今回の事件は、あー、思い出しただけで頭が痛くなるぜ。  
でもこの事件のおかげで色々オイシイ思いもできたわけで・・・おっと。  
こういう考えがあんな事態を招いたのかもな。  
さて、今回も原因はおなじみ涼宮ハルヒ―――なのだが、哀しいかな、俺にも原因の一端があるのだ。  
ま、八割方の責任はハルヒにあるわけだし。そんなに悲観することないか。はは。  
あー、また頭が痛くなってきたぜ。  
とにかく今回の事件では、ハルヒの新たな一面とこれまでにないワガママさが垣間見られると思うぜ。  
そう、これはハルヒが羨ましがって、そしてそれを望んだ結果起きてしまったんだ。  
そう、事件は突然起こったんだ。  
 
1  
 
それは本当に突然の出来事だった。  
そうだな、この上なく最悪な町で何の変哲も無く暮らしていた少年のもとに、  
突如、巨大ロボットと美少女が墜落してきたような―――。  
それくらいいきなりだったんだ。  
時は遡り、元文芸部部室、現SOS団アジトでのことである。  
俺はいつも通りにここへ足を運び、いつも通り朝比奈産の、もとい朝比奈さんの  
淹れてくれた聖水、じゃなくて日本茶をすすりながら本を読む長門の無表情顔と  
碁盤を見つめる古泉のニヤケ顔を眺めていた。  
しかし間もなくこの平穏は跡形もなく消え去るのだ。  
天災の類が急接近してるからな。  
「おっまったっせー!!」  
ほらな。おい、入ってくるときくらい静かにしろ。  
いつも拡声器で話してるような声で喋るんだからな。  
「なによ。いいじゃない。あたしは団長よ。団長が元気なら団員の指揮も上がるってもんじゃない」  
別にお前がどこぞのギャグ漫画の主人公みたいなテンションでも俺の指揮は上がらんぞ。  
「あんたはSOS団員としての自覚が足りないようね。いい、団長の言う事は絶対なの。  
今度文句を言うようなことがあったら修正してあげるからね」  
遠慮しとくぜ。いい迷惑だ。  
「ふん、まあいいわ。それじゃあ会議を始めるわよ」  
 
会議っていうのはあの俺たちにお前の意見を押し付けるだけのあの会のことか。  
「今度のSOS団のイベントだけどね、それがまだ決まってないのよ。  
なにかやりたい事とかある?」  
珍しい。ハルヒが俺たちに意見を求めるとは。  
というよりSOS団会議において俺たちに発言権があるのも珍しいが。  
「そうよ。いつもみくるちゃんにばっかコスプレさせてるから有希にもなにか着てもらおうかしら。」  
ホントにろくでもないこと思いつくなお前は。  
「有希だったら・・・そうね、ゴスロリなんかどう?あ、スクール水着なんかもいいかもね。  
みくるちゃんと比べるとちょっと胸が足りないけど、世の中には貧乳萌えなんてのもあるのよ」  
本当になんてことを言い出すんだこいつは。  
しかし長門のスクール水着か・・・。うっ、これはこれでなかなか・・・。  
と俺が煩悩を巡らせてチラと長戸のほうを見やると、いつものように無表情で分厚いハードカバーを読んでいた。  
よほどぼけっとしていたのか、俺はハルヒの視線に気付いていなかった。  
「ちょっとキョン!あんた有希のスク水姿を想像してたでしょ!いいえ、言い訳しても無駄よ。  
有希を見る目のいやらしさといったらなかったもの」  
ちょっと待て。確かに長門のスクール水着は想像していたが決していやらしい目でみてはいないぞ。  
そんな俺の反論を押しのけて  
「いいえ。言い訳は訊かないわ。まったく、どうして男っていうのはこうなのかしら」  
急に機嫌を損ねたハルヒは俺を罵倒し始めた。たまったもんじゃないぜ。  
「まあまあ涼宮さん。僕も長門さんのコスプレ姿には多少なりとも興味があります。  
長門さんの方を覗ってしまうのは自然な行為なのではないのでしょうか」  
お、古泉。おまえにしてはナイスなフォローだ。さすが副団長。  
 
