「氷点下」  
   
   
 その日、頼まれもしないのにやってきた寒波が突然街を覆って、近代化という概念  
から程遠い北高の校舎の中には不平不満が満ちていた。  
 薄い窓ガラスは冷気を防ぐ機能をもたず、外に居る気分を教室内に居ながら味わえ  
ますって笑えね〜……。  
 吐く息は当たり前の様に白いし、屋内なのに水道管がいくつか破裂してんるんだぜ?  
 はっきりと言おう、これはもう人が生活する環境じゃない。  
 誰しも寒さの中で動こうとしない中、  
「……窓際って冬場は不利なのね……失念してたわ」  
 勢いの塊みたいなハルヒですら、昼休みだというのに今日は机にくっついて固まっ  
ていた。まあ俺もだが。  
 安心しろ、廊下側も生き地獄なのは一緒だ。  
 救いにならない返答を返す俺を睨むハルヒだったが、それ以上何も言わないまま寒  
さに震えている。  
 昨日まではそこそこ暖かかった事もあり、気が緩んでいた俺達を狙ったかの様なこ  
の寒波。  
 これはもう宇宙的、あるいは未来的、はたまた超能力者的な何かの陰謀であるとし  
か考えられない。  
 そう思い込む事で、仮想敵に対するシミュレーションを脳内で展開しつつ今日一日  
を乗り切ろうと考えた俺の頭に……1つの不安が浮かんだ。  
 今俺が居る場所は教室で、現在30人程の人間が寒さに震えているわけなんだが、  
SOS団の部室はどうなんだ?  
 そこが無人ならいい、ポットのお湯が凍結してようが気にしないさ。  
 だが……もしもそこに長門が来ていたら?  
 普通に考えれば、だ。こんな寒い日に、わざわざ一人で部室に篭る生徒なんか居る  
はずがないんだが……駄目だ、絶対に居る気がしてきたぞ。映像で見える気すらする。  
 確信にも近い予想の前に、俺は動く事を拒否する体を引き起こし「おいキョン!   
廊下に出るな! 教室が寒くなるだろ!」谷口の罵声を無視して教室を飛び出し、部  
室へと向かった。  
   
   
 誰も居ない冷え切った廊下を走り、本校舎から渡り廊下へ差し掛かった頃、冷え切  
っていた体にようやく熱が戻ってきた。  
 動けば暖かくなる。  
 前に谷口が言ってたが確かにそうだな、人間の体ってのは本当よくできてるよ。  
 一段飛ばしで階段を上っていき、足音も気にせず廊下を走る。  
 勢いに任せノックも無しに部室の扉を開いた俺が見たのは――本当に居たか――窓  
際で読書を続けるいつもの長門の姿だった。  
 長門、大丈夫か?  
 部室の入口に立つ俺の問いかけに長門は顔を向け、しばし思案した後  
「特に問題は無い」  
 そう答えた。  
 問題ない……のか?  
 何となく見てみた壁にかかった温度計は0度を下回っていて、暖房器具一つ無い部  
室の中は走り抜けてきた渡り廊下以上に冷え切っている気がするんだが……。  
 とりあえず長門の元へ行ってみたが、寡黙な宇宙人はNASA仕様の銀色のシート  
を羽織っている訳でもなく、普段と変わらぬ冬服+カーデガンを着ているだけ。  
 バナナをその辺に放置してたら皮くらいは凍りそうな寒さだってのに、長門の太も  
もはスカートで隠された面積以外は大気に晒されたままでひざ掛けひとつ使っていな  
かった。見てるこっちが寒いぜ。  
 なあ長門、お前……寒くないのか?  
 もしかして、宇宙人的な何かで寒さを防いでいるのかと思って聞いてみたんだが、  
「寒い」  
 だったら何か着ようぜ?!  
 思わず突っ込んじまったじゃねーか。  
 膝の上に置かれた長門の手を掴んでみると、その手は氷の様に冷たくなっていた。  
 自分の両手で長門の小さな手を挟み、すぐさま息を吹きかけてはみるが中々熱は伝  
わらない。  
 ポットのお湯じゃ火傷するし、カイロなんて持ってないよな……何かいい方法はな  
いか?  
 部室の中を見回す俺に、長門は疑問系に聞こえなくもない声で聞いてくる。  
 
