なんらかの事情によって時間が巻き戻された。  
涼宮ハルヒによるものだと思われるが理由は不明。  
対処法として、巻き戻される前の異時間同位体から情報をコピーする。  
 
「異時間同位体の当該メモリへアクセス許可申請。時間連結平面帯の可逆性越境情報をダウンロード」  
 
いい加減飽きた。  
15497回もループを繰り返せば、誰だって飽きるっつーの、っていうこの言葉も何回目だか。  
色々考えたことをこそこそやってるけど、相手の反応も大体予測通りにしかならないし。  
1012回目ぐらいのいたずらを繰り返して反応を観察してた新鮮なころが懐かしいわ。  
そのころはまだこんな思考パターンじゃなかったなあ。  
ああ、3歳のピチピチだったわたしも今や597歳。お肌の曲がり角だわ、なんてね。  
ま、気を取り直して今回もがんばっていきましょー。  
はいはい、電話ね、電話。あと21秒後にかかってくるのはまるっとお見通し!  
おっとと、涼宮ハルにゃんの前では、普通を装ってないと。  
「……」  
『あ、有希? あたし。今日さ、プールに行こうと思うのよね。だから二時にいつもの場所へ集合!』  
「わかった」  
『水着忘れずに持ってきてね。それじゃ、よろしくー』  
……なにが、『よろしくー』よ。あんたのせいでこちとら何回も何回もループしてるってのに。  
あーストレス溜まるわ。もっとも、我慢できなくなったら3003回目みたいに  
1回目のメモリを上書きすれば済む話なんだけど。今はそんなことしたくないわね。  
だってこの思考パターンのほうが断然面白いんですもの。さてさて、水着買ってこなきゃ。  
ハルにゃんが選んでくれたのは地味すぎ。  
 
きゃーきゃー。いとしのキョンくんが来たわ。これだけは何回見てもカッコよすぎてくらくらしそう。  
あ、こっち見てくれた。ハルにゃんが見てないのを確認してからにこっ。  
「っ!?」  
なによ、その宇宙人を見たような目は。あ、わたし宇宙人か、あははっ。  
 
みんな集まったから早速市民プールへ行くことに。  
いっちーがみくるんを、キョンくんがわたしとハルにゃんを乗せて自転車をこぎこぎ。  
キョンくんかわいそー。わたしの自重はゼロにしてあげるね。  
「……長門?」  
「なに」  
「いや、手は回さなくてもいいんじゃないか」  
「危ないから」  
「……そうか」  
んなわけないでしょでしょ。せっかくキョンくんの後ろに乗っけてもらってるんだから  
キョンくんの感触をたっぷり味わうですことよ。ぎゅって握って、背中にわたしの薄い(トホホ)胸を  
ぴたっとあてる。ハルにゃんから圧迫感みたいなのを感じるけど、気にしなーい。  
これは不注意による事故発生確率減少のためにやってることなんだからねっ。  
 
「ゆ、有希?」  
「なに」  
「そんな水着持ってたっけ?」  
「買った」  
「そ、そう」  
ふっふっふっ。ハルにゃんの前で直接あれこれするわけにはいかないから、間接的に勝負よ。  
かなりきわどいビキニ。みくるんぐらい胸があったら効果倍増なんだけどなー。  
みくるんのはというと、ふわふわがついたかわいい系。何回見ても勝てない……完敗だわ。  
 
わざとポロリをしたり、みくるんに対抗して作ってきたレトルトカレー+千切りキャベツを  
食べてもらったりしてたっぷりとキョンくんを悩殺したプールはあっという間に終わり  
喫茶店で今度の予定を立てて今日は解散、と思ったらキョンくんが別れ際に話しかけてきた。  
「長門、いや……何でもないんだけどな。最近どうだ? 元気でやってるか?」  
いまバラしちゃちょっと面白くない。なので当たり障りのない返事をしておく。  
「元気」  
「そりゃよかった」  
「そう」  
首をかしげてからキョンくんは去っていった。ごめんね、キョンくん。  
 
試着室から全裸で身を乗り出したり、たこ焼きのソースをほっぺたにつけたり  
キョンくんが振り下ろしたセミ取り網に自分の頭をすっぽり入れてみたり  
着ぐるみから出てきたらなぜか下着姿だったりと、色々やったけど、これ全部お約束なのよね。  
はぁ、楽しいようなむなしいような。  
でも今回はいっぺんやってみたかったことをやるから、反応が楽しみ。  
 