「・・・今回は副団長に免じて許してあげるけど次はNGよ。修正してあげるから」  
修正修正っておまえは最近戦争モノのロボットアニメでも見たのか?  
「とりあえず今日は解散よ。有希、夜道には気を付けなさい。キョンみたいなのが居ないとも限らないからね」  
「わかった」  
おーい長戸。わかってくれるな・・・。  
すっかり置いてけぼりをくった朝比奈さんが湯飲みを片付けようとパタパタと小走りで  
俺のほうへ向かってきた。  
湯飲みくらい片付けますよ、と立ち上がったそのとき、  
「きゃあっ」と足をもつれさせ、俺のほうへ倒れこんできた。  
突然の事態に俺の脳髄が反応しきれずに―――  
そのまま朝比奈さんは俺へと倒れこんでくる。  
俺の身体の前面半分が柔らかい感触に包まれる。  
「きゃっ。あっ、その、だいじょうぶですかぁ・・・」  
と涙目で尋ねる朝比奈さんの顔と俺の顔の距離は10cm程しかなかっただろう。  
するとその距離に気付いた朝比奈さんが頬を赤らめながら  
「あっ!きゃあ。ご、ごめんなさい!!」  
と離れていく。だが朝比奈さんはまだ俺に馬乗りになったままだ。  
このまま俺の足を挟む太ももの感触に身を委ねたら・・・。  
うっ。まずいぜ。なにがまずいって?そんなの健全な男なら言わずもがな、だろ?  
「あ、朝比奈さん。そろそろどいてもらえまs」  
と子音まで言いかけたところでハルヒがつかつかとこっちへ来て  
あんたたち、いつまでやってんのよ!」  
と朝比奈さんを引っぺがした。  
「きゃあ」とエンジェルヴォイスを上げる朝比奈さん。  
おいハルヒ。少し乱暴すぎやしないか。これだって事故だろう。  
大体いつも無茶させてるんだから少しは朝比奈さんを労れ。  
と言ったところで何かマズい空気が漂ってきた。ヤバイ。今度こそ修正されるな。  
歯でも食いしばっておくか。ぶたれても、ぶったね!とは言わないぞ俺は。  
と覚悟を決め目をつぶると―――。驚いた事にハルヒは何もしなかった。  
 
何もしなかった。ただ――――。  
そう、某グラップラー漫画の表現を借りるとするならば、  
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッ!!」  
というような感じで部室のドアを蹴飛ばして帰っていった。  
長門はいつのまにか帰っていた。ぽかんと口を開ける俺が最初に発した言葉は、  
「古泉」  
「なんでしょう?」と怪訝なニヤケ顔の古泉。  
「お前の仕事を少しばかり増やしてしまったかも知れん。すまん」  
すると古泉は表情を変えず  
「構いませんよ。最近は閉鎖空間もめっきり減って、不謹慎ですが少々退屈していたんです」  
そうか。とにかくすまんな。  
「あ、あの、私も帰りますね。それじゃあ」  
と朝比奈さんも部室を後にした。  
古泉も「楽な仕事ならいいんですが」と言って帰っていった。  
 
結果から言うと―――閉鎖空間は発生しなかった。  
いや、本来なら喜ばしい事なのだが、あの空間のおかげでハルヒのストレスが解消されるならそのほうが良かった。  
なんせ、あんな現象が起こるなんて、そんじょそこらの予言者より頼りになる長門だっていきなりの事態に慌てたくらいだ。  
この事件は、ここからが本番なのだ。  
 
 
2  
家に帰った俺は別段変わったこともなく眠りについた。  
変わったことといえば携帯電話の電源が切れていたのに気付かないで寝たことくらいか。  
翌朝、いつまで経っても起きない俺を妹がたたき起こしに来て、朝飯を食べて登校しようとしていた。  
この時点で携帯電話のことに気付く。  
ま、1日くらい、ケータイがなくっても過ごせるか。  
家を出てしばらく歩き、長い坂を登って我らが北高へ到着する。  
一時間目までに異変が一つ。いつも俺の後ろの席に居るはずの涼宮ハルヒがいない。  
遅刻か、とも思ったが、いつぞやの事もある。一応訊いておくべきであろう。  
「おい谷口、今日はハルヒを見たか?」と冴えない友人に声をかける。  
すると谷口が、  
「あ?ハルヒ?ああ、涼宮さんか。今日はまだ見てないぜ」  
「そうか」  
ほっと安堵の息をつく。どうやらハルヒは健在のようだ。  
ん?待て。なにか違和感を感じる。谷口、お前今涼宮『さん』って言ったか?  
と尋ねたところで一時間目のチャイムが鳴り、体育のためにぞろぞろとグラウンドへ向かう。  
やばい、まだ着替えてないぜ。遅刻だ。  
―――ま、気のせいか。  
思えばこのとき―――。既に「それ」は始まっていたのである。  
朝からマラソンかよ。  
愚痴を垂れつつグラウンドを走っていると、バレーボールをやっている女子が目に入る。  
お、誰か転んだ。付き添いの女子と一緒に保健室へ行くみたいだ。  
その姿が一瞬ハルヒに見えた。途中から来たのか?  
それにしてもあのハルヒが転んで怪我をするとは考えにくい。  
うっかり転んで怪我をするのは朝比奈さんのポジションだ。  
なんてことを考えながらマラソンは終わった。まったく。50分も走らせるな。  
教室に戻り、着替えて一息ついていると、珍しく長門が俺の教室の入り口にちょこんと立っているのを発見した。と同時に、国木田がこっちを見て  
「おーい、キョン、お客さんだよ」  
長門か・・・。何かよからぬ予感がするぜ。  
 
