涼宮ハルヒが走る。キョンの手を引きずって、昼休みの教室を飛び出してゆく。
それだけなら別に珍しくも何ともない。
毎日、という程じゃないが、あいつらが仲良く校内を走る姿なんざ、その気になればいつでもすぐに目撃できるからだ。
実際これと同じ光景を、何十回目撃しただろうか。もしかすると三桁ぐらいには到達しているかもしれないが、あまりにも多すぎて正確な数字は思い出せない。
クラスの女連中も見慣れたもので、やつらの仲睦まじい背中にむけて何やら意味深な生温かい視線を送ってやがる。
――オバハンかよ。
セーラー服に身を包んではいても、ガキの頃近所で立ち話をしていたオフクロ達とやってる事は変わらねえ。
どんなに若くて美人でも、女なんて歳をとれば誰でもオバハンになってしまう。それは涼宮であろうと例外ではないのだ。
俺は決してヤッカんでなどいない。先週の日曜日ナンパに失敗したからといって、こちとらいつまでもそんな些細な事に腹を立て続ける程ガキじゃねえんだよ。
「ちょっと、谷口――」
軽く肩を叩かれて、俺は国木田を振り返る。あのヤロウの中学時代からの連れで、最近では俺とつるむ事も多い。
いつも飄々とした国木田は、目だけで女子連中を指した。女どもが俺らの視線に気付いたようだ。
いきなり俺から視線を背けて、何かを振り切ろうとするかのように内輪話に興じ始めた。
実に女らしい行動じゃないか。ウチの女子どもは、どいつもこいつも大和撫子ばっかりだ。
「女の子をそんな荒んだ眼差しで見るものじゃないよ。そんな態度じゃ成功するナンパも成功しないからね」
国木田の野郎、よりにもよって一番癪に障る話題を振って来やがった。それも顔色一つ変えずに。
「うるせえこの女顔、隙あらば人の獲物をかっ攫おうとするクセに。女が欲しけりゃちゃんと自分で努力しやがれ。振られても何度でもめげずに立ち上がれ。この俺のように」
毒突いてやったが、国木田の野郎には堪えた様子がちっとも伺えない。
「そうだね、谷口は偉いよね。頑張っていれば、いつかは谷口にもいい人が現れると思うよ。本心からそう願ってる」
どこが本心だこの野郎。表情一つ変えず、棒読みに近い台詞回しで言っても説得力ゼロだろうが。
全く食えない野郎だ国木田よ。さすがあのキョンの中学時代からのダチというだけの事はある。
キョンといい国木田といい、なんで俺のダチにはロクでもない野郎ばっかり集まってしまうんだか。
暖簾と会話しているような気分になったんで、国木田との会話を中断した。
弁当箱を開ければ定番のメニュー、ソーセージと玉子焼きとホウレン草の三色が目に付く。俺も嫌いではない。
しかし弁当のオカズが毎度毎度同じ組み合わせだと、さすがに我慢強い俺でも飽きる。オフクロの手抜きが少し哀しい。
とはいえ腹が減っているし、心が荒みっぱなしなのも良くはない。今日は玉子焼きからがっつく事にしよう。
何度も繰り返した手順でオカズをつまみ、口元へと運ぼうとした時、ふいに俺の頭に天啓が下る。
涼宮とキョンの事だ。
朝に登校して教室に入ったら、少し不機嫌な涼宮が珍しく後ろ髪を結い上げていたこと。
遅れて入室したキョンの野郎が、涼宮の後頭部を目撃した途端、あからさまな困惑の表情を浮かべたこと。
だが奴の表情を注意深く観察すると、目だけが意味深に笑っていたことか。
見慣れていたはずの例の光景が脳裏に蘇る。
チョンマゲみたいな涼宮の後ろ頭と、妙に浮かれたキョンの足取りとが、間違い探しの正解みたいにハッキリと浮かび上がった。
