Prologue.  
 
「んなもん、知るか」  
 ………これが「あなたにとって涼宮ハルヒとは何なのですか?」と問われた場合に俺が返す答えである。  
 聞いてくる相手やその場の状況によってニュアンスに若干の違いはあるだろうが、大まかな方向性に変わりはない。  
 またそれは、自分で自分に問いかけた場合も同様である。  
 いやいや、別に「ハルヒはハルヒであってハルヒでしかない。だから知るか」などというトートロジーあふれる誤魔化し方をしているわけではない。  
 むしろ、誤魔化したくないが故に、俺は上記問いに対し「知るか」と全力で目を逸らすのだ。  
 自分でも情けないとは思うのだが、一応真剣に悩んで出した答えがコレなのだからもうどうしようもない。  
 だって、『本当の答え』を自覚してしまったら、多分もう俺は止まれなくなる。そうしたら、だ。  
 世界が崩壊するかそうでないかは俺のあずかり知るところではないが、少なくとも『SOS団』は変わってしまうだろう。  
 いやまあ、もしかしたら何も変わらないのかもしれないが、………なんだ、『変わらない保証はどこにもない』ってやつだよ。  
 保守的? その通りだ。  
 逃げ腰? 応ともさ。  
 チキン野郎? オーケーオーケー、ザッツライト。  
 でもな、なくしたくないんだよ。  
 長門が本のページをめくる音をバックに、朝比奈さんの入れてくれたお茶を飲みながら、古泉とどうでもいい事を駄弁りながらボードゲームに興じる。  
 そうしているうちにハルヒがハレハレな顔で俺達を訳の分からんヤレヤレ事件に引っ張っていくんだ、本人無自覚でな。  
 考えてみろよ。こんな生活、プライスレスにも程があるだろう。  
 だから俺は答えを出さない。問題を考える時間を、プライスレスな今を、もっとこいつらと一緒に過ごしたい。  
 もちろんこれが永遠に続くって思ってる訳じゃない。最後にはちゃんと答えを出すさ。でも、今は、あとちょっとだけでいいから、俺はこのモラトリアムにどっぷりと浸かっていたいんだよ。  
 
 と、そんな風に逃げ思考に没頭しながら、自分のうちから沸いてきた問いに対してもう一度だけ「知るか」と逃げ口上をかましたところで、  
 ベロベロベロベロベロッ!  
「ふええー、キョンくんエッチですー」  
 トレードマークのリボンつきカチューシャの代わりにイヌミミを装備したわんこハルヒに顔中を舐めまわされる事で、現実逃避の見せ掛け真剣10代喋り場から泣きそうなほどリアルなバカバカワールドへと無事帰還を果たしたわけである。  
 ………夢って、覚めるから『夢』って言うんだね。  
 
 
―――――――――――――――  
涼宮さんは甘えたいお年頃のようです  
―――――――――――――――  
 
 
1.  
 
