涼宮ハルヒとあの男が遂にくっついたらしい。そう、あのキョンといういささかマヌケなあだ名を冠した男と。  
帰りはいつも一緒だし、イチャイチャしているところに遭遇したこともあるし(二人は気まずそうに赤面していた)、  
何より涼宮ハルヒの表情がここ最近全然違う。柔らかくなった。頭の中がお花畑な感じが見ていて伝わってくる。  
唯我独尊の破天荒っぷりは顕在だが……というか前より増長されている気がするが。彼に甘えているのだろう。  
今のところ二人から我々SOS団に記者会見的な報告はないが、しかしアレはどう見ても恋人同士としか思えない  
雰囲気である。「最近仲いいですよね、あの二人。もしかして、とうとう……」と朝比奈みくるも言っていた。  
 
部室で男の方と二人になったとき、僕はからかいがてら聞いてみた。  
「最近、どうなんですか?」  
「何がだよ」  
いつもながらのぶっきらぼうな返事だ。  
「涼宮さんとですよ。遂に結ばれたんですか?」  
んなわけねーだろこの似非超能力者が。なんていつもの調子で反論してくるかと思ったが、  
彼の反応は意外にも素直なものだった。  
「うん……まあ」  
ほんの一瞬呆然としたが、すぐ平素の笑顔を持ち直して  
「そうですか」  
おめでとうございます。と言って僕の口は矢継ぎ早に言葉を発し出した。  
「僕も嬉しいですよ。ここ最近閉鎖空間の方も全く音沙汰無しですし、彼女の精神は随分安定しています。  
あなたのおかげです。そうそう、結婚式には是非呼んで下さいね。僕でよければ披露宴のスピーチでも……」  
「うるせー黙れ何が結婚だこのニヤケエスパーが」  
彼のわかりやすい照れ隠しに微笑しつつ、僕は呟いた。  
「羨ましいです」  
「…お前はいないのか?好きな奴とか」  
「僕は……まぁ、そんな暇もありませんからね。いや、これからは暇になるかも知れませんが」  
 
いつから付き合いだしたんですか?一週間前くらいかな。告白はどっちから?  
一応俺。ほー、いつの間に。あなたも隅に置けませんねぇ。うるせえよ。  
 
そんな会話をしばらくしていた。彼は仏頂面をしている。僅かに耳を赤くして。見ていて微笑ましくなってくる。  
 
 
『機関』の人間は……少なくとも僕と同じ派閥の人間は喜ぶだろう。これで涼宮ハルヒのストレスおよび  
性的欲求不満が原因で出現した神人を狩るために夜中に叩き起こされることも当分はなくなるはずだ。  
しかし正直言って僕は複雑な心境だった。嫉妬というわけではない。娘が家に彼氏を連れてきた時の父親の気持ちに  
ちょっと似ているかも知れない。一応今まで僕なりに彼女を見守ってきたわけだし。もちろん素直に嬉しい気持ちもある。  
赤飯でも炊いてやりたいくらいだ。今までの二人はどう見ても相思相愛なのになかなかくっつかず、端で見ている方が  
苛々させられたものだった。そんな二人が遂に結ばれたのだ。これを喜ばずして何を喜ぶというのか。めでたし、めでたし。  
 
それから間もなく、他の団員達も次々に部室にやってきた。まずは涼宮ハルヒ。僕は彼女に挨拶しながら隣の男に  
いつもより三割増しの笑顔で笑いかけた。  
「何?なんか楽しそうね、あんた達」  
彼は眉をひそめながらも顔を真っ赤にしている。やっぱり面白い。  
 
続いて長門有希、朝比奈みくる。クラスでの用があったらしい、長門有希は珍しく一番最後だった。  
最近のSOS団はまた平凡な(ある意味非凡な)暇つぶしクラブと化していた。長門有希は机で割りと薄めの本を  
読んでいる。朝比奈みくるはメイドに扮してお茶汲みをしている。いつもの光景。僕は彼とオセロに興じた。  
「お前、やっぱりわざと負けてるだろ」  
「そんなことありませんよ。至って本気です」  
偶然に作意を絡めているだけだ、とでも言っておこう。勝負が一段落したところで、  
「そうそう、涼宮さん達、やっぱり付き合い出したみたいですよ」  
僕は当の本人達の前で、朝比奈みくるに入手したてのホヤホヤ情報を脳天気な声で教えてやった。  
「えーっ、やっぱりそうなんだぁ!そっかぁ……直接言ってくれたらよかったのに。うふふ、おめでとうございます」  
彼と涼宮ハルヒは二人してポカンと口を開けている。  
「…お前なー」  
「あれ、言っちゃいけませんでしたか?いいじゃないですか、どうせいずれは知れることですよ。  
 というか、二人ともとっくに気付いていたと思います」  
いつも天真爛漫な涼宮も珍しく狼狽していた。何せ彼女は以前(確か彼が朝比奈みくるがいちゃついていた時)  
怒った勢いで「SOS団の団員は、不純異性交遊は禁止よっ!」と大声で提言してしまったのだ。それを団長自ら  
破ってしまったものだから、彼女なりに罪悪感を感じていたのだろう。  
「ご…ゴメンね、黙ってて。なんか、言いづらくて」  
「いえ。いつくっつくんだろうとイラ……じりじりしてましたから」  
おめでと〜、とばかりに僕と朝比奈みくるはパチパチ拍手を送った。長門有希はずっと本から  
顔を上げなかった……が、貝を打ち鳴らすラッコのように手だけは動かしていた。  
 
 
それから一ヶ月は何事もなくあっという間に過ぎた。僕が能力を得てからの数年間で最も平穏な一ヶ月だったと言っていい。  
閉鎖空間も一切発生せず、涼宮ハルヒの現実世界を改変させる能力が発揮されることもなかった。疑り深い僕としては  
ついつい嵐の前の静けさではないか、などと思ってしまう。『機関』も水面下では動揺していた。しかしあくまで現状維持が  
目的の『機関』にとってはこの平穏は喜ばしいことだ。僕が懸念していたのは未来人やら宇宙人やらのうち、観察対象の変化を  
望む急進派が涼宮ハルヒに何かよからぬことを仕掛けてくることだった。特に前者が問題だ。未来人の目的は自分たちの  
存在する時間平面が消滅しないよう保護することだし、朝比奈みくるもこの変化を肯定的に受け止めているようだった。  
しかし長門有希は……僕は彼女がしばしば僕を見つめながら無言で何か訴えているのに気づいた。  
「何ですか?」  
と聞いても彼女の答えは決まって、  
「何でもない」  
だった。そしてまた視線を本に落とすのが常である。  
「涼宮さんの変化を、あなた達はどう考えているんですか?」  
じれったいのでこっちから話を振ってみると、長門は本から顔を上げて僕を見る。  
「観測対象の動きが停滞していることに、情報統合思念体は焦りを感じている。  
 ……でも、今はまだ様子見。安易に手を出すべきではない」  
 
