拝啓、天国のご先祖様。
俺は今、エラいコトに巻き込まれかけています。
コトの起こりは本日、俺が掃除当番で一番遅く部室(部じゃないから団室か)へと赴いたことに始まる。
コンコン、と一年も続けているともはや癖になりつつあるノックをする。
するといつもの朝比奈さんのスウィートボイスではなく、
「どうぞっ!!」
というハルヒの荒れていながらも妙に嬉しそうなハルヒの声が俺を出迎えた。
この時点で俺のモチベーションは乱降下したね。
具体的な数値で示すと50%は確定だ。
このまま帰ってしまいたくなる衝動をなんとか押し殺しつつ本来文芸部室であるドアを押し開けると。
……そこは魔窟だった。
断言しよう、アレは人の存在できる領域ではない。
一年間ハルヒに振り回され続けた俺ですら思わず一歩引いたくらいだ。
谷口レベルならその場で卒倒しているね。
中の様子はと言うと、珍しく団員の位置関係がいつもと違う。
まず、団長席には誰も座っていない。
その団長席の主であるハルヒは、真ん中においてあるテーブルのお誕生席に座っている。
俺から見て左の方――いつも古泉が座っている場所には長門。
そして俺から見て右手、つまりいつも俺と朝比奈さんが座っている辺りには朝比奈さんが一人で座っている。
最後に、非常にどうでもいいが古泉の野郎は普段の長門の指定席に座っていた。
テーブルの傍で光る三つの瞳が、いつぞやのみくるビームの如き視線で俺を見つめている。
見つめられたら全身第二度火傷くらいは負いそうな炎の視線のハルヒ。
いつもと変わらないように見えるが、凝視されたら血の一滴まで凍りつきそうな視線の長門。
じっと見てると全身感電してショック死しそうな視線の朝比奈さん。
炎、氷、雷と三属性揃ってどこぞの有名RPGみたいになっている。
……そして現在に至る。
「何やってんのよ。さっさと入りなさい」
アホみたいに突っ立っていた俺に、ハルヒの呼ぶ声がかかる。
本当はもの凄く尻尾巻いて帰りたかったのだが、後が怖いので渋々中へと足を進める。
そこ、情けないとか言わないように。
そう思うなら俺の代わりにここに立ってくれ、喜んで代わってやるから。
さて、中に入ってどこに座ったものかと視線を彷徨わせていると。
「キョン、あんたの席は今日はそこよ」
ハルヒの指が指し示したのはちょうどハルヒの真向かい。
もう一つのお誕生席というやつなのだが、日本的にいうなら下座と言うことになる。
今度はなんなんだ。
とっとと状況を問いただしたいところではあるが、
今逆らうと後々面倒になると経験から悟った俺はハルヒの言うとおりの席に腰を下ろした。
改めてみるとなんだ、これは。裁判か。
俺のいるところが証言台、長門がいるところが検事席、朝比奈さんがいるところが弁護士席。
そしてハルヒがいる場所が裁判官の位置だ。
先日やった某裁判ゲームのパロディが面白かったから裁判やりたいとか言い出したのか。
だとしたら俺は間違いなく有罪になるだろうな。
長門が検事ならどんな小さな証拠でも見つけ出すだろうし、朝比奈さんには悪いが弁護士としては頼りない。
それなら、いけ好かないがせめて古泉を弁護士につけてくれと思うね。裏切られる可能性もあるが。
そしてなにより、裁判長たるハルヒが公平とは程遠い思考の持ち主だ。
……まて、ハルヒが裁判官?
あいつの性格なら派手な弁護士とか検事とかを選びそうなもんだが――
「キョン、単刀直入に聞くわ」
不意にハルヒが口を開く。
なんだ、俺は何か詰問されるようなことをやったのか。
「アンタ、誰を選ぶ?」
……は?
「アタシと有希とみくるちゃんのうち誰を選ぶかって聞いてんの」
どういう意味だそりゃ。
「何度も言わすなっ!!ぶっちゃけた話三人の中で誰とヤりたいか聞いてんのよっ!!」
……空気が死んだ。
むしろ死んだのは俺の頭の中だったのかもしれない。
いやいや待て待て。
きっとハルヒが考えているのは18歳未満お断りな方面ではなくて何か別の事だ。
なあ、ハルヒ?一体何をやるんだ?