 さて、今の状況を端的に説明しよう。  
 目をつぶって生活しても大怪我はしないであろう程度に住み慣れた我が家の玄関で、イヌミミはやしたわんこハルヒに大怪我しそうなほど勢いよく押し倒され、顔中を嘗め回されている。  
 うん、えっと、なんじゃこりゃぁー!  
 某刑事ドラマ風に驚きを表しつつ、とりあえず「エ、エッチなのはいけないと思います」という、ハルヒに押し倒されている俺を見ている朝比奈さんからのお叱りの言葉に対し、弁解の言葉を返しておく事にする。  
「や、何に影響されたのかは知りませんけど、エロい事してるのはこのイヌミミ女ですし、それを我が家に連れて来たのはあなたでしょう」  
「そ、それはそうですけどー」  
 朝比奈さんは頬を飴玉をふくむ子供のように可愛らしく膨らませながら、まだちょっと不満そうにしているが、まあ破裂する事はないだろう。  
 それより問題は俺の自制心とかいう風船を破裂させようとせんばかりに、さっきからいけない事しまくりのこのわんこである。  
 隙あらばまた俺の顔に突貫かけようとするので仕方なく両手で押さえつけているハルヒのほうに、したくない現状確認のため目を向ける。  
「ふー、ふー」  
 ………イヌミミハルヒが、そこにいた。  
 ミミはダックスフントのような垂れ耳であり、その影響かいつもの突き刺さってくるような勝気な瞳も本日はやや垂れ気味である。………それはそれで、別の意味で突き刺さってくるのではあるが。  
「くーん、きゅーん」  
 わんこハルヒは押さえつけられている事が不満らしく、上目使いで切なげな鳴き声を俺の鼓膜にぶつけてくる。  
 ふんっ、その程度でこの俺を篭絡するつもりか? ぎゅっ  
「わふー」  
 残念だったな、涼宮ハルヒ! おまえの敗因はたった一つだ。 なでなで  
「わっふ、わっふ」  
 知りたいか! ならば教えてやろう! すりすり  
「きゅーん、きゅーん」  
 俺にはイヌミミ属性なぞ、ない! はあはあ  
「キョンくん、説得力ゼロですよ」  
「………」  
 朝比奈さんの冷静なツッコミに我に返ったところで、はあはあしながらイヌミミ少女に頬擦りしまくっている変態を発見した。  
 うん、どう見ても俺だよな、びっくりだ。  
「キョーンくーん」と言いながら、朝比奈さんがまるで生ゴミを見るようなジト目を俺に突き刺してくる。  
 いかん! このままだと俺のスイートエンジェルに一生涯変態扱いされてしまうかもしれん。  
 ………。  
 ………そういったプレイもいいものだが、俺達にはまだ早いよな、うん。  
 そう冷静に判断した俺は、生まれたてのホッキョクグマのような純真無垢な瞳を向けながら、朝比奈さんに話しかけた。  
「朝比奈さん。あなたに一つだけ、伝えたい事があります」  
「その瞳がどの方向に純粋なのか知るのが怖いですが、まあ話を先に進めるためには仕方ないでしょうね。………何ですか、キョンくん」  
 下手に誤魔化すと返って逆効果だ。ここはこの俺の純粋な思いを、ソウルをぶつけるしかないだろう。  
「これは変態行為なんかじゃありません! そう、これは『愛』なんですっ!」  
「………キョンくん」  
 朝比奈さんの瞳が揺れる。これはもしかすると上手くいったかもわからんね。  
「あたしも一つだけ、あなたに伝えたい事があります」  
 そう言って俺の事をジト目ではない熱さのこもったエンジェルアイで見つめている(気がする)マイ天使。  
『これはもしかするともしかするかもしれん』と、イヌミミハルヒに頬擦りしながら『愛』をアピールしつつ審判の時を待つ。レッツカモン、大逆転。  
「ふざけないでください、このヘンターイ!」  
「ですよねー!」  
 はっはっは、やっぱり余裕で無理でしたね、わかります。  
 
 
2.  
 
 HENTAI方面に脱線しかけた流れを修正しつつ、再度脱線する前にこれまでの経緯をざっとまとめておく事にしよう。  
 なに、遠慮はいらない。………というか、俺自身ちょっと頭を整理したいしな。  
 今日は日曜日。外は小春日和という言葉がぴったり当てはまるであろう、ほどよい陽気に包まれている。  
 SOS団の活動も休みであり、親は夫婦水入らずで旅行、妹はミヨキチの家に泊まり、と久しぶりに一人きりになった俺は、そんなハッピーサンデーを有効に過ごす事を決意し、全力でだらけていた。  
「休みの日くらい休ませてくれ」と言うとオヤジくさいのかもしれんが、日々ハルヒやら妹やらに時間とかお金とか精神力とかを搾取されているこの身としては、こんな休みの日ってのは本当に貴重なものなんだ。  
 いやまあ、そんな風に完璧な理論武装を持ってダラダルサンデーを満喫していたところで、そんなの知るかとばかりにチャイムが鳴り、玄関に出た瞬間にまた、そんなの知るかとばかりに押し倒されたわけなんだがな。  
 なるほど、こうして振り返ってみると、脱線どころかそもそも最初から線路の上を走っていないっぽいな。  
 なんだ、………ようするに、俺の希望ってのは叶わないようにできている、と。  
 A級戦犯は誰だ? 俺か? 世界か?  
 ん、ああ、ハルヒがS級の癖に無罪放免ってのはいつもの事だ。再審要求もどうせ却下されるだけだろうしな。  
 ま、潔く諦めろ、俺もそうする。  
 
