ツン:デレ=7:3
朝の教室。
「よぉ」
「ん……おはよう」
やけに気だるそうに机に臥せったハルヒから、声が返ってくる。
「随分と眠そうだな?」
「なんか、昨日あまり眠れなかったのよね」
まぁ、その気持ちは分からんでもないぞ。今日は、男子であろうが、女子であろうが、皆色めきたつ日だ。
「バレンタインの話?それは関係無いわ」
違うのか。
まぁ、よくよく考えてみれば、涼宮ハルヒともあろう人が、想い人の為に健気にチョコレートを作る姿というのも、なかなかに想像しがたい風景かもしれないな。
「あ、そうそう。これ」
悲しくなるほどに質素な包装紙にくるまれた箱を手渡される。
「義理チョコよ。ありがたく受け取りなさい」
「ん……ありがたく頂いておこう」
義理だろうが、ハルヒチョコだろうが、もらえるものは嬉しいもんだ。
「多分、後でみくるちゃんと有希も渡してくれると思うけど、それも義理だから」
他人の気持ちまで決め付けるなよ。ひょっとしたら、秘めたる想いを込めてくれているかも知れないだろ?
「ばっかじゃないの?」
馬鹿とか言うな。
万に一つだろうが、可能性があるなら賭けてみるのが、熱い展開ってなもんだぞ。
「はぁ?」
顔をしかめるハルヒに説明してやる。
「いいか?『この作戦の成功率は1%にも満たない』って台詞が合ったとしたら……」
「『0じゃなければ、それで充分だ』的な答えを返すのが、ポピュラーかしら?」
ま、そういうことだ。
「ふーん……ものはいいようね」
まぁ現実ってもんは、そんなに甘くないけどな……
言いかけた言葉を、1限の教科書を求めて机を探索していた俺の指が遮る。
──ラミネート加工の艶やかな感触。
「あ。安心しなさい。あんたの机にチョコを入れてくような奇特な娘はいなかったわ」
ハルヒの声に俺は、びくりと反応してしまう。
「な、何で分かるんだよ?」
「暇つぶしに見てたのよ」
趣味が悪い奴だな。
「さっきも言ったけど、昨日はあんまり眠れなかったから早く学校に来たの。で、これといってやることもないから、仕方無しに見てたってわけ、ドゥーユーアンダースタン?」
ノー、アイキャントだな。
眠れなかったからと言って、学校に早く来るような行為は理解できんし、しようとも思わん。
「ま、つまる所あたしがこの席に座って以降、怪しげな行動をとった奴はいなかったわ」
──じゃぁ、こいつはいったい誰からのものなんだ?
休み時間、ハルヒの視線を掻い潜って持ち出したソレをためつ眇めつ眺めてみる。
ハルヒが何時に来たのかまでは知りえんが、もしも、あいつの証言が正しいなら、谷口あたりの悪戯という説はないとみていいだろう。
わざわざ、それだけの為に早起きするとは思えんからな。
包み紙に手をかけて、確かめる。
なかなかに丁寧なラッピングが施されているが、ところどころに消えきっていない皺が存在している。
何度か包みなおした跡だろうか?
──贈り主はどんな奴だろう?
少なくとも、やれ『不機嫌になると世界を滅ぼす』だとか、やれ『何かの大会に出る』だとか、そういった突拍子も無いことを言い出して、俺を振り回さない奴だと嬉しいね。
あぁ、そうだな…あとは、怪しい団を作らない奴で、人を引っ張るのにネクタイを掴まなけりゃ、更なるプラスポイントだ。
それで、ポニーテールでも似合ったら、あとは言うことが無いな。
っと。本題に戻るか。
犯人──と言うのは、言葉が悪いが、適切な言葉も思い浮かばないので、仮に犯人としておこう──
・犯人の遺物は確かに、俺の机にあった。
・ハルヒは、犯人を見ていないと主張している。
これが、二つの事実だ。
可能性としてありえるのは、まず、ハルヒが見ている以前に犯行が行われたという説だ。
「それは、ない」
「ぉっ……と!?お前いつからそこに?」
不意に現れた長門有希に、俺は一瞬慄いてから言葉を発する。
「涼宮ハルヒが学校に来たのは、今日の7時半、校門の鍵が開くのと同時であった為、生徒の中では、彼女が一番最初に学校内に侵入した」
あいつは、何をそんな時間から学校に来てるんだ?いくら眠れないからって言って早過ぎないか。
「なら、ハルヒが嘘をついてるのか?」
「それも、違う。涼宮ハルヒは、2年5組の到着から5分以内には、自分の椅子に着席し、あなたの机を凝視していた」
何をそんなに見るもんがあるんだ。俺の机の中にタイムマシンはないぞ、あるのは置き勉した教科書くらいなもんだ。
「じゃぁ、これは前日に俺の机に入れられたものなのか?」
「その答えもまた、否。詳細を説明すると休み時間が終わる可能性が高い為、省略するが、その贈答物は間違いなく今日あなたの机に入れられた」
──なんだそりゃ?完全犯罪だ。どうしたってこいつが机の中に置かれることは不可能じゃないのか?
