季節は秋だ。詳しい日付は伏せておく事にする。整合性を保てなくなるかもしれないからな。  
今日は、ハルヒが俺と一緒にコスモスの苗を植えてから数日経ったある日。この事を頭に入れておいてくれれば問題はない。  
今は7時間目の授業中で、これが終われば放課後だ(人によっては6時間授業かもしれないな。もしそうなら脳内変換しておいてくれ)。  
外は小雨がぱらついている。朝観たニュースは、夜から深夜にかけて激しい雷雨となる可能性が70%と予想していた。  
ちなみにどこかのSSで読んだのだが、雨音は赤ちゃんが胎内で聞く音と似ているらしい。リラックス効果ってやつだ。  
ゆえに俺が授業に集中できないのは致し方ないことであり、ノートをとる気が起こらないのは、太陽が東から昇るくらいの自明の真理なのだ。  
雨音は、かすかに聞こえる程度だった。  
俺はふと――他意は無い。本当になんとなくだ。その証拠にこれから俺が起こすアクションは、今日はまだ両手で数えられるほどしかしてしていない――首を回し、目の端でハルヒを見た。  
ハルヒは頬杖をついて、窓の外を眺めていた。ハルヒの表情には心配の色が浮かんでいて、落ち着かないのか、少しそわそわとしていた。校庭と時計を交互に見ている。  
まぁ、ちらっと見ただけだから、本当は違うのかもしれない。なんせ一瞬見ただけだからな。ほんの一瞬、な。  
ただ、ハルヒが校庭のどこを見ていたのかは、俺にはなんとなく分かった。  
きっと、少し前の日曜日に俺と二人で植えたコスモスのある場所を見ていたのだろう。  
コスモスの苗は、妹が学校から貰ってきたものだ。俺が休み時間にその事を話すと、ハルヒは目を輝かせた。どうやら興味を持ったようだ。  
俺はただ、古泉の手伝いをしたまでだ。たまには俺がハルヒの退屈しのぎを用意してもいいと思ってな。  
俺とハルヒは、教室と部室、両方から見える位置に花を植えた。  
その時のハルヒの表情を俺は今でも鮮明に憶えている。  
花に水をやっているハルヒは、100Wの笑みを浮かべるでもなく、不敵な笑みを浮かべるでもなく、ただ慈しんでいた。母親が赤ん坊に向けるような表情だった。  
「何よ。あたしの顔に何かついてんの?」  
ハルヒはアヒル口で言った。  
俺は、  
「いや、別に」  
そんな事しか言えなかった。本当は他にも、言うべき事はあったのかもしれない。  
 
チャイムが鳴り授業が終わる。HRもやがて終了した。  
雨音は、さっきより少し大きくなったかもしれない。  
ハルヒは掃除当番なので、俺はひとりで部室に向かう。  
廊下を歩きながら考えた。  
ハルヒはきっと良い方向にむかっているのだろう。そりゃそうだ。野球やら孤島やらに比べたら、花の世話の方が何倍もマシだ。アイツはこれから徐々に、普通の女の子になってくのかもしれないな。  
けれども、やはりハルヒはハルヒだという考えも俺にはある。  
一生懸命で、全力投球な姿勢。それがハルヒの良いところであり、花の世話をしている時もそのスタンスは変わっていない。  
ハルヒは常にコスモスを気にしているようだし、休み時間に時々様子を見に行ったりもしていた。  
これは俺の推測だが、ハルヒはきっと良いお母さんになると思う。  
ハルヒは過剰に、コスモスに手をかけたりしなかった。無闇に水をやると根が腐ってしまう事を、ハルヒはちゃんと理解しているのだろう。  
騒ぐのが好きなハルヒがコスモスをただじっと見守っている間、何を思っていたのかは俺には分からない。  
できれば「楽しい」ではなく、「幸せ」を感じていてくれたらと、俺は勝手に願っている。  
ハルヒの着地点なんて俺の想像の範囲外だが、あのアホ空間が発生しなくなるのはもはや規定事項に思われた。  
 
俺は部室のドアをノックする。  
雨音の合間に、朝比奈さんの返事が聞こえた。雨は徐々に強くなっているのかもしれない。  
俺とハルヒ以外の三人はもう来ていた。  
朝比奈さんはメイド服でお茶の用意をしていて、長門は静かに読書中、古泉は……今日はチェスか。  
俺は古泉の対面に座る。程なく朝比奈さんがお茶を持ってきた。  
俺はお茶を一口飲む。やっぱり朝比奈さんに淹れていただくお茶は『ザァーーーーー』(雨音に掻き消されました)だね。文句ないよ。  
「それでは一局どうですか?」  
古泉はいつもの無害無益スマイルだ。どうやらバイトは無いらしい。俺は安堵し  
「よし、やるか」  
座り直す。  
と、ここで古泉が予期せぬ一言を発した。  
 