大急ぎで飯を掻き込むと、俺は引き止める国木田を無視して一人で教室を飛び出した。
どこだ。どこにいる涼宮、そしてキョン。
昼休みに涼宮が校内を走り回っているのは、校内でも有名な事実だ。運がよければ遭遇できるが、さもなければ
休み時間を校内フルマラソンで費やしてしまう。健康にはいいんだろうが、目的はジョギングじゃない。
だから俺のような奴は頭を使う。涼宮だけを追いかけていたら、気付く物にも気付かない。キョンを探すのだ。
二人で行動している以上、奴らの行き先はかなり絞り込まれる。昼飯時だから食堂か、いや――
十中八九、あいつらの居場所は文芸部の部室だろう。だが部室棟になっている旧校舎はちと遠い。
それに俺の読みが外れた場合、無駄足を踏む羽目になっちまう。だから奴らの部室の様子を眺め、所在を確認してから動いた方がよい。
旧校舎の窓ガラスを、廊下の窓から一つ一つ確かめていく。涼宮かキョンとおぼしき人影は、どの窓にも見当たらない。
だが確信を得た俺は、廊下を全力で駆け出した。たまたま居合わせた岡部に見咎められ、少々お小言を食らう。
「お前は涼宮か」という岡部の強烈な皮肉は、誰が聞いても余計な一言だったが。
やけに静かで寂しい旧校舎の、古いフローリングが軋まないように、俺は注意深く匍匐前進する。
ここに涼宮たちがいるのは間違いない。それは外から見ても一目瞭然だった。
なぜ人影がないのに、奴らがいると分かったかって? 俺の推理力をもってすれば簡単なことだ。
人影はどの窓にも見当たらなかったが、一箇所だけカーテンを閉め切った窓があった。文芸部室にあたる窓だ。
しかも締め切って風も通らないはずの窓ガラスの中で、カーテンがかすかに動いていたんだよ。
間違いなく誰かが部室にいる。文芸部室には何度かお邪魔した事があるが、カーテンが閉まっているのを見た事はない。
――まさか。
疑念を抱きつつ、文芸部室の扉に辿り着く。『SOS団』と書かれた貼り紙を無視して、音を立てずに扉を小さく開く。
――そうよ、そのまさかよ。
あの涼宮ハルヒが。
全裸で体育マットの上で四つん這いにされ、キョンの野郎に後ろから犯されていた。
同級生がセックスをしている、と聞かされても、俺にとっては驚くほどの事でもない。
聞こえるでもなしに聞こえる女子の会話を注意深く拾えば、処女を卒業したクラスメートだっている事ぐらいは察せる。
だが百聞は一見にしかず。その現場を実際に目撃してしまったのなら話は別だ。
しかもセックスしているのが、涼宮ハルヒと来たもんだ。あの奇人変人を寄せ集めて煮詰めたようなエキセントリック女が、
男に抱かれているなんて、目の当たりにでもしなければ誰も信じないだろう。
鋭い眼光で人を寄せ付けない涼宮。傲岸不遜で、世界が自分を中心に回っていると本気で信じている涼宮。
中学時代から知っている彼女の姿と、目の前で桜色に上気した裸体をくねらせている美少女の姿が、どうしても一致してくれなかった。
固まって呆然とした俺の目の前で、涼宮とキョンの行為は続く。
二人を取り囲むのは、脱ぎ散らかされた衣服の山。
スカートとズボン、ブラウスとシャツ、ブラジャーと男物の下着とが、それぞれの主と同じく仲良く絡まっている。
どちらかが一方的に相手の服を剥ぎ取ったら、こんな形で絡まり合う事は絶対にない。多分お互いの手で脱がせ合ったのだろう。
AVみたいな光景だった。いや下手なAVなど足元にも及ばない、恐ろしく刺激的な光景だった。
