「星が見えたら、もっと良かったのにね」  
「そうだな」  
 
俺とハルヒは今、二人で観覧車に乗っている。  
「さーキョン、次は観覧車に乗るわよ!」  
とハルヒは言い、返事も聞かずに俺の手首を掴み引っ張る――という風に考えた奴は残念ながら不正解だ。  
二人並んで何となく歩いていると、不意にハルヒが足を止め、伏目がちに俺の袖口を摘んだ場所が、観覧車乗り場の前だった。  
これが正解だ。あいてる方の手を、胸の辺りにつけギュっと握っていたのを憶えている。  
 
「ねーキョン。昼間だったら、ここから何か不思議を見つけられるかもしれないわね」  
「そうかもな」  
ハルヒは俺に背を向け、膝立ちなって外を見ている。ハルヒの後姿は――やっぱり女の子なんだな――華奢だった。  
「今度またSOS団のみんなで来ましょう」  
そうだな、と言い、俺は数日前の事を思い出す。その日は開校記念日だかで平日なのに学校は休みだった。  
これはチャンスとばかりに、ハルヒに連れてこられたのがこの遊園地だ。  
なるほど、確かに遊園地は空いていて、SOS団の五人で大いに楽しんだ。だがしかし、平日だからってこともあったのだろう、観覧車は整備中だった。  
その時のハルヒはそれほど不満そうでもなかったんだがな。  
心の中では乗りたかったのだろうか。「なによ、タイミング悪いわね」なんて思っていたのかもしれない。  
それにしたって、えらいせっかちだなハルヒ。急にまた来るなんて。そんなに観覧車好きなのか?  
 
「ねえ、そっちは?」  
ハルヒはそう言い、俺の隣に来た。膝立ちをして窓の外を見ている。  
「やっぱり、こっちからもよく見えないわね」  
ハルヒはそう言うとしばらくの間(5、6分かな)黙っていたのだが、  
「……ねえキョン。SOS団楽しい?」  
躊躇いがちに聞いてきた。ハルヒに目を向けるが、表情は髪に隠れてしまっていてわからない。  
「あたりまえだろハルヒ。楽しくなかったら毎日毎日部室にこねーし、不思議探索も行かねーよ」  
そう答えるとハルヒは、数秒の間を置き「ふーん」と言いい、俺の隣にすとん、と腰を下ろした。  
「ねえキョン……。あたし、何だか眠くなってきちゃった」  
ハルヒと目が合う。ハルヒは躊躇うような、戸惑うような、そんな顔をしていた。  
 
俺はそっと、ハルヒの前髪をずらす。目的地はハルヒのオデコだ。  
――ん? 「こういう時は口だろ!」だって? いやいや、そう言われてもね。  
いや、空気読め! とか、このヘタレが! とか言わないで。  
確かにこのゴンドラのなかだけ切り取れば、そういう雰囲気なのかもしれないよ?  
 
でもなぁ……。  
空は星一つ見えない灰色で、街に明かりは無く。  
遊園地だけがイルミネーションに輝いている。従業員は一人も居なかった。  
来園者は、俺とハルヒの二人。  
パレードも見たが……、人間サイズの、青く光る神人だった。そいつらが、間の抜けた踊りを披露していた。  
閉鎖空間。  
ムードでるか?  
それに俺は、  
「……ねえキョン。これって夢よね?」  
とハルヒに問われた時に、  
「……そうだ、な」  
と答えてしまった。そう言うしかなかった。  
だから、さ。  
だから俺は、この今を知らない事になっている。  
だから俺が、ここで何をしようと何の意味も無い。ハルヒにとっても、俺にとっても。  
だからハルヒ、目が覚めたらお前から、遊園地に誘ってくれ。  
だからハルヒ、目が覚めたらもう一度、SOS団は楽しいかと聞いてくれ。  
 
――「おやすみ、ハルヒ」俺はそう言い、ハルヒの形の良い額に、そっと唇をつける――  
 
だからこれは、なんてことのない、「おやすみのキス」。  
 
 
ゆーきーちゃん! ミカンもってきたよー!  
 