 ///  
 
 とりあえず二人(一人と一匹か?)を部屋に招き入れる。  
「ええ、いつまでも玄関先でいちゃつかれてると迷惑ですからね」  
「………朝比奈さん、なんか怒ってませんか?」  
「別にー、ですよー」  
 言いながらも頬の膨らみが当社比2割増しな朝比奈さん。どう考えても怒っているようにしか見えない。………しかし、あの状況のどこがいちゃついているように見えるんだろうか?  
 ちょっと抱きしめて頬擦りしながら、相手が顔を舐めてくるのに任せていただけなのにな………。  
「………」  
「………」  
「………わふ?」  
 いちゃつきまくっていた。ついでに言うとエロエロであった。なるほど、これがハルヒの力か。  
「もうっ、人のせいにしないの!」  
「ごめんなさい」  
「きゅーん」  
 さて、お約束で怒られたところでそろそろ話を進めようか。「舐め返さなかっただけでも褒めてください」と、泥沼に突貫かけるような真似してもしゃーないしな。  
「で、何がどうなってこうなってるんですか?」くしくし  
 ハルヒが顔や体を俺に擦りつけてくるのを諦めをもって撫で擦りつつ朝比奈さんに聞く。  
 朝比奈さんはそんな俺達を何故か不満そうに見つめながら「甘えたいお年頃って事じゃないですか」とグチっぽく答えた。  
 おお、ほっぺたが4割増しだ。そろそろ破裂するかもしれんね。  
 破裂防止のため話を逸らしついでに、とりあえず今日ハルヒに会ってからここに連れてくるまでの事を聞いてみた。  
「えっと、今日は良い天気なのでお散歩でもしようかと外に出る事にしたんですよ」  
 何ともはや朝比奈さんらしい休日の過ごし方である。真似はできそうにないな。生き方の違いってやつだ。  
 ………決して俺がぐうたら寝太郎オヤジ系男子高校生ってわけじゃないぞ。こうみえて、試験も学校もちゃんとあるんだ。  
「それで、並木道をこう、てくてくてくーと歩いてたら、拾ったんです」  
「………これをですか?」  
 本日限定(であってほしい)のわんこを指差す。「はむっ」と指を咥えられた。  
「んっ、んっ」と、そのまま甘噛みへと移行。………ヘ、ヘブン!  
「うふ、本当に行きます? て・ん・ご・く?」  
「ごめんなさい」  
 鈍器のようなものを持ち出してきそうな気配を漂わせる朝比奈さんに慌てて土下座する。  
 ………頬の膨らみがなくなっているのが逆にすごく怖かった。  
 