ドアのほうへ向かっていき、  
「なんだ長門、何か用か」  
すると無表情のまま  
「来て」  
とだけ言った  
「ここじゃダメか?」と訊くと  
「ダメ」  
こりゃハルヒがらみの話だな・・・。憂鬱で溜息が出るぜ。  
俺がブルーな気分になっていると国木田が  
「なんだよキョン、こんなかわいい子とここで話せないようなおはなしかい?  
中々隅に置けないねキミも」  
ああ、そうかもな。はぁ・・・。長門を見やるとジッと俺の目を見て沈黙を保っている。  
ただその手が俺のYシャツの端をちょこんと掴み、いつだかの事を思い出しながら、  
確かにカワイイな。なんて事を考えていた。  
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。  
これは長門なりの早くしろという催促の行動なのだ。どうやら急を要するらしい。  
「よし。長門。行こう」  
「ついてきて」  
と教室を出ると向かった先はSOS団アジトである。  
なんだなんだ。こんなところに連れて来て。  
もしやホントに何かあるんじゃないのか?と国木田のセリフを反芻していると、  
長門が部室のドアを開けた。期待というのは裏切られるためにあるんじゃないのか?  
 
中には古泉樹がいた。  
そしてその奥のパイプ椅子に体操着のハルヒが座っていたのである。  
その膝には応急処置がしてあり、若干血がにじんでいる。  
「なんだ。来てたのか。いつ来たんだ?それにその足。さっき転んでたのはお前か?  
朝比奈さんじゃあるまいし、珍しい事もあるもんだな」  
古泉が苦笑いになる。なんでお前の表情が変わる。  
しかしこんな所に連れて来てどうするつもりだ?  
ハルヒが居るんじゃ込み入った話はできないだろ。  
と長門に目配せをすると、古泉が口を開き  
「困ったことになりまして」と言った。  
おいおい。いいのか?だってハルヒが―――。  
「ここから先は自分で体験したほうがよいでしょう」  
とハルヒに目をやる。そういえばハルヒ。お前は何で黙りこくってるんだ?  
それに朝比奈さんはいないのか?まあ彼女のことだ、科学の実験中に「混ぜるな危険」  
の薬品でも混ぜて説教されてるのかもな。だから古泉、何でお前の表情が変わるんだ。  
「うぅ」  
とやがてハルヒが口を開いた。なんだ、やけに歯切れが悪いな。  
 
「キ、キョンく・・・キョンは、えっと、あたし・・・じゃなくて  
えと、朝比奈、えっと、そう、みくるちゃんのこと、どう思います・・・じゃなくて  
どう思っている・・・のよ?」  
なんだ?どうした?頭でも打ったか?ツッコミどころが多すぎてわけがわからん。  
まず、何でそんな自信なさげな喋り方なんだ?それに何だその質問は?  
「ど、どうなんでs・・・どうなのっ」  
さっきよりはっきりとした言葉で俺に聞いてくる。  
潤んだ瞳と赤い頬でだ。うっ、悔しいがカワイイと言わざるを得ないな。  
「どうなのって言われても・・・」  
そりゃ可愛いしスタイルは良いしちょっとどじっ娘だけどそれを補って余りある魅力が  
彼女にはあって・・・って何を真面目に答えてるんだ俺は?  
心なしか長門から冷たい視線を感じるぜ。  
「もうそれくらいにしてあげたらどうです?もう充分でしょう。随分愛されているみたいですね。  
ま、『これ』もそのせいかも知れませんが」  
なんだ、なんの話だ俺はからかわれてるのか。おい、ハルヒ、何の真似だ。  
「だってぇ・・・キョン君があたしを馬鹿にするからぁ・・・」  
 
『あたし』だって?  
まさか。  
数々の珍事件を体験してきた俺だから解かるこの感覚。  
俺を呼び出した長門、朝比奈さんのような口調で朝比奈さんのことを尋ねるハルヒ。  
さらに、俺が馬鹿にしたのは朝比奈さんで―――。  
「お気づきになりましたか?その『まさか』ですよ」  
と古泉が言い放つ。  
「こいつは、この涼宮ハルヒは―――」  
間が空き、  
「朝比奈さんか・・・?」  
 
