涼宮ハルヒの独占欲 b  
1,  
   
 「おまえも一緒に来るんだ」  
このまま一人で行ってもハルヒは俺を家に上げないだろう。  
長門はさっき言っていた、今は親がいないと。そう、あいつはそんな軽い女じゃない。  
 「…」  
 「なあ、頼むよ。俺一人行ったとしても上がらせて貰えないだろうし、  
  おまえが一緒なら案外上手くいくんじゃないかと思うんだ」  
同姓が一緒なら向こうも安心な筈だ。このまま一人で行ってハルヒが  
歓迎してくれたとしてもこれからするだろう事に戸惑う俺は場を持たす事などきっと出来ない。  
 「わかった」  
ほっと一息。俺の心中を汲んでくれたのか了承してくれた。  
長門は先の事を熟考しているのかじっとインターホンを見つめている。…待つ。  
 「私に任せて」  
「うおっ」  
その声と共に容赦なくボタンが押された。ちょ、ちょっと。  
 「説明くらいしてくれっ」  
 「大丈夫。私に任せていればいい」  
そりゃ俺だって長門の事は信頼している。でもここまで不安になった事などないのだ。  
身を震わせ慄然しながら声がするであろうインターホンの反応を待つ。…ここからが正念場だ。  
…おかしい中々反応がない、って!? ピンポンの音の嵐が静かな住宅街に響く。  
 「長門! 何連打してるんだ!?」  
これじゃまるで子供の悪戯だ。  
 「彼女は寝ている」  
 「…あ? そうか解るのか」  
長門には中でハルヒがどういう状況なのか手に取るように解るのだろう。  
そういう奴だったよ、おまえは。  
 
 「来る」  
 「え?」  
呼び鈴とドアを交互に見る。どっちだ。…来ないぞ。  
 「上」  
言われ上を見ると窓枠に手を乗せたハルヒがこちらを驚いた顔で見ていた。  
予想外なその登場に、呆然とその姿を見てしまう。  
 「あんた達、何してんの」  
寝ていたのは確かなようだ。少し寝癖のついたその髪。  
そして制服のままであった。  
 「な、何してるのかって、」  
理由付けなど考える暇などなかった。どう答えるべきか俺が狼狽していると  
 「遊びに来た」  
長門がストレートに答えていた。ああこれなら尤もらしいんじゃないか。  
向こうにしては突然だろうけども。  
 「えっ? 遊びに来た…って、珍しいわね」  
ハルヒは自身の体重をかけるように両腕を窓枠に載せ首に手を当て  
こちらを訝しんでいた。当然だ。  
ハルヒと長門が連絡もなしに突然俺の家へ遊びに来るなんて事があったら俺も  
似たような反応を返すだろう。思いもつかないな。有り得ない。  
 「この人が明日の事で話したいことがあると」  
 「…え゙っ! あっ、そ、そーなん、だ。…ふ〜ん。  
  わかったわ待っててっ」  
長門の言う言葉に途端ハルヒの態度が豹変した。  
ハルヒがたてているだろうその階段を駆け下りる音を聞きながら待つ。  
 「お待たせっ! 中入っていいわよ」  
ドアを開き荒い息を吐きながら出てきた。  
急展開…ここまで自然に事を運ばせるなんて、長門。  
やはりおまえに任せるのは正解だったようだ。  
 
俺と長門はそのまま中に入り妙に機嫌のいいハルヒに部屋に案内され、  
しばらく待っているように言われた。綺麗な部屋だ。  
テーブルを挟んだ前には長門が静かに佇む。妙な雰囲気が流れ何も話せない。  
ようするに長門は機嫌が悪そうだったのだ。解りやすいなこっちの長門は。  
む、むむ。  
 
