「幸福の薬を飲みますか?」  
と聞かれて、イエスと答える馬鹿は麻薬中毒患者位だろう。  
夏休み、佐々木と再会してから俺達は順調に愛を育んだ。  
「正気の沙汰とは思えんテーマだな。」  
「この話には続きがあってね。幸福の薬を飲んだら、もう目は覚めない。しかし、夢の中で全てが叶う。こんな話だよ。」  
「成る程。……夢は万能だ。」  
現在の俺達が過ごすこの世界も、誰かが見る夢なのかも知れん。これはあの馬鹿のやらかす与太事か。  
「胡蝶の夢とも言える。哲学なら、こうした話もあるわけだよ。」  
「ふむ。」  
確かにそうかも知れんが、それじゃつまらんだろう。  
「人生を『借り物の身体で生きる』と仮定した人間もいるぜ。」  
「伊達政宗だね。」  
借り物というだけで、死生感の達観ぶりが凄いんだがな。俺には辿り着けん。  
「夢物語の登場人物でもいいじゃないか。」  
「確かにね。こうしている時間は、夢物語でない。」  
佐々木と手を繋ぐ。暖かさと湿った手汗。  
「俺が幸福の薬を飲む事は、多分無いな。」  
「僕もだよ。こうした時間が夢では勿体無い。」  
ただ、この手の温もりがないなら飲むかも知れん。  
「手だけかい?」  
「言い替えよう。お前の温もりだ。」  
「くっくっ。」  
影が重なり、口唇が重なる。  
「夏の終わりをキミとこうして迎えるなんて、僕は幸せだよ……」  
熱にうかされたように、佐々木の頬が染まる。そんな佐々木が愛しくて俺は深く口づけた。  
銀糸が口唇を紡ぎ、佐々木がより深く口づける。……柔らかくて甘いな。佐々木の口唇……。  
佐々木の柳眉が下がる。とても幸せそうに。それを見ると、どうしたって言えなかった言葉が喉から出そうになる。  
その言葉は、使い古された陳腐なものだ。しかし、どうしてもこの言葉を紡ぎたかった。  
「佐々木。」  
「ん……?」  
俺は佐々木の目を見ながら言った。  
「お前を愛している。」  
佐々木の目が揺らぐ。夕日に照らされた佐々木の顔は、赤く……そして、次の瞬間。顔中をくしゃくしゃにして泣き出した。  
「夢物語でも構わない……。私、明日死んじゃってもいい。」  
「明日は来るさ。明日もまた会える。夢物語なんかじゃねぇよ、佐々木。」  
佐々木はまた深く口づける。佐々木が愛しい。俺は佐々木をそっとベッドに押し倒した。  
 
こうした具体的な行為について、関心がなかった訳ではない。それとなく佐々木から求められもしたが…こうした記念日は、こうした日に限る。  
「……忘れられない夜になりそうだね。」  
「ああ。」  
佐々木の服を脱がす。佐々木は既に軽く汗ばみ、佐々木の香りが立つ。  
深く口づけ、唾液を混じりあわせる。……佐々木の喉が鳴る。佐々木が、俺の唾液を飲んでいる。その事実だけでも俺を堪らなく興奮させた。  
「んっ……」  
控え目ながら手に収まる佐々木の胸。  
「やだ……くすぐったい……」  
先端の蕾を口に含む。時折身を揺らすのは、気持ち良いのかくすぐったいのを耐えているのか。  
「……変な感じ……くすぐったいけど……なんかピリッとくる……」  
どうやら感じてくれているようだ。軽く歯を蕾に当ててみる。  
「……くっ……ふぅっ!」  
ぎゅう、と俺の頭を抱く佐々木。吐息の熱さと汗ばんだ身体が、佐々木の興奮を示している。  
俺も服を脱いだ。全裸でなく半裸だが……それだって恥ずかしいものだな。  
「裸で密着すると、一体感がスゲェな……」  
「すごい……」  
佐々木の身体と俺の身体が、まるでひとつになったかのような感覚だ。谷口が経験もないくせに、肌と肌にも相性があるなんぞ抜かしていたが、俺と佐々木の肌に相性があるなら、相性は抜群なのだろう。  
お互いの興味は、次第に下に移る。  
目が合う。……熱く潤んだ瞳。いつの間にか夜の帳に包まれている。こうした行為は、時間の感覚すらやばくなるんだな。  
多分、佐々木に負けない位に俺は狼狽している。佐々木のスカートを脱がし、下着を脱がす。佐々木もまた、俺のジーンズとトランクスを脱がした。  
「「…………」」  
本当に何もついていないんだな。それが感想だった。佐々木もまた真っ赤な顔をしながら、俺のジョン・スミスを見ている。  
おずおずと手を伸ばす佐々木。……佐々木の手が触れる。  
「…………っ!」  
人に触られるというのは、これだけ違うものだろうか。情けないが、それが佐々木という事実に俺は興奮し、佐々木の手にしたたかに精を放ってしまった。  
 
