市内某所会議室。  
カーテンを閉め切った薄暗い部屋の中、数人の男女が席についている。  
どの顔もかなり緊張した面持ちで、この会議の重要性をうかがい知る事ができる。  
「TFEI長門有希の容態は依然回復しないのですか?」  
「回復の兆しはありません」  
「他のTFEIの動向は?」  
「TFEI喜緑江美里の消息も依然として不明。仮称・天蓋領域のTFEIについても不明のままです」  
「憂うべき事態と言うわけですかな」  
「あちらさんの組織の動向は把握できているのか?」  
 
「みなさん。ここ事に至って、事態は急を告げています。いまや話し合いの時期は過ぎた、今こそ決断の時期と言えるのではないでしょうか?」  
ざわめく会議参加者たち。  
「僕は提案します。全面攻勢をかける時期かと」  
 
 
枯れ逝く笹の葉 前編  
 
 
某有名私立進学校に進んだ僕は、市外にあるという立地条件の為に電車通学を余儀なくされている。  
まあ、北高に進んだ君のように毎朝ハイキングコースを満喫する羽目になるよりかは幾分マシなのかもしれないがね。キョン。  
いつも通りの電車に乗り、いつも通りの駅で降り、いつも通りの学校へ向かう、いつもとかわらない登校風景、そのはずだった。  
 
変化が現れたのは下駄箱で靴を履き替えたころから。  
なぜか廊下のあたりが騒がしい。進学校では珍しい光景に分類される事になるだろうね。表向きはハイソなおぼっちゃんおじょうさまの学校なのだから。  
廊下の掲示板コーナー付近に人だかりが出来ている。ふむ、何か大勢の人間の興味を引くようなものでも掲示してあるのだろうか?  
「やあ君。何があったのかね?なにやら騒がしいようだが」  
たまたま近くにいた男子に聞いてみたのだが、失礼な事にその男子は僕の顔を見た途端ギョッとした表情を残して、そのまま去っていってしまった。  
はて、僕の男子に対する言葉使いに付いて疑問を持たれてしまったのだろうか。  
僕は人込みの中をかき分けて掲示物を確認する事にした。  
「…!」  
絶句した。とは、こういうときに使うべき言葉だろうね。  
そこに貼られていたのは、いわゆる売春的行為あるいは援助交際と呼ばれるべき行為が行われている写真の数々。  
そして忌まわしい事にそこに貼られている写真の主は、僕だった。  
 
授業開始のチャイムが鳴るその少し前になってようやく事態に気が付いた教師どもが、掲示板コーナーのあたりにやってきた。  
追い散らすように生徒たちを教室へ誘導し、貼られていた写真を剥ぎ取り、僕の肩へ手を置いて、  
「生活指導室へきたまえ。理由は理解しているね?」  
と、宣告した。  
 
言うまでも無いことだが、僕の身体は清らかなままだったし、最初の相手は出来ればとある人にしたいと願っていた。  
だから、写真についてはまったく見に覚えの無いことで、捏造としか思えない。  
と、教師どもに私見を述べたのだが。  
「この写真とは別に、警察の方から資料がこの学校に提示されている」  
初老の生活指導担当教師が、メガネのフレームを気にしながらそう言う。  
「この資料によると、数日前に摘発された売春斡旋組織の所持していたリストの中に、ウチの高校の生徒とおぼしき人物が載っていたそうだ、  
ちなみにリストの名前、住所、等のデータは君のものだった」  
 
ありえない。  
誰かに嵌められている。それを僕は確信した。  
 
「本来ならば退学処分に相当するだろうと思う。しかし君は成績も優秀で授業態度も真面目な生徒だったようだ。内申書にもそう記載されている」  
初老の教師は汚れた雑巾でも見るかのように僕を一瞥した後、  
「よって、停学処分にしたいと思う。日数についてはおって指示があると思う」  
進学校でこの処分は致命傷に等しい処分だと言えるのだろう。それにこの教師は言外に別の意味を含ませようとしている。  
つまり、自主退学を僕に迫っているわけだ。  
 