 「落ち着いて。座っているだけでいい」  
苦い顔をしているのを見たのか、長門はそう言った。  
落ち着くのは無理だ、だが座っているなら出来る。もっと座る。  
 「すまんな」  
今の俺はとても情けなく見えるんではないだろうか。  
それにしてもハルヒの奴遅い。いったい何をしているというのだ。  
待ちくたびれ部屋を見渡す。濃い茶色のフローリング、  
生地の薄い絨毯、そしてその上にある小さめのテーブル、  
壁に掛かったシンプルな小さい時計。  
長門の後ろに高そうな本棚、コ○ルト文庫という文字が見える。  
案外乙女チックな所あるじゃないか、まあ量は余りないみたいだが。  
後は俺の後ろには、大きめなベッド…かッ!?  
 「何か…怒ってないか? 長門」  
振り向きすぐに聞く。強い視線を感じたのだ。  
 「べつに」  
 「い、テレビはないんだな。この部屋」  
やはり怒ってるのが解る。そんな微妙な眉の吊り上げ方は  
向こうの‘長門’はしないから。レアなもんが見れたと  
関心を抱いていると鼻腔をくすぐる食べ物の匂いに気づいた。  
 「食いもんの匂いがする」  
 「下で料理中」  
我が耳を疑う。あいつが料理だと?  
 「それは俺達に食わせるために作ってるん…だよな」  
 「……今迄見たこと無いほど真面目な顔をして作っている」  
 「そ、そうか」  
そう答える長門に恐ろしいものを感じた。  
 『できたわっ! か、完璧!』  
 「うお」  
一階を通し二階のこの部屋までハルヒの声が轟いた。  
最後の台詞が気になる。ど、どんな基準なのだろうか。   
階段をとすとすと登る音がする。ついに来たようだ。  
二階のフローリングを歩む音が続きドアの前で止まった。  
 
 「キョン! 開けなさい!」  
 「え? ああ、待ってろ」  
両手が塞がっているのかもしれない。  
一度床に置けばいいのにとは言わないでおく。  
正直言うと少し嬉しかったからだ。あいつが料理ねえ…。  
ドアを開けるとトレイを持つハルヒが。見ているとにんまり  
こちらへ微笑んだと思ったらさっさかと進みテーブルにブツを並べていった。  
いったいどんなもんを食わせられるんだ?  
 「気になる? ふふ、見てなさい」  
そりゃそうだ。お前の料理だぞ。どんなもん食わせられるのか恐怖とほんの少しの  
期待でいてもたってもいられん。皿の上には紙が被せられ頂を作り上げており  
何かがそこにあるのは見て解った。得体の知れない怖さが募り俺は見ていろと  
言われたが我慢できずその紙を手に取り  
 「チェキラッ!」  
その姿を暴いた。  
 「あっ。コラ!」  
…まず目に入ったのはその三角形。色は白いがそれを挟むように様々な色彩、  
多量の緑黄野菜が混入され見た目麗しい食欲を掻き立てる旨そうな、  
そうサンドイッチであった。英国のサンドイッチ伯爵の思いつきという、アレ。  
中でも生地からはみ出した照り焼きチキンらしいのがとても目を引いた。  
皿の周りにはプチトマトで縁取りされ全体の量はカナリある。  
 「こ、これ。お前が作ったの?」  
指を差し聞いてみる。  
 「当たり前じゃない。下で今迄頑張ってたんだからね。  
  出来たてだから、ぜーーーったい美味しい筈だわ!」   
胸に手を当て力説される。確かに旨そうだが、見た目に惑わされる俺ではない。  
 
美しい薔薇には棘があるのだよ。…でもな、何で食べないのと  
ああだこうだ言われ無理矢理食べさせられるワンパターンな俺ではないのだよ。  
長門が言ってた、真面目に作ってたと。好意を無下にするなとも誰か言ってた。  
俺はその意見を尊重するね。ここは敬意を表しちゃんと食べる事に…って!?  
長門めっちゃ食ってる!  
 「あああ! 有希ちょっと残しなさい!」  
 「うおぉぉ! 10コ以上あったはずなのに!」  
三つしか残ってなかった。まだ食うつもりなのかまた長門の手がぬっと伸びる。  
 「STOPッ! コラッ!  
  もーーーー! そんなにお腹すいてたの?  
  もっと作るべきだったわね…」  
ハルヒはその腕を抑えモーモー不満を露にぶーたれてる。  
舌打ちを小耳に挟んだ。  
 
