「――あれ。キョンくん、もう帰っちゃうんですか?」  
シーツの端からけだるそうな顔をのぞかせる。  
その表情は、先程の余韻を楽しんでいるかのようだった。  
「ええ、すみません。この埋め合わせは今度必ず」  
あどけない顔に残るアンバランスな表情に後ろ髪引かれるものを感じながらも、俺はそう告げる。  
「うふ。期待してます」  
いつも部室で見かける笑顔を天使の笑みだとすると  
いま浮かべている笑みは、堕天使の笑みだろうな。女ってのは怖いぜ。  
昔あこがれていた従姉のことがちらっと脳裏をよぎった。男と駆け落ち、だもんな。  
高校卒業までは清純そうな優しいお姉さんだったんだが、何があんなに変えたんだか。  
いらんことを考えていたからか、次に聞こえた声のトーンが変わっているのに気付かなかった。  
「キョンくん」  
「はい?」  
何の気なしに応答して、見やる。げっ。  
「あたしの部屋で、しかもさっきしたばっかりなのに、他の女の人のことを考えるなんて」  
顔に出ていたのか?  
「キョンくんでも許せるときと許せないときがありますよ?」  
表情は笑顔だが、背負っている雰囲気を一言で言うと、殺意だった。  
もしかしたら、明日部室で淹れてくれるお茶には致死性の毒が入ってるかもしれん。  
俺は一瞬本気でそう思った。  
 
肝を冷やしつつも弁明しワンルームを辞した俺は、家へと向かっていた。  
もうすぐ二月を迎えるこの時期、さすがに寒風が身にしみる。  
いつの間に俺と朝比奈さんがそういう関係になっていたのかなどは些末な問題であって、  
「キョンくんだけです……あたしのことを解ってくれるのは」  
などと涙と流しながら言い、  
「忘れさせて」  
と胸に飛び込んできた朝比奈さんがいれば、男なら誰だってこうなってしまうのは必然だろう。  
ハルヒや長門、SOS団のことを考えないでもなかったが、朝比奈さんは事後も  
平然といつものほんわかメイド服姿で対応している。女ってのは怖いな、ホント。  
 
 
「あ、キョンくん、おかえりー」  
ドアを開けると、妹が顔だけこっちを向けて声をかけてきた。  
シャミセンを抱えてるところを見ると、台所か。そういやエサをやる時間だな。  
しかし何を思ったのか、妹はシャミセンを放り出すと、靴を脱ぎ二階へ上がろうとした俺に抱きついてきた。  
「どうかしたのか?」  
俺の質問に答えず、顔をうずめる。くすぐったいからやめてくれ。  
「……女の人の匂い」  
しばらくしてぽつりとつぶやいた言葉は、俺をうろたえさせるのに十分すぎるほどだった。  
「キョンくん、どこ行ってきたの?」  
さらに追及してくる。  
「駅前だ駅前。ほら、シャミセンがエサ欲しそうに待ってるぞ。やってきなさい」  
「はぁーい」  
かなり苦し紛れの返答だったが、案外素直にごまかされてくれた。妹よ、その純真さを忘れるな。  
兄として切に願うばかりだ。  
 
明日学校で当たりそうなところを適当に予習し、さて寝るかと思ったときだった。  
コンコンと控えめなノックの音がした。おふくろか?  
そう思いドアを開けると、立っていたのはパジャマを着て枕を抱っこしている妹だった。  
「シャミセンか?」  
たまにこういうことはある、ノックはないが。しかし妹は首を振った。  
「キョンくんといっしょに寝たいの」  
何の風の吹き回しだ。  
「別に構わんが、どうしたんだ?」  
「えへっ、なーんにも」  
無邪気に笑うと、部屋に入ってきて、ベッドに潜り込み、  
「シャミ、おじゃまさせてもらうね」  
一足先にベッドの上を陣取っていたシャミセンにあいさつした。  
俺は真っ暗だと眠れない妹に配慮し、明かりを少し残し、ベッドに入る。  
すると妹が枕を抱えたままじーっと俺を見つめてきた。  
「なにか言いたいことがあるのなら言いなさい。それと枕は頭の下に敷くものだぞ」  
「だってなにか抱っこしてないと眠れないんだもん」  
そんなの初めて聞いたぞ。それと最初の問いは無視か。  
「じゃあ、シャミセン、は無理か。ぬいぐるみでも持って来い」  
「いや。キョンくん抱っこする」  
と言って、枕を放り投げると俺にまた抱きついてきた。どうでもいいが俺を抱っこするのは無理だろ。  
しかし妹にはそれでも良かったらしい。満足気な声で、  
「キョンくん、おやすみー」  
そう言うと、俺の頬に唇を当ててきてちゅっ、と音を立てると目を閉じた。  
「おやすみ……ん?」  
あまりに自然な動作だったから気付くのが遅れたが、何をやったんだコイツは今。  
断っておくが、俺の妹は就寝前にキスなどする人間ではない。断じてない。  
どうなってんだ。  
 
