「長門、これサンキュ」  
3月上旬のことだ。学期末考査終了後に長門から借りた『今の俺の気分にぴったりな本』を1週間ほど  
かけて読んだ俺は、放課後の部室で長門に返そうとしていた。  
ちなみにハルヒ達はまだ来ておらず、俺と長門の2人だけだ。だからどうしたってこともないが。  
長門は相変わらずの無表情で読んでいたハードカバーから視線を上げると、俺の差し出す本を受け  
取るわけでもなく、ただ俺の目を見つめてきた。  
なんとなく感想を求められている気がしたので、  
「確かに俺の気分にぴったりだった。面白かったよ」  
と言うと、  
「そう」  
長門は本棚を指差して再び読書へと戻っていった。どうやら自分で戻せということらしい。了解。  
去年の4月と比べてかなりスペースに空きがなくなってきた本棚の前に立ち、どこにしまえばいいのかと  
悩んでいると、ある本に目が留まった。  
その白い本の背表紙には出版社はおろかタイトルや著者名も書かれていない。なんとなくその白い本を  
手にとって見ると、表紙の下の方に小さく印刷されている文字が目に入った。  
 
『YUKI.N』  
 
…これって長門のことだよな?  
手書きではなく、あきらかに印刷された文字。中身をパラパラとめくると、日本語の文章が印刷されている。  
「それ」  
「うわぁ!!」  
いつのまにか真横に立っていた長門の声に思わずビックリして声を上げる。頼むから気配を出して近づい  
てきてくれ。  
「家に帰ったら読んで」  
「え?」  
どうやら貸してくれるらしい。まさか、また『午前○時。光陽園駅前公園にて待つ』とか書いてある栞が  
はさまれたりしてるんじゃないだろうな。  
「そうじゃない。ただ読んで欲しいだけ」  
驚いた。長門が自分から本を薦めてくるなんて。  
「あのさ、長門」  
俺はちょっと思いついた事を尋ねてみた。  
「ひょっとしてこの本…お前が作ったのか?」  
長門は数秒ほど俺の目をみつめていたが、何も言わずに振り返り、席について読書を再開した。  
その顔は終始無表情だったが、ほんのわずかだけ照れていたような感じがしたのは気のせいだろうか。  
振り返るとき長門の頬がすこしだけ紅かったように見えたのも、たぶん夕日が当たってそう見えただけ  
なんだろう。そういうことだ。  
 
家に帰った俺は、さっそく謎の白い本を読み始めることにした。  
長門が自分で書いたものとなると、かなりドキドキだ。  
内容は、昨日まで借りてた本と同じで恋愛小説だった。  
内気な文学少女と、少女を図書館で助けてくれた少年との淡い恋物語。  
勝気でポニーテールな隣の学校の少女や優しくてスタイルのいい先輩も現れたりして、なんだか  
昔の少女漫画にありがちな展開ではあったが、妙に覚えのある内容に俺はどんどん読み進めていった。  
 
「……長門」  
草木も眠る丑みつ時、既に半分くらい読んでしまった俺は思わず呟いた。  
ていうか、これってあれだよな? あの世界だよな?  
『長門の表情の専門家』を自負している俺ではあるが、残念ながらその心情に関しては専門家の域に  
達していない。  
長門はいったい何を考えてこれを俺に読ませたのだろうか。  
単にあの世界を元に作ってみただけの話なのか、それとも……。  
しかもだな、半分ほどきたところで少女と少年は相思相愛になり、晴れて恋人同士になるわけなんだが、  
まあ、それ自体は別にいいんだ。  
ただ、  
 
なんでそこから官能小説よろしく、ヤリまくりな展開になるんでしょうか長門さん。  
 
誰も来ていない文芸部の部室でとか、少女が一人暮らししているマンションの部屋でとか、少年の部屋  
(しかも小学生の妹が隣の部屋に居る状態)とか。  
勝気な少女も優しい先輩も途中からまったく登場しなくなり、ただひたすら少女と少年が体を重ねて愛を  
囁き合う描写が続きまくる。  
何故だか非常に恥ずかしいので飛ばし読みでページを進めると、どうやら最後は数年後に結婚した2人  
の姿が書かれてエンドのようだ。『俺たちの幸せはここからだ!』って感じか。  
そして、最後のページを開いて俺は固まってしまった。  
 
『私の部屋にて待つ。  有希』  
 
あー、その、えーと、なんだ、オサソイデスカ?  
思わず時計を見る。いや、別にこれから行くってわけじゃないですよ? 明日行くってわけでもないですよ?  
ただ、そろそろ寝ないと明日起きられないなと思っただけであって、別に、そんな、ねえ?  
ええい、とりあえず寝てしまえ。難しいことは明日考えるべし。そうだ、寝よう寝よう。  
「だめ」  
そう、駄目なんだ……………って、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!???  
俺の声にならない叫びは、声にならないが故に近所迷惑になることもなかった。ていうかなんでここに  
いますか長門さん?  
「………愛の力?」  
5ミリほど首をかしげて答える長門。疑問系で答えられても。  
「大きくなってる」  
そ、そそそ、そんなところ素で触ってくれるな。あんなの読んだんだからしょうがないだろう。  
「私とひとつになりましょう。それはとても気持ちいいこと」  
キャラ違うし。おかしいですよ長門さん。  
「蓄積されつつあるエラーデータの消去には、これが一番有効」  
だから、脱がさないでって、うわ、そんな、いやん。ていうか既にバグってないか?  
「問題ない」  
本当に?  
「今なら確実に着床する。しなくてもさせる」  
そういう問題じゃねー! ていうかそれは大いに問題だろうが! あと脱ぐのもやめなさい!  
ええい、ツッコミどころ多すぎるぞ!!  
「つっこむ…」  
ほんのりと頬を紅く染める長門。その瞳は微かに潤んでいて、相変わらずの無表情の中に僅かな色気が  
浮かび上がっていた。  
うわ、やっべ。はまっちゃいそう。  
 
 
 
はまっちゃうていうか、はめちゃったんだけどな。(ぎゃふん)  
 

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