「何をしているの」  
 何をって……お前の手を温めてるんだよ。  
 見ればわかるだろ?  
「どうして」  
 そこでどうしてって聞かれると困るが……お前の手が冷たいから、じゃ駄目か?  
 俺の返答では納得できないのか、いつもの無表情な顔にほんの少しの疑問を加えて  
長門はじっとしている。  
 結局他にいい手が思いつかないまま時間は過ぎていき、俺は長門の手を温める事に  
だけは成功した。  
 手はあったまったが後はどうしたもんだろうな? ストーブもないこの部室じゃ、  
暖を取る方法なんて無いんだし……やっぱり教室に戻るように言うしかないな。  
「……人間は、寒い時に今の様な行動をするものなのか教えて欲しい」  
 ようやく温まった自分の手を見て、長門はそんな事を尋ねてくるのだった。  
 まあ……他に方法が無くて、親しい人相手にならこうすると思うぞ。というかそも  
そも、こんな寒い場所には長く留まらない事が大切であってだな……長門?  
 俺の解説を聞く中、静かに長門は立ち上がって俺の体にそっと寄り添ってきた。  
 その小柄な体が俺の体に重なり、長門の手が俺の背中に回される。  
 突然の行動に動けない俺を抱きしめたまま、長門はじっとしていた。  
「温かい」  
 胸元で呟かれる言葉。  
 むず痒い――だけだと言えば嘘になる――その感触を胸に感じながら、俺の手は行  
き場を求めて自然と長門の背中へと回されていく。  
 ……ちょちょっと待て。これはいったいなんだ? 何で俺は長門と抱き合っている  
んだ?  
 浮かんだ疑問を言葉にするのを何となく躊躇っていると、今度は長門の両手が俺の  
頬へと伸びてきた。  
 まだ少し冷たい長門の手が俺の頬を通り過ぎ、俺の首の後ろに添えられる形で止ま  
る。そして、俺を屈ませようと遠慮がちな力が加わり始め――それに抵抗しなかった  
結果、俺と長門の顔が近づいていった。  
 何をするつもりだ? チャンスは何度もあったのに、そんな言葉を掛けなかったの  
は何故なのか。  
 やがて、殆ど触れ合うほどに近づいた俺の顔を見ながら、長門は背伸びをして俺の  
唇に自分の唇を重ねた。  
 冷たさと同時に、震えるほど柔らかな感触が俺の唇を介して伝わる。  
 ――ハルヒよりも柔らか……いや、なんでもない。  
 俺はされるがままになりつつも、背筋を駆け巡る快楽を表に出さないように必死に  
耐え続けていた。  
 