口さえ開かなければ、涼宮ハルヒは絶世の美少女である。それは俺も認める。
そんな美少女が顔を真っ赤に紅潮させ、快楽とも苦悶ともつかぬ感覚に表情を歪めている。
手を突いた脇の下で、二つの膨らみがキョンの動きに合わせてプルプルと揺れている。俺からはよく分からないが、
キョンの野郎からは、蜂みたいに括れた涼宮の腰のラインが丸見えのはずだ。
そのキョンの横顔ときたら、テストでも見せた事がないほど真剣そのものだった。
涼宮の柔らかそうな尻肉に指を食い込ませ、激しい動きで腰を涼宮に打ち付ける。
湿った身体どうしがぶつかり合う音が、昼休みの文芸部室に鳴り響く。
閉め切った部屋から流れ出す空気は蒸し暑い。むせ返るような濃厚な匂いが、俺の嗅覚を染め上げる。
それが汗の匂いと、それから涼宮の匂いが混じったものだと判った途端、脳味噌を直接揺さぶられたような眩みを覚えた。
これは非常にヤバい。どんなに禁欲的な人間であっても、間違いなく発情する。
ギンギンに股間が膨らんで痛い。身体が射精を要求してくるが、奴らを覗きながら抜く訳にも行かん。
たとえ奴らに見つからずとも、誰かに覗きオナニーを見つかったら俺は破滅だ。いくら俺でも、そこまでバカじゃねえ。
あいつらに交じって童貞卒業したい、という本能を必死に堪えていると、やたらと甘い声が涼宮の口から漏れた。
「キョン……あっ、ああっ」
ぶっちゃけ可愛いと思う。野郎の腰使いに合わせて喘ぐ涼宮は、反則級に可愛い。
だが初めて聞いた涼宮の魅惑的な嬉声は、後に続いた出来事の中でも、ほんの序の口に過ぎなかった。
「好き……」
涼宮の甘い声が紡ぎ出す一言は、俺の予想を遥かに上回る破壊力を秘めていた。
俺も最初は聞き間違いではないか、と一瞬耳を疑った程だ。もしくは同級生同士の刺激的すぎる現場を目の当たりにして、
とうとう俺の脳が溶けちまったかとも思った。
あの倣岸不遜な涼宮ハルヒが、誰かに向かって好きだと告白するなんて。天地がひっくり返っても世界が終りを迎えても、
あいつにそんな言葉は死ぬほど似合わない。
キャラが変わり過ぎだろう。俺の知ってる涼宮ハルヒとは明らかにかけ離れている。
俺の見ている美少女は、本当は涼宮ハルヒの影武者か何かじゃねえのか?
そんな俺の戸惑いもお構いなしの涼宮ハルヒが、声のトーンを徐々に上げる。
「キョン……好き、好き、大好き……」
喘ぎ喘ぎ繰り返す涼宮の声が、切なさを帯びてゆく。キョンが涼宮の背中に覆い被さるまで、涼宮のラブコールは止まらなかった。
マットに突いた涼宮の細い手を、奴の太い指が絡め取った。
奴が括り上げられた項に口付けると、涼宮の肩が小さく震えた。そんな彼女の耳元に、キョンの奴がやたら落ち着いた声で囁く。
「俺もだ、ハルヒ」
「みくるちゃんより?有希より?」
「ああ」
涼宮の短いポニーテールが左右に揺れる。頭を離したキョンの横顔が困惑の表情を浮かべていた。
前触れもなく、涼宮が素のイラチな地声に戻る。
「ウソつき。あんた部室にいても、みくるちゃんと有希ばっかり見てる。キョンあんたいっつもそう」
「お前の事だってちゃんと見てるだろ、ハルヒ」
「見てない。見てたとしても全然足りない。キョン、あんたあたしを誰だと思ってるの?」
「決まってるだろハルヒ。俺の大事な団長様だ」
「そう言うんなら、もっと普段からあたしを見なさいよ。あたしだけを見なさいよキョン」
