いい加減自分でもこの台詞にうんざりしてきたが、誰か傘持ってないか?  
もちろん俺だって馬鹿じゃない。今日も天気予報は降水確率0%だったが、  
ハルヒのせいで間違いなく降るはずなので、ちゃんと傘を用意してきたさ。  
今までと違うのはそれが折り畳み傘だってことだ。  
傘だって傘立てじゃなく鞄に入れておけば、取られたり、掏りかえられたりしないはず。  
その証拠に、授業が終わって教科書を鞄に詰めたとき傘はちゃんとそこにあった。  
で、掃除当番を済ましてから文芸部室に行き、いつもどーりの日常的SOS団活動終え、  
待ってた様に降り出した雨を横目に下駄箱に着いたら、  
どうしたことだろう?鞄から傘が消えていた。  
傘を入れたつもりで実は最初から入っていなかったなんてことはない。  
昼、弁当を取り出すときも、授業後教科書を詰めるときも、そこにあるのを確認したんだ。  
俺が正気を失っているてことはもっとない。ハルヒのせいで世界がどんなに狂ってしまっても、  
俺が狂ってしまったことは一度だってない。  
だから、鞄の中に傘はあるべきなんだ。だが無い。  
 
どうあっても無いものはしょうがない。  
一応傘立てを覗いてみると、俺の新品の傘とすりかえられたボロ傘が一本あるだけだった。  
だが俺は意外に落ち着いていた。ここ最近のパターンからいくとそろそろ誰かが傘を携えて  
現われるはずである。そのような知り合いの心当たりも大分少なくなってきていたが、  
そろそろあの騒がしいやつが来てもいいはずだ。  
などと考えているうちに、俺の方へ足音が近づいてきた。ほらやっぱりな。  
 
だが──  
「そんなところで何しているの?」  
その声は俺の期待していたやつのものではなかった。よく知ってる声だった。  
そして絶対に忘れることのできない声。  
同時に脳裏にさまざまな映像がフラッシュバックする。夕焼けに染まった教室──床に長く  
伸びる影──窓の無い壁──歪んだ空間──振りかざされるナイフ──うっすらとした笑み  
──さらさら崩れ落ちる砂のような結晶……。  
俺を殺そうとし、長門との戦いに敗れて消滅した、かつての委員長。  
朝倉涼子が、微笑を浮かべて、そこにいた。  
 
俺の動きは完全に止まっていた。呼吸を忘れてしまうくらいに。  
どうしてあるはずのものが無くて、いるはずのないやつがいるんだ?  
どうなっている?  
「変な顔してどうしたの?それともわたしの顔に何かついてる?」  
「なぜおまえがここにいる?」  
かすれた声でそれだけ言うのが精一杯だった。  
「やっとしゃべってくれた。わたしの顔忘れちゃったのかと思ったわ。で、何をしているの?  
あ、わかった。傘を忘れたんでしょう?」  
俺の質問をまるっきり無視して朝倉はしゃべり続ける。  
「仕方ないわね。途中までならわたしの傘に入れてってあげる」  
そう言うと朝倉は俺に近づき──その瞬間体中から汗が噴き出した!──通り過ぎて傘立ての  
前に立つと、ボロ傘を取り出した。  
そしてそれは、開いたときには新品の傘になっていた。  
長門の作り出したような無骨なものじゃなく、水色で柄の細い明らかな女物の傘だ。  
「さ、いきましょ」  
「何故お前がここにいるんだ!」  
もう一度、今度は叫ぶように言った。  
瞬間、彼女の目が冷たく光ったように思えた。  
「何をそんなに怯えているの?忘れたの?あなたはわたしを恐れるひつようなんてないでしょう?」  
お前こそ俺に何をしたのか忘れたのか?お前は俺を殺そうとした。  
長門が助けに来なかったら俺は死んでいた………そう、長門だ。長門はこの雨が異常なものだと  
知っていた。長門ならここに朝倉がいることも知っているだろう。もし朝倉がまた俺を殺そうと  
するなら、長門がきっと助けてくれるはずだ。  
そう考えて少し落ち着いたが、まだ俺は警戒を解かなかった。  
もう一度朝倉をよく見る。確かにこいつは朝倉だ。鞄は持っていなかった。両手は傘の柄を持っている。  
「お前、今ナイフを持ってたりはしないよな?」  
そう訊ねると、彼女はわずかに首を傾けて頷き、またもとの微笑に表情を戻した。  
「じゃあ、傘はあなたが持ってね。さ、帰ろっ」  
 
そして俺は今、朝倉と肩を並べて雨の中を歩いていた。  
俺の意思でそうした。そう確信していたが、もしかして情報操作を受けているという可能性もなくはない。  
終始無言の俺に対して、朝倉は最近見たテレビの話などをしてしゃべり続けている。  
この朝倉は何者だ?俺の知っている朝倉なのか?あのクラス委員長の、あの俺を殺そうとした、  
そして長門に殺された…  
「ぐっ!?」  
またあの悪寒だ。すぐに振り向いたが、やっぱり誰も居ない。  
その時、  
「そんなに離れていると濡れちゃうよ」  
朝倉が腕を組んできた。そして俺を引き寄せ、腕に胸を押し付ける。  
「なっ!?…!!!」  
驚くと同時に更に激しい悪寒が背中をかけた。  
いったい何なんだ?  
 
きづくと見慣れた分譲マンションの前に来ていた。  
「あっ、わたしのうちここなの。送ってもらったことになっちゃったね。ありがとう。  
よかったら、お茶でも飲んでいく?」  
「いや、いい」  
「そう。あ、傘は使って。明日返してくれればいいから」  
「ああ。じゃあな」  
「じゃあねっ」  
朝倉がエントランスの自動ドアの向こうに消えるのを確認して、俺は家路についた。  
そういえばどこで傘を返せばいいんだ?彼女は明日も学校に現われるのだろうか?  
・・・・・・・・・・・  
 
翌日、朝倉の傘は消えていた。  
かわりに俺の折り畳み傘が学校のロッカーの中にあった。  
 

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