涼宮ハルヒの巻き起こす騒動に付き合っていくうちに、気付いたことがある。  
それはどうも事件とは周囲の人間を巻き込めば巻き込むほど、長丁場になるほど、とりかえしのつかない  
大事に至るということだ。いつ解決できるか見当さえつかない事件にとらわれて一日を悶々と過ごせば、  
まともな判断がつかなくなってしまったあげくに、日常生活に支障をきたすほど普通でいられなくなってしま  
うんだ。  
 不安は連鎖を引き起こし、疫病のようにどこまでも広がっていく。当人の事情も関係無く知らないうちに  
巻き込まれればなおさらだろう。陰惨な事件は消え去ったあとさえも団員の頭を悩ませることがある。被  
害が拡大しないうちに、早期解決が求められるのはなにも火事に限った話ではないと、種々の事件あっ  
て、わが身は知ったのである。  
 同時に、一両日中にあっさりと解決してしまうような事件は最早、事件と呼べないということである。  
 あっけなく解決された案件は団員同士の茶飲み話としても残らず、忘れ去られていくことになる。  
 そんな小さな事件といえども、多くの人に精神的肉体的金銭的に被害をもたらすことがないということ  
であって、中には、ごく少人数の心にでかい爪痕を残していくことがある。十年後にもふとした瞬間に思い  
出してしまい、自分自身で驚くようなでかい傷だ。  
 誰かを相手に自嘲しながら傷をみせるわけにもいかず、かといって隠し通してしまうには自分を蝕みす  
ぎている。傷跡が視界に入るたび憂鬱な気分になるような疫病神と、これからもずっと付き合っていく、  
なんて悲しいじゃないか。  
 そいつを声高に叫ぼうとも、共感を呼べるようなでっかい話題の前じゃ、誕生日ケーキのローソク火よ  
り簡単にかき消されちまう。そいつの世界を根元から揺るがすような深刻な話題なのに、だ。  
 話題にするのもはばかられるような話題は、そいつ以外誰一人知ることなく存在する。相談すること  
さえ出来ずに背負っていく運命なんだろう。  
 俺はらせん状の階段を下りていく。一周ずつしだいに少しずつ、けれど確実に終幕へと近づく。  
 だが俺たちは逃げることも出来ず、誰かに背中を押されるまま、歩みを進める。せまりくる暗い未来が、  
奇跡的な力によってハッピーエンドにすりかわることを心のどこかで願うが、そううまくいくはずもない。  
逃げられないほどの絶望は大きな口をあけて今俺を飲み込もうとしていた。  
 現実は点を境に狂い始めるんじゃなく、月が満ち欠けするように徐々におかしくなっていく。誰もが異変を  
知るころ、ゲームはすでにチェックメイト済みなのである。  
 
 ある季節の変わり目だったろうか。その日のSOS団活動は、映画の初回版に封入される特別映像の  
撮影だった。  
 文化祭で上映された映画「朝比奈ミクルの冒険」は、入場数こそ相当の数値を記録したくせに映画本  
編の評価は芳しいものではなかった。厳密に言うならば、観客から感想らしき感想さえ届いていない。少  
なくとも俺の友人ネットワークレベルで、あの映画についてのコメントを見聞きしたことはない。  
 発表した作品の出来映えを聞いてみたい、望むなら賞賛の声を一身に浴びてみたいと思うのは製作  
者の常であるが、俺はあの映画についてはどうしても一歩躊躇してしまう。だからわざわざ感想をたずねて  
回るような真似もしなかった。  
 素人集団が行き当たりばったりで撮ったこの映画は、製作者の俺から見ても残念な仕上がりであり、  
一部愛好家が好むようなB級要素こそ含んでいたものの、それはいっぱしの芸でなく昇華されずにくすぶっ  
たチープな小ネタレベルのものだった。だからそいつをキッカケに評価が一転するようなこともない。  
 
 特別な感想をもつこともなく結末を迎える映画。続編を期待されるような出来でなければ、石っころを  
投げつけられて罵倒されることもない。観客は皆引きつったような笑いをしていた気がする。  
 残念ながら、「朝比奈ミクルの冒険」は評価する以前の、採点放棄に相当する出来だったのである。  
 残ったものは監督の大いなる自己満足。この映画の本質を表しているようではないか。  
 そんな映画だが、文化祭の無料上映だけで眠らせてしまうにはもったいない、DVDメディアに記録され  
た商品として形に残します、とハルヒは宣言した。  
 DVD化の要望さえ届いていないのに誰が欲しがるんだ、抱えた在庫に部屋を占領されるなんて真っ平  
ゴメンだぞ、と言ったが聞いちゃいねえ。  
 劇場で観た人間のためにも、新規カットの追加、監督インタビュー、NGシーンと舞台裏の公開etc…を  
追加してリリースすることとなり、年中スケジュール白紙のSOS団だから、計画は早速実行に移された。  
 これ以上、恥を晒すこともあるまいと思ったが、今、自分に出来ることを精一杯やればいいんだと自分に  
言い聞かせながらDVD化への作業は開始される。  
 このカメラも、近い将来世間を震撼させるような超大作や家族の幸せな風景を自分の中に溜め込みた  
かっただろうになあ。今は雌伏の時であると、そっと言い聞かせた。  
 追加要素のほとんどは主演女優朝比奈さんのプライベートショットに割かれた。それも男性なら劣情を  
催すようなシーンが予定表を占めていた。具体的にいえば、すりガラス一枚越しに着替えを中継する  
シーンや、やけに胸の谷間が映されるインタビューである。  
 上映に訪れていたのは男性客ばかりだったことをふまえれば、お色気場面の追加を強調したハルヒの  
案もあながち間違っているとはいえない。  
 撮影は学業から開放された放課後、月曜から金曜までの一週間かけて行われることになった。一日  
二時間の撮影を行って集められた合計十時間と、本編撮影時に生まれたデッドストックをあわせて厳選の  
九十分を作成するのである。  
 天気予報では今週一杯、空は晴れ渡り外部での撮影にも支障はないとのこと。今のSOS団はやっかい  
ごとに巻き込まれている最中でもなければ体調不良の者もいない。あとはハルヒの指示に従ってカメラに  
収めて、編集、さっさとパッケージするだけだった。  
 だがSOS団の行事は何事もそううまくいかないと相場が決まっている。  
 何もトラブルは外的要因によってもたらされるとは限らないのだから。  
「もっと積極的にカメラと絡みなさい! 思い知らせてやるのよ、一体誰がナンバーワンなのか世の中の  
カスドルどもに教えてやりなさい。もう一度やり直し」  
 ハルヒが監督の椅子から立ち上がって怒鳴る。無慈悲なまでに団員たちはそれぞれの定位置へと戻り、  
撮影の再開を待つ。  
「待って下さい。さっきから、し、心臓がバクバク鳴りっぱなしで」  
 薄着の朝比奈さんが、関節という関節をさびつかせたロボットのごとくぎこちなく動いた。本日ずっとこの  
調子なのである。  
 床の上でしなだれかかる朝比奈さんが潤んだ瞳で視線をカメラと交差させる、一分にも満たないシーンの  
撮影だが何度もテイクが重ねられる。この後にも衣装をチェンジしての撮影やインタビューがひしめいて  
いるのだが、満足なクオリティが得られずずっと足踏み状態だった。  
 