ここ一ヶ月のSOS団の活動方針は概ね「何かとんでもない悩み」を持った人間の相談に乗ること(相談者はゼロ)、  
不思議を求めての市街探索(収穫はなし)、の二点に集約される。しかし成果が上がらなくても涼宮はそんなに  
苛立っている様子はなかった。それどころか彼女は自分の感じている幸福のお裾分けをしたいとでも思っているのか、  
赤の他人に対しても親切だった。  
 
ある月曜日。  
その日、涼宮は部室に来たものの終始だるそうだった。というか痛そうだった。歩く時も心なしか不自然な感じがする。  
彼氏はそんな彼女を心配そうに見つめている。  
「…大丈夫か?ハルヒ。キツかったら、もう帰れよ」  
「大丈夫だってば!何回言わせるのよ」  
最初から大人しく休んでおけばいいのに、彼女は妙なところで責任感が強いのだ。  
 
僕は窓際に立って外を眺めている彼の横に行き、ポンと肩を叩いた。  
「おめでとうございます」  
「…何が言いたい」  
「お祝いを言いたいだけですよ。……でもどうせなら土曜日にした方がよかったんじゃないですかね」  
僕は彼にどつかれた。  
「…そりゃそうなんだけどさ……」  
「大事にしてあげて下さいよ。彼女があなたにまで失望してしまったら、世界は取り返しのつかないことになりますし」  
彼は「ああ」とだけ言った。そして二人して、机に突っ伏している彼女を見守った。  
 
涼宮は長門が本をぱたんと閉じるまで部室で耐えていた。今や部活終了の合図である長門の読書終了は、  
時計で確認したところ普段より十五分ほど早かった。涼宮は彼氏に支えられながら帰って行った。  
長門は緩慢な動作で帰り支度をしている。彼女はどうも最近ライトノベルに傾倒しているようだ。  
だがブックカバーが掛っていてタイトルは見えない。  
「何読んでるんですか?」  
ちょっとした好奇心でその本を見てみると、今売れているベストセラーの恋愛小説(下巻)だった。  
確か彼女の読書の趣味はハードSFとか、学問書とか、古典文学ではなかったか。  
「面白いですか?」  
「あんまり」  
なら何故下巻まで読んでいる。  
 
 
僕は一人家路を辿りながらぼんやり考えていた。  
あーついにヤッちゃったんだなぁ。涼宮ハルヒもようやく女になったわけだ。まぁでも二人がうまく行ってる証拠だし、  
これで世界の平和は約束されたようなもの、僕としても万々歳だ。『機関』にも報告しなきゃいけないんだろうなこれ。  
 
無理して冷笑的に考えようとしている自分に気付き、僕の胸中は波立った。  
 
それが四日前のことである。今日は金曜日。  
涼宮ハルヒはせっせと悩み相談者募集のビラ作りに精を出していた。他の団員はそれぞれいつもどおりに過ごし、  
いつものように長門が部活終了の合図をし、僕が今週も平和な一週間だったなぁと思いつつ部室から出ようとすると、  
「古泉一樹」  
後ろから呼び止められた。うるさい休み時間の教室だったら絶対聞き取れなさそうな小さい声の主は、思ったとおり長門有希だった。  
「話したいことがある」  
僕はドキッとした。彼女が僕に話があるなど、涼宮ハルヒ絡みで何か由々しき事が起こっているからに決まっているのだ。  
「うちに来て」  
「わかりました」  
家でなければ話せないとは余程深刻な話なのだろう。二人が付き合い出したことと関係があるのだろうか?  
 
長門の家までは適当に雑談しながら歩いた。面白い本の話や、おいしいご飯の炊き方など。  
まぁご想像どおりほとんど僕一人で喋っていたわけだが。さて一体家ではどんな話を聞かせてくれるのだろう。  
 
 
長門の住む高級マンションに到着。カーテンすら掛かっていない殺風景な彼女の部屋に上がる。  
彼女はコタツ机を挟んで僕の向かいに座った。背筋を伸ばし座敷童のようにちょこんと正座している。  
僕は飲んでも飲んでも終わらない茶の洗礼を受け、三杯めが注がれた時遂に痺れを切らした。  
「そろそろお話を聞かせて頂けませんか」  
涼宮さんのことでしょう?  
「……そう。あなたの力を貸してほしい」  
「僕に出来ることなら何でもするつもりですよ」  
少し間をおいてから彼女は口を開いた。  
「涼宮ハルヒの能力が弱体化してから一ヶ月経つ」  
やっぱりそう来たか。  
「あの二人が付き合い出してからですね」  
「今、二人は物理的にも精神的にも非常に距離が縮まっている。それが根本的な原因だと思われる」  
「恐らく彼女は現状に満足しているのでしょう。少なくとも、今のところは」  
「しかし情報統合思念体は今の状態はあくまで一時的なものだと判断している。  
 涼宮ハルヒの能力が失われたわけではない」  
「それは僕も同感です。彼女のあの強大な能力がそう簡単に消えるとは思えません」  
「いずれ彼女の能力は再び活性化する。恐らくは、今までよりも強力なものとなって」  
これはまだ仮説の域を出ないけれど、と前置きしてから彼女は言った。  
「再び能力が活性化した時には今まで以上に現実世界の改変が進み、結果涼宮ハルヒ自身が  
 自分の能力に気付くことにもなるかも知れない。それは避けたい」  
「全く同意です。我々もそれは望んでいません」  
 