「When you have eliminated the impossible, whatever remains, however improbable, must be the truth」
「……日本語でおk」
反応に困ったので、とりあえず答えておく。
「ミステリでは、死亡したとされる人間は疑われない場合が多い」
「まぁ、そりゃ当然だな」
長門の言葉の的を射ることができないで考えていると、右手に包み紙を差し出してきた。
「受け取って」
「ん……あぁ。サンキューな」
「これで、容疑者・長門有希は死亡した。……『あとはわかるな?』」
すまんが、分からんな。
俺がお前の言葉を聞いて思ったのは、せいぜいまだハルヒに正式な礼を言ってなかったてことを思い出したことぐらいなもんだ。
ツン:デレ=6:4
…………
………………
…………………
沈黙に耐えかねて一つ溜息をつく。
「………………………………」
冒頭から続く三点リーダの嵐は、俺にとって三点リーダ製造の代名詞のような存在である長門のものではない。
俺の知る限りでは、静寂をもたらしてくれる人間ランキングの上位から最もかけ離れた人物。
──涼宮ハルヒの代物だった。
──俺がいったい何をしたというのだろうか?
「ちょっと残りなさい」
退屈な授業も全て終わり、特筆することもなかったホームルームも済んだ昼下がり、部室に向かおうとした俺の首根っこを掴んだのは、涼宮ハルヒの言葉だった。
やれやれと一つ溜息をついて、席に戻る。
「何の用だ?」
「いいから、待ってなさい」
『待てば海路の日和在り』と昔の人は言っていることぐらいは知っているが、いかんせんハルヒの言うことを聞いて、待っていたとしても何某かの良い事が起こるとは思えんのだがな。
「なぁ」
「何よ」
ハルヒが、ぶっきらぼうな言葉を返してくる。
「俺達は何を待ってるんだ?」
「うるさいわね。何でも良いじゃない」
「もうクラスの奴らも皆帰ったぞ。いつまでここに居ればいい?時間の無駄だろ」
「……意味はあるわ」
何故か語尾を弱めながらハルヒが答える。
…………
そして、再び沈黙。
「いい加減にしろ。せめて理由を説明しないなら、俺は帰るぞ」
「…………これよ」
そっぽを向いたままのハルヒが、観念したかのように押し付ける「それ」を手にとる。
「くれるのか?」
「…………そうよ。ありがたく頂きなさい」
ハルヒは、さっきからこちらを見ようともしない。どんな表情をしているんだろうか?
「サンキュー、な」
受け取ろうと伸ばした手が空を切る。
「って、おい」
「ま、間違えたわ」
手を引っ込めるハルヒ。
「何だと?」
大声も出していないのに、蜘蛛の糸が切れてしまったような気分の俺の前でハルヒが別の包みを差し出してくる。
「あんたのは、こっち。誤解しないように言っといてあげると、義理だかんね」
言われなくても分かるさ。さっきのものと比較すれば明らかに見劣りする包みだ。
「これは……うん、そう。親父のよ」
聞いてもいないのに、説明を始めるハルヒ、何故だか、いやに饒舌だ。
「なかなかの孝行娘でしょ?さ、部室行くわよ」
そう言ってハルヒは立ち上がった。
──やれやれ
義理チョコの一つに随分と時間をかけさせられたもんだ。正直、あまり割に合わないね。
「えー!……なかった…ですかぁ?」
「仕方ない……ない、あたし…譲歩し…のよ」
「でも、それじゃ、駄…です。バレンタ…ンは、その為にあるんですよ」
部室での一幕、ハルヒと朝比奈さんが何やら話しているのが聞こえる。
「聞き耳を立てるのはいいですが、勝負に集中してはどうですか?飛車取りですよ」
古泉がパチリと駒を動かしながら、言葉をかけてくる。
「何を話してるか、少し気になっただけだ」
まぁ、確かに趣味は悪いがな。
「ふむ、推察するに今日のイベントの話でしょう。あなたの戦果はいかがなものでしたか?」
はなにつく笑顔で、古泉が語りかけてくる。
「ろくなもんじゃなかったな」
角行の移動範囲だったせいで打てなかった場所に銀将を打つ。
「王手」
「……これはこれは……相変わらず、こんな所でだけは決めてくれますね」
なんだそりゃ?けなしてんのか?
