憂鬱P193より  (※オチはありません。朝倉死にます。)  
 
「死になさい」  
朝倉の腕が左右から伸び、長門の体めがけて突出したところで体が咄嗟に動いた。  
さっきの攻撃は見えなかった。気が付いた時には長門の体に大量の槍が刺さっていた。  
だが今の攻撃は見えた。  
目から入った情報が脳を介すこと無く体へと伝わり、俺は全力で長門の体を跳ね飛ばしていた。  
 
まぁ、さっきの槍が体中を貫いても平然としてたあいつならこれぐらい食らってもどうってことは無かったのかも知れないな。  
けど体が動いてしまったものはもう仕方が無いし、朝倉の攻撃から長門を守る換わりに俺の脇腹を持っていかれるのなら  
それは平々凡々な人間が支払う代価としてはそれなりの好レートだったのかもしれない。普通じゃ相手にならないはずだ。  
とにかく俺は自分の脇腹と引き換えに長門の無事を得た。事実はそれだけだ。  
 
「あらあら、進んで殺されるとは殊勝な心がけね。  
まぁどっちにしろ殺すつもりだったから手間が省けて良いのだけど」  
コロコロ笑いながら委員長の朝倉が何か言っている。  
自分の脇腹を見る。ぽっかりとメロンサイズにくりぬかれており素人目にも絶望的だ。  
そう言えば朝倉の攻撃はもっと衝撃を受けるものだと思っていたが、案外貫通系だったんだな。  
などと考えていると、俺の真下で仰向けに転がっている長門と目が合った。大丈夫か?  
「………」  
長門は何も答えず、ただ自分の身何が起きたのか把握するために処理装置を総動員しているような目で俺を見た。  
「大丈夫そうだな」  
「………」  
安心した途端に脇腹が爆発的な熱量を持った。いてぇ、しぬほどいてぇ、って致命傷だからあってるのか。  
(ブツン)  
何かが切れる音がする。空気を振動させる物理的な音ではなく、心の中で聴こえる音。  
俺の命を保ってる何かが切れたんだろう。もう戻れない致命傷なんだろう。何をしても死ぬんだろう。  
そう理解した途端逆に余裕を持てた。  
大丈夫そうな長門の顔を網膜に焼きつけ、目を閉じて考える。  
 
まぁなんだ、そもそも長門と朝倉は統合ナントカの仲間であって、ハルヒがいなけりゃこんな所に来る事もなかったろうし  
俺がいなけりゃ仲間同士で殺し合いをするなんて事もなかったはずなんだから、こう言う幕切れもありなのかな。  
まかり間違っても俺の命を捧げて宇宙の進化の為に、なんて言うつもりは微塵もないが  
俺の命を守るために俺より随分小柄な女の子が血だらけになってる姿なんか見たくはないとか  
その程度の格好つけぐらいしてもバチは当たらないよな、などと悠長に考えていると  
 
「なっ!?」  
朝倉の声。  
目を開ける。眼前にいたはずの長門がいない。  
くたくたと手の力が抜け、支えきれなくなった自重が地球に引き寄せられるまま、教室の床に頬がぶつかる。痛みは無い。  
首と目だけを動かして朝倉がいた方向を見ると、朝倉は俺の腹をぶちぬいた腕を黒板に突き刺したまま、体が宙に浮いていた。  
「くっ!」  
一瞬で何が起きているのか把握した。そろそろこの空間のデタラメさにも慣れてきたってことかな。  
俺の真下からノーモーションで朝倉の位置まで移動した長門が左の細腕一本だけで朝倉を持ち上げている。  
その五指は朝倉の喉に食い込み、通常の人間相手だったらそろそろねじり切れるんじゃないかと言う食い込み方でホールドしている。  
背中を向けているので長門の表情は見えない。だがまぁ、多分怒っているのだろう。  
 
「………ゆるさない」  
長門の小さな、しかし明確すぎる怒りを含んだ声が聞こえてきた。  
「情報結合を、部分的に解除」  
言い終わると同時に朝倉のデタラメに伸びていた腕が消滅を始める。  
黒板に突き刺さっていた先端部分から消えて行き、あっという間に朝倉の腕が元の長さに戻る。  
 
「ぐぅッ!?がはッ!」  
 
朝倉の苦しそうな声が上がる。…苦しそうな声?  
そうだ、朝倉も長門も情報ナントカのインターフェースであって、あらゆる意味で人間ではない。  
体を槍で貫かれても死なないし、喉笛に五指が突き刺さっていても窒息死も失神もしない。  
ではなぜ朝倉は苦しそうな声を  
 
「とても優秀だった。けれど、この空間に入る前に勝負はついていた」  
そこで長門は一旦言葉を切り  
「……なのに……」  
その後で何を言ったのかは聞こえなかった。  
だが恐らく、長門があの数瞬後に勝利を得るのはいわゆる「規定事項」だったのに  
マヌケな俺がでしゃばったせいで大変なことになってしまったとかそう言う辺りは理解できた。  
ホント、やらなきゃ良かったと言う後悔よりやっときゃ良かったと言う後悔の方が大きいなんて嘘っぱちだな。  
別に長門をかばったことに後悔してるわけじゃないけど。  
 
「情報統合思念体とのリンクを切ったのは、情報統合思念体の仕事」  
淡々と長門は続ける  
「ここからは、わたしの仕事」  
 
また何が起きたのか分からなかった。  
長門が左腕一本で持ち上げていた朝倉の体ごと腕を振るったと思った次の瞬間には  
朝倉は机を盛大に跳ね飛ばしながら教室(だった部屋)の壁に激突した。  
「情報操作をした。あなたはもう"普通の"人間」  
長門はそう呟きながら壁際で血を吐いている朝倉に近寄る  
「ゆるさない」  
二度目の宣言を朝倉に言い放つと、長門は何を思ったか朝倉に馬乗りになり、その顔面に拳を振り下ろした。  
 
