「星の海とチョコレートケーキ」  
 
星空の中、私はゆっくりと降りてゆく。  
私は観測者。  
見守り、記録し報告する。  
それが私の役目。  
 
 
私は思い出す。あの甘やかな日々を。  
 
いつものように私たちは喫茶店でくじを引いた。  
「じゃ、今日はこの組み合わせね。しっかり探すのよ!」  
「なにをだ」  
いつものやりとり。彼の言葉に涼宮ハルヒが反論する。  
古泉一樹はいつもの笑顔で、朝比奈みくるはおろおろと、これもいつものように二人をみている。  
平穏で柔らかな時間。私はこの時間がとても好きだった。  
 
「じゃ、あたしたちはこっちに行くから。有希、キョン遊んでないでよ!」  
涼宮ハルヒは私たち二人を残して歩き去った。  
「さて、どうしようか」  
「……」  
私は無言で彼を見上げる。  
「……久しぶりに図書館にでも行くか?」  
私はうなずいて肯定を伝える。  
無言のまま二人は図書館への道をたどる。  
しかしその沈黙は初めての時のようなぎこちないものではなく信頼の上での無言。  
彼は視線をあちこちに流しているが、私との距離は常に一定。  
彼は私の歩く速度と二人の距離を無意識に合わせている。それは私も同じ。  
図書館に入るとこれもいつものごとく、私は書架の間に消え、彼は適当な本を選んでソファーに座る。  
彼が今日選んだ本は少女漫画のようだ。『あおいちゃんパニック!』のタイトルが読める。  
私は文庫の書架に向かう。  
水色の背表紙を一通り眺めた後、日本のSF小説を一冊手に取る。  
『仮装巡洋艦バシリスク』  
銀河中心に向かって伸びる情報を伝達する空間流という設定が面白い。  
しばらく本を読んでいると彼がやってきた。もう戻る時間だった。  
少し残念。彼と共にこの場所にいる幸福感。私は文庫をカウンターで借りる。  
集合場所が見えてきた。涼宮ハルヒが手を振っている。  
彼が苦笑いでそれをみていた。  
いつもの見慣れた、それでいてかけがえのない光景。  
 
──定時報告終了。  
私は観測データをいつものように送る。返答はない。  
彼らがこのデータをどうに見ているのか私には解らない  
私はまたあの優しい世界に戻ってゆく。  
 
 
電子レンジが電子音を響かせる。チョコレートの甘い香りが室内に漂う。  
「みくるちゃん、それ泡立て器で良く混ぜておいて」  
「できた」  
「あら、有希メレンゲもう出来たの?早いわね。じゃ、小麦粉ふるっておいて」  
「わかった」  
「うまく混ざらないです……」  
「これが滑らかじゃないとぼそぼその食感になっちゃうわよ。丁寧に混ぜてね」  
「はぁい」  
ここは私の部屋のキッチン。バレンタインデーの準備中。  
涼宮ハルヒが指揮を執って一人で二つずつのチョコケーキを作っている。  
渡す相手は古泉一樹と……彼。  
無事ケーキは焼き上がり、仕上げにチョコをコーティングする。  
「じゃ出来上がったらメッセージを書きましょ」  
「なんて書こうかしら……」  
悩む朝比奈みくるに涼宮ハルヒはこう告げた。  
「みくるちゃんは『義理』って書きなさい!あいつらに変な期待を持たせちゃだめよ!……古泉君なら、まあ、いいけど」  
「えーそれじゃ、あんまり」  
「いいのっ!」  
私も完成したケーキを見つめてなんと書こうか思案する。  
「有希は『寄贈』でいいわよ。私は、そうねえ『チョコレート』にするわ!」  
一方的に告げてホワイトチョコで文字を書き始める。  
私も『寄贈』の文字を書く。なんだかとても自分らしいような気もした。  
ケースに入れ、リボンをかけて完成。  
「じゃ明日午前中に集合ね!間違っても気づかれちゃだめよ!」  
二人を玄関まで見送る。すでに時間はかなり遅い。  
「じゃみくるちゃんを送っていくわ。有希、明日ね!」  
涼宮ハルヒのそれは楽しそうな笑顔。私も少し気分が高揚している。  
彼に内緒のサプライズ。  
「楽しかったですね」  
朝比奈みくるが帰り際に私に向かってほほえむ。  
私はわずかに首肯同意を伝える。  
楽しかった。とても。  
二人が手を振ってエレベーターに消えるのを見送る。  
……楽しかった。とても。こんな日がいつまでも続きますように。  
 
核融合パルス推進システムをもつ無人恒星系探査船ダイダロス−Xはシリウス恒星系に向かって宇宙空間を飛翔する。  
ダイダロス−Xは本格化した外宇宙探査の先駆けともなる無人探査機群だった。シリウスをフライ・バイし、恒星系全体を観測する。  
シリウスにもっとも接近するにはまだ十年以上ある。それでも刻々とシリウスに接近するダイダロスのデータは地球での観測を遙かに上回る精度の情報が含まれていた。  
ダイダロスシリーズは計七機が外宇宙に向かって放たれた。そのうちのダイダロス−Xはシリウスの恒星系を観測する。  
この明るく輝く二重連星の観測は他の恒星系に比べても重視され、観測機器の制御に高性能なAIが搭載された。  
「NAGATO」と名付けられたこのAIはそれまでのものと桁外れの能力を誇った。  
 
小惑星帯にうかぶ航空宇宙軍外惑星艦隊基地「センチュリーステーション」  
外惑星探査局の受信ステーションがダイダロス−Xの定時連絡を受信する。  
「受信完了。……主任、例のコードまた入ってますよ」  
「ほかのデーターに異常は?」  
「ありません。完全です」  
「それならいい。ファイルを送っておいてくれ」  
「解りました。でもこれなんですかね」  
「『NAGATO』シリーズはブラックボックスが多くてな。性能は今までの実績から折り紙付きなんだが、もう制作元にも初期製作時の詳しいデーターは残ってないそうだ」  
「そんなに古いんですか」  
「大本からはな。もちろん最新のアーキテクトに合わせてバージョンアップはしているが、コアの部分は全くオリジナルという話だ」  
「何かモデルがあると聞きましたが」  
「俺も詳しくは知らないが二十一世紀初頭の女性の思考パターンがモデルとか聞いたことがある」  
「へえ、人の」  
「ああ。実在した女性の記憶まで含めた人格を再現する実験が行われてそのときに造られたたプログラムが元だという。俺は信じていないが」  
「何故です?」  
「あの頃の脳モデルでは人格の再現は出来なかったはずだし、コンピュータの性能もそこまでは行ってないはずだ」  
「でももしその話が本当だとするとこのコードに何か意味があるんですかね?」  
「解らんな」  
観測員はデーターのハードコピーをめくる。最後のページ。  
報告終了のメッセージの後、数字とアルファベットが無秩序に並ぶ。  
しかしその文字を日本語の文字コードに当てはめると短い単語になる。  
そのことに気づいたものはいなかった。  
 
──観測データ第29470号。  
──報告終了。  
YUKI.N>また図書館に  
 
 
図書館で借りた本を抱えた私の手を引いて彼は駅前に向かう。  
彼は少し焦って早足で歩く。  
私は彼の背中を見つめる。  
──君。  
 
私は漆黒の宇宙空間をシリウスに向かって飛ぶ。  
──また図書館に。  
彼のことを思い出すだけで私は幸福に包まれる。  
またあえるだろうか。  
 
 

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