 ///  
 
「えっと、ようするに、朝比奈さんが見つけた時はもうハルヒはわんこになってたんですね」  
「はい、そういう事です。………何故でしょう? これを伝えるだけですごく時間を使ったような気がします」  
「話を脱線させないでください」  
「ええー! キョンくんがそれを言うのー!」  
 おそらく気のせいではない事を力技で気のせいという事にする。無理を通すぜ、引っ込め道理。  
「で、古泉や長門とは連絡がつかない、と」  
 さっき俺も連絡してみたのだが、確かに二人とも繋がらない。  
「お二人ともどうしたんでしょうか。あたし、心配です」  
「まあ、何もないって事はありえないでしょうね」  
 俺達の目の前にはわんこハルヒという異常事態。そして連絡がつかない二人。  
 どう考えてもあっちはあっちで何かに巻き込まれているとしか思えない。………いや、あの二人なら自分達で何とかしそうではあるけれど。  
 何とかできてなかったら助けにいかにゃならんのだろうが、とりあえずさしあたっての問題は、だ。  
「つまりは、こいつを二人でどうにかせにゃならんって事ですよね」  
 俺に寄りかかるようにして幸福度マックスな寝息を立てだしたわんこハルヒを見て、思わず溜息がこぼれそうになる。  
「えっと、一応未来から指示はもらってるんです」  
 こぼれかかった溜息が吹き飛ぶような啓示ですね。ありがとう朝比奈さん(大)。あなたはやっぱり幾つになっても俺の女神です。  
「この箱の中身を使うようにって」  
 そう言って朝比奈さんはどこからともなくスーツケース大の箱を取り出した。………なんか、何もない空間から出てきたような気がするんですけど。  
「………四次元ポケット?」  
「うふふ、乙女の秘密です」  
 そこは「禁則事項です」と言って欲しかったところなのだが、深くつっこむといろいろ怖いのでスルーしておく。オトメゴコロは四次元だ。それで良いじゃないか。  
「この箱って、何が入っているんですか?」  
「うーん、何だろう? あたしもキョンくんと一緒に開けるように、としか言われてないから」  
 おお、初めての共同作業ですね。  
「じゃあ開けますね」  
 ………朝比奈さんは最近スルーという特技を身につけたらしい。悲しい事だ。世界三大悲劇の一つと言っても過言ではあるまい。  
「あれ、朝比奈さん?」  
「ふえ、ふややぁ」  
 残り二つを何にしようかと考えながら目をやると、箱を開けた朝比奈さんが何故か真っ赤な顔で固まっていた。  
 湧き上がる壮大な悲しさを気合と好奇心で振り払いつつ、箱の中を覗きこむ。  
 箱の中には、色とりどりの『大人のおもちゃ』が満載であった。  
「んー、そうそう! こういうのって性的絶頂を迎えると元に戻るってよく言うよねっ! ………って、あんたはアホかぁー!」  
「わうん!」  
「ええー、ノリツッコミがなんでダブルであたしに被弾するんですかぁー!」  
 む、確かに。悪いのは朝比奈さん(大)の方だ。今俺の目の前にいるのは穢れを知らない都会のエンジェル………のはずだ。  
 俺的禁則事項のため詳しくは言えませんけど、信じても良いですよね、神様?  
「わん!」  
「こんなところに神様(もどき)が!」  
 望みが叶わないこんな世の中にポイズンしながら別の方法を相談しようと朝比奈さんの方を向く。  
「ふえー、こんなのが、その、入っちゃうんですかー」  
 しまいなさい、しまいなさい。  
「うん、そうですよね」  
 そう言いながらも何故かローターを構える朝比奈さん。  
「やらずに後悔するより、やってから後悔したいですよね」  
 どちらにせよ後悔するんならやらずに済まそうと言うMOTTAINAI的な発想は?  
 ついでに言うとわんこハルヒが俺の後ろでガタガタ震えているんですけども、そこら辺はどうお考えでしょうか?  
「ガタガタ言わずに黙ってドゥ!」  
「男らしいっ!」  
「きゃうんっ!」  
 その後の事は、見ている事しか出来なかった俺にとってはもちろん、もしかしたらハルヒにとっても天国のような体験だったかもしれないがいろいろと引っかかってしまうので省略する。  
 ………まあ、朝比奈さんが目覚めた、とだけ言っておこう。………もちろん、駄目な方向に。  
 
 
3.  
 