 お互いに目を開けているせいで一瞬も気が抜けない。  
 そんな精神面での戦いに気づかないまま、真っ直ぐに俺の目を見ながらキスをした  
長門は、やがて体を離した。  
 名残惜しそうにそのままの体勢でいる俺を見て、長門は何故か俺の足を見つめ始め  
る。そして暫く考えた後、自分の座っていた椅子を指差して  
「座って欲しい」  
 と伝えてきた。  
 おい、そろそろ突っ込めよ。仕事だろ?  
 理性や常識と呼ばれるであろう物が――仕事ってなんだよ――俺に訴えかける。  
 だが、静かに見つめてくる長門の視線を前に……俺は無言のまま示された椅子に座  
っていた。  
 椅子に残された長門の熱を意識していると、今度は長門が俺の膝の上に座ってくる。  
 抗議する間もない。というかできない。  
 俺の太ももにそっと乗せられた長門のお尻の感触は、俺を無言にするのには十分す  
ぎたんだ。  
 膝の上に座っていながら殆ど重さを感じさせない長門だが、太ももに感じるその柔  
らかな感触は十分に魅力的だったとだけ言っておく。  
 軽く足を開いて座る俺の上で、長門はじっと座ったまま動かない。目の前にある長  
門の首筋を見ていると、自然と意識してしまった俺の下腹部が反応を始めていた。  
 ま、まずい!? このままじゃばれる! 位置的に絶対にばれる!  
 慌てれば慌てるほどかえって長門の感触を意識してしまい、結局そのまま言い訳し  
ようも無い程に体の一部分が自己主張してしまったその時――コンコン、部室に響く  
控えめなノックの音。  
「失礼します――……あ、ご! ごめんなさい!」  
 ゆっくりと開けられた扉の向こうに見えた天使の顔は、すぐに真っ赤に染まって扉  
の向こうに消えた。  
 あ、朝比奈さん! これはその、違うんです! どう見ても違わないと思いますが  
違うんです! 多分!  
 長門を膝に乗せたままそう言い訳すると、暫くしてから少しだけ扉が開き、朝比奈  
さんの興味深げな顔がそこから覗いていた。  
 彼女の視線が俺と長門を行き来し――長門の衣服の状態を確認した後  
「……あの……何を、してるんですか?」  
 不思議そうに朝比奈さんは聞いてきた。それは俺も聞きたいんですけどね。  
 朝比奈さんの疑問に答えたのは、  
「寒いので温まっている」  
 俺の上に座る寡黙な宇宙人だった。  
 
 ……そ、それだけか。はは、そうだよな……はぁ。  
 何て言うか、色々と疲れたよ。本当に。  
 朝比奈さんの視線を受けつつも、この状況に何一つ疑問も不満も無いのか、そのま  
ま俺の上に座り続ける長門。  
「あ、あの……ごめんなさい。私は何も見ませんでしたから……その、気にしないで  
続けてください……本当にごめんなさい」  
 だから違うんですって! 朝比奈さん聞いてください!  
 俺の弁解は朝比奈さんを説得するだけの力を持たず、ぱたぱたと遠ざかる彼女の足  
音だけが悲しげに部室の中で響いていた。  
   
   
 …………なあ、神様。これはよからぬ事を考えた俺への罰って奴なのかい?  
 未だに俺の上に座って何事も無かったように読書を再開している長門に対して、俺  
は何も企んでおらず清廉潔白ですっ! ……とは確かに言えないさ。  
 最初は単なるお節介だったんだが、その後の展開にこの小柄な同級生と触れ合う事  
ができるんじゃないかって俺は期待していた。認めるよ。  
 それでも……普段から天使的な笑顔で俺を癒してくれていた朝比奈さんに、昼休み  
に部室でエロい事をしていた男という認識を持たれてしまったのは……重いな、この  
罪は……。  
 犯した罪の重さに苛まれていた俺の耳に、駄目押しとでも言いたげに午後の授業を  
告げる予鈴が聞こえてくる。  
 長門、予鈴だぞ。  
 目の前にある後頭部にそう呼びかけると、  
「そう」  
 ……授業に行かなくてもいいのか? って意味で言ったつもりなんだが、長門に読  
書を止める様子は無かった。  
 まあいいか、人の事よりも今は自分の事だよな。  
 これから授業を受け、そして放課後が来る。いつもなら嬉しいはずのその時間なん  
だが……今はただ憂鬱でしかない。  
 もしかしたら、朝比奈はもうここに来ないかも? ……いや、あの生真面目な人の  
事だ。きっと何も無かった様な顔で……内心は複雑な思いでここに来るのだろう。  
 未来人の仕事ってのに、私情はあんまり挟めないみたいだしな。  
 はぁ……しばらくここへ来るのは止めようかな。  
 俺が居なければ、彼女の笑顔を曇らせずに済むだろうし。  
 
