「好奇心は猫をも殺す」  
 
「あ、あたしはあとから行くっ、から、あんたは先に行き、なさい」  
漢字ばかりの教科書を初めて読む小学生のようなたどたどしい口調でハルヒは俺を追い払おうとしていた。教室の自分の席で、身体を縮こませて俯いている。  
なぜハルヒがこんな状態なのか俺は知っている。そして知っているからこそこのまま退散するわけにはいかない。  
「なに言ってるんだ、団長様が来なきゃ始まらんだろう」  
俺はハルヒの手首を掴んだ。  
「ひっ!」  
手首どころかハルヒの体全体が電気ショックを受けたようにビクッと震えた。  
「ま、待って、まって」  
そのまま強引に席を立たせ、いつも俺がされているようにSOS団団長様を引っ張っていく。クラスメイトの視線など気にしない。  
今日の俺は昨日の俺の敵を討たなくてはならないのだ。  
敵はハルヒだ。  
 
俺のムスコの敵だ!  
 
健全にして聡明なる男子諸君ならば、一度は経験していることと思う。  
 
『自分の意思とは関係なくちんこが勃起してしまう』  
 
ことが。俗に言う「ちんこバカになる」とか「疲れマラ」のことである。  
俺も思春期の高校生だ。昨日の放課後、この現象に襲われたのだ。俺はズボンにテント張ったまま歩き回るなんてことを家の中ならい  
ざ知らず公衆の面前でするほどアホじゃない。なんとかムスコが鎮まるまで席から動かずしのごうとしていたのだ。  
そこにこのバカハルヒだ。  
俺の体の事情もおかまいなしに強引に席から引き剥がそうとしてきた。俺は必死に抵抗したが、椅子を蹴飛ばされるという反則技によ  
って倒れてしまった。  
そのあとのことはお解かりだろう。  
「このバカキョン」  
なんてのは生易しい。  
「四六時中盛ってるなんてとんだ変態ね!」  
「あんた、クラスの女子全員をいやらしい目で舐めまわすように眺めてたんでしょ、キモイわ」  
などとこれでもかと罵声を浴びせられた。廊下まで響くほどの大声でだ。おかげでクラス中の注目を集めてしまった。  
「ま、まあまあ涼宮さん、そんなに怒る事じゃ・・・」  
見かねた佐伯がハルヒを宥めようとするが  
「うるさいわね!あたしは我がSOS団にこんな発情したサルみたいなのがいることが許せないの!それともなに?あんた、男のこうい  
うの見慣れてるっての?」  
逆に食って掛かられてしまった。  
 
「へっ?!」  
ハルヒの言葉に顔を真っ赤にする佐伯。もういいっ・・・!佐伯っ・・・休めっ!  
口をパクパクさせた佐伯をサルベージする大野木を一瞥したハルヒは  
「とにかくそのだらしなないものおさめてから部室にきなさい!」  
髪をなびかせ教室を出ようとした。が、戸の所で振り返り  
「やっぱあんた今日部室に来ちゃ駄目!みくるちゃんに発情されたら一大事だわ」  
このおれを性犯罪者予備軍に仕立て上げる言葉を吐き、去っていった。  
 
ハルヒのいなくなった教室はしだいにいつもの雰囲気を取り戻し、部活へ行く者、掃除を始める者が動き出した。  
俺はゆっくりと立ち上がり倒れた椅子を元に戻す。  
は?ちんこ?  
そんなもんとっくにおさまってるよ。  
くそっ、俺がなにしたっていうんだ。  
 