 いろいろと終わった後で、件のエロエロスーツケースを朝比奈さん曰くの乙女の秘密とやらに格納する。  
「乙女の秘密って何かエロい表現ですよね」と言って乙女にグーで殴られつつ、俺の膝上で息絶え絶えなのに何故か幸せそうに眠っているわんこについての話し合いを再開した。  
 かなりのタイムロスになった事は見てみぬふりをすればいいのだが、もうそろそろ親と妹が帰ってくる時間だ。  
 さすがに家族を見てみぬふりはできんだろうし、とりあえず今後の方針だけでもちゃっちゃと決める事にしよう。  
「まあぶっちゃけ、キョンくんさえ素直になっちゃえば全ては解決すると思うんですよ」  
「は?」  
 いきなり遭難確定の方針が飛び出してきた。てか朝比奈さん、そろそろそのEで始まりOで終わる世界から帰ってきてくださいませんか?  
「もうっ、オトメゴコロが分かってない!」  
「オトメゴコロは四次元ですから」  
「意味が分かりません!」  
「オトコゴコロも四次元ですから」  
「いいですか、キョンくん」  
「華麗なスルーですね、朝比奈さん」  
「い・い・で・す・ね! キョ・ン・く・ん!」  
「………はい」  
 いいかげん、誤魔化すのも限界のようだった。  
 ですので朝比奈さん、その俺の頭に振り下ろしやすそうな位置まで持ち上げている例のエロエロスーツケースをしまっていただけませんか。  
 大人のおもちゃに包まれた状態では、どう考えても天国への階段は見えてこないと思いますので。  
「ふう、じゃあ結論も出たことですし、ちゃっちゃと『ぶちゅっ』といっちゃってください」  
 ファール。つかどの方向に飛ばしてるんですか、それ。  
「何ならいきなり『ぶすっと』でもかまいませんよ。いえ、『どこに』とか『何を』とかはあえて言いませんけど」などとのたまうエロ堕天使系の変態を押し止めつつ、質問返し。  
「とりあえずその結論に至った過程を聞かせていただけないでしょうか?」  
「えっと、あたしにはないじゃないですか、ミミ」  
「そうですね」  
「で、多分ですけど、長門さんにもないと思うんですよ」  
「はあ、それで」  
「だからです」  
「オトメテキ飛躍ですね、わかります」  
 いえまあ、全然分からないってわけじゃないですけどね。  
 でも一つだけ言わせてください。なんでもかんでもオトメオトメ言ってりゃ納得すると思ったら大間違いですよ。レッツ平等ノー女尊男卑、手遅れなのは分かってますが。  
 
「もうっ、往生際が悪いですねぇ」  
 ………いやぁ、まだ往生はしたくないですし、ね。  
「じゃあ、耳元で『キミの事を世界一愛してるよ、ハルハル』と囁くぐらいで勘弁してあげます」  
 何の羞恥プレイですか、それは? 知ってますか? 俺は恥ずかしいと死ぬんですよ、精神的に。  
「おや、こんなところにほどよい硬さのスーツケースがありますね!」  
「精神的か物理的か選べと!」  
 どうやらこれは究極の二択と見せかけて実はどちらを選んでもデッドエンド直行という素敵シチュエーションらしい。  
 いやはや、新たな詐欺として登録されてもいいんじゃないかね、本当。  
「ゴスガス詐欺ですか? 素敵な響きですねっ!」  
「違うっ! それはただの暴力だっ!」  
 しかし、面白いほどに話がずれていくなぁ。ずれる事自体は結構なんだが、俺が死ぬ方向に全速力なのはなんでだろうね?  
 さて朝比奈さん、いろんな意味で手遅れになる前に話を戻しますが、俺はどちらかといえばやって後悔するよりやらずにグッバイしたいタイプなんですけど………。  
「うふ、そんな事より、どうするの、キョンくん?」  
 俺の懇願をスルーしつつ、背筋が凍りつくような手遅れ気味の微笑を向けてくる朝比奈さん。  
 おやおや、脇腹に冷たい幻痛が大発生ですよ。………何か、というか誰かにとりつかれてませんか、この人?  
 やらなかったらこの世からグッバイしたあとで、未来的パワーで召喚されて結局やらされそうな気がする。限りなく確信に近い、そんな絶望。  
 『やるしかないか』とわんこハルヒの耳元に口を寄せる。えっとこれで『愛してる』とか言えばいいんだっけ。………よし。  
「………日本経済の今後について語り明かさないか」  
「わふ?」  
「キョンくーん」  
 失礼、もう一度。  
「………さおたけ屋はどうして潰れないのか、知ってるかい?」  
「わふふ?」  
「………」  
 無言でスーツケースを構える朝比奈さん。いや、本当、恥ずかしいんですってば。  
 顔が鬼が島に住んでるわけでもないのに真っ赤なのを自覚しながら、いざラストチャンス!  
「………アナタハカミヲシンジマシュルバッ」  
「わふー!」  
 朝比奈さん渾身のスーツケースアタックをこめかみに受け吹き飛ぶ俺。受身も取れずにそのまま床に叩きつけられる。  
 わんこがわふわふ言いながら近寄ってきているようだが正直遠近感がもうない。………てかなんか、いい感じに視界も狭くなってきたなぁ。シャミセン、ぼくもう疲れたよ。  
「くーん、くーん」  
 シャミセンにしては体面積の広い温かさを感じたので、閉じかけた目を開くとイヌミミ少女がいた。  
(『フランダースのわんこ』って三大悲劇に入れてもいいよなぁ)などと考えながら意識を失う瞬間に、ぼんやりとした頭で呟いた。  
 