 ネガティブな思考をエンドレスで繰り返していた時、今度は本当に午後の授業を知  
らせるチャイムが聞こえてくるのだった。  
 あーもー……どうでもいい。  
 今日は寒いし、朝比奈さんには嫌われちまったしよ。  
 もう帰ろう……そしてさっさと寝て夢の中で朝比奈さんの笑顔を拝もうじゃないか、  
罪人にもそれくらいは許されるはずだよな。  
 チャイムの音が余韻を残しながら消えた頃、黙々と読書を続けていた長門は静かに  
本を閉じた。  
 お、遅刻しても授業に行くのか。偉いぞ。どっかの一般人にも見習わせてやりたい  
真面目さだ。  
 俺の膝から暖かな長門の体が離れ、その喪失感から思わず手を伸ばしかけた自分を  
諌める。  
 ――十分満足しただろ? 長門は想像以上に柔らかかったし、キスも暫く思い出し  
そうなくらいに良かった。これ以上はアウト、聞き分けようぜ。  
 それでも、立ち上がった長門を椅子に座ったまま名残惜しげに見ていると、  
「被服を介してでは効率が悪い」  
 テーブルの上に本を置いた長門は、俺を見下ろしながら自分の制服を脱ぎ始めたの  
だった。  
 な、長門?  
「何」  
 テーブルに置かれた本の上に、今まで長門を温めていたカーデガンが置かれる。  
 ちょちょっと待て! 長門、お前は誤解してるんだ。さっきのは俺の説明が足りな  
かった、すまん謝る。この通りだ!  
 慌てて頭を下げる俺に、長門は静かに首を横に振り  
「貴方の説明に間違いは無い。私の体は、貴方との接触を経た結果その温度を上昇さ  
せている」  
 説明しながらも長門の手は止まらず、殆ど防寒機能の無い冬制服がテーブルの上に  
追加された。  
 その瞬間、ついさっき朝比奈さんの乱入によって完全に消え去ったはずの火種が、  
新たな燃料を得て一気に燃え上がった。  
 おっおい! 待てって! な? えっと……そのつまりだ、保温の為に抱き合った  
りするのは本当に緊急の場合であってだな? 本来は雪山で遭難した時とか、そんな  
場合だけに、しかも互いの合意があった上でしかしない行為であっ……て。  
 言い訳を続ける俺の目の前で、横断歩道のボタンでも押すみたいに躊躇い無く長門  
はブラのホックに手をかけ――純白の下着が外された。  
 まるで雪の様に白い長門の肌が俺の目の前にあり、今は俺の視線を受けてほんのり  
と色付いて見える。  
 