「今はお前だけ見てるだろハルヒ。俺の相手をしてくれる女が、お前以外に現れると思っているのか?」
「信じらんないキョン。男なんて、女を抱きながら他の女を考えられる生き物だって言うじゃない……あんっ!」
問答無用、とばかりに涼宮の項へとキスの雨あられを降り注ぐキョン。それにともない、涼宮の嬌声がボルテージを上げてゆく。
きめ細やかな涼宮の肌に浮かんだ玉のような汗を、奴の掌が拭う。余す所なく涼宮の汗を拭い去って、奴の掌が目的地へと向かう。
とりあえず、キョンの野郎が重度のおっぱい星人だという事はよく解った。
ついでに涼宮の胸が結構なボリュームを誇り、少なくともキョンに対しては感度良好だという事も。
こいつも俺の知るキョンとは別物だ。俺の知ってるあの野郎は、女に向かって歯の浮くようなセリフを平気で言える奴じゃない。
確かにキョンと涼宮が仲良しなのは、クラスメートの間では公然の秘密だ。だが本人は一度だって、涼宮に愛を囁いた事はない。
一体全体どうなってやがるんだ、こいつらの仲良しバカップルぶりは。見ていて胸焼けを禁じ得ない。
未体験の強烈な性欲に股間を滾らせ、初めて見る同級生の本性に驚かされ続ける俺の目の前で。
涼宮ハルヒとキョンの野郎が、二人仲良く登り詰めてゆく。
後背位のまま両手を繋ぎ、息の合ったリズムでお互いの腰をぶつけている。
お椀みたいに形の良い涼宮の胸が、その先にある小さな桜色の乳首が、キョンの動きに合わせて勢いよく揺れる。
やたら涼宮の乳首が照り返しを帯びていたのは、キョンに散々っぱら舐め倒されたからだろうか。
「ハルヒ、俺のハルヒぃ……!!」
「ああキョン、キョンっ……好き、愛してる!」
しつこいぐらい、互いの名前を繰り返し叫びながら。互いの愛を何度も確かめるように。
二人の動きが加速してゆく。何度も繰り返して練習したみたいに、淀みのない滑らかな運動だった。
やがて――
キョンの動きが不意に止まり、涼宮の細い身体が不規則に揺れる。
涼宮とキョンが二人同時に、繋がったまま絶頂に達したのだと俺にも判った。
キョンの野郎が息も絶え絶えに、マットの上へと大の字に寝転がった。
そのキョンの腕を、同じく息を荒げた涼宮ハルヒが手に取って寝転んだ。いわゆる腕枕、という奴だ。
ラテックスに包まれたキョンのブツが目に入る。野郎のブツなんて正直お目にかかりたくはないが、
しかし実際に使用されたコンドームがどうなっているのか、興味がないと言えば嘘になる。
それに涼宮も、俺の方に足を開いた体勢だった。つい先ほどまでキョンを受け入れてたその部分を、バッチリと記憶に焼き付ける。
キョンのブツに散々嬲られた後だったにも関わらず、涼宮のソコは無修正のAVで見た女優のそれよりもずっと美しかった。
涼宮の乳首と同じで淡いピンクだろうか。嗅ぎ慣れない女の体液の饐えた匂いが、やたらと鼻に突く。
「なんか軽く凹むわね」
既に普段の口調に戻った涼宮が、寝転がったまま憤然と吐き捨てる。
「気持ちよくなかったのか? だとしたら俺も凹むよハルヒ。俺が女一人満足にさせてやれない、情けない男って事になるんだからな」
聞き慣れたキョンのボヤキを受けて、涼宮が慌ててフォローを入れる。
「キョンのせいじゃないわ。それにメチャクチャ気持ち良くしてもらったのは本当よ。だけど――」
「だけど?」
「ちょっと自己嫌悪を覚えるわね。自分の性欲に負けたって感じ」
俺らと口を利く時と同じ、あの特徴的な黄色い声に戻っている。声だけなら涼宮ハルヒは普段通りの女だった。