 「まぁ三つ残ったんだ。許してやれ。  
  おまえどれ食う? コレ種類バラバラだし迷う」  
 「こっちとこっち、あんた食べなさい」  
照り焼きの方と、こっちはツナカレー。  
ハルヒのはトマト、レタス、キュウリの実にシンプルなタイプ。  
要するにこっちが本命って奴か。俺はツナサンドに手を運ぶ。  
 「ちょっと待った。有希、口くらい拭きなさい」  
手を止め見ると長門の口の周りはべちゃべちゃになっていた。  
ハルヒはナプキンを手に取りちょっとむっとした顔をする長門の口の周りを  
またモーモー言いながら拭っていった。おまえ、あれだろ。  
あの伝統的なおまえはcowか? って突っ込み言われたいんだろ。  
 「もう食っていいか? 食べちゃえ」  
そんな突っ込みより目前に有るツナカレーサンドを素早く手に取りパクつく。  
 「あっ」  
もぐもぐと噛み込む。パリッとした歯ごたえに若干驚くが中は柔らかい。  
口内にスパイスの効いた芳しい香りが満たされる。  
 「ど、どう?」  
 「旨いよ。これパリッとしたんだけど何やった?」  
長門が夢中で食ってた程だもんな。旨いんじゃないかとは思っていたのだ。  
レストランで味わう味。いや、それ以上かもしれない。  
 「ツナカレーはフライパンで薄く伸ばして焼いたの。三重だったでしょ」  
 「なるほどな」  
やけに手が込んでいる。普通はそんなことしないだろう。  
もぐもぐと無心に食べ終える。そのまますぐにチキンの方へ手を。  
ごくりと誰かの咽喉が鳴った。美しい光沢を放つチキンを口元へ運びかぶりついた。  
 「つっくりましょー!♪つっくりましょー!♪さてさて何がでっきるかなー!♪」  
立ち上がり歌いながら食う。ウワッ! という声が上がった。  
 「おまえは味王に認められた。もはや過去形だ!」  
指を差し宣言。著名なあのお方もこの旨さに5分は演説を続けるだろう。   
呆然と俺を見る二人に構わず貪り食う。俺と長門はモルモットではなかったのだよ。  
ハルヒのあの声を思い出す。最初から自信あったんだろう。  
 
 「ま、また作ってあげるから。落ち着いてキョンッ」  
食べ終える。  
 「本当に旨かった。料理上手いんだな。市販のとは比べ物にならん。  
  毎日でも食いたいくらいだ」  
賛辞の声を次々と浴びせる。出し惜しみする必要などない。  
 「……ま、まいにちって」  
落ち着かない様子で長門の体をさわさわと触りだした。  
同時にブツンと何かが切れる音が。理解する。  
 
 「い、意味深に捉えないでくれ。…なぁ! その袋はなんだ?」  
話題をそらす。  
 「…んっ、これ。ジュースとお菓子。ないから買って来ちゃった。  
  今出すわね」  
 「おまえはサンドイッチ食え。俺が出す」  
脇に置いてあった袋に手を突っ込み中の物をテーブルへ置いていく。  
ハルヒは満面の笑みでサンドイッチを頬張っていた。  
それにしても長門随分静かだな、見るとスカートのポケットに手を突っ込み  
何かを取り出そうとしていた。  
 「私もお菓子なら持っている」  
 「え?」  
すっとテーブルに置かれた長門の言うお菓子は、  
半透明に白を基調としたその形は横に少し平らで丸く飴みたいなものだった。  
昔どこかで見たような、記憶があやふやだ。  
 「なんだこれ。飴か?」  
 「何その白いの」  
 「飴ではない。グミのような物で甘い」  
あの長門がお菓子を持ち歩いている。どんな味だか非常に気になるじゃないか。  
 「食べるならまずコレを食べて」  
その言葉に少し躊躇する…何か様子がおかしいような。  
が、まあ平気だろ、と俺はそれを掴み  
 「んじゃ、貰う」  
口に放り込み噛む。  
 「それでいい」  
もぐもぐと咀嚼する。ああ、グミだな。何かざらついているが。  
なんだっけこれ。  
 「あなたもコレを食べて」  
もう一つあった粒を横のハルヒの眼前に出し言った。  
 「? ちょっと待って」  
長門の様子に戸惑っているようで、警戒でもしている様なハルヒだった。  
ジュースのタブを押し込みゴクゴクと中の液体を飲み干していく。  
いや、警戒はしていない。サンドイッチを流し込んだな。  
 「じゃ、貰うわ。って何自分で食べるわよ。わっ、む」  
喋るハルヒの開いた口に放り込まれた。何をそんなに急いで…あ!  
そういうことか。俺はほのぼの空間ですっかりと忘れていた。  
ここへ来た本当の理由を思い出す。急ぐ、急いで解決しないといけない問題。  
 