 
3  
古泉が説明する所によると、ハルヒが世界の改変とやらを行ったらしい。  
原因は、恐らくだが昨日の俺と朝比奈さんのやり取りだと言う。  
とどのつまり、ジェラシー。嫉妬らしい。  
ハルヒは自分の精神と朝比奈さんの精神を入れ替え、  
周りの環境さえも変えてしまったのだという。  
にもかかわらずなぜ俺や古泉が元の世界のことを覚えているかというと、  
察しの通り、長門が昨日の深夜、世界の時空震だのなんだのを感じ取った祭、  
朝比奈さんと古泉を呼び出し、今までの記憶にプロテクトをかけた。  
俺はというと、携帯の電源が切れていたため連絡がつかず、  
長門が家に侵入して俺に処置を施したと言う。  
不法侵入もどうかと思うが、侵入したのが長門、加えて緊急事態だったならばいたしかたないだろう。  
まさか寝てる間に長門に腕を噛まれていたとは・・・。気付かなかったぜ。  
長門いわく、「起こさないようにした」とのことだ。ありがとうよ、長門。  
朝比奈さんはといえば状況を把握していたが、授業に出ないのもまずいという事で  
渋々体育に出たそうだ。それで転んで膝をすりむいたと。  
先ほどの俺への質問については、  
「え、っと、今回の原因究明のために必要な質問であってぇ、そのぅ、決して好奇心で訊いたり反応を楽しんだりしたわけでわ・・・  
はっ!ああぁ、き、禁則事項ですっっ」  
バレバレですよ、朝比奈さん。まあ、その天使の笑顔に免じて許しますが。  
「うふ。ありがと」  
貴方なら苦労して作った1/100スケールのプラモデルを壊しても許されるでしょう。  
 
「さて、状況を把握した所でこれを解決しなければなりません。  
恐らく涼宮さんは朝比奈さんの教室でいつも通りに振舞っている事でしょう。  
あなたの変わりはさしずめ鶴屋さんといったところでしょうか。」  
ハルヒはこの状況を自覚しているのか?  
「改変の祭、自分の記憶も操作しているはず。恐らく以前の記憶はない」  
それを阻止する事はできなかったのか。  
「できなかった」  
そうか・・・。  
長門ができないと言ってるんだ。きっとどうしようもなかったんだろう。  
そもそもなんで朝比奈さんとハルヒが入れ替わったんだ?  
「今回の原因はジェラシーと言ったでしょう。あなたはいつも朝比奈さんには優しい態度をとる。  
しかも、いつも目の前でメイド姿の彼女を見つめているとなると、少しは嫉妬してもおかしくないでしょう。  
そこに昨日の出来事ですよ。あれが決め手ですね。  
閉鎖空間は発生しませんでしたが、この通りやっかいな状況になっています。」  
その前に、前提になるべき部分が欠けているんじゃないのか。  
その、だな。嫉妬するってことは―――  
言いかけたところで古泉が  
「言って欲しいですか?」  
とニヤケ顔で訊いてくる。いや、結構だ。聞きたくもない。  
 
つまり、自分で言うのもなんだが、ハルヒは俺に少なからず好意を寄せていると言う事か?  
古泉を見る  
「ええ、そのようです。貴方がいつまでたってもそれに気付かない事にイライラしていたのかもしれません」  
そうなんですか?朝比奈さん。  
「気付いてなかったんですか?もう、キョンくんったらニブいんだから」  
・・・長門。  
「鈍感」  
長門の完全に打ちのめされた俺は、これからのこと、元の世界に戻った時の事を考え頭を抱えた。  
2時間目の始業ベルはとっくに鳴っていた。  
 
とにかく、解決策を見出さなきゃいけないな。  
と俺が頭を抱えると  
「簡単ですよ。あなたが普段とっている行動をとればいいんです。  
ただし対象は凉宮さんの姿の朝比奈さんですが」  
つまりなんだ。  
メイド姿のハルヒ(中は朝比奈さん)をじろじろ見たりありがちなラブコメの王道みたいなのをハルヒ(姿の朝比奈さん)とやれってことか?  
「そういうことですね。ですが外身は涼宮さんですが中身は朝比奈さんです  
あなたにはさほど問題ではないはずですが」  
外見がハルヒっていうのは俺にとっては地球温暖化くらいの大問題なんだよ。  
「ですがあなたに頑張ってもらわないとこちらとしては困るんですよ。  
涼宮さんが望んでいるのはあなたですから」  
・・・わかったよ。  
俺だってメイド姿でどじっ娘のいじらしいハルヒなんていつまでも見たくないからな  
「わかっていただけて光栄です。とりあえず僕たちは普段のSOS団と変わらない  
活動をしましょう。」  
中々難しい注文だな。  
「ああ、それと場合によっては荒療治が必要になるかもしれません」  
例えば、と訊こうとしてなんとなく察しがついたのでやめた。  
それだけは、ましてやそれ以上のことなんてなおさら御免だぜ。  
「そうならないことを切に願うばかりです」  
ニヤニヤしやがって。心にもないことを。  
 