「きゃっ!」  
佐々木が目を丸くした。  
「……これ、精液?」  
佐々木が手に付着した俺の白濁を見る。独特のクレゾール臭。カルキの臭いだ。  
「……。」  
佐々木は手を口に持っていく。お、おい、まさか……  
「だぁーっ!ぺーしろ、ぺーっ!」  
佐々木は、それを口に含んだのだ。  
「……アルカリ性だね。」  
「好きにしやがれ。」  
好奇心が先に立ったのだろう。佐々木はニヤリと笑う。どうでもいいが、お前口唇についてるぞ。  
「そうかい?失礼。」  
「舌なめずりするな、アホーっ!」  
恥ずかしい!恥ずかしくて死にそうだ!  
「くっくっくっくっ。僕にも性への興味はキミ並みにあってね。」  
佐々木は赤い顔をしながら俺の股座に顔を寄せた。  
「岡本さんに聞いたら、キスを上手くするには、口でさくらんぼの茎を結べるようになるといいと言われた。  
彼女が実践で試したか知る由もないんだが、キミに試してみよう。」  
佐々木が俺のジョン・スミスをくわえる。萎びた彼は、突如として復活した。  
「うっ……佐々木……っ!」  
佐々木の舌が、先端を這う。歯が少し当たり、気持ちよいというよりは痛痒い。  
「……うむ。まだ研究の余地があるね。」  
「お前、どんだけ搾るつもりだ。」  
俺は佐々木を睨んだ。佐々木は皮肉っぽい表情を浮かべ……  
「くっくっ。そりゃキミが僕以外、目に入らなくなるまでさ。」  
そりゃとっくにそうなっちまってら。でも、やられっぱなしってのは性に合わんな。  
佐々木に軽くキスをし、俺は佐々木への愛撫を開始した。  
「股を開いてくれ。」  
「こう?」  
佐々木の秘められた部分が明らかになる。薄い恥毛の下に息づく、ピンク色。  
顔を近付けると微かに香るアンモニア臭。そして……脳髄を直接刺激するような性臭がする。  
上の突起がクリトリスだろうか。躊躇うことなく、そこにキスをした。  
「んあっ!」  
さっきの仕返しとばかりに、クリトリスを舌で弄る。  
「んっ!き、キョンっ!」  
びくり、と腰が跳ねる。  
その時、舌が佐々木の膣口に入った。  
「いっ……!いやああっ!」  
佐々木が悶える。女性器は酸性だと聞いたが、そのものの味自体は無い気がする。ただ。佐々木も俺と同じ気持ちなら、少しざまぁみろ、というところだ。  
俺は佐々木の愛液にまみれた口唇を舐める。佐々木はそれを見て、いやいやするように顔を手で覆う。  
「……佐々木の味がする。」  
「バカーっ!もうっ!変態!」  
おいおい、お前から始めた割に随分だな。佐々木は起き上がると俺を抱き締める。  
「……そろそろ入れる?」  
「……ああ。」  
 
