昼休みにちょっとした気まぐれで弁当持って部室に足を運んだ。
放課後になれば嫌でも足を運ばなくちゃならんのに、なんでわざわざ昼休みにというと――
なあに、たまには長門の読書姿でも眺めながら弁当を食べるのもいいかと思ってのことだ。
ところで、あいつはきちんと昼飯を食っているのだろうか?
弁当ってガラじゃないしな、学食か?
俺は長門がお盆を持って順番待ちの列に並んでいる光景を想像してみた。
無表情に順番を待つ長門。無表情にどんぶりを受け取る長門。無表情にラーメンをすする長門。
きっとあいつのことだ、クラスの女子に一緒に食べようと誘われても、「いい」とか言って独りで食べているに違いない。
さ、寂しいぞ長門!
そんなことを考えているうちに部室の前までやってきた。
まあ、あいつのことだ。昼食取る暇も惜しんで読書に励んでることだろうよ。
朝比奈さんがいるとも思えず、俺はノックもせずに部室のドアを開けた。
長門がいることを予想して声を掛ける。
「よっ、長……」
そして俺は硬直した。
「な、長門……?」
そこには長門がいた。ただし、読書はしていない。
何故か部屋の真ん中で突っ立っていた。
それもメイド服で!
振り向く長門。相変わらず無表情な顔で、目の前の信じられぬ光景に思考停止状態で硬直する俺を見つめた。
「何?」
何って……長門、お前こそ何をしている?
「メイド」
見りゃわかる。
「ぶかぶか」
そう言って長門は胸部の余った布をつまんで引っ張ってみせた。
「そりゃまあ、朝比奈さん専用のだしな」
「……そう」
それっきり黙り込む長門。
だが俺は、その無表情な顔に微少ながらも蔭りが現れたのを見逃さなかった。
だからどうしたと聞かれても困るが。
「…………」
「…………」
お互いに無言のまま見つめ合う。
いったい、どれくらいそうしていただろうか?
十分? 十五分?
やがて長門は、ゆっくりとした動作でポケットから何かを取り出して顔の前まで持ってきた。
眼鏡だった。
「眼鏡、オン」
「…………」
「萌え?」
「まあ、な」
メイドで眼鏡っ娘だ。いくら眼鏡属性のない俺でもこれに萌えないはずがない。
ああそうさ、言ってやる。
長門かわいいよ長門っ!
このままポケットに詰め込んで連れ去ってしまいたいくらいだ!
しないけど。
予鈴が鳴った。
どうやらあまりの出来事に時間が経つのも忘れていたらしい。
俺は肩の力を抜いて、ふぅと溜息をついた。
「じゃあ、俺は教室戻るよ」
「そう」
眼鏡っ娘のメイド宇宙人を残し、俺は部室を後にした。
半ば夢見心地で教室に戻る。
ああ、弁当食べるのを忘れていた。
そのあとの俺は、ほとんどうわの空で授業を聞いていた。
ハルヒの戯言も右から左へと流れていく。
あれはいったい何だったのだろうか?
メイド服を着て眼鏡を掛けた長門の姿が目に焼きついて離れない。
まるで白昼に見る夢のような時間だった。
いや、本当に夢だったんじゃないか?
それとも、また誰かが世界を改変したのか?
わからない。考えれば考えるほど、俺の頭はどうにかなりそうだった。
だが、これだけはハッキリと言える。
長門かわいいよ長門。
放課後、俺は再び部室に足を運んだ。
ドアの前に立ち、ドキドキしながらノックをする。
「はぁ〜い、どうぞぉ」
返ってきたのは朝比奈さんの声だった。
俺はどこかホッとしつつドアを開けた。
「あ、キョンくん♪」
ご機嫌の朝比奈さんがいた。
昼休みに長門が着ていたメイド服を着ている。
もちろん、胸の部分は余ることを知らない。
そして長門は……
いつもの場所で、いつものセーラー服姿で、いつものごとく分厚い本を読んでいた。
眼鏡はしていない。
長門は一度だけ微かに顔を上げて俺を見ると、すぐにまた視線を落とした。
俺はパイプ椅子に座り、朝比奈さんが淹れてくれた玄米茶を啜りながら、まるで昼休みのことなどなかったかのように
黙々と読書に耽る長門を眺めた。
昼休み、俺が部室に行ったのはたまたまだったが、長門は毎日来ているのだろう。
きっと本を読みながらも、ハンガーに掛かったメイド服が気になっていたに違いない。
そして今日、メイド服を手に取り、着てみたのだ。
そんなに着たかったのならハルヒに言えばすむことだが、こいつのことだ。
誰にも知られず、ひとりでこっそりと試着してみたかったのだろう。
成長もせず、三年以上前から同じ姿でいる宇宙人製の有機アンドロイド。
無感情に見えるだけで、やはりこいつにもあるのだろうか。
もうちょっとオッパイがあればなぁ、と思うことが。
そして俺は思う。
オッパイがなくても長門かわいいよ長門、と。
はじめてだから・・・