 ぱくぱくと酸素を求めて喘ぐ金魚の様に口を動かす俺に、  
「貴方に手を握られた時、体温の上昇以上に私の内面を動かす何かがあった。とても  
暖かくて優しい何か。私はそれが何なのか知りたくて、貴方を抱きしめてみた」  
 言いながら長門はそっと近づいて来る。  
「体を重ねる面積が増えるとその感覚は強くなった。けれど、手を握った時とは少し  
違う気がした。被服を介してでの接触である事が問題だと考え、次に外皮の中で皮膚  
の薄い唇を重ねてみた。効果は絶大、貴方の唇と接触した際に軽度の眩暈を覚えた」  
 椅子に座った俺の前に膝立ちになり、長門の手が俺の服に伸びる。小さな手が服の  
ボタンを1つ外すたびに、俺の鼓動は加速していった。  
「だが、唇では接触面積に問題がある。表面積を確保する為に貴方の上に座ってみて  
も、予想通り唇ほどの感覚は得られなかった」  
 シャツのボタンが全て外され、長門の手が俺の肌をそっと撫でる。  
 その感触に震えそうになるのを、話の続きが聞きたかった俺はじっと堪えた。  
「……私は、朝比奈みくるに嘘をついた。私にとって、寒さを凌ぐ為に温まる必要は  
無い。ただ貴方の感触を感じていたいと思っただけ」  
 どうして、嘘をついたんだ?  
 俺の問いかけには答えないまま、長門の唇がそっと俺の腹部へと触れる。柔らかく  
潤んだ薄赤い唇が皮膚を撫でるたび、俺の中を快感が走っていった。  
 ……長門。  
 俺に覆いかぶさるような状態の長門の胸の下では、すでに俺の息子は完全に戦闘状  
態に突入していた。長門の顔が俺の胸や首筋に近づくたびに、長門の体が俺の息子を  
ズボン越しに撫でて快楽を生み出していく。  
 長門にとって無意識のはずのその行為は、俺にとっては愛撫でしかない。  
 我慢の限界を迎えた俺が椅子の座席を掴んでいた手を離した時、  
「貴方は互いの合意があればこの行為に問題は無いと言った。私という固体は、貴方  
と肌を重ねる事を強く望んでいる。貴方の気持ちを教えて欲しい」  
 普段は穏やかなその目に、潤んだ欲求を浮かべて長門が俺を見つめていた。  
 俺もだっ! て即答したかったよ、本当。  
 小柄な長門の服の下にあった意外に女性的な体つきを前に、とっくに俺の下半身の  
意見なんてのはとっくに決まってたんだ。  
 ……それでも、俺がすぐに同意できなかったのは。文字通り、俺と長門の意見が同  
意なのかどうかが分からなかったからなんだ。  
 意味がわからないって? ……つまりだ、俺の……なんともわかりやすい性的欲求  
とか、長門を強く抱きしめたいっていう気持ちと、長門の俺を求める気持ちってのは、  
行為としては同じになっても本質は違うんじゃないのか? ってそう思えてな……。  
 
 子猫を前に牙を向けられない動物園のライオンでしかない俺の返事を待たないまま  
――子猫からの先制攻撃――長門の顔は近寄ってきて、俺達の唇が触れ合った。  
 二度、三度と繰り返される児戯の様な拙いキスが、俺の思考を緩慢に奪っていく。  
 やがてそれだけでは物足りなくなくなったのか、長門はじっと動かないでいた俺の  
体を抱きしめてきたのだった。  
 冷たい肌が俺の肌に重なり――続いて長門の体から小刻みな震えが伝わってくる。  
 見れば長門の目は何故か泣きそうに潤んでいて、抱きしめた体はより強く俺を感じ  
ようと切なげに上下していた。  
 されるがままってのは嫌いじゃないが……正直、この時俺は触られるよりも長門の  
体を触りたかったんだ。  
 触る度胸も無いくせにな。  
 だが、今の俺には長門の動きによって与えられる快楽の前に達しそうになるのを堪  
えるだけでも精一杯で、一方的な展開に休戦協定の糸口すら見えやしない。  
 長門の胸が俺の胸に押し付けられ、その小ぶりな二つの膨らみが踊り続ける。それ  
は俺にこの上ない快楽を与えていたんだが、  
「……ふ……んん……」  
 まさか長門が喘ぎ声を出すとは……俺以上に、長門はこの行為に悦びを感じていた  
ようだ。それを代弁する様に、胸の膨らみにある先端は俺の息子同様「触れて欲しい」  
と必死に訴えている。  
 体を重ね合わせ、肌に唇を這わせるだけの幼い行為。これ以上どうすればいいのか  
わからず、ただ切なげな顔で俺を見つめる長門に――俺は、落ちた。  
   
   
 長門、頼みがある。  
 そううわ言の様に口にしてしまった俺を、何かを期待した長門の目が見ている。  
 ついさっき神様に罪を認めたばかりだってのに……これはもう許しを願う事もでき  
やしない。  
 黙ったまま俺の言葉を待つ長門の前に、俺は自分のズボンを下着ごと下ろして暴走  
状態になっていた息子を出した。  
 