お茶を啜る長門。湯飲みを置いてから、  
「そして五日前の深夜、涼宮ハルヒから発生する一切の情報の奔流が停止した」  
五日前……日曜か。深夜?何かあったっけ。……そういえばあったような気がするな。  
「私には原因がよくわからない。あなたの意見を聞きたい」  
日曜の次の月曜は、涼宮がやたら苦しそうにしていた日だ。あの二人の様子からして何があったかは容易に想像できる。  
大体若い健康な男女が一夜を共にしてすることと言ったら一つしかないだろう。さすがの涼宮ハルヒもわざわざ夜中に  
彼氏と裏山に登って双眼鏡片手に宇宙人との交信を図ったりはしないだろうし、一晩中二人きりでこの世の  
怪奇現象について語り合いながら百本のロウソクの火を交互に吹き消したりもしないだろう。  
「僕にもよくわかりませんが、あの夜二人はずっと一緒にいたみたいですね。  
 ……つまり、そういうことなんじゃないでしょうか」  
「どういうこと」  
どこまで言わせるつもりだ。しかし彼女はまだこの世に生まれて三年しか経っていない。途方もない量の知識と能力を  
有しているとは言え、そっち方面では三歳児並の知識と経験しかなくてもおかしくはないわけだ。  
「……やっちゃったんじゃないですか」  
「性行為を行なっていたということ?」  
……身も蓋もないな。  
「統合思念体も二人が性行為を行っていたことは観測済み。わからないのは、それがなぜ涼宮ハルヒの精神に  
 大きな変化を与えているのか、ということ」  
観測済みなのかよ。なら最初からそう言ってくれ。会話が噛み合わず閉口する僕をよそに、長門は喋り続ける。  
「種の存続に生殖が不可欠な地球上の生命体とは違い、情報統合思念体には生殖の必要がないため  
 それに関する概念もない。だから私にも理解できない」  
僕は黙って聞いていた。はぁ、そうですか。としか言いようがない。  
「私の役目は情報統合思念体に涼宮ハルヒの動向を報告すること。でも私にはセックスを理解することが  
 できないし、その概念を伝えることもできない。……涼宮ハルヒに関する正確な情報を報告することができない」  
段々彼女の論旨がわからなくなってきた。僕にどうしろと言うのだ。  
「私はセックスというものを理解したい」  
 
間。  
 
「抱いて」  
 
……………。  
 
聞き違いだろうか。「アイテッ」とか。  
 
しかしそうではなかったようだ。気が付くと僕は床に押し倒されていた。上にはたった今まで向かいに  
座っていたはずの長門有希が無表情な顔をして乗っかっている。冗談だろう。  
「本気で言ってるんですか」  
こんなエロゲのような嬉し……いや支離滅裂な展開があるわけがない。  
「本気。……いや?」  
「嫌っていうか……まずいでしょう」  
「だいじょうぶ」  
そう言うや否や、彼女は僕のズボンのベルトをカチャカチャと外し始めた。  
「なっ、ちょ、長門さん!」  
まさかいきなり挿入する気か?とにかく彼女はマジでセックスの実技演習を行うつもりらしい。  
「わかりました、わかりましたよ!だからそう急がないでください。特に初めてなんだったら、色々と前…準備が必要です」  
「準備?」  
「……」  
僕は心の中で溜め息をついた。「力を貸してほしい」とはこういうことだったのか?最初からこうするつもりで僕を家に  
誘ったのか。くそ、前もって言っておいてくれればこっちも『機関』発注のコスプレ衣装とか大人の玩具とかを用意したのに……  
いや、これは冗談だ。あしからず。でも事前に知っていたらコンドームくらいは持って来ただろう。  
「ここではアレですから……寝室に行きませんか、とりあえず」  
「……こっち」  
彼女はやっと僕の上から退いて立ち上がった。  
 
それにしても、さっきのセリフはこの前読んでた恋愛小説で覚えたんですか、長門さん?  
 
僕は彼女をお姫様抱っこするわけでもなく、とことこ歩く彼女の後に付いて寝室へ向かった。  
「ひとつ聞きたいんですが、これは情報統合思念体の意志なんですか」  
彼女は前を向いたまま答えた。  
「…少しは。でも、決めたのは私」  
「そうですか」  
命令でもないのに、涼宮ハルヒの体験していることを理解するため自分もセックスをするわけか。殊勝なことだ。  
彼女は今や涼宮ハルヒの所有物である男のことを好きだと思っていたが、好きでもない男と寝るというのは嫌では  
ないのだろうか。どちらにしろ彼女の決意は固いようだったので、僕はその要求に応じることを決めた。  
拒否する理由もない。「据え膳食わぬは男の恥」みたいな気持ちがあったことも否定できない。  
 
「ここ」  
長門は寝室のドアを開ける。  
やはり殺風景な部屋にはベッドと本棚だけが置かれ、リビング同様カーテンは掛かっていない。  
長門は電気をつけようとして、やめた。沈みかけた太陽だけがほのかに部屋を照らしている。僕はとりあえず  
ブレザーを脱いでネクタイを外した。僕も彼女ほどではないにしろ経験が多い方ではない。フローリングの床に  
脱いだ物を置き、慎重に相手との間合いを計った。  
薄暗い寝室で二人きり。目の前の少女は白い顔を少し強張らせ、僕を見つめる。相手の緊張が伝わって、  
段々こっちもそういう気分になってくる。場所を変えたのは正解だったな。  
「いいんですね?」  
彼女は頷いた。  
 
僕は彼女の小さな身体を抱き締め、なるべくソフトにベッドに押し倒した。その白い首筋に唇を這わせる。  
そしておもむろに制服の中に手を侵入させ―――  
「待って」  
僕は手を止めた。やっぱり怖いんだろうか。  
「まだ接吻をしていない」  
「……、…キスしたいんですか?」  
「こういう時はまずそうするのが流儀だと聞いている。それに従うべき」  
いきなり脱がそうとしておいてよく言う…が、まあいい。  
僕は彼女の顔を上に向けさせて、可愛らしい唇に自分のそれを重ねた。柔らかい。  
「んっ…」  
息がしづらいのか、彼女の口からは時折声が漏れる。  
 
