ねぇ、キョン……?
「ん、どうした? ハルヒ」
それで、その、あたしの勘違いかもしれないんだけれど……。
「らしくないな、お前が口篭るなんて。いったい何事だ?」
おとぼけキョン三等兵。でも、隠し切れない笑いを含んだ声音に、あたしは故意だと確信したわ。寛大なあたしは一応言い訳を聞いてあげる。
「なにか……オシリに、というか、もっとキワドイ女の子の部分にナニか当たってる気がするんだけど?」
「ハルヒ。当たってるんじゃない、当ててるんだ! この吹雪だ。はぐれたらマズいだろう?」
そ、そうね! 吹雪だもの、しょうがないわねっ!
じゃあ、そのままあたしを後ろからつつきなさい――じゃなくて! あたしの後ろにつづきなさいっ!
無粋な厚手のスキーウェア越しなのに、しっかりと熱い脈動を伝えてくるアイツのピッケルに穿たれながら、あたしは無心の雪山行軍だけに集中することにした。
あ、ごめんね有希。ちょっとだけしがみつくわよ。イイ部分に当てるのにオシリを高く突き出さないといけないから、歩きにくくて。ごめんね?
ンンッ! この角度っ!
下山してるはずなのに、なんかの境地に昇りつめそうで届かない、ぬかるんだもどかしさにどっぷりと浸り込み、この刻がずっと続けばいいのに、と――
――このときのあたしは、そんなことを考えていた。
そぉい! そぉい!
さて、どうしてこんな状況になってしまったんだろうね?
スパートでスパークの年越し大会と銘打って、鶴屋家の別荘に押しかけたのち、スキー大スキーとリフトに乗って下りたらもう吹雪。しかも猛吹雪。すももももももも猛吹雪。字余り。
はぐれないように固まって移動するわよ、との団長様の言に素直に従い、ぴったり寄り添っての雪中行軍中だ。
先行する長門どころか、目の前のハルヒですらオシリしか見えないほどのブリザードでは、無駄な動きは避け、リズムを保っての歩行に集中し、体力を温存するのが定石だろう。
それっ! 右、左、腰! 右、左、腰っ!!
そぉい! そぉい! そぉい!!
ぜぇぜぇ……よし、ノッてきたぜ。ハルヒ、いまのタイミングを忘れるな。
ハルヒが一度だけゴニョゴニョ言ってきやがったが、真っ赤になって寒そうな耳たぶに、俺の熱意をねっとりと吹き込んでやったら納得してくれたようだ。
ほいっ! 右・腰・腰! 左・腰・腰! 腰・腰・腰っ!!
ウェア越しとはいえ、引き締まった双丘の間に隠れた未開の処女地に、自前の楔(ウェッジ)を打ち込みながら、俺たちの冒険はまだ始まったばかりだっ、などと――
――そのときの俺は、そんなことを考えていた。
前のお二方は随分と暖かそうですね。
この突発的な吹雪のおかげで視界が真っ白なわけですが、僕の目には、彼らの周りだけ
熱気のこもった蒸気で白く翳っているように映ります。
どう思われますか、朝比奈さん? 無視ですか。そうですか。
いえ、構いませんよ。慣れていますから。
それにしても疑問でならないのは、なぜあの二人はこういった状況でしか、ああいった状態に移行しないのか、ということです。嫌がらせでしょうか?
きっと……ええ、推測ですが断言できますよ。きっとまた「夢だった」とか「集団催眠にかかっていた」とか言ってフリダシに戻るに違いありません。
どう思われますか、朝比奈さん? 無視ですか。そうですか。
しかし、先程から前に進まないのはどうしたものでしょう。ここからでは良く見えませんが、先頭の長門さんまで立ち止まってるご様子。
さすがの僕もこの寒さですから、唇から下の感覚が無くなってきましたので、彼と熱い親交を深めようと近づいたのですが、涼宮さんにまで睨まれてしまいました。
いえ、彼との親交と言っても、不純な意味合いではありませんよ。ただ、目の前で彼のオシリがピコピコと動いてるものですから、すこしばかし、ね?