 おまけにちょっとやそっとの向上ではまかなえないほどハルヒの理想は高い。早速障害にぶち当たった。  
 俺は先ほどのデータを消去し、またカメラを構える。一度映像を確認したハルヒ曰く、このレベルなら  
間違っても使わないクオリティだから片っ端から捨ててかまわないそうだ。  
 朝比奈さんは自分のせいだと肩を落とし、自身を抱きかかえるように小さくなっている。映画となれば  
共演者がいるだけまだ踏ん張りがきくのだろうが、たった一人、カメラの前で長時間ポーズをとるという行為には  
恥じらいが勝ってしまうのだろう。  
 注目が集まれば顔をうつむかせ押し黙ってしまう、恥ずかしがりやにはいささか酷な要求である。むしろ  
駄目を出すたびに萎縮して動作が硬くなっているようなふしさえある。  
 ハルヒだってそれくらい承知しているだろうに。だが理解していても納得は出来ないようでハルヒはがしがしと  
頭髪をかきむしって乱れたヘアスタイルの向こうから血走った眼光を飛ばしてくる。  
「週刊誌を開いてみなさい。しょっぱなから読み飛ばしたくなるような女がグラビアページを占領しているわ。  
そんな雑誌が世に出るまでにどれだけの無駄な労力と金銭が注ぎ込まれたのかしら、もったいない。  
 ねぇ想像してみて。あなたがそこに登場した時の光景を。同性からは羨望の眼差しを向けられ、男どもは  
皆みくるちゃんの肢体の虜。グラビアと女優の歴史に朝比奈みくるの文字が大きく書き加えられるの。  
 毎号のように特集が組まれれば当然くだらない情報が淘汰されていくわ。そして本物だけが生き残るの」  
「そんな状況恥ずかしくて耐えられませんっ」  
「もっと自分を解放しなさい! 思うでしょう、あんたたちもうちょっと自分を磨いてからグラビアアイドルになっ  
たらどうなのって。街でスカウトされて浮かれた挙句、演技のえの字も知らないくせについていったんでしょうって。  
 誰にでもなれる職業じゃないのよって。さくっと始末してやれば良いのよ、まとめてそいつらのアイドル  
生命にピリオドを打ってやるの。焦った女優とその会社はみくるちゃんの真似を始めるけれども、二番煎じは  
霞んで消えていく。  
 掲載された雑誌は例外なく発行部数がのびて、ついには今週発売の週刊誌すべての表紙を飾る  
快挙を成し遂げる。どうぞくぞくしてくるでしょう、現実にしてみたいでしょう。手を伸ばせばそんな夢をすぐに  
掴みとることができるのよ」  
「思いません本当にっ。ひっそりと暮らしたいです」  
「むう」  
 なだめすかして、勢いにのせようと試みるも逆効果である。初日から、ハルヒが激をとばして朝比奈さんが  
萎縮する、の繰り返しでは先が思いやられた。これは負の螺旋である。  
 ハルヒもどうすれば朝比奈さんをその気にさせられるか見当がつかないから、しかたなくテンションをあげて  
いるように思える。それが作用こそしていないものの背筋を正す緊張感や作品作りに繋がることも事実なので、  
一概に間違いだと言えない、止めるわけにもいかないのが苦しいところだ。  
 芸能界は他人を出し抜いてでも自分をアピールしなければいけない世界なんだろうが、押し付ける  
ような自己主張することはなく、生活のリズムを他人に合わせ、その中でよりよく生きようとしている  
朝比奈さんには難しいハードルである。  
 ハルヒが発破をかけるだけかけて古泉が仲裁する。また撮影は続行されるが、どうにも停滞のムードは  
ぬぐえない。リテイクが続けば先ほどの発破は全くの無駄だったのだろうか、なんて考えてしまう。  
 しだいに皆無言の時間が多くなりやはりリテイクが量産される。  
 
 諦めムードが漂う頃になってようやく俺の頭は働く。一番最初のテイクだけでも記録しておけば、わずかな  
上達を糧に励ますことも改善点の発見も可能だったのだ、とこの時になって知ったが今更だった。  
 何故誰も指摘しないんだなんて、自分を棚に上げて人のせいにしてしまいそうであるが、消去ボタンを  
押したのは他ならぬ俺である。後悔しても後の祭りである。誰にも知らせることなくカメラを回し続けた。  
 休憩時間中、ハルヒは幾度となくハンディカメラに頭を打ちつけながら、ああでもないこうでもないと唸って  
いた。何だか違うのよね、雰囲気は合格なんだけれどと言う。これ以上何を求めているんだ。  
「閃いた!」  
 ハルヒは両手を打ち鳴らす。  
「バナナを食べるシーン!」 「そうか」  
 先端から牛乳が出るように改造されたバナナを使用したシーンの撮影を何とかして止めさせる。余計な  
疲労を蓄積させないで欲しい。  
 終了間際になると久しぶりの撮影ということもあってか、皆疲労が見てとれた。  
 俺だって例外じゃなかった。朝比奈さんを撮影するというのファン垂涎の役目とはいえ日が暮れるまで繰り  
返すころには、やはり飽きが体中を支配していた。我慢できずに生あくびを一つしたところで、運悪くハルヒと  
目が合う。  
 まずいと思ってそ知らぬ顔していたが、逃れることは出来ないようでハルヒはすぐこちらにつかつかと寄ってきた。  
 部屋に緊張が走るのがわかった。俺にぶつける前から、ハルヒの体にはおっかないほどの怒りが充満して  
いたんだからな。  
「真面目にやりなさい、なめてんの?」  
「一瞬気が抜けはしたが一生懸命取り組んでいるぜ。証拠に、朝比奈さんの美しさがデータじゃなく俺の  
網膜に高解像度で焼きついている」  
「このボケッ!」  
 マイナスムードが蔓延していた場を和まそうと言った軽い冗談なのに、ここ一番の怒号が降ってきた。  
自分に正直でいることが美徳とは限らないのである。自分の声につられて臨界点を突破したのか紅潮した顔の  
ハルヒがつかみかかってきた。力任せにグイグイとネクタイを締め上げてくる。  
「あんたのカメラワーク一つにみくるちゃんの女優生命がかかっているのに、たった今芽生えた小さな芽を  
摘むつもり。くだらない凡ミスで、アイドルひいては女優への道が閉ざされたらどうやって責任取るつもりなの、  
えぇどうなの」  
「じ、冗談だっての。だからそんなにゆすらないでくれ」  
「TPOをわきまえなさい!」  
 俺を部屋の端まで突き飛ばす。勢いを殺すことができずにロッカーへ突っ込むと、頭の上からいつか使用した  
野球道具が落ちてきた。その中のボールが俺の頭に当たってぼこっ、と間抜けな音をたてる。さぞかしいい  
気味なんでしょうね、団長様は。  
「リリースの時期を遅らせましょ。このクオリティじゃ納得できないし、みくるちゃんのためにもならないからね。  
明日から一旦撮影を中断して演技の練習を開始するから。自分からカメラの前に立ちたがるようにみっちり  
教育してあげるわ、覚悟しておきなさい。遅れた分は後からとり返せば良いしね。  
 みくるちゃん、あなたの女優魂に期待しているわよ」  
 まったく底意地の悪い台詞を残してから解散宣言をだした。  
 
