それは全国的に多くの学校が入学式をむかえる4月某日の早朝のことだった。  
 駅近くのマンション、その7階の一室において、統合思念体作製インターフェースであるところの長門有希は、登校までのわずかな時間をコタツ前で待機することによって過ごしていた。  
 そんな時である。突如、小学生の悪戯のような呼び鈴の連打が室内に響き渡った。  
 次いで、施錠されているはずの玄関ドアをあっさり開けながら、髪の長い少女が入ってくる。  
 この部屋の主、長門有希と目的を同じくするインターフェース、朝倉涼子である。  
「長門さん、長門さん。ちょっといいかしら?  
 あ、ごめんなさいね、いそがしいところ。今、時間いい? 大丈夫?」  
「…………」  
 矢継ぎ早に言葉を紡ぐ朝倉涼子相手に、長門有希は無言を貫いたまま、視線だけを彼女の方へと向ける。許可なく立ち入ってきたことを咎めるつもりはないらしい。  
 それに気を良くしたのか、それとも始めから関心の範疇外なのか、ともかくテンションを落とすことなく口を動かす朝倉涼子。  
「ちょっと話聞いてくれる?  
 ほら、わたしたちもいよいよ待機モードを終了させて、涼宮ハルヒと同じ北高に入学するわけじゃない」  
「…………」  
 コクコクと無言で頷く長門有希。  
「でね、やっぱり登校初日って言えば、クラスメイトの前で自己紹介をするわけでしょ。  
 それで、その自己紹介の文面を考えるのに参考になるような本がないかしら? と、思って来てみたの? ある?」  
「…………」  
 同僚の要請に長門有希は右手を持ち上げると、親指と人差し指を使って輪を作り、まかせておけと言わんばかりの了解の意思表示をする。  
 
「あ、ある? じゃあ、持ってきてくれる? あんまりそういうのわかんないから。本といえば長門さんは専門家だから、うん、内容はまかせるわ」  
 その言葉を受けて長門有希はそそくさと部屋の奥へと消えていった。  
「早くしてね、もうあんまり時間ないから。  
 …………  
 ああ、とうとう入学かぁ。任務をつつがなく遂行するためにも、今日の自己紹介をばっちり決めてクラスの中心的存在になるわよ。  
 うーん、頑張らなきゃなぁ」  
 一人で不自然なほどあれこれとつぶやく朝倉涼子のもとに、長門有希が戻ってくる。  
 その手の中にあるのは、本、ではなかった。  
 しかし朝倉はそれを気にすることもなく受け取る。それはある衣装だった。  
「そう、そう、そう。これをこう着てね。  
 それで、こっちもこう通してね」  
 早速その衣装、インディアンの民族服を身に纏っていくと、次いで手渡された斧を右手にしっかりと掴む。  
「それでこれ持ってね。  
 で、ドンドトット、ドンドトット、ドンドトット……」  
 おもむろに踊り出す。  
 そのメロディは単調なものから、やがて違う曲調のものへと変化していった。  
「ドッドッドッ、ドドドッ、ドッドッドッ、ドドドドドドドドッ!  
 ドッドッドッ、ドドドッ、ドッドッドッ、ドドドドドドドドッ!  
 チーターマン! 飛べー、不自然に  
 チーターマン! 駆け出せー、2フレームで  
 チーターマン! 飛べー、無限に  
 チーターマン! 逃げ出せー、ミミズから  
 って、なんでチーターマンの替え歌なんか歌わされてるのよ、わたしは!」  
 ノリノリで歌い踊っていた朝倉涼子だったが、いきなり思い出したように手にした斧を投げ捨てた。  
 それを脇で見ていた長門有希はなぜ彼女が腹を立てているのかわからないといった感じに呆然としている。  
 そんな相方の態度が気に障るのか、朝倉涼子はさらに剣幕を激しくしつつさらなる叫びをあげる。  
「なんでよ! 自己紹介とインディアン全然関係ないでしょ!  
 もう! 真面目にやってよね!  
 そりゃあ『長門って消失の時の方が可愛いよな。あっちデフォにしてくれりゃいいのに』って言われるわよ!」  
 その言葉に心を深く抉られたのか、長門は無言を貫きつつも床の上を苦しそうにのた打ち回った。  
「立って! 立ちなさい! あなたの、そんな寝っ転がってんの、見たいわけじゃないんだから! ほら、立って!」  
 なんとかよろよろと立ち上がる長門を尻目に、朝倉は気をとりなおして言葉を続ける。  
 