「決まってるじゃない。セ」
「OK、もういい。ひとまず黙れ」
ハルヒの言葉をさえぎって、なんとかその単語を口にするのを止めた。
人前でんな単語口にするんじゃありません。
「むぅ……まぁいいわ。それで、誰を選ぶ?もちろんあたしよね?」
アヒルのような口から、満面の笑顔へ。
ただまあ顔は笑っているのだが、その背後に立ち上るオーラは脅迫の意思マンマンだった。
「キョンくん、わたしですよね?」
これもまた花の咲くような天使の笑顔の朝比奈さん。
ですがすみません、俺は今始めてあなたの笑顔を怖いと思いました。
「わたし」
非常にわかりづらいが、それはお前を選べと言っているのか長門。
しかしそう思うなら絶対零度という人類の限界すら超えちまったようなその冷たい目を何とかしてくれ。
そして古泉、楽しそうにしてないで助けろ。
そもそも何でこんなことになったんだとか基本ながら誰も教えてくれないことを考えていると、
「キョンくん」
朝比奈さんが立ち上がり、俺の傍に寄ってきていた。
「私なら、この胸できっとキョンくんを満足させてあげられます」
俺の手を取り、恥ずかしげに言う朝比奈さんに、俺はハンマーで殴られたような衝撃を覚えた。
なにしろ朝比奈さんだ。
もはや胸にコンプレックスでもあるんじゃないかってくらいに恥ずかしがり屋なこの人が、
あんなセリフを吐いたんだから、衝撃受けなきゃそいつは男じゃないと断言できるね。
「大きいだけじゃダメよねぇ?やっぱり形と大きさのバランスでしょ。ねえキョン?」
ハルヒがいつの間にか俺の眼前にいた。
確かにコイツの体はバランスの取れた、それでいて不足のない体だ。
性格を除けばこれほどの女はいないかもしれないってくらいだからな。
ただハルヒ、テーブルの上に乗るもんじゃありません。
「将来性」
長門、いきなり近寄ってぼそっと呟くのは怖いからやめてくれと。
そして何が言いたいのかこれまた解かりづらいが、
要は小さい胸には大きくなる可能性があると言いたいのか?
しかしその前にお前は成長するのかという根本的な疑問があるんだがな。
『さぁ、誰を選ぶ(の/んですか)?』
ずずずいっ、と三人が俺に顔を寄せてくる。
ハッキリ言おう、マジ怖い。
もしここで『鶴屋さんが好きだ』などと言おうものなら俺は確実に殺される。
具体的には朝比奈さんに強烈なビンタをもらい、
長門のトンデモ能力で強化した拳でボッコボコに殴られ、
最後にハルヒに屋上から落とされる。
……むしろそのくらいで済めばまだいいもんだがな。
さてどうしようかとパニクりながらも必死かつ本気で考えていると。
「まあまあ、皆さん。ひとまず落ち着いてはどうでしょう?」
意外な方向から、助け舟はやってきた。
古泉はハルヒ達三人(+俺)の視線にも怯んだ様子もなくこっちをみている。
「そんなに迫っては彼も落ち着いて選べませんよ。
焦って軽率な選択をして浮気などされたら皆さんとしても不服でしょうしね」
いつもの胡散臭い微笑を浮かべたまま、何気に悲惨な未来を口にする。
どうでもいいがお前の中で俺はどんな人間として認識されているのか聞きたくなってくるんだがな。
しかし、助けてくれたことは事実として受け止め、お前を心の友として認定しよう……今日一日だけだがな。
「そこで提案です」
待て。今何か妙に嫌な予感がしたぞ。
「一人ずつ彼を誘惑するという勝負形式はいかがでしょう。
衣装、状況、技術、それらを駆使して彼を誘惑するんですよ。
彼の最も好む形を取れた方が勝者です」
前言撤回。
おまえなど友でもなんでもねえ。
というかそれはアレだろ。
非常に頭の悪い言い方をすれば――エロ合戦と言うやつだろう。
んな勝負できるか、と声を上げようとしたその一瞬前、
「採用よっ!!」
ハルヒが叫んだ。
「素晴らしい案だわ!さすがは我がSOS団の副団長ね!」
「お褒めに預かり光栄です」
満面の笑顔の上に瞳を輝かせるハルヒに、古泉は憎たらしいほど優雅に一礼して見せた。
俺はというと酸欠の金魚か鯉のように口をパクパクとさせるのみである。
「細かいルールは後で決めるとして……審査員はキョンと古泉くんなのかしら?」
ハルヒがふと思いついたらしき疑問を口にすると、古泉が肩をすくめた。
「申し訳ないのですが、僕は今夜から一週間ほどイギリスの知人のところへ行かなければならないのですよ。
初耳だぞ。
「急に決まったことですから。担任にはもう話をしてあります」
困ったような微笑ながらも妙に楽しげな声がまたムカつく。
「それに、僕はあくまで第三者ですから。
やはり審査員は彼一人というのが望ましいのではないでしょうか」
「それもそうね。じゃあ審査員はキョン一人ということで」
なにやら妙に納得しているハルヒだったが、できるなら俺も外してくれ。
というよりももっと別な勝負の方法があるだろうよ。
……ないか?
