僕はその日、世界を知った。
灰色の空間、青い巨人、赤い光の粒。
その空間が何なのか。
何故作られたのか。
誰によって作られたのか。
あの巨人の正体。
赤い光の粒の役割。
気がついたら僕はそれら全てを知っていた。
そして、世界を維持するための『機関』があること。
そこが僕の居場所だということを、僕の前に現れた美女に教わった。
赤い光の中から現れた彼女はまるで、天使のようだった。
涼宮ハルヒと世界と自身についての知識を得、『機関』の一員となった日から数ヶ月たった。
様々な訓練を受けて、最初は見るだけでも怖かった≪神人≫との戦闘にも参加するように
なってきた頃、僕はあの女性に呼ばれた。
指定されたのはシティホテルの一部屋。ドアを開けると、窓際に置かれた椅子に座って紅茶を
飲んでいる彼女が目に入った。歳は僕よりいくつか上だろう。でも5つも6つも離れているとは
思えない。白いブラウスに黒いタイトスカートというシンプルな格好が似合っていた。
「時間通りね、いいことよ。座りなさい」
彼女は、小さなテーブルを挟んだ向かいの椅子を示した。
僕が座ると紅茶を注いでくれた。
「何をするんでしょう?」
僕は紅茶には手をつけずに訊ねた。特別研修を行う、と聞かされていた。
彼女はティーカップを置くと、ふっと息を漏らし、こう言った。
「これから一週間、この部屋で私とセックスしてもらいます。性的交渉の研修です」
セックス。言葉の意味は知っている。何をすることかも分かっている……と思う。
でも、自分がするところを想像したこともなかった。実は、そういった行為に若干の
嫌悪感を持っている。
だって僕はまだ中学一年生、13歳だ。
僕が?この人と?何で?
激しく動揺しながら、僕は彼女から目を逸らせなかった。
ひざが震える。
照明が落ちたのにも気付かない。
彼女はゆっくり立ち上がり、衣擦れの音を立てて服を脱いだ。
下着はつけていなかった。
彼女の裸身を見たとたん、震えが体中に広がり、
僕は果てた。
「はあっ?はぁ、あっあぁっ」
「くっ、うぅっ」
「あぁっ、あっ、あっ!ああぁあぁぁぁっ!!」
「くっ、うぁっ!!?っ、はぁ、はぁ、はぁ」
仰向けの彼女の横に倒れこむ。この部屋に来て七日目の夜、もう何回やったのかわからない。
僕のテクニックはちゃんと向上しているようだ。もう一方的にイかされることはない。
彼女がイクのにも合わせられるようになった。
暗い部屋に彼女の白い肌が浮かび上がる。大きく張りのある胸。出るところは出て、
締まるところは締まった、理想的な身体。荒い息を吐く唇、上気した横顔がとてつもなく色っぽい。
その横顔を眺めていたら、自然と言葉が漏れた。
「今日はどこに行ってきたんですか?」
今朝までこの丸六日間、僕らはこの部屋からほとんど出ずに、昼夜問わず行為に及んでいた。
それが今朝起きたら、彼女は最初この部屋で会ったときの格好で紅茶を飲んでいた。一瞬、
研修が早めに切り上げられたのかと思った。不安を感じながら、それを声には出さないように
どうしたのか尋ねると、
「ちょっと呼び出されたから行ってきます。安心して、閉鎖空間ではないわ。
この部屋から出ないで。夜には帰ります」
そう言って、紅茶を残し行ってしまった。確かに閉鎖空間の気配はない。というかこの一週間、
閉鎖空間は現れていない。
することのない僕はテレビを見ながら日中をだらだら過ごした。日が沈み始めた頃、
彼女は帰ってきた。安堵の吐息を漏らし出迎えると、いきなりキスをされて押し倒された。
そして今に至る。
彼女は息を整えると、脱ぎ散らかした服の中から一枚の紙切れを取り出し、僕に渡した。
「あなたの任務よ。明日そこを訪ねて、その人に会いなさい」
その紙切れには、ここからそう遠くないホテルの名と部屋番号、大物の女政治家の名前が書いてあった。
僕は無感動にそれを読んだ。
「今夜が最後なんですね」
この特別研修の意味はちゃんと把握していた。彼女に説明もされたし、
『機関』の運営に必要なことだと理解している。
でも、一週間前は自分がこんな任務に就くとは思ってもいなかった。
「この研修が終わるのが残念?」
彼女は口の端に笑みを含んで言い、小さい声で付け足した。
「恨むなら、自分の容姿を呪いなさい」
その、どこか自嘲の響きを持った言葉を聞き、僕はある事実に思い当たった。
いや、実際は最初から気付いていた。少し考えれば分かることだ。今も、
僕といる今もその任務中だ。そして今日突然呼び出された理由おそらく同じだろう。
彼女は僕だ。女性版の僕だ。違う。彼女の、男の子版が僕なのだ。
何故この事実から目を逸らしていたのだろう。
彼女は今まで、何人の男を相手にしてきたのだろう。今日も。
世界を救うため、その名の下の任務、でも一体どんな気持ちで。
汚らわしいとは思わない。むしろ、尊ささえ感じる。
でも、今日帰ってきた彼女は明らかに雰囲気が違った。
僕は泣きそうな顔をしていたのかもしれない。
「……あなたは、」
女は僕の口に人差し指を当てた。僕がやっと事実を理解したことに気付いたようだ。
「その先は言わないで。私はこの任務にも《神人》狩と同じように誇りを感じているわ。
そんなに頻繁にあるわけじゃないし」
それに、と言いながら彼女は僕の両頬を手で挟んだ。
「今回の、あなたとの研修は楽しかった」
それを聞いた僕はたまらなくなり、彼女に抱きついた。抱き締めることは出来ない、幼い僕。
そんな僕を、彼女は優しく抱き返してくれた。
どちらともなくキスをする。最初は軽くついばむように、徐々に深く、深く。
「これが最後かもね」
キスの途中に彼女が言った。
「最後なんて言わないでください」
僕はとっさに、でも優しく彼女の耳元でささやく。
「いつか、世界が安定して、僕があなたを守れるような男になったら迎えに行きます」
それは、子供の、何の根拠もない無謀な望み。でも覚悟はあった。
「期待して待ってるわ」
彼女はそう言ってキスしてきた。彼女の目に涙が光っていた気がしたが、
僕もキスするために目を閉じたので確認できなかった。
もう、言葉は要らなかった。
僕らはこの一週間で一番、愛し合った。
窓から入る朝日で目覚める。僕の腕の中で眠る彼女を見ると、自然と笑みがこぼれる。
彼女の髪を梳く。なんて滑らかなんだろう。
彼女を起さないようにベットから出る。シャワーを浴びて、彼女が用意してくれたスーツに腕を通す。
採寸はぴったりだ。
まだ寝ている彼女に布団を掛けなおし、額にキスをする。
「行ってきます」
耳元にささやいて、任務に向かった。
自分の任務が誇らしいと言った彼女の気持ちが少し分かった気がした。
終