 結局本日は収穫らしい収穫がないまま終了となった。最終テイクといくつかは残っているものの時間に  
すればほんの十数分余であり、使い道に困るような内容である。俺がデータを捨ててしまったためディスクは  
まだまだ空き容量十分だった。二時間もの間、いわれるままに行動していた自分を振り返ってすべては自分の  
罪なのかと力なく思う。  
 だからだろうか。自分の責任だから、と片付けを一人でこなすために他団員を追い出そうとする朝比奈さんに  
無理を言って、片付け役に交ぜてもらった。最後の最後まで遠慮するから強引に押し切る形になって  
しまった時も、すいませんと、何一つ悪くないのに朝比奈さんは謝っていた。  
 お互い今日の感想を交換しながらの片づけが始まると、どうもネガティブな感想ばかりが飛び交うのだが、  
かといって止められず二人して何度かため息をつく。ようやく終了し、着替えも終わる頃には下校時刻をとっくに  
過ぎていた。  
 教師陣の最終見回りも始まっているだろう。ごくろうさんの伸びをして、鞄を肩に引っ掛けた。  
「大変でしたね、いつものこととはいえ」  
「ずっと消極的な自分をなおさなきゃいけない、って思っていましたから。今回の撮影は良い機会だと思います。  
何も緊張してばかりなのはカメラの前に限った話じゃないですから」  
 とは言うものの朝比奈さんの視線は足元に固定され、声のトーンは低い。本編撮影時にも駄目出しは  
あったが、今日やってきたそいつは格別だった。  
 今までの不満が一気に噴出したのかどうにもハルヒは歯止めがきいていないようだった。朝比奈さんを見て  
いれば今日の衝撃度がいかに大きかったかわかる。  
 それも期待の大きさからだろう。今日のハルヒはルックスをさんざん褒めちぎっていたが誇張されているとは  
思わない。過度の激は期待度の裏返しであり、あのヨタ話だって夢物語じゃないと信じ込めるほど可憐な  
容姿をしているのだ。あとは度胸だけだから、あと一歩である。  
 どうにかしたい。どうか名誉挽回のチャンスを与えて欲しいものだった。俺はほとんど自分のために喋っていた。  
「練習してみませんか? 慣らしていけば、少しずつでも緊張しなくなると思いますよ」  
 机の上に転がっているカメラを構える。今日一日ずいぶん働いてくれたそいつを、電源もいれずに  
朝比奈さんへ向けてみた。  
「えっ、えっ」 早速、体を固くしていた。  
「大丈夫ですよほら電源も入っていない。まず撮られていることを意識しないようにしましょう、その次に  
演技のことを考える、リハーサルをして最後に本番。俺もちょっと思うところがあって練習したいんです。  
薄着の衣装も本番だけにして、まずは制服のまま最後まで撮るのも良いかもしれません。ねっ、ここはひとつ  
見違えるように上達してハルヒを驚かせてやりませんか」  
 本当のところ、俺の悩みは映像をとる事じゃ解決されない。脊髄反射で動くだけの頭と体を根元から鍛え  
なおさなきゃいけないんだが、この提案が罪滅ぼしにならないだろうか。  
 朝比奈さんの指先が俺の持つカメラと自分の顔の間を行き来して、次第にその表情をやわらかくする。  
「ありがとう、今私すごく救われました」  
「ならよかった!」  
 今のは良かったですよ、とも付け加えておいた。手厳しいハルヒだって納得するようなテイクである、  
しかもこの先塗り替えられることもなさそうなほど完璧なアングルだった。薄着になって肌を見せなくても、  
ベストショットを提供してくれるのだから素晴らしいじゃないか。周りにいる人を無条件に幸せにしてくれるよ、  
この人は。  
 
 スイッチを入れて録画状態へ移行する。今日は帰路の途中も操作して、帰宅後もみっちり予習復習する  
つもりだった。  
 さていいかげんに帰らないといけない。書店でカメラ入門編を手をとることを考えながらドアノブに  
手をかける。  
 しかし朝比奈さんは外に出ようとせず、鞄を置き、上履きと靴下を脱ぐと長机の上へとのぼった。  
 一体何故だろうか。硬い机の上でぺたんと女の子すわりした朝比奈さんは、媚びと怯えが混ざりあった  
表情を見せる。いたずらがばれて叱られた子供ように小さく震え、許しをこうようにゆっくりとスカートをまくった。  
あらわになった白い太ももの奥にサックスカラーのショーツがちらりとのぞく。  
 とっくに俺は目前の女性の虜になっていた。すりむいたことのなさそうな丸いひざこぞうから、小さな足の  
小指の爪まで、体を構成するパーツ一つ一つがあまりにも綺麗で、教室の床を頼りなく感じるほど足が震える。  
へなへなと膝をついてしまいそうだった。  
 感想を求めるように、朝比奈さんが動きを止めた。スカートは八割がためくられている。隠すべき下着が  
丸見えとなって、スカートは役目をなさないだけでなくジッパーは下げられている。すぐにでも無用のそいつを  
脱ぎ捨ててしまいそうだった。  
「キョン君、はやく撮ってください」  
 声色はいたって本気のそれだった。可愛らしい女性からの魅惑的なお誘いという、男なら誰もが  
心に描くようなシチュエーションでありながら、直感的にまずいと思った俺は、  
「冗談はこのあたりにしましょうか。明日も頑張りましょう、それじゃお疲れ様でした」  
 形ばかりの咳をひとつして電源を落とそうとした。しかし、待ってと朝比奈さんの声がそれを阻む。  
 とろりと濁った瞳が俺を捕らえている。甘い声に突き動かされるようにまたカメラを構えてしまう。  
馴染みの部室にいるはずなのに、日常から緊張の非日常へと投げ出されて、俺は堕落の坂を滑り落ちて  
いくその真っ最中だった。  
 一見普段通りの朝比奈さんは極限的動揺を見透かすように「大丈夫ですよ、何も心配ありません」と  
俺をいたわる。  
 せっぱつまった内心は、誰でも良いからとにかく助けを求めろと警報を最大音量で鳴らしていた。  
 涼宮ハルヒの作り出す妄想の世界が現実を食い始めて、そう時間はたっていない。俺の頭が  
時間の流れさえ理解できないほど、どうしようもなくおかしくなっていない限りは、の場合だが。  
 ハルヒの脳裏に描かれた世界の住人になってしまえば楽になれるだろう、なんて俺は思っちゃいない。  
きっとそこは訪れるものすべてに幸せが約束された極楽浄土じゃなくて、永遠に触れられない理想しか  
存在しない残酷な現実世界だろう。  
 いつだったか、ハルヒは季節外れの桜を咲かせたことがあった。  
 思えば、あの桜はいつの間に咲き誇ったのだろう。ハルヒのエネルギーを吸い上げた桜は、一晩かけて  
徐々に枯れ枝から満開の桜へと成長していったのか。瞬きするほどの時間さえ必要とせず、にだろうか。  
世界を捻じ曲げて秋空に花吹雪を撒き散らせたあの桜は、以前植えられていたものと同一の苗ではない  
ような気さえしてくる。  
 俺たちは間近にいながらいつもその、世界が書き換えられる瞬間に立ち会っていない。理解したがそれは  
あまりにもろくでもない瞬間だった。  
 タイムリミット間近にようやく事の重大さを知らされ、いつだってあたふたしながら知恵を絞るんだ。  
さっきから、どうするどうすると自問自答にさえならない内なる声がこだましている。  
 
「さあ練習しましょう。でも本番よりも綺麗に撮って下さいねカメラマンさん」  
「確かに言いましたが目的はあくまでも緊張をときほぐすためであり、撮影そのものじゃありません。今  
この状況で肌を晒してもそのデータは使われるはずがないんですから、無闇に露出すべきじゃないんです」  
「それは第一ステップだとも言いましたよね。クリアしたならその次にすすむのが当然だと思いますけれど」  
「屁理屈ですよ、それは。服を着てください。帰りましょう、練習なら明日すればいいんです。だいたいすぐに  
成果が出るようならハルヒは怒りません」  
「だってこのままだと明日もまた凉宮さんに怒鳴られちゃう。どうして? 嬉しかったのに。自主練習に誘って  
くれたから、一緒に頑張ってくれるから、私も頑張ろうって思ったのに。こんなのあんまりです、ひどい」  
 朝比奈さんはついにスカートを完全に脱ぎ捨てて、床に落とす。ひどく寂しい音がした。それだけの  
動作にたとえようもないプレッシャーを感じて俺はますます追い詰められていく。  
「理性的になってください。一から思いかえしてみましょう。ハルヒに言われるままB級映画を撮ることになって、  
間抜けなアクションの数々を後世に残すこととなり、さらにはさんざん駄目だしをされたあげくのお色気映像。  
どうですか間違っていない箇所を探す方が難しいでしょう、拒否するべきなんです」  
「今までにも恥ずかしいシーンは一杯ありました、今回が初めてじゃありません。だから頑張れます。  
でも心から信頼していた人に裏切られるのは初めて。心がばらばらになっちゃうような悲しみです。  
こんなこと言いたくないけれどこの時空にやってきて一番のショックです」  
 よよよと泣き崩れ、大根役者は偽りの嗚咽を漏らす。騙される奴なんてどこにもいないような安い  
嘘泣きだとわかっていても、逃れられずにはまってしまう。涙じゃなくてこの人の作り出す一つ一つの仕草が  
俺の情に訴えかけるんだろうか。お腹を痛めて産んだ我が子が泣き出せば、母親がどうしてもそれを放って  
おけないように、本能を理性で拒めるはずもなかった。  
 朝比奈さんは楽しみながら俺を追い詰めてくる。熟知した自分のフィールドで勝負を挑み、仕掛けられた  
罠にかかり泥沼に沈んでいく俺を見て、退屈な時間を潰している。意思の強い弱いだけじゃどうしようもなかった。  
悪女の資質を兼ね備え初めた聖女がせまりくる。  
 無様なオセロの終盤みたいにどんどんひっくり返されて、反論の余地がなくなってしまう。  
 誰にも証明できないインチキな方法で、すこしづつ朝比奈さんは朝比奈さんでなくなる。いや、当人がそう  
望んでさえいるのだから誰もとがめることは出来ない。いよいよ後がない。  
「あ、あの、泣いても問題は解決しないわけですから」  
「だから実行しましょう、それが一番簡単で平和的な解決方法です」  
「おかしいと思いませんか、こんな状況。俺は思います、そして絶対に認められない状況だとも」  
「大丈夫です何も問題ありません。だって私たちはSOS団なんですからっ」  
 胸の前で拳を握って、小さくガッツポーズを作る。そのはずみで大きな胸がぷるんと揺れる。決定打だった。  
 俺は俺だ。だが今必要とされているのは、キョンという間抜けなあだ名を持つ雑用係じゃなくて、北高アイドルの  
美貌を完全なまでに映し出すカメラマンだった。  
 朝比奈さんがSOS団専属メイドでなく、映像の中の女優であるように。朝比奈さんはとっくに  
女優の顔をしていた。  
 世界全体から支持を得たように活力が湧いてくる。体中の歯車が噛み合ったように目的へと動き出せそうだ。  
 誰かが役を務めなきゃいけない。ヘマをせずに被写体の魅力をカメラへと収められる撮影者兼、引っ込み  
思案な朝比奈さんが無用な遠慮をしないような雰囲気を作り出せる男が必要なんだから。  
 俺だけがのんきにしていたんだと思った。毎日やらなきゃいけないことがあるのは幸せなこと。  
 だから仕事をこなさなきゃな。  
 
