長い授業も終わり、俺はいつもどおり文芸部室へと足を向けていた。  
 ハルヒはなにやら用事があるようで、俺に少し遅れる旨を伝えて教室から飛び出してい  
った。  
 きっとまた何かおかしなことでも思いついたんだろう。次はなにやらかすつもりだ。  
 
 ハルヒの行動シミュレートの無意味さを悟る頃にはドアの前に辿り着いていた。軽くノ  
ックする。  
「………」  
 返事がない。とすると長門だけか。  
 ガチャリとノブを回し部屋に入るとそこにはパイプ椅子に腰掛けながら静かに本を読む  
……メイド姿の朝比奈さんがいた。  
 
「……朝比奈さん?」  
 俺が声をかけると驚いたのか「ふぇ!?」と可愛らしい声をあげながら席を立つ。  
「あ、こんにちは。キョンくん。ちょっと待っててくださいね。今お茶淹れますから」  
 ふんわりと挨拶をしてくれる。こちらも挨拶を返し、いつもの指定席に着く。どうやら  
長門も古泉もまだ来ていないようだ。  
 朝比奈さんが急須にお湯を注ぐ音だけが部室に響く。  
 
 お茶を淹れ終えた朝比奈さんが湯飲みを差し出してくる。  
「ありがとうございます、朝比奈さん。美味しくいただきますよ」  
「うふふ、熱いから気をつけて飲んでね」  
 朝比奈さんはそう言ってにっこりと極上の笑顔を浮かべる。ああ、このために生きてる  
といっても過言じゃないね。  
 
 朝比奈さんの淹れた甘露を口に含みながら至福の時間を過ごしていると、ふと先ほどの  
光景を思いかえす。  
 そういやここに来たとき朝比奈さん何か読んでたな。失礼だがこの人はあまり本を読む  
イメージがない。どっちかというとそういうのは長門の分野だろう。  
「朝比奈さん、そういえばさっき何を読んでたんですか?」  
 そう聞くと朝比奈さんは人数分の湯飲みを用意する手を止めてさっきまで自分が座って  
いたパイプ椅子の上にある本を手に取る。あまり分厚くなく、手軽に読めるサイズだ。  
「あ、はい。えーと、これは今の時代で言うとライトノベルというものです。  
 タイトルは涼宮ハルヒの分裂、ですね」  
 友達から借りたんです、とはにかむ。  
 
 ああ、あの人気シリーズの最新刊か。俺も読んだことがある。  
 確か冴えない男の周りになぜか可愛い女の子がたくさんいるというストーリーだったな。  
 そして最新刊では主人公の昔の彼女が出てきてそいつとヒロインの三角関係になる話だと  
か。うらやましいことこの上ない。そのうち女に刺されそうな奴だ。  
 
「でも残念ですよねー」  
 は? 何がです?  
「だってこれ、結局続き出ないまま終わっちゃうじゃないですか」  
 初耳ですが。  
「そうなんですか? やめちゃった理由はわからないけどこの時代の情報通信でも結構話  
題になったらし……」  
 そこまで言いかけて朝比奈さんはしまった、というふうに口を押さえる。  
「え、えええと、そのその、い、今のは訊かなかったことにしてくださいっ!」  
 禁則事項ですぅ、と涙目で懇願される。  
 ぷるぷると潤んだ瞳で見つめられれば断りきれる奴はいないだろう。はっきりいってす  
ごく可愛い。が、すごく不味い。あたってる。何がとは訊くな。  
「わ、わかりました! 俺は何も訊きませんでしたし朝比奈さんは何も言ってません!」  
 というかくっつきすぎです。詳しくはいえませんがあなたのそれがやわらかいです。  
「え、あ、ご、ごめんなさい! キョンくん」  
 そう言って照れたように慌てて離れる。  
 
 はぁ、助かった。あやうく俺の理性ゲージが限界値を超えるとこだったな。個人的には  
すごく嬉しいがこんな場面をハルヒや長門辺りに見られれば痛い目にあう。ハルヒは物理  
的に。長門は精神的に。すでに経験済みだ。  
 ……俺が何したってんだ。  
 
 俺が軽く思い出し憂鬱していると場の雰囲気を変えようとしたのか朝比奈さんが口を開  
いた。  
「あ……そ、そうだキョンくん! お茶のおかわりはいかがですかっ?」  
 まだ半分ほど残ってはいたが、お願いしますと湯飲みを渡す。いかんな、軽くブルーに  
なったのを心配されたか?  
 
 ぼんやりとお茶を淹れなおす朝比奈さんの後ろ姿を見ながら俺はいつかのことを思い出  
していた。  
 未来は変えられる。そう言ったのは古泉だったか。  
 別段未来に対してケンカを売るつもりはない。だがあの人はこう言っていた。  
 
 ―――小さな介入では未来は変化しない。  
 
 それはそうだろう。石ころを少し動かすだけで未来が変わるなら朝比奈さんはおちおち  
外も歩けない。そもそもこの時代にすら来れないはずだ。  
 だったら、と思う。少しくらいの変化なら未来から見ても許容範囲だろう。  
 俺に出来ることなどたかが知れてるが、友人に本を薦めるくらいなら許されるはずだ。  
 
 朝比奈さんから再度お茶を受け取った瞬間、部室のドアが音を立てて開いた。  
 
 
 
 やれやれ、信じてるぜ。谷川さん。  
 俺は居もしない神に祈った。  
 

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