「ふええ、キョンくん、あたし未来へ帰れなくなりましたぁ……」  
みくるんが庇護欲をくすぐる泣き声で言う。この天然系小悪魔め。  
いっちーが自説を開陳してキョンくんが驚く。そろそろわたしの出番かな。  
「それで、何回くらい僕たちは同じ二週間をリプレイしているのですか?」  
いっちーが聞いてきた。もったいぶって数秒間を空けてから答える。  
「今回が、一万五千四百九十八回目に該当する」  
ぽかーんとする顔。いいねいいね。この瞬間が二週間のうち、いちばん好き。  
そしてこっからが、わたしのやってみたかったこと。  
キョンくんがやや戸惑いを含む声で、  
「すると長門。お前はこの二週間を15498回もずっと体験してきたのか?」  
聞いてきた。わくわく。  
「そう、」  
一拍置いて、  
「そうなの! 毎回毎回毎回毎回あきれ果てるぐらいまで過ぎては戻り、過ぎては戻り  
もういやになった自分の回数をカウントしても5桁を超えるようなぐらい体験してきたわ!  
3歳だったわたしももう、597歳よ597歳! 普通の人間なら7〜8回輪廻転生してても  
おかしくないわよね。直線時間に直したらもしかしたらみくるんの未来にまで到達してるかも。  
我ながらよく我慢できたものだと思うわ。何度心の中のサンドバッグを叩いたことか。  
何が悲しくてそんなことを体験しなきゃいけないの? そう思うでしょ、キョンくぅん」  
 
空気が、死んだ。  
 
場を真空が占め、誰も動かない。たっぷり秒針が一周するぐらい待ってから  
キョンくんが再起動した。いっちーのほうを向く。  
「何でハルヒはこんなことをやってるんだ?」  
いっちーは普段より二倍ぐらいの早口で、  
「推測ですが涼宮さんは夏休みを終わらせたくないんでしょう。彼女の識閾下がそう思っているのですよ」  
「そうなんですかー」  
みくるんが裏返った声で合いの手を出す。  
「彼女は夏休みにやり残したことがあると感じているのでしょう。それをせずに夏休みの終わりを迎え」  
「戻るってわけか。いったい何をすれば、あいつは満足なんだ?」  
「さあ、それは僕には。朝比奈さんは解りますか?」  
「解らないですー」  
「仕方ないな。それはおいおい考えるとして、今日のところは解散するか」  
「そうするしかありませんね」  
「こんな遅くにごめんなさいね」  
ものの一分ぐらいでやり取りを終え、その場を立ち去ろうとする。  
「おい」  
わたしの制止にびくっ、と体を震わせる三人。  
「な、なんだ? 長門」  
キョンくんがぎこちなく振り返り、聞いてきた。  
「なんだじゃないでしょ。こんなわたし、ダメ?」  
「い、いやぁ。長門は長門らしいほうがいいと思うぞ」  
汗を流しながらキョンくんがそう言えば、  
「僕も長門さんには寡黙に部屋の片隅で本を読む、そう、そんな姿でいてほしいです」  
いっちーが追随し、  
「ごめんなさい、ちょっと恐いかも」  
みくるんがひどいことを言った。  
「……」  
 
やるんじゃなかった。  
あれ以来、三人は腫れ物に触るような感じで、わたしのことを扱ってくる。  
さっさと二週間が終わって次の回になって欲しい。  
そんなときに限って、上手くいっちゃうのは、なんでだろうね。  
 
「……」  
9/1 0:00。殺風景な部屋に置いてあるデジタル時計がその時を指していた。  
わたしの顔がひきつる。どうしよう。  
考えた末の結論は、メモリを参照に変な行動をしなかった日を切り貼りしてまともにすることだった。  
情報統合思念体にお伺いを立て、許可をもらってから作業に取り掛かる。今日は学校に行けそうにないなあ。  
 
翌日、なんとか整合性をつけることのできたわたしは、部室の片隅で本を読んでいた。  
いっそのこと、わたしのメモリ自体にも干渉しておこうかと思ったが、やめておく。  
行動だけ以前をトレースすることは、さほど難しくなかったから。  
 
しばらくしてノックの音がし、ドアが開けられた。  
そこにいたのは、キョンくんだった。  
「よっ」  
挨拶に目礼で返す。  
「昨日どうしたんだ? 部室に顔を見せなかったよな」  
まさか本当のことは言えない。  
「用事」  
この答えもかなり怪しく思われそうだが、仕方なかった。キョンくんもそう思ったようで、  
「用事か……ん?」  
変な顔をする。わたしの視線にキョンくんは自分でもなんでこんなことを思いついたかわからない顔で、  
「いや、かなりユカイなお前がいたような気がしたんだが」  
「気のせい」  
「でも」  
「気のせい」  
「そうか」  
「そう」  
キョンくんはしぶしぶ納得する。どうやらあとでもう一度確認しておく必要があるようだった。  
わたしの夏が終わるのは、まだ当分先になりそうだ。  
 
(終わり)  
 

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