改めて思い返すと、まあ色々な事があったものだと思う。  
俺達SOS団はある大きな区切りを迎えた。  
朝比奈さんは一足先に卒業したが、その後もちょくちょく一緒に行動していた。  
そして、俺達もつい先日卒業式を終えた。  
長門、古泉、朝比奈さんは卒業式が終わるとどこかへ行ってしまった。  
なんでも、それぞれの親玉から出頭の命令が出たんだとか。  
『また会えますよ』  
と、結局最後まであのニヤケ面を貫いた古泉の言葉が妙に頭に残っている。  
この街に残ったのは俺とハルヒだけであり……そのハルヒも今日、旅立つ。  
ハルヒの『最後くらい見送りなさい』という一言によって、俺はハルヒを駅まで送ることになった。  
もっとも、俺も言われずとも見送りに行くつもりだったのだが。  
まだ朝も明けない暗いうちから、ハルヒを乗せた自転車を漕ぐ。  
三年間使い続けたこの自転車も、大分錆び付いたりして時々苦しそうに悲鳴を上げる。  
必死にペダルを漕ぐ俺の背中に寄りかかるハルヒ。  
もう春も近いとはいえ気温はまだ低く、明け方ともなると凍えそうになる。  
けれども、背中から伝わるハルヒの体温は、不思議と俺の体を温めてくれた。  
「もうちょっと飛ばしなさいよ」  
楽しそうに無茶を言うな。  
ただでさえ坂道なんだ、これ以上スピード上げようものなら俺が死ぬ。  
朝方の街はやたらと静かで、人がいない。  
まだ薄暗いこともあって、いつだかにハルヒと二人で放り込まれたあの空間を思い出す。  
「なんか、思い出したわ。あの変な夢」  
同じ事を考えていたか。  
といっても、コイツは最後まで夢と思ってくれているようだが。  
流石にあの時のアレは……まぁ、忘れたい。  
一度思い出してしまった記憶をどう封印しようかと考えていると、  
「キョン!見て、あれ!!」  
顔の横から伸びてきたハルヒの指がさす方へと、視線を向ける。  
朝焼け、だった。  
薄暗い世界に金色の光が差し込んで、全てを染め上げてゆく。  
言葉もなかったね。  
ハルヒも、珍しく黙り込んでその光景に見入っていた。  
不意に、俺の首にハルヒの両腕が回された。  
何も言わずに、ギュッ、と心地よい強さの力が入る。  
なんとなく、ハルヒは笑っているんだろうな、と考えた。  
どうして笑えるんだか、俺には理解できそうにない。  
何故なら俺はきっとその時、泣きそうな顔をしていたんだろうから。  
 
駅に着くと、一足先にハルヒは構内へと向かった。  
俺は駐輪場に自転車を置いて、ハルヒの後を追う。  
ハルヒは、券売機の横で俺を待っていた。  
先に買っておけと言ったんだがな。  
「別にあたしの勝手でしょ。まだ時間あるし」  
そう言って、券売機に小銭と札を一枚放り込むハルヒ。  
一番端の一番高い切符のボタンをハルヒは押した。  
俺が買うのは、一番安い入場券。  
その差が、俺とハルヒの距離を表しているようでなんだか少し気に入らなかった。  
「キョン!ちょっと!」  
改札を通る時に、不意にハルヒに呼び止められた。  
見れば、ハルヒが鞄の紐を引っ掛けて足止めを食らっていた。  
一昨日に買ったと言う鞄の紐。  
これを外さなければハルヒはこの街から、などと一瞬考えてしまった。  
じっと見つめてくるハルヒとは目をあわさずに、ただ一つ頷いて鞄の紐を外した。  
改札に引っかかるその紐が、妙に頑なだったのは俺の気のせいだろうか。  
 
しばらく言葉少なに雑談していると、ハルヒの乗る電車がやってきた。  
そして開く電車のドア。  
ここから先は、俺は、行けない。  
俺達の最後を告げるように、電車のベルが鳴り響く。  
何万歩費やしても追いつけないような一歩を踏み出して、ハルヒが電車へと乗り込んだ。  
―――乗り込んで、振り返り右手を差し出す。  
思えば、コイツと握手したことはなかったな。  
右手をハルヒの右手に重ね、しっかりと握り合った。  
「約束よ。必ず、また会いましょ」  
俺は、答えなかった。  
答える代わりに、頷くように俯いた。  
ベルが鳴り終わると同時に手を離し、俺は数歩下がった。  
ハルヒの姿は見えない。  
そして、電車が走り出した。  
なあ、ハルヒ。  
間違いじゃないよな。  
あの時、おまえは―――  
 
 
それに気づくが早いか、俺はホームを駆け出していた。  
今まで生きた中で、一番速く走ったと思う。  
駐輪場に駆け込み、自転車に跨って全力で漕ぎ出す。  
まだ間に合う。  
錆び付いた車輪とチェーンが悲鳴を上げる。  
頼む、切れてくれるなよ。  
ハルヒと登った坂を、全力で漕ぎながら下る。  
風よりも早く自転車を飛ばしながら、必死に電車と並んで走る。  
普段ならできるはずもないと笑い飛ばすようなことなのに。  
だけど、今だけはハルヒに追いつけと精一杯自転車を飛ばす。  
それでも、ゆっくりと俺は離されていく。  
なあハルヒ、おまえ泣いてたんだよな。  
あの時、閉まったドアの向こうで。  
顔なんざ見なくてもわかってたさ。  
おまえとの付き合いも結構長い間続いてたんだ。  
だからな、ハルヒ。  
俺はおまえとの付き合いをこれっきりになんてしないぞ。  
約束だ、ハルヒ。  
いつかまた、会おうぜ。  
その時は、SOS団全員集合だ。  
またあの時と同じ握手をしよう。  
今は……こうして手を振るくらいしかできないけどな。  
 
帰り道に見た街は、早くも賑わいだしていた。  
ほんのついさっきまではあんなに静かだったのにな。  
おまえがいないと、なんだかんだでまた退屈なんだろう。  
ああ、また思い出しちまったよ。  
おまえと二人で放り込まれたあの空間を。  
家までの道を、一人で自転車を漕ぐ。  
 
その途中で―――俺はハルヒの背中の温もりを、微かに感じたような気がした。  
 

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