キョンの裸の胸板を、愛惜しげに撫で回していた事を除いては。
「部室でえっちはしないって決めてたのに。キョンとのプライベートな関係を、学校には持ち込まないつもりだったのに。
団員の前でそう言っちゃった手前、たとえ団長でも約束は守らないと」
普段の口調でそう言いながらも、キョンの胸板に何度も頬擦りをかます全裸の涼宮ハルヒ。
そんな彼女の頭を、自分の娘みたいに優しく撫でるキョンの野郎。そのクセ口調は普段の眠たげな物に戻ってやがる。
「だったら学校でそんな髪型をしないでくれ。それはOKの合図だって、二人で決めただろう?」
「そうだけど……あんたが悪いのよ」
涼宮はキョンの腕を取り、豊かな乳の谷間に擦り付けながら抗議した。あいつのアヒル口は何度か目にしているが、
今日のそれがどこか少々あざとく感じられたのは俺の気のせいか。
「アンタがちゃんとあたしの相手してくれないから。そのクセみくるちゃんとか有希とかエロい目で見てるし。あんたいっつもそう」
「いやエロくないぞ俺は」
「人並み以上にエロいわよ、三日も我慢できないんだから。いつか団員から性犯罪者を出しちゃうじゃないかって想像すると、あたしいっつも不安だわ」
「だから俺の相手をしてくれる、と? 御自らヒラ団員の相手をしてくれる団長様なんて、どこの世界を探しても現れないぜ」
「他の誰かがキョンの毒牙にかかるぐらいなら、あんたにあたしの操をあげた方が何百倍もマシだわ。さ、もうえっちの時間はお仕舞い」
マットの上で仰向けに寝たまま、涼宮はキョンを手招きする。
何が始まるのかと思って見ていたら、何の事はない。
ただの行為の後始末だ。
キョンが起き上がり、力を失った例のブツを涼宮の顔に近付ける。
そいつを覆い隠すラテックスの薄膜を、涼宮はキョンから素早く抜き取った。涼宮はもののニ、三秒でゴムの口を縛り上げる。
その後寝転んだままヤツのブツを口に咥え込んだかと思うと、ディープキスみたいな音を立てて吸い上げる。
最後に枕元に脱ぎ捨てたスカートのポケットからハンカチを取り出し、キョンのブツについた自分の唾液を拭き取る。
その間のキョンといえば、涼宮のお掃除フェラに身を任せていた訳じゃない。
自分のズボンのポケットからハンカチを取り出し、淡くて小さな陰毛の下にあるワレメを拭き取っていた。
奴らの手付きにエロさは感じなかった。だがそんな同級生どうしの行為こそが、俺にとっては衝撃的だった。
要するにこの二人、セックスの後にはお互いのアソコを清めるのが儀式になってた訳だ。
遺憾ながらいまだ童貞である俺に対して、二人ともどこまで見せ付けてくれるんだか。
そそくさと脱ぎ散らかした制服を身に纏うキョン。
そういえば時間が経つのを忘れていたが、もうじき昼休みも終わる。時計もないのにそれを気にするキョンの奴には感心するばかりだ。
涼宮とのセックスに何分費やしたのか、身体が覚えているようにも見受けられた。
もう俺の知っているキョンじゃない。単に脱童貞を果たしただけじゃなく、セックスが日常に組み込まれているような感じだ。
対する涼宮は、マットの上から微動だにしない。キョンもそれには気付いたようで、涼宮に声をかける。
「もう五時間目が始まるぞ。服着なくていいのかよ」
「身体が動かない」
ぶっきらぼうに答えると、涼宮はキョンに恨めしげな目を向ける。
「あんたが激しくしすぎたからよ。ちょっとポニーにしたぐらいで、あんなにハッスルしちゃって」