結局満足に眠れなかった。  
妹を意識したわけでは当然なく、妹がどこからそんな情報を入手したのか気になってさ。  
問いただすことも考えたが、すやすや寝入る妹を叩き起こすのは悪いだろ。  
朝起きたら起きたで、さっさといなくなりやがるしな。  
くそ、眠い。でも学校を休むわけにもいかん。  
「うっす」  
あくびをかみ殺しながら後ろの席に声をかける。  
「おはよ。朝っぱらから眠そうな顔してるわね」  
「ああ、ちょっとばかり眠れなかったもんでな」  
「ふうん」  
どうでも良さそうな返事をする。実際、ハルヒにとってはどうでもいいことだろう。  
それからの授業は、居眠りしそうな自分と戦うのに精一杯で、授業どころじゃなかった。  
 
でもって放課後だ。今日の俺は真実このためだけに来たようなもんだな。  
「こんにちは、キョンくん」  
ノックに扉を開け、迎えてくれたのはメイド姿の朝比奈さんだ。長門と古泉もいるな。  
「どうも」  
部室に入り、いつもの席に座る。早速お茶を淹れてくれる朝比奈さん。  
「涼宮さんは?」  
「ハルヒなら、もうじき来るでしょう。日直でしたから」  
そう答えつつ、お茶を味わう。もちろん、毒なんか入ってないのは言うまでもない。  
「どうですか? ひと勝負」  
古泉がMTGのデッキを並べながら言ってきた。別に構わんが、賭けようぜ。  
「いいでしょう。今日の僕はそう易々と負けるつもりはありません」  
えらく自信ありげだな。まあいいや。たまに負けてもトータルで換算すると断然プラスだ。  
パトロールで俺がおごってる分を返してくれてるのかもしれん、と思うぐらいこいつは負けてるからな。  
 
ゲームを始めてからほどなくして、ハルヒがやってきた。  
何もない日だな、今日は。古泉が先程の言葉とは裏腹に負けまくってるのがその証拠だ。  
俺がわざわざ先に黒赤を選んでやったのに、緑の小動物を集めて暴走狙いでは無理だろ。  
それからも俺の選ぶ色とは相性の悪いのばかり選びやがった。何がしたいのかわからん。  
長門の本を閉じる音によって本日のSOS団の営業が終了したときには、四桁金が浮いていた。  
 
「じゃ、また明日」  
ハルヒが手をひらひらさせながら出て行き、古泉も帰った。俺も帰るか。  
「これ」  
着替える必要のある朝比奈さんのためにさっさと部室を去ろうしたら、長門が本を差し出してきた。  
「貸すから」  
えらく懐かしい行為だな、また。本を受け取った俺は、即座にぱらぱらっとめくる。栞が落ちた。  
『午後七時。光陽園駅前公園にて待つ』裏にはそう記されてあった。  
「ここでは言えないことなのか?」  
それとも、これは長門流のジョークか?  
「言えない」  
長門はいつもよりさらに平淡な声を返してきた。  
だが、俺にとっては家に戻ってからまた駅前まで来るのは少々二度手間だぜ。直接行ったらダメなのか?  
「……かまわない」  
少しためらうような間があったような気がしたが、ま、そっちのほうが助かるので何も言わない。  
「じゃ、行くか。朝比奈さん、また明日部室で」  
部室内を振り返ると、朝比奈さんが怒っているような拗ねているような、なんとも言えない顔をしていた。  
「またあした」  
長門より淡々とした声を返してくださった。これは相当まずい気がする。  
何か謝罪の言葉を述べるべきだったが、長門がいる以上、めったなことは言えない。  
それになぜか長門がしきりに俺のそでを引っ張っている。  
心の中で謝りながら、部室を後にするのが精一杯だった。  
 
