三日前に朝比奈さんと幸せな気分を味わい、一昨日長門にハルヒのとんでも事態が起きていることを知らされ、そして昨日は望んでもないのに、野郎の古泉にながったらしい憶測を聞いて、そしてハルヒによる夕方に決まった時間への急速低気圧呼び寄せはこれで4日目となる。
今日もTVで降水確率0%を一応チェックし、もう一本買っていた傘を持って、学校へ向かう。
教室へ辿り着く前に、昨日古泉に借りた傘を早々を押し返し、野郎のスマイルを早朝から目にしてしまったこと後悔しつつ、少々ローテンションなまま、いつも通り教室へ入りいつも通り席へ着く。
問題のハルヒはというと、昨日と同様窓の方を向いて不機嫌な顔をしている。
どう見ても変化は見られないんだがな・・・・。何でハルヒはそんなことを望んでんだ??
と一人で考えながら、後ろのハルヒを見る。視線に気付いたハルヒは、窓からこちらへ視線を移動させて、
「あんたにあんな趣味があるなんてね」
は?
「何の趣味だそりゃ」
別に、と言うとハルヒはまたそっぽを向く。おいおい、「あんな」の中身を教えてくれないと、何が言いたいのかわからん。
また、何が言いたかったのかを聞こうとしたが、昨日と同様に担任の岡部が来てしまい、俺の質問タイムは0になってしまった。しかたないので前を向き、いつも通りの学校生活を送ることにした。
でだ。放課後にまたまた朝の事をハルヒに聞こうとしていた俺は、いつのまにやら朝比奈さんのお茶を飲むことに頭が一杯で、脳内意識がすっ飛んで切り替わってしまっていた。
すまないな。俺は朝比奈さん優先なんだよ。と脳みそに謝りながら部室へ入っていった。
でもって、今日のハルヒも朝とは打って変わって、いつも通りでハイテンションな感じで、
いつも通りに長門の本を閉じる合図で活動が終了。
と、同時に長門の言うとおり、下駄箱へ来ると雨が降り出して来た。
よし、今日は傘はあるな。これで誰かに頼らなくても帰れ・・・・・・・・
すまん、訂正してくれ。これで四度目だが、誰か傘持ってないか?
え?傘が無いって?いや、あることはあるんだ。だがな、使えないと意味が無い。
俺の取り上げた傘は、一昨日買った物とはとても見えない具合にボロボロなんだよ。
金具はひん曲がってるし、ビニールは所々穴ぼこで使えたもんじゃない。
ひでぇ。誰か俺の新品の傘と引き換えに、これ置いていきやがったな・・・・・・・
パクられた次はボロと交換か。勿論最近雨ばかり降るせいか、置き傘はそれしか無く、
他の傘差しを見ても一本も見当たらない。勘弁してくれ。
滴り振る雨を途方も無い顔で、朝比奈さん、長門、あるいは古泉でもいいから、誰か来るのを待ち望んでいた。
と、肩をぽんぽんと叩かれた。もしや長門か?思い、後ろを振り向くと、そこには
「やぁやぁキョンくん!こんなとこで立ち尽くしてどうしたんだいっ?」
いつも元気ありすぎの朝比奈さんの友達であり、SOS団の準。いや、ほぼ正式団員になりつつある鶴屋さんが、ニコニコした笑顔でそこにいた。
あれ、でも何でこんな時間に鶴屋さんが?と聞くと、鞄の中から進路希望調査と書かれた紙を取り出して、俺に見せ、
「ちょっち、進路のことでさっ!担任に呼ばれて、相談していたんだよん。もう既に進路なんて決まってるのに、何だかねーって感じだよっ」
鶴屋さんの将来は、あの豪邸の鶴屋家次期当主になるということが既にあちらでは決まってるんだったな。流石というか何というか。
未だに将来を決めていない俺にとっては、鶴屋さんが羨ましい限りですよ。
「んー。そうでもないよん。親族から勝手に決められたレールに乗っかって過ごしていくのっても結構不憫なものなんだけどねっ」
確かに。自分の将来を自分で決められないのもどうだと思うな。
まぁ俺はどうせ一生どこかの会社でヒラやってそうだけどな・・・・。
そんな自分の虚しいような将来を創造しつつ、鶴屋さんの声で我に帰る。
「んでっ、キョンくんはここで何してんのさっ??」
俺が手ぶらなのを察したのか、鶴屋さんは「ふむふむ」と俺を下から上まで見ると、
「おやおやっ!キョンくんこの雨から身を守るのにだいーじな物が一つないねっ!!」
まさにあなたの言う通りですよ。そこで俺はこれまでの経緯を話してみた。
俺の不幸な話を聞いた鶴屋さんは、俺の肩をぽんぽん叩き、
「うははは!そういうこともあるっさ!めがっさどんまいだよキョンくんっ」
けらけら笑いながら、私もそういうことよくあるさーと言ってくれた。
これは慰め?てくれているような、何というか。