「ハルヒ、似合ってるぞ」  
 
 
4.  
 
「キョン! こらキョン! いい加減起きなさいよ!」  
「ん、………ああ」  
 何故か懐かしさを感じる100Wの声に促されて、夢の世界に突っ込んでいる両足を頭を振りつつ無理矢理引き抜く。  
 そうでもしないと、フィラメント丸出しのこの電灯は俺限定で感電事故を引き起こすに違いない。勘弁してほしいね、全く。  
「勘弁してほしいのはこっちよ。あんた、人を呼び出しておいて部屋で熟睡してるってどういう了見なの」  
 はて、そう言われても、さっきまでのパラダイスに程近い悪夢しか記憶に蘇ってこないんだが。  
 つーか、せっかくの休日にお前を呼び出すとかありえないから。  
 これを言ったら俺にダメージが流星群なのは骨身にしみて分かっているから言わないけどな、………忌々しい。  
「とにかく、話は夕飯の後でたっぷり聞かせてもらうからね」  
 は? 夕飯?  
「あ、うん、さっき妹ちゃんに誘われてね。今日食べてく事になったから」  
「ちなみに聞くが、………俺に拒否権は?」  
「え、人権? ないわよ」  
「予想以上にひどい言葉が返ってきた!」  
「寝ぼけた事言ってないで、早く来なさいよー」といつもよりノリノリなテンポの足音で遠ざかるハルヒを見送りながら、さっきまでの事をぼんやりと考えた。  
 夢か現実かどうにもはっきりしない出来事であったが、さっきのハルヒの姿を見る限りは、どちらにせよ上手い事収束してくれたらしい。  
『なんにせよ無事これ一番だ』と無理矢理自分を納得させつつ、ハルヒ達の待つ食卓へと向かう。  
 こめかみの鈍痛と部屋の隅に鎮座している謎のスーツケースは、とりあえず無視しておく事にした。  
 
 ………明日はいい日でありますように。  
 
 
 
Epilogue.  
 