少ししてふと僕が目を開くと、パッチリ開かれた長門の瞳にぶつかった。どうやら彼女の読んだ小説には  
キスの時は目を閉じるものだという流儀の説明はなかったらしい。恥ずかしいなまったく。  
「こういう時は目を閉じるのが流儀なんですよ」  
それに従うべき、でしょう?と説明してやると、  
「わかった」  
こくんと頷いて目を閉じた。気を取り直してもう一度。  
軽く唇に触れてから、歯列を割って彼女の口内へ舌を入れる。彼女はどうしたらいいか分からないらしく、終始固まっていた。  
それをいいことに舌を絡ませ、頭を両手で固定して更に深く口内を侵す。舌を動かすたびに小さく湿った音がした。  
キスを続けながら僕は長門の華奢な身体をまさぐった。手が胸に触れると、彼女の身体がぴくりと震えて俄かに  
固くなるのがわかった。今度こそ制服の中に手を侵入させる。汗ばんだ背中は滑らかで、触れていると気持ちいい。  
ようやく唇を離し、僕は彼女の制服をたくし上げた。両腕を上げてそれを助ける彼女。シンプルな水色の下着と、  
日光を浴びたことがないみたいに白い肌が目の前に晒される。ホックを外して邪魔な下着を取り払うと、小ぶりだが  
形のいい乳房が露になった。餅のようにきめの細かい肌で、乳輪は小さく、先端は桃色に色付いている。綺麗だ。  
胸はあるに越したことはないが、貧乳もまぁ嫌いじゃない。  
彼女の裸体に思わず目を奪われていると、  
「……早く」  
うつむいたまま長門が言った。淡々とした声だが、恥ずかしがっているのかも知れない。含み笑いをしながら尚も  
まじまじと眺めていると、長門はいきなり僕に抱きついてきた。見られるのが嫌だったのだろうがそんなことをされると  
柔らかい膨らみがシャツ越しに僕の胸板に当たってたまらない。  
そういえばシャツを脱ぐのを忘れていた。抱きつく彼女を少し離してからシャツを脱ぎ捨て、もう一度抱き寄せる。  
彼女の体は思いのほか熱く、直に触れる体温が心地よかった。うなじから鎖骨に舌を這わせ、脇腹を撫で上げて  
乳房を包み込む。その膨らみは僕の手の中にすっぽりと収まった。乳首を指で弾いたり抓んだりしているうちに、  
感じているのかいないのか、それは固く尖っていく。僕は愛撫を加えながら彼女の表情を見つめた。全くの無表情、  
というわけではなく少し戸惑っているような顔だ。彼女の意外と普通の女の子らしい反応に僕は少し驚いた。  
柔らかい乳房を揉みしだきながら、桜色の先端を口に含み、舌で転がす。丹念に胸を愛撫してやると、長門は  
体を弓なりに反らした。いつのまにか薄暗闇の入り込んだ部屋の中で、白い彼女の裸体が浮かび上がって見える。  
本当に、それこそ雪のように白い。シミひとつない肌に顔をうずめると、その肌は柔らかな弾力で押し返してくる。  
 
僕は手を胸から下に持っていき、彼女のスカートのホックを外した。それをずり下ろし、やはり水色の下着の端から  
中に指を滑り込ませる。そこは熱く、少し湿り気を帯びていたが、まだ十分に濡れているとは言いがたい。  
下着も脱がせて、彼女は一糸纏わぬ姿になった。手足も腰も細く、手荒に扱ったら折れてしまいそうだ。  
僕は体重の軽い彼女を自分の上に乗せる。後ろからすらりとした脚をゆっくりと撫で上げ、秘所に指を挿し入れる。  
そこはやはりキツく、指もあまり奥までは入らなかった。このまま挿入するのは無理があるだろう。指で中を掻き混ぜ、  
蜜を陰核に塗りつける。長門は声こそ出さないが、目をぎゅっと瞑っている。固くなった男根が彼女の臀部に当たっている。  
中から出てくる蜜が秘所を濡らすにつれて、最初はゆっくりだった指の動きは徐々に早まった。ヌルヌルと滑るように、  
指を何度も出し入れする。淫靡な水音と二人の吐息だけが暗い室内に響いた。  
 
長門は急に僕の手を掴んで、  
「もう、挿入していい」  
少し息が上がっている。  
「ちゃんと濡らさないと痛いですよ」  
「かまわない」  
「僕は構います。……それに、あの二人だってこういうことしてるんですよ」  
「どうしてそんなことが…っん…」  
僕は彼女の唇を塞いだ。  
 
『あの二人だってこういうことしてるんですよ』か。今更自分の言ったことの意味を生々しく理解する。  
涼宮はどんな風に啼くんだろうか。彼の腕の中で。この四日間何度となく考えたことがまた僕の頭をよぎった。  
そんな考えを振り払うように、強引に長門の体を自分の方に向かせ、両脚を開かせようと股の間に手を入れる。  
「いや……」  
それは初めての長門の抵抗だった。だが聞くつもりはない。無理矢理彼女の白い脚を開かせ、濡れた秘裂に唇をつける。  
彼女のそこは綺麗なピンク色で、陰毛が驚くほど薄かった。淡い乳酪臭が鼻腔を刺激する。  
舌が敏感なところに触れる度に長門の小さな身体はびくんと震え、僕を一層嗜虐的な気持ちにさせた。  
刺激に負けて何度も閉じようとする脚を両手で押さえつけ、舌で熱い彼女の秘肉を蹂躙し、溢れ出る蜜をえぐり出す。  
「ゃ…っあ……」  
聞いたことのない高い声が、長門の口から漏れ出す。ゾクゾクした。更に責め立てると、彼女の腰は痙攣するように震えた。  
 
口を離し、僕は下着ごとズボンを下ろした。そろそろ限界だ。だがここで避妊具を持っていないことを思い出した。  
「いいんですか」  
「え…?」  
「避妊しなくて」  
いい、と長門は頷いた。僕は彼女の白い大腿を抱える。  
「もう少し、脚を開いて」  
長門は言われたとおりにした。両脚の間に体を割り込ませ、愛液で濡れそぼった秘裂にいきり立ったものを宛がい、  
ゆっくりと中へ入っていく。体が小さい分、穴も人より小さいのだろう。本当にキツい。  
「く……っ」  
レーザー光線や単分子カッターを食らっても平然としていた長門が、辛そうに顔を歪めている。  
「痛いですか?」  
彼女は首を横に振る。  
「いい、から……」  
来て。彼女の目はそう訴えているようだった。僕はそれに応じた。  
 
「生殖の概念がない」などと言っておいて、長門の体は絡み付く襞も、締め付けてくる熱い肉壁も、何一つ人間の女と  
違うところはない。はっきり言って、彼女の中はやばいくらい気持ちよかった。あれか、やはり男を籠絡する必要が  
生じた時のために統合思念体が搭載したオプションなのか。きっと平均的な人間の男が最も快感を得やすい形状に  
設計されているに違いない。  
……こんなことはどうでもいいのだが、何か理屈っぽいことを考えていないと我を忘れてしまいそうになる。  
 
腰を動かし、軋むような長門の膣を摺り上げる。出来るだけゆっくりしようと思ったのだが、自制が利かない。彼女は  
僕の首に腕を回してしがみついてくる。処女膜を破り、肉壁を押し分け、蜜の溢れ出す最奥へと激しく突き上げる。  
 
