涼宮ハルヒ独占欲 〜b あらすじ  
 
いつもどうりに学校で過ごしていたキョン。ハルヒの覇気はなく、古泉に言われハルヒとデートの約束をすることに。  
帰り道長門にこの世界はキョンが生活していた世界ではなく別の世界と教えられる。  
涼宮ハルヒにより既に改変された他世界でありキョンは知らず三日も過ごしていた。  
ハルヒは乙女チックな部分を垣間見せ、古泉はキョンの体を狙っているというのに。この世界の人間はどこか違った。  
長門自身も違うが、キョンを混乱させないためキョンの元世界の自分から情報をダウンロードし合わせている。  
長門が伝えなかったのは情報統合思念体がすぐにキョンを戻すべきかどうか討議を続けていたためだった。  
元の世界にキョンを帰す事は出来たがデートの約束が決定された時点で介入不可の事態に陥ってしまった。  
他世界のキョンが呼び出され上書き状態、そして改変された理由、それは涼宮ハルヒが付き合う二人長門とキョンへの嫉妬が  
引き起こしたと教えられる。この世界は元々長門とキョンは体の関係も有る相思相愛の状態であったが改変され0の状態にされた、と。  
一方、キョンは元の世界から呼び出されたので元の世界には存在しておらず、こちらでは行方不明扱い。  
ハルヒはそれに気づいておりストレスを溜めこちらの元世界もこのままでは情報爆発を起こし改変されてしまう。  
二つの世界を正常に戻すには、今日のうちに、涼宮ハルヒを抱き満足させればいいと長門に教えられる。  
突然の状況にあたふたするキョンは長門も一緒に来いと誘いハルヒの家に行く。  
だが恨みのある長門はハルヒを宇宙的ぱわーで抑え付け、見せ付けるようにキョンを弄り回した。  
このままでは二つの世界を救う事など出来ないと悩むキョンだったが、しばらくすると何かに気づいたように長門は正気に戻った。  
長門を帰らせるキョン。事前に長門から媚薬作用のあるお菓子を食べさせられていた二人は平静でない状態で、ハルヒを抱くしかなかった。  
 
 
3、  
 
 「…?」  
何か物音が聞こえた。ま、まさか、親が帰ってきたのか?  
断続的に下の部屋からは誰かがいるであろう事を考えられる音が二階の部屋まで響いていた。  
非常にまずい。部屋で遊んでる姿を見られるならまだしも、  
娘が見知らぬ男とベッドで寝ている姿なんて見られたらどうなることやら解らない。  
親父さんなら、俺をぶん殴るんじゃないか。  
 「ハルヒ、すまん」  
胸の上のハルヒを退かせベッドに寝かしつける。さて、俺はどうやってここから出ればいいのだ。  
目についたのは、ハルヒが顔を覗かせていたあの窓。やはり見つからず家を出るにはこれしかない、か。  
 「………じゃあな」  
これが最後の別れになるんだろうな。しばし、その顔を見つめ窓から外へ出た。  
丁度いいところに木がある。飛び移って降りればいいのだが、はたして上手くいくのやら。  
 「よ、っと!」  
何とか成功このまま下まで降りればいいのだ。後はかんた…!?  
足を乗せている枝が早くも折れそうになっている。覚悟を決め、飛び降りるしかなかった。  
 「キョン、行きまーす!」  
…着地成功。足が折れるかと思ったぜ。結構な音が出てしまった。家の中まで聞こえてしまったかもしれん。  
未だに痺れを訴える足に鞭をうち急ぎ公園に向かう。長門がいるはずだ。  
 
 
――子供達の喧騒はなく虫の音だけが響く深夜の公園。電光塔の仄暗い光の中、長門はいた。  
 「長門」  
色々と聞きたいことがある。まずは。  
 「これで、この世界は元に戻るんだな?」  
 「………」  
返事がない。  
 「元に戻るんだよな?」  
 「あなたは涼宮ハルヒと結ばれた。でも何も変化は観測出来てはいない」  
どうゆうこった。失敗なんて思いもしてなかったぞ。  
 「あいつは、満足していないって事か? 俺はあいつを抱いたぞ」  
 「確かにあなたは涼宮ハルヒと結ばれた。  
  でも何も変化は訪れていないのが事実。体を重ねるだけではだめだった」  
 「俺が何かやり忘れたとでも? 言われた通り俺はあいつと…」  
何がいけなかったのだ。他にやる事があったとでも言うのだろうか。  
あいつは満足などしていないって。何か満たされない理由でも…待て、俺ははっきりとあいつに好きだと  
伝えていたか? 伝えてなどいない。流される形でそのままあいつを抱いたんだ。  
心も満足させる必要もあったんじゃないのか。あるいはもっと別の方法もあったのかもしれない。  
 「このままだと俺の世界はどうなるか解らないってことか…」  
携帯を手に取る。あいつは出るだろうか。どうにかここまで来て貰って気持ちを伝えればいいのかもしれない。  
短縮番号を押す。出てくれ。しばらく俺の耳にはcall音だけが鳴り響いていた。…出ない。くそっ。  
何度も鳴らすが全く出てくれない。音に気づかないほど疲れ果てているのか、もしくはマナーにでもなってるんだろう。  
 「どうすりゃいいんだっ」  
 「私の家に来るといい」  
 「お前の家に行って何になる? もう時間はないんだろ?」  
 「すぐにどうにかなるわけではない。焦って問題を更に深刻にするかもしれない。  
  私にはいい解決案はない。姉に聞けばいい回答が得られるかもしれない」  
耳慣れない言葉を聴いた。  
 「…姉ってなんだ?」  
 「良き理解者。家に来れば解る」   
いい方法なんて思いつかない。このまま二人で考えたって元の世界の危機をただ待つだけになるかもしれない。  
 「わかった。おまえの家に行く。誰だか知らないが助けてくれると言うならその人と話したい」  
藁にもすがるとはこのことだ――   
 
――マンションに着き長門の家のドアの前。なにやら中には人の気配。  
長門は横にいるし、これは長門の言う良き理解者とやらがいるのだろう。  
 「どうした? 早く開けてくれ」  
 「きっとあなたは驚く」  
 「そんなヘンな奴なのか? 俺はもう多少の事じゃ驚かないぜ」  
長門は俺の顔を見、ドアに手を掛けていった。長門に驚くと言わせた人物、相当に変わった奴かもしれない。  
 「開ける」  
…………ドアが開かれた。目の前の人間に俺は言葉が出なかった。  
 「いらっしゃい」  
過去に俺を殺そうとした人間、そして長門が消した人間、朝倉涼子がそこにいた。  
 「な、なんでお前がここにいるんだ!?」  
声を発すると共にマンションの手すり迄後退る。もう後ろはない。  
 「あさ…朝倉…? え…」  
 「そ、意外でしょ」  
その言葉に既視感。髪の長い清楚な雰囲気を醸し出すその佇まい、その少し太い眉間違いなく本人だ。  
 「そんなに驚かないで欲しいな、キョン君」  
 「いや、驚いて当たり前だ!」  
こっちを見ながら笑ってやがる。  
 「そうね、そっちでは私はあなたを殺そうとしたのよね。当然か。  
  あなたの世界の‘私’はあなたを殺そうとしたみたいだけどこの私はそんな酷い事はしない。  
  安心して。ここでは私と有希ちゃんは姉妹という関係なのよ」  
頭では追いつくが体はついていけない。俺の体はようするに震えていた。  
実際に襲われた俺はあの時の光景を瞬時に思い出していたから。  
どうやらこちらの朝倉は穏健派らしい。それに、有希ちゃんってこりゃまた。  
 「そ、うか。確かに有り得るな。おまえと、長門が姉妹か。う、うむ」  
 「うんうん」  
 「でも学校では一度も見かけなかったぞ」  
 「この制服、ほら。見覚えあるでしょ?」  
制服のスカートの裾を持ち見せてきた。  
 「その制服、光陽園…か。朝倉は向こうに在学してるのか。  
  どうりで見かけなかったわけだ」  
 「そうそう。それと私の名前は違うわよ。長・門・涼子だから」  
 「その名前、物凄く不自然だ。…お前達が姉妹なんて」  
向こうじゃ殺しあう二人がこっちではこんな関係だなんて思いもつかなかった。  
 「とにかく家に上がって、話すことがあるんでしょう」  
スリッパを揃え置いた朝倉は奥へ行った。  
 「長門、こいつは驚くって」   
 「……ん」  
 
――  
テーブルを挟んだ俺の前面にはお茶を汲む朝倉、その右には長門。妙な組み合わせだ。  
だが頼れそうなのは確か。今一番問題になっているのは間違いなく俺の世界の事だ。  
こっちのハルヒの事は後で考えればいい。  
 「俺の世界の方、どうにかならないか。俺にはいい考えなんて…」  
 「「………………」」  
おい、なんで反応を返してくれないんだ? なんだ?  
 「あなたの世界は既に改変が始まっている」  
 「なっ!? 嘘だろ!」  
 「嘘じゃないの」  
 「い、いつからだ!」  
 「あなたが涼宮ハルヒを抱いて寝ていた時から」  
 「なんで黙ってたんだ…」  
 「あなたが冷静ではなくなると解っていたから。三人で話すまでは秘密にすると姉と決めていた」  
公園にいた時から内緒にされていたのか。  
 「俺のやっていた事は無駄だった…そういうことかよ」  
 「…私の責任も有る。あなたと涼宮ハルヒの関係を邪魔しようとした」  
それもあるだろう。急ぐように事を済ませる事になったのは事実だ。  
だが、今思えば解る。あの時俺が長門を連れて行こうとした事がそもそもの間違いだったんだ。  
 
