「あれ? 九曜さんじゃない? こんなところで奇遇だね」  
「へえ、驚いたな。キミたちは知り合いなのか?」  
「ううん。関係があるのはこっちの彼のほうでさ、僕は話を聞いて一方的に知ってるだけ。特徴的だから一目で理解できた」  
 俺を指差しながらいらんことを言いやがった国木田は、  
「とてもチャーミングだけど、不思議な感じのする女の子だね。なんていうか、九曜さんは思考が独創的なんじゃないかな? 谷口を振った理由も変わってたし」  
 ぎゃひんとでも叫んでやったらこいつは満足するかね? ってゆーか、それ以上俺の古傷にさわんじゃねえ。こんなとこで涙浮かべたかないぜ……とか思ってると、  
「初めまして。谷口くんでいいのかい?」  
 外見だけならAAランク、だがまあ、諸事情により俺の評価の対象外にいる女は片手を差し出しながら言った。  
「もしや、キミには九曜さんの恋人だった過去があるのかな。その履歴について、是非詳しく話を聞いてみたい。ああ、もちろんキミが良ければの話だ。でもね、個人的な興味からすれば……そうだな、これを聞かないことには今夜は眠れそうにない。  
正直、僕の認識する彼女の人となりからすれば信じられないような事実だ。本来なら保護されるべき領域、ましてや初対面の人のプライベ―トを侵犯するような要求だとは承知してはいるんだが、それに付随する懸念を無視してでも、  
キミの経験を拝聴できる可能性を考えるなら僕はこうやって多少の厚かましさをまとうことも厭わない。もっとも、本当にキミが話したくないならもう言わないし、これでも初見ながらキミの人柄とこちらの興味との兼ね合いを考慮したうえでの発言であってね、  
谷口くんの気持ちを無視するつもりなんかじゃてんでないんだ」  
 とか言いながらよ、ほんとまいるぜ。  
 そんなに綺麗な瞳を輝かせながら興味津々とした顔を見せられちゃあ、無下に断るわけにはいかねえよ。  
「でも谷口、人違いだったって言われてすぐフラれちゃったでしょ、話すことなんてあるの?」  
 またいらんことを国木田は言った。  
 
 
 今日は厄日だ。  
 キョンの野郎が殊勝にも俳句大会に誘ってくるもんで、不覚にもホイホイと着いてきちまったのが運の尽きだった。俺の貴重なゴールデンウィークの一日を返せってんだ。  
 大体、なんであの眠気マックス女がここにいる。それに聞き及んでた佐々木っていうやつも開口一番に変な女ぶりを存分に発揮してくれたしよ。ついでにその後まんまと俺の失恋話も聞き出されちまって、やれやれだぜ。  
 ま。全然収穫がなかったわけじゃねえ。あのツインテールの娘、橘京子ってのは俺に唯一残されたオアシスだ。にぱっとした笑顔がいかにも普通の女子高生っぽくて良いんだこれが。おし、ナンパするならこいつだなってことで、俺はさっそく話しかけてみることにした。  
 
 
 10分後。見事撃沈した俺が今日ここに来た意味を考えてるとき、桜の木の下で写真撮影をするとかなんとか、女はそれにあわせて和服に着替えるだのと涼宮が言い出して女を全員連れ去り、俺が今日ここに来た意味を颯爽と奪っていきやがった。  
マジで何すりゃ良いんだ、俺はよ。  
 そうやって馬鹿でかい庭の草の上でふて寝していた俺が空を仰いだとき、青色の中に、あの佐々木って変な女の顔が浮かぶのを感じた。  
「おわ! なんだお前、着替えに行ったんじゃなかったのか!?」  
 錯覚かと思いきや、俺の顔を覗き込んできた女は確かにそこにいた。  
 そいつは飛び上がっちまった俺を観察するように見回しながら、愉快そうに、  
「行ったんじゃないのか、なんて、既に答えは出てるじゃないか。キミが問うべきことは、僕が何故着替えに行かなかったのか、そしてどうしてここにいるのかについてくらいなものさ。それに答えるなら、前者については単純に遠慮させて貰った。  
ここにいる理由は恐らくキミと同じだと思う」  
 にこやかに続ける目の前の女に俺は肩をすくめて、  
「つまり、暇を持て余してるクチってとこだな。しかしだ、何で着物に着替えないのかが不明だぜ。俺が聞きたいのはそこんところだよ」  
 言い切ると、この女はキョトンなんて音が聞こえてきそうな表情を貼り付けて一瞬停止した。一体どうしたんだっつの。  
「……驚いたな。キミは一瞬にして僕の意図を正しく理解してしまったどころか、こちらが無意識のうちに隠していたものにまでしっかりと気付いている。ならば、僕もちゃんと答えざるをえないだろうね」  
 俺がキョトンとしてると、  
「ああいうのは苦手なんだ。それに僕は部外者なので、彼女たちの輪に踏み入りすぎることにはどうも気が引ける。涼宮さんには迷惑だって掛けしまったし、ここは自重すべきだと思ってね。辞退してきたというわけさ」  
 