「もう、いいわよ。こっちから指定させてもらうわ。  
 うーん、そうね。ほら、なんか上手な挨拶文をまとめた本とか、よくあるじゃない? そういうの持ってきてよ」  
 長門有希は再び右手でOKサインを作ると、またしても部屋の奥へと走っていく。  
「挨拶文よ。早くしてね。もう、あんまり時間ないんだから」  
 早くして、という要望に応えたのか、彼女はすぐに朝倉のもとへと戻ってきた。  
 その手に握られているのは真新しい新聞の束。朝倉涼子はそれをあっさりと受け取る。  
「ああ、これが今日の僕のノルマか。早起きはとってもつらいけど、仕事頑張るぞー。  
 よーし! 眠気覚ましに歌でも歌いながら配達しよう!  
 僕ーの名前ーを知ーてるかーい。朝ー刊太郎ーっていうんだよー。  
 ってこれ、挨拶文じゃなくて配達分でしょーがっ!」  
 ひとしきり一人芝居を続けた朝倉涼子は、ふと我に返り小脇に抱えていた新聞の束を放り投げた。あわてて長門がそれを拾い集める。  
「大体朝刊太郎ってどんな名前よ! 朝の字は共通してるけども!  
 一体どんな両親なのよ! なにを思ってその子の母親は朝刊氏に嫁いじゃったの!?」  
「…………」  
 長門有希、自分で勝手に歌っておいて、なんていいぐさだ、とでも言いたげな表情だ。ただしなおも無言は貫いている。  
「いい加減にしてよね! さっきから時間ないって言ってるでしょう!  
 ボケてボケてボケ倒して! これじゃボケの情報封鎖よ!  
 …………  
 フフフッ、インターフェースだけに情報封鎖……さぞかしウケてるんでしょうね。そのウケてる顔、見物してあげましょ」  
 バッという効果音すらさせんばかりの勢いで長門の方へと振り向く朝倉涼子。  
 そんな彼女が見たものは、自分を無視して読書にふける眼鏡少女の姿だった。  
「きゃーっ! 全然興味持ってくれてなーい!」  
「…………」  
 
「もういいわよ! なんか適当な格言とか差し挟んでそれっぽく取り繕うから。  
 だから、格言集みたいな本、持ってきなさい。早くしなさーいっ!」  
 今にも殴りかからんばかりの剣幕の彼女にせかされるように長門有希は部屋の奥へと小走りでかけていった。  
「まったくもう……あれで主流派のイチオシインターフェースだっていうんだから呆れるわ。  
 変な子のバックアップにまわされちゃったものね……」  
 などと今さらながらに朝倉涼子が嘆いていると、長門がなにやら丸みを帯びた黒い機械を両手で掴んで戻ってきた。  
 先程までと同様、それをあっさりと受け取り、小芝居を開始する急進派の生み出したインターフェース。  
「わあ、懐かしい。これ、ニンテンドー64よね。  
 これが任天堂の冬の時代を招いたゲーム機だ、なんて心ないことを言う人もいるけどわたしは好きよ。  
 名作も多いしね。【罪と罰】とか【シレン2】なんかは外せないところよね。  
 【カスタムロボ】に【時のオカリナ】、【スターフォックス】も一度は触れておくべき傑作だし、【マリオカート】なんかも64版でハマった人が沢山いるんじゃないかしら。  
 …………  
 あら、これ、もうカセットが刺さってるじゃない。これってあれよね、同梱のマイクを使ってピカチュウに話しかけるやつよね。  
 プレイする姿がちょっとマヌケなのよねー」  
 ここまでをうっとりと陶酔した表情で語っていた朝倉涼子。ふとなにかに気付いたようだ。  
「…………  
 これって『カクゲンシュウ』じゃなくて……【ピカチュウげんきでちゅう】じゃない?」  
 そしてキレる。  
「わぁぁぁぁぁぁぁっ!  
 もうっ、格言集とピカチュウげんきでちゅうは、もうなんにも関係ないじゃないっ!  
 もういいわよっ! 死んじゃえっ!」  
 そう叫びつつ、朝倉涼子は黙って頭をかく長門有希を置いて708号室を後にした。  
 
 
 その後、クラスでの自己紹介を無難で面白みのないもので済ませた朝倉涼子は、細かい気配りによって瞬く間に1年5組の中心人物となることに成功した。  
 そんな彼女の入学式の早朝のこの苦労を知る者は当事者以外には誰もいない。  
 