坂を下る間に、用件は何なのか何回か聞いてみたが、長門は沈黙を守っていた。  
ほどなくして着いたのは、思い出の詰まった公園だ。  
例のベンチに歩みを進める長門。座ったと思ったら、  
「こっち」  
すぐに立ち上がり、俺を自宅へと導いていく。  
今の行為に何の意味があったんだ?  
今日の長門はどこか変だ。  
 
「それで、何の用なんだ?」  
長門の自宅に入った俺は、すぐに切り出した。  
長門は無言で湯のみにお茶を注ぐと、  
「飲んで」  
そう言った。そりゃ、体は冷えてるから飲ませてもらうが。  
「おいしい?」  
やってることが以前と全く同じでも新鮮に感じるのは、長門に眼鏡がないからか表情が違うからかだな。  
「ああ。でもさっさと聞かせてくれ。いつかみたいに何杯も注がなくていいぞ」  
俺の言葉に、長門は動きを止める。  
「学校では言えないような話って何だ?」  
「朝比奈みくるのこと」  
朝比奈さんか。そりゃ言えないよな。  
「それとあなたのこと」  
「は?」  
「うまく言語化出来ない。情報の伝達に齟齬が発生するかもしれない。でも、聞いて」  
そう前置きし、長門は二文字だけ言った。  
「見た」  
齟齬どころかそれで十分すぎるのは気のせいなのかな。しかし一応とぼける必要はあるだろう、朝比奈さんのために。  
「ええと、何を?」  
「あなたが朝比奈みくるの住居から出てくるのを」  
「……ハルヒにはもう言ったのか?」  
「まだ」  
「そうか」  
「そう」  
思わず安堵してしまった自分が情けない上に恥ずかしい。  
「それで、俺はどうすればいいんだ?」  
長門がわざわざ俺を部屋に連れ込んだってことは、何かしなくてはならないことがあるはずだ。  
そう思って発した言葉だったが、長門の返事は度を越えていた。  
「してほしい」  
「……何を?」  
「朝比奈みくるにした事と同じ事を、わたしにもしてほしい」  
 
 
「キョンくん、おかえりなさーい」  
妹がまた玄関すぐのところにいた。受話器を持っている。通話中のようだ。  
「うん、そう、キョンくん……うん、わかったー。それじゃね」  
相手は俺のことを知ってる人物らしいな。ミヨキチあたりだと推測をつける。  
受話器を置いた妹は、昨日と同じく俺にタックルしてきた。危ねーな。  
「階段を上りかけてるときにぶつかってきちゃいけません」  
俺の言葉に「はぁーい」と言いながら、また顔を服にくっつけてくる。  
「……別の女の人の匂い」  
なんでコイツはこんなに嗅覚が鋭いんだ?  
「キョンくん、えっち」  
顔を離した妹は、そんなことを言ってきやがった。  
そもそもコイツは「えっち」という言葉の意味を知ってるのか?  
何も言えないでいると、妹は台所のほうへ走っていった。おふくろには言うなよ。  
 
長門宅でもひとっ風呂浴びさせてもらったが、もう一回入っとくか。  
妹に言われたことが気になったため、制服に念のため消臭剤をかけてから浴室に入る。  
洗顔してから、頭を泡立てる。さて流すか、と思ったときだった。  
「キョンくん、入るよー」  
疑問を返すより早く、戸が開けられた。声は俺の耳が狂ってなきゃ、妹のだが。  
慌てて泡をシャワーで流した俺が振り返れると、やっぱりそこにいたのは妹だった。  
「えへっ、いっしょに入ってもいいよね」  
最後に入ったのは、何年前のことだと思ってるんだ。  
「うーん、わたしが1年生のときかなあ」  
ああ、たしかそうだな。ま、いいか。まだ子どもみたいなもんだろ。  
「あっ、キョンくんひどーい。わたしだってちゃんと成長してるもん」  
「どこが?」  
妹の体を眺めてみるが、平らのすべすべもいいところだ。長門でももっと起伏があったぞ。  
「背?」  
こいつは子どもであることが確定した。  
 
