生徒会とのイザコザも終わり、一息つこうかという暇も与えられず、俺はもはや恒例となりつつある  
 SOS団不思議探しと銘打たれた体力気力精神力を限りなく無駄に消費するだけのイベントに  
 今日も向かっていた。 誰かあいつに休むという言葉の意味を教えてやってくれないものだろうか。  
 
 いつもの待ち合わせ場所に着き時計を見やると―――8時45分。15分前集合だ。俺偉い。  
 予定時刻に一回も遅れたことのない俺は賞賛に値するであろう。  
 
「遅い!!罰金!!」  
 
 まあいつもビリなわけだが。おれの財布の中身が生地の布だけになるのも時間の問題だな。  
 当然のように居るメンツはいつもの三人だ。  
 今日も喫茶店で組分けが行われた。当然のように俺の奢りの喫茶店で。  
 こんな肌寒く哀愁を感じる季節にこそ朝比奈さんと二人きりの癒しの空間で共にありたいと願う俺が引いた  
 赤印のつまようじをもう一人誰が持っていたかというと言うまでもない。  
 
「・・・たまには家で一日中ごろごろさせてくれ」  
「それこそ限りなく無駄というものだわ。その間に不思議が逃げちゃったらどうするつもり!?」  
「何度も言っているが、不思議を擬人化してどうするつもりだ。一緒に遊ぶのか?」  
 
 俺と俺のはかない願いをぶち壊して赤印を引きやがったハルヒは、  
 こんな他愛もないどうでもいいような会話を交わしながら川沿いをぶらぶらする作業に終始した。  
 
 
 普通で、当たり前だった。このときの俺は知らなかった。  
 幸せは失って初めて気づくものなのだ。  
 
 
 いつものように不思議などというイレギュラー因子が見つかるはずもなく、  
 川沿いの公園の時計は長針短針共にもう真上を指していた。  
 一旦集合となり、(言うまでもなく俺の奢りの)喫茶店で昼飯を食っていると、イカスミパスタをほおばっていたハルヒが、  
 
「午後の部が終わったらそのまま部室集合にしましょう。今日の反省会とクリパの準備もしたいし」  
 一日歩きまわらせた上に準備までさせる気か。まあ聖ニコラス氏の誕生日を祝うのも悪くはないが。  
「ってことで午後の組分けするわよ!」  
 
 口のまわり真っ黒だぞ。 ・・・・・・・・・痛い。叩くな。  
 再度の組分けで、根性により再び赤印を引き当てた俺の相手は――――長門だ。この組み合わせ多い様な気がするが。  
 
「じゃあ三時に部室集合だから!遅れたらもちろん罰金よ!!」  
 
 そう言い残してイカスミを拭き取ったハルヒは古泉と朝比奈さんを引き連れて去って行った。  
 残された俺と長門。まあ一応聞いてみるか。  
 
「・・・・・・・どっか行きたいとこあるか?」  
 
「・・・・・・・・・・」  
 
 ふぅ。特に行きたい所のない長門と時間をつぶすといったらもうあそこしかあるまい。  
 
「図書館でも行くか」  
 
 ・・・・・・・・・こくり  
 無言で20ミクロンぐらい顎を引く長門。  
 ということであの図書館に行くことに決定。もうお決まりコースだな。  
 
 もう何回あの図書館に行っているかわからないが、俺の鍛え上げられた長門の表情解読アビリティに則って言うと、  
 長門はパソコンの前に座るときと図書館へ行くときだけは無表情ながら実に楽しそうな顔をするん・・・・・・ん?  
 
「・・・・・・・・・・・・・」  
 
 無言はいつものことながら、いつもなら0.01%ぐらいの楽しさが現れる無表情が、きょうは100%純正の無表情である。機嫌悪いのか?  
 図書館までの道すがら、無性に気になる俺は長門に何気なく聞く。  
 
「何かあったのか、長門?」  
「なにも。・・・・・何故?」  
「いや、図書館行くときいつもは楽しそうなのにさ」  
「・・・・・・・・そう」  
 まあこいつも色々あるんだろうな。TFEIの中でも中間管理職みたいなもんだし。がんばれ長門さん。  
 こんなかんじでぶつぎれの話をしているうちに図書館に着く。  
 
 休日にしては館内は意外にすいていた。やっぱり活字離れが進んでいるのか。  
 その活字離れの若者の代表格たる俺はいつものように適当なラノベを引っ張り出して、適当に目を通す。  
 で10分経過。やべぇ、睡魔の勢力が今川義元を倒した時の織田信長のごとき勢いで拡大中だ。  
 桶狭間の信長の奇襲戦法は反則負けなんじゃないかとか考えていると、  
 本棚の間を静かに歩いている長門の姿が目に入った。相変わらず音を立てず歩くやつだ。静かに歩く小柄な姿――――――?  
 