世の中では「ホモの嫌いな女子なんていません」なんて格言もありますし。
どう思われますか、朝比奈さん? 無視ですね。そうですね。どうでもいいことですね。
ええ、どうでもいいですよ。心の底から、もうどうでもいい、と――
――あのときの僕は、そんなことを考えていました。
な、なんで吹雪なんですかぁ? ここドコですかぁ?
どうして、わたしひとりぼっちなんですかぁあ!?
キョンくぅ〜ん! 涼宮さぁん! キョンくぅ〜ん! ……な、長門さぁん?
……ダメです。上級生としてわたしを慕い、敬い、頼りにしてくれているSOS団。その構成員であり、はぐれて心細い想いをしているはずの四人の名前を呼んでも、助けに来てくれません。
でででも、エリートエージェントみくるは、あああ慌てません! 慌てててはいけないんですっ! 道とは、自分の力で切り拓くものだからっ!
とぉー! TPDD起動! 可及的速やかにASAP助けてくださいミクルホークダウン! ミクルホークダウ………………圏外。
ホワイ、どうして? 寒いから?
まるで長門さん以外の地球外知性体が時空平面の連続性を一時的に強制遮断したうえで次元断層を利用して構成した亜空間に閉じ込めて涼宮さんの力の発現を観察しようとしているみたいです!
まあ、そんなこと無いですよね。そんなSFちっくな話、ないない。
広告募集の極秘エージェント採用試験を最後に、直感だけで状況を分析する悪いクセは克服したはずなのに。わたしのバカ。コツン。
はっ! 頭を叩いて思い出しました。鶴屋さん直伝の調子の悪い機械の治し方!
そう、確か……右斜め45度の角度からぁ〜、渾身の力でぇぇ〜〜、えいっ!!
ガッシ!ポカ! ギャ!グッワ! きゅぅぅ〜〜〜………――
――どのときか思い出せないわたしは、なにも考えていませんでした。
わたしは今、非常事態に遭遇している。
雪山での遭難。道案内を名乗り出るわたし。先日の失態から彼の信用を取り戻す好機であったが、情報統合思念体との接続が切れたのは計算外。
普段は小言ばかり並べるくせに役に立たない。
それとも、全存在を消し去ったことをまだ根に持ってるのだろうか。もしかすると、その後のアレのせいかもしれない。
ちょっとだけお茶目に暴走したわたしは、胸の中に小さなカケラを内包した。あるいは発見した。考える脳とは違う、感じるココロ。
そのように報告したわたしに対し、統合思念体は「それがソウルだYO! チェケラッ!」などと勘違いしたチョイ悪オヤジ風に講釈を垂れてきたので窘めておいた。
うるさいバカヤロウ。あとクソッタレ。それとバカヤロオ。
彼の助言どおり、思念体はおとなしくなった。あの発言には他の影響も受けていた気がするが、目的は果たしたので問題ない。
問題なのは観測対象万年2位の涼宮ハルヒ。彼女が原因で進行不能状態へと陥ったことだ。
彼はわたしに失望しただろうか? いや、後方から彼の元気な掛け声が響いているので、そうではないと思いたい。
わたしの胸に手を回した涼宮ハルヒは、他に掴みどころがないと言わんばかりに、ささやかな二つの突起を摘むようにしがみ付いているのである。
この感覚をうまく言語化できない。でも聴いて。気持ちいい、不思議!
出産後、嬰児へ授乳を施す器官との知識はあったが、このような隠し機能が備わっていたとは。帰ったら江美里ねえさまにも教えてあげよう。あんっ!
加えて、涼宮ハルヒの与えてくる刺激と、彼の掛け声のタイミングが符合していることに気付いてしまった。
これはもう、彼が「胸は無いほうが可愛いと思うぞ。俺にはおっぱい属性は無いし」とまさぐっているに等しく、この夢いっぱいの胸に添えられている掌は、彼自身のそれといっても過言ではないのだ!
そぉい! そぉい! そぉい!!
「「あん」」「「あん」」「「あん!」」とっても大好き!
我々は氷雪界と桃源郷の中間をただよい、
もどかしい刺激を永遠に求め続ける。
そして、もどかしさゆえに、イクことも出来ないので――
――そのうち、わたしは考えるのをやめた。
『雪山行軍歌そぉい!の巻』 完