 とっぷり日の暮れた坂道を下り、撮影所を朝比奈さんの自宅へと移す。リラックスして望めばより  
プライベートな雰囲気を演出できるだろうという考えからだった。何よりアイドル本人の自室という至上の  
価値が生まれる。  
 何の変哲もない賃貸マンションの一室にはいるとハチミツのような甘い匂いが漂ってきた。  
部室で朝比奈さんがすぐ横を通り過ぎたときわずかに香る、はなやぐような匂いを何十倍にも濃縮すると  
こういった匂いがするのだろう。  
 他人のテリトリーでは、誰でも本能的に居心地の悪い思いをすることがある。腹を割って話のできるような  
親友の部屋なのに何故か落ち着けない。こんな経験は誰しもあるだろう。これは自身の生存権が本能的に  
脅かされるためだが、この部屋は来訪者の俺にも優しく寛大だった。  
 女性らしく隅々まで手入れの行き届いた清涼感あふれる空間は、今日一日色々あってつかれていた  
心をねぎらい、ゆっくりと撫でるようだった。俺はこれまでの心の疲れや自責の念で少しささくれ立った気持ちが  
ほんわりと癒されるのを感じた。  
 こっちこっちと手を引かれてベッドまで誘導される。  
 休憩用の小さな椅子を用意されて、普段から寝起きしているだろう花柄のシーツの上で、  
朝比奈さんはいつでもどうぞと言った。  
 朝比奈さんの立ち振る舞いはどこまでも自然で、カメラなどこれっぽちも意識にないようだった。  
邪魔をする要素は一つもなく、これはきっと予想以上の日になると予感がしてきた、先行きは  
明るいようである。  
 だがはたと気付く。被写体である朝比奈さんとカメラマンの俺二人きりの空間である。  
 俺がディレクションを出して場を仕切るのだろうか。  
 部室でのハルヒはうるさいくらいにあれやこれやと指示を出していた。衣装からメイクはもちろん、はては  
小物の角度まで気に入らないものがあると撮影そっちのけでいじり始めるのだった。今そのハルヒはいない。  
 適当になんだかいい感じでひとつどうぞ、というわけにもいかず、気の聞いた台詞を探しながらスタートを  
逡巡していると、朝比奈さんがくすくすと笑いひとつずつ衣服を剥ぎとっていく。空気のよどみを察知して、  
年上の私が、と  
リードしてくれた。いつだって滑稽なほど俺の考えは見抜かれているのである。頭の中身を  
落っことしそうになるほど慌てて録画を開始する。しかしよくわかりましたね。  
「女の子は、皆、生まれついての女優なんです。だから簡単なことです」  
 朝比奈さんは焦らすこともなく上下の制服を脱ぎ捨てた。上下おそろいの清潔そうな下着よりも  
その奥に目が引き寄せられる。  
 やはり特筆すべきはその胸だろう。瑞々しく巨大な果実が揺れ動いて、収穫される時期を今か今かと  
待ちわびている。  
 果実は程よく熟れながらもまだ成長の余地を残し、年に似合わない背徳の色気を放っていた。  
淫らな欲求を滲ませる天使の乳房は直でみると想像以上に立派で、強制的に意識を向けられていた。  
もっちりした肉塊は今だにフルカップのブラで覆われているが、男を魅了する意味では既に十分すぎるほど  
蠱惑的であり、おさえつけるには立派なブラジャーでも役目不足に思われた。  
 この状況を前にボケッと突っ立っているのは犯罪である。  
 朝比奈さんが四つんばいの姿勢になり、表情を作る。部室での引きつったそれとは大きく違い、リラックスした  
微笑を浮かべている。  
 正面からカメラを構えた。深い胸の谷間と均整のとれた顔が目一杯輝くように距離を調整しながら、  
手持ちのカメラにデータを記録する。  
 
 自分の息を呑む音が遠くで聞こえるようだった。意識が体と切り離されていくようなイメージに抱かれたまま、  
際限なく記録される映像に酔い続けた。今までこの目が映してきたどの光景とも違い、一瞬それぞれが  
宝石のような瞬間だった。  
 ゆっくりと体勢を変える朝比奈さんを追いかけるように、一歩前へと踏み出す。  
 体育すわりの状態から両の太ももに手をかけてゆっくりと左右に開いていく。M字に開脚した朝比奈さんは  
初めて恥じらいの表情を見せる。得点映像のために自らを犠牲にする朝比奈さんのためにも  
最高の形で残したいと、天命にも似た気持ちを覚えた。  
 どこまでも広がる白磁の肌は次第に熱を帯びて薄紅色に染まり、部屋の空気さえ一新させる。  
 可憐な指先がショーツの生地を恐る恐る撫で上げる。シーツに這いつくばって、ショーツが大写しに  
なるようとらえると布地の奥に柔らかそうな丘が見てとれた。自分の理想像ともいえるものが、すぐ  
手の届く距離にあると知ってしまえば、現実感が薄れてくる。この手で直に触れたい欲求と格闘しながら  
間近まで近づいて、どうにかして香りさえ閉じ込められないかと腐心とした。  
 愛くるしい表情と規格外の胸がクローズアップされることが多いが、朝比奈さんはボディーバランスも  
抜群だった。  
 同程度の身長の人より腰の位置が高く足のパーツに恵まれているため、足を折り曲げた時も全体の  
ラインが崩れない。線自体が細いためこうしていると、ハルヒと同程度かそれ以上の身長を持っている  
ようだった。カメラ映えする肢体の持ち主であるといえるだろう。  
 しかし映像をチェックした朝比奈さんは切なげなため息を吐く。それが不満によるものであると察して、  
おろおろする俺に、  
「もう一押し欲しいですよね……」  
 これでは物足りないと漏らす。やはりか。とはいえ俺は完全なまでにノープランである。万策尽きたのではなく  
最初から空っぽの俺にとっては、予想を超えるものをとっくに撮影しているだけに、想像上ですら現在の絵を  
越えるものはないのである。普段からの備えが足りないと後悔しても遅い。まごつくだけの俺とは違い、  
朝比奈さんはじっと案を考えているようだったが、ふと  
「あっ、立派なテント」  
 俺の下半身を指さして好奇心を寄せてきた。この場面でテントとはなんだの疑問はすぐに氷解する。  
そいつが比喩表現だと理解すれば乾いた笑いでごまかすしかなかった。世に存在するいかなる手段を  
用いてでも死にたいほどの羞恥心が襲ってくる。撮影に没頭していても体は正直なようで、見れば下の  
自分自身は豪快なまでに制服のズボンを押し上げていた。まさか症状は他の部分にも表れ、  
瞳だって血走り、口からはよだれの一筋でも垂らしているのだろうか。  
 意識してしまうとますます恥ずかしくなってきた。なかったことにしてもらえないだろうかなんて、今も  
限界までおっ立てたまま考えてしまう。  
 証拠を突きつけられて取り繕うこともできず、この虚無で苦痛の時間がさっさとどこかに流れて  
くれないだろうかと、祈りにも似た感覚をもてあましていれば、  
「そうですよ、キョン君の感じるままに指導してください」  
 どうやら朝比奈さんが解決の糸口を見つけたようである。どうも理解できない。と言いますと?  
「キョン君のおちんぽがもっと大っきくなるシチュエーションを教えて下さい」  
 かっと頭に血がのぼる。  
 