とにかく。  
朝比奈さん姿のハルヒがどんなモノか多少興味はあるものの、  
早いとこ元通りにしなけりゃならんな。  
「ええ。まったくです」  
と古泉が肩をすくめた所で2時間目終了のチャイムが鳴る。  
放課後はできるだけ早く集まろう。ということだけ確認し、授業に向かった。  
 
4  
 
3,4時間目の睡魔との格闘を終え、いよいよ昼飯である。  
すると後ろから  
「キ、キョンくぅん。一緒にお昼食べませんか?このクラスって学年も違うし一人じゃ  
心細いんですぅ」  
と上目使いで俺の顔を覗き込む。  
ああ、いいですよ。朝比――と言いかけて、す、スズミヤサン。と棒読みで修正。  
「もう、キョンくん、自然に!」  
と小声で言われ、  
「そ、そうですね。飯でも食べましょうか。涼宮さん」  
とぎこちなく言った。タメなのに敬語なのもおかしいな。  
どうやらこのクラスでのハルヒは朝比奈さんのポジションにいるらしい。  
そんなハルヒと俺が仲睦まじいもんだから、谷口曰く、俺は男と言うハイエナの群れの中に放り込まれた小鹿のようらしい。  
そして上級生の中に一人、容姿端麗、頭脳明晰、それでいて頭のネジが2、3ぶっ飛んでいる人間がいるらしいというのは言うまでもなかったか。  
朝比奈さんと弁当を食べながら懸念している事が一つある。  
ここでのハルヒを俺は苗字で呼んでいる。  
じゃあ、ハルヒのポジションに居る朝比奈みくるを俺は何と呼ぶべきなのか?  
やっぱり、その、おいみくる。とか呼んだりするのか?ああ、頭痛が・・・。  
その旨を朝比奈さんに伝えると、  
「そうですねぇ。やっぱりそうなんじゃないですか?じゃあ、あたし、自分のことを  
自分で呼ぶのかあ。なんか不思議ですねっ」  
いえ、そういう問題ではなくて。  
「あっ。あたしキョンくんがみくるっていっても振り向かないようにしますね!」  
そうでもなくて・・・まあ可愛いからいいや。  
おっと、今のは朝比奈さんに向けた物であって決してハルヒに言ったんじゃないからな。  
かくして昼休みも終わり、5,6時間目を乗り越えた俺たちは部室に向かうこととなる。  
 
チャイムと同時に朝比奈さんを引っ張り、部室へ早足で向かった。  
先に朝比奈さんに入ってもらい、メイド服に着替えてもらう。  
待っていると古泉がやってきた。  
「どうぞ」  
と声がして、中に入ると―――  
メイド姿のハルヒがそこに居た。朝比奈さんほどグラマラスではないが、  
体の凹凸の絶妙なバランスが見ている俺を惑わせる。  
「メイドの涼宮さんというのも中々良いですね」  
こればっかりはお前に賛同するぜ。  
メイドハルヒを目に焼き付けつつ、部室に入り最終確認をする。  
普段どおり振る舞い、俺は朝比奈さんとイチャイチャする。不本意ながら、だからな。  
なんだ、緊張してきたぜ。そろそろあいつが来る頃合だが。  
「やっほー!ごっめーん!待ったー?」  
部室のドアを騒々しく開けたのはハルヒ―――。  
ではなく、間違いなく朝比奈みくるの姿だった。  
声もいつも通りのエンジェルヴォイスである。いや、堕天使か?  
制服姿のハルヒは、普段激しい動きをしない朝比奈さんとは違い、  
一挙手一投足にその大きな胸がぷるんと弾んでいた。思わず目が行ってしまう。  
どかりとパイプ椅子に座ると、いつもの調子で  
「ハルヒちゃん、お茶!あっついやつをお願い!」  
と言い放つ。なんとも不思議な光景である。  
 
