」  
 
 最終的には、彼が説明してくれた。  
「ええとだな、長門とは帰り道が一緒になって…で、文芸部に入ろうかと  
 悩んでいる俺はこいつに相談をしながら帰ってたんだ。そしたら、いつ  
 のまにかこのマンションの前まで来たからさ、まだ話も終わってなかっ  
 たもんだから、お邪魔させてもらってたんだ。もちろん、こいつに同意  
 は取ってあるぞ」  
 本当に文芸部に入りたいのだろうか。  
 それなら、相談も何もしないで前に渡した入部届を出すだけなのに。  
「本当かしら」  
「本当だって。なあ長門」  
「…………」  
―――こくん。  
 話を聞いていなかったけど、取り合えず頷いておいた。  
「そう。なら、何故それだけで彼女はこんな格好になるのかしら?  
 それも聞いてみたいものね」  
「ぐ………」  
「……///」  
 言葉が詰まる彼と、少し俯く私。  
 今は、彼にブレザーを返して、部屋着兼寝巻きを着ている。  
 眼鏡もちゃんとかけているし。  
 彼はもちろん、いつもの北校の制服だ。  
 それにしても、流石にブレザーだけで玄関に出たのはまずかった。  
 いくら眼鏡をかけていなかったからといって、男物と私の服、さらに  
 下着を付け忘れるなんて……  
 せめて、上下だけでもきちんとした格好だったならここまで問い詰められなかったのに。  
「まあ、今はいいわ」  
 彼女は、そう言って立ち上がり  
「せっかく夕食の用意も持ってきたんだし、はやくいただいちゃいましょ」  
 と、さっき持ってきた鍋のところに向かった。  
 
 なら、私も用意を手伝わなければ。一応彼女もお客なのだ。  
 お客に準備を任せっきりにするのは気が引ける。  
 それに、彼も居るし……。彼の前で何もせずにぼーっとしていたくはなかった。  
 
「あら、食べていかないの?」  
 準備をしていた最中、朝倉涼子が彼にそう聞いていた。  
「?」  
 どうしたのだろうか。  
 気になったので、持って行こうとしていた食器を出すのを中断し、  
 居間の方へ向かった。  
「あ」  
 彼とぶつかりそうになった。彼の手には、鞄が持たれていた。  
「帰るよ。邪魔になるだろうしさ」  
 そう言って、玄関に向かおうとする彼。  
 ここで、彼と別れてしまうと、何故かもう会えなくなるような気がした。  
 そう思ったとき、自然に、私の手が彼の袖を摘まんでいた。  
 私には、これ以上彼を引き止めることは出来ない。  
 これでも彼が帰るなら、今日はもうあきらめるしかないだろう。  
「と、思ったが喰う。うん、腹が減って死にそうだ。  
 時間もいい時間だしな。何か腹に入れないと帰れそうにない」  
 私は、内心溜息を吐きつつ、食器を取りに台所に戻った。  
 その光景をにやけているのか、呆れているのかよく分からないような  
 顔で見ていた朝倉涼子の横を通り過ぎて。  
 
「―――って言うのよ。おかしいでしょ?」  
「ああ、そうだな……」  
「…………」  
 三人での夕食が始まった。  
 
 彼女は、いつものように楽しそうにおしゃべりしている。  
 彼は面倒臭そうに相槌を打っていた。  
 私は、そのやりとりを見聞きしつつ、彼女のつくってきたおでんを食べていた。  
 そんな状況で約一時間。    
 彼女が作ってきてくれたおでんは2割ほどを残してなくなった。  
「長門さん、余った分は別の入れ物に入れて冷凍していおいて。  
 鍋は明日取りに来るから。」  
 そう言って、彼女は立ち上がった。  
 それと同じく彼も立ち上がり、玄関に向かった。  
「それじゃあな」  
「またね、長門さん」   
 二人は、同時にこの部屋を出た。  
「あ、長門」  
 彼は、部屋を出る前に私の耳に顔を近づけ、  
「明日も部室に行ってもいいか?放課後さ、ここんとこすることなくてさ」  
 彼の言葉を聞いて、私は少しその意味を考えた後、  
 彼に今までで一番の笑顔で答えを返した。  
 
