『なでしこ』
とある日の団活後のこと。
俺は長門の家にお呼ばれすることになった。
特に理由は無い。ただなんとなく、長門と帰り道が一緒になって、その流れでそのまま家にお邪魔することになった。
長門が普段どんな生活をしているのか気になるところもあったしな。
無言の帰り道、無言のエレベーター内を経て部屋に辿りついた時、長門がようやく言葉を口にした。
「夕飯の支度をするのをわすれた」
「あー、別に無理しなくていいぞ?」
別に飯なら家でも食えるしな。
しかし長門はゆっくりと首を振り、
「買ってくる」
とだけ言ってそのまま回れ右で玄関に向かう。
俺も行こうと腰を上げたが、長門の目で制されて思いとどまった。ひょっとしたら、こいつなりに俺を歓迎してくれているのかもしれない。
そう考えると、少し嬉しくなる。
「じゃあ、よろしく頼む」
「了解した」
長門がいなくなり、俺は一人部屋に残されたわけだが、これほどだだっ広い部屋に一人でいるというのは落ち着かない。
でも長門は毎日ここで一人で暮らしているんだよな。
こたつ机にちょこんと座って一人本を読む長門の姿を想像する。
「……たまには、遊びにくるのもいいかもしれないな」
そんなことを考えていたとき、部屋の隅っこに無造作に脱ぎ捨てられた靴下が目に入った。
紺のニーソックス。考えるまでもなく長門のものだろう。
しかしこんなところに脱いだまま放っておくなんて、長門らしくないな。見て見ぬふりをするのもなんだし、洗濯機の中にでも入れておいてやるか。
長門の靴下を手にし、洗濯機があるであろう浴室方面に歩こうとしたその時。
ごくり、と喉が鳴った。
自らの無意識が惹起したであろうその行動に戸惑う。
そして、気が付けば何故か心臓の鼓動も早くなっている。
一体何なんだこれは。
もしかして俺は、長門の靴下に――
いやいや、そんなわけあるか。ただの靴下じゃないか。
靴下ごときに興奮するわけがなかろう。ハルヒや朝比奈さんが脱ぎ散らかした下着だって触ったことがあるんだぞ。その時はなんでもなかったじゃないか……
必死に自分自身を納得させる俺であったが、その努力も空しく、抑え切れぬ衝動が俺の中に沸きあがってきた。
長門の靴下……
長門が履いていた靴下……
長門が出て行ってから、まだ5分も経っていない。
恐らく長門が買いだしに行ったのは近所のコンビニだろう。
あそこまで片道10分はかかる。買い物の時間を加味すれば長門が戻ってくるまでに30分程度は要するはずだ。
そのくらい時間があるなら……
正直に言おう。
俺はまともな判断が出来なくなっていた。
「はぁ……はぁ…」
見知った女子の部屋の片隅で情けない声をあげているのはもちろん俺だ。
長門の靴下を右手に持ち、靴下で分身を包み込むように握りしめ、しごきあげる。
布が擦れる感覚が新鮮で心地よい。
「長門……」
これ、さっきまで長門が履いていたものなんだよな。
長門の体温と長門の匂いが染み込んでいる靴下。
そう考えると一層と興奮が高まる。
「ながと……なが……とっ……ながとっ…」
靴下の持ち主の名を呟き、彼女のそれなりに整った顔と、冷静な瞳を思い浮かべながら、上下運動は次第に速さを増していく。
「ながとっ、ながとっ、ながとっ…!!」
絶頂の予兆を感じ、欲望を吐き出す先を探し始めた時、
「なに」
「うわあっ!!」
真後ろから長門の声がした。
振り向くと――言うまでもないことだが――そこには長門がいた。
両手に大きなコンビニ袋をぶら下げ、珍しく見開かれた目で俺を見ている。
「ず、随分早いんだな……」
「……」
長門は何も言わない。
当たり前だ。自分の部屋で男が陰部を丸出しにしていて、その上、自分の靴下で自慰行為に励んでいたんだ。自分の名前を叫びながらな。変態の所業以外の何物でもない。
女子ならまず間違いなく叫ぶか絶句する。長門の場合は後者だったという話だ。
「す、すまんっ……」
状況を把握し、反射的に分身をズボンの中に戻そうとするも、俺の意思とは裏腹に一向に収まる気配のないソレは、なかなかズボンの中に入ってはくれなかった。
それどころか先程より自己主張を激しくしている。
長門に見られて興奮してるってのか? いい加減にしやがれ、このバカ息子が。
「……」
「……」
正対する俺と長門。
長門は無表情を崩さず、じっと俺の顔を見ている。
不思議と非難されている気はしなかったが、この期に及んでそれはあるまい。気のせいってやつだ。
――終わった。
もうどうしようもない。
同級生の女子の家に招かれて、その女子が留守にしている間にそいつの靴下で自慰行為。しかもそれをバッチリ目撃された。
明日からどんな顔で長門と会えばいいんだ? いや、会えん。
……もう明日から文芸部室には行けないな。
SOS団も辞めるしかないだろう。ハルヒになんて言い訳しようか。
まさに因果応報、後悔先に立たず、後の祭り。
いっそ首を括ろうかなどと考え始めた時、長門がようやく口を開いた。
「わたしの靴下で何をしていたのか教えて欲しい」
「い、いやその……」
見てわからなかったか? お前の靴下に欲情して抜いてたんだよ。
と、言うのは容易いが、とても口に出来る言葉ではない。
「言葉で説明できないのなら、わたしの目の前で同じ事を行って欲しい」
物理的には可能かもしれない。ズボンは今もテントを貼ったままだしな。
だが、この状況でそれが出来る奴がいたとしたら、俺はそいつを尊敬する。
「な、長門……勘弁してく」
長門は俺の言葉を遮り、ずいっと進み出た。
顔が近い。長門の吐息を顔面の皮膚が感じている。
またも心臓の鼓動が速くなる。ついでにテントも大きくなる。
「な、長門……?」
「正直に言えば、靴下ではなくわたしを使ってもいい」
そう言うと、長門はおもむろにしゃがみこみ、俺のズボンに手を伸ばした。
そのままファスナーをそっと掴み、やや挑発的な上目づかいで俺を見る。
「わたしの靴下で何をしていたの?」
続かない。