ということは、長門が急ぎ食わせたコレが何かを引き起こす事は容易に考えられる。  
まだすべては食べていない、食べたのは半分ほど。ど、どうする。  
 「ちゃんと食べる」  
考えている事など筒抜けであった。解ってるさ。仕方ないんだろう?  
 「お願い」  
こいつも‘俺’を取り戻すのに必死なんだろう。俺だって元の世界は心配だ。  
そしてこの俺はハルヒを抱いてやりたいと思っている。世界のためにではない、一人の女としてだ。  
あれだけ好意を目にして気に入らないなんて野郎はいないだろうよ。  
覚悟を決め、ぐっと、噛み砕き飲んだ。ハルヒは俺達のやり取りを不思議そうに見ていた。  
その口はモゴモゴと、そのどんな効果を及ぼすか解らないグミを噛み食べていた。  
 
 「なんか懐かしい味するわね。もう一個貰える?」  
 「うぇっ!? や、やめとけっ」  
 「な、何よ。いいじゃない、子供の頃に食べたんだと思う。  
  もう一個食べれば解りそうな気がするのよね」  
こいつも食べた事があるのか。今はそれがどんな名称なのかはどうでもいい。  
重要なのは効果だ。二つ以上食べさせればまずい事になりそうな予感がするんだ。  
 「もうないよな? 長門」  
ないと言ってくれ。  
 「…ない」  
それでいい。俺の体にはまだ変化は起こっていない。遅行性か?  
 
「そっか。残念。結局何だったの?」  
 「あのお菓子を食べた人は好きな人と結ばれる」  
長門の答えにハルヒは瞬間、俺の方へはっと視線を向けた。  
やはり何か仕組んでいたか。ありがちな嘘臭い魔法使いが言いそうな言葉である。  
だがそれは嘘ではなく確かにそうなるんだろう。そのために俺は来たのだから。  
 
 「な、なにそれ!? ね、ねえ。  
  何かの雑誌の受け売り? そ! それほんとなの!?」  
確信した。俺が本当に好きなのだと。  
結ばれると言われハルヒは咄嗟に俺を見、あまつさえ  
長門に目を見開き最後問うた言葉、それは俺とそうなりたいと願う様に見えたからだ。  
その光景がどんな意味を見せるのか、ハルヒには頭に入っていないんだろう。  
その瞳は悪い魔法使いに騙される童話のヒロインそのままだ。  
夢物語を好む少女にとってそれはとても惹かれる内容なのだろう。  
言葉を浴びせたままハルヒは身動きさえ取らず長門の返答を待っている。  
 「さっきの言葉は取り消す。あなたはこの人と結ばれる事など出来ない」  
 「え゙っ!?」  
 「なっ…」  
何かスイッチの入った長門は立ち上がりそう言った。俺は驚きを隠せない。  
だって、結ばれる事は出来ないってそれは拒否するって事だろう?  
ハルヒを満足させるために今迄やってきたんじゃないか。  
これじゃあ…今迄やってきた事に何の意味があったのかが解らない。  
長門は家の前で言っていたじゃないか。‘俺’が戻ってくるなら我慢すると!  
それが何でこんな事に。悲観している暇はない、考える。思い出せ。  
そうだ長門はこの家に来てからの様子はどうだった?  
俺とハルヒはずっと喋りっぱなしでその横であいつは…ずっと不機嫌そうだった。  
それはハルヒに対して恨みがあったからじゃないのか?  
この俺にも何か落ち度はあったんだろう。…事の発端を思い出す。  
ハルヒは理不尽にも俺を呼び寄せ長門と‘俺’との関係をゼロの状態に戻した。  
体を重ね合う関係を持つ二人であったのは知っている。内面までは深く知る由もなかった。  
この世界の人間ではない俺にはよく解らないのは当たり前なのだ。  
だがたった今解った。こうまでして長門が俺とハルヒの仲を裂くような事を言うのならば  
それは恨みを募らせる程の良い関係だったものだという事がだ。  
騙されていたのはハルヒだけじゃなくこの俺もなのかよ…。  
沈黙が支配を続ける部屋の中俺は途方に暮れる。  
 
                                      続く  
 

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