人間というのは難儀な生き物で、同種族が伝える内容が本当なのかどうかと勘繰ってしまう下種な部分を持つ種族である。  
 ましてや今の俺は目の前に立つ存在が本当の事など何一つとして語ってないのではないかと疑心暗鬼の状態だ。  
 だがそんな行為を一概に俺の所為だと責め立てるのは少し待ってもらいたい。理由を聞けば誰だって俺に賛同してくれるはずだ。  
 なぜなら今日は四月一日、万愚節。そう、年に一度の全国一斉嘘つき量産日と化すエイプリルフールであり、その上目の前に立つのが  
我らがSOS団の団長にしてトラブルメーカー、涼宮ハルヒその人だというおまけ付だからだ。  
 
「最上級生となったからには後輩たちのお手本とならなくてないけないの。いつまでも不思議探索だなんて事はやってられないって訳。  
SOS団は北高に対して、いえ北高だけじゃなくて地域に関しても貢献していく福祉ボランティア団体に路線変更を行うことにするわ」  
「奉仕団体とは涼宮さんらしい、大変素晴らしい考えかと」  
 突込み所満載の団方針を語る団長に対し盲目的に賛成票を投じる古泉。いくら何でも嘘つき過ぎだ。そんなんで騙せる奴は俺の知る限り  
「福祉ボランティアですかぁ。難しいですけどそういう人のお役に立てるのって素敵な事ですよね。って、あ、そうでした。今日は嘘を  
つかないと逮捕されちゃう日なんでしたっけ。えっと、そういうのは良くないと思います」  
疑うという単語を知らないのではないかと思われる天使のようなこのお方ぐらいのものだ。ところでこのお方に嘘をつかないと逮捕される  
なんていう嘘を吹き込んだのはいったい誰なんでしょうかね。俺は脳内で軽快に笑うこの場にいない名誉顧問の姿に尋ねてみた。  
 
「ところで有希、さっきから熱心に何読んでるの?」  
「年少系ロリられた世界。つまらない本を見つけては、ばらして晒して賞賛でごまかし内容に抗議する話」  
 お前までライアー合戦に参加するのか長門。というか何なんだその食指の動く内容は。  
「…………」  
 いやそんな「さぁ?」と言った表情で首を傾げられてもこっちも困る。それで面白いのか?  
「全然。入手してから七一〇回読み返しているが未だに面白さが解らない」  
 いやそんなに無理して読むこともないだろうというかそれもまたウソなのか? もはや何を信じればいいのか解らないまま俺は  
正午を告げるビックベンモドキな鐘の音を待っていた。理由はいたって簡単、始業式が終わり部室に揃うなりハルヒが  
「という訳で今日は今から昼のチャイムまでみんなでウソをつくのよ!」  
と最初に宣言したからだ。  
 
 狸と狐の化かしあいと化した部室内では可愛らしいネタからどぎついブラックジョークまでが防衛最前線の弾丸以上に飛び交い  
そろそろ性も根もネタも尽き時計の針がもうじき頂上で交差しようとした時、ハルヒからとんでもない最後の弾丸が放たれた。  
「ところで有希にみくるちゃん、あなたたちはキョンの事どう思ってるの?」  
「えっ?」  
「…………」  
 話題を振られた二人が一度俺を見つめ、そして再度ハルヒを見つめて回答に詰まる。もちろん話題の中心となっている俺の息もだ。  
 どんなウソが返されるのやら。万が一朝比奈さん辺りから「大好き」とか言われた日には天にも昇る気分のまま地獄行きとなる。  
「……あなたは?」  
 長門が長剣を抜刀しハルヒへ斬り返す。ハルヒもまた他の二人と同様に一度こちらを向いてから天井の縁でも見つめるが如く首を  
あげて言葉に詰まっていた。三人の互いへの目線を観察するに、どういう答えが最高か真剣に考えているようだった。  
 
「……あたしは」  
 言葉を切り出したのはハルヒ。目線を一瞬泳がせてから俺の方を向き一呼吸入れると、  
 
 
 キーンコーンカーンコーン  
「あたしは好きよ、キョンの事」  
 チャイムに被せてハルヒが顔を赤らめながら答える。  
 
 キーンコーンカーンコーン  
「わ、わたしも、キョン君のことは、えっとすすすすす好きですっ!」  
 朝比奈さんはチャイムの音に焦りつつ吹っ切れたかのように主張する。  
 
 キーンコーンカーンコーン  
「おそらくわたしも、彼に対して好意というものを持っている」  
 そして静かに長門が答え、俺の方をじっと見つめてくる。  
 
 キーンコーンカーンコーン……。  
 そしてライアータイムは終了の鐘を告げた。突然の三人の告白に俺はもう色々な意味で限界に近い。気の利いた返答を返すどころか  
一言も発する事が出来なかった俺が文字通り言葉を探して脳内中を駆け巡っていると、  
「はい、これでオシマイっ! 最後ので大逆転ね、一番騙されたキョンは罰ゲームとしてやかんに水を汲んできなさいっ!」  
そんな初耳の内容と共にしてやったりの表情を浮かべた団長からやかんを投げつけられた。  
 
 水を汲んで帰ってくると部室前に古泉が一人で立っていた。  
「お疲れさまです。コスチュームチェンジだそうです」  
 なるほど。俺は納得すると古泉に倣い横に並び立った。  
 
「何故涼宮さんがウソをつくのはお昼までと決めたか解りますか?」  
 エイプリルフールのルールだからだろ? 詳しくは知らんがウソをついていいのは午前中だけだって聞いた覚えがあるぜ。  
「そうです。ウソをついていいのは午前中のみ、つまり正午までです」  
 改まって何を言い出すんだコイツは。俺は中から「もういいわよ!」と言う団長の指示に従いやかんを持ちなおすと、ドアノブを  
握る古泉に開けるよう目で伝えた。古泉は頷きドアを開ける。そして俺が通り過ぎようとした瞬間、俺にだけ聞こえるような小さな声で  
 
「ところで知ってますか? チャイムというのは定刻になった時に『鳴り始めて』時刻を知らせるモノなんですよ」  
そう告げてきた。  
 
 
 

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