たん、という感触とともに、奥まで入ったことを知る。僕は彼女の中で怒張を思い切り吐き出した。熱い液体が彼女の中に  
注ぎ込まれる。力が抜けてしなだれかかってくる長門を抱きとめると、彼女を下にして二人でベッドに倒れ込んだ。  
 
ぼーっとした頭で、僕と彼女の心臓が激しく脈打っているのを感じる。まるで互いに共鳴しているように。  
繋がっていることを強く意識した。  
 
彼女の内股には僅かに破瓜の血が垂れている。少し気の毒な気持ちになった。処女にとっては痛いだけらしいからな。  
血が出てますね、と僕がそのまんまなことを言うと、  
「へいき。…後で処女膜を再構成する」  
表情を見る限り今はあまり痛くはなさそうだ。  
「いや……これはそういうものなんですよ。再構成したらまた痛い思いをします。たぶん」  
男には喜ばれるかも知れないが……と思ったが言わないでおく。  
「そう。じゃあ、しない」  
 
長門は上気した顔で、目はとろんとしている。もちろんこんな顔を見るのは初めてだ。何だか可愛く思えて、また彼女にキスをした。  
唇を合わせていると、一度治まったモノもまた俄かに疼き始める。僕が再び彼女の体をまさぐり出すと、長門は「また?」と  
訝しげな顔をした。だが止められないのだから仕方がない。  
 
 
僕が彼女の体を解放したのは二度の射精を終えてからだった。セックスの際には体位を変えて複数回行為に及ぶのが  
流儀である、という固定観念が彼女の中に植え付けられたことだろうが僕の知ったことではない。  
 
だが世にも珍妙な成り行きでこんなことになった僕達にも、事後の余韻はあった。  
「少しはセックスがどんなものか解りましたか?」  
彼女の短く柔らかい髪に指を絡ませながら、僕は尋ねた。  
「よくわからない。……でも、何も感じなかったわけじゃない」  
「そうですか」  
どこか気だるそうな彼女に体を預けられているのは悪い気がしなかった。いや実際僕は久々の上機嫌だった。  
「また、ここに来てもいいですか」  
あまつさえ勢いでこんなことを口走ってしまったほどだ。  
「…いい」  
彼女は小さく頷いた。  
 
それから僕たちは度々二人で会うようになった。場所は大体彼女の家だったがたまに僕の提案でラブホに行ったりもした。  
と言っても僕はセックスさえ出来れば女のことなんざ知るか、などと考えるケダモノではない。むしろこういう関係になってから、  
僕は割りと彼女のために何かするのを楽しむようになった。毎日冷凍食品か缶詰という宇宙食さながらの食事をしている彼女を  
見かねて料理を作ってあげたり、一緒に部屋のカーテンを選びに行ったり、好きかなと思って休日にゲーセンに連れて行ったりもした。  
まぁ一人で家にいてもヒマだし。  
 
「こうやって銃を上に向けたらリロードですよ。え、撃ち方がわからない?ああ、初めてですもんね。ここの引き金を引くだけで  
 いいんです。はは、僕を撃ってどうするんですか。画面のクリーチャーどもを撃って下さい。いえ、それは人間です。  
 そっちはただのウサギの着ぐるみです。……うわ、大量の虫が。これは……いよいよボスのようですね。  
 出ました!僕は虫をやっつけますから長門さんはあの三角のボスを殺って下さい!」  
とか言ってるうちは楽しかったが、じきに操作をマスターした彼女はあらゆるゲームで僕を遥かに凌駕した。  
格ゲーでも文字通りフルボッコである。……でも楽しかった。考えてみれば僕も中学時代からこんなにゆっくり遊べなかったからな。  
 
長門には涼宮ハルヒとはまた違う魅力があった。もちろん朝比奈みくるとも違う。この世の色んなことを手取り足取り  
教えたくなるような、でもやっぱり何も知らない、今の純粋無垢のままでいてほしいような、そんな気持ちになる。  
そもそも僕は以前から彼女に妙な親近感を抱いていた。彼女が涼宮ハルヒのために存在しているという点に  
関して。僕も涼宮のおかげで160度くらい人生が変わったが、長門は彼女のためだけに生み出された存在といっても  
過言ではないのだ。そして黙して語らず、淡々と、舞台裏で起きている厄介事を処理する。  
 
彼女の存在が僕の中で少しずつ大きくなっていくのが、自分でもわかった。だがそれと同時に、僕の猜疑心も増していった。  
自分のことは棚に上げ、僕は彼女が本当は彼のことを想っているのではないかという疑念に取り憑かれて嫉妬に駆られた。  
だが彼女に真偽を問い質すことは出来なかった。彼女の本心を知るのが怖かったのもあるが、それ以上に自分の非を  
責められるのを僕は恐れた。というのは、僕は僕で、涼宮と彼が仲睦まじくしているのを見るにつけ、なぜか胸が  
締め付けられるような思いがするのにいつまでも気付かずにはいられなかったのだ。嫉妬なのか何なのか自分でも  
よくわからない。挙句、ムシャクシャして戸惑う長門を強引に手篭めにしたこともある。そんな時、彼女は無言で僕の顔に  
両手を当て、じっと僕の目を覗き込んだ。何もかも見透かされそうな澄んだ目で。その目には憐憫の色が  
浮かんでいるようにも見えた。僕はただ視線を逸らし、彼女の柔らかい肌に逃げることしか出来なかった。  
それでも彼女は何も言わなかった。無言のうちに、ただ僕を受け入れた。  
 
つまるところ、僕は彼女に甘えていたのだ。彼女の寛容は無関心から来るものだと勝手に決め込んで。  
気がつくと僕は彼女の前では口先だけで笑わなくなっていた。  
 
 
僕たちは非常に微妙な関係にあった。端から見れば普通の恋人と何ら変わりなく、実際やってることもほとんど  
普通の恋人に近いものだったと言える。だが決して愛の言葉を口にしたり、将来について語ったりはしなかった。  
なぜ彼女が未だに僕との関係を続けているのかはわからない。まだまだ理解が足りないと探求心を燃やしているのか、  
本当に欲しいものが手に入らないから手近な代用品で我慢しているのか、僕への同情からか、はたまた統合思念体の思惑か。  
 