それが昨日のこと。  
そして今日である。  
ハルヒの様子がおかしい。いつぐらいからだろう。お昼前からか?ハルヒがおとなしい。席から動かない。じっと、何かに耐えているよう  
な、まるで昨日の俺のような。ん?  
はっとひらめいた俺の脚は古泉の教室に向かっていた。  
ビンゴだった。  
「涼宮さんは昨日のあなたの痴態を見て始め嫌悪したものの興味がわいたのでしょう。疲れマラってどんなものなんだろう、と」  
おまえはあれを痴態というのか。  
「いえ、同じ男子として責める類のものではありませんよ。ただ・・・クラス中に知れ渡ってしまいましたからねえ」  
こいつのニヤケ面は営業なのか俺を馬鹿にしてるのかどっちだ。  
なんとなく解ったが男性の疲れマラを女性のハルヒがどうやって体験するんだ?女にはちんこがないじゃないか。  
「おやおや」  
ニヤケ面がこれは意外ですね面にチェンジした。  
「女性にもあるじゃないですか、ちんこ的なものが」  
ねえよ。  
「クリトリスですよ」  
一回溜息を吐いた古泉が続ける。クリトリスとペニスは同じ細胞から発生した器官であり発生学的には同じものであると。  
女性が妊娠してお腹の子が成長していく段階でホルモンの影響によってペニスになったりクリトリスになったりすると。  
「お解かりいただけましたか?」  
いつものニヤケ面に戻った。はて、俺も保健体育の授業は受けたが、こんなこと習ったけか?  
「言ってみれば疲れマラならぬ疲れクリ、ですね」  
俺が今紅茶を飲んでいたら間違いなく古泉はびしょ濡れだ。疲れクリって。お前はそのノリで俺以外の奴とも世間話してみろよ。イメー  
ジ変わっていいかもしれんぞ。  
古泉は肩をすくめ  
「そうもいきません。僕は謎の転校生、という肩書きによってSOS団にスカウトされたのですから。そのイメージを自ら壊すことなどもっ  
てのほかです。・・・まあ、興味はありますが」  
疲れクリ、というネーミングがいまいちっぽく受け止められたことが不満だったのか、古泉はクリトリスバカになる、とかマンコバカになる  
よりはマシでしょうと主張してきた。  
まあ、それだとなんかハルヒが締まりのない女みたいになるな。  
 
「でしょう?ですから疲れクリ、というネーミングが一番妥当なのです」  
ところでハルヒの異変は機関もキャッチしてるのか?  
やや胸を張った古泉は  
「もちろんです。このネーミングも機関の中で正式名称ですよ」  
ちょっと機関の人が心配になってきた。  
「つまりハルヒは今クリトリスが勃起してるのか?」  
「ええ。ビンビンです」  
「なるほど。たいがい、動くとクリトリスがパンツに擦れてくやしい感じちゃうってとこだろう」  
読めたぞ。  
「そうなのですか?」  
ふいに古泉が声を上げた。なんだ知らんのか?クリトリスはあんな小さいとこに神経が集中してるからメチャクチャ感度がいいんだ。小  
学生の子供でもな。  
「おみそれしました」  
古泉は片手を胸の前に置き、頭を下げてきた。よせ。俺は坊っちゃんじゃない。  
 