 心臓の動悸が否応無しに早まる。うぶな唇から飛び出す一言に惑わされてばかりだが、今回の発言は  
肌をあわ立たせるほど強烈だった。俺を困らせようと喋っているのではなかろうか、まさか聞き間違いではない  
だろうな。  
「やっぱり男の子の意見を取り入れたほうが良いと思いますから。どんなシーンが見たいか、包み隠さずに  
教えて欲しいんです。アイデアが出たら私もっと頑張ります、キョン君のために恥ずかしい演技だってきっと  
こなしてみせますから」  
 朝比奈さんは至極真面目に俺の出すであろう提案を重要視しているようだった。感じるままに意見しろ  
だなんて、この混乱しきった頭ではどんな意見が口をついて出てくるかわからないのだが、朝比奈さんの機嫌を  
損ねることのないよう、そして平凡でありきたりなアイデアを出さないよう細心の注意を払いながら言葉を選ぶ。  
つくづく自分の小者具合に愛想が尽きる思いだった。  
「やはりですね、いくら奇抜なシチュエーションを試みようとも現在の状態では限界が存在するわけです。  
無理をせずその範疇で活動することが正しい時もあるでしょう。ただ限界を前に押し黙っているようでは  
朝比奈さん自身の才能を小さく卑屈なものに変え、進歩の機会を逃してしまうわけです」  
「その通りだと思います」  
「挑戦こそが己の世界を押し広げ、ひいては周囲の世界さえも変えていくものだ、と世の指導者たちは  
口々に言いますが全くの同感です。努力が好機を生み出し、好機が結果を生み出します。  
 摩擦を産みだす事を恐れていては前進はありえないのだと誰もが理解していますが、成し遂げるための  
代償にひるんでしまうこともあるでしょう。それを理解した上で今こそ、踏み出す時ではないでしょうか」  
「つまりは?」  
「朝比奈さんの母性あふれるおっぱいをもっと前面に押し出すべきだと愚考します。いかがでしょうか」  
「キョン君のえっち」  
 心が病みそうだ。  
 
 怒られないだろうかと戦々恐々しながら出したアイデアを、朝比奈さんは大喜びで可決してくれた。さっそく  
実行にするべきだと。待機すること数分、下準備のためにバスルームで着替えてきた朝比奈さんが戻ってきた。  
 下着を一切合財脱ぎ捨てて、作り物の花冠を局部と乳頭に貼り付けただけの、全裸よりも淫靡な  
天使の登場だった。ここまでされて心を奪われない奴なんかいないだろう。  
 しかし俺はトップスだけの指定だった。胸の先っぽを花冠で隠すだけの格好なんてどうでしょうと、軽蔑されたら  
どうしようなんて後ろ向きな意思に気圧されながらぼそりと言ったのだ。ここまでおかしくなっても下半身はさすがに  
まずいと思ったのさ。しかし俺の心を知ってか知らずか朝比奈さんは「せっかくですから」なんてサービス精神を  
全開にし、男の欲望に火をつけてやまない姿をしてくれた。  
 その神々しいまでの服装はどうにもまぶしすぎる。強い明かりに照らされたわけでもないのに直視することが  
できず、挙動不審になってしまう。  
「ねぇおちんぽ大きくなっちゃいましたか。痛いくらい反り返っちゃいましたか」  
「それはもう。記録更新間違いなしです」  
「嘘、もっとよく私を見てくださいよぉ。そうしたら私も嘘か本当かキョン君のおちんぽを確かめますから」  
 二の腕で、あふれんばかりの巨乳を挟み込んで強調する。むにっと淫肉が寄せられてふるふる  
小刻みにゆれて、たぷんっと音を立てながら重力に引き寄せられて元通りとなる。  
 
 ちゃちい造花で申し訳程度に隠しているだけなので、少し動いただけ頂上のつぼみが顔を出してしまう  
かもしれない。その時を想像するだけでオルガズムに達してしまいそうだった。飛びかかりたいのは山々だったが、  
理性を総動員して本能を押さえつける。  
 よいしょとベッドに登る朝比奈さんの後姿は完全な裸であり、透明なコップに表面ぎりぎりまで注がれた  
ミルクを想起させるまんまるヒップが丸出しだった。熟れた桃が仲良く二つ並び、絶妙な距離で  
ぴったりくっついている。  
 朝比奈さんは胸だけでなく尻まで素晴らしいと認識させてくれるアングルだった。シーツの上にね転がれば、  
股を濡らして男とのセックスを待ちわびている姿そのものだった。そんなことを考えていればまた律動が  
襲い掛かってくるので、終始、また別の方向で気を張っていなければならなかった。  
 もう一度同じアングルで撮影すれば新しい発見があるだろうと、最初から繰り返すこととなる。  
 前傾姿勢になってしまえばブラジャーに隠されていた時と違って、そのふくらみは桜色の山なりとなって  
どこまでも欲望を刺激する。  
 男を誘う術を心得ているもっちり柔らかバストは、どれだけの男を前かがみにしてきたのだろうか。  
 思春期の俺には刺激的過ぎる。続いてもうどうなってもいい、なんて声がすると不埒な発想に  
突き動かされて欲望の達成へと一直線だった。  
「もうちょっと色っぽくしてみましょうか。やっぱりコレでも足りないですね」  
「えっ、だってこれ以上はだいじなところが見えちゃいますよぉ」  
「俺の腕を信じてください、必ず何とかしてみせます」  
「でも撮り始めたばかりですし、もう少ししてからまた衣装チェンジしませんか」  
「アングルや障害物で調節すれば良いんです、万が一見えてしまった場合はあとで編集すればいい」  
「ちょっと不安です、キョン君の目が怖いもの。赤頭巾ちゃんに出てくるお腹をすかせた狼みたい」  
 言葉とは裏腹、朝比奈さんはちっとも嫌がっちゃいない。ゴールの決まった予定調和のじゃれあいがたまらなく  
心地よい。朝比奈さんはじきに折れてくれると確信していた。  
 予想通り、朝比奈さんは秘密ですからねと言ってから花冠を指先に持ち、いないいないばぁ、の  
掛け声とともにそいつを取り外す。ついに大きなおっぱいのお出ましだった。  
 だがそれもつかの間、臆病な子猫が逃げるよりも早く先端の突起を隠してしまう。元の状態に戻った  
だけなのに、天国から地獄へと突き落とされたような失望感が体にもたれかかる、これはどうしてなんだろう。  
「うふふ、おっぱい見たいですか。触って、舐めて、ちゅぱちゅぱしたいですか」  
 一も二もなく無様に頷いた。朝比奈さんはご機嫌なようで、鼻先の距離まで近づくともう一度ばぁ、してくれた。  
光を求めて飛び回る羽虫みたいに、本能のまま念願の乳首へ突撃すると上から腕がふってきて捕らえられる。  
大きな谷間にはさまれて身動きがとれない。  
「捕まえました。もう逃がさないですから」  
 一体、誰がこの最上天から逃げるようとするのだろうか。  
「えいえいっ」と暴れる双子の軟球にシェイクされて鼻先から頬そして顎まで、まんべんなくたぷんたぷんの  
マッサージを施される。体中の血が沸騰して飛び出してきそうな興奮と深海のような永遠の安堵が同時に  
味わえるなんて知らなかったし、信じようともしなかっただろう。あまりに偉大な感覚に身をゆだねながらも  
まだまだ満足したりない。  
「ねえ、キョン君せっかくだからシちゃいましょうか」  
 朝比奈さんは事も無げに言ってのける。  
 