「いえいえ、とんでもない」
──パタン
長門が本を閉じる音で本日の活動が終わる。
「キョン!」
帰り際、先に3人が出た後でハルヒが声をかけてきた。
「今度は何だ?」
「これ」
さっきの厳重に包まれたチョコレートを、こちらにつきつけてきた。
「それは……」
言葉につまる。俺はどんな反応をするのが正しいんだろうか?
「それは……親父さんのだろ?ちゃんと渡してやれよ」
その言葉は本当に俺が言いたかった言葉だろうか?
…………『馬鹿』
アイツの声にならない声が聞こえた気がした。
ツン:デレ=5:5
「これ」
ぶっきらぼうなハルヒの言葉とともに渡された包みは、やたらと丁寧な包装がなされていた。
もちろん、中身の察しはつく。
いくら普通を嫌うハルヒでも2月14日にわざわざモナカを渡してくるとは思えない。
問題は──その意味だ。
「ハルヒ」
俺に包みを突き出して以来、動こうともしなかったハルヒに声をかける。
「な…によ?」
「これ、空けていいか?」
「勝手にしたら」
細く深呼吸して、慎重に包みを開く。
豪奢という程、飾りはないけれど、質素というには小奇麗に纏まり過ぎている逸品。
そう、問題は……これが本命かどうか?
「なぁ?」
「…………何?」
長門みたいな答え方をするハルヒ。
「これは……義理か?」
「ち、違うわ」
相当慌てているのだろうか、普段なら水車のように回る舌がちっとも回っていない。
といっても、俺も同じくらいに慌てているから、おあいこだ。
「なら……」
全部言い終わる前に、ハルヒが答えた。
「黙秘よ……黙秘権を発動させてもらうわ」
と言って、自分を納得させるように何度も頷くハルヒ。
「なら、こいつの意味は自由にとってもいいってことだな?」
「勝手にすればいいじゃないっ」
言い放つとハルヒは立ち上がり、
「あたし。もう帰るから」
と言って、逃げ出した兎のようにドアへと向かった。
「ハルヒ」
──ちょっと待て、俺には言わないといけない言葉があるんだ。
「何よ?」
それは、俺にとって少しだけ特別な意味を持つ女の子への言葉。
義理だとか、友情だとかとは違う本当に少しだけ特別な意味を俺に伝えてくれたあいつへの言葉。
「この気持ち、ありがとうな」
ツン:デレ=4:6
「……なぁ?」
「何よ?」
「本当に、それを受け取って良いのか?」
「なんでそんなことを聞くわけ?」
さも不思議そうに、ハルヒの双眸が俺を見つめてくる。
「いや……、だな。俺は正真正銘の一般ピーポーだぞ?」
「そうね。あんたは、極々普通の一般人よ」
お前には秘密だが、変人どもからのお墨付きさえ受けているしな。
「じゃぁ……どうしてだ?」
少しの時間を置いて、ハルヒが答える。
「説明しづらいこと聞かないでよ。あんたといるとつまらなくないとか、もっともな理由をつけれないこともないけど……そういうのって理屈じゃないんじゃないかしら?」
まぁ、そうかもな。
「で、返事はどうなのよ?流石にあんたが、『ハイパーゴールドラグジュアリーフルオートマチック真ファイナルヴァーチャルロマンシングときめきドラゴンマシーン』だとかの定冠詞がつくようなレベルのニブチンでも、この意味ぐらいは分かるわよね?」
──まぁな。
しかし、なんて答えてやればいいのだろう?上手い言葉がなかなか沸いてこない。
「あぁ、もうじれったいわね。早く答えを出しなさいよ!」