 それは梅雨を間近に控えた某日の早朝のことだった。  
 駅近くのマンション、その7階の一室において、北高唯一の文芸部員であるところの長門有希は、登校までのわずかな時間をコタツ前で待機することによって過ごしていた。  
 そんな時である。突如、高橋名人がのりうつったかのような呼び鈴の連打が室内に響き渡った。  
 次いで、施錠されているはずの玄関ドアをあっさり開けながら、髪の長い少女が入ってくる。  
 1年5組のクラス委員にして宇宙人製有機アンドロイド、朝倉涼子である。  
「長門さん、長門さん。ちょっといいかしら?  
 あ、ごめんなさいね、いそがしいところ。今、時間いい? 大丈夫?」  
「…………」  
 矢継ぎ早に言葉を紡ぐ朝倉涼子相手に、長門有希は無言を貫いたまま、視線だけを彼女の方へと向ける。またしても許可なく立ち入ってきたことを咎めるつもりはないらしい。  
 これまたそれに気を良くしたのか、それともやはり始めから関心の範疇外なのか、ともかくテンションを落とすことなく口を動かす朝倉涼子。  
「ちょっと話聞いてくれる?  
 今日ねぇあの、ちょっと学校行かなきゃいけないんだけど、うーんでもまあ学校はいつも行ってるんだけど。  
 実は、今日ーは……あのー……人生の大問題があるのよ」  
「…………」  
 人生もなにもお前ヒトじゃねぇだろ、とつっこむこともなく無言で頷く長門有希。  
 
「クラスで前から目をつけてた男の子がいるんだけどね、今日はその教室で彼を  
 ポロシャツ  
 殺す、よ、馬鹿! 何でポロシャツよ!」  
 長門有希は程度の低いボケに付き合うのは芸人にあるまじき行為とでも言うかのように首が舟をこいでいた。  
「何寝てるのよ!  
 何よ。こっちからボケたら不満なわけ?  
 何よ馬鹿! こっちからボケることもあるわよ馬鹿!」  
 罵倒の際に馬鹿という単語しか出ないのは低脳の証拠、とでも思っているのか、なんの感慨も浮かばないといった風情で長門有希は黙っていた。  
「違うわよ、殺さなきゃいけないのよ。ウフッ……  
 これもドキドキするものでね、でもホラ、考えてみたら急進派インターフェースともあろうものがなんにも持っていかないで手ぶらで殺人を犯すのもどうかと思うでしょ?  
 それでね、今日は長門さんに凶器を用意してもらおうと思ってここに来たってわけ。ウフフ……」  
 なるほどなるほど、とでも言うかのようにふむふむと頷く長門有希。そんな彼女に朝倉はさらに付け足すように言葉を重ねる。  
「でね、わたしも凶器を選ぶときの3大条件みたいのをちゃんと持っているのよ。  
 ひとつはー、携帯性とー  
 ひとつはー、扱いやすさとー  
 …………  
 殺傷力に決まってるでしょっ! わかるでしょっ、それぐらいっ!」  
 ひとつひとつの条件に律儀に頷いていた長門は、突然キレた朝倉を目にしてキョトンとするばかりだった。  
「もうそんなのはどうでもいいのよ。  
 長門さんは優秀なインターフェースだからまかせるから、早く持ってきて。それ持ってパッと行くから」  
 その言葉を受けて長門有希はそそくさと部屋の奥へと消えていった。  
「早くしてね、もうあんまり時間ないから。  
 …………  
 ああ、とうとう今日で退屈な観察生活もおしまいかぁ。ばっちり彼を殺しちゃうわよ。  
 うーん、頑張らなきゃなぁ」  
 一人で不自然なほどあれこれとつぶやく朝倉涼子のもとに、長門有希が戻ってくる。  
 その手の中にあるのは、ある衣装だった。朝倉はなんの疑問も持たずにそれを受け取る。  
 