 普通に歩いてる?―――いや、待てよ。  
 図書館でのあいつの歩き方は――― からくり人形を彷彿とさせる伝説の長門walkのはずだ。  
 普通に歩くなんて長門らしくないような・・・・・まあこれはおれの思い込みかも知れんが。  
 
 ああ、それよりも急激な睡魔が・・・・まぶたが18リットル灯油缶2本より重い―――――――  
 
 
 
 
「・・・・・・・・・ふぁあぁぁぁぁ・・・今何時だ?」  
 
 俺は何分寝たのだろうか。俺の周りには児童書読んでるガキンチョしかいない。  
 尻ポケットから携帯を取り出し画面に映っている数字が目にとまる。  
 
    16:02  
 
 十六時二分。十二時間に直すと午後四時か。・・・四時!?どんだけ寝てんだよ、俺!  
 つーかやべぇぞ、三時集合なのに。団長様がカンカンに違いない。  
 
「おい長門、早く行くぞ!本なんか読んでる場合じゃねぇ!」  
 必死にごつい本棚の間で分厚いハードカバーを手に取る長門を説得する俺。  
 自分で言っといて、無駄だとわかってた。こういうときの長門は俺が本を借りてやるまでてこでも動かな―――――― ?  
 
「わかった」  
 
 長門は開いていた本を閉じて本棚に戻し、あっさり俺に従った。  
 いつもその本を借りてやるまで絶対ここを離れようとしない長門が。  
 
 
・・・今日の長門は何か変だ。客観的に見ればいつもどうりなのだろうが、俺だけにしかわからない小さな違和感。  
 「様子がおかしい」というよりは「長門らしくない」って感じだ。  
 まるで誰かが「成り代わっている」ような・・・  
 恐る恐る俺は聞く。  
 
「お前、ほんとに・・・長門か?」  
 
「・・・・・・・・・・・・・」  
 
 この無言の仕草も俺にとっては何か違和感がある。これは「俺の見てきた」長門じゃない。  
 
「お前、長門じゃないだろ。」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 
 市立図書館の一角に、1分近い沈黙が流れる。ガキどものはしゃぐ声がやけに大きく聞こえる―――  
 
 果てしない沈黙の後、長門は、その長門有希は、悪戯っぽく―――――― 微笑んだ。  
 
 
「ばれちゃいました?」  
 
 刹那、長門は右手をつきだし、例の超高速早口を呟いた。  
 
「u6vmak:oibyukjfdhnbrewnbgfuvygfnmwerbyhsdghsderwnbhjkuh」  
 
俺の視界が一瞬輝くような白で包まれ、そして、長門は、姿を変えていく。  
 
「ごめんなさい。私がすすんでやったことじゃないんです。」  
 
 
 
 
 
 北高生徒会書記、喜緑江美里さんが俺の眼前に立っていた。  
 
 
 
 
 
「何故わかりました?」  
「あいつだって・・・意思表示くらいちゃんとできるんです」  
 
 ・・・なぜ喜緑さんが長門に化ける必要がある?長門や喜緑さんが仲間だということは知っていたが・・・・・  
 
「本物の長門はどこにいるんですか?」  
「彼女は・・・とても重大な任務に就いています。おそらく この三年間で最も重要 な・・・」  
「任務?どこでです!?何の任務ですか!?」  
「ごめんなさい。ysthgwbqbv sctaghjvewj」  
 
 俺の視界が再び白で満たされ、次の瞬間、周りを見渡してもオッサンとガキしかおらず、喜緑さんの姿はなかった。  
 
 どういうことだ―――― 長門はどこ行ったんだよ・・・・・・!!  
 