「今日はもう家に帰りたまえ。授業を受ける事が出来る状況では無いだろう」  
そういい残し、教師どもは1人ずつ指導室から去っていった。  
最後に1人だけ、まだ残っている教師がいた。教頭だった。  
「君の対応によっては処分の再検討が行えるかもしれないよ」  
教頭は僕の胸の部分と腰の部分をジロジロとギラついた眼で舐め回しながらそう言った。  
 
こんなに早く学校から帰ることが出来るのは初めてのことだが、もちろん気持ちが晴れようはずが無い。  
何者がこのような事態を引き起こしたのだろうか。  
大体の予想は付く。しかし、これは君の指示ではあるまい。恐らくは君の側についているあの…  
 
などと現状についての思考をめぐらせながら歩いていた僕の前に、いきなり黒塗りのバンが飛び出してきて、タイヤの音を軋ませながら僕の直ぐ前で停車した。  
ドアがスライドして開き、中から少女が身を乗り出して手を差し伸べながら、  
「乗ってください佐々木さん。事態は急を告げているようなのです」  
そう言ったのは橘京子だった。  
 
僕が乗り込むや否やバンは急発進し、制限速度を完全に無視して猛スピードで道路を走行した。  
バンの中には橘さん以外にも数人の男達が乗り込んでいて、誰もが緊張した面持ちをしている。確かに、これは急を告げる事態というべきなのだろう。  
「まず、落ち着いて聞いてください。わたしたちは攻撃を受けています」  
確かに受けているようだね。僕も学校で手ひどいダメージを被ったよ。  
「事態は更に深刻です、わたしたちの組織の基地のほぼ全てが攻撃を受けているの。この攻撃というのは武力を伴った攻撃と言う意味です。  
その多くは音信不通になっていて、連絡がとれません。向こうの機関は早々に警察も消防もマスコミも押さえているみたい。迂闊だったわ、ここまでアイツが積極策に出てくるとは…」  
九曜さんや藤原君はどうしているの?  
「連絡が取れません。藤原君はいつものことだけど、九曜さんは…どうやら向こうのTFEIに攻勢をかけたみたいなの、わたしたちに連絡もくれず勝手にね。  
今回の向こうの機関による攻撃の理由は、その報復処置の可能性が高いみたい」  
僕達は今、どこへ向かっているのかな。  
「わたしたちの基地の1つです。まだ攻撃を受けてない場所があるので、今は戦力をそこへ集中させているところなのです」  
なるほど。僕の家に寄る余裕はなさそうだね。残念だ。  
僕がそう言うと、橘さんは悲しそうな表情で、  
「残念ですが、佐々木さんの家はもうありません」  
…。  
「大規模な火災が起きたのを確認できました。相手は消防組織に手を加えていて、消防車両の到着までにかなり長い時間をかけるように調整していたようです」  
…そんな…。  
「わたしの家族は!?父さんと母さんは無事なの!?」  
思わず橘さんに掴みかからん勢いで尋ねてしまったが、どうかこの事については許して欲しい。この時の僕はそれほどまでに逼迫していたのだから。  
橘さんは顔をうつむかせながら、  
「まだ確認が取れていないのです。わたしたちの組織もかなりダメージを受けていて…」  
そこまで言うと、橘さんは僕の肩に手を置いて毅然とした表情で、  
「ですが、佐々木さんだけは絶対に守って見せます。わたしの命に変えても、あなただけは…」  
橘さん…。  
 
バンが着いた先は山奥のホテルだった。  
いや、外見がホテルであるだけで中身は橘さんの所属する組織の基地とでも言うべき代物といえるのかも知れない。  
ホテルの敷地内には男も女も入り混じって大勢の人がいて、そのほとんどの人が武器を所持していた。  
武器の大半が自衛隊が装備している89式小銃やシグP220で、この武器がどこから流れているのか、おぼろげながら予測が付いた。  
僕が敷地内に入った後も何台かバンが到着し、次々と武器や人員が強化されつつあるようだった。  
今まで日本という国は平和ボケしている人間がウヨウヨいるぐらい平和なのだと認識していたのだが、どうやらその認識を改めなければいけないようだよ。キョン。  
 