って、おい。早すぎだろ、痺れを切らすのが。
「こっちは、今どうやってOKするか、迷ってるんだ。少し待ってろ」
俺の言葉を無視して、ハルヒは啖呵を切りつづける。
「それとも、何?きっちり言葉にしないといけないくらいあんたってニブ………あんた、今OKとか言わなかった?」
俺の口が、俺の意思を上手いこと言葉にしてるならな。
「……なによ。ムードもへったくれもないじゃない。やり直し!」
って、おい。お前が言わせたんじゃねぇか。
といいつつも、頬を染めるハルヒがわりに可愛かったので、もう一度台詞を考え直すことにする。
「ハルヒ」
「何よ?」
「……好きだ」
ぴくんと反応する姿が、俺の知る涼宮ハルヒの中でも最高だった。
「満足できたか?」
ハルヒは何も言えないようでコクコクとただ頷いていた。
「で、他に望みはあるか?」
「そうね……」
どこか普段の企み顔に似た表情で考えて、答えるハルヒ。
「あたしの本命を貰った以上は、他の娘から貰ったりしたら承知しないわよ」
──いやいや、待て待て。
まだ俺は、朝比奈さんと長門からも受け取っていないぞ。
「ダメよ」
なんでだよ。
「馬鹿キョン。あんた、さっき何て言ったのかしら?ちゃんとその意味考えなさい」
いや、あの2人は大事な友人でだな、
「ダメったら、ダメ」
赤くなって駄々をこねるハルヒ。
「妹のも、か?」
「モチのロンね」
──やれやれ
帰宅後、妹に追い回される自分を幻視して、軽くため息をつく。
けれど、ハルヒの我侭を聞いてやろうと思える程度には、今の俺は幸福だった。
ツン:デレ=3:7
「…………」
さて、さっきからずっと目の前の涼宮ハルヒがむくれている理由はなんだろう?
少なくとも、朝一緒に登校してきた時は、最高の笑顔を見せてくれていた筈だ。
原因は何だろうか?
記憶を手繰り寄せ、朝の自分を思い返してみる。
──ひょっとして……?
「なぁ、ハルヒ」
「………………」
「朝、長門から渡されたチョコ、受け取ったこと怒ってるのか?」
「……違うわ」
他人さえ巻き込むような不機嫌声が返ってくる。どうやら、正当らしい。
「いやぁ、あのだな……長門はさ、ほら大事な友達だしさ」
「…………」
湿度に直したら80%は越えていそうな、ジトリとした瞳で無言のままに睨まれた。
やれやれ、どう対応したもんかね?
迷っていると、誰かの声が俺を呼ぶのが耳に入る。
「キョン君いますかー?」
見れば、教室の出入り口のところで朝比奈さんが手を振っている。
「あ、これ。今日はちょっと用事があって部室にいけないので先に渡しておきますね」
「あぁ、こりゃどうも」
……じゃねぇ!!
つい、普段のお茶のノリで受け取ってしまった。
「………………」
殺気だ。言葉では言い表せないが、アイツから殺気が感じられる。
「じゃ、わたしは教室に戻りますね」
殺気に気づいているのか、いないのか、朝比奈さんはそのまま俺を残して退場していった。
……さて、どうしたものかね?
「ハルヒ」
「…………」
夕暮れの部室。
体の悪いことに二人きり。長門はコンピ研で、朝比奈さんは前述のとおり用事。古泉はまぁ、アルバイトだろう。
「あのさ、今日はバレンタインだよな?」
「…………それが?」
冷ややかな目で睨み返された。取り付く島も無いな。
「いや、さ……ひょっとして俺の分もあったりするなら……」
「捨てたわ」
何ーーーーーーー!!
