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あるインターフェイスの暴走
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長門有希は走っていた。
ただひたすらに自らが選んだ場所へと、彼等の元へと向けて。
それは作り物の少女がこの世界で得た唯一の真実。世界に比べると本当にちっぽけな、あってもなくても何ら変わりのない存在証明。だけれども『自らのものである』と、胸を張って確かにそう言えるもの。
だが。
だがしかし、現実はそれすらも許さない。
この世界は、彼女という存在を認めない。
(そのような行動は指示していない)
情報領域に直接響き渡る声。それと同時に進行方向に出現する圧倒的な存在感。
このどうしようもない状況を何とかできるかもしれないだけの『力』を持ちながら、その全てを『観測』に用いる傍観者。
彼女の生みの親であり、彼女が一部であった存在。
その宇宙の支配者ともいえる情報統合思念体が、自らの一部に過ぎない存在の『暴走』を止めるために、彼女の前に立ちはだかったのだった。
そう、彼等(もしかすると彼女等なのかもしれないが、ここでは彼等で統一しておく事にする)にとって彼女の行為は『暴走』でしかない。
自分達の消滅すら観測対象である彼等にとって『最重要観測対象』である涼宮ハルヒを『自ら』刺激するなんて事は問題外の行為なのである。
彼等は彼女の行為を『ありえない』と断じた。
そして彼女は、今は有機生命体の外観をしているけれども、元を正せば彼等と同じ意思を持つ存在であった。
だから、一度止めてしまえば元に戻るであろうと、分かってくれるであろうという彼等のその楽観論は、
「そこを、どいて」
彼女のその、小さく、けれど確かに鳴り響いた存在証明によって粉々に打ち砕かれた。
想定外の事態に情報に混乱をきたしている、ありていにいえば呆然としている思念体に向けて、長門有希は自らの、『長門有希』言葉を紡ぐ。
「500年以上、想っていた」
言葉が繋がる。意志として伝わる。
「あなた達は、この『感情』を、知らないだろう」
500年の夏を越え、はるけき宇宙の彼方まで届いたその情報は、
「『愛』の意味も知らない宇宙の漂流物が、わたしの『恋』の邪魔をするなっ!」
その激情は、万物を統べるほどの力を持つ思念体を文字通り震え上がらせた。
波が引くように、緞帳が上がるように、思念体は道を開く。
その道を誇るように、愛しむように駆け抜けていく長門有希。
思念体はそれを、ただ、『観測』した。
彼女の行為は世界を崩壊させる可能性をはらんでいる。
それでも、それなら、その『崩壊』すら『観測』しようと、彼等はそう決めたのだった。
もしかしたらその決定の中には、我が子の旅立ちを見守るといったような親心があったのかもしれない。
もしそうならそれもまた『愛』の一つなのであろうが、それはまあ、『彼等』が決める事であろう。
かくして保護者の同意の下に、長門有希は意中の少年に、同じ少年を想っている涼宮ハルヒの目の前で自分の想いを告げることになるのである。
インターフェイスとしてだと、彼女の行為は言い逃れようもなくただの暴走なのであろう。
ただ、………いや、止めておこう。
これもまた、結局は『彼女』が決める事なのだろうから。
ちなみに彼女の告白のあと、世界が愉快に滅びかけたり、その結果一つの恋が実ったりするのだが、それはまた別の話だ。