 「そうね。あの時の有希ちゃんは普通じゃなかった。止めるのに時間掛かったわ」  
あの時止めてくれたのは朝倉だったのか。  
 「いや俺がすべて悪い。長門は悪くないんだ」  
こいつが暴走したっておかしくはない。自分の彼氏を他の女と寝かせようとするって事。  
俺の中身は違うとしても見た目が全部一緒ならばそれはとても辛いだろう。  
長門の気持ちを考えず、頼り過ぎたのがすべて悪いのだ。  
 「だから気にするな。改変は始まっているとさっき言ったな。  
  まだ終わってはいないってことだろ。止める事は出来ないのか」  
長門は向こうのハルヒは俺がいないから癇癪を起こしていると言った。  
ならば、向こうに存命している事でも伝えられればいいかもしれない。  
この二人なら出来るんじゃないか? この宇宙的でアニメ的な攻防を繰り広げた二人ならば。  
 「一個思いついた。‘元世界のハルヒ’に俺が存命している事を今すぐ伝えるんだ。  
  朝倉、長門おまえ達なら出来るんじゃないか?」  
 「向こうへ干渉することは出来ない。それに安定していない時空への干渉は」  
 「有希ちゃんいいから。たぶんそれしかない。やってみる価値はある」  
 「てことは出来るんだな!? 本当か!?」  
 「やってみないと解らない。ちょっと待ってね」  
 「………………」  
朝倉は目を開けたまま何かとやり取りをしているようだった。頼むぜ。  
 「…干渉はなんとか出来るみたい。涼宮ハルヒは多少満足していたみたいよ。  
  大きく手を加えることは出来ないからあなたは戻る事はまだ出来ない」  
 「伝えられるならそれでいい。それで止まるなら俺はまだ戻れなくても構わない。きっと戻ってみせる」  
 「………」  
 「頼む」  
手の汗が気持ち悪い。  
 「メールで…いいよね」  
 「あっ、ああ、俺は生きている、必ず戻る。と俺の名前で」  
メールときたか。やはりこの二人にとって他世界に干渉する事は造作もないようだ。   
 「送ったわ」  
 「いけたか。反応はどうだ?」  
 「すぐには解らないわ。時間的齟齬があるから」  
 「…届くのは遅くなるかもしれないってことか?」  
俺の神経はもうどうにかなりそうだ。  
 「簡単に言うとそうね」  
そう言いながら朝倉はお茶を俺の前に出してきた。  
 「茶を飲む気分じゃない」  
 「ちょっと落ち着いた方がいいと思うの。私の腕を甘く見ないで」  
 「こんな状況で落ち着ける奴なんてそうはいないだろうよ」  
 「あっ」  
なんだ?  
 「上手くいった。涼宮ハルヒは見たのね。あなたの世界は安定し始めている」  
 「………助かった。有難う、朝倉」  
 「…朝倉じゃないんだけどな」  
これで俺の世界はしばらく大丈夫なはずだ。こんなに簡単に出来るんじゃないか。朝倉凄いぜ。頼りになる奴だ。  
俺は息を吐き体を大の字に後ろに倒す。  
 「あら」  
腹がなった。一段落ついた所で緊張の糸が途切れたのか体は食欲に気づいたらしい。  
ちょっと恥ずかしい。  
 「ふふ、お腹空いてるのね。何か作ろっか」  
 「いや、こっちのハルヒの事を考えたい。どうすりゃいいんだか」  
 「お腹が空いてたらいい考えも浮かばないと思うの。有希ちゃんも空いてるだろうし」  
 「………」  
めっちゃ食ってたからな。言い出せないんじゃないか?  
 「…食べる」  
まだ食うらしい。凄いな長門のお腹はどうなってるんだ。  
 「三人分はないわね。いつも二人だからさ」  
見ると朝倉は冷蔵庫の前で悩んでいた。  
 「そうね、気分変えて三人でそこのスーパーへ行くのもいいわね。  
  男手があるんだもの。一杯買っておいて楽しちゃうのもいいかも」  
 「それで構わない」  
 
恩を返す、とてもじゃないがそれに見合ってはいないだろうが手伝える事なら手伝いたい。  
 「………」  
 
   
4、  
 
――三人で近所のスーパーまで到着。最近のスーパーは凄いね、こんな時間までやってるとこあるんだからな。  
日本人は働きすぎとはよく言ったもんだ。俺の手には買い物籠、横には長門と朝倉がぴったり寄り添う形だった。  
道中俺は散々驚いた。長門はいつもどうり静かで、そんな長門を朝倉は仲睦ましい姉妹のように  
背を押しここまで来たって訳だ。いやほんとに姉妹なんだろうけど。凄い絵図だ。  
 「いつもこんな感じなのか?」  
 「うん、いつもこんな感じ。そんなにおかしかった?」  
俺は相当怪訝な顔をしてたんだろう。  
 「いやまあ、向こうと全然違うから。ギャップが凄いんだよ。仲良すぎだろ」  
 「そっかぁ。本当の有希ちゃん見たらもっと驚いちゃうかもね」  
聞き捨てならない事をおっしゃった。  
 「ど、どんな感じなんだ? 普段の長門は」  
 「………」  
 「そのうち解るんじゃないかな。カレーでいいかしら?」  
非常に気になるんだが。長門の顔を見ると言いたくなさそうなわけで、やめとくか。  
未知の恐怖ってのもある。それを直視した俺はどうにかなってしまうかもしれない。とりあえず保留しておこう。  
 「食えるならなんでも構わない」  
 「Hom○のブイヨン入ってるのでいいかな。辛口の好きだったよね有希ちゃん」  
 「………」  
 「有希ちゃん?」  
どうした?  
 「キョン君、向こうからドロップ持ってきて欲しいな」  
 「え? ドロップって?」  
なんだ突然カゴを奪ったりして。  
 「お菓子コーナーで売ってるの。有希ちゃんから貰ったのがあるよ。いけば解ると思う」  
どこか懐かしい風味と食感で俺を悩ませた、アレか!  
 「待ってろっ」  
気になった俺はお菓子コーナーへと急ぐ。ハルヒも食った事があると言ったあれ。今こそ答えが解るのだ。  
 「ど、どこだ?」  
整然と並ぶ色とりどり包装されたお菓子達、この中のどれかに答えがあるのだ。ウォーリーを探せ。  
あのキャラは毎回忙しいんだろうな。だって世界を飛び回ってるんだぜ。  
ブルジョアって奴だ。あんな素朴な眼鏡なのに。いやいや、ウォーリーはどうでもいい! どれだ。  
 「あった…」  
飴の並ぶコーナーにそれはあった。面は黄色で子供の笑顔が描かれた昭和チックなその絵。  
掌で両手で四角を作るとほぼ同サイズ。卵を縦に伸ばしたようなその青い蓋。  
ああ懐かしきかな、カワ○肝油ドロップス! いやでもドロップはドロップだが場違いだ。  
 「こんなの普通、スーパーじゃ売ってないんだが」  
なんだこのスーパーは。  
 「ドロップですか? いやいや懐かしいものを選びましたね。僕も昔食べた事があります」  
……久しぶりに声を聞いた気がする。  
 「古泉、何してるんだ」  
会いたくない奴がそこにいた。俺の体を狙っているというあの。  
 「ここはスーパーです。買い物ですよ」  
買い物籠を持っているというのに無理に肩を竦めやがった。  
 「おまえもここの常連なのか」  
 「そうです。たまにこうやって深夜一人で来たりします。  
  …あなたは長門さん達と来てるようですね」  
 「なんで知ってるんだ!?」  
 「仲良く入り口から入ってくるのをを見てましたから」  
 「そ、そうか。俺はもう行く」  
 「影ながら応援してますよ」  
その声が耳を通る前に俺は駆け出した。  
 
――  
 「長門! 古泉がいたっ!」  
はぁはぁと息をつき俺は短距離なのにもうランナーズハイを迎えるかと思う疲れを得ていた。  
 
 「……あの人もここの常連客」  
 「ああ、それは聞いた。なんだか恐ろしかったんだ」  
 「悪い人じゃないのよ。あなたの事を心配しているのかもね。  
  お肉は何がいいかな? 牛肉、豚肉、鶏肉どれがいい?」  
 「軽めに鶏肉で。あ、あとこれ」  
例のドロップをカゴに入れる。見るとほとんどの材料は揃っているようだった。  
カゴに入れるで思い出した。以前身内だと思ってカゴの中に物を放り込んだら全然知らない他の客だった事を。  
おばちゃん、びっくりしてたね。気をつけようぜ。  
 「鶏肉ね。それじゃ、会計済ませて帰りましょ」  
 「ああ」  
 
――  
古泉に再度遭遇する事もなく無事帰宅を果たした訳だが、荷物は片手で済むほどで俺の必要は余りないように思えた。  
まぁ気分を変えるためみたいな事も言ってたし、余り買うつもりはなかったんだろう。  
 「お風呂沸いてるから先に入っちゃっていいわ」  
 「お風呂? 家に帰ってからでも構わない」  
 「今日はここで泊まってね」  
今、なんて言った?…泊まれと?  
 「お、俺は男だぞ。そんなに簡単に泊めていいのか」  
 「念のため」  
ああ…忘れてたよ。朝倉とおまえを見てるだけで気分は変わってたさ。  
状況は相変わらず悪い。今はそれ程うかうかしてはいられないって事だろう。  
 「寝る時は別の部屋だから気にしないで」  
ここは従うべきだろう。  
 「わかった」  
家に電話をしたほうがいい。俺は携帯を手に取り、一番上の短縮を押す。  
 「はいー。もしもし」  
しばらくして妹が出た。丁度いい、簡単に説明が済むだろう。  
 「俺だ。今日は友達の家に泊まる」  
 「キョン君? 誰の家に泊まるの〜?」  
聞かないでくれ。  
 「友達だ。素行も悪くなく、むしろいい奴だ」  
 「誰の家に泊まるの〜? 誰の家なんだろうね、しゃみ〜」  
なんかしつこいっ。  
 「友達だ! いい奴だ! 問題はない! あと子供は寝る時間だ」  
俺は携帯を切り息をつく。  
 「愛されてるわね」  
タオルを持ちながら朝倉は近づいてくる。奥のキッチンでは既に野菜が切り揃えられていた。  
 「え、一番風呂?」  
 「お客様だし」  
その笑顔に何も言えない。タオルを受け取り風呂場へ。服を脱ぎそのまま風呂へと到着。  
トイレと風呂は別々のタイプだな。光を反射する程綺麗なステンレスの表面。立ち昇る湯気。  
これをあの二人は毎日使ってるわけだ…。何を考えているのだ俺は。  
シャワーを出し体を洗い湯に浸かる。久しぶりの休息だ。考えてみよう――  
 
世界の異変にも全く気づかずのうのうと毎日の繰り返しのように過ごしていた所、  
今日の学校の帰り道、長門はこの世界はあなたの世界ではないと教えてくれた。  
この世界の涼宮ハルヒにより別世界の俺が呼び出され、元の‘俺’を上書きしている状態だと言った。  
三日も前からだったらしい。俺は全く気づかぬまま過ごしていた事になる。  
 
…多世界とかはよく解らん。パラレルワールド、並行世界、エヴェレットがどうたらとそのくらいしか解らない。  
まぁ長門に聞けば解説してくれるんだろうけど、俺には理解できるやら。  
実際に他の世界はあったわけだ。長門の改変した世界あれとは違うんだろう。  
 
呼び出された理由それは、ハルヒのわがままだった。この世界では本当は長門は‘俺’と付き合っていたようだ。  
それを許せなかったハルヒが世界を改変してその関係をゼロにした。  
ハルヒはもちろんそれを引き起こしたのは自分だとは知らない。だが長門は知っていた。  
この辺りは親玉からでも連絡があったんだろう。俺が元の世界に戻る事は長門の手により三日前から可能だったが、  
すぐ戻すべきか討議されたらしいが情報なんたらのゴタゴタで結局今日のハルヒと俺とのデートの決定によって  
手を出す事が出来なくなったわけだ。  
 
学校でのデートの決定はおかしかった。いつのまにか俺はハルヒとデートする羽目になっていた。  
まるで物語のように進んでいったんだ。あいつのシナリオとでもいうのだろうか。  
 
一方、‘元の世界のハルヒ’は俺がいない事に気づいていてイライラを溜め情報爆発を起こす事になると長門は言った。  
三日も俺は元の世界には存在していない事になる。だが、戻る事など出来ない。  
明日のデートを終わらせるまで介入不可ということだった。  
そしてあいつは爆発を起こす前にこの世界の涼宮ハルヒを満足させれば、この世界を正常に戻す事も、  
元世界に帰ることも出来ると言ったのだ。  
 
急ぎハルヒの家に行く事になった俺は結局失敗。満足させる事など出来なかった。  
俺が長門の事を考えもせず頼り切ったのが原因。その後マンションに来て朝倉と会う。  
朝倉に存命している事を向こうのハルヒにメッセージで伝えて貰い、既に情報爆発を起こしかけていた  
元世界のとりあえずの危機は回避出来た。すべて後手。  
 