「ゴミ箱に捨てた。だから、存在しないわね」
「なんてことしやがる」
「必要ないと思ったから捨てたのよ。いけない?」
あぁ、クソ……
「いいか、待ってろよ。探し出してギャフンと言わせてやる」
ハルヒに向かって言い放ち、俺は部屋を出る。
「……馬鹿じゃないの」
ハルヒの声が聞こえた。
そうかも知れない。でも、俺はやっぱりアイツの作ったチョコが欲しかったんだ。
「ここも外れか」
ゴミ箱から目を離し、一人呟く。
我ながら馬鹿みたいだぜ。
「あと、残ったゴミ箱ってどこにあったっけな?」
独り言に対して、言葉が返ってくる。
「二階の東に捨てたわ。でも、もうないはずよ。ゴミは夕方に回収してるはずだから」
「ハルヒ……おまえ」
闖入者の姿に驚いて、俺は声をあげる。
「何よ。有希とみくるちゃんのチョコで充分じゃない、この欲張り」
「違ぇよ」
「違わないわ」
「お前のじゃなきゃ意味がない」
……思い返すと随分歯が浮くことをいったもんだな、俺は。
「でも、もうチョコはないわ」
「そう、らしいな。ま、お前と仲直り出来るなら、最悪手に入らなくても諦めれるかな?」
「あたしが、仲直りしないって言ったら?」
「集積所くらいまでだったら、探しに言ってやるさ」
「馬鹿じゃないの」
うつむいて、ハルヒが答える。
「あぁ。そうだな」
ちゃんと、こいつの気持ちを考えなかった俺は本当に馬鹿だ。
「キョン」
「なんだ?」
「ちょっと、こっち来なさい」
言われたとおりに近寄ってやる。
「チョコの代わりに……あげるわ」
頭が、ハルヒの顔に引き寄せられた。
──今日はゴメンな。
塞がっている口の代わりに心で呟いて、俺はハルヒの頭に結わえられた『こいつの想い』を優しく撫でた。
ツン:デレ=2:8
「ハルヒ」
「何よ?」
「アレは?」
「アレってなんのことかしら?」
とぼけんな。朝、古泉に渡してるところを見たぞ。
「何?あんた妬いてんの?」
違う。羨ましいのは事実だが……
「欲しい?」
「言わずもがなだ」
正直に言ってやったんだ。さぁ渡せ。
「ふーん。だが、断る」
ずこっ
大概の人間が、デパートの屋上でメダル1枚入れた後で聞いたことがあるんじゃないかという効果音で、コケてみる。
「何故だ?」
「良いじゃない?朝、ちゅーしてあげたでしょ?」
それはいつもの事だろ?今朝に限ったことじゃない。
「何よ?足りないなら、ここでしてあげても良いわよ」
『良いわよ』じゃないだろ。場をわきまえんか。教室だぞ、ここは。
「あら、別にあたしは構わないわよ」
だから、そういう問題じゃないだろ?……まぁ、別に俺も構わないが。
「んじゃ、する?」
──あぁ、クソっ。
心の中で悪態をつく。どうしようもなくなって結局致してしまう。
ハルヒが顔を近づけて目なんか閉じるせいだ。間違いないね。
「って、だからそういうことじゃねぇ!!」
呼吸を整えて啖呵をきる。
「まだ不満?まったくエロキョンなんだから」
「そういうことでもねぇ!!」
というか、教室でそんなことを語るな。どっちがエロだ、どっちが。
「ま、言いたいことがあったら、ちゃんと言葉にしなさい」
そう言って悪戯っぽく笑うハルヒの姿は、まるで西洋の御伽噺の女の子のようだった。
──仕方ない。単刀を直入して言うしかないか。
「ハルヒ。俺のチョコレートはどうなってる?」
「実は用意してなかったりしてぇ?」
って、おい!俺の今までの行程は何だったんだ?ただの寸劇か!?……って
「むごっ」
口の中に広がるカカオの風味と、鼻腔をくすぐる甘い匂い。
目の前には、向日葵の花束のようなハルヒの笑顔。
「間抜け面」
──うるせぇよ。
男が、好きな女のチョコに奔走して何が悪いんだ?
