雲一つない青空だった。  
 太陽は今日も輝いていた。  
 そしてオープンカフェでコーヒーをすすっていた俺の前に現れたのは、  
そんな天気が良く似合う細目の優男だった。  
「お久しぶりですね。また会えて嬉しいですよ」  
「変わってねーな、古泉」  
「お互い様ですね」  
古泉は微笑を浮かべたまま席に着いた。悔しいがさまになっている。ウェイ  
トレスもこいつに見とれているようだ。古泉は後ろを向いてそのウェイトレス  
に声をかけアイスコーヒーとサンドイッチを注文した。  
「涼宮さんは病院ですか?」  
「ああ、定期健診だ」  
いまだにこいつはハルヒのことを涼宮さんと呼ぶ。ま、こいつらしいけどな。  
古泉がコーヒーを待つ間、俺は手元のホットドッグをひとかじりした。  
 
「そっちはどうなんだ。仕事はうまくいってるのか?」  
「快調ですよ。とはいえ独り身はやはり寂しいですがね」  
肩をすくめて笑みを浮かべる古泉。こういうところもまったくもって変わって  
いない。ムカつくやら嬉しいやら。  
「お前ほどのツラと収入があれば女なんざいくらでも寄って来るだろ」  
「確かに言い寄られることは多いですが、目の色がお金になっている女性  
などいくら美人でも心を許したいとは思えませんよ」  
だろうな、と俺は苦笑した。高校時代からこいつは何人も女を振ってきたっ  
けか。じゃあどんな女が好みなんだと聞くとこいつはいつも答えをはぐらか  
していたが。  
「今だから言いますがね。僕は涼宮さんに恋をしていたんですよ」  
「知っている」  
「そうなんですか?」  
何を今さらってなもんだ。いくら俺が鈍くても気付くさ。同じ女に惚れちまっ  
た男のことぐらいはな。  
「ま、正直言ってあなた方二人の間に割り込めるとはまったく思いませんで  
したよ。負け戦を承知で未練がましく部室に顔を出していたものです」  
古泉はどこか遠くを眺めていた。きっとあの時代のことを思い出していたん  
だろう。今ならわかる。はっきりとわかる。あれは最高だった。3人いればな  
んでもできると思っていた青春時代――。  
 
 3人?  
 そう、3人だ。  
 俺と、ハルヒと古泉と。俺たちはいつも3人でくだらないことにエネルギー  
を費やしていた。野球をやったり映画を撮ったり孤島や雪山に出かけたり  
――どれもこれも呆れるほどくだらない、だけど最高の思い出だ。  
 ……だが、この妙な違和感はなんなんだ?  
「なあ古泉」  
口が動いていた。馬鹿馬鹿しい。こんなことを聞いてどうする。  
「SOS団って3人だったよな?」  
すると古泉は動物園でテナガザルを見物する子供みたいな表情でぽかん  
としやがった。ああちくしょう。なんで聞いちまったんだ。  
「何を当たり前のことを言ってるんですか。言っておきますけど鶴屋さんは  
団員ではありませんよ?」  
「あ、ああわかってる。ちょっとふざけてみただけだ。悪いな」  
いやまったく、我ながら大したボケっぷりだ。まだ痴呆症には早いと思うが  
ね。こんなんで人の親になろうなんて無謀なんじゃなかろうか。  
 
 カバンに突っ込んでいた携帯電話が鳴ったのはその時だった。液晶に  
表示されている発信元を見てちょびっと緊張感が生まれる。ハルヒの奴、  
なんかやらかしたんじゃないだろうな。  
 だがその電話が俺に告げたのは予想だにしないビッグニュースだった。  
「ええっ、でも予定日はだいぶ先なんじゃ……?」  
『予定は未定なんです』  
そんな身も蓋もないことを。古泉は何が面白いのかニヤニヤしてやがる。そ  
して俺が電話を切ると待ち焦がれたように口を開いた。  
「いよいよですか」  
「ああ、ハルヒのせっかちが子供にまでうつっちまったらしい」  
古泉は心底嬉しそうな顔をしてコーヒーをすすっている。俺は席を立って  
カバンを抱えた。  
「わりい。また今度会おうぜ」  
「その時にはお子さんにも会わせてくださいね」  
「当たり前だ」  
 
 俺は走った。これほど走ったのはどれほどぶりだろう。国道にまで出ると  
俺は飛行機を見つけた無人島漂流者のように手を振ってタクシーを止  
め、飛び込むように乗車するとツバを飛ばしながら行き先を告げ、後は  
ずっとカバンに顔をうずめていた。こういうとき男ってホント何もできねえよ  
な。  
 どれぐらいの時間が過ぎただろうか?  
「兄ちゃん、どうやらこの先事故ってるみたいだね。こりゃずいぶん時間が  
かかりそうだ」  
「そんな……! 別の道はないんですか?」  
「あるにはあるけどよ。えらい遠回りになるんだよな」  
「それでもいいです! とにかく急いでください!」  
 急いだところで何ができるわけでもない。だがそれでも俺は急ぎたかっ  
た。ハルヒのそばにいたい。あいつのために、せめて声の一つぐらいは。  
 
 結局俺は間に合わなかった。俺が病院に着いた時にはもう、すべては終  
わっていた。  
 だけど真っ白なベッドの上で、ハルヒは目を細めて微笑んだ。  
「遅いわよキョン。罰金」  
「ああ」  
そんなハルヒが愛しくて、どうしようもなく愛らしくて。できることならこの場で  
こいつを連れ去ってやりたい。  
 だけど、俺たちはもう二人だけじゃないんだ。  
 
「ほらキョン。あの子達が私達の子供だよ。二人とも女の子だって」  
透明なケース越しに、二人の赤ん坊が寝息を立てていた。まるで天使みた  
いだった。いや違う。こいつらは天使だ。俺とハルヒの、かけがえのない  
天使なんだ。  
「なあハルヒ。名前のことなんだけどさ」  
ケースに頬ずりしながら俺はつぶやいた。  
「俺、ずっと考えていた名前があるんだ」  
子供が双子だと知ったときから決めていた名前。  
「そう」  
ハルヒが言った。  
「私もずっと前から決めていたの」  
「そうか」  
俺はうなずいた。  
「私ね、なんとなくわかるの。私とあなた、きっと同じ名前を考えてる」  
 ああ俺もそう思うさ。理由なんざどうだっていい。どうせ考えたってわ  
からないだろうからな。  
 きっとそれはいつか交わした約束。子供が生まれたらその名前を付ける  
という確かな約束。いつどこで誰とそんな約束を交わしたのか、俺には思  
い出せない。だけど多分ハルヒもその約束のことを知っている。俺にはな  
ぜか確信があった。だってそれは、俺たちにとって何よりも大切な約束の  
はずだから。  
 この世界一傲慢な嫁さんだってそれには同意してくれるはずさ。  
「じゃあ言うぞ、ハルヒ」  
「うん」  
 そして俺は告げた。  
 大切な大切な、二人の女の子の名前を。  
   
 
                            おしまい  
 

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