「細かいルール決めるわよ!!キョン、そこどいて!!」
言うが早いか、ハルヒは俺の襟首を引っ掴んで部室の隅へと放り投げやがった。
顔をつき合わせて話を始める三人娘。
仕方なしに、俺は団長席に陣取ってインターネットなど始めるのであった。
もっとも、行ったサイトの内容など全く持って頭に入らなかったのだが。
そして小一時間ほど話し合った後、決まったルールは以下の通りだそうだ。
・準備期間として明日と明後日の二日を設ける(ちなみにその間は団活は休み)
・一日に一人ずつ、順番はもう決めた(俺には教えてくれなかったが)
・本番、即ち挿入はなし
・キョン(つまり俺)をイかせるのは一人につき一回のみ
・妨害行為厳禁
「それじゃ、今日はもう終わりよ!!」
ルールを早口で言い終えると、疾風のようにハルヒが部室から飛び出した。
その後に考え込んだ顔つきの朝比奈さんが軽やかに退出し、
最後に長門がパタン、と本を閉じて立ち上がり、スタスタと出て行った。
後に残ったのは異様に疲れきった俺と、終始楽しげに傍観していた古泉のみ。
「お疲れのようですね」
なんだ古泉。
俺は今、お前のツラを見るだけで渾身のパンチをお見舞いしたくなるんだがな?
「それは遠慮しておきますよ」
古泉がニヤけスマイルのまま対面に座る。
それを目の端で見届けて溜息をつき、再び古泉に目線を戻す。
「エラいことしてくれたな、古泉」
「そうでしょうか?あのまま僕が助け舟を出さなければどうなっていたと思いますか?」
それについては感謝しよう。
だが、その後の提案は完全に蛇足だろうが。
百歩譲って勝負はするにしてももうちょい別の方法があるだろうに。
「僕としてもあれは頭の悪い提案だったと少し後悔していますよ。
彼女達――特に朝比奈さんが賛同したのは想定外でした」
珍しく本気で困った微笑を浮かべる古泉。
「しかし生半可な勝負をするわけにはいかなかったのも事実です。
仮にトランプで勝負をつけ、涼宮さんが負けてしまったとしましょう。
その場合、彼女はあなたが別の人と性的交渉を持つのを指をくわえて見ていなければならない。
もしそうなってしまえば、過去最大の閉鎖空間が発生するやもしれません」
それはお前の提案した勝負でも変わらないんじゃないのか。
「確かにそうなんですけどね。
ですが性的な勝負の上、となれば彼女も納得する可能性がないわけではないでしょう。
いわばあの提案は次善策ですよ。避けられないのなら発生する確率を下げる、というね」
そこまで言うと、古泉は立ち上がって茶を入れ始めた。
二人分入れた茶を持って、テーブルへと戻る。
「少々僕の本音を言いますと……正直嫉妬していますよ、あなたには」
言いながら、片方の茶を俺の前に置く。
俺としては優越感というものが全くないんだがな。
「まあ、同情半分羨ましさ半分といったところですが。
涼宮さんも長門さんも朝比奈さんも、奇妙な裏設定を除けば皆魅力的です。
人間としても女性としてもね。その彼女達に見向きもされないというのは男として少々複雑です」
まあ俺がおまえの立場なら同じように考えるだろうがな。
だが正直、俺はハーレムを作った奴を尊敬したくなってきたぞ。
「あなたが皆を納得できる形で愛せるほど器用な方であれば良かったのですが。
さすがにそこまで求めるのは酷というものでしょうしね」
言って酷くあいまいな笑みを浮かべ、茶を飲み干して立ち上がる。
「そろそろ出発の準備をしなければなりませんので、これで。
結果報告、楽しみにしていますよ」
さっさと行っちまえ。
では、と軽く呟いて古泉は去っていった。
夕日の差し込む部室にただ残るは、俺一人のみ。
いまさらながらにしまったと思う。
何がどうなってこんな風になったのかそれだけ古泉に聞き出してから帰らせれば良かった。
かといって走って追いかけるような気力も体力もなく、パイプ椅子の背もたれに体重を預ける。
……以前に言ったかもしれないが、俺は神だの運命だのは信じちゃいない。
しかし今だけは声を大にして言わせてくれ。
………神(ゴッド)よ、俺が何かしましたか。