すると鶴屋さんはゴソゴソと自分の鞄を漁って、いつぞや、俺が鶴屋家から雨の中を帰ろうとした時に渡してくれた、あの和製より少し小さめの傘を取り出した。
こんなサイズの和製傘があるとは。鶴屋さんはやはり和風が好きなのだろうか。
「んにゃ、これはウチがいつも買ってる和製傘作りの職人さんが、携帯しても使えように、作って譲ってくれたのさっ!」
そう言うと、鶴屋さんは持っていた傘を俺に手渡して、
「一本しかないんだけどさっ。特別にキョンくんにかしたげるよん!」
いやいや。一本しか無かったら、鶴屋さんが帰れないじゃないですか。
「いいんさ、いいんさ。走って近くのコンビニまで行けたらウチの車呼べばなんとかなるしねっ!」
この雨の中を走って行くんですかあなたは。
「そだよん。これでも走るのには自信あるにょろよん!」
と、早速準備体操をしている。いかん。流石に鶴屋さんを雨に濡らせて、俺はまんまと鶴屋さんの傘で濡れずに帰ることを考えると、古泉ならまだしも、ましてや鶴屋さんだ。
俺の良心が言いと言わん。
「鶴屋さんやっぱりこれは返しますよ。鶴屋さんが濡れるより、男の俺が濡れて帰ったほうが全然いいです」
そう言って、断る鶴屋さんにやや強引に傘を返して、今度は俺が準備運動を開始する。
コンビニまで体力持つかな、俺。
と、鶴屋さんはまたううむと呻きながら、何やら考えている。
そろそろ雨の中へダイブしようとした俺に、鶴屋さんがぱっと笑顔で、
「そだっ!なーんでこんな簡単なこと思いつかなかったんだっ!ちょい前にみくるに聞いた話をすっきり忘れてたにょろよ!」
そう言うと、鶴屋さんは持っていた傘を俺に渡して、隣で俺を見上げてにっこりする。
えーと、つまり一緒に帰るということですか?
「そうそっ!ちょい前にみくるからキョンくんと相相傘して帰ったって聞いてねっ!
今それ思い出したから、丁度いいかなって思ったんだよん」
朝比奈さん。あなたは余計なこと・・・いや、とても良い事を言ってくれて・・・
朝比奈さんと、鶴屋さんの恩恵に感謝の意を啓しつつ、俺は鶴屋さんと並んで帰ることになった。
何だろうな。鶴屋さんとこれほど近い距離で、いるのは滅多にないことだろう。
少し緊張気味の俺はなんのその。当の鶴屋さんはニコニコ笑顔で鼻歌を歌っている。
この人がいると、天気が雨でも、心は晴れな気分にさせられる。まったくすごいお方ですよあなたは。
まぁ、まさかのまさかで鶴屋さんとこんな相相傘なんてするとは、流石に予想だにしなか
「っていうん?!」
いい加減慣れてもいい頃合だが、俺の身体はそう慣れるわけでもなく。
え?何があったって?そりゃ四度目の背中ゾクゾク悪寒がまた走ったんだよ。
ハッとしてまた校舎のほうを振り返る。ん?今ちょっと人影が見えたような・・・・。
「ぬ?どうしたっさキョンくん?」
「あ、いや、何でも無いですよ。ちょっと寒気がしただけですから。」
と言うと、鶴屋さんは片手を俺のおでこに当てて、
「ふぬ。熱はないねん。最近雨ばっかりで寒くなったせいかなっ。速く家に帰って、身体を暖めることをオススメするにょっ!」
突然の行動にぽかんとしていた俺を見ながら、俺の顔がそんなに面白かったのか、爆笑している。そんなに俺の顔が変ですか。
「ぷっ、うはっうははははははっ。キョンくんの顔が面白過ぎてさっ!ははっ、ごめんよおっ!」
鶴屋さんの大爆笑は収まる事無く、チラチラ俺を見ては、その度に笑ってばっかりだった。
そんなに笑って、腹筋痛くならないんですかね?それもそれですごいと思うが。
そんなこんなで気づけば、目的地のコンビニに到着し、そこには既に古泉の乗るような高級車とはまた一段上を行っているような、車がそこに止まっていた。
「おろろ、もうここまで来ちゃったのかっ!楽しい時間はなんたらかんたら。んじゃ、キョンくん。その傘使ってくれていいからねん。明日でもいつでも、気が向いた時に返してくれればいいにょろよっ!」
いやはや、ちゃんと明日持ってきますから。
「ははっ、キョンくんならそう言うと思ったよっ!じゃ、またねーん」
そう言うと、鶴屋さんは車に乗り込み、車内から猛烈に手を振る姿に答えながら、車が見えなくなったあたりで、俺は家へ帰ることにした。
家に帰って早々、和製傘を見た妹が、「明日この傘で学校いってもいーい?」と聞いてきたが、借り物だからダメだと言っても、まったく言うことを利かない妹を説得するのに2時間かかったことは、あえて秘密だ。
ハルヒ編へ続く