「そういや、昨日のあれは誰に教わったんだ?」  
背中をこすってもらいながら、俺は妹に聞いた。  
「あれってなーに?」  
一生懸命こすりながら答える妹。  
「俺のほっぺたに口をつけたことだ」  
さすがにそのものを言うわけにもいかん。  
「あ、ちゅーのこと?」  
知ってるのか。最近のガキは進んでるな……と思ったが俺でもキスの名前と方法ぐらい  
小学校低学年のときに知ってた気がする。妹を舐めすぎてたか。  
「あれはねー」  
液体ソープを手に取りながら嬉々とした声を出し、  
「ないしょ」  
なんだそりゃ。ないしょと言われてそこで引き下がる兄がいるとでも思ってんのか。  
俺は妹の頭を洗うと見せかけて、いきなりくすぐり倒す。  
「ひゃっ、きゃはっ、あはっ、ははっ、きょ、キョンくんやめっ、あはっあははは」  
「教えなさい」  
「あはっ、だ、ダメなんだもんっ、ひゃんっ、あははっ、な、ないしょなのっ」  
散々くすぐってやったが、答えなかった。こんなに粘られたのは冬合宿以来だな。  
仕方ない。兄として不満はあるが、これ以上妹のプライバシーを侵害するわけにもいかん。  
妹をしぶしぶ解放した俺は、風呂に入った本来の目的を遂行する。と言っても俺のほうは終わってるか。  
「シャンプーハットまだ使ってんのか?」  
「うん」  
「子ども」  
「だって目にしみるんだもーん」  
「手でパンダしてなさい。洗ってやるから」  
「はぁーい」  
元気よく言うと、手で目を覆う。手でパンダ、なんて表現に文句を言わない時点でコイツは幼稚園児並だ。  
体も洗い、湯船につかって百数えてから上がった。  
ちなみにこの晩もまた俺のベッドに潜り込んできて俺にコアラした。  
どうせならお兄ちゃんと呼んでくれ、妹よ。  
 
 
翌日、下駄箱を開けたら、手紙が入っていた。差出人の名前はない。  
このパターンも久しぶりだな。俺の周囲では懐古趣味が流行ってるのか?  
それでも万が一のラブレターであることを期待して、トイレの個室で開封する。  
朝比奈さんや長門、ついでにハルヒがいるじゃないか、なんて野暮なことは聞くなよ。  
ラブレターってのは、もらっただけでうれしいもんなのさ。  
 
『今日の放課後、SOS団が終わってからでいいから、二年五組の教室に来ておくれっ。  
 首をろくろっ首みたいにめがっさなが〜くして待ってるっさ。絶対来るにょろよっ?』  
 
少しはあった期待も吹っ飛んだね。  
こんな文を書きそうな人間に、俺は一人しか心当たりがなかった。  
というかあの御方は、文面でもこんな風なのか? いや、わざとやってるんだろうな、たぶん。  
なんなのかよくわからんが、とにかくろくな目に会わないような気がしてやまなかった。  
 
「よう」  
「おっはよ」  
朝から多少のイレギュラーはあったが、ハルヒには関係ない。  
「あ、そだ。妹ちゃん元気?」  
訝しげな表情をしているんだろうな、俺は。  
「元気だが、どうかしたのか?」  
「冬休み以来見かけてないから」  
当たり前だ。俺の家にでも来ない限り、普通は会えん。  
「シャミセンにもしばらく会ってないし、今度遊びに行こうかしら」  
うそぶくハルヒに、俺は律儀にも応答する。  
「妹もシャミセンも歓迎すると思うぞ」  
「あんたは?」  
「は?」  
問い返した俺に、口が過ぎたと思ったのか、珍しく口を濁した。  
「なんでもない、忘れて」  
 
 
「――くんに何をしたんですか!」  
部室の扉をノックしようとしたら、部屋の中から朝比奈さんの切迫した声が聞こえた。  
それに続いて響いたぼそぼそ音は、長門だろうな。何を言ったのかまではわからんが。  
「なっ……あたしのことを知っててよくもそんなことを!」  
今、この扉をノックすることは非常に危険な気がする。  
直感的にそう思った俺は、回れ右して帰ることも考えた。先に手紙の主に会ってくるか。  
「え? キョンくんが?」  
その声がした二秒後に扉が開いた。げっ。  
「キョンくん……」  
涙を流す朝比奈さんがそこにいた。  
「ど、どうも」  
思わずどもってしまう。次にどう声をかけるべきかと迷っていたら、引っ張り込まれた。鍵が掛かる。  
いつぞやかの朝比奈さんじゃないが、なんで鍵を閉めるのか聞きたいところではあるね。  
部屋の中にいたのは、朝比奈さんと想像通り長門だった。古泉はまだか。  
口火を切ったのは、朝比奈さんだった。  
「キョンくん、話は長門さんから聞きました」  
言われて長門に視線を送る。いつもの無表情にしか見えんな。  
「それで、キョンくんはどうしたいんですか?」  
どう、とは?  
「このまま長門さんの言いなりになってしまうのか、ということです」  
「しかしですね、実際問題としてハルヒにバレたら今の関係を続けるどころではないでしょう」  
ハルヒのことをある程度信頼してる俺だが、だからこそこんなことがバレたら何が起こるかわからん。  
「それはそうなんですが……」  
悔しそうに口ごもる朝比奈さん。すると間を見計らったように、長門が口を開いた。  
「共有することを推奨する」  
共有だと?  
「そう。わたしとしても今は涼宮ハルヒに事が露見することは避けたい側の立場である。  
最善の策として、あなたをわたしと朝比奈みくるとで共有することが挙げられる」  
淡々と述べる長門。たしかにそれで俺に異存はないが、  
「じゃあなんでお前は自分から厄介事に突っ込むように、関係を迫ってきたりしたんだ?」  
「……」  
無言を貫き通す長門。その表情は、あきれている、のか?  
不思議に思っていると、急に誰かが俺の手の甲をつねった。いてぇ。  
「キョンくんのバカ」  
朝比奈さんが、俺をつねりながら、半分以上本気で怒っていた。  
 