「そう、そう、そう。これをこう着てね。  
 それで、こっちもこう通してね」  
 早速その衣装、インディアンの民族服を身に纏っていくと、次いで手渡された斧を右手にしっかりと掴む。  
「それでこれ持ってね。  
 で、ドンドトット、ドンドットット、ドンドトット……」  
 おもむろに踊り出す。  
 そのメロディは単調なものから、やがて違う曲調のものへと変化していった。  
「だっだらっだー、だっだらっだー、だーだー、でんでででんででん  
 だっだらっだー、だっだらっだー、だーだー、でっでっでっででで  
 ワクワクーしたいとー願ーいなーがーら、過ーごしてたよ。叶えてーくーれーたのはー誰ーなのー  
 ワクワク、したいと、出来そーでー出来ーない未来、それでもーひーとーつだけーわかーるよー  
 って、一番と二番の歌詞がゴッチャなのよ! 白石バージョンのハレ晴レユカイは!」  
 ノリノリで歌い踊っていた朝倉涼子だったが、いきなり思い出したように手にした斧を投げ捨てた。  
「あーもー恥ずかしいっ! なんなのこのベストキッドっぽい踊りは!  
 仮にも美少女キャラのわたしにイロモノの真似なんてさせないでよねっ!」  
 結構ノリノリでワックスがけしてたじゃないか、とでも言いたげな感じで長門有希は呆然としている。  
 そんな相方の態度が気に障るのか、朝倉涼子はさらに剣幕を激しくしつつさらなる叫びをあげる。  
「なんでよ! 人殺そうって時にインディアンなんてやったら笑い者でしょっ!  
 もう! 真面目にやってよね!  
 そりゃあ『サムデイインザレイン』でキャスティング欄から名前が削除されるわよ!」  
 その言葉に異議があるのか、長門は自分の口を指差したり、しきりに首を横に振ったりしている。  
「あの回はしゃべってないから? そんなのはどうだっていいのよ!  
 もう、いいわよ。こっちから指定させてもらうわ。  
 うーん、そうね。やっぱり凶器といえば拳銃よね。なにか銃器持ってきてよ」  
 長門有希は右手でOKサインを作ると、またしても部屋の奥へと走っていく。  
 
「銃器よ。早くしてね。もう、あんまり時間ないんだから」  
 早くして、という要望に応えたのか、彼女はすぐに朝倉のもとへと戻ってきた。  
 なにやら物凄い破砕音を響かせながら彼女が運転してきたのは道路舗装用の車両。朝倉涼子は壁の残骸をまとわりつかせたその黄色いボディに手の平を添える。  
「わぁ、これが今ネットで話題のロードローラーね。では早速……  
 wRYYYYYYYYYYYYYYYYYYYYN!!!!  
 黄色くぶっといロードローラーッ! 黄色くぶっといロードローラーッ! 黄色くぶっといロードローラーッ! 黄色くぶっといロードローラーッ!  
 黄色くぶっといロードローラーッ! 黄色くぶっといロードローラーッ! 黄色くぶっといロードローラーッ!  
 ってこれ、銃器じゃなくて重機でしょーがっ!」  
 気持ちよさげに歌声を響かせていた朝倉涼子は、ふと我に返りその巨体を殴り飛ばす。ロードローラーは窓をぶち破って地面へと落下していった。  
「大体このシリーズ、サブカルネタが多すぎなのよ!  
 涼宮ハルヒシリーズのSSってもっと歴史ネタとか科学ネタとかSFネタが出てくるべきでしょっ!?」  
「…………」  
 長門有希、それなら自分でそういう台詞を考えればいいのに、とでも言いたげな表情だ。ただしなおも無言は貫いている。  
「いい加減にしてよね! さっきから時間ないって言ってるでしょう!  
 ボケてボケてボケ倒して! 朝から朝倉につっこませないで!  
 …………  
 フフフッ、朝倉だけに朝から……アサカラ、アサクラ……さぞかしウケてるんでしょうね。そのウケてる顔、見物してあげましょ」  
 バッという効果音すらさせんばかりの勢いで長門の方へと振り向く朝倉涼子。  
 そんな彼女が見たものは、自分を無視してカレーを頬張る眼鏡少女の姿だった。  
「きゃーっ! 朝っぱらから濃ゆいメニュー!」  
「…………」  
 