その後買い物に行き、戻り、今風呂に入っているってわけだ。流されるまま、ここまで来た。  
後の問題は明日のハルヒとのデートを終わらせる事だ。でもデートを終わらせる事で本当に元にも……?  
視線を感じた。  
 
 「キョン君、お風呂長いのね」  
え!?  
 「ちょ、ちょっと! 朝倉!! 何見てるんだ!」  
普通、戸を開けないだろうよ。せめて外側から頼むよ。  
 「難しい顔をしてたわね。そろそろ上がったらどうかな? ご飯出来てるから」  
いつから見てたんだっ。  
 「上がるから、戸閉めてっ」  
にやにやしながら顔を引っ込めた。  
乙女の恥じらいというのはないのだろうか。これでは俺が乙女ではないか。  
湯船から出、体を拭き鏡の横にはハンガーに掛かった衣服があるに気づく。男もんの服だ。  
 
――  
 
 「なあこれ、もしかしてこっちの‘俺’の服か?」  
自身の着ている衣服をつまみ聞いてみる。こっちの俺の野郎もしかしたら…。  
 「そう」  
長門そんな簡単に言ってくれるな。俺の心の中は今やばい事になってるんだ。  
 「なぁ、こっちの俺ってよく…ここ泊まったりするのか?」  
 「たまに」  
物を食いながら長門はそう言った。  
く、くそ! 自分で自分に腹が立つって言えてるじゃないか。  
 「なぁ、さっきからそれ何食ってるんだ? 手で鷲掴みにしてるそれだ」  
 「ドロップ」  
床に置かれていた例の缶がテーブルの上に置かれた。その瞬間俺は過去の思い出を語らねばならないと思ったね。  
 
――あれは俺がまだガキの頃の話。その日俺と妹は、朝早く出かけた親の帰りを待っていた。  
昼も過ぎ、三時も過ぎた辺りになっても親は帰ってはこなかった。俺と妹は当然腹が減ってしまいひもじい思いをしていた。  
食べるものはないかと妹と探し回って、そんな時に目に入ったのがあの缶、肝油ドロップだ。中を見ると結構な量。  
正に天の救いかと、これで助かったなと妹に見せると目を輝かせ涎を垂らしたんだ。  
…そんなに腹が減っているなら兄は我慢するべきか。と俺はお兄ちゃんぶり全部妹に渡した。  
妹は貪るように食べたね。問題はその後、妹は下痢になり親に俺は散々怒られた。  
大量に食ってはいけないモノだったんだ。台所の高い位置の棚に入っていた意味が解ったさ――  
 
 「長門、コレを見ろ」  
缶を手に取り長門の目前に持ち裏の説明を見せる。  
 「………」  
 「『一日に二粒以上食べないでください。』って書いてあるだろ」  
 「………」  
 「間違いなく二粒以上食ってる。まずいぞこれは…」  
これから恐ろしい事態になるかもしれない。乙女の危機だろう。  
 「大丈夫よ。いつも有希ちゃんはそれ一度に全部食べちゃうの」  
カレーを盛った皿を持ち朝倉登場。  
 「ま、まじか」  
 「…食べる?」  
どんな腹をしてるんだ…。  
 「俺はカレーを食う」  
 「食べて」  
 「俺はカレーを食う」  
 「…食べて」  
 「ぐっ。俺はカレーを…。やっぱ一個だけくれ」  
缶に手を突っ込んだ長門は一粒俺の手へ。  
 「これは後で…って!? 朝倉」  
朝倉は俺の手から奪い食った。  
 「そんなに食いたかったのか…」  
そんな嬉しそうな顔しちゃって。  
 「………」  
 「とりあえずカレーを食おう」  
 「はいこれ」  
眼前にカレーの皿。キノコ?と人参と鶏肉と玉ねぎとじゃが芋の至って普通のカレー。  
旨いよなカレーは。嫌いな人そうはいないんじゃないか。  
 「頂きます」   
まずは匂いを嗅ぐ。朝倉の腕前はどれ程のものだ?  
 「ニンニク使ったね。これ、はエリンギか?」  
 「そうそう。よく解ったわね。食べて」  
スプーンに一口分掬い口へ。  
 「旨いです」  
 「そ、それだけなの?」  
 「じゃあ…カレーライスが日本に上陸したのは、今をさかのぼること約130年前で、  
  明治維新後の横浜に当時はカリーライスとの名称で登場。この味は当時の味を再現♪  
今のは嘘です、今のは只の知識のひけらかしであくまでこれは今風の味に仕上がっているように思います。  
さて玉ねぎやニンニクを使用したカレーはスパイシーで旨みが豊かです。  
  特にエリンギのチョイスはいいですね。5mm位の大きさに切ると食感もよく楽しめます。  
さらに大きい鶏肉が6個ほど入っていて贅沢気分満開♪」  
 「……ようするにおいしい」  
 「そのとうりだ、長門。口の周り凄いぞ。そして食うの早すぎだ、もう空かよ」  
 「ヘンな説明ね。…ん、上手くいってる。おかわり待ってて」  
 「朝倉は料理上手いんだな。いつも食事は朝倉が作ってるのか?」  
 「有希ちゃんと一緒に作ってるわね。簡単なのは私が一人でやるの。…はい有希ちゃん」  
長門は更に料理が上手いって事か。食ってみたいもんだ。  
 「‘俺’はよく食ってるんだろうな。今度は長門のも食い…いや」  
言って気づく、俺はこの世界にはいるべき人間ではないのだ。  
過ごせるなら元の世界で過ごすべき人間。こんな我侭言えない。  
 「どうしたの?」  
 「明日は私が作る」  
二杯目の皿にスプーンを置きはっきりと長門は言った。たぶん気づかれたんだと思う。ありがとよ。  
 
 「ああ、…頼むよ」  
優しいな、おまえは。  
 「明日の事で思い出したわ。デートなんだけど、自分の好きにするといいと思うの」  
 「俺も言おうと思っていた。でも自分の好きにって、そんなことで本当に終われるのか?」  
 「あなたは世界の事を考えないで、涼宮ハルヒとのデートを普通に終わらせることが大事じゃないかな」  
確かに、ハルヒが望むデートに別の事を考えながら行くのは失礼なのは解る。だが不安だ。後手に廻るのはうんざりだ。  
何故朝倉はそんなにも自信ありそうな顔をして言うのだ。その自信は一体どこから。  
 「本当にそれでいいのか? 長門もそう思うか?」  
 「私にはわからない。…でもお姉ちゃんの言う事なら」  
信頼されてるな。お姉ちゃん。  
 「きっと大丈夫よ」  
そこまで言うなら。  
 「わかった。朝倉を信じるよ」  
 「…朝倉じゃないんだけどなぁ。まぁいっか」  
   
 
5、  
 
――翌日、俺は女の子二人同じ屋根の下何も間違いなど起こらず夜を越し目覚めた。  
普通は緊張して眠れないという事態に陥るもんだろうが、体は疲弊していたようで床についてすぐ眠れたのだ。  
昨日は色々と疲れる事ばかりだった、そりゃそうだろう。  
それにしてもこの部屋は本棚やら机があり、人が住んでいるとはっきりと解る部屋で  
向こうの‘長門’の部屋とは全く違う。簡素ではない。何かいい匂いが部屋に漂っているし。  
 「この部屋私と有希ちゃんの部屋なの、いつもは二人で寝てるのよ」  
部屋を見回している俺にいつのまにか襖の前にいた朝倉が答えた。匂いの理由はそれか。  
 「そろそろ時間」  
朝倉の後ろには寄り添うように長門がいた。もうそんな時間か。ハルヒとは確か十時に  
喫茶店で落ち合う事になっていた筈だ。現在九時三十分前。おいおい、これは急がなくてはまずいだろう。  
布団を退け急ぎ準備を。布団の横に新しい衣服が用意されていた。服を脱ぎそれに着替えていく。  
 「何見てんだっ」  
朝倉と長門が見てた。  
 「キョン君が急に脱ぎだすんじゃない。それよりも、デートの事だけどきっと大丈夫だからね」  
 「千里眼を持つ人間か、あんたは」  
言って、ああ、結構その通りだと思ってしまった。天気なんか読めちゃうんだろうな。  
でもデートを普通に終わらすことだけでいいって、…ぁあもう何も予定なんて考えてないじゃないかっ俺。  
とりあえず用意を終わらせよう。道すがら考えればいいだろう。  
 
用意を済ませ、マンションの出入り口二人に見送られる。  
 「…んじゃ、行って来る」  
 「待って。これだけは言っておくわ。何か起こってもあなたは見ているだけでいい」  
 「……どういうこった。とてつもなく不安になったぞ」  
 「大丈夫だから。涼宮さんを楽しませてあげればいいの。ほら、もう時間来ちゃう」  
時計を見ると15分前、こりゃ遅刻確定だ。まずい。  
 「長門っ、どういうことだ?」  
 「後で解る。それよりも時間がない」  
 「ごめんね。気持ち良さそうに寝てたから起こすの遅くなっちゃったの」  
 「わかったよ。帰ったらちゃんと説明しろよっ」  
背を向け走り出す。走りながらでも考える事は出来る。  
いくら朝倉が大丈夫と言っても不安なのは当然だ。朝倉を信じるとは言ったけどもさすがにこれは。  
何か起こってもほっとけって言い方は、起こる事についてあいつは既に知っているって事だろ。  
これ以上何が起こるんだよ。まず会って言われそうな事。ハルヒは昨夜の件で色々言ってくるんじゃなかろうか。  
特に長門の行動に驚いたはずだ。そしてあの力にも気づいたかもしれない。それについて言われたら夢だと言った方が  
いいだろうか。俺が抱いた事も夢として扱われても問題はないのか?わからん。ほっとけってのはこの事だろうか?  
閑静な住宅街を走る俺の頭は混乱の極みに陥っていた――  
 
――デートのプランなんて考えている暇などなくいつもの喫茶店前にてあいつを見つけた。  
何か起こるのか?それは今なのか?  
 「キョンっ、こっちこっち!」  
そんなに手を振らなくても解ってるさ。道路を跨いだ先のあいつは笑顔満面で手を振っていた。笑顔満面?  
 「早く来なさいよ」  
 「とりあえず落ち着け。今は赤だ」  
 
