「なあ長門。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
それは本当に些細でたわいのないちょっとした好奇心。
まさかそれがあんな自体を招くとは露ほどにも思っていなかったのだ。
「お前が今までで一番甘いと思ったモノって何だ?」
もちろん俺はこれまでに食べたものの中で、といった意味で聞いたつもりだった。
「………」
長門は暫く考えを巡らすように黙っていたが、何を思ったのか先程まで読んでいた本に栞を挟み、それを近くの机に置くと俺に近づいて来た。
俺のほうを真っ直ぐ見つめて近づいて来る長門。
しかしその瞳が、俺のこれまでに培った対長門専用表情観察眼によれば悪戯っぽく輝いているような気がするのは気のせいだろうか?
やがて長門は俺のすぐ目の前で立ち止まる。
「わたしが今までで一番甘いと思ったものは…」
えっと、長門さん?どうしてあなたはそんなにも顔を近付けてくるんでしょうか?
「それは……これ」
まさか、と思ったときには既に時遅し。
いつの間にか頭の両側に添えられた長門の手によってガッチリとホールドされた俺の頭は
逃げることを許されずその行為を受け入れざるをえなかった。
それは紛れも無いキス。
頬や額にするような生易しいものではない。
マウストゥマウス、唇と唇でする誰が見てもキスとしか見えないモノ。
あまりに想定外の出来事に俺の頭は現状の認識に失敗し、体はその場で硬直する。
たが長門の行為はそれに留まらない。
重ねられた唇。そこから俺の口へと侵入してくるナニカ。
それは俺の舌を絡め捕り、口内を動き回り、
ただでさえ混乱していた俺の思考をその極地へと追いやって全てを蹂躙していく。
座っている俺に対して半ば覆いかぶさるように繋がるそこからは
その時間に比例して次々に液体が俺の口へと流れ込んでくる。
初めの一撃でクリティカルヒットを受けた俺の意思は既に抗う術を持たず
成されるがままにそれを飲み下していく。
そうしたまま一分、いや5分、10分だろうか。
時間の感覚を奪われた俺を漸く長門が開放した。
「わたしにとってあなたとこうすること以上に甘美なことはない」
それが何に対する答えかを理解するのに数秒を要し、しかしながら先程の事でトロケきっていた俺の頭では
「そ、そうか」と答えるのが精一杯だった。
長門の言う通り、あまりにも甘いソレ。
知らず知らず唇に手をやっていた俺の耳元で「もう一度…する?」という囁きが聞こえた。
もう一度?あれをもう一度くれるのか…?
長門のどこか艶やかな声音の甘い誘惑にほとんど無意識に頷き、
再度唇を重ねながらも頭の片隅に残る冷静な俺が僅かな疑問を持つ。
俺は長門に「今までで」と聞いたはずなのに、何故これだと答えたのか。
俺はついぞ長門とこのようなことをしたことがないはずだ。
と、そのときダダダダッと物凄い勢いで近付いてくる、どこか聞き慣れた足音を耳で捕らえ、
ああ、そういうことか。と後にふりかかる事態を予想し、納得して俺は考えるのをやめた。