「もういいわよ! じゃあ日本刀! 日本刀がいいわ、ここ日本だし。  
 もうそれ持ってちゃっちゃと学校行くから。早くしなさーいっ!」  
 今にも殴りかからんばかりの剣幕の彼女にせかされるように長門有希は部屋の奥へと小走りでかけていった。  
「まったくもう……あれで『このライトノベルがすごい!2008』女性キャラ人気ナンバー3だっていうんだから呆れるわ。  
 変な子のバックアップにまわされちゃったものね……」  
 などと今さらながらに朝倉涼子が嘆いていると、長門がなにやら丸めた紙を片手で掴んで戻ってきた。  
 先程までと同様、それをあっさりと受け取り、広げる彼女。それはいくつかの島が描写されている地図だった。  
「あら? これってあれよね? 択捉島(えとろふとう)、国後島(くなしりとう)、色丹島(しこたんとう)、歯舞諸島(はぼまいしょとう)じゃない。  
 ロシアと日本が互いに領土だって主張している場所よね。  
 うーん、星に勝手に線引きしたあげく、それが一体誰のものかを言い争うだなんて、わたしたちには到底理解の出来ない行動なんだけどね。  
 でもやっぱり、領土問題っていうのは難しいものなんでしょうねぇ……」  
 ここまでをしみじみとした表情で語っていた朝倉涼子。ふとなにかに気付いたようだ。  
「……  
 これって『ニホントウ』じゃなくて……『ホッポウヨントウ』じゃない?」  
 そしてキレる。  
「わぁぁぁぁぁぁぁっ!  
 もうっ、日本刀と北方四島は、もう全然かすりもしてないじゃないっ!  
 もういいわよっ! 死んじゃえっ!」  
 そう叫びつつ、朝倉涼子は黙って頭をかく長門有希を置いて708号室を後にした。  
 
 
 その後、教室でキョンに襲い掛かった朝倉涼子は長門有希に返り討ちにあい、自分自身が死んでしまうこととなった。  
 そんな彼女がその早朝に自分の運命を半ば予言するかのようなことを言っていたのを知る者は当事者以外には誰もいない。  
 
 12月18日、俺の目と耳がおかしくなったのか、それとも俺以外の全員の頭がおかしくなったのか、もしくは世界がキチガイになっちまったのか、ともかく俺を除くすべての人間が涼宮ハルヒの存在を忘れちまった悪夢の日。  
 ひととおり確認してみたさ。全部徒労に終わっちまったけどな。  
 朝倉は転校してないし、古泉は1年9組ごと消えちまい、朝比奈さんはSOS団とはなんの関わりもない一般人だった。  
 そもそもSOS団そのものが存在していないし、あげくのはてに長門までがごく普通の地球人であるらしかった。  
 まったくもって笑えない冗談だ。寝て覚めても元通りにならないあたり、悪夢なんかよりタチが悪い。  
 
 あけて12月19日。すなわち今日この日だ。この日は、か細いながらも光明が見えた日だ。  
 文芸部室にて俺のよく知る宇宙人たる長門からのメッセージ、『鍵をそろえよ』を発見したのがその理由だ。  
 高校入学以来の日々が俺の脳内でだけ繰り広げられていた妄想でなかった確たる証拠の出現に、俺は思わず人目も気にせず小躍りしたくなるほどに嬉しくなったもんだ。  
 さりとていきなり『鍵をそろえよ』と言われても心当たりがあるわけでもなく、途方にくれた俺はとりあえず手掛かりのひとつもないものかと、長門のマンションへとやって来た。  
 
 さて、そんな俺がここで見ることになったのは鍵でもなければその手掛かりでもなく  
 
「なんでよ! お皿とインディアン全然関係ないでしょ!  
 もう! 真面目にやってよね!」  
 
 長門と朝倉の二人によるコントだった。  
 
 
 
「もう、お皿はいいから。お箸、お箸持ってきてちょうだい。  
 早くしてね、おでんが冷めちゃうから」  
 今、俺の目の前で抱えていた鍋を炬燵の上に置いている朝倉は、つい30秒前まで奇怪なダンスを踊っていたとは思えないほど、平静とした態度で長門に指示を出している。  
 まるでこんなことは慣れっこだとでも言いたげだが、まさかそんなわけはないよな。  
 このクラス委員長、いきなり自作のおでんを持って長門の部屋にやって来たかと思えば、長門に渡された衣装と手斧をするすると身につけて、ドンドットットと踊り出すのだからたまげた。  
 器用にも片手で鍋を保持したままでそれをやってのけたのには、素直に感心したもんだけどな。  
 この世界、おかしいのは長門だけではなかったらしい。  
「……ねえ、気のせいか、失礼なこと考えてない?」  
 自分の勘を信じろ。それは間違いなく気のせいだよ。  
 などと言ってるまに、長門が駆け足で戻ってきた。ありがたい、こいつと二人きりじゃ息がつまってしょうがねぇからな。  
 長門は黙って自分の手の中のものを朝倉へと手渡すと、あとはその動向をうかがっているようだった。  
 しかし長門よ、今おまえが持ってきたもの、俺の目がおかしくなっていなけりゃ、カツラと眼鏡に見えたんだが? それともこの世界じゃあれが箸なのか? いちいち自分の常識を疑わなきゃならんので困る。  
 