 
 
「・・・・・いっけねぇ!!!」  
 
 俺の携帯は四時二十九分を表示していた。  
 
 
 
 図書館を脱兎のごとく飛び出した俺は肺と心臓に謝罪会見をしながら、学校までの殺人的坂道を駆け上がった。やばいもう五時だ。  
 ハルヒの顔がどんなふうになっているか俺にははっきりとわかるね。悲しいことに。  
 
 冬だというのに汗びっしょりの俺は、下駄箱で超速で靴を履き換え、渡り廊下を走り抜け、部室棟の階段を三段飛ばしで駆け上がった。  
 文芸部のドアの前に立つ。落ち着け落ち着け、ハルヒへの言い訳を考えよう。  
 えー、長門が用があって帰るというので、あいつのマンションまで送ってやったんだ。よしこれだ。  
 恐怖におののきながら俺は、南無阿弥陀仏、南無妙法蓮華経と唱えた上で十字を切りながら部室のドアを開けた。  
 
 中では朝比奈さんと古泉が机に突っ伏して寝ていた。  
 おいおい、朝比奈さんの天使も荷物まとめて実家に帰るぐらいの寝顔はいいとして、俺は古泉の寝顔など見たくもないぞ。  
 そんなことより閻魔大王のごとく俺を待ち受けてる団長様が・・・・  
 
「ん、あれ?ハルヒは?」  
 
 俺は団長専用机に目をやった。いつもは座ってふんぞり返ってるのに。便所か?  
 とりあえず呼吸を整えようと俺は長机を回り込んで自分いつもの席に着こうとした―――――――  
 
                        ――――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!」  
 
 
 
 椅子を引いて――――― 座りかけた俺の視界に飛び込んできたのは―――――――――  
 
 
 
         団長机の横で倒れている血まみれのハルヒの姿だった。  
 
 
 
「ぁ・・・・・・・・!!な・・・・・・!!!!?」  
 
 ジョークか。リアリティ抜群のジョークだなハルヒ―――――――刺し傷まであるじゃないか。なんてリアルな・・・・  
 
「――――――ハルヒッ!!!!!!!!!!!!」  
 
 俺の脳みそがパニックに陥る。  
 
 なぜハルヒが血を流している!? なぜ古泉と朝比奈さんは何事もないように寝ている!?  
 
 ここで一体何が起きた!? 俺はどうしたらいいんだ!? 今俺は何をすべきなんだ!?  
 
「起きてください朝比奈さん!!!!古泉!!!!!!!!」  
 
「ふっ・・・・・ふにぃ・・・?」  
 
「ん・・・・・・・?」  
 
 俺のがなり声で寝ている二人は目を覚ました。  
 
「・・・・??―――――――ひえぇぇぇぇぇぇぇ!!!???」  
 
「なっ―――――涼宮さん!!!???」  
 
「とにかく救急車だ!!!!!!」  
 
 ドラマなどで見る電話のダイヤルを押す手が震える現象を俺は身をもって体感していた。どこに電話すれば救急車は来てくれる!?  
 
「119です!!!―――――――――涼宮さんの意識がありません!事態は一刻を争います!!」  
 
「涼宮さ――――――ん!!!しっかりしてください!!!」  
 
「古泉!!!!!ここでなにがあった!!!」  
 
「―――――部室に着いた途端強烈な眠気がしたことまでは覚えていますが・・・・」  
 
「朝比奈さんは!?」  
 
「私も同じです!目が覚めたら・・・・・・・涼宮さんが・・・・・」  
 
 遠くから救急車のサイレンが響いてきた。早く・・・・・・・早く・・・・・・・!!  
 