ばつの悪い事情に蓋をして、キョンが曲者の笑顔を浮かべた。
「悪いなハルヒ。俺ポニーテール萌えなんだ」
「知ってるわ」
同時に吹き出した二人の間に、入り込む余地なんて誰にもなかった。悔しいが世界が終りを迎えても、正味の話この二人は決して互いの手を離さないだろう。
「先に行っててキョン。少し休んだら、あたしも行くから」
「けどハルヒ、お前を置いて一人で戻るのは――」
「一緒に戻ったら、何かと勘ぐられるでしょう。あたしたちのホントの関係は、誰にも秘密なんだからね」
真っ白な歯を見せた涼宮ハルヒが、チェシャキャットのように悪戯っぽく笑う。キョンが浮かべる笑みは、悪戯っ子な娘を見守る父親そのものだった。
「じゃ、教室でな。待ってるぜハルヒ」
「待っててキョン。いつもみたいに背中突っついてあげるわ」
涼宮ハルヒの眼差しには、寝床から夫を見送る新妻みたいな慈愛の念が篭っていた。
とはいえ俺自身もキョンの野郎に見つからないよう、隣のコンピューター研究室の部室に身を隠す。
幸いにして鍵は掛かっていなかった。高価な機材を置いてる割に、随分と無用心なものだ。
キョンが階段を下りてゆく音を、俺は注意深く聞き取った。
足音から割り出した奴の歩く速度、階段から旧校舎の入り口までの距離、そこまでの移動に要する時間
は、き、じ。いや『はじき』か、はたまた『きはじ』か。
とにかく俺は小学生でも知ってる算数を駆使して、キョンが旧校舎を離れる頃合を見計らった。狙いはただ一つ。
涼宮ハルヒだ。
あいつが存在したということに、俺は感謝しなければならないだろう。
どこか遠い世界で行なわれていると思っていたセックスが、俺のごく身近なところで行なわれていると教えてくれたのだから。
キョンと出会えたということに、俺は感謝しなければならないだろう。
涼宮ハルヒという女が、あんなにも可愛くてエロい生き物だと教えてくれたのだから。
ぶっちゃけて言おう。
やりたい。
散々っぱらエロい光景を見せ付けられて、俺だってギンギンのまんまだ。
キョンの野郎は首尾よく射精できたかもしれないが俺は違う。
自意識さえ飛びかねない、ましてや理性なんて保ちようがない、永遠とも思われた時間を我慢してきたのだから。
今なら言える。射精しないと死ぬ、と言い切れる。
それも自分で扱くだけじゃ物足りねえ。
隣の文芸部室には。
昼休みの間中ずっとキョンに嬲り倒され、いまだぐったりと体育マットに横たわる涼宮ハルヒがいるのだから。
どす黒く燃える太陽を心に点しつつ、そっと文芸部の扉を開ける。
思った通り、涼宮ハルヒは一切の着衣をおこなっていなかった。
奴のブツを拭いた自分のハンカチの匂いを嗅いだり、自分の身体を抱きしめてゴロゴロとマットの上を転がったり、
つい先ほどまで自分を抱いていた男の名前を切ない声で呟いたり。
よっぽど行為の余韻が身体に残っていると見えた。
オーケーだ。
キョンと違ってこちとら経験はない。だからキョンほど悦ばせてやる事もできないだろう。
けどな涼宮。
お前は普段気にもしてないんだろうが、俺だって一応は男なんだよ。
今度は遠慮なしに文芸部室の扉を開く。涼宮ハルヒが目を見開いて俺を見る。
血走った俺の瞳と、無防備な自分の裸体とを、交互に確かめて――
涼宮ハルヒが走る。キョンの手を引きずって、昼休みの教室を飛び出してゆく。
別に珍しくも何ともない。
これと同じ光景を、俺は何十回目撃しただろうか――
<<終>>