俺も落ち着いた方がいいだろうけども。それは無理ってもんだ。  
顔は冷静、心は緊張。見た目は子供、頭脳は大人。もうだめかもしれない。頭を振りながら横断歩道を渡り終える。  
 「朝ご飯食べた?」  
 「食べてない」  
第一声の質問はそれか? そんな暇などなかった。  
 「じゃ、中で食べましょ」  
 「…ああ」  
 「ん? 何か元気ないわね」  
 「そ、そうか?」  
 「うん。ま、朝ご飯食べてないからじゃない? 朝はしっかり食べないとだめよ」  
 「おまえは食ったのか?」  
 「まだだけど」  
おまえもじゃないか。  
 「まぁ、入った入った」  
背を押され喫茶店の中へ。来店を告げる鐘の音が響く中俺は不安なまま空いてる席を探す。  
朝のモーニングタイム、店員がせわしなく作業を続け食器の音を響かせていた。  
混雑はしていないがそれなりに人がいる。空いてる席が目に入る。さっさと席につこう。これからの問答が重要だ。  
 「この席でいい」  
小さな一つのテーブル。席は空いている。  
 「こっちがいい」  
ハルヒが指を差したのは4人で座れる大きなテーブルだった。  
 「なんでこっちなんだ?」  
 「こっちがいいから」  
答えになってない。話を進ませるために座るか。  
 「わかった」  
座り対面にハルヒが座るのを待っても一向に座る気配がない。  
 「あんたもっと奥っ」  
肩を押され奥に行く羽目に。…こいつもしかしたら。  
 「っと。ね、何食べる?」  
やっぱりか。俺の横へ座り今起こったことはなんでもない風に言った。  
 「か、軽めのを食べたいな。このモーニングセットでいいか」  
くっつきすぎだ。  
 「サンドイッチ? あんた好きね」  
その言葉に俺は固まるしかなかった。やはり昨日の事は覚えているんじゃないだろうか。  
 「なぁ、き」  
 「こっちのドリアのセットにしなさいよ。半分私が食べるから」  
 「ああ、それでいい」  
昨日の事を覚えているかいないかは非常に重要だ。最初のうちにはっきりさせておきたい。  
 「こっちお願いしまーす」  
しばらくすると店員がオーダーを取りに来、厨房へ消えていった。こういう時は敬語なんだよな。  
 「なぁハルヒ、聞きたいことがあるんだが」  
 「何? あんたさっきからヘンよ」  
躊躇してしまう。今から聞くことを。  
 「…ん?」  
グラスに注がれた水を飲みながらこちらの様子を窺がっている。切り出す。  
 「昨日の事、おまえは覚えているか?」  
 「遊びに来たこと? 覚えてるわ」  
覚えている。と言った。だが平然と答えられるのは何故だ。  
 「何を…したんだ?」  
 「あんたもいたじゃない」  
 「俺もいたけど、ハルヒの口から聞いてみたいんだ」  
 「なっなんでそんなこと言わなくちゃいけないのよ」  
やはり覚えているのか?上手くまとまらない。  
 「頼むよ」  
 「…昨日、有希とあんたが家に遊びに来た。二人にサンドイッチを食べてもらった。  
  キョンすっごい喜んでたわね」  
ふふんと自分の腕を認めて貰えたのが嬉しいのかどうだ驚いたかでも腕を組み答えた。まだあるだろうよ。  
 「…それだけなのか?」  
これ以上の返答はないのか?  
 
 「他に何があるっていうのよ。あ、そういえばあんた達いつ帰ったの?  
  起きたら私は、は…裸だったし。何かしたの、キョン」  
 「…………」  
お菓子のせいなんだろうか。長門と俺の事は忘れているのか。都合がいいのやら悪いのやら。  
どう返してやればいい?なるべく下手な事は言わない方がいい。  
 「俺と長門は、ハルヒが途中で寝ちまったので帰った」  
なかった事にするしかないだろ。  
 「そうなんだ。疲れてたのかも。余り良く覚えてないのよね」  
嘘をついた、すまんハルヒ。昨日確かに俺はおまえを抱いた。  
 「う〜〜〜ん」  
眉を寄せ唸りだした。  
 「どうした?」  
まさか何か思い出したのか?  
 「私なんで裸だったのかしら」  
うっ。  
 「寝ているうちに脱いだのかもしれん」  
 「前のボタン緩めて寝るくらいなら解るけど、有り得ないわ」  
俺もそう思う。  
 「お腹もなんか痛いのよね。生理はまだなのに」  
うぐっ。  
 「仮にも俺は男だ。そーゆうこと言わないでくれ」  
 「う〜〜〜ん」  
 「俺らの来たみたいだぞ」  
丁度いいタイミングに店員がトレイを持ちドリアを運んできた。  
未だ唸り顔のハルヒについてきた、きつね色のトーストを見せる。朝食には定番だ。  
 「んっ、貰うわ。半分ね、半分」  
マーガリンを塗りハルヒの手元へ。  
 「私は子供じゃないわよ」  
そうは言っても何か嬉しそうじゃないか。  
 「食え」  
手渡し食べるのを見てると、少しずつ食べだした。こっちのドリアも旨そうだ。  
スプーンで掬い食べ始める。中々のお味。まぁレストラン・○・カフェには負けるのは当たり前か。  
 「おまえドリアの由来知ってるか? って」  
 「ん?」  
トーストが全部消えた。腹減ってたんだな。  
 「ドリアねー。確かイタリアのジェノバのドリア家から来てたんじゃないかしら。  
  ドリア風って言い方する料理もあるけど日本で一般的に知られているご飯料理じゃなくて、  
  トリュフを使った料理やイタリア国旗を思わせる配色の料理、胡瓜を使った料理が代表的ってとこかしら」  
 「なんでそんなに詳しいんだ。ドリア家しか知らなかったぜ」  
 「料理は好きだからね」  
そういえばそうだったな。  
 「おまえのサンドイッチ伯爵は旨かったな」  
 「また作ってあげるわよ。ふふん」  
また食えたらいいがな…。  
 『やあ! やあ! 我こそは鶴屋と申す者なり!  
  ちょっとそこのお二人さん? 名を名乗れ!』  
どこぞの武士が現れた。その声は喫茶店の客全員の視線を集める程で。  
 「あわわわっ! やめましょうよー。鶴屋さんっ」  
朝比奈さんもいる。ていうかいつのまにか隣の席にいたようだっ。  
野次馬ならもっと遠い席を選ぶのが普通だろうよ。  
 「な、何? あんたらっ動物園行ってるんじゃないの?」  
その反応はもっともだ。何が始まるのだ。これが見守れという事態か?  
 『名を名乗れっ』  
聞いちゃいない。なんなんだっ。  
 「…涼宮ハルヒ、こっちはキョン」  
このまま戦になるのかもしれない。  
 「ほうほう、涼宮ハルヒ、キョン。そなた達二人は肩を寄せ合いbreakfastと申すのか」  
英語を使う西洋かぶれの武士だった。  
 「そ、それが何よ?」  
 「や、やめましょうよぉぉ〜〜〜」  
 
 「前の席は空いていると言うのに、これいかに。いやいやほんとは解っちゃってるんだっ。  
  二人ともラヴィ状態だね? さっきから隣で見てたのに気づかないときたもんだ」  
 「ぐっ…」  
ようするに冷やかしか。…全部聞かれてたぽいな。  
 「なんでここにいるのよ」  
俺も思った。  
 「いやぁみくるがさぁ、急に動物園行こうって言い出しておかしいな〜と思ったんだよね。  
  しつこく聞いてみたら白状したってわけなのさ。こっちのがめがっさ面白いさ」  
 「うぅぅ、ごめんなさぁい…」  
朝比奈さん…。  
 「よく解らないんだけど、冷やかしに…来たのね」  
 「ネタは上がってるんだ。あんたらこれ食ってさっさと白状するにょろ」  
俺のドリアをカツ丼のつもりなのかハルヒの前にすっと差し出した。西洋かぶれの武士と思わせつつ刑事なのか。  
 「…これは…ね。あー、もうっ!」  
 「俺が言うよ」  
あんまりハルヒを怒らせないでくれ。  
 「はっきりと言ってくれたまえ」  
 「実はこれ、デートなんだ。これ食ったら色々廻る予定だ。もうこれで十分だろ」  
朝倉と長門に言われたからじゃない。純粋に俺はこのハルヒを楽しませてやりたいと思っている。  
 「うひゃぁっ、これは本気だっ。ハルにゃん良かったね!」    
全然驚いた節もなく鶴屋さんはハルヒの肩を叩いた。解ってたんだろうか。  
 「な…何言ってるのキョン! 買出しでしょ! SOS団の備品買出し!」  
 「ああ、あれは嘘なんだ。買出しは合ってるが連れ出すための口実だ」  
 「………最初からそのつもりだったの?」  
あの時は理不尽に決められた事の様に思えるが、実際俺はこいつと遊んでみたいともどこかで思ってたのかもしれない。  
今は全く嫌とは思っていない。  
 「たぶん…そうだ」     
 「…たぶんて何よ、でも………っか」  
俯き顔は髪で隠れ表情は見えない。その手はぎゅっと膝の上で握り締められていた。何か言っているが聞き取れない。  
 「ハルにゃん嬉し泣きかなっ?」  
あんたはよくそこで突っ込めるなっ。  
 「馬鹿言ってんじゃないわよっ!」  
 「「「うわっ」」」  
テーブルに足をぶつけながら突然立ち上がった。  
 「キョン、今日は楽しむわよ!!」  
なんだその目の輝きは、そして俺の腕を握りどこへ連れて行こうというのだ。  
 「待て! ドリア食わせろ。白状したから食っていい筈だ」  
 「食ってよーし!」  
俺は犬か? 鶴屋さんテンション高すぎだろ。  
 「ハルにゃんはちょっとこっちの席に来るにょろ」  
ん?  
 「女の子同士話すことがありんす」  
 「そ、そうか。ちょっとキャラを固定した方がいいと思うぜ」  
 
一人寂しく食う羽目になってしまった。隣の席の会話が非常に気になるわけで。  
そちらには興味ありませんよと忙しく食いながらも耳を側立てる。  
 「ハル…んはさ、…日…裸………よね」  
は、はだか? 断片的な事しか解らん。デフラグが必要かもしれん。くそっ周りの食器の音が五月蝿いっ。  
 「そう……う…長………の」  
 「…………ちゃったね、こりゃ!」  
 「えっ!? ほ……。…ない」  
 「ふわあああああ! きょキョン君は! そんなことしません!」  
わ、わからん。朝比奈さんだけがやけに取り乱してる。  
その声は延々と続きこれ以上聞いてる意味はなかった。  
 
――食事を済ませた俺達は鶴屋さんに応援されながらも店を出た。その際驚いたこともあった。  
ハルヒの奴がワリカンにしようと言い出したのだ。いつもなら俺が払ってあいつはご満悦で終わりなんだが。  
俺は遅刻をしたというのに、どうやら風向きが変わったらしい。そして現在、時刻は十一時、どこへ行くべきだろうか。  
 「ハルヒ、どっか行きたい所あるか?」  
 「CDなんたらが欲しいんじゃないの? あの電気店にあるんじゃないかしら」  
 
ハルヒがあのと言うのならあそこだろう。文化祭の映画撮影用にビデオカメラ一式を貸してくれたあの店。  
財布には三万程入っている。朝、家を出る際に長門から受け取ったものだ。帰りには返すために銀行に寄らないといかんだろう。  
これだとほんとに買出しになるわけだがいいのだろうか。  
 「いいのか?」  
 「いいわよ」  
予定を考えてもいない俺に罵声を浴びせる事もなくあっけらかんとしている。  
 「いいから」  
 「あ、ああ。んじゃ行くか」  
 