 一体何を、なんて不躾な質問をするつもりはないが、  
「俺たちが作ろうとしているのは成人指定の作品じゃなくてイメージ映像でしたよね?」  
 形ばかりの抵抗を投げかける。  
「DVDに収められている映像が全て、とは限りません。膨大な時間の映像があっても陽の目を見るのは  
ごくごく一部だけなの。中には、とても完成度が高いのに刺激が強すぎてお蔵入りになっちゃったシーンや、  
誰にも予想できなかったハプニングシーンだってあるかもしれませんよ。それに女優さんには女優さんの私生活が  
あるんです」  
 たったそれだけの説明で俺は警戒心をもつこともなく阿呆みたいに納得する。  
 女性からのお誘いを待たせてはいけないと、手早くシャツとズボンを脱ぎ捨てることで同意を表明したところで、  
朝比奈さんが疑問をぶつけてくる。  
「どうしてキョン君のパンツには大きな染みができているんですか?  
ねぇ、どうしてそんなパンパンに張り詰めているんですか」  
 恥ずかしいことを聞いてくるが、それさえも抑えることのできない激情を昂ぶらせる燃料だった。  
カメラを三脚の上に固定してから、朝比奈さんの背後に回る。うなじに一度キスをして、両手の五指を  
目一杯に開くと極上のメロンを下からすくい上げる。たかぶった欲望をまずぶつけるのはやはりここだった。  
 朝比奈さんの胸はぶるんぶるんと揺れ動く巨塊にも関わらず、本人のもつイメージと同じように、  
儚ささえ感じさせる稀有な類のふくらみだった。透き通らんばかりの白い肌と絶妙の色彩を誇る果実の  
持ち主は、それを誇示することもないので余計に男心をくすぐった。  
 もっちりと張りついてくる柔肌を手のひら全体に味わいながら、この芸術を壊さないようゆっくり丁寧に  
持ち上げる。わずかな動きにも反応するたぷんたぷんおっぱいを離すと、存分に暴れながら元の形に戻った。  
感動に似た感覚に襲われてしまう。  
 また持ち上げてほら、と促すと朝比奈さんは俺の意図を理解して桜色の先端にキスしてついばむ。  
このボリュームならセルフパイ舐めも難しいことではない。やらしいですよぉ、と言いながらも嬉しそうにセルフ  
乳首舐めを披露してくれた。  
「は、はぷっ、ちゅっちゅ……おいしいよぉ、さくらんぼみたい。こんなの知らなかったぁ」と、ちゅぽんと音をたてる  
「上手ですよ朝比奈さん」  
「あっ、もう乳首立っちゃいましたぁ」  
無垢な少女の影に淫らな女の影を隠して報告してくる。  
内側から飛び出してきそうな昂りを押さえて俺もそのつぼみを舌先で味わう。大きめの乳輪は、豪華な  
ごちそうに添えられたアクセントとなっていた。朝比奈さんのさくらんぼ乳首は甘く、じんわりと舌先を  
刺激する甘味も含めて一分の隙もなかった。  
 むさぼるように味わう俺を見て「か、間接キスなのかな……」ととぼけたコメントをしてくれる。たまらない  
ではないか。調子に乗ってかねてからの疑問をぶつけてみる。  
「以前から気になっていたんですけど。朝比奈さんってバストのサイズいくらなんですか」  
「内緒ですっ」  
「良い機会ですから教えてください、ほら」  
 乳首をつまんで親指と人差し指の腹で擦りあわせ、きゅうっとつまんで優しく突付く。強弱をつけると  
どこまでも優しく慈しんだ。  
「キ、キョン君ずるい、お願いだから許して」  
「いいじゃないですか、ほらほら」 ふにふにの白いほっぺが、みるみるうちにりんご色へ変わった。  
 
「ええと、きゅうじゅ……」  
 90。確かにデカいがここまではまだ予想の範疇だ。上背のない朝比奈さんが縮こまるようにしていても  
あれだけ人目を引く双球ならば、並みのサイズではあるまい。これは絶対に下一桁まで聞き逃せない。  
朝比奈さんは言い澱むが、決心を決めるとゆっくり唇を震わせながら言葉を吐き出す。  
「ひ、100cmです。私のおっぱいは100cm、1mなんです」  
 とんでもない爆弾が飛び出してきた。  
 まさか三桁の超大台に突入していたとは知らなかった。サバをよまなければいけないほどとは言葉が出ない。  
 小柄な朝比奈さんの育てた純粋培養の天然乳は、自重に負けてべしゃりと潰れせっかくのサイズと外観を  
汚すこともなく、ふっくらバランス良く盛り上がっている。それが眼前で、選ばれた職人の仕上げた至宝の  
ように輝いていた。  
 だがまだ安心はできない。成長した朝比奈さん(大)は人間凶器ともいうべきバストを備えていたのだから、  
まだまだ発展途上なのである。  
「お乳ばかり大きくなっちゃうから全体のバランスが変なの。全身鏡に写った姿なんてひどいんですから。  
背は小さいくせに横幅ばかり広くってどうしようもなく不恰好なの」  
「予言しますが、まだまだ大きくなりますよ確実に」  
「育ちすぎです……」  
本人にはコンプレックスのようであるが、誰もその価値を否定することは出来ないだろう。  
「おっぱい温かくなってきましたね」  
 蒸したての肉まんみたいな乳をリズミカルにきゅっきゅっと搾ってみる。乳肉は熱を帯びて汗ばみ、  
見る者の目を奪って虜にする鮮やかなピンク色に染まっていた。食紅のように真っ赤な先っぽは張りつめて  
ぷくりと膨らんでいる。  
 我慢できずにトランクスをずりさげて、朝比奈さんの眼前へとむき出しの自分を近づける。我慢に我慢を  
重ねて爆発寸前だった。どうして欲しいわけでもなくただ、もう俺は我慢の限界なのだと知ってほしかった。  
 朝比奈さんはくすくすと笑って。  
「おちんぽをお口で愛して欲しいんですね、いいですよぉ」  
 願ってもない展開へと導いてくれる。小さな口にグロテスクな物体を含めばどうしようもない悦びが体中を  
駆け巡った。舌をフル活用してちゅぽちゅぽと音を立てて、玉を両手でマッサージされると、おぅおぅ、なんて  
無様なあえぎ声を出してしまう。先走り汁と唾液が混ざり合った液ですぐに息子がどろどろになり、  
肉の海となって溶け出してしまいそうだった。俺の様子から達するのが近いと朝比奈さんは知って、  
「私、男の人がイっちゃうところって初めて見るんです。精液って元気よくぴゅうぴゅうぴゅうぅっ!って  
出るのかな、それともマグマみたいにどろどろって溢れ出るのかな……おちんぽさん教えて下さい」  
 亀頭へと集中的な愛撫を繰り出す。いつだって、どこかピントのズレた反応をする朝比奈さんをカメラは  
追いかけている。赤黒い亀頭を舌でなめ回してしゃぶり、媚びた視線をいっぱいにおくってくる。  
「よ、よく見ていて下さいね」 情けないほど上ずった声で告げる。  
「はしたなくイっちゃうんですね。はやくせーえき出してください、私もう我慢できないです」  
 自我を忘れさせるほどの痴態に不満などあろうはずもない。舌が亀頭をつついたと同時に顔へと  
ありったけの精液をぶちまけた。壊れた蛇口みたいに白いザーメンがびゅうびゅうと飛び出してくる。  
朝比奈さんの幼い顔が栗の花色に汚れ、染め上げられていった。  
 