「そういえば、今日は久しぶりに閉鎖空間が発生しました」  
「……」  
この三点リーダは俺の分だ。どうやらここ数日俺の見ていたハルヒは幻だったらしい。  
SS全部書き直しだな。まったく、読み返してみると恥ずかしくなるぜ。俺のアホな勘違いは全削除、全削除――  
「ですが、今回は少しいつもと様子が違いまして」  
ん? どういうこった?  
「ええ、今回の発生場所は学校でした。ここからも見えますよ。ちょうどあそこら辺ですね――」  
古泉の指差した先は、コスモスの植えてある所だった。  
おいおい、ハルヒ。お前は一体何がしたいんだ? そんなところで神人を暴れさせるつもりだったのか?  
もしそうならいい加減俺もお前に愛想が尽きるぞ――  
「はい、確かに今回も神人は出現しました。ですが、今回はいつもと様子が違っていまして」  
つまり?  
「まず、神人は一体しか現れていません。そしてその一体は暴れる事無くずっとしゃがんでいました。  
さきほど指差したあの場所で、です。さらに神人は何かを守るように両手をこう――」  
古泉は、両手でキングを包み込んだ。  
俺は声が出なかった。  
「おや? 何か知ってらっしゃるようですね」  
まーな。そこには俺とハルヒで植えた花があるんだよ。というかお前は知っているんだろう?  
「いえ、初耳ですね」  
本当かよ。お前ら機関は四六時中ハルヒを監視してるんじゃなかったのか?  
「ええ、それは否定しません。ですが監視しているのは僕ではなくあくまで機関です。その件については、僕には特に報告はありませんでした。  
機関も報告の必要無しと判断したのでしょう。ですが、僕個人としては何か一言いただきたかったのですが……」  
まあそう言うがな古泉。今回はお前の代わりに俺がハルヒの退屈に付き合ってやろうと思ってな。  
お前は普段忙しいだろう? たまにはお前も休みが必要だよ。折角の日曜日なんだしな。うんうん。  
それにSOS団全員で動くとなると、あいつも調子に乗って一面コスモス畑を作るなんて言い出すかもしれんだろう?  
「なるほど。僕の体を気遣っていただいたのであれば嬉しいかぎりですね。  
ですがあなたは、涼宮さんがそんな事をするとは思っていないのでは?」  
んなことねーよ。  
まったく、妙な所で勘の鋭いやつだ。  
「そうですか。まあ僕については無理に誘っていただかなくても構わないのですが、  
朝比奈さんは行きたかったのではないでしょうか。どうですか?」  
「え、私ですか? うーんと、私もお花は好きですけど、で、でも、キョン君と涼宮さんがお二人で行きたいと言うなら私は別に……」  
「あ、いえいえ。そうですね、朝比奈さんは誘った方が良かったですよね」  
と俺。  
まったく、嫌らしい所を突いてくるな古泉。俺はお前への言い訳は考えていたが、朝比奈さんへの言い訳は考えてなかったぜ。  
……そう、これは言い訳だ。  
俺は別にお前の事を考えたわけじゃないし、朝比奈さんのことも――申し訳ありませんが――考えたりはしなかった。  
俺は何故だか、誰にも言う気が起こらなかった。いや、これも誤魔化しか――  
 
――俺は、正直に言うと、ハルヒとの二人だけの秘密にしておきたかったんだ。  
 
何故かは分からん。まあ丁度その時、俺はハイになっていたんだな。年に二回くらいあるやつさ。  
それがたまたまあの日だっただけで――  
 
「やっほー、みんな揃ってるわね。」  
バン、という音と共にハルヒがやってきた。見るとハルヒは、園芸用の棒と荷造り用の紐を持っている。  
……なるほどね。  
「じゃー、早速だけど、今日は雨が強くなりそうなので解散にしましょう。みんなちゃんと傘持ってきてるわよね?」  
「ええ、持ってきてます」  
「わ、私もありますー」  
「……ある」  
「キョンは?」  
「持ってきてるよ」  
「そう。それじゃあ今日は解散! みんな気をつけて帰るのよ。あ、あとキョンは用事があるから外で待ってなさい!」  
「はいよ」  
長門と古泉を先に帰らせ――なんだ古泉、そのニヤケ面は――俺は廊下でハルヒを待った。  
程なく着替えを終えた朝比奈さんが出てきて、そそくさと帰っていった。「ファイト」って何ですか?  
「じゃーキョン、行くわよ」  
「あぁ。さっさと済まそうぜ」  
ハルヒは一瞬驚いたように固まった。  
「あたしが何しようとしてるか分かるの?」  
「コスモスだろ。傘は俺のを使うのか? ちゃっちゃと傘差してやって、とっとと帰ろうぜ」  
ハルヒは目を見開き、  
そして微笑んだ。  
らしくないなハルヒ。お前らしくねーよ。なんだその顔は。なんで俺にそんな顔を見せるんだ?  
俺は――  
 
 
俺はコスモスじゃねーんだぜ?  
 
 
 
 
 
―おわり―  
 

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