「なんだ、お前も着てみたいなら遠慮するこたぁないと思うぜ。あの涼宮に気遣いなんていらん。思わず笑っちまうところだったよ。それに、あいつは今にあんたがいないことに気付いて探しにくるだろ。追いかけっこも説得も無駄な抵抗だってことを忠告しとく。  
あいつには誰もかなわん。大人しく捕まるってのがオススメだ」  
 ふと視線を女に戻すと、今度は呆気にとられちまったようにポカンとしてやがり、かと思えば、次にはまじまじと俺を見ながら、  
「これは、九曜さんがキミをキョンを間違えて交際を申し込んだのも無理はないだろうね。僕もいま気付いたんだが、実にキミたちは似ているよ」  
「げ、やめろよな! あいつと共通するとこなんざまったくねえ。皆無だ。第一、俺はあんなマヌケ面じゃねえしな」  
 それを聞いた女は不意を突かれたように笑い出した。それ笑い声なのか? てな疑問を持っちまうような変な笑い方だったけどさ。  
「失敬。ところでキミは、人間の思考形態は大まかにわけて二つに分類されるということを知っているかい?」  
 知らないね、と答えると、こいつは手をひらひらさせながら、  
「アリとキリギリスの童話があるだろう? この話に人が感想を持つときにね、少し面白い現象が発生するんだ。それは何かといえばだ、ここで人は二種類の考え方に分かれるのさ。つまり、両者の生活がどういった結果を迎えるのかという教訓を論理的に捉える人間と、  
『なぜアリはキリギリスを助けてあげなかったのか?』と考える人間が発生するということで、後者の答えに至る考え方を僕は等式思考と呼んでいるんだが、これは短絡的思考と表したほうが一般の認識に近いと思う。  
このように、人間は、物事の捉え方が論理的思考か等式思考なのかによって別々の世界を生きることになるんだ。だが、勘違いしないでくれたまえ。これは僕の持論なので、実は大した確証も持たない個人的な見解に過ぎないからね。そしてこの僕の理論からいくと、」  
 さっと揃えた指先を俺にむけて、  
「谷口くんとキョンの現実認識は、この二つの思考方法には当てはまらないんだ。論理的思考は、なぜ?という疑問から出発するもので、等式思考は自分の知っている知識を持ってくるだけなんだが、二人はそうじゃない。キミたちは当たり前のものを当たり前に認識し、  
何物にも惑わされることなく真理というものを見つめることができる。これは単純なようでいて、尋常ではなく凄いことなんだよ? 僕にとっての天才の定義は、そういう物の見方ができる人物のことだ。真実を探求するうえで、これを天才的と称せずにはいられないだろう?」  
「へいへい。とにかくだ、お前がえらくお喋り好きだってことだけはわかったよ。けど、なんでお前は俺をそんなヤツだって思うんだ?」  
「キミは僕の少ない言動から、僕がみんなに黙ってここに来ていることなどの事実を当然のように把握し、それに対して的確な判断を下したからね。ああ、九曜さんのこともある。これだけ判断材料が揃えば十分さ」  
「じゃあやっぱり、お前も和服を着てみたいってことだな。その気持ちはわからんでもないぜ」  
「そうかい? ただ、邸宅と呼ぶに相応しいこの家人の所有する着物に興味がないわけではないことは否定できないな。一生に一度の機会かも知れない。たまには分不相応な装いに身を包んでみても悪くはないかもね」  
「いや、お前が可愛いからだよ」  
「は?」  
「多分、えらく似合うと思うぜ。着たくなるのも無理はねえよ。俺だってその姿を見てみたい次第だっつーことで、よろしく頼むぜ」  
「…………」  
 今度は沈黙しやがった。  
 良く喋るヤツだってのはポイント高いが、内容がやっぱ普通とは言えん。理解不能すぎる。なんというか、俺はもっとインスタントな会話に興じたいんだよ……なんて不満を感じているとき、  
「……その、」  
 やけにもじもじしながら、  
「じゃあ、着替えてこようかな。えっと……」  
 こほん、と咳を一回すると、  
「いや、なんでもない。気にしないでくれ。とりあえず、僕はみんなのところに戻ることにするよ」  
 さっきまでと打って変わって余裕を取り戻しながら、  
「キミと話せて楽しかった。じゃあね」  
 片手をあげて行っちまった。  
 
 
 しかし、なんでこうも俺は変な女とばかり出会っちまうんだろうね。  
 あの佐々木ってやつも最後は顔を真っ赤にしちまってよ、本当は仲間に入れてもらうのが恥ずかしかったんだろうな。その奥ゆかしさも悪かねえが、やっぱり俺の営業範囲外だぜ。  
 
 ……そしてあいつの着物姿を見た俺は、一つ思った。  
 
 
 ま。連絡先くらい聞いといても悪かねえか、ってな。  
 

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