なーんてな。思わず苦笑する。もちろん俺は、そんな事は言わないのである。  
インターフォンを鳴らすとほぼ同時に扉が開き、  
「よう、長門。田舎から送られてきた蜜柑持ってきたぞ」  
「……ありがとう。入って」  
俺は長門の部屋にお邪魔した。まず目に付いたのがコタツだ。なんとコタツ布団が掛けてある。これがあるだけで部屋の雰囲気が随分と変わるね。  
「……あなたが希望したから」  
そうだな。ありがとよ、長門。そういえばこのコタツ情報操作して出したのか?  
「違う。これはデパートで買ったもの」  
俺は聞きながらコタツに入る。ぬくいね……。ってそのお金は?  
「情報操作」  
それは結局、情報操作したことになるんじゃないのか?  
「……うかつ」  
まあ仕方ないか。長門にバイトをする暇はないだろうしな。  
「……なぜコタツ布団を掛けるの?」  
そりゃあ、これが日本の冬の趣ってやつだからだよ。コタツで暖を取り蜜柑を食べる。大体の人間はこれで幸せになれるのさ。  
世の中にはな、万年床の四畳半でコタツを置くスペースも無く、電気ストーブの前でひたすら体育座りをしているやつだっているんだぜ?  
それに比べたらここは、天国と地獄位の差はあるよ。いやーコタツさまさまだね。コタツ持ってない奴なんて日本人じゃないよ。  
 
――って長門。お前の足がさっきから俺の【禁則事項】に触れてるんだが。  
これはこれで天国三割増しって気がしないでもないが……って、い、いかん! とりあえずやめなさい。  
「そう。……それと、あなたの例はひどく具体的」  
「そうか?」  
折角のクリスマスだってのに毛布を頭から被って、しこしこSS書いてる奴なんて、それこそ配り歩くほどいるだろーよ。  
目に浮かぶようだな。なんとも侘しい話さ。泣けてくるね。(いや、ホントに)  
しかしいいね、コタツは。  
今の俺はまるでアレだな、その、何と言うか、結構昔の、孤立無援で戦闘していた何とか戦団に、不意に終戦の知れせが届いて、ほっと安堵したような、  
……コタツはホントあったかい。小難しい例えはまあいいか。頭が働かないんでね。それより長門も蜜柑食べろよ。  
「……食べ方がわからない」  
「そうなのか?」  
まあ長門は普段蜜柑なんて食べないのかもしれないな。俺は皮を剥いて、長門にやる。  
「ありがとう」  
そう言うと長門はおとなしく蜜柑を食べ始め――食べ終わると俺に蜜柑を差し出した。  
いや、俺は自分のがあるのだが  
「剥いて欲しい」  
さっき俺が剥いてたところ見てたろ?  
「理解不能」  
いや、長門がその程度の事を理解できないとは思えないんだが……。まあいいか。俺の剥いた蜜柑を食べる長門は、何となく嬉しそうだしな。  
「食べさせて」  
長門、お前はひょっとして馬鹿になってるのか?  
「そうではない」  
じゃー自分で  
「推奨できない」  
おいおい、食べさせなかったらどうなるんだ――って俺の【禁則事項】をフニフニしちゃうわけね。それは困るな。しかしどんなエラーだよ。  
ほれ、と言い、んあっと開けた長門の口に蜜柑を入れる。俺は濡れた指先を無意識の内に舐めた。チュピ。  
ああそうだ長門。世の中には焼き蜜柑ってのがあってな、半分に割った蜜柑を皮ごとトースターで焼くんだよ。これも結構美味いから今度試してみろ。  
風邪の予防にもいいぞ。まあお前は風邪なんか引かないかもしれんがな。  
……って何でまた「わからい」なんだ?  
「今度ここで実演して」  
いや、ただ蜜柑をトースターに入れて、そんで五分くらい――  
「百聞は一見にしかず」  
いや、さっきは見てもわからないって言ってたような……。  
「そう言えば長門はトースター持ってんのか?」  
「無い」  
情報操作で出すのか?  
「違う。今度買いに行く。あなたも来て」  
 