とりあえず次の土曜日に三人だけで市内パトロールという名目のデートをすることになった。  
つまり明日だ。ほんとにこんなんでいいのか一抹の不安を感じないでもないが  
二人とも納得してるしいいんだろ。両手に花のこの状況を自分から諦める気など俺にはない。  
 
修羅場はすぐに霧散し、ほどなくしてハルヒと古泉が二人揃ってやってきた。なんだ?  
この二人が揃ってロクな目に遭ったためしがなかった俺は、露骨に不審な顔をしていたらしい。  
目ざといハルヒが突っ込んできた。  
「なによ、その顔」  
いや、お前らが一緒なのは珍しいなと思ってさ。  
「ああ、ま、ちょっとね」  
そのちょっとがお前だとシャレにならないんだが。  
「いいでしょ。シャレにならないぐらいが面白いのよ!」  
とよくわからんことを笑いながら怒鳴って言うと、団長席へ移動した。古泉も会釈しながら席に着く。  
「さて、今週は久しぶりにするわよ!」  
席に着くや否や叫びだした。  
「何をだ」  
「パトロールよ、パトロール。よく考えたら年が明けてから一回もしてなかったわよね」  
うっ。まさか明日やるとか言うんじゃないだろうな。  
「その予定だったけど、用事でもあんの?」  
「ああ、ちょっとな」  
言葉を濁すと、朝比奈さんも追随した。  
「あ、あたしも明日はやることが」  
長門は何も言わなかったが、長門はむしろ言ったほうが不自然だ。  
「ふうん、じゃ日曜は?」  
「それなら空いてる」  
「大丈夫です」  
あっさり言う俺たちに、ハルヒはじっと視線を注いできた。なんだよその疑ってるような目は。  
「疑いもするわよ。あんたたち、前科があるのを忘れたんじゃないでしょうね?」  
こないだのあれか。もちろん忘れるわけがない。  
「まあいいわ。日曜集まれるなら、日曜にしましょう。遅刻厳禁よ!」  
ふう、助かったぜ。  
 
古泉にハルヒと何をしていたのか問い詰めたかったが、中々機が訪れなかった上に  
俺は今、人を待たせている状況にあったため、結局聞けなかった。さっさと帰りやがったしな。  
というわけで、俺は部室を出たあと、二年五組の教室へ向かっていた。  
帰り際に朝比奈さんが、  
「明日楽しみにしてます」  
と言ってキスしてくれただけでもがんばれる気になれるね。  
長門も朝比奈さんに促されてキスしてくれたが、まだちょっとぎこちなかったな。  
 