いずれにせよ、所詮愛情による結合ではない、という前提が崩れ去ることはありえないように思われた。  
 
あの日までは。  
 
彼らが付き合い出してから数ヶ月経った、ある日のことだ。その日は金曜日だった。僕は珍しく登校中に例のハイキングコースなる  
坂道で彼と遭遇した。「おはようございます、珍しいですね」という僕の常套句を一切無視して彼は言った。妙にニヤニヤして。  
「見たぞ、古泉」  
「はい?何のことでしょうか」  
「……お前、昨日の夜九時頃どこにいた?」  
昨日は長門が図書館に行きたいというのでそれに付き合って、その後外食して、夜の九時には彼女の家にいたはずだ。  
「自宅でテレビを見てましたが」  
「それはおかしいな。昨日お前が長門と一緒にあいつのマンションに入ってくところを見た人がいるんだが、  
 それはお前のソックリさんだったんだろうか」  
「……他人のそらn「素直に吐けって」  
「……世界には三にn「どうせいずれは知れることだぞ?」  
「……ええ、僕は彼女の家に行きました」  
彼は勝ち誇ったような顔をしている。そして単刀直入に、  
「付き合ってんのか?」  
「……」  
「顔が赤いぞ古泉」  
そう言われると本当に顔が熱くなってきた。くそ、はめられた。孔明の罠だ。僕は笑うしかなかった。  
それを彼は肯定と取ったようだ。口の端を一層高く持ち上げて、  
「ちなみに目撃者は俺とハルヒと朝比奈さんだ」  
…………。  
 
 
その後の展開はくだくだと述べる必要もないだろう。はっきりと肯定もしてないのに彼らは、  
「遂に古泉が認めやがったぞ」  
「やっぱりね!あたしの言った通りだったでしょ?前から怪しいと思ってたのよ」  
「えーっ、やっぱりそうだったんですかぁ?でもいつのまに……」  
 
最後はみんなで拍手。  
「おめでと〜〜〜」  
デジャブを感じる……というかこの前の再現もいいところだ。立場は真逆だが。長門はみんなに囲まれながら  
無表情でつっ立っていた。「チューしてチュー!」とかアホな掛け声が飛んで来る。長門はちらりと僕を見た。  
いやここではしませんよさすがに、団長命令でも。というか厳密には付き合っていないのにこんなことになってしまったが、  
彼女はどう思っているのだろうか。僕はこの際本当に付き合うのもありかな、と思っていた。彼女の気持ち次第だが、  
どうせいつかはこの関係も、何らかの形で結末を迎えなければならないのだ。そろそろ頃合いだろう。  
 
当の彼女はやはり無表情なまま、ノーコメントでいつもの席に着いて読書を始めた。  
「有希ってば、照れてるのね」  
楽しそうに笑う団長殿。不意にこっちを向いて、  
「大切にするのよ!」  
色んな意味で複雑だったが、僕は微笑して頷いた。  
「はい」  
 
女子二人は長門を囲んで何やら喋りまくっている。  
「お前にもついに春が来たんだな」  
一人で窓の外を眺めていると彼が珍しく側にやって来た。  
「春……なんですかね」  
「俺も嬉しいよ、なんか」  
「…柄にもないこと言わないで下さいよ。気持ち悪いですねぇ」  
普段散々言われているので仕返ししてやる。  
「……俺さ。前に一度、お前はハルヒのことが好きなんじゃないかって思ったことがあったんだ」  
虚を突かれた僕は口を半開きにしたまま固まった。我ながらなかなかの間抜け面だったろう。彼の声に非難めいた色は  
感じられない。むしろ冗談として笑い飛ばしている。僕は微苦笑し、あっけらかんと言った。  
「好きですよ?嫌いなわけないじゃないですか。朝比奈さんも長門さんも、みんな彼女のことは大好きですよ」  
「いや、そういう意味じゃなくてだな……まあいいや。とにかくよかったな」  
「ちなみにあなたのことも好きですよ……僕は。ふふっ」  
「調子に乗んな、笑うな。気持ち悪い。おいこら古泉、離れろ。くっつくな!」  
 
しかしSOS団の中で一人余る形になってしまった朝比奈みくるには申し訳ないな……と思っていたら  
彼女は既にぐずっていた。  
「みんな……いいですね……なんか……私だけ……ううっ」  
「元気出しなさい!みくるちゃんはSOS団のマスコットガール兼北高のアイドルなのよ?  
 アイドルってのはね、誰か特定の男のモノになっちゃいけないの!」  
「ええ〜〜っ……」  
「フォローになってねぇぞそれ。大体お前の言ってるのはいつの時代のアイドルだ」  
「う……じゃあ、あたしのお眼鏡に適うような男だったら特別に彼氏に認めてあげるわ。  
 彼氏候補が現れたらすぐにあたしに報告するのよ。いい?みくるちゃん!」  
「は、はい……グスッ」  
 
 
ようやく長門と口を利いたのは、部活が終わってみんなと別れ、二人きりになってからだった。  
金曜日はそのまま彼女の家に行くのが習慣になっていたので、僕たちは肩を並べて下校した。  
何となく気まずい沈黙が流れる。僕がどう話を切り出そうか考えていると、長門の方が先に口を開いた。  
「彼に言わなくてよかったのに」  
「…僕たちのことをですか?」  
「そう。これでは人数的に朝比奈みくるが孤立状態になってしまう。だから知らせたくなかった」  
確かにそれは僕も考えていたことだ。だがここで意地の悪い僕の中の悪魔はこう悪態をついた。  
―――とか何とか言って、本当はあいつに知られるのが嫌だっただけなんじゃないの?  
 
