キョンにとって
ある日のことだ。珍しいことに部室には俺とハルヒ二人しかいなかった。
俺は暇を持て余す為に週刊雑誌を広げて、DANGER×DANGERがまた今週も掲載されていないことを毒づき、
最近新連載し始めた、ラブコメ漫画を読みながら、「あぁ、こんなん絶対有り得ねぇよな」
と、半ばあきれながらページを捲りつつ、我が心のオアシス。朝比奈さんの到来を待ちぼうける。
ハルヒはというと、団長机に置かれたパソコンを使って、どうやらネットサーフィンをしているようだ。
「ねぇキョン。」
とハルヒがパソコンに目を向けながらこう言った。
「キョンにとって有希って何なの?」
いきなり何だ。何が聞きたいんだお前は。
「いいから答えなさいよ。」
ふむ、俺にとっての長門か・・・・・
そうだな、長門にはかれこれ色々とお世話になったお方だ。長門がいなけりゃ今の俺はここにいないだろう。
何度長門に命を救われてきたことか。
だが、あの事件以降、長門に対する俺の考えは変わった。何もかも、困れば長門にまかせるということが、
長門へ身体的、精神的に負担を背負わせていたのだと。
だから俺は少しでも、ほんの少しでも長門の力になってやりたい。そう思う。だから、
「そうだな。俺にとっての長門は力になってやりたい存在だな」
と言うと、ハルヒは「ふーん」とイマイチどうでもいいような返事をして、マウスを動かして何度かクリックをしている。
マジで何が聞きたいんだお前は。
「じゃあ、キョンにとってのみくるちゃんは?」
今度は朝比奈さんか。次は何だ。古泉か?あいつの事に関しては何も言うつもりは無いぞ。つうか言いたくない。
で、何だ。朝比奈さんか。そうだな、朝比奈さんは未来から来た存在であっても、本人は何も知らされずに今ここにいる。
そのせいもあってか、この前は反勢力組織みたいな奴らに朝比奈さんが拉致されてしまうこともあった。
これからもそんな事態がやってくるのかもしれない。
だから、これからのことを考えると、朝比奈さんは守ってやりたい。というか守らなければならない存在だ。
「うぅむ、俺にとっての朝比奈さんは、守ってあげたい存在だな。」
と言うと、またハルヒは「ふーん」と鼻を鳴らしながら、今度はマウスのローラーを中指でコロコロと回している。
ホントに何が聞きたいんだお前は。
「じゃあ」
と言うと、ハルヒは立ち上がり、俺の目の前まで来てこう言った。
「私は?」
は?
「何が?」
キョトンとしていると、ハルヒはさっきよりもややマジな顔になって、
「あんたにとっての私がどうなのか聞いてるのよ。」
マジで何が聞きたいんだこいつは。
俺にとってのハルヒか・・・・・
「5秒以内に答えなさい。いいわね」
と俺を見据えて言うと、指を折りながら「い〜ち」と勝手に返答へのカウントダウンを始めやがった。
俺にとってのハルヒ。
そりゃ守ってやりたい。とも思うこともあるし、思わないこともある。
力になってあげたいと考える時もあるし、ないこともある。
放っておけないかといわれると、そうでもあるし、そうでもない。
俺にとっての涼宮ハルヒ。それは―――――
「ごぉ〜。さぁキョン。タイムアップよ、答えを聞こうかしら?」
俺の出した答え。
1.はっきり言うと迷惑的な存在だ
2.別になんでも無いが
3.傍にいて欲しいような存在だ
4.その他
「ごぉ〜。さぁキョン。タイムアップよ、答えを聞こうかしら?」
俺の出した答え。
それは――――
「なんつうか・・・・そ、傍にい、いて欲しい存在・・・・?」
「えっ?」
言っちまった。しかも声がトンデモ裏返った。何だろうな。正直こんな台詞吐くつもりじゃなかったんだが。
俺的に3以外を選考してもいいくらいだ。
だが言っちまったもんは自分の気持ちに嘘はつけない。
そうだ。いつからか、俺は高校一年の春に自分の後ろの席で突拍子も無いことを言いやがった、
この涼宮ハルヒにいつの間にか思いを寄せちまったんだ。
さぁどうだ。この野郎。言ったぞ。今度はお前の返答を希望しようじゃないか。
と、ハルヒを見上げると、ハルヒは何やら天井からタライでも落ちて、脳天直撃したような驚きの表情で、
顔を真っ赤にしている。
何だよ。女らしい顔と反応するじゃねぇか。それとも見当違いな返答を待っていたのか?