僕は今、ホテルの中の司令室ともいうべき場所に橘さんと共に立っている。  
テーブルの上にはこのホテルと周辺の見取り図が広げられていて、到着した戦力の配置場所が書き込まれていた。  
壁には一面にテレビモニタが敷き詰められていて、数々の監視カメラからの映像が映し出されている。  
ざっと見たところ、100人以上の兵士が自衛隊の最新鋭の武器を持ち、この基地に詰めている事になる。  
この部屋の中にも司令とおぼしき人や、通信のオペレータ、そして89式小銃を持った護衛の兵士などが大勢つめていた。  
だが、周りの喧騒の様子をみていると、これでも安心できる事態ではないらしい。  
次々と鳴る電話。飛び交う怒号。  
 
と、突然。部屋の電気のいくつかが消え、テレビモニタの半数が映らなくなった。  
一瞬の恐慌状態に陥った後、  
「自家発電に切り替えて!急いで!」  
誰かの叫び声でみなが我に帰り、次々とテレビモニタが復活していく。  
そのうちの4台ほどが、電源復旧後もそのまま映らなくなっていた。ホテルの西側外を映しているはずの監視カメラのものだった。  
護衛の兵士たちが、室内戦闘用にカスタマイズされた89式小銃のフォアグリップを握り締めるのが見えた。  
 
橘さんが大急ぎで僕のところに来て、覚悟を決めた瞳で僕の事をみつめている。  
腰につるされたホルスターにS&WM36のリボルバーが収まっているのが見えた。  
「どうやら敵の攻勢が開始されるようなのです。ですが、落ち着いてください。現在の兵力なら十分持ちこたえられるはずの…」  
そこまで彼女が言った時、もの凄い爆発音が轟き、僕と橘さんは床に叩きつけられた。  
まるで近距離に落雷でもしたのかというぐらいの轟音が、数秒おきの間隔を置いて鳴り響き、ホテルの壁がミシミシと揺れた。  
「榴弾砲による攻撃を受けている模様です。距離、位置共に不明!」  
榴弾砲…。  
「床に伏せて耳を両手で塞いでください!口を大きく開けたままにしておいて!」  
轟音の合間に橘さんが叫んでいるのを何とか聞き取る事が出来、僕は言われた通りにそれを行った。実際、そうしなければ鼓膜を破かれていたと思う。  
次々と降り注ぐ榴弾は155mmクラスの物らしく、このホテルの耐震設計がどの程度かは知らないが、この部屋に直撃を受ければ即死は免れなかっただろうね。  
しかし、いくら山奥離れたホテルとはいえ、ここまでの事をしてその事実を闇に葬るだけの情報操作を、向こうの機関とやらはやってのける事ができるのだろうか。  
だとしたらこの国のメディアはもう完全に死んでいると思うね。  
壁を覆っているテレビカメラは次々と沈黙していき、生き残っている物にも凄惨な外の現場が映し出されていた。  
ゴミくずの様に人が吹き飛ばされ、引きちぎれ、消し炭と化していた。  
爆発で出来たいくつものクレーターがカメラに映っている。  
あまりの出来事に、吐き気すら湧いてこなかった。カメラの向こうで、何人ぐらい死んだのだろう。  
これこそが俗に言うテレビゲーム感覚というやつだろうか。  
しかし、この茫然自失の状況を、短絡的にそう呼ぶのはあまりにも残酷だとは思わないかい?キョン。  
 
「被害状況は?」  
「第1、第4、第5、小隊応答無し!」「偵察小隊3つとも連絡取れません」「中隊司令部にも直撃を受けたようで、外の様子が…」  
「外部との電話回線、全て不通です。有線、無線とわず全て!」  
現状はどう控えめに表現しても大混乱というべきものだった。  
組織的な反攻だとか、指揮伝達能力の維持などという事は、早々に放棄した方がよさそうだった。  
やがて大気を叩く、バタバタという音が連なって聞こえてくるのが解った。  
空港などで、この音に似た音は聞いた事がある。  
かろうじて生き残ったカメラに映っていたのは、陸上自衛隊の対地攻撃ヘリ、ヒューイコブラの編隊だった。  
十分持ちこたえる事が出来る、橘さんはそう言った。だけど僕にはそうは思えなかった。  
 