「……じゃあこう言ったらどうですか。僕とあなたは付き合ってるわけでも何でもない、ただのちょっとしたゲーム仲間なんだと」  
彼女は怒ったようにぷいと顔を背けた。僕も内心穏やかではなく、これを機会に付き合わないか、  
などとおめでたい提案をする気はすっかり失せてしまった。  
 
「やめ…っ、あ………」  
 
その日、長門の家に着くなり僕は彼女を組み敷き、衝動のままに掻き抱いた。  
彼女は抵抗したが、僕の手が乳房に伸びる頃には、もうその口からは艶っぽい声が漏れ出していた。  
 
後ろから激しく突き上げる。律動が生み出す機械的な快楽が、脳髄を突き抜ける。  
 
「…あっ…あぁ…っ!ぅく……っ」  
 
彼女は感じているように見える、僕らは受け入れ合っているように思える。刹那的には。  
だがどんなに近くで触れ合っても相手の心まではわからない。この距離は遠すぎる。  
 
 
ぐったりした長門を腕に抱きながら僕は思い出していた。  
みんなの祝福。涼宮の朗らかな笑顔、言葉。長門の不満そうな表情……そんなようなことを。  
ふと視線を感じて長門を見ると、彼女は思い詰めたような目で僕を見ていた。何かと聞くと彼女は予想外の言葉を吐いた。  
 
「あなたは涼宮ハルヒのことを考えている」  
ゆっくりとした平坦な声だった。そこには意を決したような重い響きがあった。  
「……彼女に好意を抱いているから」  
「いきなり何を言い出すんです」  
僕は曖昧に笑うしかなかった。  
「嫉妬ですか?」  
「誤魔化さないで。あなたが乱暴なことをするのは、彼女に対する鬱屈した感情が爆発したときだけ」  
何もかもお見通しとでも言いたげな彼女の声を聞いているうち、無性に腹が立ってきた。  
中途半端に当たっていることと中途半端に当たっていないこと、両方がたまらなく癪に障るのだ。  
僕は起き上がって彼女の体を離した。  
「そう言うあなたが僕にこういうことを許すのも、彼が涼宮さんとよろしくやってるのを目にした時のように思えますがね。  
 …あなたこそ、本当は彼のことが好きなんじゃないんですか?」  
長門は当惑の表情を浮かべたが、静かな口調で、  
「……以前はそうだったかも知れない」  
ほらね、と僕は呟いた。自分から振っておいて何だが、やはり彼女の口から聞きたくはなかった。怒りよりも虚脱感に襲われる。  
「何で僕を誘ったんです」  
統合思念体がそう望んだからですか?  
「確かに統合思念体の意志はあった。……でもそれ以上に、私は理解したかった」  
「…セックスを?」  
彼女は神妙な面持ちで首を横に振る。  
「人間のこと」  
僕は彼女がつまらないと言いつつ読んでいた恋愛小説のことを思い出した。  
「そのためにあなたを利用する形になってしまった。でももうあなたには、自分の感情に正直になってほしい」  
何勝手に話を進めているんだよ。  
「何もわかってないくせに」  
僕の激昂した口調にも彼女は怯まず、  
「わかる。私は私なりにあなたを見てきた。あなたは私に色々なことを教えてくれた。  
 ……あなたは私の中で、いつのまにか、……」  
 
彼女の瞳が潤んで見えたのは、僕の錯覚だろうか。わからない。  
 
その時、沈黙が訪れるのを待っていたかのようなタイミングで、僕の携帯が鳴った。一体誰だこんな時に。  
……僕に掛かってくる電話の相手など大体決まっているが。  
 
ちょっと躊躇してから携帯に出ると、案の定だった。閉鎖空間出現の通知と召集命令である。  
電話を切って、僕は長門の顔を見る。  
「……行って」  
彼女はそれだけ言うと床に散乱していた服を拾い始めた。投げつけるように渡された制服を受け取り、  
僕は無言でそれを着た。重苦しい空気が部屋に充満していた。  
 
 
「……じゃあ」  
返事はない。僕は彼女の部屋を後にした。腕時計を見ると夜の七時十八分。  
閉鎖空間の出現場所はここから歩いて三十分ほどの公園の近くらしい。知っている場所だったし車を使うほどの  
距離でもないので僕はそこまで徒歩で向かった。神人狩りに行くのも久しぶりだ。三ヶ月は発生していなかったからな。  
一体またあの二人に何があったのだろう、と沈んだ気持ちで考える。昼間は仲良さそうにしていたが。  
 
 
久々の閉鎖空間は壮大なスケールのものだった。これまでにないほどの規模と言って差し支えない。  
おまけに今回の閉鎖空間の主は一体ではなかった。二体も神人がいる。そしてその二体がバトルを展開しながら周囲の  
建造物を破壊しまくっているのである。彼女の能力が再び活性化した時にはその能力は更に強大なものとなっているだろう、  
という長門の言葉はどうやら間違いではなかったようだ。このまま勝手に戦わせておいて生き残った方を最後にちゃちゃっと  
やっつける、というのはどうだろう。と思ったが、いかんせん神人×2の動きがダイナミック過ぎるため放っておくと  
どんどん空間内の破壊が進んでしまう。破壊力も二倍、空間の拡大する範囲も二倍だ。  
というわけで放っておくわけにもいかず、結局我々超能力者も神人同士の闘いに横槍を入れることとなった。  
だが二体の神人は互いを倒すことしか頭にないらしく、こっちには反撃して来ない。これまでの攻防で既に疲弊していることも  
手伝って、二体の神人の討伐は意外と容易かった。  
 
二体はほぼ同時に消滅し、この大規模な閉鎖空間にも崩壊が訪れる。灰色の空に亀裂が走り、そこから赤い閃光が降り注ぐ。  
世界が赤く染まっていく。地球最後の日。もう飽きるくらい見た光景だ。しかし何度見ても壮観だな、と思う。  
見ていると何か言葉では説明できない、特殊な霊感のようなものを感じるのだ。  
 
そしてこの時もそうだった。  
かつてこの情景を見ながら、涼宮ハルヒが僕に力を与えたこと、この世界は絶対的なものなど何ひとつない  
脆いものなのだということを当たり前のように理解したのと同様に、僕は涼宮が好きだったのだということを、  
その時初めてすんなりと受け入れることが出来た。不思議なくらい自然に。  
いつも自由奔放で勝手気ままに他人を振り回し、そのくせ妙に繊細なところのある彼女にいつしか惹かれていた。  
羨望も多分にあったと思う。だがそんな感情を認めたくなかった。だって認めたところでどうなる?僕は彼女が好きで、  
でも彼女は彼のことが好きで、つまりは僕ばっかりが好きだったなんてことを。その上僕は彼のことも決して嫌いにはなれなかった。  
 
だが近頃では思うのだ。あの二人を見ていると、皮肉ではなく素直に、まぁこれもありかな、と。  
この心境の変化は何だろう。  
 
長門の顔が頭をよぎる。  
 
『あなたは私の中で、いつのまにか、……』  
 
彼女はいつも僕の傍にいてくれた。中途半端な僕の気持ちに気付いていながら、何も言わずに。  
いつの間にか彼女は僕の心の中に入って来て、当たり前のようにそこに居座り、もうどうやっても追い出すことなど出来ない。  
 
