「わたし、涼子。今、一年五組の教室にいるの」
快眠を人生の楽しみと思える俺は中年のおっさん顔負けにオヤジ臭を醸し出しているのでは?
なんて考える時間が惜しいくらいに一日の中で唯一の安らぎが得られる世間一般的に深夜と呼ばれるに違いない時間帯。
劇的、かつわんだほーな学園生活を満喫していると思われがちな俺の頭は覚醒しないまま携帯の非通知着信に対応していた。
「はぁ……」
頷くしかない、という返事を聞いてか聞かずか、ちゃちな機械からは永遠と通話終了を告げる音声が流れていた。
はて? 夢でもみていたのだろうか? じゃあ二度寝だな。
眠いし、まだ夜だし。まぁ出来ることなら朝でも起きたくはないんだがな。
そんな決断をして早一秒弱、再び騒ぎ出す携帯。
「わたし、涼子。今、一年五組の前にいるの」
「ほとんど動いてませんね、おやすみなさい」
「おやすみなs……えぇっ!? ちょっ」
通話終了、安眠作業に移行する。なんか長門みたいな俺。
ついでに長門みたく寝てみようと思うも、寝てるところなんて見たこと無いなと結論に達すると同時に三度携帯が鳴り始めた。
騒ぐ携帯、切る俺。騒ぐ、切る、騒ぐ、切る、騒ぐ、切る、騒ぐ、
「わたし、涼子。今、昇降口にいるの」
「おかけになった電話番号は現在使われておりません、ピーという着信音の後、即座に電源をお切りください」
「それなんか違って……」
通話終了、電源オフ、おやすみなさい。
再びなり始める携帯。いかれたのか? そろそろ変え時なのかな。
そんなポンコツから声が漏れ始めたが、そんなのお構いなしに携帯を拾い上げ部屋の入り口に近づいていく。
「わたし、涼子。今、あなたの家の前にいるの」
「そうか、じゃあなんで俺の部屋の前にいるんだ?」
そう言ってさっきからそんな気がしていた俺は部屋のドアを開け放った。
「……ふふっ、流石キョンくんね、わたしのえくせれんとな作戦を見抜くなんて」
「だろ? じゃあな」
寒いからドアを閉める、携帯の電源オン。
一瞬驚いたような表情を見せてはいたが、ニヤリと笑う朝倉は正直怖いです。
「ちょっと、客人の扱いも知らないって言うの?」
「深夜の訪問者が何いってんだよっ!? 時間考えろよっ!? 家族だって寝てんだぞっ!?」
「なっ、あなたのほうがうるさいじゃないっ!?」
大声を上げるなやかましい。一応リダイヤルから一番数の多い頼れるアドバイザーに接触を試みる。
「長門、夜遅くに悪いな。ちょっといいか?」
「………………」
了承の意志が目に見えてヒシヒシ伝わってくる。
長門の存在を確認出来ると妙に安心できることになんの違和感も感じないくらい依存していることに気づくも、
どうしようもないじゃないかと開き直るばかりの自分に少し鬱になる。
長門は夜のほうがテンション高い気がする。うきうきとか似合いそうだ。
「今おまえのところの頭アレなやつが来てて気分悪いからどうにかしてくれ」
「………………」
頷いて了解してくれた。頼りになるな。
なんか俺も元気になってきた。うきうき。
「凄い言われようだけどあなた自分の立場がわかってるの?」
「あぁ、もちろん。ここは俺の部屋で深夜だ。だから頭アレなおまえにはさっさと帰って欲しいんだが? 出来れば自分の意志で」
OK? にっこり笑顔を浮かべている朝倉。よっぽど帰りたいんだな。
しかし流石急進派というだけはある。こんな時間まで働かすんだから残業手当は当然請求すべきだな。
まぁどこの世界にも上下関係が存在するのもまた事実ではあるが、言うべき事はしっかり言っとけよ?
「うん、それ無理」
なんともまぁ仕事熱心だこと。もしくは上司が厳し過ぎるか。
「冥土の土産ってことで1ついいこと教えてあげようか?」
話したくてたまらない様子でこちらを窺っている。流しますか? 流しませんか?
「あなたメリーさんって知ってる?」
頭の中でどうしよかなぁ〜と朝倉の奥のほうをじっと見つめていたのだが、オートで進行していった。結局話し出すのかよ。
「あぁ、最後まで知ってるぞ」
「あら、そう」
少し残念そうに舌打ちをする朝倉。ってか今すぐ帰ってくれないか? 眠いんだけど。
「じゃあわたしが寝かせてあげるね」
ニコニコ笑いながらなんと俺を寝かせてくれるらしい。
「いや、遠慮しとく。それよりおまえはもちろんメリーさんって最後どうなるか知ってるよな」
「当然でしょ」
何を今更、見たいな顔して両手を挙げてのオーバー過ぎる対応を取ってくれた。
「……わたし、有希。今、あなたの後ろにいるの」
驚き、振り返る朝倉。しかし、長門は朝倉の真後ろにいる。ってか死角。なんて律儀なやつだ。
「何時からいたのよっ!?」
クルクル回る朝倉と長門。眠い目が回ってきそうだから止まってくれるとありがたいんだがな。
「『長門、夜遅くに悪いな。ちょっといいか?』 この言葉を聞いたときにはあなたの後ろにいた」
クルクルクルクルクルクルクルクル……あぁ、眠い。
「わたし、有希。ずっと、あなたの後ろにいるの」
廊下は冷えるな、なんて考えながら明日も大変だろうという
不確定とは言いがたい未来予知が出来る自分に身震いをしながらゆっくりとドアを閉めた。
「先に後ろを取った者勝ち」
朝の目覚めは格段に良かった。