――例の朝比奈さんが必死に宣伝活動を行った店に到着。久しぶりだ。  
店の中は閑散としていて中の喧騒は有線だけで…不安になる。ここにあるのだろうか。  
 「おお、よく来たねえ。また映画でも作るのかい?」  
商品の配置を変えているのか電化製品のダンボール箱を抱えオッサン登場。  
その顔はこれから何を言われるのか楽しみにしていると言ったところである。  
余程暇なんだろう。やはり局地的で行われた宣伝効果は皆無であったか。  
 「お久しぶりです」  
 「おじさん、こんにちは。以前はお世話になりました。今日は映画の事ではないんです」  
 「お嬢ちゃんが主役をするのもいいかもしれないねえ。こう、もっと元気の出るようなのが出来るんじゃないかな。  
  前の子も良かったがね。そうだ、二人で主役というのもいいかもしれないぞ」  
すげえのが出来るぜ、別の意味で。栄二郎さんには気に入ってもらえてたみたいだ。その神経を疑うね。  
 「それいいかもしれないわ! 再度有希は人がいる限り悪は決して滅びないとか言いながら  
  古泉君を縄で縛り矢文でみくるちゃんへ、古泉一樹は大変な事になっている早く屋上へ来い、と連絡をし  
ピンチなみくるちゃんは私に助けを求めるのよ」  
オッサン機嫌取り上手いなっ。古泉はどう大変な事になってるんだ。普通は大変な事になる前に脅し呼び寄せるもんだろう。  
 「そして屋上へと続く階段の手前で私とみくるちゃんは操られた鶴屋さん、他が私達の前に立ち塞がる。  
  でも所詮は小物。なんとか三人を撃退したボロボロな私達だけど最大の難関は屋上についたときに理解するの。  
  なんたって古泉君自身が私達に襲い掛かって来てしまうのだから。肩にはシャミセンがいて、  
  迷う事はないであろう、勝利には犠牲がつきものだ、と私達に古泉君を撃退するよう語り掛けてくる。  
  どうする事も出来ない。ああ…どうなるの」  
終わりそうもない。サブマシンガンのように頭から弾き出されるんだろう。  
谷口と国木田を忘れないでやってくれ。とりあえず俺はシャミセンに同意しとこう。  
 「ちょい待てハルヒ、今日は映画の事じゃない。CD-R買いに来たんだ」  
 「あっ、そうだった。…今日は他の物が必要になったの」  
そう言いながらもハルヒは頭の中で映画の続きを上映しているようだった。  
これは文化祭云々関係なく作るとか言い出しそうだ。  
 「ああ。CD-Rね。DVD-Rじゃなくていいのかい?」  
意外にもあるようだ。容量的にはCDでいいだろ。  
 「CD-Rでいいです」  
 「そうかい。こっちの棚だよ」  
案内されCD-Rが並ぶ棚へ。記憶媒体系のメーカーは重要だ。  
一部の海外のメーカーの品はすぐにデータが飛んでしまうのである。  
発売日に追われ未完成のまま表に出されるゲームのような物だ。  
 「これで」  
セットのを持ちキャッシャーへ。未だにハルヒはブツブツと呟いている。すっかり乗せられたな。  
会計を済ましハルヒの肩を叩く。  
 「わっ? な、なに?」  
 「終わった。次はどうするか」  
時刻は十二時手前。微妙な時間帯だ。昼食にもまだ早いという時間。  
 「他にいるものなかった? お茶っ葉はみくるちゃんがいつも用意してくれるし」  
ワックス、カーテンと思い出したが明らかにこれはデートと思えないので言うのはやめておこう。  
といっても次はどうするべきか。映画見るのはやめた方がいいだろうな。ハルヒはまた色々興奮状態になるだろうし、  
初めてのデートで映画ってのは定番と言われているがこれは穴だ。二人で見ているだけだから、会話がない。  
共感を得るってのもいいと思うけどなぁ。ああいうのは暫く付き合った男女の行くもんじゃないかね。  
 「決まらないの?」  
思い悩みハルヒの姿をじっと見てしまう。英語でプリントされた薄めの白のTシャツにブラウンのショートパンツ。  
活発な格好。  
 「おまえ、服欲しくないか?」  
つい言ってしまった。  
 「いいのあったら欲しいけど。服ね。うん」  
朝比奈さんの衣装代でお金は消えたと言っていた。ならばこいつは自分の服を最近買ったりしてないんじゃないか。  
 
 「贔屓にしてる店に連れてってくれ」  
 「でも、お金ないわよ」  
 「大丈夫だ、たぶん」  
財布には結構入っている。服一着くらい買えるだろ。  
 
――ハルヒの言う贔屓にしている店はとても入り辛い店だった。  
小さな店で下着の豊富な店だから萎縮するのも当然だ。周りを見渡すと女性客しか店内にはいない。  
だが俺は耐えそこに押し入った。ある目的のために。  
 「これなんか好みだわ。どうかな、キョン。ちゃんと見なさいよ」  
 「おまえショートパンツ一杯持ってるんじゃないか? 今も履いてるし」  
 「まあ、そうだけど」  
店内を見渡す、女の子らしい服といえばなんだ。スカートははずせないよな。  
周りの視線なんかどうでもいい。探す。  
 「あれだ」  
 「何?」  
一着の衣服が別物として目立つ場所に掛けられていた。  
 「あれ、試着してみろ」  
指を差し物を教える。  
 「え? あ、あんなの似合わないわよ!」   
上着とスカートとが一続きになった女性用の服、通称ワンピース。白で綺麗な控えめな模様の描かれた物だ。  
 「いいから着てみろ。持ってくるぞ」  
今の俺なら下着の埋まる店内の中進むことが可能である。返事を待たず物を取りに行く。  
 「これだ、着てみろ」  
 「わ、わかったわよ」  
雰囲気に気圧されたのかハルヒはそれを奪うように持ち試着室へ入っていった。  
衣擦れの音を耳へ届ける試着室を背に立つ俺は、ランジェリーなお店に佇む一人の男だった。  
驚きの表情を浮かべる女子高生グループに指を差されるが耐える。俺は変態じゃないぜ。  
 「まだか?」  
とうに音は聞こえなくなっていた。中のハルヒは自分の姿にでも驚いているのか?  
 「わ、笑わないでよね」  
仕切るカーテンに添えられた手が見える。そんなに恥ずかしいもんなのか。  
 「笑わない」  
ゆっくりと開かれていく。少しずつその面影が見えて…。  
 「…………」  
言葉を失った。  
 「やっぱ、ヘンなんでしょ! もう! こんなの着せるから!!」  
 「…おまえはどこかの令嬢か?」  
 「へ?」  
いつものハルヒとは全く違った。その怒る仕草もとてつもなく可愛く見えたのだ。  
スタイルがよくないと着こなせないらしいがこいつにはピッタリだった。心臓が早鐘を打つ。  
その胸の控えめな銀の刺繍がどこかの貴族を思わせる。だけど不満も有る。  
 「リボンの色が合ってない、青じゃなくて濃い茶辺りがいい。靴はまぁ平気だろ皮靴だし。それ以外は完璧だ」  
 「ほ、ほんとっ? 嘘だったら怒るから!」  
 「可愛いから安心しろ」  
 「………かわいい? これ好み?」  
つい本音を言ってしまった。頬を紅潮させ上目で見られる。こんな顔もするんだな。  
益々ペースに乗せられそうだが、今更恥ずかしがってもしょうがない。  
 「に、似合ってる。好きなほうだ。…そのまま着てどっか行こうぜ」  
 「ええ、僕もとても似合ってると思います」  
なっ!?  
 「こ、古泉!」  
 「古泉君、ほんと? そう思う?」  
振り向くと奴がいた。神出鬼没過ぎるぞ。そしてハルヒまずは驚こうぜ。  
 「ええ、とても可愛らしい。ゴシック&ロリータ・ファッションとはちょっと違いますね。  
  ああ、言われる前に先に答えましょう。このお店に入るところから見てたのですが、何やらあなたのチョイスで  
  涼宮さんをドレスアップすると言うではないですか。気になって入って来てしまいました。  
  いやあ凄いですね。ここはそうは入れませんよ?」  
おまえなんかもっと凄いだろ。女も横に連れてないのにここに入ってきたんだ。恐ろしいよ、俺は。  
 
 「リボンは確かに変えたほうがいいですね。それだと子供っぽく見えます。  
  あなたがさっき言っていた様に濃い茶色のリボンがいいでしょう。引き締まって見えますからね。  
  黒は逆にしつこさが出てしまう。中々解ってらっしゃる」  
顎に手を置きいつものスマイル。何かのプロか?  
 「色々言いたいことはあるが、おまえもそう思うか。ハルヒ、リボン探すぞ」  
 「いえ、ここに」  
古泉の手の中には濃い茶色のリボンが既に握られていた。  
 「これは僕からプレゼントしましょう。会計は済ませてあります」    
言いながらハルヒの手を掴みそれを渡した。古泉がハルヒにプレゼント?  
 「いいのっ? 古泉君。ほんとに?」  
 「いいですよ。気になさらないでください。それにその服の値札」  
ハルヒの胸に指を差し言葉を切った。裏になっていて値段は見えない。嫌な予感がする。  
 「ハルヒ、ちょっと裏返せ」  
ゆっくりと胸の上の値札をつまみ引っくり返していき、それを見た俺とハルヒは何も言えなくなってしまった。  
二万四千円? 相場が解らない。これは高いのか? 安いのか?  
 「いいのはもっとしますね」  
 「ハルヒ会計だ。そのまま出てきていいぞ」  
 「そう言うと思っていましたよ」  
 「こんな高いのいいわよっ」  
 「いつか買われてなくなるかもしれないぞ」  
 「で、でも」  
実際こいつも名残惜しいんじゃないだろうか。自分でも似合ってるのに気づいているんじゃないか?  
 「買わなきゃ古泉のリボンが無駄になるぜ」  
ここは通したいところだ。こう言えば通るだろう。  
 「………わか…った」  
 「リボン変えないとな」  
 「う、うん」  
さっと素早く付け替え終えた。さすが毎日髪型を変えていただけの事はある。  
靴を揃え履かせ手を掴みそのまま会計へ。眼鏡をかけた若い女性店員へ声をかける。  
 「すいません、これ」  
 「いらっしゃいませ。こちらそのままでいいですか?」  
 「ええ、そのままで」  
 「二万四千七百円になります。…有難うございましたー」  
会計を済ませるまで終始ハルヒは俯いたままだった。高い買い物は逆に相手に気遣いのみを与える場合が有る。  
俺はやっちまったのか?  
 「そんなに気にするなよ。気引けたか?」  
店を出た俺はハルヒの機嫌を窺がった。  
 「ちょっと、びっくりしただけ。キョンからプレゼント貰えるなんて」  
よ、良かった。嬉しいのか。その顔は赤かった。  
 「古泉君もありがとう。大切にするわ」  
 「どうも。そうしてあげてください」  
あのまま、リボンも一緒に買っていたらお金は底をついたかもしれない。  
 「古泉、おまえ本当はいい奴なのか」  
 「応援すると言ったでしょう?」  
 「さりげなく肩に触れるな」  
言った途端これだ。気をつけようぜ。  
さてこれからどうするか。俺の手持ちは三千と少し、もう遠出は出来ないのは確かだ。  
昼食を取ったら細かな物しか買えないだろう。こっちの‘俺’よ、すまん。  
戻ったらお金送ってやりたい気分だ。まぁハルヒの嬉しそうな顔に免じて許してくれ。  
 「ところでおまえはいつまでここにいるんだ」  
古泉は相変わらず俺の横にいた。  
 「デートにいい場所があります。行く所に困ってるんでしょう?」  
 「バレバレか」  
 「その顔を見れば解ります。案内だけして僕は去りましょう。  
  もうすぐ昼食の時間ですがそこで軽く取れますので気にしないでいいですよ」  
頼もしいこった。こいつはデート慣れでもしてるんだろうか。  
ハルヒは古泉の言うデートに過敏に反応を示し、俯きこちらの歩についてくるだけだ。  
 「みんな見てますね」  
 「何をだ?」  
突然何だ。  
 
