週末の大通りを堂々と歩く三毛猫がいる。
しっぽをピンと伸ばし、歩く姿は哲学者とか教授とかの偉い人のような風格だ。
しかし所々に引っ掻き傷などがある。
そう、この猫は仲間内では嫌われ者だった。
その偉そうな態度もあるが、雄なのに三毛という珍しい容姿も原因だった。
だが、その猫は孤独になれていた。むしろ自ら望んで孤独を選んだ。
彼は自由を愛し、誰かを思いやるなんて面倒で仕方なかったのだ。
しかし、そんな日々は突然終局を迎える。
いきなり抱きかかえられたかと思うと、そいつの顔はすぐ目の前にあった。
「うわ。三毛なのに雄か。珍しいな〜お前」
君、離したまえ。私は向かうところがあるのだ。
そう言って暴れたところで、そいつは猫を放さなかった。
「ケガしてるのか?よし、決めた。お前は俺の家に来い」
何処かへ連れ去られるとわかり、必死で藻掻き、顔を引っ掻いた。
そして孤独な闇の中へと走っていこうとした、が……
「くそ!まてよ、お前!」
よほどの変わり者なのか、そいつは後を追ってきた。
猫は逃げる。賢いこの猫は予感がしていた。
もし、もう一度捕まってしまったら、自分はその腕に収まってしまうだろうと。
それほどまでに、さっき抱えられた腕の中は温かかった。
だからこそ、必死で逃げたのだが……
「こら!もう逃げるなっての。ほら、行くぞ?」
難なく捕まってしまった。
そしてその猫は自分が予想したとおり、大人しく腕の中に収まったのだ。
それから猫はそいつと2度目の冬を過ごす。
猫は名をもらった。シャミセンと言った。
猫にシャミセンという不吉な名前をつけるあたりから、そいつが少々ずれた感覚の人物だとは判るだろう。
そいつは小説を書いていて、周りからはキョンとか呼ばれていた。
思っていたとおりキョンは変わり者で、近所の人もあまり寄りつかなかった。
何でも、しょっちゅう変な行動を起こしたりしているらしい。
猫は思った。「私と同じ種類の生き物」だと。
同種の生き物から変わり者扱いされ、煙たがられる。
だからこそ、一人と一匹は仲がよかった。
同じ傷を分かち合える仲間として、貧しかったが仲良く暮らしていた。
キョンはシャミセンを主人公にした小説を山ほど書いた。
しかし、どこの出版社でも没にされ続けた。
それでも彼は諦めず小説を書き続け、彼も側に寄り添い続けた。
が、ある日、あまりの貧しさにキョンは倒れてしまった。
ご飯を食べる金もなければ、医者に行く金もなかった。
それでも彼は、シャミセンのご飯だけは欠かさず買い与えた。
そしてある日、彼は手紙を書いてこう言った。
「シャミセン、頼みがある。最後の手紙を俺の妹に渡してくれ。たった一人の妹なんだ。」
そう言い残して、彼は事切れた。
君の小説は出版社には認められなかったが、私は大いに感動した。
私だけを書くことにこだわったばかりに、君は倒れてしまった。
ならば私は、君の最後の願いを聞き届けなくてはならないだろう。
雪の降る山道を、三毛猫は走る。
死んでしまった仲間との約束を、しっかりと口にくわえて。
しかし、それをよく思わない猫は多かった。
何よりも自由を愛していた三毛猫が、人の言うことを聞くなんて猫の恥さらしだ!
そう言って、他の猫たちは彼を非難した。
走り行く先に、引っ掻いてきたり、噛み付いてきたり。
それでも彼は諦めなかった。
ただひたすら走り続けた。
何とでも言うがいい。私は仲間を見つけたのだ。
約束を守らない猫なんて、それこそ猫の恥さらしだ。
この名もなかった私に、シャミセンという名をくれた。
優しさと温もりを、全て与えてくれた。
嫌われていた私にも、生きている意味というものを与えてくれたのだ。
それだけで、私は生きていける。と。
そしてようやく彼は、キョンの故郷にたどり着いた。
そこの猫たちも、彼を攻撃してきた。
人に心を売った、野良猫がいる。
噂が流れに流れ、ここまで広まったらしい。
でも、彼は諦めなかった。
もし手紙が引っかかれそうにでもなったら、しゃがんで自分の顔を引っ掻かせた。
左目はとっくに潰れてしまった。右耳は千切れてしまった。
それでも彼は諦めなかった。
走りに走り続け、ようやく彼の実家へとたどり着いた。
誰か、誰か開けてはくれないか?
にゃあにゃあ騒ぎ、カリカリとドアを引っ掻く。
すると後ろから……
「あれ?猫さん?……どうしたの、そのケガ」
中学生か、高校生ぐらいの女の子がちょうど帰宅してきたところだった。
シャミセンは、この子が彼の妹だと判った。
手紙を渡すと、グッタリと倒れ込む。
「ちょっと……大丈夫?ねぇっ?ねぇっ……?」
そんな声も遠くに聞こえる。
……私は、君との約束を……守れ…た……
そうして彼も、息を引き取った。
数日後、シャミセンはキョンの妹、そして数名のキョンの友人とともに埋められた。
彼女らはみな、声をそろえて言う。
あの猫は、シャミセンにそっくりだったと。
シャミセン、その猫はキョンが高校生の時に飼っていた猫の名だった。
キョンがどんな思いでその名をこの猫につけたのかは、誰も知らない。
(終わり)