「は、はい!」  
と朝比奈さんがパタパタと小走りしてお茶の準備にとりかかる。  
「中々新鮮ですね。お茶汲み係りの涼宮さんというのも」  
まったくだ。するとハルヒがいつも通りに  
「さ、会議を始めましょ!」  
と言った。朝比奈ヴォイスだから困る。早いとこ慣れねば。  
「ちょっとキョン、聞いてるの!?早く席につきなさい」  
上からモノを言う朝比奈さんというのも中々いいもんだな。なんて考えつつ席に座る。  
「それでね、今度は有希にバニーガールをさせてみようとおもうの!  
あたしに比べたら胸はちっさいけど、様になると思うのよね」  
するとハルヒは俺に近づいてきて  
「ねえ、キョン。あんたはどう思う?」  
と、俺の腕を抱くようにし、ずずいと顔を寄せて訊いてくるのだ。  
腕がその豊満な胸の谷間に挟まれて妙に気持ちがいい・・・。  
そんなこと考えてる場合じゃない。  
なんだ?ハルヒはこんな事しないぞ?一体どうしたんだ?  
朝比奈さんが凍り付いているのが見えた。  
「ねえ、キョンってば」  
とさらに深く俺の腕を抱き、上目遣いで迫ってくる。  
「おい、ハルヒ、これはどういう―――」  
ヤバイ、一番注意していたのに一番やっちゃいけないことをした  
 
腕の感覚はそのままに、全身から冷や汗が出る。  
「キョン、あんた今ハルヒって言ったの?いつからハルヒちゃんを呼び捨てにするような  
間柄になったのかしら?」  
その声には静かな怒りが篭っていた。  
腕はさらに締め付けられ、気持ち良いのか痛いのかわけがわからん状態に陥っていた。  
「い、いや、深い意味はなくてだな、呼んでみただけというか、気の迷いというか」  
俺がこの上なくヘタクソな言い訳をすると、  
「・・・そうなの?ハルヒちゃん」  
すると朝比奈さんは、  
「は、はい、け、決してやましい事はあ、あ、ありませぇん」  
と涙目で答える。  
「まあハルヒちゃんが嘘を吐くとは思えないしね。信じてあげるわ」  
ふう。あせったぜ。しかし腕は掴んだままだ。そう。これはなんなんだ。  
「だからだな、あー、その、みくる、さん」  
と俺が遠慮気味に言うと  
「は?あんた今日はとことんおかしいわね。いつもはさん付けなんてしないじゃない」  
やっぱりか。と、チラと朝比奈さんを見るといかにも、ハラハラしてます!という感じの顔でこちらを見ていた。  
俺は覚悟を決めた。  
 
「みくる」  
三文字ひねり出すのに膨大なカロリーを消費した。  
「そうよ。いつも呼び捨てじゃない。なによ」  
「この腕はなんなんだ。そろそろ離してくれないか?」  
「なによ。こんな巨乳美少女に腕を抱かれるのが嫌なの?」  
自分で言うな、とも思ったがその通りなので何もいわなかった。  
試しに聴いてみる事にした。  
「なあ、これっていつもやってることなのか?」  
「・・・今日のあんたはホンットにおかしいわね。いつもはこんな事しないわよ。  
いつもは―――」  
と言いながら、パイプ椅子に座る俺の目の前、膝の上に俺の方を向いて座った。  
「こんな感じじゃない。あんたもまんざらじゃなさそうだし」  
カラン、と乾いた音が響いた。朝比奈さんがお盆を落としたらしい。  
周りを見ている暇はない。何故なら体の一部の制御に全霊を注いでいるからだ。  
だってそうだろ?朝比奈さん(の姿のハルヒだけど)が俺に跨って胸を押し付けて  
くるんだぜ?反応しないやつがいたらそいつは不能だと断言できるね。  
「やっぱりあんたヘンね。ま、いいわ。今日は帰ってすぐ寝なさい。  
と言うわけで解散よ。全員いなきゃ会議にならないしね」  
と言って俺から退くと、足早に鞄を持って出て行った。  
もう少しあの状態だったらハルヒに俺の変化を公にされていただろう。  
朝比奈さんだけには聞かれたくないね。  
 
ハルヒが出て行ったのを確認すると、古泉が  
「恐らく、自分はあなたに愛されていると自信を持った結果、あのような突飛な行動に  
でたんでしょう。涼宮さんらしいですね。これはちょっとやそっとで元通り、というわけにはいかなさそうですね」  
さらっと言い切りやがって。あ、そう言えば朝比奈さんは・・・。  
と彼女の方を見やると涙ながらに  
「キョンくんひどいですぅ。あ、あたしの、その、む、むね、触りましたね!」  
いや、決して自分からは触ってませんよ?ハルヒが押し付けてきただけで・・・。  
と言い訳すると  
「もう、しらないんだから!」とぷいっとそっぽを向いてしまった。  
普段からこれくらい可愛けりゃお前に多少の感情は抱いていたかもしれないぞ、ハルヒよ。  
すると古泉が  
「これは荒療治が必要ですよ。そうですね、これについては長門さんの方が明確に  
わかりやすく答えてくれるでしょう」  
古泉が長門を見ると長門はいつもの無表情に氷属性を加えた表情でこちらを見て、  
「涼宮ハルヒに、元の身体に戻りたいと思わせることが必要」  
そのためにはどうすればいいんだ。  
「衆人環境の中での性交渉が最善と思われる」  
沈黙が部室を支配する。朝比奈さんは凍り付いている。  
 