正直、佐々木が初めてかそうでないかに関心はない。どんな経緯を辿ったにせよ、今、俺に抱かれる佐々木こそが俺の佐々木だ。  
「……初めてかどうか、聞かないの?」  
「お前が初めてであろうがなかろうが、お前はお前だ。」  
佐々木は泣き笑いの表情を浮かべた。  
「……お察し頂けないのを悲しむべきか、喜ぶべきかね。」  
「…………?」  
「僕は初めてだ。もしも僕が誰かに抱かれていたとしたら、その言葉は死ぬほど嬉しいだろうね。  
既に誰かに抱かれたのではないか、と思われていたのでは、と考えるとショックだよ……」  
何てこった。  
「でも、嬉しいんだ。……キミは、僕を本当に愛してくれているんだ、って。男の人は初めてに拘るんでしょ?」  
「一般論だな。ただ……お前の初めての男になれる、というのは、素直に嬉しい。俺も初めてだからな。」  
「キミの……最初で最後になりたい。」  
「勿論だ。お前だけが俺を独占しろ。」  
膣口にあてがい、奥へと押し進める。  
「…………っ!いたっ…………!」  
ぎちり、とした抵抗。佐々木の純潔の証。俺は何度も途中で抜こうとしたが、佐々木が足を絡めて阻止した。  
「いいんだ。キミだけが、入っていいんだよ。」  
涙でぐしゃぐしゃになりながら、佐々木が俺にしがみつく。  
意を決して奥へと押し進める。ぶつり、という感触の先にあったのは、未知の快楽だった。  
「…………っ!」  
先端が柔らかい壁にぶつかり、包み込まれる。佐々木は相当に痛いのだろう。眉に皺を寄せ、必死に耐えている。  
何れにせよ、もう長くは持たない。俺は佐々木の中を動く。  
「あっ!ぎっ!ああっ!」  
佐々木の声は悲痛なものだった。もうすぐ終わる。終わるから待っていてくれ。  
ぎりぎりと佐々木の爪が背中に食い込む。痛いは痛いが、佐々木の味わう何百分の一の痛みだろう。  
下半身に甘い痺れが伝わる。俺は、佐々木の最奥に目掛け精を噴射した。  
「うっ……うう!」  
「あああああっ!」  
痙攣する俺を、佐々木が抱き締める。佐々木は悲痛な叫びを上げ、俺の精を最奥に受け入れた。  
 
「……終わったの?」  
涙に濡れた佐々木の顔。  
「ああ……。」  
下半身を見ると、見るも無惨に血塗れだ。そこに映る、俺の白濁。  
「キョン……抱き締めてくれるかい?」  
俺は無言で佐々木を抱き締めた。  
「愛してるよ、キョン……」  
「佐々木……。俺もだ。」  
時間は、夜の23時を回っている。  
「日付が替わるまで、キミの側にいていいかい?」  
「朝まででも構わん。」  
「くっくっ。」  
それから、何かをしたわけではない。ただ佐々木と睦み合い、未来を夢見ていた。  
「もうすぐ日付が替わるね。」  
「ああ。」  
「キスしていい?」  
「どんと来い。」  
佐々木は穏やかな笑顔を浮かべ、口唇を寄せる。俺もありったけの思いを込めて口唇を合わせた。  
 
そして0時の鐘が――――――――  
 
全ては夢幻の如く、波間の泡のように影が消え去る。  
 
「佐々木?!」  
「キョン!?」  
 
……日付は8月17日。  
「……なんつー夢を見たんだ、俺は……」  
佐々木と睦み合う夢。これ以上ないリアルさと、淡い面影を残して。  
 
「……幸せな夢を見ていた、のかな……」  
キョンに抱かれる夢。今でもすぐに思い出せる幸せ。  
この流れる涙は何なんだろう。  
 
「泡沫夢幻か。」  
「夢幻泡影と仏教語では言ったかな。」  
 
人生や世の中の物事は実体がなく、非常に儚い。  
 
再び二人が出会うのは、半年以上後の話である……。  
 
END  
 

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