 「涼宮さんの事ですよ。ほぼ男性は振り向いてまで見てますよ。ほら」  
 「ど、どれ」  
そんなに目立っているのか? 前を見る。遠くから俺と同い年くらいの男が歩いて来ていた。  
その視線は、間違いなくハルヒであった。近くまで来るがそのままその顔を横に向け頬は緩んでいるのを確認。  
 「マジだ。すごいなハルヒ」  
 「うっうるさい! あんたのせいだからね!」  
 「怒る顔もかわいいもんだ」  
 「うっ………」  
 「さすがに僕も今のには引いてしまいました。とても熱い。お似合いですね」  
 「古泉君もうるさい!!」  
 「嫌がる顔ってぐっと来ます」  
 「うぉっ。何、真面目な顔してんだ! 俺の顔を見て言うな! ちょっと抑えろ」  
妙な方向に進ませてはいかん。  
 「こ…いずみくんって、も、もしかして…な、何でもないっ」  
 「たぶん当たりです」  
 「え゙っ!」  
 「もうやめろっ!」  
ほら見ろ。ハルヒが妙な想像を膨らましているじゃないか。俺と古泉をあらぬ疑いの目で見てる。  
 「当たりですよ。僕は屈しませ…いひゃいです」  
 「しつこい男は嫌われるぞ」  
頬を強めに抓ってやった。抓られながらも古泉は指をどこかへ向けた。  
 「ここです。着きました」  
 
その先には鬱蒼と茂った樹木が折り重なり草花の造園見事な公園だった。  
そよ風は鼻に緑を感じさせ、目には暖かな潤いを与えて、耳には鳥の囀る声。  
ベンチには老若男女居座っている。違和感。おかしい、こんなに綺麗な場所ならば俺が知らない訳はない。  
見覚えがあるはずなのに俺の記憶には全く合致しない。…ようするに俺の世界にはない場所なのか?  
明確な違い。これは世界そのものが違うと誰かが俺に言っている様だった。  
 「こっちには、こんなに綺麗な場所があるのか」  
 「ええ、知らないとは驚きです。ああ、ということはあなたの方にはなかったようですね」  
 「…おまえは」  
こいつは、やはり俺の事を知っていたみたいだ。  
 「ここ有名よ? キョン知らないなんてね」  
古泉は俺の事情を理解している。だから俺を助ける真似をしたのか?  
 「おまえは、知っていたのか」  
 「知ってますよ。話したいところですが今は話すときではないでしょう」  
 「何の話してるのよ。わかんないわ」  
まずい。  
 「ああっ、俺はこの場所知らなかったんだ」  
 「よくテレビにも出てる場所なのに」  
 「…そんなこともあるさ」  
子供たちがはしゃぎ廻る公園を見て思う。皆が知っているのに俺は知らないということ。  
それは仲間はずれということで。いや、でも仲間はずれなのは当たり前なのだ。  
俺はここの人間ではないのだから。それは理解出来ている。  
ではこの寂しさはなんだ。…俺はこの世界に居心地の良さを感じ始めているのか?  
 「もう十二時半です。あちらの道を右へ曲がるときっとワゴンで来ている  
  クレープ屋の方がいる筈です。そこで食べるといいでしょう」  
 「古泉君も来るといいわ。クレープだけでも奢るわよ」  
 「いえ僕は、いいですよ」  
 「悪いわ、それじゃ気がすまない」  
 「でしたら今度学校でジュースでもお願いします」  
周りの会話が筒抜けていく。  
 「しょうがないわね、それでいいわ。キョン行くわよっ。…キョン?」  
こいつらと会えない日が必ずやってくる。その日は今日の可能性が高い。  
俺がこのデートを終わらせたらもう終わりなんじゃないのか?  
 「どうしたの? キョン」  
朝倉と長門にももう二度と会えないかもしれない。  
 「怖い…顔」  
 「えっ!?」  
頬にハルヒの手が添えられていた。やはり俺はこの世界に依存しているようだ。  
 
デートを望む奴のためにも余計な事は考えるなと言ったのは誰だ? でもこれって余計なのか?  
今は只考えない方がいい。…そうだ。これは俺だけの問題じゃない。  
 「なんでもない。クレープ食べに行こうぜ。…古泉ありがとな」  
 「はい、それでは僕はこれで」  
じゃあな。  
 「どっちの道だ?」  
 「右よ。さっき言ったばかりじゃない」  
 「そうだったか」  
 「そうよ。子供の時に来たくらいだけど、クレープ屋さんも来るようになったのね。変わったものだわ」  
歩きながら話す。  
 「おまえはよくこの公園に遊びに来てたのか?」  
 「小学四年辺りまでよく来てたわ。だから久々ね」  
手を組み上に上げ伸びをしながらハルヒは言った。  
 「子供の頃どんな遊びをしてたんだ?」  
 「ん〜普通に泥遊びとか? 後は鬼ごっことか?」  
案外普通なんだな。  
 「おまえが鬼ならすぐゲームセットだろうな」  
 「な、なんで解るのよっ」  
そりゃそうだ。弾丸のような速さだろうよ。逃げる子供は必死だったろう。  
 「なんとなくな。…お、あれか」  
林の茂る道を抜けた先には開けた場所が広がっていた。その真ん中には例のワゴン販売のお店があり  
周りには家族連れで来ている人で溢れている。丁度お昼時、こんなもんだろう。  
 「どうする? 結構並んでるぞ。おまえはここで待ってるか?」  
 「メニュー見たいし一緒に行く」  
十人以上は並んでいる。お店は相当儲かっているだろう。正に店を開くのにはうってつけの場所なわけだ。  
最後尾に並び、立て掛けてあるメニューを見る。  
 「メニューいいとこにあるじゃないか。どれか言ってくれればこのまま並んで買うぜ」  
 「一緒に並ぶ」  
そうかい。ああ、解ったぞ。一人でいると視線が気になるんだな。子供達でさえハルヒを見ていた。  
その中の一人の少女が近づいてくる。む。  
 「おねえちゃん、おじょうさま?」  
ぶっ! さすが子供。遠慮を知らない。  
 「違うわっ!」  
ははは。  
 「じゃあ…おひめさま?」  
 「それも違う!」  
お姫様にも見えなくはないな。  
 「それじゃ、なーに?」  
 「なーにって……ちょっとキョン何か言ってあげてよ!」  
俺に振ったな?  
 「この人を見てどう思った?」  
 「すごくきれいだと思った!」  
すぐに答えが返ってきた。周りの大人はこの突然の出し物に笑顔を向けながら見守っている。  
 「ハルヒ顔真っ赤だぞ」  
 「うるさい!」  
この場から歩き出そうとするハルヒの手を掴み女の子の前に押し出す。  
 「残念だがどっちでもない」  
 「そうなの?」  
 「ただこいつは可愛いのだ」  
 「このっ馬鹿キョン!!」  
 「いだっ」  
おお、暴力。ちょっとやり過ぎたようだ。  
 「仲良ししないとだめだよ!」  
 「うっ……」  
子供に叱られる高校生。無垢な目にさすがに耐えられなかったか。  
 「仲はほんとはいい。だから安心しろ。他の子たちが向こうで待ってるぞ、ほら」  
 「それならいいよー。じゃーねー!」  
手を大げさに振り少女は去っていった。いつのまにか列は進んでいて俺達の注文の番だ。  
 「もうっやめてよね。こういうの!」  
 「ああ、すまなかった。こんな機会は滅多にないぜ。それより注文」  
 
腕を組み怒りを露にしたハルヒに促す。これはあまり怒ってない顔だ。  
 「ご注文は?」  
 「俺は、ピザチーズのを一つ。ハルヒは?」  
 「私も同じのでいい。考えてる暇なんかこれっぽっちもなかったわっ」  
 「ピザチーズ二つですね。少々お待ちください」  
店員は笑いながら作業に移った。あんたも見てたか。  
しばし生地を延ばす作業に魅入る。つい見ちゃうんだよなこれ。綺麗に鉄板の銀の色をささっと  
きつね色の生地が伸ばされ銀を覆っていく。横を見るとハルヒも魅入っていた。  
 「今度はクレープでも作ってみるか?」  
 「意外と難しいんじゃない?」  
 「ははっ。これは簡単ですよ。正直言ってぼろ儲けです」  
今結構客並んでるんだが…。ぶっちゃけすぎだろ。  
 「具の分量に慣れる方が難しいですね。色々な形のがありますから。っとピザチーズ二つ900円になります」  
 「どうも。んじゃこれで」  
受け取り夏目漱石一名支払う。  
 「も一個作りますので待っててくださいね」  
奥の女性店員から声が掛かった。  
 「え? ピザ2つなんでこれで十分ですよ」  
 「いいからいいから」  
茶髪の若いお姉さまはどういうおつもりで。  
 「なに?」  
 「さあ」  
奥では何か作業している姿が見えた。クレープか?  
 「はいこれ。そっちの彼女に」  
渡されたのはやはりクレープだった。中身はなんだろうか。  
 「君あんまりいじめちゃダメだよっ。まあ見てる分には楽しかったけどね」  
そういうことか。  
 「解りました。つい…ね。ハルヒ、これ貰ったぞ。お礼言っとけ」  
 「……ありがとうございます。…ついってなんなのよ」  
 「また来てくださいね」  
 「んじゃ、おいしく頂きます」  
軽く手を振りその場から去る。後ろの客は、いいなあという面持ちをしていた。得したもんだ。  
 「これは俺の功績である」  
 「あげないわよっ」  
 「ああ、全部食うがいい。なぁどこで食おうか」  
 「座る場所なんてないわね…」  
ベンチはどこも埋まっていた。これは地べたか?  
 「静かな場所がいい」  
 「んじゃ任せる」  
ハルヒなら詳しいだろう。ついていけばこいつが満足する場所につくだろうよ。  
何か水の流れる音が聞こえ出した。川でもあるのだろうか。  
 「ここに決めたっ!」  
小脇の芝生に突然座り込んだ。丁度大木の日陰になっていていい感じの場所ではある。  
俺は上着を脱ぎハルヒに放った。  
 「それ下に敷け。泥ついたら白だし目立つ。そしてこっちからおまえのパンツは丸見えだ」  
 「うっ。そ、そうだったわ」  
パンツはいいのか? 純白である。  
 「早く食べないとだめ。もう冷めてきてる」  
横に座り、既に食い始めているハルヒを見ると両手に握り締めた獲物にご満悦の様子。  
 「あんた食べないの?」  
 「いや、食うけどな。…この濡れた食感がいい。やはり旨い。  
  クレープってのは久々に食べると特にうまく感じる」  
 「私コレ初めて食べたけど気に入ったわ」  
 「ピザのほうか。もう一個の方はなんだった?」  
 「中には…チョコだけは見えたけど」  
もう一つのクレープの中を覗きこむが判別はつかなかったようだ。  
まあそのうち解るわけで川のせせらぎを聞き、この美しき自然を見渡しながらのんびり食うのもおつなもんだ。  
 「イチゴチョコだった! これ! …あげないわよ」  
 「おまえ食うの早!」  
片方の手にはピザチーズが残っていた。いけない食い合わせだ…。  
 
