いきなりで申し訳ない。誰か傘持ってないか?  
え?何でだって?そりゃあれだ。忘れたんだよ。  
酸性雨という自分の毛髪の将来を円形型脱毛症に変えてしまうような、怨敵から身を守るという必須アイテムだ。  
 
で、俺は今SOS団の活動解散後の下駄箱に立ち尽くしてる。つい授業終了あたりじゃあんなに快晴だった空も、今じゃ暗黒の雲と共に  
しとしとと雨が降りそそいでいる。  
今日は何か理由つけてとっとと帰ればよかったな俺。  
 
仕方なく、その辺の100円ショップで買ったちょっとでも風に煽られたら壊れそうなビニール置き傘を探す。  
どうせ買った本人共も、こう使われることを覚悟して置いて行ってくれているんだ。  
こういうのはありがたく使わせてもらおうじゃないか。  
まぁこの傘が元にあったこの傘差しに帰ってくるかは保障できないが。  
 
と、見えない傘の持ち主に数秒懺悔を果たした俺は早速一本ビニール傘を引き抜こうとしたら、  
「あれ?キョンくんどうしたんですかぁ?」  
背後から、麗しきSOS団のメイド上級生かつ未来人の朝比奈さんが上履きを履き替えてそこにいた。  
「いやぁ、ちょっと親切な誰かさんの傘を借りて帰宅しようかと・・・」  
と言うと、俺がしようとしている行動に、朝比奈さんは頬を膨らませて、  
「ダメですよキョンくん!それって泥棒さんとすることが一緒になっちゃうんですよう?」  
いつもの朝比奈さんらしい、お姉さんぶりを発揮して欲しくない場で発揮されてしまった。  
ぬぅ、  
「そう言われましても、これじゃあ到底家に帰れそうにもないんですが・・・」  
と古泉みたく両手を上げて、苦笑していると、そう言われた朝比奈さんは「うーん」と考え出して、数十秒後に手をぽんと叩いて、  
「あ、ならこうしたらいいと思いますよ」  
と言うと、鞄の中から折りたたみ傘を取り出して、何ともぎこちない手つきで傘を開いていく。  
俺が助け舟を出そうとするが、朝比奈さんは断固断り続けて、ようやく全開状態になるまで10分ほどかかった。  
いくらなんでも(朝比奈さんから見て)過去ボケしているとはいえ、未来には傘さえもないのかと思ってしまう。  
未来の世界で雨の予防法って何なんです?と聞いても、  
「うふ、それは禁則事項です」  
 
てな感じでいつも通り、またはぐらかされてしまった。  
 
で、ようやく折りたたみ傘を開き終えた朝比奈さんは俺に手招きをしながら、  
「じゃキョンくん一緒に帰りましょう?」  
いや、あの、傘もナシにどう帰れといいますか、あなたは。  
「だから一緒に帰るんじゃないですかぁ。ほら。半分スペース空けてあげますから、どうぞキョンくん」  
と、言いつつ朝比奈さんは折りたたみで小さい傘の下からちょちょいと横に移動して、ぽかんとしていた俺に、その空いたスペースへ入れてくれた。  
肩辺りが濡れてしまうのは仕方ないが、肝心な頭や胴体が濡れないだけで申し分ない。  
「すいません。俺が忘れたばっかりに」  
と言うと朝比奈さんは首を横に振って、  
「いえいえ。気にしないで」  
 
校門辺りでふと横を見ると、俺の肩が濡れているのはいいが、どうも傘の持ち主である朝比奈さんの肩までもが雨に晒されて、濡れてしまっている。  
こりゃいかん。男が濡れるのはまだしも、女の子が雨に濡れるのはよくない。ましては朝比奈さんなら尚更だ。そう思った俺はちょいと傘のスペースを朝比奈さんのほうへ譲る。  
これは当然の譲歩だ。  
と、こっそり気付かれないようにしたつもりだったのだが、朝比奈さんはふとこちらを向いて、  
「あっ、ダメでしょキョンくん。キョンくんだけ雨に当たっちゃってるじゃない」  
いえいえ、いいんですよ。これは男のポリシーであって、当然のことなのですよ。  
「キョンがよくても私がよくないです。ほら、ちゃんと平等にっ」  
と、言うと朝比奈さんが俺の手から傘をぐいと引き寄せて、また少し朝比奈さんが濡れてしまうことになった。今ので俺の左肩と朝比奈さんの右肩は完全密着してしまったけどな。  
俺は気恥ずかしさもあってか、何とか食い下がろうとしたが、自分にだけ特別扱いされるのが嫌なのか、朝比奈さんは、その後も断じて自分も濡れるんだと俺に言い続けた。  
嬉しいような、何というか。  
 
朝比奈さんの恩恵に顔を綻ばせながら、ふと思った。  
 
あれ、これって相相傘じゃね?  
 
と思った瞬間だった。  
 
「うっ?!」  
俺の異変に気付いた朝比奈さんはこちらに顔を向けて、頭からクエスチョンマークを3つほど出している。  
いや、見えないけど、そんな感じに見えた。  
「どうしたんですか?もしかして風邪でも引いちゃいましたぁ?」  
いやはや、こんな短時間で風邪を引くヤツも早々いないでしょうが。  
「いや、何というかですね。背中に何かピリピリした、こうなんというか視線のような物を感じたというか・・・」  
と、背後の校舎を見るが、下駄箱あたりを見ても人影も見当たらない。  
隣の朝比奈さんを見ると、俺が言ったことに恐怖でも感じたのか、ぶるぶると可愛らしく震えている。  
「は、はわわ。キョンくんそんな怖いこと言わないでぇ。もう後ろ向けないよお」  
そう言いながら、密着していた肩を更にくっつけて来る。  
朝比奈さん。それ以上くっつかれる俺の理性とというものが・・・・  
 
その後、朝比奈さんは離れてくれず、近くのコンビニで俺が傘を買うまで、俺は理性ととてつもない格闘を繰り広げていたのは言うまでもない。  
 
しかし、あの時感じた、視線のようなものは何だったんだろうな。  
ま、明日は傘は忘れないようにしよう。そう思いながら俺は床に着いたのだった。  
 
長門編へ続く  
 
 

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