 朝倉のやつはそのふたつを迷いなく身に付け、大声で叫んだ。  
「はっぱふみふみ!  
 今度おまえの番組に出てやるよ。  
 って! これお箸じゃなくて大橋巨泉じゃないっ!」  
 キレぎみにカツラと眼鏡を毟り取り、床へと投げ捨てる朝倉に怯えて長門が俺の背後へと引っ込む。なんつうか、本当に普通の人間になっちまったんだな、こいつ。  
 というか、このクラス委員長様は本当にひょうきんな人間になっちまったんだな。  
「ねぇっ! やっぱり失礼なこと考えてない!?」  
 気のせいだ、気のせい。あんまり大声で叫ぶもんだから、酸欠で幻覚をみてるんだよ。  
「長門さん、本当にもういい加減にしてちょうだいね。あたしが大橋巨泉のモノマネだなんて、ムリがありすぎでしょ。  
 もう、これ以上人生の汚点を増やすようなことはさせないで!  
 …………  
 おでんを持ってきただけに、汚点を増やす……オデンとオテン……フフフッ、これはもう長門さんといえども絶対爆笑間違いなしよね。その笑ってる顔、見てあげましょ」  
 悪いが長門ならさっきから俺の後ろで、動物園に遠足でやって来た小学生が産まれて始めてハクビシンを見たような顔をしてるぞ。  
「…………  
 うん、ウケてるわね」  
「いや、ちっともウケてねぇよっ! 自分を誤魔化すのはよせ!」  
 朝倉の自己催眠を咄嗟に制止する俺。長門も俺に同意するように、何度も首を縦に振っている。  
 
「うるさいわねぇ……そんなことはどうだっていいのよ。  
 もうお箸はあたしが用意するから、長門さんはカラシを持ってきて。早くしてね」  
 場の空気を強引に変えるように新たな指示を長門に出す朝倉だったが、正直なところ到底成功しているようには見えない。どう考えてもこの中で一番の道化はこのクラス委員長だからな。  
 さて、そのピエロにカラシを持ってくるように頼まれた長門はそれでも素直に台所に向かう……かと思いきや、どういうわけか俺の左腕に手をまわし、そのまま顔を俯かせてしまった。  
 俺と長門でなけりゃ、仲のいいカップルに見えるかもしれない体勢だ。  
 文芸部室にいたときにも感じたんだが、やはりこの長門は赤面症気味らしい。その顔はネイティブアメリカンにもひけをとらないほどに紅く染まり、心肺機能の異常すら懸念させるほどだ。  
 目鼻立ちの整った女子にしがみつかれるのは俺としてもどちらかといえば嬉しいわけなんだが、それはさておき長門は何がしたいんだ?  
 俺にはなにがなにやらさっぱりだったが、目の前のノーメイクピエロはなにか思い至ったように目を輝かせた。  
「!……なーんだ、そういうことなんだ。どうして彼がここにいるのかわからなかったけど、とうとう勇気を出して言っちゃったわけね。  
 おめでとう。  
 これはあたし、とんだお邪魔虫だったわけね。フフフ……」  
 なにがフフフだ、気色悪い。一人で納得してんじゃねぇよ。  
 俺が元殺人鬼、現在ただの馬鹿の朝倉の態度に憮然としていると、その馬鹿は再びなにかに気付いたように呟いた。  
「…………  
 ねぇ……これってカラシじゃなくって……カレシじゃない?」  
 カレシという単語を耳にした途端、新人歓迎会で無理矢理慣れない酒を飲まされた新入社員のようにふらつく長門をよそに、朝倉は  
「…………  
 あたしが言ってーいるのはー、カラシー  
 あなたが言ってーいるのはー、カレシー  
 カラカラカラッシー  
 カレカレカレッシー  
 カラシとカレシはぜんぜん違ーうー  
 カラカラカレッシー  
 カレカレカラッシー……」  
などと、おそらく即興なのだろう下手くそな歌を歌いながら708号室を後にしてしまった。最後の最後までわけのわからないヤツだ……  
 
 
 その後、朝倉のやつが俺のことをナイフで刺す際、やたらと魂がこもっていたのは、ひょっとしてこの時いじられすぎちまったのが原因なんだろうか?  
 まあ、今となっちゃ誰にもわからないことだ。  
 
 

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