それは俺と朝比奈さんにハルヒの目の前でその、セックスをしろってことか?  
「そう」  
はっきりと言ってくれる。そんな無茶な。朝比奈さんを見ろ、目の焦点が合ってないぞ。  
キスとかじゃダメなのか・  
「わからない。でも確実なのはさっきの方法」  
だそうです。朝比奈さん。と訊いてみると、  
「だ、ダメです!涼宮さんの身体ですし・・・。でも・・・別にキョンくんなら・・・」  
最後の方はよく聞き取れなかったが、こんな頼みすんなり聞き分ける方がおかしい。  
まあそうなるよな・・・。朝比奈さん、キスだけでも元通りになるかも知れませんし、  
なんとかやってみませんか?おい、そこのお前、決して下心なんて・・・ないぞ。  
「うぅ、き、キスだけなら・・・」  
承諾してくれたのはいいが、いくら中身が朝比奈さんとは言え、ハルヒとキスを  
するわけである。うっ、あのときの事を思い出しちまったぜ。  
「決まりですね。早速明日実行しましょう。膳は急げといいますしね」  
そうして今日は溜息のまま解散となったのである。  
 
 
5  
翌日。放課後まで特に変わったことはなかった。昨日と比べてだがな。  
作戦はこうだ。俺と朝比奈さんは早めに部室に行き、ハルヒが来るのを待つ。  
無論古泉と長門は別の場所で待機だ。ハルヒが部室前の廊下に姿を見せた瞬間、  
古泉から俺に連絡が入る。電話が鳴ってからくるまで1分と言った所か。  
 
正直今死ぬほど緊張している。  
朝比奈さんも同様のようだ。さっきから手と足が同時に出ていたりする。  
ただハルヒの格好なのが心残りだ。こんな可愛らしい朝比奈さん、滅多に見れるもんじゃない。  
デフォルトでもとてつもなく可愛いけどね。  
部室で二人して緊張の糸を張り詰めていると、沈黙を断ち切るが如く朝比奈さんが口を開く。  
「あ、あのぅ。」  
なんですか?  
「キョンくんは、その、わたしとキスするの・・・嫌ですか?」  
ドキリとする。そ、そんなことないですよ。それに、世界を元に戻すためにも―――  
すると俺の言葉をさえぎり、  
「世界とかは関係ありません!正直に言って下さい!」  
・・・しばらく間を置いた後、  
「いやじゃないです」  
「涼宮さんの姿だから?」  
「関係ありません」  
「じゃあ・・・元通りになったら、ホントのあたしと・・・キス、してくれますか?」  
ヤバイ、今にもぶっ倒れそうだ。このときばかりはハルヒ、お前の容姿を恨むぞ。  
勿論で―――古泉からコールです。そろそろ・・・。  
「勿論って言いましたよね?うふ。ぜったいわすれませんよっ」  
と言うと、もう心の準備ができたのか、すっと目を閉じる。  
俺は朝比奈さんの肩を抱き、ゆっくり引き寄せる。もうハルヒは来るだろう。  
 
以前と違って勢いではない。ガチでハルヒとキスをするのだ。  
中身が朝比奈さんといっても意識してしまうに決まっている。俺が躊躇していると、  
突然唇に柔らかい感覚が伝わる―――。零距離に朝比奈さんの顔。赤く上気している。  
ハルヒはまだか。あと30秒?10秒?悠久ともいえる時が流れようとしたその時、  
二人のキスは変化を遂げる。朝比奈さんが俺の唇をこじ開け、舌を絡めてきた。  
俺は抵抗する理由もなく、ただそれを受け入れた。口内で絡み合う舌と舌。  
生暖かい感触。体の一部は既に限界を迎えている。  
ハルヒ、やっぱり来ないで良いぞ。もう少し・・・。朝比奈さんには悪いと思ったが・・・。  
 
お前とキスをしていたい。  
 
そう思った矢先、ドアが勢いよく開かれる。  
「やっほーっ!今日はねえ・・・・・・・」  
ハルヒが来たにも関らず俺と朝比奈さんは濃厚な、ケモノのようなディープキスを続ける。  
流石のハルヒも状況を把握するのに数秒を要したらしく、少しの間のあと―――。  
「あ、あんたたちっっ!!部室で何やってんのよっっ!!!」  
朝比奈みくるの声で怒号が響く。迫力に欠けるな。  
 
