「たっだいまーっ!」  
玄関の方から元気な娘の声が聞こえた。  
家事もひとまず落ち着いた気だるい平日の昼下がり。のんびりワイドショーを見ていたあたしは、やれやれと玄関へ向かう。  
 
「あ、ママ見てこれ!クラスで1人だけだったんだから!」  
娘が出合い頭に誇らしげに見せてくれた、わら半紙。ごちゃごちゃと色々書いてある中で、右上の100という字が目を引く。  
あたしの顔にも自然と笑みが出た。  
その顔を見てか、娘はより一層胸を張った。  
 
「へっへーん、どう?約束通り、ママの初恋話、聞かせてもらうからね?」  
そういえばそんな約束、してたっけ。娘の成績のために自分の青春を切り売りするなんて、あたしもバカな約束をしたものだ。  
いや、そうじゃないかもしれない。あたしは誰かに言いたくて仕方がなかったのかもしれない。  
あの魔法以上のユカイが限りなく降り注いだ日々を。  
 
そういえば興味のある事なら実力以上の力を発揮する娘は、あの人に似ているのかも、なんて事を思いながら、  
あたしは娘をリビングに待たせて物置へ向かった。  
 
 
「わーっ、何それ!そんな箱に入れてあるんだ!」  
あたしが物置から戻ってくると、娘は待ちきれない様子で駆け寄ってきた。  
 
「早く開けて、開けて〜」  
娘が急かす。もう10年以上開けていなかった小箱は、あたしにも懐かしかった。もう少し浸りたかったんだけどな。  
箱を開けると、中からは写真が出てきた。一目見ただけで懐かしさがこみ上げてくる。  
みんな、みんな、変わってない。あの頃のまま、笑っている。あたしは胸がいっぱいになった。  
 
「あれ、なんか色が変じゃない?加工してなかったの?」  
色褪せた方がいい思い出もあるのよ?って言ってもこの年頃の子にはわからないだろうな。  
 
「わぁ、これがママでしょ?すっごいわかーい!」  
娘が写真の中のあたしを指差しながら笑う。今でも若いわよ、とあたしも笑った。  
あたしはメイド服を着ていたり、バニースーツを着ていたり……制服の写真の方が少ないくらい。  
 
「ママって……何してたの?」  
少し怪訝な顔で聞いてくる娘。当然の反応だろう。  
あたしは少し脚色して教えてあげる。この部の看板娘で、色々プロモーションをしていた。  
それでこんなコスプレをしていたのだと。  
 
「へぇ〜、アイドルみたいなもん?ママが?へぇ〜」  
驚きと憧れの混じったような視線で見つめられるとちょっと心が痛いけど、少しくらいいわよね。  
苦労したもん。  
 
「それでそれで?ママの初恋の相手は…誰?やっぱりこの人?かっこいいもんね」  
古泉君…彼も同じ時を同じ場所で共にした仲間ではあるけど、機関というバックがあるからか、あたし達に対して一線を引い  
ていた。  
彼にだけは違う顔を見せていたようだけど…  
 
「ちぇっ、なーんだ、じゃあ誰?このオールバック?」  
古泉君じゃないと知るとなぜかふくれた娘は、違う男性を指差す。この人確か…彼の同級生の…  
彼がよく言ってた、アホの…誰だっけ。ごめんなさい、アホさん。名前が思い出せません。  
同様に、次に娘が指した童顔の子の名前も忘れてしまっていた。あたしも年、とったんだな。ちょっとショックだ。  
 
「じゃあ誰なのよぉ、えーと後は…この人?」  
娘の指が彼の顔を指している。少しだけ、当時の感情が蘇る。あの頃もよく写真を見てたっけ。  
 
「えぇっ!?どこがよかったの?」  
娘は、あたしが頷いたのを見て不満そうな声を出す。確かに、今にして見れば、顔が特に目立つという事はない。  
当時のあたしが、男性に極端に慣れていなかったというのもあるかもしれない。でもそれは、今考えれば、という事。  
あの時は本当に、必死に感情を抑えていた。  
 
この時代に帰ってくるという時、あたしは最初で最後、長門さんと一緒に見送りに来てくれた彼の本名を呼んだ。  
それが精一杯の告白だったのだ。  
あたしは悔しかった。想いさえ伝えられない事が。  
あたしは誇らしかった。私情を抑えて任務を完了できた事が。  
そんな感情が入り混じって、別れる時は大泣きしていた事を思い出す。彼はそんなあたしを悲しそうな顔で見つめていたっけ。  
好きであればあるほど、笑顔で別れるなんて、難しい事なのよね……  
 
「ねえママ、この頃に帰りたいって思う?」  
思い出の海にどっぷり浸かっていたようだ。声に気づくと、目の前には娘が覗き込むようにしてあたしを見つめていた。  
寂しそうな表情。 大丈夫。思い出は思い出なんだから。戻ったりしたら、せっかくの素敵な思い出に上書きしてしまう事になる。  
少し考えてからそういう結論に至った。あたしがその旨を伝えると、娘は表情を変えずに続けてこう聞いた。  
 
「ママは今、幸せ?」  
と。今度は考えるまでもない。この写真に写っているときは、確かに幸せだった。  
比べる事なんかできない。でも、今が幸せなのは揺るぎない事実。  
あたしは照れくさくなって、娘にも同じことを問い返してみる。  
 
「そ、そう……わ、わたしも幸せだよ……へへ、なんか、恥ずかしいね」  
赤くなった顔を見られたくないのか、娘は抱きついてきた。あたしは娘の体温を胸の中に感じながら、髪を撫でてあげる。  
そして空いている方の手で、笑っている、(長門さんは微妙にだけれど)これからもずっと笑っているであろう、  
SOS団の集合写真を改めて手に取る。  
 
あたしは規定事項で全員のその後の人生を知っている。  
でもこの人達はあたしのその後の人生は知らない。だから。  
写真にだけれど。  
あたしは報告をする。  
 
「あたしは今、幸せです」  
 
 
終わり  
 

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