 狂おしいほどの快感にノックアウトされ、自分の名前さえ忘れてしまいそうだった。  
長い射精をようやく終えて、最後の最後、亀頭に垂れ下がっているだらしない精液を柔らかいほっぺたに  
たっぷりなすりつける。頬から顎までずるりと白い線を描いて、俺のものだと主張するように跡を残す。  
 恍惚とした朝比奈さんは、そいつらを舌先でなめとり口腔のやつらとまとめてこくこくと飲み干す。胸の  
谷間にこぼれた精液さえも指ですくい取って、一滴も無駄にしないようしっかりと口に含んでいく。  
「おいしぃ……せーえきの味、病みつきになりそう。いいなぁキョン君、こんなにおいしいの飲み放題で」  
 やはり朝比奈さんはどこかずれている。あまりの急角度に頬を引きつらせてしまう。さすがに自分で  
食したことはありませんし、その予定もありません。それはさておき。  
「初体験の感想はどうですか」  
「勢いよく出ているけれど液体そのものはどろどろだし、どっちでもないようにも思うし。おちんぽが凄く悦んで  
いるのはわかったけれど同時に怒っているみたいにも感じたの、どうしてかなあ。ううんと、わからなくなって  
きちゃった。どっちなんだろう」  
 俺は朝比奈さんの耳元でささやく。  
「見るだけじゃわからないこともありますよ。実際に肌で体験して初めて理解できることもある、そう思いませんか」  
「ですよね、協力してくれますか?」  
「もちろんですよ、むしろ望むところです」  
 シーツの上でころんと寝転がる朝比奈さんを開脚させる。邪魔な花冠を取って投げ捨てれば、手入れ  
された牧草地のような茂みが見えた。朝比奈さんの肉厚で柔らかそうなおま○こから雌の香りが漂ってくる。  
 成熟した一人の女として、いつでも子種を孕む準備が整っている証拠だった。ならば腹がパンパンに  
膨らむまで濃い精液を注ぎ込み、新しい生命を宿らせるのが雄としてのマナーだろう。  
 発射した直後だというのに、自分でも驚くようなスピードで再装填が済んでいた。北校の天使朝比奈さんが  
生まれたままの姿でいるだけでなく、顔中に精液を飛び散らし、肉の棒を挿入される時を今か今かと  
待ちわびているこの状況で勃たない男もいないだろうから当然なのだが、湧き上がってくるような第二波を  
解き放つために二三回自分でしごいて、濡れた肉壺へと思いっきり突き入れた。  
「いやぁんっ!」  
 瞬間、嬌声とともに朝比奈さんの唇からよだれがこぼれた。苦笑しながら指で拭き取って自分の口へと運んだ。  
果汁を水でとことん薄めたような味で、イメージをこわさないようなふんわりした味ぐだった。  
 カメラを再び手に持って正面からの撮影を始める。くちゅくちゅと泡立つ結合部分から、真っ赤に染まった  
おっぱいとさくらんぼ乳首、理性を必至につなぎとめようとするその表情まで満遍なくおさえておく。  
 ねっとりとした膣内は、求めていたものをようやく手に入れた幼児のように肉の棒を優しくつかんではなそうと  
しない。ゆるゆると快感を与えながらも射精必至の、完璧な肢体の持ち主にふさわしい極上の恥肉だった。  
 朝比奈さんは涙をこぼしながらふぅふぅと肩で息をする。喉をふるわせて、快感を余すことなく  
受け入れようとする姿がいとおしくて丁寧に出し入れする。  
「あぁ、凄っお、お腹の中を目茶苦茶にされているみた、あっ、ひゃう……!」  
 突き上げるたびに睾丸が尻へと当たってぺちぺち音を立てる。うれしげに尻をふる淫らな女優は  
喋ることもままならないようだった。丹念に突き上げて、入り口から一番奥まで味わった。  
「もっともっと、おっ、おかしくなっちゃうまで私の中をかき回して下さいっ、あっ、はぁっ!」  
 言われるまでもなく朝比奈さんのうねる肉壷を存分に味わう。上質の桃尻肉をつかんでこれでもかと腰をゆする。  
それに応えるように締めつけを強くするみくるおま○こ。快感で頭の神経が焼き切れてしまいそうだった。  
 
 もう少しだけ押し進めて、体の一番奥の部屋と邂逅を果たす。赤ちゃんの部屋だ。少し無理をして、  
軽くそこを突付いて叩いてみると一層高い声で悦びの信号をあげる。汗ばんだ乳房から可愛らしいヘソ、  
つややかな太ももに健康的なふくらはぎまで触りつくして揉みしだき、肉の砂漠を俺だけのものにしようとした。  
 バランスを崩した三脚が倒れようが知ったこっちゃない。  
 気付けば画面の右上部、電池のマークが赤く点滅していた。そろそろ容量の限界だった。  
「さぁDVDももうそろそろ終わりですから見てくれた人に感謝のメッセージを残しましょうね」  
「えっ、えっ」  
「ほら笑って笑って。カメラ目線お願いします」  
 急に羞恥が戻ってきたのか、両手で真っ赤な顔を隠していやいやする。  
 突然のフリに困惑する朝比奈さんの首から上をカメラに捕らえる。正常位で貫きながら二三回腰を動かして、  
話を締めるように促した。  
「はやく、時間が迫っているんですから急いでください」  
「こ、こんにちは。朝比奈ミクル役の朝比奈みくるです、そのぅ、今回はSOS団の映がだ、駄目ぇっ、  
おちんぽが、あっ、赤ちゃんのお部屋を、もうっいやぁんっ!」  
 最後まで喋る切る前に快楽の洪水に飲まれてしまう。それが自分の分身によるものだと知っていれば  
嬉しくてやりがいもでてくる。反応の度に息子はますます硬くいきりたってくるのだから、朝比奈さんがいかに  
魅力的な肢体の持ち主かわかるというものだ。  
「余計な台詞を喋ったら駄目じゃないですか。それに何をいっているか聞き取れませんよ、最初からやり直してください」  
 あいている左の手で朝比奈さんの桃尻を叩く。涙ながらに抵抗する仕草がいじらしくて、いつまでも  
この人の姿をカメラに収めていたいと感じていた。  
「朝比奈みくるです。あうっ、映画を見てくださった方どうも、んっ、ありがとうございましたぁ……あうぅ」  
 一突きのたびに一瞬意識を飛ばし、また戻ってくる。どうやら深く貫くよりも小刻みに動く方が効果的に  
邪魔できると知って、嗜虐心に駆られた俺は実行する。  
「そんな短い言葉じゃ気持ちが伝わりませんよ。もっと感情を込めてください」  
「だ、だって、キョン君のおちんぽがあんまりに気持ち良いから、おかしくなっちゃいそうなの、こんな状態で  
喋れるはずないっ、からっ、あっあっあああ!」  
「逆境を乗り越えてこそ女優ですよ。さあゴー」  
「朝比奈、あ、朝比奈ミク……やっぱり駄目です!」  
「やり直しー」  
 朝比奈さんは乳房に手をのばして自ら揉みしだき、乱暴なほどに乳首をこねくり回す。あまりの乱れっぷりに  
ゾクゾクしてしまう。俺は今相当に意地の悪い顔をしているんだろうが止めようなんて毛頭も思わなかった。  
「い、意地悪っ。人でなしっ。こ、このままじゃお腹の形が変わっちゃいます、もう許してぇ」  
「またまたやり直しー」  
 朝比奈さんがぷくっと頬を膨らませるが全く迫力がない。意地悪しすぎただろうか、頬には涙の跡が  
いく筋も見てとれた。こんな体勢で、もう絶対に邪魔しないと指きりげんまんさせられる、えらくシュールだ。  
大きく息を吸い込んで最後の力を振り絞って声を出す。  
「朝比奈ミクル役の朝比奈みくるです。『朝比奈ミクルの冒険』をお買い上げいただき感謝の言葉もありません。  
団員渾身の一作いかがでしたでしょうか。感想をお待ちしております。ただ今作成中の第二段も近日中に  
公開の運びとなっております。こちらもどうかよろしくお願いします。本当にあ、ありがとうございました……!」  
 