 氷点下の室内で場違いな熱気を放ち、すでにフライング気味な俺の息子へ長門は熱  
心な視線を向けて  
「男性器」  
 小さく呟いた。  
 長門、これをお前に触って欲しいんだが。  
 やはりと言うか当たり前なんだが、長門はその言葉の意味がわからない様だった。  
 それでも、俺の言われるままに長門は手を伸ばし、殆ど目の前にある俺の息子にそ  
っと手を添えた。  
 うおっ?!  
 あまりの気持ちよさに思わず腰を引こうとしたが、小さな椅子では下がるだけの余  
地は無い。陶器の様に滑らかな長門の指先が触れるたび、俺の情けない声が部室に響  
いていた。  
 テクニック0。本でも触る様な事務的な動きなのに、あまりの気持ちよさに堪らず  
声が出てしまう。  
 そのまま射精してしまいたい気持ちを抑えていたのは、息子の目の前に長門の顔が  
あるからで、それさえなければとっくに出していたに違いない。  
 っていうか出したい。  
「どうしたの」  
 挙動不審にも程がある俺の状態を見て、長門はようやく手を止めてくれた。  
 あ、危なかった……。  
「ここは人体の中でも神経が集中している場所のはず。私の行為が苦痛だったのなら  
謝らせて欲しい」  
 ぅおわっ!  
 寂しげに俯く長門の唇が偶然俺の息子の先端部に掠る程度に触れ、これまで以上の  
快感が俺に不意打ちを仕掛けてきた。。  
 ま、まずい! いくらなんでもこれはまずい! はじめての相手に顔射どころか口  
内射精なんてマジで無茶すぎるって!?  
 自分を落ち着かせようと何度も深呼吸をしてから、俺は冷静を装って弁解を始めた。  
 い、いや違うんだ。長門そうじゃない。頼む、とりあえず顔をあげてくれ? ――  
……ふぅ、あのな? さっき俺が声をあげてたのは痛かったからじゃなくて、気持ち  
よかったからなんだ。  
「気持ちよかった」  
 そうさ。長門の手が気持ちよくて、つい声が出たんだ。さっき、お前も出てただろ?  
 俺に指摘された長門はしばらくじっと考えていたが、やがて……恥ずかしそうに肯  
くのだった。  
 だからお前は何も気にしなくてぇ……な、長門っ。  
 
 無言のまま、再び長門の手が動き始める。今度はさっきよりも積極的に、しかも俺  
の顔色をじっと伺いながら強弱を加えて。  
 稚拙だった動きがあっという間に進化していく。  
 先走った液が結果的に潤滑剤となり、俺の反応がより強くなった事に気づいた長門  
は何の抵抗も無く俺の息子を口に含むのだった。  
 小さな唇が亀頭を覆い、舌先がその表面を濡らそうと這い回る。あまりの気持ち良  
さに逃げようとした俺の動きで、床と擦れた椅子の足が乾いた音を立てた。  
 長……門。  
 も、もうこれ以上我慢できないって?!  
 前にも進めず、後ろにも逃げられない状況で俺はただ快楽に耐えていた。  
 肩を引いて必死に堪える俺の顔を、何故か嬉しそうな顔で見ながら長門の行為は続  
き――長門っ!  
 ついに限界を迎えた俺は、長門の小さな口の中へと精を吐き出してしまった。  
 突然の事の驚く長門の口に、次から次に精液が溢れ出て――その全てを長門は抵抗  
無くそのまま飲み干してしていく。  
 俺の荒い呼吸が部室に響く中、遠くから授業の終わりを伝えるチャイムが聞こえて  
きた。そしてそれは、この行為の終了時間が訪れた事も示している。  
 椅子に座ったままの俺を見つめる、長門の切なげな視線。  
 多分、俺も長門と似たような顔をしてるんだろうな。  
 何せあれだけ出しておきながら、俺の息子はまだ反り返ったまま長門を求めて疼い  
ていたんだ。  
 俺は長門の体を抱き上げ、耳元に口を寄せて欲求のままに告げる。  
 長門。これからお前の部屋に行ってもいいか?  
 そう囁いた俺に、長門はすぐに肯いた。  
   
   
 「氷点下」 〜終わり〜  

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