そこには三年間の隔たりがあった。
予期しなかった、文字通りの「分裂」だった。
半分で途切れた物語の後半は、不確定の未来に溶けだした。
おそらくはあの時に世界が分かれたのだろう。
物語がすぐに続いた世界と、そうでない世界。
……わたしのいる場所はどこか?
「違和感があるんだ」
俺は言った。それはあの雪山の館で感じたようなものでもあり、去年の夏休みに感じた既視感のようでもあり、しかし本当はそのどれでもなかった。
後ろ髪引かれっぱなしの長門のマンションから帰る道すがら、この後すぐに遂行しなくてはならない責務を感じつつも、どうしても拭えない感触に俺は古泉に言った。
力なく寝込んだ長門の姿に、おそらく俺と同様に動揺しただろう古泉は、
「僕には解りませんね。あなたの言う違和感とは、先ほどの彼女たちとの遭遇のことでしょうか?」
彼女たち、の部分に古泉はそれとないアクセントを加えた。
ハルヒと朝比奈さんはすでに家路に着いた。その姿を思惑ありげに見ていた古泉に、思わず俺は話しかけていた。
「いいや、そうじゃない。似て非なるものだ」
この数時間の間、急速に動き出した流れの中で俺が絶えず感じていたことだった。
「放課後になって、長門が部室にいないことに気づいてから、今までの間に、何か無視できない違和感がある」
俺はこめかみをさすった。妙な感覚だ。まるで別の身体に入っているかのような、でなければ別の世界にいるようなむずがゆさがある。
「古泉。お前や俺、ハルヒ、朝比奈さんと、そして長門とは、本当に一日会ってなかっただけなのか?」
古泉はさらに判断不可能な思考材料を勝手に増やされたことへの反射的反感を顔に滲ませて、
「申し訳ありませんが、あなたの言うことが理解できません。さしあたって懸念すべきは、周防九曜を筆頭とする僕たちの敵への対処ではありませんか」
もちろんだ。解っているとも。本当だったら今すぐにでも家にもどってあいつに電話しなきゃならん。
だがな、どうしてもこれだけは言っておきたいんだ。
「古泉、俺たちは何か、決定的な境界を越えちまったんだ。おそらくはずっと前に。そこで世界は分岐したのかもしれない。俺たちのいるほうと、そうでないほうに」
古泉は終始不可解な表情で俺を見ていた。ひとしきり話してしまうと、まるで肩から見えない悪霊を祓魔したかのように、俺の身体は軽くなった。
「すまん。思いつきを言ってみただけなんだ。どうも色々あって頭がおかしくなってるのかもしれん」
「しっかりしてくださいよ。僕や長門さんはまだしも、あなたには代わりがいないのですから」
古泉はそう言って手を振った。俺は肯いて、自宅にむけて歩き出した。
しかし違和感は間違いなくそこにあった。
そしてそれはおそらくもう取り返しがつかないものだ。
だが、俺にとってそれが重要ではないことも解っていた。
"こっち側"に来ちまった俺にはな。
(了)