「よくできました」  
 ご褒美とばかりに最後の一突きとともに膣中へと精液を注ぎこんだ。流れ出た精液が朝比奈さんの  
一番奥の部屋にこぷこぷと溜まっていくる音、そしてが脳に直接刻み付けられるような嬌声が聞こえて俺は  
満足する。濃厚で多量の射精がようやく終了し、性器を引き抜くと収まりきらない精液がぴゅうぴゅうこぼれる。  
 1GB約二時間分の容量をキッチリ使い終わって録画が完了しても、  
朝比奈さんは満足げな女優の笑みを浮かべていた。  
 
 
 
「昨夜、涼宮ハルヒによる局地的な世界改変が行われた」  
 翌日、朝一番に文芸部室を訪れると、椅子に腰掛けたまま長門は告げてくる。  
「涼宮ハルヒはエネルギーフィールドを発生させ、対象者をその中に閉じ込めると暗示状態へと陥れた。  
目標は朝比奈みくる。昨日行われた撮影で、朝比奈みくるの演技に納得できなかったことが原因と思われる」  
 口を挟むこともせずじっと続きを待つ。  
「情報統合思念体は情報爆発確認後、有益な情報が含まれていないことを理由にフィールド除去を  
私に命令した。構成情報の解析後、エネルギーフィールドの除去に成功。結果、本日の映画撮影にも  
停滞と涼宮ハルヒの再世界改変が予想される。対策をうつことも可能」  
「いや十分だよ。ありえないような力に頼るよりも、話し合いや時には正面からぶつかってなんとかするべきだろ、  
ハルヒのためにも。いつもありがとうな、長門」  
 俺は文芸部部室を後にする。正直、これからよりも、今が大変で気を使う余裕なんてなかった。  
 長門が奮迅の働きを見せフィールドを砕いてくれたとしても、ずっとはやく事が終わってしまったならば  
どうしようもない。  
 事が済んだ後、青ざめる俺に朝比奈さんは「私は私、キョン君はキョン君。今までそうだったんだから、これからも  
ずっと変わりません」と言ってくれた。自分だって傷ついているだろうに俺は感謝の言葉も忘れて挨拶も早々に、  
服を拾って家へと逃げ帰ってしまった。その事実にまた自己嫌悪する。  
 長門の言葉は何よりも信頼できるものである。そうか、朝比奈さん個人か、朝比奈さんだけか。つまり圧倒的な  
までに俺は成長していないのだった。流されるままに生きる自分の性格を今日ほど呪ったことはない。自分丸ごと  
消えてしまいたい。  
 抜け出せないほど陰鬱な気持ちで一日を過ごし、暗澹たる気持ちで望んだ映画撮影二日目。  
 朝比奈さんの変貌振りはちょっとしたものだった。演技練習を早々に切り上げると、ハルヒの持ち込む  
無理難題を次々と消化し、アイデアを出しては練り上げる。ハルヒが舌を巻くようなテイクを連発して、  
裏方である俺たちに気を使うことも忘れない。その立ち振る舞いは熟年の名舞台女優でもこうは  
いくまいと思うような気品にあふれる所作だった。終日朝比奈さんの独壇場だった。  
 初日は永遠に続くと思われた撮影も、追い込みをかけることにより予定日よりも日を余らせて終了。  
編集作業に余裕を持たせてもらったこともあって、本編映画よりはるかに価値のある映像が完成したのは  
皮肉である。  
 出来映えといえば古泉は「いやぁ素晴らしい」のみ、長門は頷きひとつという判断に困る反応だったが、  
ハルヒだけは鼻血を噴きそうなほど興奮していた。いつでも芸能プロダクションと出版業界に殴り込みを  
かけられる、天下を奪(撮)ったようなものねと息巻いていた。明日にでも本当に実行しそうで恐ろしい。  
 ハルヒはピーカンの笑顔だった。  
 
「本当に素晴らしいわ、やっぱりあたしの目に狂いはなかった! みくるちゃんには特別褒賞の贈与も  
考えておかないといけないわね。本当、最高の気分。みくるちゃんもそうでしょう?」  
「別に」  
 朝比奈さんはさらりと言う。  
 呟きのような音が部屋の中を静まりかえらせて無音の世界が訪れる。周囲との温度差をものともせず、  
退屈を持て余しているのか朝比奈さんは長い髪をかきあげ堂々とハルヒを見据えた。  
 傑作だともてはやされる映像と絶対の権力をもつ涼宮ハルヒを前にしても、その気品は少しも揺るがない。  
 冷ややかで距離を置いた発言も、気高い精神の自然な発露でしかないのだろう。今の朝比奈さんは  
衆目の下衆な視線さえ取り込んで輝きを増す大きな華そのものだった。  
 絶賛の言葉に飾られた前評判でも、今は全くの未知数である売り上げでもなく、一言だけで  
この映像の価値を決めてしまった。  
 そして数秒の間をおいて、冗談ですよ最高の気分ですと朝比奈さんは童女のように笑う。こともなげに  
自分がまとう雰囲気を作りあげ、真紅に染まった一輪の薔薇を見事なタンポポ畑へと変えた。観客は  
ただ感嘆の拍手を贈るだけである。  
ハルヒといえば一瞬の間に逆転再逆転した昼夜についていけないようで、とりつくろうように笑みを浮かべた。  
 俺は見逃さなかった。先ほどの屈託のない童女の笑み潜む、朝比奈さんらしからぬ黒い影、そして計算  
しつくされたセルフプロデュースってやつを。  
 ハルヒは場を盛り上げたいのか、暗い顔していないであんたもこの気持ちを分かち合いなさい、と  
バンバン背中を叩いてくる。いや、盛り上げなければいけない役目を知らず知らずのうちに背負わされたのだろう。  
それが誰の意図によるものかなんて語るまでもない。  
 だが俺はとても平静でいられなかった。小学生の妹が同級生の男子と仲良く手をつないで登校して  
いるのを偶然目の当たりにしてしまったような、言いようのない気分になっていた。いや、そんな事実は  
どこにもないが。俺はとんでもないことをやらかしたんじゃないだろうか。  
「本当に最高の気分です。ふふっなんだか世界が変わって見えます。不思議ですよね何も変わっていないのに」  
 歌うように朝比奈さんは言った。だが違う、世界は大きく変わった。  
 なあ長門、エネルギーフィールドとやらには後遺症や習慣性、副作用はないんだろうな。強大な力を  
持つ天使がひょんなことから悪に染まり、姦計をめぐらせるようになってしまったなら世界はどうなる。  
 何も知らないふりで俺はすべてを知っている。たわけは嘘を突き通すためにまたひとつ嘘をつくのである、  
常日頃からよりよく生きようと思っている俺は嘘をつくつもりなどないし、嘘を隠し通そうなどとは思わない  
のである。何ならガキの頃からのありったけの記憶を、事細かに洗いざらい話してしまっても良い。  
 だが昨夜の出来事だけは別だ。あんなことを衆目に晒してしまえば世間が俺の存在を許さないだろう。  
 天使を一匹この世から抹消してしまったのだ、その辺にいる普通の女の子ではない。世界中の  
不思議を集めただけと同等の価値を持つ女の子を、である。  
 しかし一方で、天使消失の鍵を握る事実を隠し通すなんて非常識であるともわかっている。  
万が一にでも被害が拡大するようなことがあれば事実を打ち明けるべきなのだ。気付けば大きな白い  
十字架が俺を押しつぶそうとしていた。  
 どうも悪い想像ばかりが駆け巡る。へばりつく後ろ向きなイメージを振りはらわんと顔を上げ、  
朝比奈さんはどうなってしまうんだろうと考えていた。ふと朝比奈さんと目が合った。  
「あっ、もしかして私のことを見てましたか? ね、ね、図星でしょう」  
 うきうきと小走りでやってくる。今はタンポポさんの様だが、言葉のもたらす意味は薔薇婦人のとげそのものである。  
はい、なんて言えるわけないでしょうに、わかって聞いているのだ。  
「さぁ、どうでしょう。ところで一つ尋ねて良いですか」  
「いくらでもどうぞ」  
「女優に、それもとびきりの大女優になりたいと思いますか?」  
朝比奈さんはウインクし、右手の人差し指を立てて言った。  
 

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