「ちわっす」  
上級生の教室であるため、多少構えてから入った。  
「あははっ、ちわーっ」  
手を振って迎えてくれたのは、  
「やあやあキョンくん、久しぶりっ!」  
鶴屋さんだった。当たり前だよな。  
「どうしたんです鶴屋さん、わざわざ手紙なんかで呼び出したりして」  
単刀直入に聞いてみる。鶴屋さんは手で制止のジェスチャーを送り、  
「ちょいと待ってちょんっ。あたしにも心構えと準備ってものが必要なのさっ」  
いきなりすーはーすーはー深呼吸し始めた。何が始まるっていうんだ。  
鶴屋さんはさらに後ろを向き、胸元から何かを取り出し、顔を上向けて目にたらす。  
準備完了らしい。  
「……キョンくん」  
なんだこの声は。鶴屋さんらしくない、しっとりとした音調だ。  
「鶴屋さん?」  
「あたしね……」  
言葉を詰まらせながら振り返る。目元が光っている。  
「前からキョンくんのことが……」  
俺の胸に飛び込んできた。そのまま上目遣いに俺を見上げ、  
「き、キョンくんのことが、す、好きぶっ」  
ぶ?  
「わーっはっははは! あっはっはっはひーひひひー、や、やっぱムリっわはははははっ!」  
大笑いし、腹を抱えてうずくまる。  
「おっ、おなかいたいーあはははっ。な、涙もぽろぽろとまらなはっはっはっは!」  
なんなんだ。  
 
ひーひー言ってた鶴屋さんだったが、どうやら落ち着いてきたので改めて聞いてみる。  
「用事ってこれですか?」  
「いや、これだけ、じゃ、ないんだ、けどっ」  
鶴屋さんって思い出し笑いに弱そうな人だな。それと妹よりくすぐり耐性なさそうだ。  
息を整え、すっくと鶴屋さんは立ち上がった。  
「キョンくんみくると付き合ってんの?」  
「なっ」  
出し抜け過ぎて反応できん。  
「あ、やっぱ付き合ってんだ?」  
いじわるそうな笑みを浮かべる鶴屋さん。  
「……どうしてそう思ったんですか?」  
「ん、みくるがキョンくんのことを話題にすることが増えたからっ」  
朝比奈さんらしいな。部室では完璧でも、鶴屋さんの前では女の子か。  
「でもさっ、キョンくんってハルにゃんにぞっこんだと思ったんだけど、そっちはどうすんの?」  
どうするもなにも、  
「ハルヒとはまだ付き合ってもいませんが」  
「ふーん、へーえ、ほーお」  
俺の顔を覗き込む。顔、近いですよ、鶴屋さん。  
「あははっ、で、有希っこは?」  
「長門が何か?」  
「うふふふん?」  
何なんですか、その思わせぶりな含み笑いは。  
「なんでもないっ。あたしも立候補しよっかなあ」  
もしかして、この人は全てを知った上でからかっているのではないだろうか。  
「ともかく、あたしはみくるを応援するからさっ、キョンくんがんばるにょろよっ?」  
そう言って俺にしなだれかかり、  
「これはサービスだっ!」  
首筋に鬱血しそうなぐらい強いキスをしてくれ、  
「じゃねーっ」  
手をぶんぶん振りながら教室から出て行った。  
結局、なんだったんだろう。  
 
 
さすがにもう日は暮れかけ、部活帰りの生徒の姿もまばらだった。  
さっさと帰って、明日に備えたい。しかし邪魔をする奴はこういうときにこそ出てくるんだよな。  
「遅かったですね。ずいぶんと待たされました」  
坂の下りで俺を待ち構えていたのは、  
「古泉か」  
「ええ、何をなさっていたんですか?」  
いつもの微笑みを絶やさない顔を向けてきた。  
「言う必要ないだろ。それよりお前には聞きたいことがあった」  
「涼宮さんと何を話していたのか、ということでしょうか」  
それだよ。  
「詳しい内容を今、申し上げるわけにはいきません、と言うより」  
古泉はやや口の端を曲げ、  
「涼宮さんの提案を僕は断りましたので、言うことができない、と言ったほうが正しいでしょう」  
「なんだって?」  
まさかこいつの口からこんな言葉が出てくるとは思っても見なかった。  
俺の言葉に古泉は心外だといわんばかりに肩を大きくすくめ、  
「僕だって、断りたくなるときぐらいあります」  
ため息に言葉を乗せた。よく見ると笑顔にも疲労の色が濃い。  
「お前も苦労してるんだな」  
心底から同情したくなった。  
「今回ばかりは少々僕も参りました。ですので、あなたに助言をしたいと思います」  
そう言うと古泉は俺の耳元に顔を寄せ、  
「日曜のパトロールに気をつけてください。なにやら不穏な動きがあります」  
ささやき、顔を離した。  
「不穏な動きだと?」  
「ええ、直接危害があるかどうかはまだ解りません。ですがあなたが対象のようです」  
「俺が?」  
ついに朝倉2号が目覚めたのか。  
「僕もこれだけしか解らないのです、すみません。それでは」  
古泉は手をひらひらさせて去っていった。  
 

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