 十六年間で一秒一秒がこんなに長く感じたのは初めてだ―――――――――――  
 
 
 俺の主観では三時間はかかったと思われる救急車が到着し、ハルヒは担架に乗せられ運ばれていく。  
 
 俺たちも横から付き添うように着いていく。目を瞑っているハルヒに向かって俺たちは喉が枯れるほど声を出した。  
 
「おいハルヒ!!!こんな訳の解からんことで死ぬんじゃねえぞ!!!!」  
「涼宮さぁぁぁぁん!!!!」  
「涼宮さん!!!!!」  
 
 時空移動の中で見た光景がよみがえる。あの時運ばれる俺の横でハルヒはこんな気持ちだったのだろうか―――――――  
 
 
 俺達を乗せた救急車は俺が入院していたのとは別の病院に到着した。  
 
 出血多量で息も絶え絶えのハルヒが手術室に担ぎ込まれてゆく・・・。  
 
 俺と朝比奈さんと古泉は待ち続けた。あの無敵の団長が死ぬわけがないと願って。  
 
 
         ―――――――――――――――――――そんな状況にもかかわらず、俺の頭の中では疑問符が渦を巻いていた。  
 
 
    長門に成り代わっていた喜緑さん―――――  
 
 
    不思議探索の間に消えた、「この三年間で最も重要な」任務に就いている長門―――――  
 
 
    何者かに刺されたハルヒ―――――  
 
 
 俺の中で、最も恐ろしい、最も起こり得ない、しかし三つをぴったりとつなげる結論が湧く。  
 
 まさか――――――――――  
 
 そのとき、手術中のランプが消え、手術室の扉が開いた。  
 
「涼宮さん!!!!!」  
 
「ハルヒは!!!?」  
 
「先生、涼宮さんの容態は?」  
 
「傷の手当てと輸血は施しましたが、まだ意識が戻りません。危ない状態です」  
 
 禿げかけの中年の医者は緊迫した声で答えた。  
 
 
 腹を包帯でぐるぐる巻きのハルヒは病棟に移され、意識の回復が待たれた。  
 
「キョン君だけでもう充分なのに・・・・涼宮さんまで・・・・・ぅく」  
 
「僕がついていながら何故こんなことに・・・・・・」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 個室のベットに横たわるハルヒの横で、俺たちは重い沈黙を漂わせていた。  
 
「ぅぅぅぅぅぅぅぅ・・・・・・・」  
 
「しかしわかりません。だれがこんな強引な行動を・・・・?」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
俺の考えていることが本当なはずがない・・・・・・間違っている・・・・・・・  
 
「少しの間失礼します。僕は機関に連絡をしなけれb―――――――― 」  
 
「こ、古泉くn―――――――――― 」  
 
 立ち上がろうとした古泉が突然倒れ、朝比奈さんは頭をカクンと垂れてうつむいた。  
 
「!?・・・・どうした二人とも!?」  
 
 それと同時に、病室の扉が、ゆっくりと、開けられた。びっくりした俺は首がぐねりそうになるぐらいの勢いで扉のほうを向く。  
 
 扉を開けた人物は、申し訳なさそうな顔をして部屋の中に入ってきた。  
 
「突然ごめんなさい。あなただけに大事な話があるんです。」  
 
「―――――――――喜緑さん」  
 
 喜緑さんだった。  
 
 このタイミングで喜緑さんが来るということは・・・・・・・・・・・・ やっぱり・・・・・・・・・  
 
「なんでハルヒがこんなことになったのか知ってるんですか」  
 
「・・・・私の口からはお教えできません。ごめんなさい」  
 
 俺はいったん唾をのむ。  
 
「じゃあ・・・・・・・・・ハルヒはだれに刺されたんですか!?」  
 
 俺の口調がだんだん強くなる。  
 
「それもわかりませ――――――――――――――― 」  
 
「・・・・・・・・・・・?」  
 
 さっきまで俺を気遣うような表情だった喜緑さんから急に表情が飛んだ。  
 
 
「喜緑さん?」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 喜緑さんは急に言葉を失い、液体ヘリウムみたいな目で俺をじっと見つめた。  
 
 そして―――――――――――こんなことを言った。  
 
 
 
 
 
       「―――――――――― 聞こえる?」  
 
 
 
 
 
 外見と声は喜緑さんのままだが、平坦な口調とこの宇宙の奥のような瞳、不自然なまばたき。この仕草はまるで――――――  
 
「長門!!!!!!!!長門なのか!!!!!!?」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 不思議探索の途中で消えたはずの本物の長門が俺の目の前にいた。  
 俺がずっと見続けて来た、喜緑さんの変身ではないあの長門が。  
 
「どこ行ってたんだよ長門!!!ハルヒがこんなことになってるってのに!!!!!」  
 
「わたしは―――――長門有希の構成情報の残滓にすぎない。喜緑江美里を媒介としてしか会話することができない」  
 
「残滓・・・・・・・・・・・?」  
 
 俺はこの時点では意味がわからなかった。ただ喜緑さんのなかの長門に向かって渦巻く疑問を浴びせる。  
 
「長門!お前ならハルヒの状態をわかってただろ!?」  
 
「・・・・・・・・・・把握していた」  
 
「ならなんですぐに来なかったんだ!?俺たちは仲間だろうが!!」  
 
「本来なら・・・・・・早急に駆けつけるべき」  
 
「じゃあなんで!?おれたちの団長だろ!?」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 叫んではいたが、俺の中では長門を責めるべきではないという想いがどんどん拡大していた。  
 