 「その食い合わせはまずい」  
 「えっ、なんでっ?」  
 「鰻と梅干並だぞ。もっと作ってくれた人に感謝して食うべきだって事を言いたい」  
 「鰻と梅干って只の迷信でしょ。私調べたもの」  
 「迷信だ。さすがだな」  
 「あんたも結構詳しいわね」  
 「普通だろ」  
食い終えた俺は体を後ろに倒し寝転がる。芝生の感触がどこか懐かしい。  
食べるもの食べたら眠くなってしまった。  
 「眠いの?」  
 「少しな」  
 「寝てもいいわよ」  
このまま寝てもいいのだろうか。その一言に負けそうだ。  
結構睡眠をとった筈だが体の疲れは取れてはいないようだ。いや体じゃないか。  
 「ここは綺麗だ」  
 「たまに来て見るといいものね」  
絶えず聞こえてくる風に揺れる木々の音、川の流れる涼しげな音、ここには子供達の騒ぐ声も届かない。  
天は樹木より茂った草葉により隠れ日の光は余り見えない。昼寝してくれと言わんばかり。  
 「ぼーっとしてるのに飽きたら起こしてくれ」  
 「あたしも寝ちゃうかもしんないわよ」  
 「いいぞ」  
隙間から見える光を見ながらまどろんでいく。気持ち良すぎだここは――――  
 
 
………………………………脚に違和感。これはなんだ。何か温かい。  
動かしてみる。  
 「んぁっ…」  
なんだ? 脚の違和感はなくなりはしたが声が聞こえた。手をつき起き上がる。  
 「おまえ、何やってるんだ」   
脚の横でハルヒが寝ていた。  
 「ふ…ぁ。…何って…膝枕でしょうが」  
 「普通、男がして貰うほうだろ。ほら頭、草ついちまった」  
頭についた草を払う。まあこいつらしいか。ハルヒが俺を膝枕するなんて考えられない。  
いや、案外言ってみたらやってくれるかもしれん。  
 「ははん。あんたして貰いたいんでしょ。別にいいわよ」  
 「いや、悪戯されそうだからいい」  
 「しないわよ」  
しないだろうな。  
 「今何時だ?」  
携帯を取り出し確認。  
 「四時廻ってるし。三時間以上寝てたのか」  
 「中々の枕だったわ」  
 「そりゃよかったな」  
辺りは薄暗く虫の音も強くなり吹く風は少し肌寒さを感じさせる。そろそろ他へ行くべきだろう。  
 「寒くなってきたし、どっかいくか」  
といっても行く所なんて検討もついてない。腹が減っている程度だ。ここはまた何か飲食か。  
 「腹も減った。やっぱあれだけじゃ足らん。おまえはどうだ?」  
二つ食ってたしさすがに一杯だろうか。  
 「…もうちょっとここにいたいわ」  
「もう寒い…ぞ」  
様子がおかしい。顔を俯かせ手は胸の上で握り締めている。  
その表情は風に流される髪で隠されよく見えない。  
 「ねえ」  
立ち尽くす俺の手に何かが触れた。思わず狼狽えてしまう。  
それはハルヒの手で、上から抑える様に段々と強く握られたから。これは…告白だろうか。  
 「あたしの目を見て」  
両手を引かれ顔と顔が近づく。表情が浮き彫りになり覚悟した。  
いつにない真面目な顔、これはきっとそうなんだろう。俺の答えは決まっている。  
 「………………」  
ハルヒの目は俺の目を捉えて離さない。それにしても長い。何を見ようというのだ。  
 
 「…ジョン・スミス」  
 「……なっ!?」  
言われた言葉を理解した瞬間頭は真っ白。全く予想外のその有り触れた名前。今、この時に、何故。  
 「やっぱりそうなのね」  
どこか安心し、少し微笑んでいる。待て納得するな。  
満足しているようだが俺は否定しなければならない。落ち着いて説明しないと更に疑われるだろう。  
 「訳が解らん。やっぱりそうってどういうことだ。初めて聞いたぞ、誰だそいつは」  
 「中学の頃に手伝ってもらった。あんたもよくわかってるでしょうに。  
  SOS団のSOの意味を大きな声で言ってみなさい。ねえジョン」  
言えるか。  
 「ヘンな名前で呼ぶな。俺はな、おまえが告白でもするんじゃないかと思ってたんだ。だから驚いた」  
話を反らす。告白という単語にこいつは過敏に反応するだろう。  
 「…何に驚いたのよ?」  
普段なら乗ってくる筈なのだが。ああ、今のおまえはいつもとは違ってたか。あくまで認めさせたいみたいだな。  
 「あんな雰囲気の時に突然外国人の名前出されてみろ。そりゃ誰だって驚くさ」  
これでどうだ。正論だぞ。  
 「そう?」  
 「そう、って…普通はそうだろうよ」  
 「…二度目なのに?」  
 「は?」  
二度目…?俺は今言われたのが初めてだ。記憶にない。  
 「もう一度言われたら普通驚かないでしょ。それでもアンタはまた驚いた。  
  それは余程アンタが隠したい事で図星をつかれてまた驚いてしまったわけね。  
  どう考えてもおかしいものね。まだ高校一年生なんて。留年でもないしさ」  
記憶にないのなら俺でないこの世界の‘俺’が言われたとしか思えない。非常にまずい。明らかにコイツは断定している。  
そのニヤニヤ笑いをどうにか止められないものか。  
 「何を勘違いしてるのかは解らんが、俺はただ忘れてるだけだった。  
  だから二度目だとしても驚いたんだ。言われて今思い出したぞ」  
 「もう白状しなさいよ」  
止められないのか。どこでこいつは気づいたんだ。白状…してしまうと言ってもどう説明する?  
いやしないほうがいいに決まってるだろ。穴を探してみるか。  
 「白状って、俺は話す事などないんだが気が済むまで付き合ってやる。  
  仮に俺がそのジョン・スミスだとする。おまえはどうしてそいつが俺だと思ったんだ?」  
 「その投げやりな話し方、凄く特徴的。後は背丈、雰囲気。前も言ったじゃない」  
間髪入れずに返答が来た。  
 「俺みたいなのは一杯いるだろ。その程度で外国人にされたくないな。俺は日本人だ」  
 「…そのセリフ二度目だ」  
チャンス到来。このままいけば流せそうだ。心の中で‘俺’を褒めておく。  
 「そうなのか? ほらだから忘れてるんだって」  
 「…あんた本当に忘れてたのね。うーん、違うか。でも絶対そうだと思うのよね〜」  
 「有り得ないだろ。おまえの中学の頃なんて知らないし、俺は高一だ。留年もしてないぜ」  
 「留年はしてないのは知ってる。調べたから。そうねえ…じゃあ」  
学校にでも忍び込んだか? 突っ走ると止まらんからな。  
 「未来からアンタはあの時私に会いに来たんだ」  
 「な…わけないだろ」  
こいつの勘が恐ろしい。  
 「その展開はおまえが喜びそうだな」  
 「そう…ね。でも違ってもいいわ」  
 「違ってもいいって?」  
 「あたしはキョンが好きだから」  
溜めもなくいきなり言いやがった。不意打ち過ぎる。  
 「あんたはあたしの事好きなんだよね? だってデートに誘ってくれたんだもの。  
  好きじゃなきゃ誘わないわよね」  
爛々とした目がまぶしい。ここまで直球だとは。  
 「何黙ってるのよ。いいわ、受け入れたら答えになるんだから」  
意味など考えてる暇はなかった。ハルヒは目を閉じ顔を近づけてきた。  
俺は受け入れるべく、その時を待つ。結構大胆な奴…だ…? 視界に誰かを捉えた。  
 「…なが…と」  
風に揺れるスカートをはためかせながら、いつもの無表情であいつがいた。いつからだろう。  
 「……有…希?」  
 
ハルヒも気づいた。そそくさと俺から離れていく。微妙な空気。  
あいつは何をしに来たのだろうか。長門の足がてくてくとこちらへ近づいてくる。何が始まる。  
この三人という状況、いやな予感がする。  
 「話がある」  
何の話だ。気になるし、不安だ。  
 「話ってなんだ?」  
 「あなたではない。涼宮ハルヒと話したい」  
有無を言わせないその言い方。ハルヒと何を話すというのだ。  
 「有希…どうしたの?」  
こいつも雰囲気を察している。  
 「あなたがこの人を好きなのは知っている」  
 「い、いきなりどうしたのよ」  
 「はっきりさせたい。あなたはこの人が好き?」  
 「はっきりって…。そうよ、あたしはキョンが好き。でもそれがどうしたの?」  
今更何だろうか。  
 「私もこの人が好き」  
 「ちょっと待てっ」  
またあの時の繰り返しか? またか? もう嫌だ。  
 「あなたは黙っていて」  
 「黙っていられるか」  
 「お姉ちゃんに朝なんて言われた?」  
 「え……、あ」  
朝、朝倉が言っていたのはこれだったのか。  
見ているだけでいいと言われたが、はたして大丈夫なのか…。もう少し見守る事にする。  
 「…あんたが好きなのは知ってたわ。いつもキョンだけに対して見る目が違ったもの。態度もね」  
意外にもハルヒには解っていたようだ。いや解って当然なのかもしれない。  
二人同じ‘俺’を好きになったのだから。  
 「なら話は早い。この人はあなたには渡さない」  
 「渡さないって何よ…。キョンはあんたのものじゃないんだから」  
 「訂正する。この人は私のものだった。それをあなたが奪った」  
 「何言ってるのよ? いつあなたのものになって、いつあたしが奪ったというの」  
わからなくて当然だ。もうそのくらいにしてくれないだろうか。  
 「キョンはね、あたしをデートに誘ったのよ。わかる?  
  あなたではなくこの私を選んだってこと」  
こういうの苦手だ。  
 「そう思うならそれで構わない。あなたがいくら願ってもこの人は振り向く事はない」  
 「こ、このっ!」  
何か叩く音が響いた。余りの突然の出来事に止める事も出来なかった。  
ハルヒが長門をぶつなんて。  
 「やめろハルヒ!」  
間に分け入り長門を背に庇う。  
 「なによっ! あんたは有希の味方するっていうのッ!?」  
胸倉を容赦なく掴まれる。  
 「そういう問題じゃない! 叩く事ないだろ。少し落ち着け」  
 「落ち着いていられるかっ!!」  
普通じゃない。がくがくと揺さぶられる。ああもう。  
 「あなたは黙っていて」  
ハルヒの怒鳴り声の中静かなその声は俺の耳に通る。黙っていろだって?  
 「どきなさいよっ!」  
 「信じて欲しい」  
その懇願するような声に力が抜けていく。再度相対する二人を呆然と見る。  
 「殴りたいなら殴ればいい」  
 「なっ何よ。…その目。もうぶたないわよ」  
 「そう」  
 「そうね、いいこと思いついたわ。はっきりさせたいってあなた言ったわよね」  
 「言った」  
 「キョンに聞けばいいのよ。ねえキョン、あんたは…」  
何を言われるか解る。  
 「あたしと有希どっちが好きなのよ」  
………俺はさっき黙っていろと言われた。言われたから黙るんじゃない。  
 
 「ねえっキョン! なんで…黙ってるのよ」  
こうして二人を前にするとどっちを選ぶなんて出来やしなかった。  
静寂が重い。周りの音なんて聞こえやしない。はは、情けない。  
 「あんた…迷ってるとか言うんじゃないでしょうね」  
ばれたか。まあばれるわな。  
 「ああもう! むしゃくしゃする! 有希これだけは言っておくわ。  
  あたしは絶対これっぽっちも負けるとは思ってないから! 今日はもう帰るッ」  
 「逃げるの?」  
煽らないでくれよ…。  
 「逃げる? 逃げるんじゃないわよ。あたしは結果が見えてるから帰るだけ。  
  キョンも突然でよく解ってないんじゃないの? ちゃんとした返事が聞きたいのよ。あたしはっ」   
 