 
閉鎖空間は完全に消滅し、僕は元の世界に戻った。  
ほとんど人通りのない道路を、街灯が無機質な光で照らしている。  
虫のたかっているその明かりを見つめながら、僕はしばしその場に立ち尽くした。  
 
 
僕は彼女に酷いことを言ってしまったな。  
謝らなければいけない。  
……そして。  
 
 
次の瞬間には僕は走り出していた。彼女のもとへ。全力疾走なんて数年振りだ。  
そんな早く着きたいなら新川タクシーにでも乗せてもらえよw などと突っ込むのは若気の至りということで勘弁して貰いたい。  
色々とシュールな肩書きを持つ僕も所詮はただの男子高校生に過ぎないのだ。バカをやりたい時もある。  
夜の街中を阿呆のように猛ダッシュで駆け抜ける僕はさぞかし異様に見えただろう。全身汗だく。髪ボサボサ。  
だがもはやどうでもいい。余裕ぶるのもカッコつけるのも斜に構えて見せるのも、もう飽き飽きしたのだ。  
 
やっと彼女のマンションの708号室前に到着。僕が手を伸ばすのと長門がドアを開けるのは同時だった。  
長門はドアの間から少し驚いた表情で僕を見た。僕は慌てて乱れた髪を撫でつける。色々と言いたいことはあったのに、  
いざ彼女の顔を目の前にすると何を言えばいいのかわからなくなる。  
 
「……入って」  
その言葉に従って中に入ると、彼女は二人ぶんのご飯を作ってくれていた。  
今まで料理なんかしたことなかったのに……あああああという感じで益々何も言えなくなる。でも駄目だ。  
このハイテンションの力を借りなければ、僕はまたどっちつかずのまま彼女の優しさに甘えてしまうだろう。  
僕はコタツ机に向かおうとする彼女の手を掴んだ。  
「その前にいいいいたいことがあるんです。…だ、大事なことが……」  
どんな長台詞も立て板に水のごとく喋る僕が、こんな時に限ってどもってしまった。深呼吸して息を整える。  
長門は少し目を丸くして、まっすぐに僕を見ている。僕はつい目を逸らした。  
「……さっきはその、……、……ごめんなさい」  
「……気にしなくていい。私も余計なことを言った」  
僕は彼女の手を掴んだままだということに気付いて、ぱっと放した。だがまだ言わなければならないことは残ってる。  
「いや、余計なことじゃないです。いずれは話さなければいけないことでした。こうなるのは当然だったんですよ」  
自分に苛々する。  
「だから、その……さっきあなたが言ったことについてですが。あなたが僕を……いや、それはこの際どうでも……  
 よくないな、えっと、……とにかく、僕はあなたが好きです」  
 
 
「本当は多分、いやきっともっと前から好きだったんです。でも僕は大バカだからそのことに気付かなかったんです」  
長門はフリーズした機械のように固まっている。目の前で手を振ってみると、見えてるとばかりに払いのけられた。  
「……私は今混乱している」  
長門は両手で僕の右手を握ったまま黙り込んだ。彼女の頭の中ではどんな考えが回り回っているのだろう。  
しばしの沈黙の後、  
「だってあなたは、涼宮ハルヒを……」  
そうじゃない。何でもっと早く気付かなかったんだろう。  
「……僕たちはすれ違いばかりしてたみたいですね。確かに、僕は彼女が好きでした。僕はアホなのでそれにもなかなか  
 気付かなかったんですが。……でも今は違う。それは確かに、オセロの黒がひっくり返って白になるような  
 単純なものではないけど。でもこれだけは言えます、…僕はあなたが好きです。他の誰より」  
彼女はやっぱり、まっすぐに僕を見ている。綺麗な瞳に涙の膜を張って。  
 
「僕の恋人になってくれませんか」  
彼女の瞳と唇が微かに震えているのを僕は見た。今度は錯覚なんかじゃない。  
「……なる。私でよければ。あなたは私の恋人になってくれる?」  
僕は彼女の手を引き、  
「僕でよければ」  
強く彼女を抱き締めた。  
 
彼女の手料理は書き表すのも憚られるような素敵な味がした。味付け無しのご飯(米は上手に炊けていた)を卵で包み、  
仕上げにケチャップではなく苺ジャムをたっぷりかけたオムライス状の料理であった。ケチャップをコンビニに買いに行こうと  
思ったが僕と行き違いになるのが怖くて買いに行けなかったそうだ。どうも胡散臭いが可愛いからまあいい。  
ちなみに彼女の方の料理はよく見ると缶詰の中身だった。時間がなかったらしい。以下食事をしながらの会話。  
 
「今回は閉鎖空間に神人が二体もいたんです。なんか二人が勝手に戦ってくれてたんで、僕らの仕事はあんまり  
 なかったんですけど。一体あの二人に何があったんでしょうね」  
「涼宮ハルヒと彼が6時40分頃、お好み焼きに掛けるのはソースか醤油かで言い争いを始めたのが観測された。  
 それをきっかけに日頃溜めていたお互いへの不満が爆発。そして閉鎖空間の発生に至った」  
「……そうですか。まぁどうせ原因はそんなとこだろうと思ってましたよ。  
 でも神人が二体というのは気になりますね。取り立てて悪い兆候とも思えないんですが」  
僕のオムライスを箸でつつきながら彼女は言った。  
「涼宮ハルヒは超能力者の助けを借りずに、独力で自己の葛藤を処理しようとしているのかもしれない」  
「それは……驚きですね。そうなれば僕としては助かりますけど」  
「でも彼女が完全に自分の中だけで感情を処理できるようになるまでには、まだまだ時間が掛かると思う」  
「……一体どうなるんでしょうね、これから」  
「わからない。まったくの未知数」  
「まあいいです。悪いようにはならないでしょうし」  
「どうしてそう言える?」  
「どうしてかな。何となくそんな気がするんですよ」  
「あなたは私の手料理に感動しているからといって浮かれすぎ」  
「はは……そうかも知れませんね」  
 
 
それから僕たちはこの上なく平和な眠りについた。セックスは……一回だけした。どうせ明日は休みである。  
 
 
隣で眠っている彼女の無防備な寝顔を見ながら僕は思うのだ。  
今こうしている僕たちも、いずれ永遠に別れる時が来るだろう。  
僕が死ぬ時か、彼女が宇宙の彼方に帰る時か、それはわからない。  
 
だが今の僕たちにはそんなの関係ないことだ。  
 
ただ、うんざりするほど彼女と一緒にいたい。  
 
 
〜終わり〜  
 

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