 ただ・・・信じたくなかっただけで。  
 
 俺は、一番したくなかった質問を長門に投げかけた。  
 
 
 
 「お前は、誰がハルヒを刺したか知ってるか?」  
 
 
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
「お前なら誰がやったかぐらいわかるだろう?」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 
 
 長門は俺に視線を合わせたまま、俺の残酷な質問に答えない。  
 
 俺の最悪の予感が現実のものとなった瞬間だった。  
 
 
 
 
   「お前が・・・・・・・・・・やったんだな」  
 
   「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 
 
 
 長門は沈黙の後、ゆっくりと――――――うなずいた。  
 
 
「なんでなんだ・・・? お前にとってハルヒは観測対象じゃなかったのか」  
 
「情報統合思念体は現状のままでは涼宮ハルヒに自律進化の可能性は得られないと判断し、  
 観測対象に対する積極的な干渉に乗り出た。」  
 
 積極的な干渉・・・?   ハルヒをこんな目に遭わせることが・・・!?  
 
 いつかの朝倉涼子の言葉がよみがえる。  
 
 『いつかまた、私みたいな急進派が来るかもしれない。  
 
           それか、長門さんの操り主が意見を変えるかもしれない。』  
 
 統合思念体が・・・・・意見を変えた・・・・・?  
 
 現状維持はもう終わり・・・・・・ということ・・・?  
 
「・・・・・・・喜緑さんはなぜおまえの姿に化けておれをだます必要があった?」  
 
「・・・・あなたがいると、私の思考にエラーが生じる。だから統合思念体はあなたを私から遠ざけた。」  
 
 その通りだ―――――確かに俺がその場にいたなら、眠らされようが、殺されようが、  
 
 なんとしてでもお前を止めようとしただろうな。でもな、長門有希――――――――  
 
   「お前は、ハルヒを刺せと言われたとき、嫌だと言わなかったのか?  
 
               仲間を殺せと言われて、心が痛くなかったのか?」  
 
「!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 俺の涙声に、長門は無表情で、しかし、俺が今まで見てきた中で一番哀しい無表情で応えた。  
 
「――――――――――――私に拒否権はない」  
 
 
 何が―――――――情報統合思念体だ――――――――――――  
 
 長門に―――――――こんなことさせやがって――――――――――  
 
 
「長門、直接会えないか?ここに来てくれないか」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・できない」  
 
「なんでだ? お前なら空間移動かなんかで簡単に来れるだろ」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・できない」  
 
 次に言った長門の言葉を俺の脳は受け入れることができなかった。  
 
 
「・・・・・・・私はもう存在していない」  
 
 
 
 ―――――――――――――は? 存在――――していない?  
 
「涼宮ハルヒが私に刺傷されたとき、彼女は防衛本能で自分を刺した人物に対して反射的に情報の改変を行い、  
 
 この時空間から抹消しようとした。」  
 
「――――――――――――――――――――――!!!」  
 
 理解した―――――長門が姿を現せない理由。会話すら喜緑さんを介さないとできない理由。  
 
 そしてさっき長門が言った「私は長門有希ではない。情報の残滓にすぎない」という言葉の意味。  
 
「つまり――――刺されたショックでハルヒは―――――お前を消した―――――?」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・そう」  
 
「なんでだよ!?統合思念体はお前に何の保護もしてくれないのか!?」  
 
「涼宮ハルヒの情報操作能力は統合思念体をはるかに凌駕している。私はどの時空からも完全に消える。」  
 
 
  なんてこった――――――――――――――――  
 
 
 ハルヒをナイフで刺したのが長門で、長門をこの世から消し去るのがハルヒなんて――――――――!!  
 
 
「今の私は喜緑江美里を使って意思を伝えているにすぎない。私の防御情報操作によって残ったこの残滓もすぐに消える。」  
 
「消えるじゃねえ!!!なんでもいいからここに残れ!!!何か手段はあるはずなんだ!!!!!」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」  
 
「こんなの嫌だ!!朝比奈さんと古泉を起こしてくれ!!!俺一人だけの別れなんて認めない!!」  
 
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」  
 
 長門はわずかに頷き、右手を、前に、出した。  
 
 よかった・・・・・・・・・俺だけのお別れなんていやだ。  
 
 せめてお別れの時ぐらいはみんなで長門を見守ってやりたいんだ。  
 
 
      その時俺は見た。  
 
          朝比奈さんと古泉が目を覚ますより前に――――――――――――――  
 
          喜緑さんに宿っている長門の瞳から―――――――――――――  
 
          透明なものが零れ落ちるのを―――――――――――――――――  
 
 
 