まあそれは別に構わんが……。ちなみにそのお金はどこから出てくるんだ?  
「情報操作」  
それじゃ結局情報操作だろ! いや「うかつ」って。まあ、それぐらい俺が買ってやってもいいか。安いのなら二、三千円で買えるだろ。  
長門には世話なってるし。それにあんまりお金をポンポン出すのは日本経済的にアレだろうしな。  
 
――長門、いいから俺の【禁則事項】をそれ以上足でフニフニするな。やめなさい。今度したら正座だからな、正座。  
「そう」  
まったく……。そういえば、長門。ここはテレビは無いんだっけか? いや、ひたすら蜜柑を食べてるだけって言うのもな。  
そういえばボードゲームあったよな? それで暫く遊ぶか。  
「……了解した」  
そう言うと長門は奥の部屋にトテトテトテと消え――トテトテトテトテと戻ってきて、俺の隣に腰を下ろした。ちょっとくっつきすぎじゃないか?  
長門が持ってきたのはボードゲームではなくノートパソコンだった。そのパソコンには長門謹製のゲームが入っているらしい。  
俺は何となくシューティングゲームかなと思ったが、実際は恋愛シュミレーションゲームだった。  
このゲームは長門が文芸誌で書いた童話をモチーフにしており、主人公はごく一般的平凡な町民、初めに選択した相手キャラを攻略していくものだった。  
選べるキャラは『天真爛漫で可愛い女戦士』、『お城に仕えている愛らしい支給係』、『読書好きで無口な、端正な顔をしたお姫様』  
……『薀蓄好きな美少年の軍師』は、まあ長門流のジョークだろう。  
 
――長門、さっきから俺の【禁則事項】をわきわきする手を止めなさい。「平気」って、俺が平気じゃないんだよ。いいからその手をコタツから出しなさい!  
俺は長門お勧めの『お姫様』をプレイした。このキャラは、まあ長門ってことになるんだろうな。  
内容は、ふとした事で出会った主人公とお姫様が徐々に心を通じ合わせていく、といったものだった。  
所々現れる選択肢を俺は直感で選ぶ。『カレーライス』、『図書館』、『洋服店』、『カレーライス』、『夜景の見える高台』、『カレーライス』etc。  
どうやら正解を選んでいるようで、お姫様とのLOVE度がどんどん上昇していく。……長門、これはお前の願望なのか?  
俺は隣にいる長門を見た。  
 
って長門! 可愛らしい声を出すな、吐息を耳に「ふっ」ってするな、【禁則事項】をわきわきする、な、  
顔を、その綺麗な顔を近づけるんじゃない! じゃないと、俺の、俺のリビドーがあアァァァァァーーー  
「許可を」  
よし! やっちまえ! ――じゃ・な・く・て!  
俺はうつ伏せになってコタツに潜り、ノーパソを床に置いた。危ないところだった。やれやれだ。  
長門も俺にならう。あいかわらず体をピッタリと密着させてくるが、まあいい。俺は暫く長門と話をしながらゲームをプレイした。  
面白かった。これは最早、文学と言っても過言ではないほどに。  
いつの間にやら俺は一言も発しなくなり、ひたすらマウスをクリックしていた。カチカチカチカチ……。  
 
お姫様ルートはエンディングを迎えた。ちょっと泣けた。  
ふと横に視線を動かすと、長門は眠っていた。子供のように無垢であり、お姫様のように気品のあるその寝顔に、俺はしばし見とれていた。  
髪を少し撫でたが、起きる気配は無い。  
かすかに開いた形のいい唇がとても魅力的だった。寝息がほんの少しだけ聞こえる。  
濡れた唇から目が離せない。  
吸い込まれそうなその唇に、しかし俺は、何もしない。  
なぜって?  
それは、せっかく眠りについたお姫様を、起こす訳にはいかないからさ。  
 

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