ようやく口を離した二人を一瞥し、  
「どういうことなのよ!!キョン、ハルヒちゃん、場合によっては容赦しないわよ」  
う。キスした後のことを全く考えていなかった。俺が戸惑っていると、  
「あ、あたしとキョンくんは、愛し合っているんです!  
涼・・・朝比奈さんには関係ありません!」朝比奈さんが声を上げる。  
明確な意思があるはっきりとした話し方は、ハルヒそのものだった。  
すると瞳に怒りを浮かべていたハルヒは今度は涙を浮かべ、  
「・・・・っ!!」と声にならない感情を浮かべ、走り去っていった。  
中身はハルヒでも、朝比奈さんを泣かせるような真似はしたくなかった。  
「すいません、朝比奈さん―――」  
言うや否や、またもや唇を重ねてくる。驚いている俺の表情をニコっと眺めた後、  
「キョンくん、あたしがあたしに戻ったら、キスしてくれないと思ったの。  
だから、今だけでも、キョンくんと繋がっていたい―――」  
俺は胸が締め付けられる思いでそれを聴き、華奢で胸も小さい涼宮ハルヒの身体を抱きしめた。  
「キョンくん・・・」  
と朝比奈さんが呟く。  
そして彼女を押し倒して、服を脱がせ、ハルヒの身体を眺め―――  
 
そんな妄想をしていると、無機質な声が耳に届く。  
「もう必要ない」  
長門だ。  
「な、長門!?」  
二人の間に割って入った長門はそう告げる。  
「涼宮ハルヒの精神へのダメージは世界を改変するに値するほどまでになっている」  
つまり・・・。もう大丈夫ってことか?  
「そう。今日の夜にでもそれは行われるだろう。涼宮ハルヒが無意識のうちに」  
「ふ、ふへ〜」  
と朝比奈さんが気の抜けた声を出す。ハルヒにこんな声を出してもらいたいものだ。  
しかし、キスだけでよかったのか。ハルヒも意外と繊細なんだな。  
すると古泉がしゃしゃり出て来て、  
「あなたたちの行為が激しすぎたのではないんですか?」  
朝比奈さんが顔を赤らめ、  
「し、しかたないですっ。世界のためですっ!」  
と答える。こんな表情のハルヒもいいかもな。  
ハルヒに放った言葉が気になるが、世界のためなんだろう、訊かないでおいた。  
明日、世界が元通りになることを祈って各自家路に着いた。  
終始長門の視線が痛かったのは俺の勘違いと言う事にしておこう。  
 
6  
翌日。世界は元通りになっていた。  
確認のために谷口にハルヒの性格や経歴を聞いてみたり、  
ハルヒのことを涼宮さんと呼んでみたりしたが、  
「は?からかってんなら怒るわよ」  
と一蹴された。  
部室では朝比奈さんが、メイド服の朝比奈みくるの姿で――という表現もおかしいが――  
いつも通りお茶を淹れてくれた。ハルヒのメイドも中々よかったが、やっぱり朝比奈さんの方がしっくり来る。  
長門も古泉も普段どおりだ。平和って素晴らしい。  
と俺が実感していると朝比奈さんが、  
「・・・そろそろかしら」  
と呟いた。俺が、何て言ったのかな、と考えていると  
「約束、覚えてますよねっ」  
と迫ってくる  
う、覚えています・・・けど・・・。  
今ここでですか?長門も古泉もいるしそろそろハルヒだって―――。  
また同じ事態になりかねませんよ、と言いかけたところで、  
またもや一方的に唇を塞がれてしまった。しかも今度はノータイムで舌を入れてくる。  
朝比奈みくるの唇は初めてだ。心なしかハルヒのそれより柔らかい。  
古泉が  
「おやおや、大胆ですね」  
などと呟いている。  
「・・・・・・ゴニョゴニョ」  
長門は聞き取れないくらい小さい声で何か言っていた。  
するとドアを勢いよく開けてハルヒが入ってくる。  
「待たせた・・・わ・・・ね」  
やばい。俺のシックスセンスがそう伝えている。ああ、またややこしい事になるのかな。  
なんて考えているうちにハルヒがつかつかとこっちにやってくる。  
朝比奈さんは唇を離さない。  
ハルヒは俺の頬を両手で包むように掴み、くいっと自分の方へ俺の顔を向ける。  
「修正してあげる」  
一言だけ言うと、朝比奈さんよりハードでヘヴィでディープなキスをしてきた。  
俺を含めた全員があっけに取られていると、長門が3人のすぐそばまで来て、  
じーっとこちらを眺めている。  
長門さんもしやと思いますがあなたもですか・・・?  
「興味はある」  
 
 
―――どうやら、俺の平和はしばらくは訪れそうにないらしい――――  
 
 
Fin  
 

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