ここまでくれば、この基地がこれまで攻撃を受けずに残っていた事自体がワナだったのだということに、僕ですら気が付いていた。  
要するにここは屠殺場なのだ。ここに組織の生き残りの部隊を集結させ、一気に殲滅するためにわざと残されていたらしい。  
ヒューイコブラは情け容赦なくロケット弾やTOW対地ミサイルをぶっ放し、ホテルに次々と風穴を開けていった。  
ときおり、散発的な反撃がヘリに対して行われているようなのだけど、地上用の小火器ごときでヘリに対抗など出来るわけが無く、  
要するに、僕はここに居るから、どうぞ殺してくださいと言っているのと同義な物だった。  
発砲のあった場所へは連携して攻撃が加えられ、瓦礫とちぎれた人間の身体の一部が宙に舞い踊った。  
ロケット弾とミサイルを撃ちつくしたヒューイコブラは、攻撃方法を20mmガトリング砲の機銃掃射に切り替えたようで、変質的なまでに念入りに地上に掃射を加えているようだった。  
この状態で、外にいて命のあったものが、まだいるとは思えなかった。  
僕達がいる部屋も壁や天井が崩れ落ち、何人もの人がそれの下敷きになって死んでいた。  
僕はその事実に気が付いた時になって、始めて吐いた。  
 
やがてヘリは去り、一時の静寂がホテルに訪れた。  
橘さんは壁の下敷きになっていた人を助けようと努力していたが、既に死んでいる事は明らかだった。  
救出を諦めると、床に吐瀉物を撒き散らしている僕の所まで来て、  
「今のうちに脱出しましょう。さあ、こっちへ」  
僕の手を掴んで無理に立たせると、何人かの生き残りと共にホテルの残骸を乗り越えて、外へ向かう。  
しかし、ここまで用意周到な相手が、そんな事を許してくれるわけがないだろうという事ぐらい、理解はできていた。  
瓦礫を乗り越え、中庭あたりに出たところで、半壊した門をくぐって89式装甲戦闘車が35mm機関砲を威嚇射撃で派手にぶっ放しながら登場したのを筆頭に、  
次々と自衛隊の高機動車や軍用トラックがやってきて89式小銃を片手に兵士たちが何人も降りてきた。  
手を上げて降参する以外に、僕達に選択肢があったと思うかい?  
 
兵士たちに銃口でこずかれながら、武器を取り上げられて手錠をはめさせられた僕と橘さんは、高機動車に乗せられて再びドライブをする事になった。  
降伏させてくれただけ、僕たちはまだ幸運だというべきなのだろう。  
武器も捨てて命乞いまでしている人間を、容赦なく射殺していたのが去り際に視界に入っていた。  
 
車に乗せられた後、僕と橘さんはロープで身体を縛られて目隠しを付けさせられた。  
目隠しを付ける際の、兵士のギラギラした下卑た眼が網膜に焼きついていた。  
あの生徒指導室で最後に教頭が見せた眼と、同じ眼をしていると僕は感じたよ。  
 
「な、何をするんです!止めてください!」  
橘さんの逼迫した声…。  
戦争行為を行って高揚した兵士たちが次に求める一手というわけだろうか。なるほど戦場に売春婦は必要になるわけだ。  
「こっちの娘は俺が貰っていいのか?」  
「いや、そいつには手を出すなといわれている」  
「ならしょうがねえ。ねえちゃん1人でみんなの相手をしてもらうぜ」  
「やめて!ダメで…いやああっ!」  
 
延々と続く橘さんの悲鳴と男たちの下卑た笑い声。  
目隠しで外は見えないが、先ほどのホテルとはまた違う、地獄絵図だと思った。  
いつの間にか、僕は目隠しの下で涙を流していた。  
 
だがね、キョン。こんなのは、今後僕たちの身に降りかかったことに比べれば、序の口と呼ぶのも恥ずかしいぐらいの些細な出来事だったよ。  
僕が君に再び出会うまでに、どのような事をされたのか、それについても聞いてくれるかい?  
 
つづく  
 

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