ハルヒの家に来るなんて初めてのことだ。  
 
俺は現在涼宮家の玄関先にいて、もの珍しげにその家の外観を眺めていた。  
閑静な住宅街にある別段変わった所のない2階建ての住宅で、俺は少し期待を裏切られたような、そうでもないような。  
少なくともハルヒの性格には似合わないよなと一人黙考しつつインターホンを押した。  
――インターホンを押してしばらく待っていると、その中からいつものハルヒの声で  
「入って良いわよ」という声がして、俺は素直に玄関の金属戸を開けて中に入った。  
 俺が中に入るとどたどたした音と共にハルヒがひょっこり顔を出して、  
「こっち。ついてきて」  
と案内をしてくれて、俺は別に言う事もなかったので、  
「お邪魔します」  
という常套句と共に足を踏み入れた。もちろんちゃんと靴はそろえた。  
それでハルヒに具されるまま、廊下と階段をしばし歩いていると  
「ここよ。わたしの部屋」  
目的の場所にたどり着いた。  
 
 
 
 
本当にハルヒの性格とは不釣り合いなほど普通の部屋扉で、どうせ部屋の中もそうなんだろうと予想していたのだが、  
「なっ…………」  
予想は高速で微塵切りされた。  
「なに口開けて固まってるの?」  
怪訝そうな顔でハルヒが俺を見ていて、  
俺はいけないいけない、と頭をブンブン振りつつ、  
やっぱり驚愕は収まらない。ドアノブに手をかけたまま、唖然として部屋を見渡した。  
「べ、別に部屋中ピンク色だって誰にも文句言われる筋合いないわっ」  
俺の内心を察したらしいハルヒが少しつっかえながら言った。  
そう。部屋中はピンク色にあしらわれ、ベット、布団、枕、絨毯、カーテン、などから小物に至るまでほとんどピンク色だった。  
なんか、ラブホテルみたいだと冷や汗をかきつつ、やっぱりこのことは突っ込まない方がいいなと結論した。  
「まぁ、いいんじゃないか」  
当たり障りのない返答をして、絨毯の上にゆっくり腰を下ろした。  
「じゃ、今飲み物持ってくるね」  
いつもとはやけに違う態度のハルヒ。変だなぁ、と思いつつも特に問題があるわけじゃないので俺は  
「あぁ……頼む」  
と言って、ハルヒの背中を見送った。幾分落ち着かない気持ちで。  
   
一つ気になるんだが、ハルヒは家であんなミニスカート履いてるのか?  
ハルヒはピンク色のミニスカートを、上は白を基調にしたブラウスを身につけていた。  
普段行動するときの私服と随分ギャップがあって俺はドギマギしつつも、何とか気持ちを落ち着かせるため、  
もう一度部屋を見渡してみた。  
意外にぬいぐるみが多いのに気付く。しかもサイズがどれもでかい。  
試しにその一つのクマのぬいぐるみを手にしてみると、それからはハルヒの匂いがほんのりした。  
もしかして、いつもこのぬいぐるみたちを抱いているのだろうか。  
  そんな事を考えているとハルヒが静かに部屋の扉を開けて、  
「お待たせ」  
と上品に言って、俺の胸の鼓動一際ドキドキさせた。普段と違いすぎる。  
俺はハルヒの清楚な服装を再度確認して、  
コイツは実は大人しい種類の人間ではないのかと疑いつつ、  
ハルヒの持ってきた桃のジュースを手にして、  
「サンキュ」  
と一声かけて、口をつけた。  
 
俺達はそれから当たり障りのない雑談をして(何故かSOS団に関係する話はしなかった)  
そろそろ帰る時間になった。そもそも一体何のためにここに来たんだ?  
 まぁ、いいかと思い、「じゃ、俺帰るわ」とハルヒに声をかけたとき、  
――窓の外が一瞬にして大荒れになった。  
それはもう凄まじい荒れ方だった。窓の外で大木が空中浮遊していた。  
俺は背筋が凍る思いがしてそっとハルヒを見やると、  
「一緒にいて……」  
とウルウルした瞳で《ハルヒが》俺を見ていた。  
おいおい悪い冗談だろと思いつつも、一向に収まらないハリケーン並の風勢を見て、  
俺はその場で口を開けて固まる事しかできなかった。  
夜8時。少し長居しすぎた感じの時刻。一体俺はどうすれば良いのか。  
一人無人島に取り残された気分で頭を回転させていると、  
「今日は泊まって……」  
唐突にハルヒがそう言ったのだった。おいおい、冗談だろ。  
しかし、結論から言うとそれは冗談でも何でもなく、本当に真面目な話だった。  
 
 
「じゃあ、先にお風呂入っていいよ」  
ハルヒが頬を俯かせながら言った。  
いや、着替えがな……と頬をぽりぽり掻いていると、  
「わたしので良かったら……」  
と水玉模様の描かれたパジャマを手渡された。丈は結構長い、けどさ  
「嫌?」  
俺は上目遣いに見上げるハルヒを目に入れた途端、  
ここは断っちゃいけないとはっきり理解した。直感が。  
「わ、わかった」  
俺は内心これからどうなるのか不安に思いつつも風呂場に向かう羽目になった。  
あ、パンツどうしよ。  
 
 
湯船に浸かってはぁ〜と疲れた声を漏らしていると、  
風呂場の扉をとんとん叩く声がした。  
「はい。なんだ」  
俺はハルヒが何か注意でもしに来たんだろうと高をくくっていた所、  
「入るね」  
とゆっくり扉を開けて、全裸で胸と下を押さえつつ入ってくるハルヒを認めて、  
「……」  
呆然とした。沈黙が俺を支配したと言っていい。  
ハルヒは頬を少し赤らめつつ、おずおずと浴槽に入ってきて、  
そんなに広くもない湯船のため、俺とハルヒは密着する形となった。  
「あ、あ、あ、あ」  
俺が口をぱくぱくさせているとハルヒが一層近づいてきて、  
俺の肩にそっと頭を乗せた。髪が俺の胸の当たりをくすぐった。微かにハルヒの匂いがした。  
 
これって夢だよな…………。そう誰か言ってくれ。    (終わり)  
 

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