そこからは見るも無残な地獄絵図、狂気のショータイムだ。  
無表情に朝倉の顔面を殴り続ける長門と、一撃を食らうたびに何かが折れる音や白い歯を飛ばしながら  
なすすべなく、いやもう動かしたくても体を動かせないのかもしれないが、殴られるままにされている朝倉。  
あまり日常的には聴きたくない肉と肉がぶつかる音に混じって長門が呟く声が聞こえる  
「……16……17……」  
なんだか知らんが朝倉にお見舞いするパンチをカウントしているようだ。  
カウントしていると言う事は一定数になるまで殴り続けるのだろうけど、その数がいくつなのかを尋ねる勇気は俺には無かった。  
平気で42とか答えそうだしな。  
 
暫くしてから長門が殴るのをやめた。朝倉はもう動いていない。死んだか。  
どちらにせよこの空間であの委員長に切りつけられた瞬間から、俺か長門か朝倉かの誰かが死ななければ終わらない  
ルールが敷かれていたようなので、その3つの選択肢で最適解はといえばこれしかないんだろう。  
などとぼんやり考えていたら、おもむろに長門が右手を朝倉の顔に近づけ、そのままアイアンクローかける。  
「ゆるさない」  
三度目だぜ長門。そう言えばこいつは何を許す許さないで怒っているんだろうか。  
 
長門は俺には聴こえない早口で何かを呟く。  
途端、さっきまでは微動だにしなかった朝倉の体がAEDをかけでもしたような勢いで跳ね上がる。  
みるみる内に朝倉の傷が治って行き、呼吸をはじめ、目が開かれる。  
 
「ひぐっ!?」  
そりゃそうだ。殴り殺されたはずが生き返って、ついさっき自分を殴り殺した奴がやっぱりまだ目の前にいるんだからな。  
この辺りでさっき長門が朝倉にした事がなんだったのかが分かった。  
朝倉の情報結合とやらを解除して、文字通り普通の人間と同じ機能に改変したとかその辺りだろう。  
つまり痛覚を与え、痛覚を得た朝倉は本人が言うところの「有機生命体の死の概念」とその恐怖を体感させてやった、と。  
殴り殺されるってどんな感覚なのかは生まれつき有機生命体の俺にだって分からんが。  
 
長門は言う  
「わたしの気が済むまで殺し続ける。100回でも10000回でも」  
えらいバイオレンスな女がそこにいた。  
忘れていたけど俺は死の淵なんだぜ長門よ。  
これから死につつある俺の前で100回も10000回も朝倉を殺し続けるなんて全然笑えない。  
つうかそこまでする必然があるのか。それこそ朝倉の腕を消した時みたいにやればスマートに終わるんじゃないのか  
って、気が済む?  
なんの事だろう。  
 
そこでようやく長門は俺を見た。  
俺と同じく俺が瀕死だと言う事を、気が済むと言う単語を口にした事で思い出したようだ。  
「………」  
長門に修復され、姿だけを見れば教室に入ってすぐ対峙した時のままだが、  
涙を流しながらガタガタ震えているる朝倉の上から俺の方へ移動してきて、何も言わずに脇腹だった部分を観察する。  
その目には困惑と怒り、そして、………喜び?  
「あなたの体を修復するのは簡単。傷跡一つ残さず治す事は可能」  
じゃあ早急にやって頂きたいね。元はと言えばマヌケな俺の自業自得の傷だけども。  
しかし長門は躊躇った風に  
「深い情報操作はあなたの中に我々の一部を植えつける事になる」  
あぁそういう事か。それぐらい死ぬ事と比べりゃなんてことはないさ。  
受け入れるからチャッチャとやってくれ。  
 
「……後遺症が発現する可能性は極めて低いけれど………24時間体制で、監視が、必要」  
長門が考えながら喋るようにゴニョゴニョと何か言っている。  
わかった、わかったから監視だろうが観察だろうが同棲だろうがなんだって良いから早くなんとかしてくれ。  
重ね重ね言うけれど俺は瀕死なんだ。  
 
コクリと頷くと長門は、別に俺が期待したようなイヤラシ展開になることもなく、  
ただ脇腹だった部分に手をかざし早口で何かを呟くと、  
空気中から光の粒子が集まってきて俺の脇腹を塞いでくれた。空気から作った脇腹か……  
 
「………」  
また無言で長門は立ち上がると相変わらず震えている朝倉の方へ向けてゆっくりと歩き出した。  
まずい、またスプラッタ映画もビックリな撲殺ショーが始まろうと言うのか。あんまり見たくないぞ。  
「長門、もういいだろ。そいつはお前達の親玉と縁が切れて普通の人間になったんだろ。  
 俺もこうして助かったんだし、これ以上どうこうする要素はないじゃないか」  
あとあれだ、何をそんなに怒っていたんだ、と聞こうとするのを先読みしたかのように長門は呟いた  
 
 
「わたしの………わたしの、あなたを傷つけた。ゆるさない」  
 
 
それから長門は時間潮流の狂った閉鎖教室の中で朝倉を殺し続け、  
俺は時間も長門も狂っている中で延々朝倉が殴られる姿を見続けていた。  
 
なるほど、あの音は長門がキレた音だったのか。  
 

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