 
            哀しみは私一人で十分だから・・・・・・・・・・・  
 
 
 
 
 12月24日。つまり、聖ニコラス氏の誕生日の前日であり、一般的には「クリスマス・イブ」と呼ばれている日である。  
 その日俺は、SOS団団長様企画・演出・主催のクリスマス鍋パーティーと銘打たれたイベントに参加するため、  
 北高部室棟の文芸部室へと歩を進めていた。  
 もちろん雑用・経費・幹事は俺であることは言うまでもない。  
 こんなん冬休みをわざわざ返上して行うほどのイベントなのだろうか。  
 
 いつもの扉の前に立ち時計を見やると・・・・9時45分。15分前集合だ。俺偉い。  
 予定時刻に一回も遅れたことのない俺は賞賛に値するであろう。  
 
 俺は部室のドアノブに手をかけ、扉を開く。  
 そこには―――マイスイートエンジェル朝比奈嬢が着替えをしているパラダイス的情景もなく、  
 ニヤニヤスマイル超能力まっがーれ野郎もいなければ、傍若無人団長殿もいなかった。  
 
「ふぅ・・・・・・・・・・・・・・」  
 
 俺は落胆と安心が入り混じった微妙な溜息をつき、部屋の中に入った。  
 老朽化の進む部室棟の壁だけあって、室内だというのに肌寒い。  
 
 俺は自分の席に座ろうとする――――なんだよ。イスまで冷たいじゃないか。  
 ハルヒよ、早いとこ鍋を持ってきてくれ。俺が凍え死なないうちに。   
 
 ふと―――――――部室の左隅に目がとまる。  
 
 何の変哲もない普通のパイプ椅子が置いてある。  
 
 ――――――――――――――――――こんな隅っちょにイスがあっても誰も座んないだろ。  
 
 そしてその横に鎮座している本棚に目をやる。  
 SFっぽい訳のわからん題名の本が数冊並んでいて、あとは辞典みたいな分厚い本ばかりだ。  
 
 ――――――――――――――――――誰がこんな分厚い立方体みたいな本読むんだよ。  
 
 
 
 
          気が付くと俺は泣いていた。  
 
 
 
「!!!!!!!!!??」  
 
 アホか俺は?変なもん拾って食ったのか?なにイス見て泣いてんだよ俺は!!?  
 
「やっほ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!」  
「おまたせしました〜〜〜〜」  
「にょろ〜〜〜〜〜〜〜っ!」  
 
 わけのわからん涙を流している俺を尻目に部室の扉が開き、俺を除く三人のSOS団員と、名誉顧問鶴屋さんが  
 鍋を抱えながら入ってきた。  
 俺はびっくりして大慌てで変な涙を拭う。  
 
「あれぇ〜〜〜?キョン君どったの?顔が赤いよっ?」  
「あぁぁぁ、いえ、走ってきたんで」  
「キョンの顔色はどうでもいいとして、みんなそろったんだし、さっさとおっぱじめましょ!鍋パーティー!!」  
 怪我から完全復活したハルヒが高らかに宣言した。  
「ぉぉおぉおそうだな。俺の顔色なんか気にしないでいいぞ。」  
 あいつに泣いてるとこなんか見られた日にゃ、何言われるかわかったもんじゃない。  
 
 俺たちはカセットコンロに乗っかった土鍋を囲んで、箸を武器とした陣取り合戦を開始した。  
 
「ちょっとキョン!!!!!肉ばっかとるな!!!」  
 
「とか言いながらお前もさっきから肉しか食ってないだろう!!」  
 
「だいじょうぶですよ〜。おかわりいっぱいありますから」  
 
「たまには皆で鍋というのも季節を感じていいものですね」  
 
「ハルにゃん、そこのおたまとって!」  
 
 鶴屋さんとハルヒがものすごい勢いでしいたけをかっ込んでいる。  
 この二人の食いっぷりにはだれも付いていけないな――――――――――――――  
 
 ここで俺はまたさっきの感覚にとらわれる―――――――――何かが足りないような欠落感。  
 
 ―――――――――――――気のせいか  
 
 
 
 
 
    ハルヒと鶴屋さんと一緒に、鍋をかっ込んでいるはずの誰かを、俺はもう思い出すことはできない。  
 
 
 
 

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