―――次の日  
ぴぴぴ、ぴぴぴ、ぴぴぴ。  
 目覚し時計の音がなっている。  
ぴぴぴ、ぴぴぴ、ぴぴぴ。  
 早く消して、学校にいかなくちゃ。  
 そう思いつつも深い意識の海の底に居る私は、現実と言う海面まで浮き上がって  
 来るまで、まだ時間が掛かりそうだった。  
かちゃ。  
 と。不意に目覚ましの音が消えた。  
 いつもなら後数分はなりっぱなしなのに。  
 
 でも、ちょうどいい。これで、ゆっくり眠れる………  
「こら〜、おきなさ〜い!」  
「っ!!?」  
 誰かに怒鳴られて、一気に覚醒する。  
 辺りを見回すと、  
「おはよう、長門さん」  
「……………」  
 なぜか、私の部屋に朝倉涼子がいた。  
「………おはよう」  
「よろしい」  
 そう言って、彼女は台所へ向かっていった。  
「???」  
 何故、彼女がここにいるのだろうか。  
 昨日、あの後どうなったのだっけ―――  
 
 夕食のおでんの鍋を片付け終わった、丁度そのときに  
ピンポーン  
 また、インターホンがなった。  
 今日は、よく客が来る日。とおもいつつ、対応に。  
「はい」  
「何度もごめんなさい、長門さん」  
 それは、朝倉涼子だった。  
「ちょっと忘れ物しちゃって。入ってもいい?」  
「…どうぞ」  
―――でも、忘れ物何てあっただろうか。  
 玄関の扉を開きつつ、考えていた。  
「あ、もう鍋洗い終わってるんだ。じゃあ丁度いいから持っていくわね」  
「うん。……忘れ物はあったの?」  
 
「…………」  
 いきなり黙る彼女。  
「?」  
 不思議に思い彼女の顔を覗く…  
「っん!?」  
 彼女がいきなり口付けをした。もちろん私の口に。  
「………急にごめんなさい」  
「…………」  
 あまりに突然だったので、まだ頭は働いていなかった。  
「あなたが彼の服を着て出てきたとき、とても驚いたわ」  
「…………」  
「いつもかけてる眼鏡もかけてなかったし、下着もつけてなかった」  
「……///」  
 その時の事を思い出し、ちょっと顔が赤くなった。  
「でも、それ以上にあなたの部屋に彼が居る事が驚いた」  
 それはそうかもしれない。  
 昨日まで、私と彼は話もした事がなかったのだから。  
「なぜあなたなの? どうして彼なの?」  
「…………」  
 一体何がいいたいのだろうか。  
「わたしは、あなたが好き。友達として、ううん、それ以上の感情も  
 持っているかもしれない。そして、彼のことも、異性として意識していた」  
 ……そう、だったの?  
「あなたが誰か男子と付き合うなら彼にアタックするつもりだった。  
 逆に、彼に彼女が出来たならあなたと居る時間を毎日少しずつ増やしていく  
 つもりだった。休日にも一緒に出かけたり、そういう事をしようと思ってた」  
「…………」  
 声を出す事が出来なかった。  
 
「まさか、あなたと彼が付き合うことになるなんて考えた事もなかったなぁ」  
「付き合ってなんか…」  
 そうなればいいとは、思っていたけど……  
「さっき、帰りに彼に確認を取ったの」  
「……何て?」  
「彼に、長門さんの事、どう思ってるか」  
「……………」  
 どう、思っているのだろう。さっきははぐらかされた様なものだし。  
「彼、あなたのこと、本当に好きみたいよ」  
 彼女はその時の事を詳しく話してくれた。  
 
