その日の夕方、俺は何をするわけでもなく自転車で散歩に出かけた。  
何故散歩に出たかなんて聞くな。俺だって何となく動き回りたくなることがあるんだ。  
今日みたいに、パトロールが中止になった日とかは特にな。  
秋の風が冷たく、少し肌寒い。  
とりあえず行く当てもなく、ふらふらとチャリを漕ぐ。  
そうすると何故か知らないが、駅前とかSOS団関係のところに行ってしまうのは、  
俺が文句を言いつつもあのパトロールをそれなりに楽しみにしてしまっているという現れだろうか?  
そしてその日は、ホントに何となくだったのだが俺のチャリはあの公園へと向かっていた。  
長門と待ち合わせする機会の多い、あの公園だ。  
中に入り、チャリを押してベンチの横をすり抜けていく。  
そして遊具スペースに入ったとき、俺はその音を聞いた。  
キィキィと鎖の軋む音。  
そんな音が出る遊具は、ここでは一つしかない。  
ブランコ。  
そっちの方に目をやると、そこにいたのは驚いたことに長門だった。  
しかも、私服で。  
俺は端にチャリを止め、ブランコへと歩み寄る。  
「よぉ、長門。奇遇だな」  
俺が声をかけると、長門が顔を上げた。  
いつもの無表情に、少し驚きが混じっている。  
しかしその無表情の中に、悲しみも含まれていたような気がしたのは、俺の気のせいだろうか。  
 
「隣、いいか?」  
俺は聞く。返ってくる首肯。  
隣のブランコに腰掛ける。  
ブランコなんて、小学生以来だな。  
少し感慨にふけりそうになった。  
キィキィという音が二つになる。  
一つは長門、もう一つは俺。  
長門を見る。私服の長門なんて、あまり見れるものではない。  
雪のように白いブラウス、空のように青いスカート。  
それはあまりに長門に似合っていて、思わず見とれてしまった。  
「そういえば、そんな服持ってたのか?」  
「今日、涼宮ハルヒに選んでもらった。他にも3つほど」  
そうか、それだから今日はパトロールが中止になったんだな。  
返ってくる首肯。それから先は無言。  
耳にはいるのは鎖の軋む音と、木々のざわめき、そしてカラスが鳴く声だけ。  
俺たち以外には誰もいない、静かな夕方だった。  
それに気がつき、少しばかり寂しさを覚える。  
隣の長門がいなかったら、もの悲しい気持ちになってたかもしれない。  
そこまで考えて気がつく、俺が来てなかったら長門はどうだったんだろう?  
赤い夕焼け空。照らされる長門の表情。  
やっぱり、悲しそうに見えた。  
……そういえば、こいつには家族もいないんだよな。  
つい数年前までは、たった一人で、ずっと家の中で待機だったんだよな。  
「なあ、長門」  
「なに?」  
「お前は、一人でいるときに、寂しいって思ったことはないのか?」  
暫くの沈黙があって、長門はこう答えた。  
「……わたしは一人で平気」  
少し目を伏せ、俯いたままポツリと言う。  
……嘘だ。  
ずっと長門を見てた俺は判る。そんな嘘は一瞬で見破れるさ。  
 
「長門」  
「なに?」  
「そんな嘘はやめてくれ」  
「嘘?」  
「そうだ。そんな悲しそうな顔して、何が平気だ」  
「……」  
「お前、この夕焼けをいつも一人で見てたのか?」  
首肯。  
「……そうか」  
またしても沈黙。  
「なあ」  
「なに?」  
「俺、また来てもいいか?」  
「……?」  
「またここに来て、一緒に夕焼けを見てもいいか?」  
少しばかり驚いたような顔。  
でも、すぐさま長門は頷いた。  
……やっぱり、ホントはとても寂しいんじゃないのか?  
「寂しくなんて、ない」  
嘘付け。  
俺はブランコから降りて、長門の前に立つ。  
小柄な長門だが、今日ほど長門が小さく見えた日はなかった。  
「なら、何でそんな悲しい顔するんだよ」  
「……」  
また無言。  
その姿を見ているうちに、俺は堪えきれない感情が湧くのを感じた。  
心の奥が締め付けられるような悲しさと、長門に対する愛しさと、今まで長門の心に気づけなかった悔しさと。  
気がついたら、俺は長門を抱きしめていた。  
大人しく、されるがままの長門。  
「……お前は、ただ少し不器用なだけなんだよな?」  
俺の問いに、判らないというような顔をする。  
……そうだよ、お前は少し不器用なだけなんだ。  
感情の表し方が、人より下手なだけなんだよ、長門。  
前にも言ったが、感情は決してバグなんかじゃない。  
だから、排除しなくていいんだ。表現していいんだよ。  
俺がそっと、お前の心の鍵を外してやるからさ。  
嬉しいときには、手を叩いて笑えよ。  
悲しいときには、大声出して泣けよ。  
寂しいときには、俺を呼んでくれよ。  
いつだって駆けつけてやる。俺は絶対駆けつけてやる。  
だから怖がらなくていい、素直に表現してみせろ。  
そんな寂しくて寒いところなんて、独りぼっちで居ないでくれ。  
なぁ……長門……?  
 
その時、そっと裾を握られる感触。  
あの世界の長門と同じように、ホントに小さな力だった。  
そうだ。俺がいつか連れてってやるよ。暖かい日溜まりの下にでも。  
その頃にはお前も自然に笑えるようになっててさ。  
それで、よく日の当たる橋の上ででも、写真を撮ろう。  
そのブラウスと、スカートを着てさ。  
そんな日が、いつか来ればいい。  
青い空の下で、一緒に笑おう。  
いつか、きっと。  
首肯が返ってくる。その顔に、もう悲しみなど残されてなかった。  
夕日が地平線に消えていく。そろそろ帰らねば。  
「じゃあな、長門。また明日にでも」  
俺は自転車にまたがる。  
「また明日」  
長門から返事が返ってくる。  
チャリを漕ごうとして、一つ言い忘れてたことを思い出す。  
「長門!」  
マンションへと歩き出す背中に、大きな声を出した。  
振り向く長門。  
「そのブラウスとスカート、似合ってるぞ!」  
遠くからで判らなかったが、長門が少しだけ笑ったような気がした。  
花壇に咲いたコスモスが、風に吹かれて揺れていた。  
 
 
(終わり)  
 

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