糞、どちにしろカメラ持って来てこの表情を撮らえておけば良かったぜ。
なんでいつもこういう時に無いんだろうなまったく。
と一人で思っていたら、はっとしたハルヒが
「えっ、ちょっ、何?それ冗談?」
ニヤけているのか、怒っているのかわからない顔をしながら言ってきた。
「冗談も糞もあるか。さっき言ったことは大マジだ」
こんなた大層な嘘つけるか。つくんだったら「俺、実は異世界人なんだ」と4人の前で宣言して、時空の壁を切り裂いて、ここではないどこかへ連れて行ってやるくらいだ。
まぁまだ、異世界人は俺達の前に現れていないんだがな。
ちなみに俺はただの一般人だ。あしからず。
ハルヒはまたもや積乱雲からの突然の雷を直撃したような顔をしている。
アホかお前は。
「で、でもキョンって有希の事が好きなんでしょっ!?」
あー何を勘違いしてるんだ?
「だって、あんたいっつも有希のことばかり見てるじゃないの!」
あぁ、あれはだな。別に好きだとかそういうのじゃなくて、長門の日常変化を伺っているというか、
なんというか。気になるというか。
「気にしてるってことは、好きってことなんじゃないの?」
「別に好きだから気にしているわけじゃない。ただ、何かとほっとけないんだよ。」
実際そうだ。長門に異常な変化が起こると、それイコール何か嫌な出来事が起こってしまうことと直結してるからな。
これ以上長門に何か起こってはならない。だから常々よく目を向けているのだ。
「そっそれに、あんた、いっつもみくるちゃんを変な顔して見てるじゃないのよ!」
変言うな。あれはだな。なんというか「こういう人がいるといいなぁ」とかいう満足感から来る顔なんだよ。
TVで見る超国民的アイドルをブラウン管から「いいなぁ」と呟きながら見ているのと同じだ。
好きっていう感情はそこには実際のところ無い。
朝比奈さんが未来人だから。という壁があるからかもしれない。
「ということだ。俺の気持ちがよくわかったか?」
しどろもどろしてるハルヒをハルヒ曰く変な顔をしてやりながら見上げる。
おっと、聞き忘れていた。
「さて、お前の気持ちを教えて貰おうかね。」
パイプ椅子から立ち上がり、今度はハルヒを見下す。当のハルヒは俯いて、
何やらゴニョゴニョと小言を言っている。
「・・・・・きょ」
「え?」
「好きよ!このバカキョン!!」
そう言い放ったハルヒは俺の胸元に飛びつき、ついでに唇も合わせてきた。
俺も空いていた両腕をハルヒの背中に回し、ゆっくりと抱きしめてやった。
胸が猛烈に速い鼓動を行っている。にわかに足元が震えていたのは秘密だ。
「っ、これで俺の疑惑は解けたか?」
古泉も顔負けのスマイルフェイスでハルヒを見てやる。
「・・・・解けたに決まってるじゃない・・・」
そう言いながら、顔を俺の胸元に鎮めて顔を隠す。
相当顔赤いんだろうな。多分俺も同じくらいだろう。
その後、10分ほどこの状態でいたら、長門、朝比奈さん、古泉が一緒に部室に入ってきて、
俺達を見るなり、再びドアを閉めて退室していったことは言うまでもない。
古泉の等比社4倍増しのスマイルと目を白黒させていた朝比奈さん、いつもの無表情を更に凍結させた長門の顔を忘れることはないだろう。
次の日、教室へ向かった俺はポニーテールに結い上げたハルヒに、いつの日か、大分前に言ってやった挨拶をしてやった。
「よう。とてつもなく似合ってるぞそれ。」
「・・・・・・・・」
無言で顔を赤くしながら、窓の方向を向いているハルヒが、こっちを向いて、
「ぽっ、ポニーテール萌えなんでしょっ」
と言って、クラスメイトのいる中で三度目の口付けを味わった。
やれやれ。
終わり。