―――帰りのエレベーターの中  
「ねぇ、あなた。長門さんのこと好きなの?」  
「な!? 何をいきなり!?」  
「……そんなに動揺するなんて、やっぱり好きなんだ」  
「……………」  
「いい事教えてあげる。沈黙は、肯定と同じ意味なのよ」  
「それは……」  
「でも、おかしいなぁ。あなたの趣味って変な子なんでしょ?」  
「……何でそんな事知ってるんだ」  
「国木田君が言ってたのを小耳にはさんだんだけど…違うの?」  
「あの野郎…それはあいつの勘違いだ。聞き流しといてくれ」  
「……そう。じゃあ、長門さんみたいなのがタイプなんだ」  
「…そういうわけでもないんだが。それよりも、どうしてお前が  
 長門の世話を焼くんだ? クラスが同じ訳でもないし、中学も別なはずだろう?」  
「……………同じマンションのよしみよ。  
 彼女を見ていると、危なっかしくて。つい、手を差し伸べたくなっちゃうの。」  
「そうか……」  
 
「彼女と付き合うんでしょ? なら、もっとまじめに考えなきゃダメよ。  
 ああ見えて彼女、精神の脆い娘なんだから」  
チーン  
「じゃあ、ここで」  
「……ああ」  
「あ、最後に。気になるのは彼女だけじゃなくて、あなたも同じよ」  
「………え?」  
 
―――ここで、エレベーターのドアが閉まり、会話が終了したらしい。  
 私には、イマイチ彼が誰が好きって言うのがよくわからなかったけど…  
 彼女がそういうのならきっとそうなのだろう。  
 それにしても、この会話で私でも解ることがあった。  
 彼女は、すごく他人優先な性格だということ。  
 例え、それが自分ひとり損して、他の人が喜ぶ事なら、喜んでそれを実行する。  
 その後に何の見返りも無くても……  
 彼女は今までずっとそうしてきたのだろうか。  
 そして、それは、何て悲しいことなのだろう。  
「…………」  
 私は、背伸びをして、彼女の頭をなでた。  
「な、長門さん?」  
 彼女はいきなりの事ですこし驚いているようだ。  
「…自分の感情を押し込んじゃダメ。時には我慢しなくてはいけない時もある。  
 でも、今はその時じゃない。今、感情を押し込んでいると、きっと後で後悔する」  
「……長門さん」  
「今、あなたはどうしたい?」  
「…わたしは―――」  
 
―――といった流れになったと思う。  
 そして、そのまま彼女をこの部屋に泊めたんだっけ?  
 ……どうもその辺りがはっきりとしない。  
 まあ、どうでもいい事だろう。今は、取り合えず登校の準備をしなくては。  
「あ、朝ごはん。ここに置いてあるからね」  
「わかった」  
 久しぶりに食べる朝食。それをじっくりと味わって食べる…  
「そんなゆっくり食べてたら遅刻しちゃうわよ!ただでさえ少し時間ギリギリなのに」  
 …ことも出来なさそうだ。残念だけど、可能な限り急いで食べることに。  
もぐ…もぐ…  
 それでも、後から食べ始めた彼女の方が先に食べ終わってしまった。  
「それじゃあ、学校にいきましょ。忘れ物、ないわよね?」  
「…たぶん」  
「…何か心配だなぁ」  
 そう言いつつ、マンションを後に。結局時間はいつもとほぼ同じ時間だった。  
「結局この時間になるのね…」  
「…………」  
 朝から彼女は少し疲れたようだ。  
「えっと、ドタバタしてて言い忘れてたんだけど…」  
「なに?」  
 彼女が不意に立ち止まり、いきなり頭を下げた。  
「不束者ですが、ヨロシクおねがいします」  
 と。  
「………え?」  
 どうしてそんな事になっているのだろう。  
 昨日の夜に、一体何が起きたと言うんだろう。  
「って、変な言い方よね。今のって」  
 と笑いながら、彼女は自分の言葉で言い直した。  
 
「…………」  
 ああ。思い出した。  
 彼女は、昨日の夜。確かこう言ったんだった。  
『わたしは、あなたと一緒に暮らしたい』と。  
 その言葉にどう言う意味がこもっているのかはよく分からなかった。  
 けど、せっかくの彼女のわがまま。これ位ならいくら聞いても構わなかった。  
 彼女が私のことを気にかける位、私も彼女のことを気にかけているのだから。  
―――それはもう、彼のこと以上に。  
 長い坂を登り始めるその前に、私は彼女にこう言った。  
「こちらこそ、よろしく」  
 
                                
 

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