残る俺達を背にあいつは帰っていった。何ともいえないこの嫌な空気。間違いなく俺のせいだ。  
芝生にへたりこむ。  
 「長門さ、俺が悪い。あのとき…」  
 「これでいい」  
 「なんだって? どこがだよ。これのどこがいいんだ」  
 「携帯を貸して」  
意図がわからない。まあ携帯が見たいってんなら出すか。  
 「ほら、これだ」  
投げやりにその手へ。  
 「この画面を見て。解るから」  
開き液晶の部分を見せてくる。いつもの携帯画面だがどこをみ…?  
画面にノイズが走り出した。  
 「なんだこれ」  
壊れた…わけじゃないよな。  
 「しっかりと見て」  
画面を走る不定形な線はやがてはっきりと像を結び出した。  
 「誰だ、これ」  
 「見えないなら聞くだけでいい」  
画面は小さく、白黒の二色、解り辛い。部屋にはかろうじて二人いるのが薄い月明かりで解った。  
 『有希ちゃんさ』  
ッ!? 朝倉だ。となるともう一人は長門か。  
 『私には今回の原因は解るのよね。何故涼宮ハルヒは改変をしたのか』  
それなら俺にも解るぞ。ハルヒが嫉妬したからだ。以前の世界を認めないほどに。  
 『あの人は私に嫉妬したから』  
そうだ。  
 『平たく言うとそうだけどね、でも度合いって物があるじゃない?』  
度合い?  
 『何故世界を改変するほどに涼宮さんは嫉妬をしたのか。  
  これが重要だと思うの。本当は解ってるんじゃないのかなぁ有希ちゃん』    
長門の表情は読めない。画面小さすぎだっ。  
 『言っちゃうね。それはあなた達二人、キョン君と有希ちゃんが  
  付き合うのを涼宮さんに隠していたから。気持ちは解らないでもないけどこれがダメ』  
以前俺もふと思ったことがある。口には出さなかったが、やはりそうだったか。  
 『涼宮さんが怖かったのね? どうゆう事態を招くのか解らないもの』  
 『……そう。二人で内緒にすると決めていた』  
 『でも涼宮さんは二人が付き合っている事にすぐ気づいたんでしょう。  
  当然ね、恋する女の子はずっと好きな人を見ているものだから』  
 『………』  
 『涼宮さんはあなた達二人を仲間だと思っていた。信じられる仲間だと。  
  だからこそ、その反動が大きく出ちゃったと思うの。推測だけどね』  
以前元の世界の古泉にも言われた事がある。俺とハルヒには見えざる信頼感があると。    
 『涼宮さんは信じていた二人に裏切られた、と思った。今まで一緒に部活を楽しんでいた分  
  許せない気持ちが強く出てしまったんでしょうね。世界を変えてしまう程に』  
 『お姉ちゃんの言う通りかもしれない』  
 『きっとそうよ。有機生命体の言語の中で恋は盲目っていうのがあるわね、その通りだと思うわ。  
  だから有希……どうすればいいか後は解るよね。あなたは自分の気持ちを隠さなくてもいい。正直になるべきだわ』  
 『……わかった』  
その理解の言葉と共に携帯はいつもの画面へと戻っていた。  
 
横の長門を見る。顔は地面を向いていた。申し訳ないとでもいうのだろうか。  
 「長門、だからさっきハルヒにああ言ったのか。おまえは…一から始めようとしているのか」  
‘俺’との関係を。  
 「そう」  
 「おまえを責めるつもりはない。よく決心したと思う。だから顔を上げろよ…」  
朝倉の言う事が正しければこれでもう…。顔を上げようとしない。やはり気にしてしまうか。  
 「……まだ、ある」  
 「…まだある…って? 何が」  
携帯? 右手で持つ未だ開いたままの携帯を指差した。  
 「映像が、まだあるってことか?」  
その顔はなんだ。何がおまえの顔をそうさせる?  
なんでそんなっ泣きそうな顔をしているんだっ。物凄く嫌な予感がする。  
 「見なきゃ…だめだよな」  
 「見て、欲しい。見やすくする」  
握っていた携帯を取られる。何を見せるつもりなんだ。  
例のノイズ混じりの波形が浮き上がっていく。徐々に浮かび上がっていくその造形。色がある。  
画面には一人の女性、昨日から俺が世話になっていた朝倉、そのひとがいた。  
 「朝倉が…いるぞ。ほらっ。…なんで、おまえは見ないんだ?」  
長門は下を向き画面など見ていなかった。  
 
 『ふふ』  
声が聞こえた。顔を画面に戻し見ると朝倉は微笑んでいた。  
 『恋については私のほうが上ね有希ちゃん。やっぱり私がキョン君と付き合うほうがいいんじゃないかな』  
さっきの話の続きだ。俺と付き合う? こいつも‘俺’の事が?  
 『まあもう、私は輪の中に入れないけどね』  
へ?  
 『独断での他世界への干渉行為は…重大な違反。確実に…存在の消失を招く事に…』  
なんのはなしをして…他世界? 干渉。朝倉が他世界干渉……俺の……世界。…消失?  
 『…お堅い上の人なんて知らないわ。所詮私はバックアップなんだし、あなたさえ無事ならいいの』  
 『おねえちゃんは…ずるい』  
 『あはは、でも本音を言うとキョン君と会えなくなるのは悲しいな。この気持ち…有希なら解るわよね』     
おまえは…いなくなるとでも言うのか?  
 『何故、違反を』  
 『それこそ有希ちゃんなら解るでしょ。好きな人が困ってるならなんとかしたいじゃない。  
  私が言わなきゃ有希ちゃんがやっていたでしょう? 私はただあなたより先に言っただけ、だから気にしないで』  
 『でも、こんな』  
 『有希ちゃんはいいのよ。あなたがいなくなるのはもっと世界を壊す事になる。だから……』  
なんだこれは。  
 『いいのよ』   
彼女は終始微笑んでいた。…終わりか、短かったな。そうかいそうかい。むむ、どうしたんだ、俺の手よ!  
震えが止まらない。ちょっと長門に…聞いてみるべき、だ、ろうなあこいつは。  
 
 「こ、これ………なんだが…」  
すぐに言葉なんて思いつかない。  
 「なが…と……これ。携帯見てみろよ。あっああ、今は映ってないか。さっきまで凄いのやってたんだぜ」  
 「………」  
 「なあ、これ何の冗談だ? 笑えないぞこれ」  
とびっきりのおまえのジョークなんだろ。なあそうだよなこれは。  
 「冗談ではない」  
 「なんだよっ! それ!」  
冗談とは言ってくれない。認めるしかないじゃないか。  
あの時、他世界への干渉行為は簡単なもんだと思っていた。物を取ろうと手を伸ばすようにだ。  
だがそれは大間違いだった。映像の中で長門は確実に存在を消されるような違反と言っていた。  
朝倉は俺の世界のために危ない橋を渡っていたんじゃないか。無知とは罪、まんまではないか。  
 
 「なあっ朝倉はこれからどうなる!」  
 「処分は…免れない」  
 「それは死ぬって事と一緒じゃないかッ! 俺のせいだ! なあ、親玉と直接話をさせてくれ!」  
 「依然涼宮ハルヒによるこの世界の改変についての討議は続けられている。だから処分については後になる」  
 「少し連絡を入れただけじゃないか! 何も悪い事などしていない。おまえの親玉はどうか…どうかしてる!」  
 「あなたには大した事ではないかもしれない。でもこれは重大な違反。他世界を弄るという行為」  
 「おまえら姉妹なんだろ! なんでそんな冷静にいられるんだよッ!」  
 「あなたみたいに喚けばいいと? 私だってとても辛い。お姉ちゃんがいなくなるなんて絶対いやだ!!」  
 「っ!……ぅ……あ……すまな…かった」  
 
感情を剥き出しにする長門に俺は唖然とする。口を大きく開けその瞳には…涙が。  
何度俺は馬鹿をすれば気が済むんだ。こいつだって本当は辛かったんだ。そりゃそうだ。  
肉親だから! あれを見せて俺が騒ぐだろう事は解っていたんだ。  
 「気を廻せてやれなかった…」  
 「……あの時、いい考えなんて思い浮かばなかった。すぐに情報爆発が起こる事は予測できていた。  
  お姉ちゃんをこんな目に合わせたのも私が馬鹿なせい」  
 「その決断をさせたのは俺なんだ」  
 「買い物に出かけた時もお姉ちゃんは仕切りに私にキョン君にこの事は教えてはダメ。冷静でいなさい、  
  いつもどうりでいなさい。と何度も情報を送っていた」  
何かに憑かれたように長門は無表情に涙をぽろぽろと流しながら語り出した。  
 「…………………なんだよ、それ」  
 「何度あなたに打ち明けようと思ったか解らない。  
  でも、言ってしまったら決意したお姉ちゃんを裏切る事になる。………私はあなたを欺いていた」  
 「…長門。おまえは俺に打ち明けてくれたじゃないか!  
  いいんだ、それが正しい。そのまま何も言わないで朝倉が消えていたなんて事になっていたら  
  きっと…きっと俺はその顔ををひっぱたいていた。おまえはやっぱり姉妹なんだよ。  
  おまえは正解を選んだんだ。だからもう…そんな顔するなよ」  
どこを見ているのか解らないその表情のまま涙を流し続ける長門をそっと抱き締める。  
…そうか、そういうことだったんだ。  
ぐすぐすと嗚咽を漏らす長門の肩を抱きながら朝倉の事を考える。  
朝倉…おまえは自分がバックアップだからと言い、身を挺して  
こっちの都合のためにその身を捧げたみたいなことを言った。でもそれが本心なのだと俺は思わない。  
個の人間だったとしてもおまえは身を捧げたんじゃないか?  
俺が子供のように駄々をこねる様を見かねて…そう、おまえは俺が好きだといっていたじゃないか。  
あの時の事を思い出す、長門の言うように手詰まりなのは確かだった。  
そして少し不自然だと思う事があった。  
朝倉は長門が何か言いかけた事を遮るようになんとかすると言ったんだ。  
俺に余計な心配でもかけさせないようにそうしたんだろう。  
それを目先の事を優先して焦って放置した俺の、俺のせいじゃないか! …俺は取り返しのつかないミスをしたんだ。  
…本当にすまない、朝倉。…だがこのまま引き下がるつもりはないぞ。まかり通ってなるものか。  
 「親玉に伝えてくれ。朝倉を消すような真似をしたら俺は元の世界には戻らない、と」  
 「………………わかっ…た」  
帰るのが遅くなっても構わない。ハルヒには連絡がいっている。多少は大丈夫な筈だ。  
誰かが幸せになって、誰かが報われない。そんなのはありふれた事だと解っているさ。  
でもこんなのは間違っているだろ。…人を助けた人間は報われるべきだ。  
朝倉と‘俺’両方を取り戻してみせる。  
 
 「今日はもう…家に帰るのがいい」  
異論はない。  
 「またおまえの家に行けばいいか?」  
朝倉のいるその家へ。  
 「その方がいい」  
 
 

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