俺は心の中で一言、呟いた。
ツン:デレ=1:9
「……よぅ」
「OHAー♪」
朝、目が覚めると、懐かしい挨拶を決めるハルヒが居た。
「あ、ちなみにヤマちゃんの方ね」
どうでもいい事をいちいち説明しなくてもいいぞ。
「アタシ達の世代だったら、こっちの方が本家ってのは譲れないとこでしょ。それに、そういう説明って結構重要だと思わない?」
まぁ、確かに昔の俺はそれについて物議してみたりもしたが、今となりゃ、それもどうでもいいことだ。
「で、お前は朝っぱらから何してんだ?」
確か、昨日は家にいなかったはずだぞ。
「通い妻♪」
こともなげに言い放ちやがった。
「あのなぁ」
ツッコミをいれようとしたところで、ハルヒの人差し指が俺の唇に当てられる。
「まぁまぁ」
まぁまぁじゃない。
「嬉しいところが無いわけじゃないでしょ?」
否定はせんがな。
「ま、いいじゃない。今日はバレンタインなんだし、イベント事の時ぐらいあんたの傍にいたいってアタシの切ない気持ちを分かってよ」
基本、四六時中傍にいなかったっけ?俺達。
「で、バレンタインってんなら、どんなチョコを作ったんだ?」
「こんなのよ!」
ハルヒの顔が、ニヤリと歪むのを見たかと思うと、次に感じたのは強引に開かれる唇の感触だった。
──って、おい。何のつもりだ。こいつは?
なんて思ってると、良く知ったアイツの舌の感触とともに、甘味が舌を刺激し始めた。
「堪能したかしら?」
長いキスを終えた後で、ハルヒが悪戯っぽく微笑んだ。
「よく分からなかったな。もう一回頼めるか?」
俺は、少しだけ嘘をつくことにした。
ツン:デレ=0:10
「早……きな…い!……馬鹿……ン!!」
悪いが、もう少し寝かせてくれ。
昨日のコトで、俺は少し疲れてるんだ。
「ふーん。起きないってんなら、あたしにも考えがあるわ」
ああ、そうかい。好きにしてくれ。俺はもう少し惰眠を貪らせて貰……
「って、おい!」
跳ね起きて即座にツッコミをいれる。
「……ん、おひひゃわね」
体勢を変えないまま、ハルヒが答える。
「お前は、朝っぱらからヒトの『ジョン・スミス』にいったい何をしてやがる?」
「何って、朝の処理?」
屈託ない笑顔で答えるハルヒ。
「しかも、その格好は何だ?」
「あんた、昨日シ過ぎで脳みそ溶けちゃったの?今日はバレンタインよ」
普通の人間はバレンタインだからって、そんな阿呆な格好はしねぇよ。
「普通なんてつまらないって、あたしがいつも言ってることぐらい知ってる出しょ?」
──溜息をついて、寝癖の残った頭をバリバリかく。
「一応、聞いといてやる。なんだその身体についたチョコレートは?」
「ボディペイントよ」
ダメだ、こいつ。早くなんとかしないと……(AA略)
「何よぉ、その表情。この格好、扇情的だとおもわない?」
あぁ、そりゃそうだがな。
「けどな、そんな格好してどうするって言うんだ?いまから学校だろ?」
「休んじゃう、とか?」
残念だが、俺は皆勤賞を狙うほど勤勉なつもりもないが、とくに意味もなく休むほど不真面目でもないぞ。
「むー」
むくれるな。『学校に行こう』とか、どっかのラノベタイトルを間違えたような決意が捻じ曲がりそうだ。
「だいたいな、そんな事したら皮膚呼吸できなくなってヤバイんじゃないのか?風呂で落としてこいよ」
都市伝説かも知れんが、バラエティーで全身に金粉を塗った芸人が死にかけたなんて話を聞いたことがあるぞ。
「嫌よ。せっかく作ったっんだもの」
馬鹿か?お前は。
「あんたが……食べれば良いじゃない、ここで」
…………いやいやいや
「何よ、アタシが呼吸困難になってもいいってわけ?」
んなワケあってたまるかよ。
「じゃぁ、いいじゃない」
よかねぇよ。
ここで退いては負けだ。今日、学校に行くという野望(?)は叶わなくなるだろう。
しかし、アイツの方が一枚上手だったのだろうか、俺の搦手を見つけたハルヒは追撃をしかけてきた。
「ね、キョン」
物欲しげな表情で見つめるな。負けそうになる。
「……食べて」
言葉の後にハートマークが見えた気がする。
あっけなくも、完敗だぜ。
結局、その日は学校に行けなかった。
──自分の意志の弱さが嫌になるね、全く
ああ、そうそう。食べ物を粗末にしたりすると、どこかの団体とかから睨まれそうなんで、追記をしておく。
──今回、使用した『超監督』は、この後で『雑用スタッフ』が美味しく頂きました──
なーんてね。
〜the end〜