「で、なんでみくるちゃんと有希までここにいるのかしら?」  
「え、えっと、そのー」  
「夕飯」  
 下に降りると、何故かSOS団の女性陣が勢ぞろいしていた。  
「だから、ね。なんでみくるちゃんや有希までキョンと一緒に夕飯を食べる事になっているのかしら」  
「あ、あの、ふえええー」  
「………お腹がすいたから」  
 ははは、相変わらず仲がいいなぁ、みんな。  
「え、そうなの、キョンくん? あたしには普通に喧嘩してるように見えるんだけどー!」  
 妹よ、現実逃避という選択肢くらい、この兄に与えてはもらえないだろうか?  
 親父のジト目とお袋のニヤニヤが、さらに俺を追い込んでいくような気にさせる。なるほど、これが四面楚歌ってやつか。  
 ダメだ、もうこの空気には耐えきれん。妹よ、いつものKY砲でこのいかんともしがたくどげんかせんにゃいかん状態を破壊してくれ。  
「うんっ! まかせてー! ねえねえ、みんなー」  
 ふう、これでようやっと針の筵から解放されるな。妹様々だよ、まったく。  
「それでー、誰がキョンくんの隣に座るのー?」  
 はっはっは、そして針の筵から針山地獄へとご招待なわけですね。イモウトサマザマダヨ、マッタク、………コンチクショウメ。  
「し、仕方ないわねぇ。ここは団を代表してこのあたしが」  
「えいっ!」  
「あ、ちょ、みくるちゃん、ずるいわよっ!」  
「涼宮さんに言われたくないですっ!」  
「じ、じゃあ、あたしはこっち!」  
 理由の分からない張り合いをうちの食卓で展開させつつ俺の両隣を占拠する二人。二大国家に翻弄される少数民族な俺である。  
「………」  
 そして理由なぞ分かりたくない黒オーラを噴出させつつ俺の目の前に来る待つ女こと長門有希。  
「………わたしも」  
 落ち着け長門。残念ながら俺という電車は俺的に乗車率200%、ただいま満席状態だ。  
「………そう」  
 すまんな、仲間外れがイヤなお前の気持ちもよく分かるよ。やっぱり三人一緒がいいよな。  
 あぁっと、なんなら俺とかわるか? ハルヒ、朝比奈さん、別に良いだろ、これくらい?  
「「「「「「………」」」」」」  
 周囲を支配する絶対的沈黙。えっと、あれ? もしかして、俺またなんかミスったか?  
 おい、我が愛しき家族達よ。なぜそんな育て方を間違ったかと後悔している感じの視線を俺に向けてるんだい?  
 ハルヒ、朝比奈さん、どうして俺の両腕をそんなに強く握り締めるのかな?  
 そして長門さん。その突き刺さらんばかりに据わりきった目付きはいったい何なのでしょうか?  
「席はまだある」  
 俺の質問に答えず、静かに怒れる宇宙娘はそれだけを言って座った。  
 ………俺の膝の上に。  
 
 うん、まあなんだ、長門よ。俺はお前によっぽどひどい事をしたようだな。  
「………別に」  
 言葉だけだと否定なのになぁ。口調と態度が全肯定なのはなんでだろう?  
 とりあえずこの場を生きのびる事ができたら、あとでちゃんと謝っておこうと思いつつ、両隣で俺の腕をガッチリホールドしてらっしゃる悪鬼羅刹な二人組みに意識を移す。  
「大丈夫よ、キョン。怒ってないから」  
「そうですよ、怒りに任せて行動するなんて、そんな事ぜんぜんないないですですよー」  
 そのセリフは額に浮かんでいる青筋がない状態で言って欲しかったなぁ。  
 血流障害起こして変色している俺の両手を解放してくれながらだとなおグッドだぞ。  
 でもまあ無理だろうなぁ、と早々に見切りをつけ、一家に一台万能戦士を一縷の望みを託すべくじっと見つめる。  
 万能戦士は全て分かっていると言わんばかりに大きく頷き、俺に向かってこう言った。  
「動いたほうが、気持ちいい?」  
 ………ははは、うん、死んだ。  
「粛清ね」  
「ええ、粛清ですね」  
 あのー、お二人に締め付けられている両腕、すでに感覚ないんですけど。なんとか腕一本ずつで満足していただけないでしょうか。  
「うんしょ、うんしょ」  
 そして長門さん、本当にその位置で上下運動されると思春期男子のリビドーがボルケーノするといいますかー、億単位の未来予想図が無駄死にするといいますかー。  
「ふふ、ふふふふふ、いったい何を考えているのかしらね、このエロキョンは?」  
「ええ、本当です。懇切丁寧に分かりやすく教えていただけませんか?」  
「んっ、んっ」  
 カオス極まりないこの状況と近い未来の確定に近い死亡予測に絶望しつつ、遠ざかっていく意識という名の生命線。  
 逃げ場がない事は承知の上で、とりあえず答えにならない逃げ口上を叫んでみた。  
 
「んなもん、知るかー!」  
 
 
「………当然、逃げきれませんでしたとさ、おしまい」  
「ええっと、長門よ。一体何が『おしまい』なのかな?」  
「あなたの17年余りの人生」  
「マジでっ!」  
 いろいろと、おしまい。  
 
 

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