そうと解れば俺のやることはひとつ。昨日の仕返しだ。  
 
ーそして、冒頭にもどる。  
 
「待ってよキョン。そんなに速くしたら・・・あっ、ひっ、ふうう・・・」  
俺の後ろでハルヒが素っ頓狂な声を上げる。クリが擦れてたまらんのだろう。いい気味だ。  
「何だよいつものお前らしくないなあ。SOS団なんかどうでもよくなったのか?」  
必死に笑いをこらえる。  
「そんなっ、こと・・・、ひっ!も、もう、だ・・・め・・・っく!」  
ハルヒの手首がいままでになく震えた気がするが気にしない。ホレ、もっと公衆の面前で感じまくりやがれ!  
振り向いてハルヒの表情を見る。真っ赤っかだ。なんか目が潤んでいる。いつもふんぞり返って歩く両足はだらしなく内股になり、俺に  
引っ張られてることでかろうじて動いているに過ぎないような力の無さだ。  
いつも俺はこの女に振り回されてるからなあ。このくらいしたってバチは当たらんぞ。てかなんか楽しくなってきた。  
「キ・・・ギョ・・・おね・・・が・・・もう・・・や」  
ハルヒさんが何か言っているが俺はやめなかった。わざと遠回りして人がいるところを選んだ。みなさん、今俺の横にいる女はクリトリス  
おったてて感じまくってる変態さんですよ!  
・・・もちろん心の声だが。  
「ひぎっ!ま、またイ・・・!ゆるして・・・もうゆる・・・して、キョン・・・」  
力ない哀願。俺は足を止めた。ハルヒのためじゃなくもう歩くとこ歩いて旧校舎に来てしまったからだ。  
「どうだハルヒ。俺の気持ちがわかったか・・・?」  
とすん。  
背中に何かがぶつかった。ハルヒだ。ハルヒはそのまま、ずるずるとその場にへたりこんだ。  
「おいハルヒ?」  
さらさらの髪を掴んで顔を上げる。そこで俺は調子に乗りすぎたことを理解した。  
 
ハルヒの顔は涙と鼻水とよだれでびちゃびちゃ、白目まで剥きかかってるじゃないか。そしてうわごとのように  
「許して・・・もう、イカさないで・・・キョン・・・」  
消え入りそうな声を発していた。  
まずい。  
ていうかこの女汚い。  
俺はこんな汚い女引っ張りまわしていたのか。恥かいたのは俺のほうだ。この女、どこまで俺に迷惑かけりゃ気が済むんだ。  
「ほれ、立てよ」  
つかんでいたハルヒの手首には俺の指の痕がついていた。それがどうした。こいつ、愛液ダダ漏れじゃないか。廊下に点々と水溜り  
ができてるぞ。  
「きたねえな!」  
古泉じゃないがおまえのマンコバカになってるんじゃないのか。  
「いやあ・・・」  
マンコという単語に反応したのか疲れクリ女が声を上げた。早いとここいつを部室に連れて行きたいがおんぶでもしようものなら俺の  
制服がこいつのマン汁で汚れちまう。いたしかたないがこのまま引っ張ってくか。旧校舎は人が少ないしもう目だたんだろう。  
「行くぞ、淫乱女」  
「ふぐっ、ぐすっ、ぐすっ・・・」  
文芸部室をのっとり、コンピ研からパソコンを強奪した傲慢チキな団長がめそめそ泣き出した。  
昨日の俺は心の中で大泣きした。おまえに俺の気持ちがわかるか?今のお前の姿、記念に写真に撮っとこうか?  
「ひっ!やめて・・・ごめん。・・・ごめん、なさい。昨日のこと、・・・悪かったわ・・・だから・・・」  
空いてる手で顔を隠し、ついにあのハルヒが俺に謝った。  
俺が何も言わないでいると呪文のように「ごめんなさい、ごめんなさい」とつぶやき続けた。  
 
部室に着くと、誰もいなかった。ちょうどいいといえばちょうどいい。朝比奈さんがいたら卒倒されてしまうかもしれん。  
ハルヒを団長机に投げるように座らせる。おっとおまえのマン汁が手についちまったじゃねえか。  
ハルヒの髪の毛にマン汁を擦り付けた。ハルヒは抵抗しない。  
「じゃあな。俺は帰るから」  
糸の切れた操り人形のようなハルヒをそのままにして帰ることにする。  
「覚えてなさいよ・・・キョン・・・」  
ドアを閉める間際、ハルヒがつぶやいた。俺にヘロヘロにされて、まだ言うか。んな蚊の鳴くような声で減らず口叩くな。  
・・・おや?このセリフ、以前も聞いたような・・・。まあいい。ムスコの敵はとったんだ。  
「おう、今度は乳首をいじめてやるからな、楽しみにしとけ」  
とくに気にせず、下駄箱に向かった。  
 
 
終わり   
 
 

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